戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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今回、ちょっと難産気味です……


星屑の審判

 星が、輝照する。

 水が生き物の様に蠢き始める。

 まるで、会場の全てを自分の領域にするかの様に拡がりだす海洋、宵の世界。

 水底の魔性、魔女(ローレライ)深海(ならく)に向かって堕ちていく。愛を、愛だけを縁にただ堕ちる。

 

 だが、それだけでは本来足りないのだ。

 確かに愛はあるだろう。けれど深度が足りない、まるで足りない。

 なまじ今まで《伐刀者》として常軌を逸する事が出来て居なかった弊害とも言えるだろう。彼女は常識的過ぎた。

 

 故に淑女と同じ領域に踏み込む資格はあれど、今は不可能な筈なのだ。だが、魔女はその領域に踏み込もうとしている。いや、押し上げられている。

 

 普通なら何某かの介入を疑うが、目の前の淑女は普通ではない。

 

 

「ああ、良いですね、良いですよ、良いじゃないですかッ!」

 

 狂喜、礼賛の嵐。そう、淑女にとっては何某かの介入すら些事だ。

 今、讃えるべきは黒鉄珠雫という一人の不屈の意志、そして自己を認め、立ち上がった事である。

 

「やはり愛とは素晴らしい。愛さえあれば人間(けもの)はどんな不可能も可能にできる!」

 

 それだけ想い続けたのだろう。それほど好きだったのだろう。誰よりも愛そうと努力したのだろう。

 素直に感服しよう、敬意を表する。

 だが、それはそれだ。

 

「故に、否定しましょう。それこそ、真の愛への返礼でしょう」

 

 そんな愛を前に真剣に向き合わねば、彼女に対して悪いだろう。

 容赦無し、加減無し。あるのは掛け値無しの本気、覚悟、そして情愛を持って目の前の敵を砕く。彼はそうする。ならば自分も続くのみ。

 宵の世界に呼応する様に星屑の世界も煌めきを強める。

 刃が鳴らす不協和音は淑女の殺意の具現だった。

 

 

 荒ぶり、高め合う殺意と殺意、愛と愛。

 同族たる女は今、本当の意味で向かい合う。

 

 

超新星(Res novae)──』

 

 

 紡がれる。新世界を望み、己が渇望成就を願う言霊が。

 兄への揺るがぬ親愛。忌むべき光を引き摺り下ろす。

 最早、深海の魔女(ローレライ)は深海へ沈み込んだ。

 顕現するは、宵の世界。大河の女神。

 

噎び泣け、憐れで弱き悲愴境界(Silverio Styx)

 

 人界と冥界を隔てる女神が、深淵に近き星の威光を纏って現出した。

 それと共に流れ出る、彼女の大河(からだ)。ゆっくりと滴り、拡がり始める彼女の世界。

 血染めの身体は、所々穴だらけ。腹部に関しては内臓が見え隠れしている箇所さえ存在している。

 

 ──観客席からバタバタと音がする。

 何人かは珠雫の惨状に気絶したらしい。

 珠雫は最早止まらない。一歩、踏み出したが……咄嗟に審判が両者の間に入り込もうとする。

 だが……

 

 

「──────」

 

 動かない、いや動けない。

 審判の足元に触れた水が生き物様に蠢いた後、彼の身体を即座に氷漬けにした。

 その様は正に氷の不動縛。全てを止める凍てつく大河。

 審判は驚愕する間も無く氷像と化した。

 

 

 これに観客の何人かが悲鳴を上げ、中傷するが、それさえ珠雫にとっては見当違いも甚だしい。何故なら、彼女は元より戦える。

 戦える状態にする手段を、持っている。

 

 それを証明する様に、珠雫の身体から淡い光が迸る。

 魔力による燐光は徐々に珠雫の身体の欠損を回復させて行く。

 これは自然干渉系──水の異能属性による治癒だ。中でも珠雫の魔力制御の実力は極上である。これらを合わせれば完治、とまではいかないが戦闘を継続できるレベルまでは回復出来る。

 

「──擬似的な不動縛、という所ですか」

 

 だとしたら厄介だろう。

 アレは此方の星屑さえも絡め取り、動きを止めるだろう。アレはそういうモノだという確信がカナタにはある。

 不動縛の大河を併用して、今までの戦いと同様に運用してくる。

 となれば、取る方法は一つ。悲愴境界(ステュクス)の御業の全てを掻い潜り、チャンスを狙う。真正面から行けば絡め取られるだけならば妥当、最善だろう。

 

