ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫―   作:アヴ=ローラ

7 / 18
聖者の右腕 陸

 追試を終えた古城は、雪菜と合流すると、人気のない場所に移動する。そして古城は、姫乃を喚ぶためにポケットに忍ばせておいた〝闇の紙片(ダークネス・ゲート)〟を取り出し、

 

「………どうやって空無(あいつ)を喚び出せばいいんだ?」

 

「え?先輩、聞いてなかったんですか?」

 

 雪菜が呆れたように訊いてきて、古城は、ああ、と頷き焦り始める。どうすればいいんだ、と適当に紙片を持つ手を掲げてみた。

 すると、古城と雪菜の頭上に純白と純黒の二匹の蛇が顕現して互いの尾を喰らい合い環をなすと、その環の中から真っ黒な異空間が顔を覗き―――

 

「喚んだ?」

 

 メイドラゴンの姫乃がそこから現れた。古城と雪菜がぽかんと口を開けて固まっていると、姫乃は音もなく彼らの前に着地する。

 それからすぐにハッと我に返った古城は、姫乃の顔に手を伸ばし―――彼女の頬を引っ張ってみた。

 

「………なに?」

 

「いや、偽者じゃないかと思って。どうやら本物みたいだな」

 

「そう」

 

 姫乃は短く返事をし納得する。古城に頬を引っ張られても、彼女は特に気にしていないようだ。が、偽者扱いされて少し怒っているような気がした。

 一方、古城は、それにしても柔らかい肌だな、と無遠慮に姫乃の頬を触りまくっていると、雪菜がジト目で睨んできて、

 

「先輩。彼女は龍神でも女の子なんですよ?べたべたと触りすぎです」

 

「え?あ、悪い。柔らかかったからつい」

 

「つい、ですか」

 

 はぁ、と溜め息を吐く雪菜。だが、彼女も姫乃の肌に触れてみたいと内心思っていた。そんな雪菜の想いを察したように、姫乃が雪菜に視線を向けて言ってきた。

 

「雪菜も触る?」

 

「え?いいんですか!?」

 

「うん」

 

 首肯する姫乃。では遠慮なく、と雪菜は彼女の顔に手を伸ばして触り始めた。

 

「………!ほ、本当に柔らかい!神々のあらゆる武器を通さない身体とはとても思えません!」

 

 雪菜は興奮気味に、姫乃の首や腕、腰、脚などを触りまくる。古城がこれだけ彼女の身体を触りまくれば、間違いなく変態扱いまっしぐらだろう。

 古城は少し羨ましげにその光景を眺めていると、ふと目的を思い出して雪菜を止めた。

 

「姫柊、そろそろいいか?」

 

「え?あ、はい、すみません。夢中になってました」

 

 雪菜は頬をぽりぽりと掻きながら、姫乃を解放した。少しだけ乱れた服を正して姫乃は、古城に視線を向けて、

 

「雪菜の買い物、どこに行く?」

 

「ん?そうだな。手っ取り早く日用品を揃えるなら、近場のホームセンターがいいか」

 

「わかった」

 

 え、と古城が声を発した刹那、姫乃は指を振り―――彼が向かおうと決めたホームセンターの入口前に三人は転移した。

 追試前にも、古城と雪菜が体験した姫乃の空間転移(テレポート)だったが、まだ二回目なので驚きの表情を見せる。

 そして最も驚いていたのは、通行人たちだった。偶然ホームセンターの前を通りかかった彼らは、古城たちを見て、一体どこから湧いて出てきた、と驚愕して立ち止まってしまっている。

 古城はムッと眉を寄せると、姫乃に文句を言った。

 

「空無。せめて能力使うなら事前に教えてくれ。急にやられたらびっくりするだろ!」

 

「わかった」

 

「それから、勝手に能力使うのも禁止な。便利だけど、緊急時だけに頼む」

 

「わかった」

 

 無感動な声音で了承する姫乃。だがその瞳には反省の色が浮かんでいるような気がした。

 よし、と古城は、姫乃の頭をポンと叩いたのち、三人はホームセンターの中へ入っていった。

 店内に入った途端、雪菜が目を丸くして固まる。特に変わった店ではないが、彼女は初めてらしかった。

 雪菜は陳列された商品を露骨に警戒した表情で眺め、

 

「これはなんという武器ですか?(メイス)のようですが」

 

「うん。コレはゴルフクラブ。頭をかち割る武器」

 

「違うわ!名前はあってるけど、かち割んな!ただのスポーツ用品な」

 

