戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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※超新星のルビを変更しました。急な変更で申し訳ありませんm(__)m




 ──初めて彼を見たのは、血の滴る第一訓練場だった。

 

 

 

 

 本来、放課後の訓練場は皆が幻想形態での実戦形式の練習をする為に利用する。

 だが、そこには明確なルールはあまり存在せず、バトルロワイヤルという形式になる。

 

 かくいう彼女も鍛錬の為に友人と共に足を運んだのだ。だが、そこでの光景は入学して二日しか経っていない者でも()()なのだと感じられる。

 

 響く呪詛、断ち切られる絶叫、倒れ伏していく敗者。その全てがこの場は戦場なのだと、突きつけられた。

 赤く彩られた戦場の中心に立つは一人の《伐刀者()》。手に構えられた無骨な野太刀が照明の光に反射して、赤黒い怪しい光を放つ様はまるで妖刀、魔剣の類と見紛うほどだ。

 その醜悪な光景に引き込まれながらも、これは可笑しいと彼女はすぐさま我に返った。

 この事態は明らかに実像形態を用いた死合だ。

 

「シィ────ッ!!!!」

 

 そんな戦場で、一人の少年が、《伐刀者》が血の海で水音を響かせながら、獣に向かって日本刀型の固有霊装を構え、肉薄する。

 獣を断ち切らんと放たれた上段からの振り下ろしの一閃。

 流石に上級生。磨き抜かれた技の冴えは研鑽の跡が見て取れた。

 ──ああ、だが、

 

 

「ぐ、が……!」

 

 

 その研鑽は、ただの横薙ぎの一撃で、木っ端微塵に砕け散る。

 

 狙い澄ましたかの様な剣閃は、吸い込まれる様に少年の胴へと向かい、彼の肋骨を粉砕して外壁まで吹き飛ばした。

 もし、あの野太刀の刃が欠け、潰れていなければ少年の身体は真っ二つになっていたと思うとゾッとする。

 しかし、恐るべきはあり得たかもしれない結果ではなく、それを成し得る獣の性能だ。

 あの一撃。アレに積み上げた物は何一つない。あるの力、ただの力のみ。

 

 

 だが────まだ終わらない。

 次瞬、銃弾が、矢が、魔法が戦場に飛び交い、獣の身体に雨霰と降り注ぐ。

 暴力には、それを上回る暴力で上回ると言わんばかりに、獣に襲い掛かる者達。

 この世で最も成功を収めた人間()優位性(アドバンテージ)を遺憾無く発揮する彼らの有様はまさに寄せては返す波濤の如し。

 

 衝撃、轟音の響く訓練場は砂埃に包まれる。

 これこそ正しく蹂躙、制圧と称するに遜色のない凄惨な闘争。強者が弱者を排他する世の縮図に他ならない。

 なればこそ、この場において彼は最も弱者か?

 

 

 

「ははは……あははははははははァァァァッ!!!!」

 

 

 

 いいや否。獣は哄笑を上げながら、霊装を片手に地を蹴り、颶風の如く疾駆する。

 その身体は全くの無傷。されど心底楽しんでいた。

 

「さあ、もっとだ!

 この程度じゃねえだろお前ら!

 人間()ならばまだ出来る!

 まだ足りない、もっと、もっとだ……俺に殺意(あい)を寄越せェェッ!!!!」

 

 向けられた悪意の数々を愛おしく受け止め、もっと寄越せと彼は叫ぶ。傲慢に、強欲に、自身の我欲に忠実に突き進む様はまるで飢えた獣。

 具現するは真の無双。獣の爪牙に噛み砕かれ、引き裂かれる獲物。

 彼の我欲を満たすには、彼らでは力不足だったのだ。

 倒れ伏す敗者の中心で、彼は嗤う。

 戦う事を好み、勝利する事を望む。

 そんな破綻者はゆっくりと此方へと視線を向けた。

 

 殺意、殺意、殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意────!

