ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫― 作:アヴ=ローラ
場所は、
そこには、引っ越しの荷物を待っていた、彩海学園の制服をギターケースを背負ったあの時の少女がいた。
その彼女は、虚空からいきなり出現したメイドラゴンの姫乃を見て、驚きの表情をしていた。
「………あ、あなたは!」
姫乃の登場に戦慄し、思わず身構える少女。しかし、姫乃は首を横に振って、
「身構えなくていい。べつにオマエを―――姫柊雪菜を
「!?どうしてわたしの名前を!?」
「ワタシは龍神。見ただけでオマエの情報が手に取るようにわかる」
「え?見ただけで、ですか!?」
驚愕する雪菜と呼ばれた少女。姫乃は、うん、と首肯し、
「姫柊雪菜、十四歳。身長百五十六センチ、
「なっ!?―――って、スリーサイズまで言わないでください!」
余計な情報まで口にする姫乃を、雪菜は頬を赤らめながら怒る。
そんな雪菜を見て、姫乃は暫し考えたのち、うん、と一人頷き、
「………ワタシのスリーサイズ、知りたい?」
「え?」
「空無姫乃、年齢不詳。身長百三十五センチ、体重三十五キロ、B六十九・W五十・H七十二、
「ス、ストップ!」
「ん?」
「スリーサイズどころじゃないですよ!それに、AAAって―――」
雪菜は視線を姫乃の胸元へと向ける。たしかに姫乃の胸の膨らみはないに等しく、まな板という言葉が似合いそうなほどだ。
「………なに?」
「いえ。なんでもありません」
「ワタシの胸がないのを憐れむ必要はない」
「うっ………!」
「ワタシは
「………そう、ですか」
雪菜は、そういえば彼女は全能の龍神だったことを思い出し、頬を引き攣らせる。あと、胸のサイズを自在に変えられるというその能力を羨ましく思った。
それと、彼女の父親がロリコンだということも、雪菜は学習した。姫乃の父親がただの親バカだと雪菜が気づくのは、かなりあとになる。
一方、姫乃は雪菜をじっと見つめて、
「………姫柊雪菜、胸を大きくしたい?」
「え?」
「ワタシがオマエを巨乳にすることもできる」
「―――!?」
姫乃の言葉に、雪菜は思わず、本当ですか、と声を上げそうになる。できるなら是非、と口にしたいところだが、雪菜は己の欲望をぐっと堪えた。
「………いえ、いいです。胸を大きくしてもらっても、結局は偽物ですし、それに暁先輩にまたいやらしい目で見られてしまうので遠慮します」
「そう。暁古城は年頃の男。変態なのは仕方がない」
それもそうですね、と雪菜が同意すると、
「―――誰が変態だ!」
パーカーを着た少年―――古城が不機嫌そうな顔で現れた。噂をすればなんとやらである。
雪菜と姫乃は、あ、と口を揃えて、
「こんにちは、暁先輩」
「こんにちは、暁古城」
「お、おう。こんにちは―――じゃなくて!なんでいるんだ姫柊?しかも、そいつと」
攻撃的な視線を姫乃に向けて言う古城。雪菜と姫乃は一瞬だけ目を合わせて頷き、
「先輩を監視するためです」
「暁古城を観察しにきた」
「マジか、おい!?って、
絶叫し、痛い頭を抱える古城。
雪菜の監視も姫乃の観察も、結局は古城を
しかし、雪菜はクスリと小さく笑い、
「冗談です」
「え?」
「引っ越しの荷物が来るのを待ってたんです。この時間に届くと言われていたので」
「………引っ越し?」
「はい。急な任務だったので準備が間に合わなくて。昨日まではホテルを借りてたんですけど、やはり不便でしたから」
雪菜が答えると、古城はますます不可解そうに頭を悩ませる。なんでここで引っ越しの荷物を待つのか。まさか、姫柊の引っ越し先って―――
「暁古城」
「ん?………え?」
不意に声をかけられて、古城は声の主に目を向けて、固まる。頭を下げている姫乃を見て。
「………なにやってんだ、おまえ?」
「謝罪」
「は?」
「昨日、オマエに酷いこと言って傷つけた。だから謝罪。ごめん」
深々と頭を下げて謝る姫乃。そんな彼女を、驚きの表情で見下ろす古城。昨日の人間を見下していた彼女とは思えない行為に、古城は暫し言葉を失う。
ハッと我に返った古城は頭をポリポリと掻いて、
「俺のほうこそ昨日はごめんな。キツいこと言って」
