ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫―   作:アヴ=ローラ

15 / 18
姫乃が原作主人公達と接触(特に学校は行かないので)少ないため、話が原作二巻の一章の半分を越えてしまった。

戦闘描写、書くのは好きだけど相変わらず難しい………


戦王の使者 弐

 翌日の早朝。那月宅の屋上。

 其処では、姫乃の張り巡らした時間停止の結界内で特訓が行われていた。

 一対一の特訓ではない。一対()の乱戦が繰り広げられていた。

 

「〝焔光の夜伯(カレイドブラッド)〟の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ―――!」

 

 上空に浮遊する姫乃に向かって右腕を突き出す古城。その腕からは鮮血が噴き出し、やがて雷光へと変わる。膨大な光と熱量は凝縮して巨大な獣の姿を形作った。

 

()()()()、五番目の眷獣〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟―――!」

 

 古城の声に応えて、戦車ほどもある巨大な雷光の獅子の眷獣〝獅子の黄金〟が虚空より出現した。

 古城の血に宿る九体のうちの一体である〝獅子の黄金〟は、雪菜の血を啜ったことで召喚可能になった唯一の眷獣だ。

 その彼の眷獣〝獅子の黄金〟は、天敵たる姫乃の存在を確認するや否やで、古城の指示を待たずに彼女めがけて突っ込んだ。

 本日も〝獅子の黄金〟の制御に失敗した古城は、挽回しようと〝獅子の黄金〟に意識を集中させる。姫乃が相手だと毎回こんな調子だ。

 姫乃は、薄い笑みを浮かべると、光速で迫る〝獅子の黄金〟を片手で受け止める。〝獅子の黄金〟は姫乃の手に牙を突き立てるが、彼女には全く効いていない。

 全盛期の、第四真祖(初代)が放つ〝獅子の黄金〟ならまだしも、まだまだ未熟な第四真祖(古城)が放つ〝獅子の黄金〟では、姫乃にはまるで歯が立たないのだ。

 姫乃は、自分の手に噛みつく〝獅子の黄金〟を、軽く腕を振っただけで消し飛ばす。眷獣を消し飛ばされた影響で、ダメージを負った古城は苦悶の息を吐く。

 そんな彼を庇うように雪菜が前に飛び出す。銀槍〝雪霞狼〟を握り締め地を駆ける雪菜。その彼女に向けて姫乃が左手を翳した。

 すると雪菜の足下に漆黒の魔法陣が浮かび上がり、無数の黒い蛇が飛び出してきて彼女に襲いかかった。

 その不意打ちに雪菜は冷静に対処した。〝雪霞狼〟で狙うのは黒蛇達ではない。黒蛇達を無制限に生み出している漆黒の魔法陣だ。

 

「〝雪霞狼〟―――!」

 

 黒蛇達を無視して〝雪霞狼〟の切っ先を漆黒の魔法陣に突き立てる。たったそれだけで魔法陣は跡形もなく消滅し、魔力で生み出されていた黒蛇達も全て消滅していった。

 姫乃はそれを確認すると、新たに漆黒の魔法陣を展開した。今度は一つだけでなく、同時に四つ。雪菜を取り囲むように出現させた。

 しかし所詮は魔力で生み出された物。雪菜の〝雪霞狼〟の敵ではない。雪菜は、魔法陣から魔力砲を放たれるよりも速く動いた。

 雪菜は右足を軸にして旋回。魔力砲を放とうとした魔法陣に〝雪霞狼〟を横一閃に薙ぎ、四方の魔法陣を纏めて斬り裂き消滅させた。

 姫乃が、中々、と雪菜に感心していると、姫乃の周囲の虚空から無数の銀鎖〝戒めの鎖(レージング)〟が出現して姫乃を搦め捕ろうと襲いかかった。

 それらを姫乃は、全身から膨大な魔力を放出することで全て弾き飛ばす。そして〝戒めの鎖〟を撃ち出してきた那月へ、振り向き様に姫乃は黒い魔力を纏わせた左腕を一閃させた。

 黒い魔力は漆黒の刃と化して那月を斬り裂かんとするその一撃を、

 

「お願いします、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 アスタルテが虚空より召喚した虹色の巨大な腕の眷獣〝薔薇の指先〟が受け止め、魔力刃を反射して跳ね返した。