 

 

 

 傍観者だった私にまで向けられた殺意の波濤。

 戦うのなら女子供、老若男女問わない獣を前に、私は───見惚れていた。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

「天上の光で眼を焼かれ、私は焦がれる程の愛を知る」

 

 それは回想。口遊む様に紡がれる狂愛の詩。

 かつてあの日、あの場所で、初めて出会った時の情熱を私は一度たりとも忘れはしないという淑女の情熱が、運命を礼賛するが如く、詩を奏でる。

 

 

「あの雄々しい勇姿に顔向け出来ない己が恥ずかしい。

 眩い黄金の輝きが決して沈まぬ恒星(ほむら)の如く、恋い焦がれた我が身を照らす」

 

 

 しかし、初対面は恥ずかしい物で……光を前に一歩も動けず、一言も言葉を発せず、ただ友人と佇むばかり。

 あの失望の眼差しを向けられた日は、瞼が腫れるまで涙を流したものだが、それさえも未来へ進む為の薪へと変えよう。

 だって、彼は悪逆非道な小悪党とは輝きが違う。人擬きにさえ、淡い期待を抱いてしまう人だから……

 

 

「だからお願い、天頂神──哀れな私の手を取って。私は既に光の住人、真世界に留まりたいから」

 

 

 焔の系譜を彩る為に、私はその末端を担いたい。この身は獣にして小さく未熟な星屑。

 だからこそ、貴方を飾る徒花に──なるのではなく。

 

 

「焼け爛れた軀であろうとも、天上楽土で未来(ひかり)(うた)を奏でよう」

 

 

 貴方の隣で歩める恒星に至らねば意味がない。

 徒花でも良いなどとは口が裂けても言える筈もない。そうだとも、挑み、越える気概無くして光と共に歩み資格などありはしないのだから。

 さあ、偉大なる光の君よ。光へどうか連れ出して。

 

 故に────

 

 

「いざ、歓喜せよ英雄伴侶(プレアデス)

 ──約束された繁栄は真世界へとやってくる」

 

 彼は求める理想を叶えると信じて、この身は更に更に熱を求めるのだ。

 星屑が煌めき、一つの星を紡ぎ出し、獣への愛が具現する。

 

 

超新星(Res novae)──聖なる婚姻、感涙するは英雄伴侶(The bride of Peleiades)

 

 

 

 

 そして轟く情熱の咆哮と共に、淑女は颶風の如く疾駆する。

 柄しかない得物を手にし、星屑は煌めく。

 

 

 変化はそれだけ……否、それだけな筈はないと珠雫は全神経を尖らせる。

 相手はあの《紅の淑女》だ。油断をすれば、先程放った《水牢弾》の様に霞の如く削り取られ消え失せるのは我が身だ。

 安心など出来る筈もない。

 

 

 自分の持ち味は読みの深さ。状況把握、環境掌握。自然干渉────

 訓練場全域は、既に《凍土平原》により、場は整っている。

 ならば後は恐れず、怯まず次の手を──

 

 

「《白夜結界》!!!!」

 

 

 空間を支配する霧が、戦場を支配せんと流れ出る。魔力で生成された魔法の霧は、敵手の視界を封じ、《深海の魔女》の独壇場を築き上げる。

 この中で状況を正しく把握し、縦横無尽に動けるのは珠雫のみ。

 続けて身体に水の膜を纏わせ、防御策を構築。更に、水の分身を五体作成。

 構築され続ける淑女打倒への戦略(ロジック)。あの《紅蓮の皇女》を上回る、高い魔力制御を持つ《深海の魔女》が真価を発揮する。

 

 

 突如、貴徳原の足元より、氷柱群が現出する。その一つ一つが高度な魔力制御で作り上げられた必殺。これを前にすれば、並の《伐刀者》ならば秒も持たずに蜂の巣と化すだろう。

 

 

 ────相手が並の《伐刀者》ならば。

 

 

 

 億の星屑が、まるで霞の様に氷柱群を削り取り、淑女は氷柱群を物ともせずに駆け続ける。

 これを前に、珠雫は歯噛みする。

 やはり、あの絶技は厄介だ。

 アレを封じない限り、此方の攻撃は削り取られて無に帰るだけ。

 ミドルレンジ、ロングレンジは言うに及ばず、クロスレンジはそもそも論外。

 いくら視界を封じたとはいえ、相手は実践経験豊富な格上だ。故に、

 

 

『《水牢弾》!!!!』

 

 再度、放たれる砲撃。違うのはその総数だった。十、百、千と増え続ける攻め手。それもそうだろう。分身を含めた計六人による征圧射撃。先程のような精密さを求めた物ではなく、ただ強さを求めた面での攻撃が、淑女目掛けて迫り来る。

 

 はたから見れば、ただの焼き直しだが、既に珠雫は突破口を見出している。

 貴徳原カナタの《伐刀絶技》は確かに脅威だ。あの億の刃を前に、生半な攻撃では先程同様に霞の様に消え失せるだろう。

 しかし、あの絶技は無類の暴威を振るう一方で、弱点の目白押しだ。素粒子サイズの億の刃と聞けば確かに脅威だが、その億の刃を構成しているのは彼女の固有霊装の刀身なのだ。つまり、幾ら素粒子サイズの刃と言えど、元となった刀身の体積以上にはならない。数は増やせたとしてもその分、一つ一つの攻撃力が低下するのは必定だろう。