「ワタシは平気。それに、悪いのは全部自分勝手なワタシ。オマエは怒って当然」
「いや、でも」
「オマエが謝罪するのはおかしい。割に合わない。だからワタシに謝罪するのは禁止」
「お、おう」
姫乃にきっぱり言われて、古城は思わず頷く。姫乃はそれを確認すると、じっと古城の顔を見つめて、
「要求」
「え?」
「オマエはワタシに、なにをして欲しい?」
「は?」
姫乃の唐突な提案に、古城はぽかんと口を開ける。彼女は一体なにを言っているのか。古城には理解できない。
その疑問を察したように、姫乃は続けた。
「オマエを傷つけた御詫び。ワタシになにを要求する?」
「お詫び、か」
別にそんなものはいらないが、と古城は思った。が、恐らくそれじゃあ彼女は納得しないだろう。
どうしたものか、と古城は黙考していると、今まで静聴していた雪菜が割って入ってきた。
「空無さん。そのお詫びというのは、先輩が無理な要求をしても、応えるつもりですか?」
「うん」
雪菜の質問に、躊躇うことなく頷く姫乃。これに古城は、マジか、と驚愕する。
無理な要求でも応える所存の姫乃。そんな彼女に、古城は恐る恐る口を開いて言った。
「………今日一日、俺の言うことをなんでも聞く―――ってのでもいいのか?」
「先輩、それはさすがに」
「構わない」
「え!?いいんですか!?」
ぎょっとした表情で姫乃を見つめる雪菜。うん、と首肯する姫乃。
それに古城は警戒するように姫乃を見返し、
「………あとで見返りを求めてくるわけじゃねえよな?」
「?どうしてお詫びなのに見返りをオマエに要求する必要がある?」
不思議そうな表情で見つめ返してくる姫乃。それもそうか、と納得する古城。
彼女がいいというのなら、古城がこれ以上言うのは野暮だろう。それに、龍神を自由にできる機会はそうそう来ない。このチャンスはありがたく使わせてもらうことにしよう。
古城はそう決めると、よし、と頷いて、
「じゃあ早速で悪いんだが、俺のことは〝オマエ〟じゃなくて名前で呼んでくれ」
「わかった。古城様」
「………いや、様はいらないんだが」
「わかった。古城」
古城の言われた通りに言い直す姫乃。そういえば、那月ちゃんのことを〝御主人様〟って呼んでたな、と古城は思い出す。姫乃は一度決めた契約には従順なようだ。
次に古城は雪菜に視線を向けて、
「姫柊は空無になんて呼ばれたい?」
「え?………そうですね。わたしも名前でいいです」
「―――だそうだ」
「うん、わかった。雪菜」
了承して雪菜のことも名前で呼ぶ姫乃。彼女を最初から呼び捨てにしたのは、彼女は姫乃の一日
そういうところはちゃんと区別してるんだな、と苦笑いを浮かべる古城。
古城がそんなことを思っていると、一台の小型トラックが現れては彼らのいる玄関前に停車し、
「お荷物を届けに上がりました」
とトラックから配達員の二人が降りてきて、威勢よく言ってきた。
そんな彼らに雪菜がエレベーターを指差しながら、
「すみません。こちらです」
雪菜が配達員たちを誘導すると、古城は、げっ、と予想が的中して嫌そうな顔をする。
「なあ、姫柊。やっぱり姫柊の引っ越し先って」
「ええ。こちらのマンションですよ」
「マジか………」
雪菜の返答を聞いて、ますます嫌そうな顔になる古城。姫乃は古城をじっと見上げて、
「………殲滅する?」
「は?」
「獅子王機関」
「なんで!?」
「嫌そうな顔をしていたから、獅子王機関は古城にとって邪魔な存在と解釈した。命令してくれれば、ワタシが今すぐにでも殲滅しにいく」
「やめろ!それは絶対にやめてくれ!頼むから!」
「わかった」
古城が必死に訴えると、姫乃は了承し自ら出した提案を取り消す。そのやり取りを見ていた雪菜は、ホッと胸を撫で下ろす。
獅子王機関曰く、姫乃は自らの
そう考えると、姫乃の所有者が善人であってよかった、と雪菜は思った。古城もまた、悪い
台車の荷物と共にエレベーターに乗り込む雪菜。なんとなく気になって彼女についていく古城と、彼の一日従者としてついていく姫乃。それから雪菜は迷いなくエレベーターの七階のボタンを押して、配達員たちに言った。
「七〇五号室です」
「ちょっと待てェ!」