 真面目な口調で訊いてくる雪菜に、姫乃が物騒な回答をし、それを古城が訂正する。

 

「そうですか。では、この火炎放射器のような重装備は………」

 

「違う。ソレは高圧洗浄器。シャワー感覚で身体を洗うヤツ」

 

「車とかな。間違っても身体を洗っちゃ駄目だからな」

 

「これは間違いなく武器ですね。映画で見たことがあります」

 

「うん。チェーンソーは人体をバラバラにするのに効率がいい」

 

「やめろ!武器といえば武器だが、バラバラにするのは木材にしてくれ!」

 

 つかそれじゃあバラバラ殺人事件じゃねえか、と古城は痛い頭を抱える。

 

「あ、これも獅子王機関で習いました。こんなものまで販売しているとは、恐ろしい店です」

 

「うん。酸性の薬剤と塩素系の薬剤を混ぜて毒ガスを発生させられる。洗剤は強力な武器の一つ」

 

「いや、ただの洗剤だしそういう使い方をするな!」

 

「え?駄目なんですか?」

 

「は?まさか姫柊も空無と同じことを考えてたのか!?」

 

「はい」

 

「マジかよ!?」

 

 獅子王機関はなんつーことを教えてんだよ、と呆れ果てる古城。

 それはそうと、と古城は姫乃に視線を向けて、

 

「空無。おまえは名前は知ってるのに、なんで使い方が間違ってる上に物騒なんだよ?」

 

「〝愛娘ちゃんの頭に入っている知識が全て正しいわけじゃない〟って、パパに正しい使い方を教わった」

 

「正しくねえよ!―――って犯人はおまえの父親か!」

 

 姫乃の創造主(父親)が犯人だと分かり、古城は盛大に溜め息を吐く。まさかとは思うが、彼女の傲岸不遜だった態度の原点は、彼女の創造主(父親)ではないだろうか。

 もしそうなら、姫乃はただ創造主(父親)に倣ってあんな性格を帯びていたのかもしれない。

 これはもう姫乃の創造主(父親)に文句を言ってやるしかないな、と古城は心に決めた。

 そんなこんなで雪菜が必要なものを買い揃えた頃には、古城は完全に消耗し尽くしていた。姫乃が創造主(父親)から教わった、間違った知識に突っ込むという労力もプラスして、古城は魂が口から抜けかけるほどのダメージを負った。

 一方、雪菜は随分楽しそうな表情を浮かべていた。誰かと一緒に買い物をするのが楽しいのだろうか。

 ………姫乃のほうは相変わらず、表情に変化は見られなかった。彼女の心から笑った表情を見てみたいな、と古城は密かに思った。

 それから買い物を終えて店を出ると、駅へ向かうなか、古城は雪菜に訊いた。

 

「そういえば支払いのほうは大丈夫だったのか、姫柊?けっこう買いこんだみたいだけど」

 

「はい。必要経費を前払いしてもらった支度金がありますから」

 

「ああ、そういうことか。………支度金、ね。それっていくらぐらい出るんだ?」

 

「えーと、一千万円くらいです」

 

「いっせ………!?」

 

 平然と答える雪菜を、古城は凝視し絶句する。明らかに中学生が手にしていい額ではない。

 呆然と立ち止まる古城に、雪菜は不思議そうな表情を浮かべて、

 

「第四真祖が相手ということで、いつ死んでも悔いが残らないようにしておけと獅子王機関のおばさまには言われたんですけど………そのための支度金なんだそうで」

 

「俺のせいか!?その大金は俺のせいなのか!?」

 

 納得いかねえ、と叫ぶ古城。そんな彼に、姫乃が不意に口を開き、

 

「………古城も大金欲しい?」

 

「え?」

 

「ワタシの〝創造〟の能力を行使すれば、一千万円以上のお金を造って古城にあげられる」

 

「マジか!―――って、いやそれ犯罪だからな!?たしかに空無の能力なら本物の金を無限に生み出せるかもしれないけど、やっちゃ駄目だ!」

 

「わかった」

 

 危うく、造ってくれ、と欲望を剥き出しにしかけた古城は、慌てて姫乃の提案を止める。

 姫乃は無表情で返すが、その瞳は僅かに残念そうな色を見せている気がした。

 そんな二人のやり取りを、雪菜は苦笑いを浮かべながら眺めて、

 

「じゃあワタシの〝破壊〟の能力で、お金の存在自体を壊してこの世から全て消し去る」

 

「そうすればお金を払わずに欲しいものがなんでも手に―――ってそれも駄目だろ!?造るのも壊すのもやっちゃ駄目だ!」

 

