prologue
────金属同士が擦れ合う。
意思と意思がぶつかり合い、お互いの持つ得物が火花を散らす。
これは死合だ。それまでの経緯はほんの些細なモノで、他人からすれば鼻で笑われるようなくだらないモノでしかなくとも──彼にはそれだけの理由で十分だった。
だって彼は────
☆★☆★☆
東京のとある一角の廃病院。
割れたガラス片が廊下に散乱し、病院の廊下は太陽の光を射し込んでいる。
まだ昼だというのに不気味な雰囲気を醸し出す廃病院の廊下は、まるで黄泉の国と繋がっているかの様だ。
元よりこの病院は度重なる医療ミスの発覚と巷を騒がす犯罪組織《
故に、そんな不気味な空間を悠々と二人の女性は、まさしく場違いなのだろう。
「ねえ、くーちゃん。こんな心霊スポットみたいな場所に何の用なのさぁ〜」
「停学中の生徒の家庭訪問だ」
丈の合っていないダボダボの着物を着た童女の如き女性。
煙草を咥えたスーツ姿の麗人。
「それにしても、こんな廃病院に住んでる奴ってどんな奴なのさ?」
西京は率直な疑問を口にする。
此処は廃病院。生活できるかと問えば、できるやもしれないが、生活しようと思う精神が心底理解できない。
その疑問に答えるべく、新宮寺は懐から携帯端末を取り出し、一人の生徒の情報を表示して西京に手渡した。
その資料を一瞥した西京は、数秒としない間に一笑した。
「あは、うはははは! 連続で停学くらい続けて二年留年ってマジっすか!? こんな奴、初めてみるよ!」
「どうやら、前理事長と私がクビにした教員の何人かの共謀だったらしい」
普通に考えて二年も──停学が理由で留年など普通はあり得ないのだが、資料に映る少年の所業は流石に擁護し切れないのも否めないのだ。
学園敷地内での霊装を用いた戦闘行為。
学園敷地外での能力の無許可使用。
そして、決定的なのが生徒、教師を約百人を再起不能寸前に追い詰めてしまったことだろう。
それにより、前理事長も破軍学園のイメージダウンを阻止すべく、少年は一ヶ月足らずで停学処分となったのだが……
全く反省の色も見えず、かれこれ約二年間放置されているのが現状である。
結論、両方とも非があるという答えに落ち着く。
そうこうしている間に、二人は廃病院の三階まで来たが、此処で二人の警戒心は最大まで引き上げられる。
それもそうだろう。三階は下の階とは別世界と疑うレベルで異質だった。
所々が赤黒く変色した壁、鼻腔をくすぐる鉄の臭い、そして────
「《解放軍》か…………」
新宮寺は紫煙を立ちのぼらせながら呟いた。
廊下に転がる同じ装備をした兵士達がまばらに倒れ伏している光景は凄惨で、あまりに酷い。
全員、死なない程度に四肢を折られ、戦意を失わされている。それも念入りに。
何故、此処に解放軍がいるかなど、今は些細な事だ。
「はあ、先が思いやられるな………」
これから先の事を考え、頭を抱えながら携帯を取り出し、警察への連絡を済ませる。
そして、二人はこの惨状を引き起こしたであろう人物の跡を追うべく、廊下に残った痕跡を辿る内に、屋上への階段に辿り着いた。
階段の一段、一段に生々しい血痕を刻みながら、痕跡は屋上へと続いている。
意を決するまでもなく、二人は悠々と階段を昇る。
臆する必要など微塵もない。
それだけの実力を兼ね備えている。
されど、その心情は様々で────
────一人は憂鬱だった。
これから先、起こるであろう仕事の数々が目に浮かぶから。
────もう一人は楽しみで仕方なかった。
見るからに面白そうな逸材に、興味が尽きないのだろう。
そして、屋上の扉のドアノブを西京は手に取り、開け放った。
駆け抜ける一陣の風が優しく頬を撫で、暖かい春の日差しが出迎える静寂の中、二人は見たのだ。
ボサボサで、整えられていない黒の長髪。
目つきが悪く、目の下の隈が一層凶悪にみせる風貌。
180はある長身は程良く鍛えられている。
資料で見た少年が、四肢を折られた男の顔面を掴んで立ち尽くしていた。
すると、此方に気づいたのか、少年はゆっくり視線を向け────
────挨拶代わりと言わんばかりの一閃が西京の眼前に迫っていた。
「はあ………」
新宮寺の呆れ果てた溜め息とほぼ同時に西京の手元に顕現した扇型の
「へえ………」
耳朶に響くは、狂気と狂騒に満ちた愉悦の声。ケタケタと笑いながら、再度振るわれる暴力。
しかし、それが振るわれることはなかった。
「まったく………少しは話をさせてもらいたいもんだ。なあ、小僧」
「──────」
新宮寺が、暴力を振るおうとした腕を掴み止めていたからに他ならない。
少年が手にしていたのは野太刀状の固有霊装。刃こぼれしている刀身は斬ることよりも削ぐ、打つといった攻撃を目的とした形状をしている。
「また、懲りもせず学園外での能力の使用か? いい加減学習したらどうだ?」
「滝沢………黒乃に、西京寧音か」
「今は新宮寺だ」
少年は、何とか腕を振り解こうと腕に力を込めるが、まったく新宮寺の腕を振り解けない。彼女のランクを考えれば、それは必然とも言えるだろう。
「はあ、まったく、こっちはお前の停学を解きに来たってのに。少しは自制を覚えろ、
「はあ? 何で、俺の名前を……いや、それにそんなことできるわけねえだろうが。あの理事長や他の教師どもが────」
「そいつらならクビにした」
私が理事長に就任した時にな、と付け加える。
新宮寺の言葉に開いた口が塞がらないという嶺二の肩に小さい手が置かれる。西京のだった。
「くーちゃんが言ってる事は全部事実。まあ、今日此処に来たのは────」
「教師らしく、生徒が卒業できるよう手助けに来たと思ってくれ」
「あぁ!? くーちゃん、ウチの台詞だったのにぃ〜」
「知らん」
喧しく戯れる二人に呆気を取られる嶺二だ。
だが、わからない事がある。
「おい、俺を破軍学園に戻すメリットがお前らにあると思えねぇんだが………」
お世辞にも嶺二は素行が良いとは言えない。
仮に戻したとしてもすぐに問題を起こす可能性さえある自身を再び学園に戻す理由など皆目見当もつかない。
「なに、単純な話さ。教師として生徒を卒業させてやりたいと思うのは当然のことだろう?」
然も当然と言わんばかりの新宮寺。
ならば答えは決まっている。
この身は■■を望むもの。
ただ衝動に任せて動くもの。
「俺は──────」