聞き捨てならない言葉に古城は思わず絶叫する。配達員たちが驚いて古城を凝視するなか、雪菜も咎めるような口調で、
「どうしたんですか、先輩。こんな狭いところで急に大きな声を出して?」
「いや、だって七〇五号室って、思いきりうちの隣じゃねえか!先週その部屋に住んでた山田さんが急に引っ越していったのも、おまえらの仕業か!?」
「べつに脅したわけではないですよ。平和的に説得して出ていってもらいました」
「説得ゥ?」
「はい。この部屋には悪い気が籠っているとか、自殺した前の住人の霊が今も居座ってるとか、このままでは不幸な死に方をすると、信頼のおける霊能者の託宣をお伝えして………」
「そういうのを世間では脅しっていうんだろうが!悪徳霊感商法かっ!?」
「冗談です」
「そうだよな。冗談に決まって………は?」
「七〇五号室の前の住人には、きちんと立ち退き手数料を払って引っ越してもらいました。転居先も同等以上の住居を用意したと聞いてます」
「本当に?」
「はい。曲がりなりにも政府機関のやることですから」
そういえばそうだったな、と古城はホッと胸を撫で下ろす。
一方、配達員たちは、一体こいつらはなんの話をしてるんだ、というような表情で古城たちを眺めている。ただでさえ露出度高めなロリっ娘メイドが彼らの傍らにいるというカオス状態だというのに。
そういえばこの子、殲滅するとか物騒なことを言っていたような、と配達員たちは思い出す。よくわからないが警戒しておこう、と二人は顔を見合わせ、頷いた。
やがてエレベーターは七階に到着し扉が開くと、配達員たちは荷物を積んだ台車を七〇五号室の前まで移動させる。それから雪菜に荷物の受領印をもらうと、挨拶もそこそこに帰っていった。
雪菜は七〇五号室の扉を開けて、
「先輩、その段ボール箱、中に運んでもらえますか?」
「え?なんで俺が………」
文句を言いながらも、古城は段ボール箱を一つ持ち上げようとした。すると、先ほどまで無言だった姫乃が古城に言ってきた。
「渋々やるなら、ワタシが運ぶ」
「え?いいのか?」
「うん」
首肯する姫乃。そういうことなら頼んだ、と古城は下がって彼女の言葉に甘えることにした。
姫乃は三つある雪菜の荷物を積み重ねていくと、ひょいっと纏めて軽々持ち上げた。
「………まとめてとか、さすがは龍神だな」
「そうですね」
小柄な身体に不釣り合いな怪力を発揮する姫乃を見て、苦笑を零す古城と雪菜。吸血鬼の真祖である古城でも、流石に真似できないことだろう。
ふらつきもせず安定した状態で雪菜の荷物を部屋の奥へ運んでいく姫乃。透視の能力も使用しないで前が見えていないはずなのに、壁や段差に躓くことなく運び終えた。
「終わった」
「ありがとうございます、空無さん」
「ん」
雪菜はお礼を言い、それに短く返事する姫乃。古城は、姫乃の運んできた三つの段ボール箱を眺めながら首を傾げた。
「もしかして、姫柊の荷物ってこれだけか?」
「はい。そうですけど………なにかまずいですか?学生寮に住んでいたので、あまり私物を持ってないんですが」
「まずくはないけど、いろいろ困るだろ。見た感じ、布団もなさそうだし」
「わたしなら、べつにどこでも寝られますけど。段ボールもありますし」
「頼むからやめてくれ、そういうのは」
「………いちおう生活に必要なものは、あとで買いにいくつもりだったんですけど………」
ぐったりと壁に凭れる古城の顔をちらりと見て、言い訳するように呟く雪菜。なにか物言いたげな彼女の表情に、ムッと古城は眉を寄せた。
「もしかして俺を監視しなきゃいけないから、買いにいく時間がない、とか思ってる?」
「ええ、まあ。でも、任務ですから………」
真顔で頷く雪菜を見て、古城は呆れたように息を吐く。しょうがないな、と古城は再び嘆息し、
「だったら、俺が姫柊の買い物に一緒にいけばいいのか?」
「先輩と一緒に………ですか?」
「それなら監視任務もサボったことにならないだろ」
「そうですけど、でも先輩はいいんですか?」
「昼過ぎまでは追試があるけど、そのあとでよければつき合ってやるよ。試験勉強を手伝ってもらった借りがあるからな」
時計を確認しながら言う古城。それを聞いて雪菜は少し嬉しそうに微笑み、
