ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫―   作:アヴ=ローラ

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聖者の右腕 肆

 翌日。那月家のマンション、屋上。

 今朝も那月の特訓が時間停止の能力が与えられている結界の中で始められるわけだが、

 

「今日で、御主人様と出会ってからちょうど一週間」

 

「もう一週間か。時が過ぎるのは早いな」

 

「それに、今日で八月は終わり。だから―――御主人様の特訓の成果を見る」

 

「ほう。姫乃の特訓を受けてからはまだ一週間も経っていないが、今までの成果をおまえに見せればいいんだな?」

 

 うん、と首肯するメイドラゴンの姫乃。姫乃の主人(仮)の豪華なドレスを着た那月は、黒レースの扇子を開いて戦闘準備を整え訊いた。

 

「それで、どんな方法で力を見せればいい?姫乃がひたすら私の攻撃を受け続ける気か?」

 

「ううん。それじゃあ面白くないと思う。だから、」

 

 姫乃は突如、虚空から漆黒の仮面を取り出して顔を覆った。それからすぐに仮面を外して、仮面(それ)を異空間に跳ばした。

 姫乃の顔を見た那月は、あり得ないものを見たような表情で呟く。

 

「………姫乃。顔が私になっているんだが………どういう冗談だ?」

 

 自分の顔をした姫乃を見て、那月は眉を顰める。姫乃は、それだけじゃない、とクスリと笑うと―――彼女の全身を〝闇〟が覆った。

 そして、姫乃を完全に覆っていた〝闇〟が消えるとそこにいたのは―――南宮那月とまったく同じ姿をした少女(姫乃)だった。

 

「………ほう。姫乃は、私になることが可能なのか」

 

「うん。それと、私自身に制限をかけて、実力を御主人様と同格にした」

 

「なに?」

 

 自分自身に制限をかけて那月の実力に合わせた。那月(姫乃)はそう言ったのだ。

 だが、自らに制限をかけたということは、姫乃は現在全能者でなくなっていることを意味している。

 でも、彼女の全能性は失われるわけではない。何故なら、彼女の創造主(父親)が全能性を保証しているため、彼女は制限をかけたところで全能者としての力を失わずに済むのだから。

 

「これで準備万端。御主人様、準備はできてる?」

 

「ああ。私はいつでもいけるぞ」

 

 広げていた扇子を閉じて答える那月。那月(姫乃)は、わかった、と頷き、

 

 

「―――戦闘開始」

 

 

 那月(姫乃)の合図と共に、那月vs那月(姫乃)の戦闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 那月は、先手必勝、と自分の周りの虚空から無数の銀色の鎖―――〝戒めの鎖(レージング)〟を撃ち放った。

 那月(姫乃)は、襲いかかる無数の銀鎖を、那月の空間制御の魔術による空間転移で逃れる。

 那月の背後を取った那月(姫乃)は、不可視の衝撃波を那月に叩きつけようとする。

 那月は、空間転移を使用せずに横に数歩移動しただけで躱してみせた。

 那月(姫乃)は続けて不可視の衝撃波を撃っていくが、彼女との特訓で培った回避術で那月はその悉くを躱していった。

 そして、那月(姫乃)の攻撃が途絶えると、すぐさま那月は反撃を開始した。

 再び虚空から無数の銀鎖を撃ち出していく那月。それらを那月(姫乃)はバックステップで回避。

 那月(姫乃)の背後の虚空から那月が撃ち出した銀鎖は、那月(姫乃)は振り返り様に不可視の衝撃波を叩きつけて軌道を逸らす。

 

「ほう。そんな方法で〝戒めの鎖(レージング)〟を防いだか。なら、」

 

 那月は新たな鎖を虚空から撃ち出した。それは、銀鎖とは違う黄金の錨鎖―――〝呪いの縛鎖(ドローミ)〟だ。

 砲弾のような勢いで撃ち出された金鎖(それ)を、那月(姫乃)は衝撃波では軌道を逸らせないと悟り、

 

「―――」

 

 虚空から無数の銀鎖を撃ち出して金鎖を搦め捕る。那月(姫乃)が扇子を振り下ろすと、無数の銀鎖が搦め捕った金鎖を強引に下に引っ張り、金鎖は那月(姫乃)を狙い損ね屋上の床に突き刺さった。