 

 故に、穴を突く。完璧などという概念を人間が体現できる筈もない。だからこそ、あの淑女の無敵とも言える防御にも付け入る隙は必ずあるのだから。

 

 

「………………」

 

 

 されど淑女は不動。刃の星屑を薄く、全身を覆う様に展開。

 上下左右前後……あらゆる角度から放たれる水撃を先程の様に削り消す。

 だが、先程と違うのは、明らかに削り消す速度が緩慢だ。これにより、珠雫は更に攻撃の手を強める。

 

 だが、相手は光へ奉じる狂信者。

 

 

「なっ───ッ!?」

 

 

 珠雫の口から驚愕が漏れる。

 それもそうだろう。あの貴徳原が防御を捨て、《水牢弾》を()()()()()()()()のだから。

 

 それは愚策も愚策、暴挙中の暴挙だ。ただの魔法ならいざ知らず、珠雫の《水牢弾》は敵手を()()()()()()()。着弾箇所から水が張り付き、相手を深海へ引きずり込むのだ。

 現に、淑女の左手は水に侵され、剰え凍っている。

 だが、目の前のコレはなんだ?

 メカニズムは分かる。手からの魔力放出による手刀。あの獣が纏う鎧が如き防御法の類。

 分かる、分かるとも。分かるのだが……

 

 

 弾き、斬り裂き、穿ち、歩みを止めない。

 凍ったからと言って何か特別な事などないのだろうと言わんばかりに魔力放出で凍った左手を無理矢理解放する。

 その様は優雅で凄烈。光へ続かんと猛る亡者に不可能なし。

 

 

「────見つけました」

 

「チィッ!!!!」

 

 

 霧の中で、淑女の視線が見えざる魔女へ向けられる。珠雫も即座に行動を起こす。

 何故、私の場所がバレた──などという三下がのたまう台詞などは吐かない。

 彼女が取ったのは、奇しくも珠雫がしている事と同じ事だ。

 珠雫が纏った水の膜に、星屑が幾つか触れてしまったのだ。この霧が彼女の身体の一部の様に、あの星屑とて彼女の魂、彼女の一部。

 その場所位、手に取るように把握できるだろう。

 

 

 突如、進路を左斜め前方へ変更。魔力放出により増強された身体能力と、《凍土平原》を利用し、滑る様に加速しながら、珠雫の懐へと飛び込んだ。

 

「くっ────!?」

 

 この距離では《障波水連》での防御は不可能。珠雫はクロスレンジでの戦闘を余儀なくされる。

 淑女の手には刀身の戻った細剣が握られ、矢を引き絞る様に構え、此方の心臓を穿つ為に全霊を込めるだろう。

 

 ならば、狙うはカウンターのみ。淑女と魔女の獲物に明確なリーチの差が存在している。

 限界ギリギリで躱し、小太刀を心臓へと突き刺す。

 だからこそ、珠雫も不動。

 

 そして、引き絞られた右手が放たれた。

 珠雫の予想通りに──()()()()()《フランチェスカ》は珠雫の心臓目掛けて向かって……珠雫の()()()を突き刺された

 

「なっ、ぐあ……!」

 

 そして、連続する刺突の円舞(ワルツ)。急所という急所を正確に穿ち、敵手を死へと誘う舞う様な攻撃。

 計37回の刺突の果てに、珠雫は崩れ落ち──血染花を大地に咲かせる。

 だが、赤い血潮は淑女を嘲笑う様に透明な色を帯び、力なく倒れる五体は輪郭を失い、水と化す。

 

 

「ふふふ……流石、恋する女はお強いですね珠雫さん」

 

 淑女は優雅に笑みを浮かべて、珠雫への賞賛を述べる。

 まさしく貴族の風格というのが滲みでているが、それさえ気にならない程に珠雫は貴徳原カナタがひたすら不快だった。

 

『……貴女と同じにしないでいただけますか?