「そうですか。そういうことでしたら、先輩の試験が終わるまで校内で待ってます」
「おう」
古城は短く返事して頷くと、視線を姫乃に向けて、
「空無にもつき合ってもらうが、構わねえか?」
「うん」
「よし。俺の追試と姫柊の買い物が終わったら、いろいろ教えてもらうぜ。空無のこととか、あんたが知ってる第四真祖の情報とかをな」
「……………」
古城のその言葉に、姫乃は暫し無言になる。そんなに知りたいのか、と姫乃は思う。が、彼の提示した条件―――〝なんでも言うことを聞く〟を飲んでしまった以上、誤魔化すわけにはいかない。
本当は彼がもう少し力をつけてもらってから教える予定だったが、この際は仕方がない。姫乃は無言のまま頷いた。
古城は、姫乃が頷いたのを確認すると、両手を合わせて、
「あとすまん!このままじゃ追試に間に合わないから、空無の力でなんとかならねえか!?」
「………?わかった」
古城のお願いを聞いて、姫乃は了承し指を振る。すると、三人がいた場所と見ていた景色はがらりと変わり次の瞬間には―――彩海学園の正門前に立っていた。
「―――――は!?」
「着いた。これで古城の遅刻は回避」
唖然とする古城や雪菜と違って、無表情かつ無感動な声音で言う姫乃。
マジか、と姫乃の能力に驚愕する古城。雪菜も、簡単に空間制御の魔術を行使する彼女に驚く。龍神だからこそ、難なく空間に干渉できるのか。
ぽかんと口を開けて固まっている古城に、姫乃は黒い紙片のようなものを手渡す。
「………なんだ、コレ?」
「ワタシを召喚する術式を組み込んだ紙片。使用すればワタシをいつでも喚び出せる優れもの」
「マジか!?」
「一日
「ああ。ありがとな、空無」
「うん。あと、コレも渡す」
そう言って、姫乃は虚空から一振りの禍々しい長剣を古城に渡した。
「………剣?」
「うん。ワタシを
「は?」
「ワタシが契約違反した時に、その剣でワタシの心の臓を貫く。そうすればワタシを
「え?いや、ちょっと待て!」
姫乃のとんでもない発言に、古城は堪らず絶叫した。
「ん?」
「なんで
「………契約は絶対。裏切りは万死に値する。だから一日
「は?正気かあんた!?」
「うん。一日
淡々と告げる姫乃。そう。今の古城は一日だけではあるものの、仮契約の那月とは違って本契約なのだ。姫乃にとって命をかけるべき存在。
そして、彼に渡した剣は、姫乃自身が創った唯一無二の剣であり、自らを
古城は、姫乃の無表情だが覚悟を決めたような瞳を見て、そうか、と頷き、
「わかった。空無がそこまで言うなら、
「うん」
「でも、この剣が他の人の手に渡ったりしたらヤバくねえか?」
「平気。その剣でワタシを
「そっか。それなら安心―――」
「けど、相当強力に創ったから、死なないけど掠っただけで致命傷。さすがに心の臓を貫かれたら気を失う」
「駄目じゃねえか!?」
古城は痛い頭を抱えた。傍らで静聴していた雪菜も失笑を禁じ得ない。
姫乃は無表情な顔を僅かに申し訳なさそうな表情に変えて、
「古城。なるべく他者の手に渡らないように管理お願い。いちおう〝神〟には触れないように創ってるけど、人間は触れても大丈夫にしてるから」
「責任重大だなオイ!わかった、善処するよ」
古城は、姫乃から渡された闇色の剣をバッグの中に仕舞う。ふと、この剣が獅子王機関の手に渡ったら、相当やばいんだろうな、と古城は思った。
古城は、雪菜をちらりと横目で見る。任務に忠実な彼女の手にも渡らないようにしないとな、と古城は思う。
闇剣をバッグに仕舞ったことを再確認した古城は、雪菜と姫乃を見回して、
「それじゃあ、俺は追試に行ってくる」
「はい。私も校内までは行きます」
「うん。ワタシは自宅で待機してる。終わったらさっき渡した紙片でワタシを喚ぶ」
「おう」
古城と雪菜が校内に入っていくのを見届けた姫乃は、異空間を通じて帰宅したのだった。
古城と雪菜は、早くも姫乃および第四真祖について知ることになります。本編での紹介は、ネタバレ防止のため当分先にしますが。
古城の所有物。
闇の紙片(ダークネス・ゲート):姫乃を召喚できる。
闇の魔剣(ダークネス・キラー):姫乃の本契約者にのみ姫乃を斃せる剣。他者が使用しても姫乃に致命傷を負わせられるおぞましい剣でもある。