 跳ね返され迫り来る自分が放った魔力刃を、姫乃は軽く殴って消し飛ばす。その隙に那月は金鎖〝呪いの縛鎖(ドローミ)〟を虚空から撃ち出して、姫乃の頭部を襲った。

 姫乃は頭を横に傾けて〝呪いの縛鎖〟を躱し、左手を那月に向ける。姫乃の身長と同等の漆黒の魔法陣が展開されると、其処から一際巨大な魔力砲が放たれた。

 光速で迫る巨大な魔力砲を、アスタルテが〝薔薇の指先〟で受け止めようとするが、軌道が不自然に曲がり〝薔薇の指先〟を避けて那月を襲った。

 しかし那月は特に驚くこともなく空間転移で姫乃の背後に跳ぶ。那月は背後から無数の〝戒めの鎖〟で奇襲をかけたが、姫乃はそれを予想していたかのように振り返りもせずに全て躱した。

 そして姫乃は振り返って左手を那月に向けた。が、那月の余裕な笑みを見て不可解に思い眉を寄せる。背後に目を向けると、アスタルテの眷獣〝薔薇の指先〟の両腕が、那月の撃ち出した〝戒めの鎖〟を掴んでいた。

 何故そんな真似をするのか。その答えはすぐに分かった。雪菜と古城が〝戒めの鎖〟の上を駆けて自分の方へ向かってきているということを。

 

「うおおおおお―――!」

 

「はあああああ―――!」

 

 右斜め下から雷光を右腕に纏いながら迫る古城。左斜め下から〝雪霞狼〟を突き出しながら迫る雪菜。

 姫乃は、両手を前に突き出して二人の攻撃に備える。右手には何も纏わせていないが、左手の方には漆黒の結界を五重に張った。

 古城の雷の魔力を纏わせた渾身の右ストレートを易々と右手で受け止める姫乃。雪菜の〝雪霞狼〟は、姫乃の結界を紙切れの如く次々と貫いていき………五重結界を破った〝雪霞狼〟の刃の切っ先が姫乃の左手に触れる寸前で動きを止めた。

 止めた、というよりは止められたという方が正しいのかもしれない。しかも止められたのは〝雪霞狼〟ではなく、持ち主の雪菜の方だ。まるで時間停止を受けたかのように身動きが一切取れないのだ。

 だが雪菜の身動きを封じているその正体は、不可視の能力で目視出来ない透明な蛇達だった。不可視の蛇達は雪菜の両腕両脚に巻きつき動けないように縛りつけているのだ。

 あと一歩で姫乃に届いた一撃。しかしその一歩が遠く届かない。雪菜も古城も勝利を諦めかけた………その時。

 

「上出来だ、教え子ども」

 

 那月は勝利を確信して笑う。姫乃は、ハッとして那月に振り向くがもう遅い。虚空から突如出現した真紅の荊〝禁忌の荊(グレイプニール)〟が姫乃の全身を搦め捕った。

 流石の姫乃でも、〝禁忌の荊〟に捕らえられては反則技を使わなければ脱け出すのは難しい。何せ〝神殺しの魔狼〟さえ脱け出すことが敵わない魔法の荊なのだから。しかし反則技=敗北を意味するため使用はしない。

 いや、それ以前に今回の特訓は姫乃が〝その場から離脱する行為の禁止〟をハンデとして行っているため、空間跳躍も次元跳躍も禁止だし、特訓で〝混沌(カオス)〟の力を使用するのも大人気ない。

 故に那月の〝禁忌の荊〟に捕まった時点で勝負は決していた。離脱禁止の状態では、古城と雪菜を押さえたまま那月の攻撃を躱すことは出来ないということだ。

 姫乃は、自分を捕縛している那月の〝禁忌の荊〟に目を向けながら呟く。

 

「………やられた。流石にこの特訓内容は簡単すぎたかな」

 

「いやいやいや!全然簡単じゃなかったからな!?ハンデつきな上に四人がかりなのにクリアするのが難しかったしよ!」

 

「それは古城が未熟なのが悪い。そんなんじゃ、凪沙も〝     〟も救えない」

 

 うぐっ、と痛いところを指摘されて黙り込む古城。そう。今のままじゃ彼は何も救えない。救う力がない。自分の眷獣〝獅子の黄金〟さえまともに制御出来ない今の彼では到底不可能だ。

