ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫― 作:アヴ=ローラ
翌日。那月家のマンション、屋上。
今朝も那月の特訓が時間停止の能力が与えられている結界の中で始められるわけだが、
「今日で、御主人様と出会ってからちょうど一週間」
「もう一週間か。時が過ぎるのは早いな」
「それに、今日で八月は終わり。だから―――御主人様の特訓の成果を見る」
「ほう。姫乃の特訓を受けてからはまだ一週間も経っていないが、今までの成果をおまえに見せればいいんだな?」
うん、と首肯するメイドラゴンの姫乃。姫乃の主人(仮)の豪華なドレスを着た那月は、黒レースの扇子を開いて戦闘準備を整え訊いた。
「それで、どんな方法で力を見せればいい?姫乃がひたすら私の攻撃を受け続ける気か?」
「ううん。それじゃあ面白くないと思う。だから、」
姫乃は突如、虚空から漆黒の仮面を取り出して顔を覆った。それからすぐに仮面を外して、
姫乃の顔を見た那月は、あり得ないものを見たような表情で呟く。
「………姫乃。顔が私になっているんだが………どういう冗談だ?」
自分の顔をした姫乃を見て、那月は眉を顰める。姫乃は、それだけじゃない、とクスリと笑うと―――彼女の全身を〝闇〟が覆った。
そして、姫乃を完全に覆っていた〝闇〟が消えるとそこにいたのは―――南宮那月とまったく同じ姿をした
「………ほう。姫乃は、私になることが可能なのか」
「うん。それと、私自身に制限をかけて、実力を御主人様と同格にした」
「なに?」
自分自身に制限をかけて那月の実力に合わせた。
だが、自らに制限をかけたということは、姫乃は現在全能者でなくなっていることを意味している。
でも、彼女の全能性は失われるわけではない。何故なら、彼女の
「これで準備万端。御主人様、準備はできてる?」
「ああ。私はいつでもいけるぞ」
広げていた扇子を閉じて答える那月。
「―――戦闘開始」
那月は、先手必勝、と自分の周りの虚空から無数の銀色の鎖―――〝
那月の背後を取った
那月は、空間転移を使用せずに横に数歩移動しただけで躱してみせた。
そして、
再び虚空から無数の銀鎖を撃ち出していく那月。それらを
「ほう。そんな方法で〝
那月は新たな鎖を虚空から撃ち出した。それは、銀鎖とは違う黄金の錨鎖―――〝
砲弾のような勢いで撃ち出された
「―――」
虚空から無数の銀鎖を撃ち出して金鎖を搦め捕る。
「………!?〝
「うん。ワタシが模倣できるのは〝
「〝
「うん。そして―――」
しかも
「馬鹿、な………それは私の唯一無二の〝守護者〟………黄金の悪魔と契約して得た〝
震えた声で言う那月。そう。世界に一つだけの、那月だけの〝守護者〟であるはずの黄金の騎士像―――〝
まさか、と思った那月は、すぐさま自らの影に向かって告げた。
「起きろ、〝
那月の声に応えた彼女の〝守護者〟は、その姿を現した。
だが、那月の〝守護者〟が奪われていたのではなく、
那月のその疑問に、
「ワタシは、
「は?」
「だから、『
「そ、そうか」
全知全能の龍神。それが
目の前のメイドラゴンは〝完全〟なる存在。そんな怪物を倒すことなど可能なのだろうか。
那月が悩み考えていると、
「人間や神々からしたら、ワタシは〝
「なに?」
「今のがワタシを
「………姫乃の父親―――〝
那月は、ふむ、と考え込む。那月はハッとして
那月のその疑問に察した
「『
「なに?それはどういう意味だ?」
那月が眉を顰めて訊くが、
代わりに金鎖をどことも知れない空間へと巻き戻しながら、口を開いた。
「………それよりも戦闘再開」
「………釈然としないが、まあいい。姫乃の模倣した私の〝守護者〟。それが模倣できるだけの張りぼてでないか、逆に見せてもらおうか」
「わかった」
那月の
黄金騎士同士が互角に殴り合っているのを見て、那月は感心する。
「ほう。タダの模造品ではなくちゃんと扱えるんだな」
「当然。ワタシの模倣は完璧。
虚空から無数の銀鎖を撃ち出しながら返す
「なら、姫乃からもらったコレはどうだ?」
そう言って那月は、虚空から新たな鎖を撃ち出した。
それは銀鎖でも金鎖でもない、漆黒の鎖―――〝
意思を持つ蛇のようにうねりながら
「なんだ?もしかして、元々私のものではないから模倣できないのか?」
「それは違う。けど、ワタシが
「私と同格になっておいて、ハンデか………舐められたものだな」
那月は全身から膨大な魔力を放出させて告げた。
「私を舐めたことを後悔させてやる。覚悟しろ、駄メイド!」
那月の言葉と共に、
それからすぐに、
那月の魔力を喰いながら、転移した
那月の魔力が尽きるか、
そして―――那月は惜しくも