 

「………!?〝戒めの鎖(レージング)〟まで模倣できるのか!」

 

「うん。ワタシが模倣できるのは〝戒めの鎖(レージング)〟だけじゃない」

 

 那月(姫乃)はそう言って、新たな鎖を―――金鎖を虚空から撃ち出した。

 金鎖(それ)を見た那月は、なっ、と驚愕の声を上げる。

 

「〝呪いの縛鎖(ドローミ)〟だと!?」

 

「うん。そして―――」

 

 那月(姫乃)は、スッと目を閉じる。すると、彼女の背後に現れたのは巨大な影。

 しかも(それ)は、絶対に存在してはならないものだった。

 

「馬鹿、な………それは私の唯一無二の〝守護者〟………黄金の悪魔と契約して得た〝輪環王(ラインゴルト)〟………」

 

 震えた声で言う那月。そう。世界に一つだけの、那月だけの〝守護者〟であるはずの黄金の騎士像―――〝輪環王(ラインゴルト)〟。それが那月(姫乃)の〝守護者〟として顕現したのだ。普通は絶対にあり得ないことである。

 まさか、と思った那月は、すぐさま自らの影に向かって告げた。

 

「起きろ、〝輪環王(ラインゴルト)〟………!」

 

 那月の声に応えた彼女の〝守護者〟は、その姿を現した。黄金騎士(それ)が顕現したということは、所有権を奪い取られたわけではないらしい。

 だが、那月の〝守護者〟が奪われていたのではなく、黄金騎士(それ)が二体存在しているということは、まったくもって不可解、理解不能である。

 那月のその疑問に、那月(姫乃)は答えた。

 

「ワタシは、完全無欠の知恵と才能を持つ者(全知全能者)。ワタシに、不可能はない」

 

「は?」

 

「だから、『ラインの黄金(ラインゴルト)』の模倣もできる。ワタシは、南宮那月(御主人様)の全てを模倣できる」

 

「そ、そうか」

 

 全知全能の龍神。それが那月(姫乃)だと知った那月は、頬を引き攣らせる。

 目の前のメイドラゴンは〝完全〟なる存在。そんな怪物を倒すことなど可能なのだろうか。

 那月が悩み考えていると、那月(姫乃)は、大丈夫、と唇を動かした。

 

「人間や神々からしたら、ワタシは〝完全(完成品)〟。でも、パパからしたら、容易く殺せる(壊せる)不完全(未完成品)〟」

 

「なに?」

 

「今のがワタシを殺せる(壊せる)ヒント。これ以上は教えない」

 

「………姫乃の父親―――〝混沌神(カオス)〟がおまえを倒す鍵か」

 

 那月は、ふむ、と考え込む。那月はハッとして那月(姫乃)を見た。まさか、魔女でしかない自分に〝混沌〟を掌握しろ、とでも言うわけではないだろうか。

 那月のその疑問に察した那月(姫乃)は、クスリと笑い、

 

「『ラインの黄金(ラインゴルト)』の能力を完全に使いこなせれば、ワタシに届くかもしれない」

 

「なに?それはどういう意味だ?」

 

 那月が眉を顰めて訊くが、那月(姫乃)は答えない。

 代わりに金鎖をどことも知れない空間へと巻き戻しながら、口を開いた。

 

「………それよりも戦闘再開」

 

「………釈然としないが、まあいい。姫乃の模倣した私の〝守護者〟。それが模倣できるだけの張りぼてでないか、逆に見せてもらおうか」

 

「わかった」

 

 那月(姫乃)は頷くと、彼女の背後に控えていた黄金騎士(コピー)が那月の黄金騎士(オリジナル)に殴りかかった。

 那月の黄金騎士(オリジナル)が、黄金騎士(コピー)の拳を躱してカウンターを狙う。が、黄金騎士(コピー)は鎧を纏う腕で防御した。

 黄金騎士同士が互角に殴り合っているのを見て、那月は感心する。

 

「ほう。タダの模造品ではなくちゃんと扱えるんだな」

 

「当然。ワタシの模倣は完璧。本物(オリジナル)に劣るものは創らない」

 