 しかし────その様な逃げに徹する女だろうか。あの淑女は、あの獣は。

 

 

「オオオオォォォォッ────!!!!」

 

 響く雄叫び。砕ける足場。吹き荒れる星屑の暴風。

 そうとも、この程度で逃げに徹してどうするというのだ。

 櫻井嶺二なら真っ向から叩き伏せるだろう。

 なら、淑女が続かぬ道理はない。

 

 白銀の星屑は煌めきを放ちながら舞う。

 蠢き増殖を続ける星の奔流を前に珠雫の行動は一つ。

 

 

『《障波水漣》』

 

 一言、何時もの様に絶技の名を口にする。

 次瞬に発生する津波を想起させる水の壁。障壁に触れた星屑は瞬く間に氷の不動縛により動きを止め、氷像と化す。

 だが、淑女はそれでも攻撃の手を緩めない。

 正面突破は得策ではない?

 知らない、見えない、聞こえない。

 真正面から向かい合う事にこそ意味はある。その為の舞台こそ戦場であると彼は吼えたのだ。

 

 

『《水牢弾》』

 

 

 放たれる水の砲弾は都合六十数発。

 線や点での攻撃ではなく面での制圧射撃。

 それを掻い潜る様に身を滑らせ、星屑を廻す。

 躱し、防ぎ、進み続ける。

 だが、淑女の攻撃手段は徐々に削られていく。

 

 悲愴境界の不動縛は星屑を縛り続ける。

 《フランチェスカ》を収め、再顕現させても星屑は凍ったままだ。

 故に消耗は必然。それでも淑女は進み続ける。

 

 

『…………』

 

 対する魔女は無言を貫く。

 語る言葉は既に持ち合わせていない。

 自分が彼女に何を語りかけようと淑女は何も変わらない。

 彼女が自分に何を語りかけようと魔女は何も変わらない。

 共に願った物は愛しき者への愛。

 違うのは勝者か敗者か。それのみだ。

 我が愛は砕けない、故にお前の愛は砕け散れ、と猛る。

 

 

 ああ、だけど……英雄伴侶の魔力が尽きるのは秒読みだった。

 元より英雄伴侶の燃費はお世辞にも良いとは言えない。自らの魂とも言える霊装に過剰に魔力を注ぎ込むのだから、自らに返ってくるリスクは想像を絶する。

 いや、今まさに帳尻合わせが起きているやも知れない。

 内臓は幾つ破裂する?

 血管は何本千切れる?

 筋肉は?

 神経は?

 他には、他には──……如何なるリスクも恐れずに彼女は無理を容認し続ける。

 

 

「ハアァァァァッ!」

 

 

 最早、星屑は氷の芸術となって会場に幻想的な空間を創り出したが、貴徳原カナタの状況は絶望的だったが、彼女は《フランチェスカ》を片手に構え、尚も前進し続ける。

 笑みを絶やさず、少しずつ着実に距離を詰めて行く。

 頭に思い描くは勝利を掴んだ己と、地に伏せる敵対者。それ以外の未来は求める必要は無い。

 

 

 だが、それは珠雫とて同じだ。

 この熱を嘘にしない為に。今までの足跡を否定させない為に、淡々と──されど激烈に攻撃の手を強める。

 

『《緋水刃(ひすいじん)》』

 

 粛々と紡がれた言の葉と共に霊装に形成されたのは水の刃。水の奔流。

 本来ならば星さえ削り得る可能性を秘めた水の断刃だ。

 しかし、悲愴境界の恩恵を得た今、触れれば最期、いとも容易く首が飛ぶ。

 氷の氷像と化した敵手を殺めるのには、幾分か過剰と言える力である。

 だが、黒鉄珠雫に迷いはない。元より愛を縁に立っているのだ。それ以外で揺らぐ要因など無いのだ。

 

 構えられた水の断刃は処刑刀だ。

 慈悲なく、容赦なく──兄へ不幸を齎す存在を罰する為の。

 故に彼女は悲愴境界(スティクス)なのだ。

 元よりスティクスと呼ばれる神格はとある神話に於いて地下を流れるとされる大河の化身にして冥王星の衛星である。

 

 神々を罰す権利を有する神格が保有する神水は神々さえ支配する力や猛毒を持っている。

 今の彼女にはピッタリな神格だろう。

 何せ、触れれば彼女の刑罰から逃れる事が出来ないのだから。

 

 