 ひたすら不快です』

 

 

 珠雫は不快感を隠す事なく告げる。

 彼女を見ていると、目の前にいるのがあの獣に思えて……

 

 

『第一、私は貴女と違って男を見る目はありますから』

 

「あら、奇遇ですね。私も殿方を見る目はある方だと自負はあるんですよ。やはり、真の人間()には惹かれるものですからね」

 

 軽口を叩きながら攻防は続く。珠雫もそんな事をしている場合ではないというのに、言葉を紡ぐのを止められない。

 これだけは絶対に否定せねばならない気がしてならない。

 

『ふん、お兄さまをあんな獣と同列に語るなんて烏滸がましいんですよ……何の因縁があるか知りませんがお兄さまに害意を向けるなら容赦しません!』

 

 そうだ。あんな獣と愛しい人を同列視する様な事は許さない。

 自分の兄は天下に誇るべき自慢の男。環境に恵まれず、運命に見放され、家族に捨てられた彼。しかし、それでも彼は諦めなかった。

 環境に、運命に、家族に抗い、夢見た未来を目指すべく努力を続けてきたのを珠雫は知っている。

 

 だが、目の前の淑女が同列視した獣はどうだ?

 法や道徳を踏み躙り、他者を殺す事しか考えられぬ物の怪。宝石と路傍の石ころを比べるなど愚の骨頂だ。

 

「ふふふ……害意だなんて抱いてませんよ。

 寧ろ、私は納得しているんですよ」

 

『納得……?』

 

 嘲りの言葉の返答は魔女の予想を裏切るものだった。

 

「ええ、彼なら天へ駆け上がるだけの意思と力を持つ事でしょう。それも()()()()()()()()()()()

 

 害意などない。納得している。

 どちらも違わず真実で、惜しみない賞賛だ。

 黒鉄一輝は、無理や不可能を踏破する事のできる、光を目指す一人の英雄の卵だと淑女は語る。

 

「でも、だからでしょうか。私は彼がとても()()()()様に見えてしまう」

 

 前へ、前へ、ただ前へ。

 未来を目指し、努力を惜しまず、他者を慈しみ、法や道徳を重んじる。

 その姿、その足跡。素晴らしいと思うが、自分の欲を覆い隠している様で憐れでならないのだ。

 

「彼はもっと素直になるべきだ」

 

 彼はあらゆるモノに絡め取られている。

 ならば、解放してやらねばならないだろう。

 

「愛とは受け入れ、応じる事……勝利とは否定する事。ならば、今の彼を否定して、人間()に至った彼を受け入れる事こそ、真の愛と呼べるのではありませんか?」

 

 そうすれば、彼は真の世界で生きられるのに────

 

『黙って』

 

 そんな淑女の言葉を冷徹な声音で両断する。その言の葉には静かな──噴火寸前の火山の様に煮え滾る怒りが込められていた。

 

『そんな物は愛ではありません。それは盲信、貴女は見たい物しか見ていない』

 

 前へ、前へと進み続ける意志、確かに素晴らしいのは認めよう。

 だが、彼女達のそれは世界を半分しか見ていない。

 

『それに──貴女、櫻井嶺二()の嫌いな所、十個位言えますか?

 ……言えないですよね。不平不満を一切想起させない他人なんて、それだけで歪に感じる筈なのに。

 元来、好きな人ほど自分の思い通りにならなくて、やきもちしたり、怒ったり、すれ違ったり落ち込んだり……ねえ、それがない恋愛なんて、見かけだけ取り繕った愛情じゃない!』

 

 だからこそ、淑女がしているのは自画自賛と変わらないと珠雫は切って捨てる。

 思い通りになる愛……そんなもの、ただの塵だ。一喜一憂しながらも、その一時一時を至高と思えるのが、恋愛というものなのだ。

 

「はッ! これが愛ではない?

 笑わせないでいただきたい。至上の光に汚点など一つもありはしません」

 

 光は光で素晴らしい。それを違えてはならない。

 たとえ、愛ではないと言われても、報われなかったとしても────この胸に宿る熱は真実。ならば、偽る事など出来る筈もない。

 彼が法を、道徳を踏み躙るのなら、その所業の全てを容認して受け入れよう。

 

 

「彼ほど素晴らしい存在など、この世の何処にも存在しないのですから!」

 

『こ、の……大好きな獣を基準に、お兄様をはかるな、度し難い理想主義者がァァァ!』

 

 

 星屑と水の奔流がぶつかり合う。

 怒気に比例して激しさを増す水流。そして、星屑もまた魔女の怒気に比例して、此方も負けられないと更に魔力を奮う。

 報われぬ恋をする者同士として。

 水底の魔性(ローレライ)英雄伴侶(プレアデス)の戦いは加速する。

 

 




どこで区切ったら良いのかわからねぇ……
感想、アドバイス、お待ちしてます!

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