特訓を終え、那月は元の姿に戻った姫乃の手首に黒鎖を巻きつけると、枯渇し切った魔力を回復していった。
那月は悔しそうな表情で先ほどの戦闘を振り返る。
「………あと少しだというのに、ギリギリのところで魔力切れか」
「本当に危なかった。御主人様が無尽蔵の魔力の持ち主だったら、ワタシが敗北してた」
そう。あと数センチで那月の黒鎖が姫乃を捕らえようとしていたが、黒鎖に魔力を喰われ過ぎていたため限界を迎えてしまった。
姫乃は、那月の巧みな空間制御の魔術に追い詰められていたのだ。同格になっておきながら那月にハンデを与えるのは間違いだったと姫乃は学習した。
那月は、ふん、と鼻を鳴らして扇子を姫乃に向けて宣言する。
「次こそは姫乃を捕らえてやる。絶対にだ!」
「そう。一週間後、楽しみしてる」
姫乃は薄く笑って返す。が、ふと思い出したように那月を見つめて、
「そうだ、御主人様」
「なんだ?」
「御主人様は魔族狩りの件、引いた方がいい」
「なに?」
那月は怪訝な顔で姫乃を見つめ、訊いた。
「それはどういう意味だ?」
「今回の魔族狩りの背後に―――〝神〟がいる」
「………は?」
姫乃の言葉に間の抜けた声を洩らす那月。
「〝神〟とやらは滅んだんじゃなかったのか?」
「この世界の〝神〟は滅んだ。けど、異界の神々の一柱がこの世界に来て、魔族狩りに手を貸している」
「魔族狩りに手を貸しているだと?その〝神〟とやらは何者なんだ?」
那月が問いただすと、姫乃は静かに頷いて答えた。
「―――
「は?」
「ごめん、間違えた。聖書の神ヤハウェ」
「聖書の、〝神〟だと!?」
ぎょっと目を剥く那月。魔族狩りの協力者が聖書の〝神〟。そんな存在が協力者なら、那月に勝てるわけがない。
それに聖書の〝神〟が手を貸している魔族狩りの犯人。その正体は、恐らく西欧教会の者に違いないだろう。
あと、聖書の〝神〟を『やー君』と読んでいる姫乃は、その〝神〟と一体どういう関係なのだろうか。
姫乃は、うん、と首肯して続けた。
「魔族狩りの犯人は二人。ロタリンギア殱教師、ルードルフ・オイスタッハと、眷獣を宿す
「ロタリンギアだと?ふん、西欧教会の祓魔師が魔族狩りか。それに、眷獣を宿す
「
「そうか。………そういえば姫乃は昨夜、『魔族狩りの犯人を取り逃がした』と私に言ったんだったな。おまえほどの強者が取り逃がしたのは、聖書の〝神〟に妨害されたからというわけか」
疑問が解消し、納得する那月。一方、姫乃はスッと瞳を細めて言った。
「魔族狩りの情報は教えた。けど、御主人様はこの件から手を引く」
「………嫌だと言ったら?」
「契約解消」
「………っ!」
姫乃の言葉に、那月の表情が歪む。魔族狩りを捕まえたいが、メイドラゴンを失いたくない。故に那月はどちらかに決めるのを躊躇った。
そんな那月の頭にポンと手を置いて、姫乃は言った。
「これは脅しじゃない。純粋に、御主人様を失いたくないから警告してるだけ」
「なに?」
「人間は弱い。けど、経験を積めば積むほど強くなれる。進化できる。だから、御主人様がどこまで強くなれるか、ワタシは知りたい。弱いまま
「……………」
姫乃の言葉に、那月は暫し無言になる。心配してくれるのは嬉しいが、結局は自分のためだから落胆する。
が、少なくとも人間を『弱者』と言って切り捨てることはなくなった。そればかりか、〝人間〟の可能性に興味を持ち始めている。
これもあの
相も変わらず戦闘好きではあるが、凶悪さがなくなり可愛くなったから、まあ良しとしよう。
那月は、やれやれ、と苦笑すると、頷いて言った。
「わかった。魔族狩りの件、私は引くとしよう。姫乃のワガママに付き合ってやる」
「御主人様………ありがとう。代わりに、彼らはワタシが捕まえる。
「ああ、頼んだぞ姫乃」
「うん」
那月の承諾を得て、微かに嬉しそうな笑みを浮かべる姫乃。
「………それと御主人様」
「ん?」
「これから出かけてきていい?」
「………暁に会いにいくのか?」
コクリと頷く姫乃。那月は、そうか、と頷くが、
「あの
「………仲直りする」
「仲直り、か。………できるのか?」
「大丈夫。もう人間を見下さない。
そう言う姫乃の表情は、相変わらず無感情だが、彼女の瞳は決意したようなものだった。
那月は、フッと笑って頷き、
「それなら許可する。行って仲直りしてこい」
「うん」
那月の許可をもらった姫乃は、早速、古城に会いに行くため異空間へと姿を消した。
〝飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟
名前の意味は、相手も自分も魔力を枯渇(飢え)させる呪いの鎖。
姫乃が那月に与えた特殊な鎖の正体は邪龍ニーズヘッグの能力。
次回からようやく原作主人公たちと行動開始です。