 されど淑女は逃げない。猪突猛進、猪突猛進。前進以外はあり得ない。

 残された星屑は《フランチェスカ》の刀身のみ。魔力はとうに尽き、意志力のみで身体を動かす。

 見ていてください、見てください愛しい人よ。私は貴方の夢に続く第一の爪牙。

 きっと勝利を手にします。だから────

 

 

「■■■■■■■ォォォォッ──!!!!」

 

 

 声を掠らせながら、吼える。

 全ては愛しい人の為に。己の愛の為に。

 だが、魔女は知っている。淑女ならばそうするだろうと。何故なら二人はどうしようもなく同じだから。

 

 

「────ッ!?」

 

 

 刹那、淑女の動きが止まる。下に視線を向ければ在るのは小さな水溜り。

 そして、右足から這い上がる様に氷像に成り果てていく。

 そう、珠雫は何も面による制圧射撃だけを行った訳ではない。

 自分が戦い易い様に環境を整え、罠を仕掛け、攻撃を続ける。同時に三つの行動を起こしていたのだ。

 

「《ブラ゛ンヂェスカ》」

 

 手にした霊装の銘を詠う。

 残された星屑を起動し、右足を切断。

 片足で前進を続ける。

 

 

『ええ、貴女ならそうするでしょうね』

 

 

 無慈悲な魔女の声が響く。

 超える、越える、お前を超越()える。貴女達にはどうしようもなく、それしかないから。

 

 

『片足になれば運動機能は低下する。私の攻撃を全て躱しきる事は不可能──とは言いません』

 

 

 何を言っても淑女は止まらない。

 それはもう分かりきっている。

 だが最早、王手だ。

 唐突に上がる水の障壁が、カナタの退路を断つ様に立ち昇る。

 更に退路を塞ぐ様に放たれた水の砲撃、そして動き出す悲愴境界。

 手にした処刑刀を構え、カナタに迫る。

 

 

 カナタに回避も防御も敵わない。

 退路は断たれ、防御をしても貫通するだろう。あの処刑刀は星を削る。この星は水による彫刻だ。水滴が石を穿つ様に、彼女の処刑刀はこの身を断つだろう。

 

 

 ────残り、5メートル。

 小さな足音が迫る。

 小さな体躯で駆ける、自身の同類。

 抱くのは少し達観。そして、瞳に映るのは必死の形相で迫る小さな、可愛らしい魔女。

 

 

 このまま敗北したとしても、恐らく自分は満足だろう。いや、満足してしまうだろう。彼女が同族である事を認めたのだ。

 ああ、素晴らしきかな。愛する者の為ならば、可能性は無限大なのだ。彼女に負けるならば悔いは……悔いは……悔、いは……

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 《緋水刃》の刃が後少しで淑女に届く。

 構築された星屑殺しの布陣を突破する事は不可能ではないだろうが、次の一手で王手だ。

 淑女は既に詰んでいる。右足を失い、処刑刀の一撃をなまじ躱せても、不完全な体勢では続く二撃目は躱せないだろう。

 

 

 故に魔女は笑う。

 貴女は良くやった。これを到底、私だけの勝利とは呼べないだろう。だが、それでも……言わせて頂戴。

 

 

『私の、私の愛の勝ちですッ!』

 

 

 勝利宣言と共に振り抜かれる処刑刀。

 

 

 珠雫の瞳に映るのは、真っ二つの氷像が転がる未来。

 

 

 だが────そんな、未来を前にして……

 

 

 淑女は唐突に笑みを浮かべる。嘲笑ではない。今までの様な三日月の様な笑みでもない。ただ純粋に、子供の様に喜んび、少女の様に頬を赤らめ、笑っている。

 それに、何故だろう。視線が合わない。彼女は珠雫の遥か後ろを眺めている。

 だが、もう遅い。間に合わない。何か策があろうと手遅れだ。

 

 

 首元まで迫る処刑刀。

 終わった。これほどまで策を巡らされ、身体は死に体。さしもの淑女とて戦闘継続は不可能。

 珠雫は、戦いの決着を確信する。

 

 実際、まさにその通り。

 光に、獣に挑みし者がこれを()()()と、防御を捨てて攻撃へ集中した瞬間に死闘の趨勢は決した。

 

 珠雫は何一つ失敗などしていない。彼女が試行錯誤の末に打ってきた布石は、この瞬間に最大の功を奏したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 だが────

 

 

 

 

 

「ま゛だだッ……決して譲らない、勝つのは私だ……!」

 

 

 ──不屈の闘志()が燃え上がる。

 カナタは珠雫が超至近距離まで近づいて来た瞬間に、左手で刀身を下からカチあげる様に掌底を放つ。それにより首飛ばしの処刑刀の軌道が僅かに上に逸れる。

 