 凪沙の中に〝     〟がいる。それを古城と雪菜は知っている。姫乃から聞き出した第四真祖の情報の中に入っていたからだ。

 しかし古城は、あの時に姫乃に救ってもらうことを選択しなかった。何故なら、凪沙と〝     〟は他ならぬ彼の問題だったからだ。それなのに、無償で彼女の力を借りるのは図々しい。だから彼は彼女にこう提案した。

 

 

『俺を鍛えてくれ。あんたを満足させられるまで、俺はあんたの力を借りない』

 

 

 自分の力では凪沙達を救えない。だからこそ古城は、姫乃を満足させることでその代わりを果たそうとしたのだ。

 これにより、オイスタッハ戦の翌日から古城は姫乃の特訓を受け始めた。いつか彼女を満足させられるほど強くなって、その報酬として凪沙達を解放するために。

 

「いいえ。未熟なのはわたしも同じです。〝雪霞狼〟に頼りすぎて見えない敵にしてやられましたから」

 

 雪菜は〝雪霞狼〟を握り締めて、悔しそうな顔で言った。

 雪菜が古城と一緒に特訓に参加しているのは、彼の監視を兼ねて自分も今より強くなるためだ。

 現に雪菜は、姫乃に一撃を与えることを重視していたため、不可視の蛇達の奇襲に気づけなかった。結果、不可視の蛇達にあっさり止められるという失態を犯してしまった。

 だから次からは目視出来ない敵を感知出来るように、もっと周りに注意しつつ姫乃に挑もうと雪菜は思った。

 

「………相変わらず姫乃に通用する手段が少なくて参るな」

 

 那月は溜め息混じりに呟く。基が頑丈に創られている〝No.0(ミデン)〟の分身体〝No.8(エータ)〟。故に通用する手段は、〝禁忌の荊〟と彼女から貰った〝飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟くらいしかない。

 日々鍛えてもらっている近接戦闘の技術や、空間制御の魔術による攻撃の一切が姫乃には通用しないので、天部の遺産に頼るほかないのだ。

 

「私も、〝薔薇の指先〟の防御技術はまだまだ未熟でした」

 

 アスタルテは〝薔薇の指先〟を消して那月達の下へ歩み寄って呟く。〝神格振動波駆動術式(DOE)〟を刻印されているアスタルテは、魔力や結界の一切を無力化出来るが、接触しなければ効果は発揮されない。

 今回のように、突然軌道が変わってアスタルテの防御を掻い潜れる力は厄介だ。狙いが那月だったからよかったものの、自分だったら確実にやられていた。

 次からは、不意の攻撃にも対応出来るように精進しようとアスタルテは思った。

 それはそうと、と姫乃は那月をじっと見つめ言った。

 

「反省会はいいけど………ワタシはいつまで縛られてればいい、御主人様?」

 

「ん?………ああ、すまん。忘れてた」

 

 姫乃に言われて、彼女を〝禁忌の荊〟で拘束中だったことを思い出す那月。というか自力で脱出出来るだろ、と那月は思ったが、まあいいかとすぐさま消して姫乃を解放した。

 それからすぐに時間停止の結界を解除すると、古城と雪菜を自宅へ帰し今朝の特訓は終了した。

 

 

 

 

 

 その日の夕方。姫乃は、那月に連れられてとある研究所に来ていた。ちなみに本日のお供は修道女(シスター)の恰好をした幼女(ロリ)と見紛うばかりの小柄な金髪蒼眼の少女―――デウスを連れている。アスタルテはお留守番係だ。

 それと、今回は黒い背広姿の男が二人同伴している。那月の指示に従っているところを見ると、彼女の部下か何かだろう。そんな彼らと共に研究室の隔壁を開けて突入した。

 其処には一人の男が、鉄骨を剥き出しにした殺風景な部屋の片隅にいた。

 静寂に満ちた薄暗い研究室。室内を埋め尽くす電子回路の保護のために、呼気が白く煙るほどに室温が低い。中央のモニタには得体の知れない奇怪な文字の羅列が映し出されていた。

 その男は、那月達に気づくと椅子を軋ませ向き直る。

 

「なんだ、きみたちは?ここはクラス(シックス)の機密区域だぞ。職員以外の立ち入りは―――」

 

