戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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深淵に近き望み

 富める者は貧しい者へ施しを(ノブレスオブリージュ)

 血と共に脈々と受け継がれた家訓。

 たとえ名が、国が、時代が変わろうと教えを貫き通してきた。

 

 ああ、確かに素晴らしいのでしょう。

 この言葉を掲げたとして、行動に移さない者は大多数いることだろう。

 そう考えると、自身の先祖はさぞ清廉潔白な善人だと改めて思う。

 

 その生き方を、魂を素直に尊敬していたし、倣おうと思った事に嘘はない。

 

 だが、あの人を見た時、ふと思ったのだ。

 

 果たして、この教えは他者の為になるのかと。

 

 富める者の施しは確かに一時ではあるが救うのだろう。だが、その後は?

 また救うだろう。その後もずっと、ずっと救えるまで……

 この世には金でしか解決出来ない問題は多々あるのは知っているが、施しばかりで救えるのか?

 出る筈だ。清廉な施しを搾取し始める愚図が。そんな者達からしたら私達は極上の餌場だろう。何せ()が沢山あるのだから。

 

 考えれば考える程、自身の根底は揺らいでいく。

 

 では、その教えに倣って欲を封じ、家の為に頑張ってきた自分はなんだ?

 恋もしたい。友と共に歩んで行きたい。そんな誰もが普通に行っている事が出来ぬ己は本当に人間なのか?

 人形と変わらないのではないか?

 自身の力で道を切り開くことも、歩む事もしていないのではないか?

 

 だが──

 

 戦の香気のする彼を見た時に感じた胸の高鳴りは嘘じゃない。いや、嘘にしたくない。

 だって、本当に見惚れてしまったから。

 

 衆愚が彼を蔑もうが彼はある種、究極の光だ。

 光を目指して何が悪いというのだろう。

 

 

 彼が灯す劫火に、身を委ね、抱かれたいと思う事は──きっと悪い事じゃない。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

「くっ……! ああァァッ───!」

 

「はははははははははッ!」

 

 星屑が煌めき、水流が迸る。

 二人は心の底から殺し合う。

 その戦いに理由を付けるとすれば、一人は兄への愛。もう一人は至上の光への愛。

 どちらも同じ報われぬ者同士。

 同族嫌悪。お前など壊れてしまえと、得物を血が滲む程強く握り締め、魔力を廻して、一撃一撃に必滅を誓って解き放つ。

 

 

 だが────

 

 

「どうしました? 温いですよ」

 

 奇襲、奇襲に次ぐ奇襲の全てがねじ伏せられる。高ランクの魔力制御による、気配を悟らせない攻撃を弾き、砕き、削り取られる。

 あまりにも不条理極まりないだろう。

 現在、貴徳原カナタの五感の内、戦闘で最も使用される視覚を封じられている。珠雫の魔法さえ感知出来ない筈なのだ。

 

 だが、全て防がれる。

 星屑で、鍛え抜かれた武技の数々で、輝く不屈の大欲で……全ての攻撃を踏み躙り、前進し続ける光の亡者は止まらない。

 この光景を試合開始から何回見た事だろうか。

 ロングレンジ、ミドルレンジ、クロスレンジでの戦闘は圧倒され、今や防戦一方。

 疲労した所を狙おうと画策するも、貴徳原カナタは一向に疲れの色を見せず、最早時間が経つほど強くなるなどという馬鹿げた事を珠雫は考えてしまっていた。

 

 互角だった闘いは、一方的なワンサイドゲームと成り果てている。

 だが、それでも珠雫の目は死んでいない。

 虎視眈々と勝機を探し続け、何度も死線を回避する。

 淑女が、あの獣への絶対的肯定を謳うのと同じ様に、兄への揺るがない愛を珠雫は掲げるのだ。

 どちらも戦う理由に差はない、のだが……

 

 

「──《星屑の斬風(ダイヤモンドストーム)》」

 

「ッ……《障波水漣(しょうはすいれん)》!」

 

 

 ──戦闘能力として隔絶したものがあった。

 観戦に来ている生徒や教師の大半、そして直に戦っている珠雫でさえ気づいていないが、貴徳原カナタの能力は最早、異界の法則として確立されつつあった。

 まるで海の魚が淡水を求めるかの様な変貌と変革の嵐。

 