 

 だが、処刑刀に触れた事で左手は凍結するが、即座に星屑で左手も切断する。

 

 

「くっ────!」

 

 意表を突かれた珠雫だったが、すぐさま左足を軸に回転。続く二撃目へと移行する。

 

「まだだ、まだだ、まだだまだだまだだァァァァッ!!」

 

 烈火の如く燃え盛る気合いと根性、そして愛。

 

「あの人が見てくれてるのに……負けられるものかァァッ──!」

 

 彼が見ていてくれたのだ。

 今までずっと同じ時間に試合が行われていた事もあり、一度も自分の試合を観に来てくれた事がなかった彼が。

 

 それだけで胸の奥が暖かくなる。

 それだけで魂が燃え上がる。

 

 悔いは無い?

 冗談は無しだ。悔いが残るに決まっているだろう。負けても嬉しい?

 ああ、確かにどう転んでも自分に都合の良い結果しかないだろう。だが違うのだ。

 

 どうして負けられるというのだ。愛しいの彼が笑って見てくれているというのに。

 

 

『これで、終わりです!』

 

 放たれた二撃目。片足しかない淑女に躱す術はない。

 されど淑女は揺るがない。()()()()()()で一歩前へ踏み込んで来た。

 

 それは白銀。星屑で組み上げれられた、自身の身体を支えるだけの無骨な義足だった。

 しかし、分からない。

 彼女に残された魔力など無い筈だ。だというのに、あの義足は明らかに本来の《フランチェスカ》の体積以上だ。明らかに英雄伴侶の能力が起動している。

 それは何故か。珠雫は嫌と言うほど知っている。貴徳原カナタは気合いと根性だけで死に体の身体から戦えるだけの魔力を捻出したのだ。馬鹿げているとしか言いようがない。

 

 

 だが、一歩踏み出したから何だと言うのだ。

 最早、霊装を顕現させるだけの魔力はない筈だ。ならば、今度こそ手詰まりだろう。

 

 ああ、だけど────

 

 

 そのまま義足を軸に放たれたのは一発の拳。

 魔力など纏っていない、たった一発の変哲もないモノだった。

 されど、この拳は今や──この世の何よりも強いと確信して言える。

 込められた思いの総量は既に珠雫を上回っている。

 

 

 水の処刑刀の一太刀に完璧にタイミングを合わせられたカウンターは珠雫の顎に吸い込まれる様な軌道で撃ち抜いた。

 

 

「────私の、私の愛の勝ちです」

 

 

 珠雫の鼓膜に届いたのは聞き覚えのある勝利宣言。

 

 

「ま、だです……!

 貴女が立てたのなら、私だって立てる筈……!」

 

 

 珠雫もまた、カナタがした様に愛を縁に立ち上がろうと四肢に力を込め、仰向けに倒れた状態から身体を起こそうとする。

 そうとも、自分が彼女と同じならば、自分とて出来るはずだ。

 私の愛はまだ負けていない。

 

 

「ぐ、あ……!」

 

 しかし、いくら力を込めても、いくら願っても奇跡は起きない。淑女の様に立ち上がれない。

 そればかりか、悲愴境界の効力が消えていく。溢れんばかりの星の力が、消えていく。

 

「何で、さっきのは、ただのパンチじゃない……!

 何で、何で立てないんですかッ……!」

 

「決まってます、貴女の愛が負けたからですよ」

 

「負けてなんか、ないッ。私の愛は────」

 

 断じて負けてなんかない。

 ああ、確かに見方によるがそうも捉えられるだろう。貴女は確かに彼を愛し続けている。

 だから気付かない。自分が何を容認しているのかを。

 そんな珠雫の言葉を遮る様に、淑女は真実を告げる。

 

 

「だって、貴女。彼が幸せなら、それで良いのでしょう?」

 

「あ────」

 

 そう、珠雫とカナタの唯一の違い。彼女は一輝が幸せなら、一輝に相応しい女性ならば隣に立つ事を容認する。容認してしまう。

 素晴らしい愛の形ではある。愛しい人の幸せを願い、その幸せの為に身を引く事ができる。

 素晴らしいのだが──

 

「ですが、自分が一番でなくても良いと認めて良いのですか?」

 

 自身が一番愛している。愛されている。

 一輝と珠雫の関係がそうであれば、今この瞬間にでも立ち上がり、カナタの首を斬って落すだろう。

 だが、そうはならなかった。

 一番愛しているだろうけど、愛されてはいない。隣には既に彼に愛している女性がいる。

 