「わかった」

 

 ………苦笑いから失笑へと変わる雪菜。『お金』の〝創造〟も〝破壊〟も思いのままな龍神(ドラゴン)。如何に龍神(カミ)とはいえ、そんなことをされたらお金を製造している人たちにとっては堪ったもんじゃないだろう。

 ふと姫乃は、古城の持つ荷物へと視線を向けて、

 

「………古城。やっぱりワタシがソレ持つ」

 

「いや、気持ちだけ受け取っておくよ。べつに重い荷物じゃないしな」

 

「そう」

 

 手伝わなくていい、と古城に言われて引き下がる姫乃。古城が彼女に荷物運びの手伝いを頼まないのは、傍から見たら幼い子供に重い荷物を持たせてる悪いお兄さんになりかねないからだ。

 そんな彼の想いを汲み取った姫乃は、大人しく引き下がった。というよりは、一日主人(マスター)である古城の指示に従っただけだが。

 ちなみに古城がぶら下げている袋の中身は、雪菜が買った日用品たちだ。寝室用のカーテンにバスマット、トイレのスリッパ、コップと歯ブラシ、マグカップ。まるで同棲開始直後の学生カップルみたいな荷物だな、と古城は思う。が、姫乃(お子様メイド)付きなためそれ以上の意味に取れそうな気がしないでもない。

 そして、古城たち三人がモノレール乗り場に辿り着いたとき、

 

「―――古城?」

 

 目の前で誰かの驚く声がした。その声の主へと、古城が反射的に顔を上げて確認する。そこに立っていたのは、華やかな髪型の金髪と茶色の瞳、校則ギリギリまで飾り立てた彩海学園の制服を着た女子高生だった。

 

「あれ、浅葱?どうしてここに?おまえん()ってこっちじゃないよな?」

 

「うん。バイトの帰りだから………こないだ頼まれた世界史のレポートを、古城の家まで持ってってあげようと思ってたんだけど………」

 

 浅葱と呼ばれた少女は、古城が持っている生活感溢れる荷物たちに視線を向けたのち、古城の両隣にいる雪菜と姫乃に目を向けて、

 

「その子たち、誰?」

 

「ああ、姫柊と空無のことか。えーと、こっちが今度うちの中等部に入ってくる予定の転校生が姫柊で、あっちが那月ちゃんのメイドを務めてる空無だ」

 

 古城が気楽な口調で雪菜と姫乃を紹介すると、雪菜が、ぺこりと頭を下げ、姫乃は、ん、と短く返事した。

 浅葱は、雪菜と姫乃をじっと見比べて、

 

「どうしてその中等部の転校生と、古城が一緒にいるわけ?それに那月ちゃんのメイドの子だってそう―――って那月ちゃん、いつの間にかメイド雇ってたんだ!?」

 

「ああ。俺も昨日の追試のときに空無が那月ちゃんのメイドをしてるって知って驚いたよ。姫柊は………えと………!そ、そう、姫柊は凪沙のクラスメイトなんだよ」

 

 古城が浅葱に説明していると、姫乃がコクリと頷き、

 

「ワタシは御主人様の、南宮那月のメイド。今は、古城が一日主人(マスター)。だから一緒にいる」

 

「そうなんだ―――って、え?古城が一日主人(マスター)ってどういうことよ?」

 

「え?あ、いやそれは………空無」

 

「なに?」

 

 古城は前屈みになると、姫乃の耳元に口を持っていき、小声で言った。

 

「余計なことは言わないでくれ。ややこしくなるから」

 

「わかった」

 

 姫乃も小声で了承する。そんな二人のやり取りを不審そうに眺める浅葱。

 

「メイドの子のほうの話………まだ納得いかないけど、まあいいわ。それで、転校生のほうは凪沙ちゃんの知り合いなの?」

 

「ん?ああ。なんか転校の手続きにきたときに、凪沙と知り合いみたいで」

 

「………それで古城は、凪沙ちゃんにその子を紹介してもらったってこと?」

 

「まあ、そうかな」

 

 適当に受け流す古城。そんなやり取りを聞いていた雪菜が、なにかに気づいてハッとした表情を浮かべる。

 浅葱はもう一度、姫乃と雪菜を見回して、うん、と頷き、

 

「メイドの子は可愛いし、転校生も綺麗な子だよねー」

 

「だよな」

 

「ホント、両手に花でいいご身分ね」

 

「え?あ、浅葱?」

 

 浅葱の発言に古城はきょとんとした表情で見返していると、モノレール乗り場に車両が到着して、

 