 斬風の嵐は容易に水の障壁を食い破り、魔女の愛を否定し続ける。

 お前の愛は光の前では無価値である。故に真の愛に芽生えるが良い。

 言葉にすればこうだろう。二人の主張は決して相容れない。互いが互いの愛を否定しているのだから、これは必定と言える。

 

 

「ぐ、づゥ……貴女の愛になんか負けてたまるか……!」

 

 しかし、珠雫もまた淑女の愛を否定する。

 

 絶対的な肯定とは聞こえは良いが、その肯定の矛先は獣だ。

 この女の愛とは、獣がする事、成す事全てを正義として受け入れるのだ。それが己の親友の死や己の死さえ許容する歪んだ愛、歪んだ恋心。

 歪んだそれを譽れとしている時点で、貴徳原カナタの恋は実らない。それを理解しているのに止まれない様は正しく暴走列車。ブレーキなど、遥か彼方に置き去っている。

 

 

「いいえ、貴女の愛は既に敗北してます」

 

 

 されどカナタも魔女の愛を否定する。

 兄の為、兄の為と聞こえは良いが、貴女のソレは私のソレと同質、同じ物だろうが。

 同じ物を否定しているのだから、お前は既に負けていると淑女は謳う。そして、そんな情けない貴女を私は否定する。

 

「貴女がしているのはただの同族嫌悪だ。まあ、気持ちはお察ししますよ。誰だって、自分と同じモノは気持ちが悪いですからね」

 

 星屑の刃が遂に珠雫への道を切り開き、淑女は此処ぞとばかりに駆け出した。

 

「そうですとも、彼は言いました。闘争とは異なる何かを理由に起こるものだと。しかし、視野を広げてみれば人間()は同族と争うことさえ厭わない」

 

 

 そう、人間()は厭わない。

 互いに同じ人類なのに、殺し合いが止められない。

 それは何故か?

 

 

「結局、殺したいんですよ、愛したいんですよ。だって同じなんですもの、自分なんですもの」

 

 ──同じだからこそ、気持ちが悪い。何故なら、己という人間は己だけで良いのだから。

 

 ──同じだからこそ、愛おしい。何故なら、己という何よりも優先すべき存在なのだから。

 

 愛と殺意(あい)は同質で、切っても切り離せず、他を超絶した自己愛なくして博愛の精神(さつい)は芽生えない。

 

 

「くっ───!」

 

 

 珠雫は堪らず、距離を取ろうと後退。しかし、淑女は逃さない。足裏から魔力を放出、一息で距離を詰め、珠雫の胸倉を掴み、足を払い、卓越した武技を効率よく運用し、魔女の重心を一瞬で揺さぶる。

 

 そのまま全体重を掛け、小さな魔女を押し倒し、星屑の刃で二つの針状の刀身を形成。容赦なく珠雫の掌を突き刺して大地に縫い止めた。

 

「ッ〜〜〜〜!!!!」

 

 痛みで悲鳴が上がりそうになるのを必死で我慢しながら珠雫は歯を食いしばる。

 眼前で自身の顔を覗き込むのは、帽子の下から時折見える紺碧の瞳は奈落の様な闇を携え、恍惚としていた。

 その様は櫻井嶺二を嫌でも彷彿させる。

 

 

「では自分を至上としているのに他者を愛すのか……珠雫さん、貴女は分かりますか?」

 

 

 まだ続くのか、と内心打開策を練りながら珠雫は返答する。

 

 

「そんなの……見惚れたか、好きになったからに決まって──」

 

「違います。それはその人が狂ってしまっているからです。Amantes,amentes.(愛する者は正気なし)……狂しているから人間()であり、他者の存在を必要とするのです」

 

 

 一人で生きられる人間などいない。

 それは純然たる事実であり居たとすれば、それは最早、人ではない。

 だからこそ、櫻井嶺二は他者の存在が絶対不可欠である闘争に惹かれ、貴徳原カナタは絶対無比たる凶星の光に恋い焦がれた。

 

「ほら、貴女も同じでしょう?