「理解しなさい……貴女の負けです」

 

 

 星屑の審判は下る。

 勝者は貴徳原カナタ。どちらも愛も同じく強固。勝敗を分けたのは、ほんの小さな、されど致命的な愛の形の差異。

 

 悔恨を残して、魔女の意識は闇へ落ちていった。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 此処に戦いの趨勢は決した。

 すぐさま、珠雫とカナタを医務室に運ぶため、教員達が試合会場に雪崩れ込む。

 

「行かなきゃ……!」

 

 だが、カナタは教員達の手を振りほどき、覚束ない足取りで歩き出す。

 一歩踏み出す度に傷口から血が滴り落ち、彼女の足跡を赤く染める。

 

 まだ彼女にはやらねばならない事がある。いや、出来たと言うべきだろう。

 観客席に彼の姿は既にない。また会えない。

 今、今でなくてはならない。そうでなくては意味がない。この気持ち、この胸の高鳴り、宿った熱を真に伝えたいから。

 

 

 初めて、見てくれたのだ。

 初めて、笑ってくれたのだ。

 

 

 嬉しかった──ただただ嬉しかった。

 今まで見てくれる事はなかった。

 今まで笑顔を見る事が出来なかった。

 

 

 だから、今しかない。今を逃せば、最高を取り零す。

 故に思う様に動かぬ身体を半ば引きずりながら、壁に凭れ掛かる状態で前へ進み続ける。

 

 

 今、廊下を曲がれば会えるだろうか。

 後、何歩進めば会えるだろうか。

 見慣れた学園が酷く広大に感じる。身体の損傷がそう感じさせるのか、はたまた運命がカナタの最高を取り零させ様としているのか。

 何方かは分からない。分からないが進む。

 視界が霞もうが、何しようが進む。

 

 

 そして────

 

 

「あ────」

 

 

 そして──漸く見つけた。

 黒い長髪、戦の香気、距離にして10m程。

 霞んだ視界でも、認識できる程、強く、強く強い……光。

 

「まっ……て……!」

 

 

 必死に叫ぶが、思う様に声が出ない。

 待って、行かないで、今じゃないといけないの。何度も何度も掠れた声で叫ぶが、届かない。

 喉が裂け、一言発する度に血を吐き、それを繰り返す。

 

 どんどん遠退いていく彼の背中。

 待って、お願いだから。一言だけでも伝えさせて下さい。

 願う、願う、渇望する。

 

 

「れ、……じ、さん……!」

 

 

 そして彼は────振り向いた。

 共にいた西京が血相を変え、何かを言葉を紡いでいるが、聞こえない。

 

「貴徳原カナタか」

 

「は、い……」

 

 何せ、今この場で彼以外を感じる必要がないから。

 彼にこの思いを告げられるなら、とカナタは傷の痛みを全力で忘れ去る。

 嶺二との会話に集中する為だけに。

 

 

「先の試合、途中からだが観ていた」

 

 はい、知ってます。

 あの時、貴方がいたからこそ勝てたんです。

 居なければ、目先の嬉しさのあまり敗北を選んでしまうところでした。

 

 

「ああ、今のお前はとても美しい。唆られたよ、心から。

 お前の様な者が居たのだな。俺は自分の浅はかさを呪うばかりだ」

 

 

 嶺二の目に焼き付いた光景。

 不撓不屈の意思を持って、敗北を、運命を踏破した淑女の姿を。

 

「お前は真に人間(けもの)だった」

 

 故に美しい。その在り方に敬服する。

 

「あ、の……れいじさん……!」

 

 嶺二の賞賛を前にカナタは顔を赤く染めながらたどたどしい口調で言葉を紡ぐ。

 いざ言うとなると胸が締め付けられる。

 だが言う。言うのだ。今逃せば次はない。

 

「私は、貴方の事が、大好きです……!」

 

 子供っぽい、幼い告白。

 小っ恥ずかしいが、これでも良い。

 真に重要なのは思いを伝える事なのだから。

 

 しかし、嶺二の紡いだ言葉はカナタの予想を越えていた。

 

 

「ああ、俺もお前の事が大好きだよ」

 

「へ?」

 

 彼は、嘘偽りのない言の葉を紡いだのだ。

 脳内で電気機器が爆発したかの様に思考を停止したカナタの意識は暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回、雑な感じが否めない……!
そして、やはり女の子の心理描写は難しいです。
乙女回路が欲しいところ……

感想、アドバイス等、お待ちしてます。

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