 虚空から無数の銀鎖を撃ち出しながら返す那月(姫乃)。那月は躱しながら、そうか、と笑みを浮かべる。

 

「なら、姫乃からもらったコレはどうだ?」

 

 そう言って那月は、虚空から新たな鎖を撃ち出した。

 それは銀鎖でも金鎖でもない、漆黒の鎖―――〝飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟だ。相手の魔力を貪り喰らう、獰猛なる邪龍ニーズヘッグの能力が与えられた黒鎖である。

 意思を持つ蛇のようにうねりながら那月(姫乃)に襲いかかった。

 那月(姫乃)はそれを見て、同じ鎖を―――撃ってこなかった。黒鎖を普通に躱しただけ。

 

「なんだ?もしかして、元々私のものではないから模倣できないのか?」

 

「それは違う。けど、ワタシがニーズヘッグ(にー君)の鎖を模倣しないのは御主人様へのハンデ」

 

 那月(姫乃)の言葉に、カチンときた那月は、彼女を睨みつけて、

 

「私と同格になっておいて、ハンデか………舐められたものだな」

 

 那月は全身から膨大な魔力を放出させて告げた。

 

「私を舐めたことを後悔させてやる。覚悟しろ、駄メイド!」

 

 那月の言葉と共に、那月(姫乃)の四方から無数の銀鎖を撃ち出す。那月(姫乃)は、それらを同じ銀鎖を虚空から撃ち出して迎撃する。

 それからすぐに、那月(姫乃)を追尾し続ける黒鎖から一時的に逃れるため、空間転移でそこから離脱。

 那月の魔力を喰いながら、転移した那月(姫乃)を追尾する黒鎖。

 那月の魔力が尽きるか、那月(姫乃)が黒鎖に捕まるか、勝敗はコレで決まるだろう。

 そして―――那月は惜しくも那月(姫乃)を捕らえることが敵わず、魔力が枯渇し敗北してしまった。

 

 

 

 

 

 特訓を終え、那月は元の姿に戻った姫乃の手首に黒鎖を巻きつけると、枯渇し切った魔力を回復していった。

 那月は悔しそうな表情で先ほどの戦闘を振り返る。

 

「………あと少しだというのに、ギリギリのところで魔力切れか」

 

「本当に危なかった。御主人様が無尽蔵の魔力の持ち主だったら、ワタシが敗北してた」

 

 そう。あと数センチで那月の黒鎖が姫乃を捕らえようとしていたが、黒鎖に魔力を喰われ過ぎていたため限界を迎えてしまった。

 姫乃は、那月の巧みな空間制御の魔術に追い詰められていたのだ。同格になっておきながら那月にハンデを与えるのは間違いだったと姫乃は学習した。

 那月は、ふん、と鼻を鳴らして扇子を姫乃に向けて宣言する。

 

「次こそは姫乃を捕らえてやる。絶対にだ!」

 

「そう。一週間後、楽しみしてる」

 

 姫乃は薄く笑って返す。が、ふと思い出したように那月を見つめて、

 

「そうだ、御主人様」

 

「なんだ?」

 

「御主人様は魔族狩りの件、引いた方がいい」

 

「なに?」

 

 那月は怪訝な顔で姫乃を見つめ、訊いた。

 

「それはどういう意味だ?」

 

「今回の魔族狩りの背後に―――〝神〟がいる」

 

「………は?」

 

 姫乃の言葉に間の抜けた声を洩らす那月。

 

「〝神〟とやらは滅んだんじゃなかったのか?」

 

「この世界の〝神〟は滅んだ。けど、異界の神々の一柱がこの世界に来て、魔族狩りに手を貸している」

 

「魔族狩りに手を貸しているだと?その〝神〟とやらは何者なんだ?」

 

 那月が問いただすと、姫乃は静かに頷いて答えた。

 

「―――ヤハウェ(やー君)

 

「は?」

 

「ごめん、間違えた。聖書の神ヤハウェ」

 

「聖書の、〝神〟だと!?」

 