 縄張りを荒らされた猛禽のような目つきで黒服男達を威嚇する男。が、その表情は、黒服男の二人が掲げていた身分証明書に気づいて凍りつく。

 

「―――カノウ・アルケミカル・インダストリー社開発部、槙村洋介だな」

 

 抑揚の乏しい機械的な声で黒服男の一人が言う。黒服男の身分証に記されているのは、護身用の簡易魔法陣を兼ねた五芒星。特区警察局攻魔部。国際魔導犯罪を担当する国家攻魔官達の紋章である。

 

「槙村研究主任。この研究所内で扱っている荷物には、魔導貿易管理令に違反する物品が含まれている疑いがある。速やかに所内の全資料の開示、並びに荷物の引き渡しを要求したい」

 

 槙村と呼ばれた男が、額に汗を浮かべて立ち上がる。

 

「待ってくれ。何かの間違いだ!ここで研究しているのは古代言語の解析だ。管理公社の許可も取っている。総務部の方に問い合わせてくれれば―――」

 

「我々は、既に先日、クリストフ・ガルドシュの部下一名を拘束している」

 

 もう一人の黒服男が手錠を取り出しながら威圧的に告げた。槙村がハッと息を呑む。

 

「特区治安維持条例第五条に基づき、これよりあなたの身柄を拘束する。あなたの供述は裁判で不利な証拠として使われることがある。言動には気をつけた方がいい」

 

「くっ………!」

 

 黒服男が槙村の腕を掴んで手錠をかける―――と思われた瞬間、ずん、と鈍い衝撃が黒服男を襲った。

 痩身で見るからに非力な槙村に対して黒服男の体格は屈強。だが槙村が掴まれた腕を振った時、吹っ飛んだのは黒服男の方で、近くの柱に叩きつけられ苦悶の息を吐きながら床に転がった。

 その間に槙村は変身を終えていた。膨れ上がった全身の筋肉が白衣を引き裂き獣人化し、人狼になると金属製の手錠を引き千切る。

 もう一人の黒服男が、咄嗟に拳銃を抜いて槙村に向けた。訓練された動きで人狼殺し(ライカンキラー)と呼ばれる銀イリジウム合金弾を撃ち放つ。しかし槙村は弾丸の雨を潜り抜けて、黒服男の拳銃を叩き落としそのままの勢いで跳躍し、開け放たれたままの隔壁から外に逃げようとした。

 

「やはり、未登録魔族………黒死皇派の賛同者(シンパ)か」

 

 そんな槙村の後ろ姿を見送って、那月がつまらなそうに呟いた。そして彼女は静かに命令する。

 

「―――姫乃、あの人狼(イヌ)を拘束しろ」

 

「分かった」

 

 那月の隣にいた姫乃は頷き、一瞬で槙村の眼前に移動する。空間跳躍ではなく、ただ単純な高速移動で。

 さっきまで那月の隣にいたはずの姫乃が突如自分の眼前に現れたことに驚愕する槙村。が、彼女は武器を何も持たない非力なメイド少女だと錯覚した槙村は獰猛に牙を剥いて笑った。

 

「メイドのガキが、この俺を止められるとでも思ったか―――!」

 

「うん」

 

 姫乃が首肯した刹那、槙村の身体は一回転して床に叩きつけられた。姫乃が、槙村の剛腕を掴むや否やで床に思い切り叩きつけたのだ。

 

「―――カハッ!?」

 

 強かに背中を打ちつけた槙村は、余りの衝撃に苦悶の息を吐き出す。一瞬意識が飛びかけたが何とか気合いで持ち直し、自分の腕を掴んだまま離さない姫乃を睨みつける。

 腕を振って彼女の手を振り払おうと試みるが、そもそも腕を振ることさえ出来ず、少女とはとても思えないデタラメな力に押さえつけられる。

 槙村はわけも分からず人狼の自分を容易く押さえつけている目の前の少女に恐怖を覚えた。

 

「な、何者だよおまえは………!?ただの人間のガキじゃねえな!?」

 

「うん。ワタシは龍神」

 

「―――………は?」

 

「絃神島を支えている………龍脈(レイライン)を制御しているドラゴン。それがワタシ」

 

「なっ、」

 