 自覚しなさい。貴女は自分が嫌悪する人と同族なのだと」

 

 

 兄の背中に憧れた。兄の置かれている不遇な環境を憎悪した。

 そんな彼を妹として慕い、母として案じ、友として慕い、愛人として愛している。

 お前は兄を絶対肯定しているではないかと淑女は笑みを浮かべて嘲笑する。

 

「そうすれば、素晴らしき光が讃えてくれます。そうだ、お前は正しい、ゆえに否定するとね」

 

 

 ならばこれこそ真理。正しく神託。人の世に齎された至高の光だと声高々と宣言するカナタ。

 

 

「い、や……だッ……」

 

 だが、否だと弱々しいが確固たる信念を乗せて珠雫は言葉を紡ぎ出す。

 

「貴女、と同じだなんて……絶対に認めない……!」

 

 それだけは、それだけは絶対に認められない。同族嫌悪だって分かってる、分かってるいるのだ。

 けれど、淑女と同じだと、どうしても認めたくない。

 何故なら──

 

 

「貴女と同じだと認めない……私の愛は、お兄様を堕落させる愛じゃない……!」

 

 目の前の淑女や櫻井嶺二は必ず一輝に何かしらの害を与えると珠雫の理性は訴えているのだ。

 いや、それ以前に一輝は彼ら──自称人間()に魅入られ、更には彼自身も何故か目が離せないでいる事を、珠雫は知っていた。

 

 ならばこそ、認められない。

 確かに発言が全部自分に返ってくる程、貴徳原カナタと黒鉄珠雫は同類だ。

 愛しい人を至上とし、愛しい人の嫌いな所など、十個も言えない。

 

 けれど、心にもない無い事でも否定しないといけない。

 この愛は兄を獣に堕落させる愛なんかじゃない。

 兄は獣なんかにならない、なって欲しくない。私は彼を獣になんかしない。

 

 

「無理ですよ」

 

 

 そう思う心さえ、光は無情に圧し潰す。

 カナタの背後で不協和音を掻き鳴らしながら、ソレは現れた。

 

「え……」

 

 あり得ない。こんな事はあり得ない。

 だって、貴徳原カナタの能力は刀身を砕いて素粒子サイズの億の刃を自在に操る能力の筈だ。欠点として星屑は刀身の体積を越えない筈なのに。

 

 

 カナタの背後で蠢く銀閃の星屑。今まで、その一つ一つは目視出来ぬ程の小ささだったが、今や目視出来るほどの大きさとなっている。その総数は十、百、千を越えて尚も上昇。

 

「どう、して……! 貴女の能力でこんな事は……」

 

「ええ、今までは出来なかったですよ。でも、人間本気の愛さえあれば大抵何でも出来るものですよ。

 ──これが、英雄伴侶(プレアデス)の本当の能力ですよ」

 

 

 魔力の過剰励起による霊装の暴走。元々、霊装は《伐刀者》の魂であり、魔力の塊だ。

 ならば、必要以上に霊装へ魔力を注ぎ込めばどうなるのか?

 貴徳原カナタは霊装の膨張という形で顕現させたのだ。

 星屑は場を埋め尽くさんと形を成し続ける。

 これも全て、本気の愛が成せる御業だろう。

 

 

「さあ、共に未来を目指すとしましょう」

 

 淑女は嗤う。

 そして、星屑は荒波の如く──珠雫を呑み込んだ。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 会場は星屑の大海に呑まれ、地に剣が大輪の華の如く咲き乱れる。

 銀色の華は諸人を魅せ、惑わせる魔性を帯びていた。だが、美しい薔薇に棘がある様に、この華もまた棘がある。

 

 大輪の中心は真紅に染まり、天に生贄を捧げるが如く、魔女は串刺しになっていた。

 

 ああ、やはり駄目なのだろうか。

 

 

 星屑の荒波に呑まれ身体はズタボロ。四肢を貫く冷たい銀色。五臓六腑は穴だらけで、血管や主要器官の状態は致命的。剣に伝う赤い血潮がより一層彼女の有り様を凄惨にしていた。だが、そんな物は如何でも良い。

 

 このまま私の敗北は決定してしまうのだろう。

 本当はまだ負けたくない。私の愛はこんなモノじゃないと証明したい。

 けれど身体が、自分の心に着いてこない。

 ああ、だから兄を取られてしまうのだ。

 もっと自分が強ければ、兄の隣に居るのはステラではなく、自分だったかもしれない。

 

 ──分かってる。分かってますとも。私の言っている事は滅茶苦茶で、全部自分に返ってくることくらい。

 

 でも、認めたくないじゃない。

 獣達は絶対にお兄様を堕落させる。そういう確信めいたモノがある。

 そんな奴らと私が同じ?