 ぎょっと目を剥く那月。魔族狩りの協力者が聖書の〝神〟。そんな存在が協力者なら、那月に勝てるわけがない。

 それに聖書の〝神〟が手を貸している魔族狩りの犯人。その正体は、恐らく西欧教会の者に違いないだろう。

 あと、聖書の〝神〟を『やー君』と読んでいる姫乃は、その〝神〟と一体どういう関係なのだろうか。

 姫乃は、うん、と首肯して続けた。

 

「魔族狩りの犯人は二人。ロタリンギア殱教師、ルードルフ・オイスタッハと、眷獣を宿す人工生命体(ホムンクルス)の少女アスタルテ」

 

「ロタリンギアだと?ふん、西欧教会の祓魔師が魔族狩りか。それに、眷獣を宿す人工生命体(ホムンクルス)………なるほどな。大方、人形の生命力の糧にするために、魔族からなんらかの方法で魔力を奪っていたというわけか」

 

人工生命体(ホムンクルス)の眷獣は魔力吸収型。昨夜、〝若い世代〟の眷獣を喰らってるところを見た」

 

「そうか。………そういえば姫乃は昨夜、『魔族狩りの犯人を取り逃がした』と私に言ったんだったな。おまえほどの強者が取り逃がしたのは、聖書の〝神〟に妨害されたからというわけか」

 

 疑問が解消し、納得する那月。一方、姫乃はスッと瞳を細めて言った。

 

「魔族狩りの情報は教えた。けど、御主人様はこの件から手を引く」

 

「………嫌だと言ったら?」

 

「契約解消」

 

「………っ!」

 

 姫乃の言葉に、那月の表情が歪む。魔族狩りを捕まえたいが、メイドラゴンを失いたくない。故に那月はどちらかに決めるのを躊躇った。

 そんな那月の頭にポンと手を置いて、姫乃は言った。

 

「これは脅しじゃない。純粋に、御主人様を失いたくないから警告してるだけ」

 

「なに?」

 

「人間は弱い。けど、経験を積めば積むほど強くなれる。進化できる。だから、御主人様がどこまで強くなれるか、ワタシは知りたい。弱いまま死んだら(壊れたら)、困る」

 

「……………」

 

 姫乃の言葉に、那月は暫し無言になる。心配してくれるのは嬉しいが、結局は自分のためだから落胆する。

 が、少なくとも人間を『弱者』と言って切り捨てることはなくなった。そればかりか、〝人間〟の可能性に興味を持ち始めている。

 これもあの暁古城(バカ)に叱られたのが効いたのだろうか。よくわからないが、姫乃は彼に、第四真祖に興味を示している。〝殺神兵器〟とやらだからなのだろうか。

 相も変わらず戦闘好きではあるが、凶悪さがなくなり可愛くなったから、まあ良しとしよう。

 那月は、やれやれ、と苦笑すると、頷いて言った。

 

「わかった。魔族狩りの件、私は引くとしよう。姫乃のワガママに付き合ってやる」

 

「御主人様………ありがとう。代わりに、彼らはワタシが捕まえる。ヤハウェ(やー君)も、この世界から追っ払う」

 

「ああ、頼んだぞ姫乃」

 

「うん」

 

 那月の承諾を得て、微かに嬉しそうな笑みを浮かべる姫乃。

 

「………それと御主人様」

 

「ん?」

 

「これから出かけてきていい?」

 

「………暁に会いにいくのか?」

 

 コクリと頷く姫乃。那月は、そうか、と頷くが、

 

「あの古城(バカ)は、おまえに会いたがらないと思うが」

 

「………仲直りする」

 

「仲直り、か。………できるのか?」

 

「大丈夫。もう人間を見下さない。龍神(カミ)だからって偉そうにしない」

 

 そう言う姫乃の表情は、相変わらず無感情だが、彼女の瞳は決意したようなものだった。

 那月は、フッと笑って頷き、

 

「それなら許可する。行って仲直りしてこい」

 

「うん」

 

 那月の許可をもらった姫乃は、早速、古城に会いに行くため異空間へと姿を消した。




〝飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟
名前の意味は、相手も自分も魔力を枯渇(飢え)させる呪いの鎖。
姫乃が那月に与えた特殊な鎖の正体は邪龍ニーズヘッグの能力。

次回からようやく原作主人公たちと行動開始です。

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