「じゃあ、電車来たから。あたし帰るね」

 

「は?いやちょっと待て」

 

「なによ?」

 

「世界史のレポート、見せてくれるんじゃなかったのか?」

 

「うん。そのつもりだったんだけど、どっかに忘れてきちゃったみたい」

 

 静かな怒気を孕んだ笑顔で浅葱が言う。明日、学校できちんと説明してもらうわよ、と無言のメッセージを瞳で伝えてくる。

 

「え?おい、浅葱?」

 

「バイバイ」

 

 困惑する古城の目の前で、車両の扉が閉まった。浅葱は何故か古城だけを無視して、姫乃と雪菜にだけ愛想よく手を振り去っていく。

 

「なんだ、あいつ」

 

 古城が首を傾げて呟くと、雪菜は責任を感じているような表情になって、

 

「すみません、先輩。わたしのせいで、なにか誤解されてしまったかも………」

 

「誤解?………ああ。いや、ないない。誤解とか。あいつはただの友達だから」

 

「ただの友達………ですか」

 

「まあ腐れ縁というか、男友達みたいなもんかな」

 

「先輩………」

 

「なんだ?つか誤解もなにも、空無も一緒にいるわけだから、姫柊が責任を感じることはないんじゃねえか?」

 

 古城に指摘されて、それもそうですけど、と雪菜は返すが、内心では『鈍感』と思い深々と溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 時刻は夕方近く。古城たち三人がマンションに着き、エントランスを潜ると、

 

「―――あれ、古城君たちも今帰り?遅かったね」

 

 エレベーターのドアを開けたまま、制服姿の女子中学生が、早く早く、と手招きしてきた。

 黒い長髪を結い上げてピンで止めた、茶色の大きな瞳が特徴的な雪菜と同じ彩海学園の中等部の制服を着た少女だ。

 

「凪沙か。なんだ、その荷物?」

 

 エレベーターに乗り込んだ古城は、凪沙と呼ばれた自分の妹の姿を見て眉を寄せる。

 凪沙の右手にある部活の荷物を詰めたスポーツバッグはいいが、左手にある大量の食材―――大量の肉や刺身などの高級食材を詰め込んだ買い物袋が不思議でならない。

 そんな兄に、凪沙が呆れたように言ってきた。

 

「なにって、歓迎会だよ。転校生ちゃんの」

 

「歓迎会?」

 

「そだよ。だって引っ越してきたばっかりで、今日はご飯の支度なんてできないでしょ」

 

「まあ、そういやそうか―――って、ん?凪沙、おまえ、姫柊が隣に引っ越してくるって知ってたのか?」

 

「うん。だって今朝、挨拶に来てくれたし。古城君は寝てたけど」

 

 兄の寝坊を咎めるような口調で言う凪沙。古城が、そうなのか、と小声で雪菜に訊くと、はい、と彼女は頷き返した。

 

「あの………でも、いいんですか、歓迎会なんて」

 

「いいのいいの。お肉ももう買っちゃったし。あたしと古城君だけじゃ食べきれないよ」

 

 凪沙が人懐こい表情で言った。たしかに、と古城も苦笑する。

 雪菜は少し考えたのち、頷いて、

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えます」

 

 それを聞いて、よかった、と嬉しそうに笑う凪沙。その笑顔のまま凪沙は兄を見上げて、

 

「ねえ、古城君」

 

「なんだ?」

 

「ずっと気になってたんだけど―――そっちの子は誰?メイドさんだよね。本物のメイドさんは初めて見たよ。なんで古城君たちと一緒にいるの?知り合いなの?もしかして雇ったの?」

 

「ああ、いや、雇い主は那月ちゃんだよ。一緒にいるのは、空無にいろいろ話があるからかな」

 

 矢継ぎ早に繰り出される妹の質問に答える古城。すると凪沙が瞳を丸くして驚き、

 

「え?南宮先生のメイドさん!?へえ、そうなんだ。いつの間にメイドさんを雇ってたんだね」

 

「……………」

 

 無表情で立っている姫乃の全身を興味津々に眺める凪沙。それから、うん、と凪沙は頷き、

 

「メイドさんもよかったら夕飯食べてかない?食材たくさん買っちゃったから、手伝ってくれると嬉しいかな」

 

「………古城」

 

「なんで俺に訊く。ま、いいんじゃねえか?せっかくだし夕飯もつき合ってくれ」

 

「わかった」

 

 即了承する姫乃。それを不思議そうに凪沙が見つめて、

 