 嫌よ、止めて。そんなこと言わないで。

 拒絶と否定の嵐は渦を成し、坩堝と化した。

 

 

「──────ク」

 

 鼓膜が揺れる。

 星屑が奏でる不協和音めいた金属音ではない、憎たらしい誰かの声。

 

「頑──、─ズクッ!」

 

 良く聞き取れない。

 もう良いの。だからどうか、このまま潔く負けさせてください。

 私は哀れで、卑しくて……こんなに弱い。お兄様の隣に立つ資格はなんてなくて……兄への愛に同族嫌悪という泥を塗った馬鹿な妹だらか。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいお兄様。

 貴方に合わせる顔がありません。

 

 敗北を受け入れようと、そっと目を閉じた時だった。

 

 

「何諦めてんのよシズク!!」

 

 

 一際大きな──()()()()と錯覚する程の大音響が会場を揺らす。

 激励を放った声の主は燐光を撒き散らしながら恋敵に吠える。

 諦めるな、貴女の愛はそんな安いモノじゃないでしょうと。

 

「同族嫌悪で良いじゃない、自分が、他人が嫌いで良いじゃない!

 アンタ、イッキの事が大好きなんでしょ!

 私なんかに、ましてや他の誰かになんか渡したくないと思ってるんじゃないの!?」

 

 同族嫌悪?

 他者が嫌い?

 知らない、そんな事などどうで良いだろう。

 お前の愛はそんな事で折れて良い筈がない。

 獣がどうとか、光がどうとか、愛の方向性だとか──そんな簡単な事を難しく考える必要などない。

 何故なら────

 

 

「胸に抱いたんでしょう?

 どんなに蔑まれ様と、これだけは譲れないと小さな勇気であっても振り絞ってでも絶対に曲げられない愛を!」

 

 ならばこそ、立ち上がれよ我が恋敵。

 納得していないなら、(ソレ)だけは折るな。貴女の今までの行動は、確かに一輝に居場所を与えていたのだから。ゆえに愛さえあれば、更に一歩踏み出せる。

 だって、恋する女は強いのだから。

 

 

 剣林に木霊する熱の籠った激励。

 それに応える様に微かに動く影。

 少しずつ……最初は指。そこから徐々に肉の裂ける音と共に彼女は動き出す。

 

(うる、さいんですよ……貴女、なんかに応援……されても嬉しくなんてありませんから……!)

 

 そう心の中で呟くが、勝手に口角が上がってしまう。

 ええ、貴女の言う通り。

 たとえ発言が全部自分に返ってこようが、私の愛が揺らいでどうする。この身が朽ち果てようとも兄への愛だけは絶対に不動でなくてはならない。

 そして知らしめるのだ。

 此処が彼の居場所なのだと。

 

 

「あ、ぐ……ああああァァァァッ───!!!!」

 

 その為に、痛みを忘れろ、誇りを捨てろ、体裁など犬にでもくれてやれ。

 愛の形と方向性だけを糧に、もっと、もっと、もっともっともっと……

 

 

 

創生(■■)せよ、天に願った渇望を──我らは憐れな■■(あい)の使徒』

 

 

 そのまま、何かに導かれる様に言霊を紡いだ。

 其処に愛は有れども渇望(いろ)はない、だが未だ定まらぬ渇望の代わりに流し込まれるのは彼女達の大源。

 其は水底の魔性。焦がれた光に手を伸ばすも、決して届かぬ憐れな女の心象、傷だらけの原石。

 練磨しても自分一人輝く事が出来ず、誰かの徒花になる事しか出来ない。

 ゆえに伸ばした手が掴むのは焦がれた光ではなく、忌むべき光。

 舞台から役者の足引き、引き摺り下ろす。

 

 そう定めた■の力が、此処に深淵に近き星を生み出した。

 

 




\(≖‿ゝ )/<Disce libens(喜んで学べ)

※今の珠雫は座のバックアップを受けたフィナー蓮状態です。
今回、途中何を書いているのか分からなくなった……末期だな。

感想、アドバイス等お待ちしております。

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