「なんでメイドさんは古城君の言うことにすぐ従ったの?やっぱり古城君に雇われてるの?」

 

「え?あ、いやそれは―――」

 

「レンタル」

 

「そ、そう!空無はレンタルメイド………って、は?」

 

 姫乃の唐突な発言に間の抜けた声を洩らす古城。雪菜と凪沙もきょとんと姫乃を見つめているが、姫乃は気にせず続けた。

 

「古城はメイド(ワタシ)をレンタルしている、ワタシの一日主人(マスター)。だから彼の命令は絶対遵守」

 

「は?おま、なに言って―――」

 

「メイドさんをレンタルできるの!?」

 

 古城の言葉を遮って興奮気味に食いつく凪沙。え、と凪沙の反応に驚く古城。

 姫乃は、うん、と頷いて、

 

「レンタルできる。一日だけだけど」

 

「レンタルできるんだ!?どうしよう古城君。あたしもメイドさんレンタルしたいかも!」

 

 凪沙が瞳を輝かせながら兄に言ってくる。古城は、なんで俺に言うんだよ、と眉を寄せる。

 古城は、はぁ、と溜め息を吐くと、前屈みで姫乃に小声で訊いた。

 

「あんなこと言って大丈夫なのか?」

 

「うん………多分」

 

 多分かよ、と苦笑いを浮かべる古城。古城に助け船を出したつもりでレンタルメイドなどと嘘を言った姫乃。あとで那月になにを言われるかは古城に知るよしもないが。

 一方、凪沙は姫乃(メイド)を一日レンタルできると知ってどうしようか悩んでいると、エレベーターは七階についてハッと我に返った。

 

「じゃあ雪菜ちゃん、荷物を置いたらうちに来てね。メイドさんはうちに直行でいいのかな?」

 

「はい」

 

「うん」

 

「あ、それと夕飯は寄せ鍋にするけど大丈夫?雪菜ちゃん、メイドさん、食べられないものとかないかなあ。やっぱり真夏に冷房をガンガンに効かせて食べるお鍋は、贅沢な感じがしていいよねえ。そうそう、味噌味と醤油味はどっちがいいかな。おダシはね、いちおうカツオとコンブと鶏ガラとホタテを使うつもりなんだけど、今日はカニも用意してあるからやっぱりお醤油仕立てかなあ。カニはオホーツクの毛ガニだよ。ちょうど今が旬―――」

 

「その辺にしとけ、凪沙。空無はともかく、姫柊が固まってる」

 

 早口で捲し立てる妹の頭頂部を古城が軽く叩いて黙らせる。あ痛、と涙目になった凪沙が恨みがましく見てくるが古城は気にしない。

 雪菜は圧倒されたような表情を浮かべながらも、

 

「あの、わたしも手伝いましょうか?鍋物の下ごしらえくらいなら………」

 

「いやいや。雪菜ちゃんは今日はお客様だからね。のんびりくつろいでてよ。遠くからやってきたばかりで、疲れたでしょ。ほら、古城君も雪菜ちゃんをもてなして」

 

「そういう思いつきだけで適当なことを言うな。俺は自分の部屋で宿題の残りをやる」

 

「そういうことなら、わたしが先輩の宿題を手伝うということでどうですか?」

 

 買い揃えた日用品を七〇五号室の玄関先に起きながら雪菜が言った。

 その申し出に古城は迷うが、凪沙は兄の葛藤などお構いなしに、

 

「ごめんね、雪菜ちゃん。古城君のこと、よろしくね。出来の悪いお兄ちゃんですけど」

 

 一方的にそう言って雪菜を自宅に連れていく凪沙。出来の悪い兄で悪かったな、とムッとした表情を見せたのち、斜め後ろに控えている姫乃に視線を向けて、

 

「空無。約束通りいろいろ教えてもらうからな」

 

「わかった。けど、知っていいのは古城と雪菜のみ。他の誰にも喋っては駄目。盗聴できないように結界も張らせてもらう」

 

「ああ。べつにあんたが俺の知りたい情報を包み隠さずすべて喋ってくれるならそれで構わないぜ。姫柊にも獅子王機関に報告しないよう口止めする」

 

「うん。それでお願い」

 

 姫乃は無表情ながらも、瞳は安堵しているような気がした。

 古城は、そんなに知られちゃまずい情報でもあるのか、と思った。だが古城も、獅子王機関に第四真祖の情報が渡るのはなんかヤバい気がしたため、姫乃の条件を飲むことにしたのだった。




前回後書きに書いた通り、姫乃のネタバレ話はカットしますので悪しからず。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。