 槙村は絶句した。彼女が龍神を自称しているのは置いといて、絃神島を支えているドラゴン、という言葉に愕然としたのだ。もしその話が真実ならば、これはいいことを聞いたと密かに笑う。

 黒死皇派の目的の一つである〝魔族特区〟の崩壊。それを一瞬で行える手段―――〝魔族特区〟を支えている姫乃の抹殺を槙村は思い至ったのだ。

 しかし彼は知らない。一見簡単そうに思える姫乃の抹殺の方が、実は難易度MAXであるということに。

 姫乃はつまらなそうに槙村を見下ろして口を開く。

 

「豹人間も狼人間も、結局はどっちも雑魚。リル兄の足元にも及ばない」

 

「何っ!?」

 

 雑魚扱いされて憤る槙村。そんな彼を無視して、姫乃は彼を掴んでいる手から〝闇〟を発生させる。その〝闇〟は瞬く間に彼を呑み込み、その〝闇〟が晴れると………人間に戻っていた。

 

「………え?」

 

 あり得ない光景を目にした槙村と黒服男達は目を丸くした。槙村は何故自分の獣人化が強制的に解除されたのか。黒服男達はどういった手品を使って槙村の獣人化を消したのか。共に理解出来なかった。

 那月とデウスだけは、姫乃が何をやったのか理解していた。姫乃が行ったこと、それは………槙村の姿を元通りに戻しただけだ。

 槙村の獣人化を強制的に解除したわけでも、させたわけではなく、彼が獣人化する前の状態に戻しただけだった。

 槙村は慌てて獣人化を再度行おうとするが、その前に駆け寄ってきた黒服男達が、槙村の首に、微弱な電流によって神経の働きを狂わせ獣人化を阻止する対魔族用の拘束具である金属製のリングを嵌めた。

 

「―――南宮教官、申し訳ない。お陰で助かりました」

 

 折れた右腕を押さえながら黒服男の一人が那月に礼を言った。那月は黒レースの扇子を広げながら優雅に首を振る。

 

「礼なら私の優秀なメイドラゴンに言え」

 

 扇子で口元に浮かんだ笑みを隠しながら言う。黒服男の一人はハッとして姫乃に向き直り、礼を言った。

 

「南宮教官のメイドラゴンの娘、御協力感謝する」

 

「ん」

 

 姫乃は短く返すと、デウスに向き直り命令した。

 

「デゥちゃん、その人怪我してるから治してあげて」

 

「ああ………じゃなくて、ええ。了解した………しました〝エータ〟ちゃ―――姫乃様」

 

 相変わらず慣れない口調に苦戦しながらも、姫乃の命令を受諾するデウス。が、デウスは不機嫌そうな顔で怪我をしている黒服男の下に歩み寄ると、見上げてぼそりと呟く。

 

「………治すなら、こんなむさ苦しい奴じゃなくて、可愛い幼女(ロリ)がよかったなあ」

 

「………?」

 

 怪我をしている黒服男は、デウスのぼそぼそと呟く独り言に首を傾げる。どうやらあまりよく聞こえてないらしい。

 デウスは溜め息を吐くと、黒服男の折れた右腕に右手を翳した。すると聖なる光が黒服男の右腕を包み込み………あっという間に彼の折れた右腕は癒えていった。

 治った右腕に驚愕する黒服男は、治ったばかりの右腕を曲げたり振ったりして確認する。何回か繰り返すが痛みを感じることはなかった。完全に折れていた右腕は治っているようだ。

 

「シスターの娘、怪我の治癒感謝する」

 

「………ふん」

 

 素っ気ない態度で返すデウス。治癒した相手がむさ苦しい男だったのが余程気に食わなかったらしい。

 そんな彼女に歩み寄った姫乃は、デウスを背後から抱き締めると………〝ナデナデタイム〟を執行した。

 

「デゥちゃん、お疲れ。御褒美のナデナデタイム」

 

「お、おお!………幼女(ロリ)にされる抱き締め&ナデナデは癒されるなあ♪」

 

「………変なこと言うならやめるけど?」

 

「嘘ですすみません!引き続きナデナデタイムお願いしますッ!!」

 

 こんなときは素直に敬語を話せる謎なデウスであった。姫乃は呆れたような顔をするも、デウスのために〝ナデナデタイム〟を続行した。

 そんな百合百合しい光景を黒服男達と槙村が唖然と眺めていたが、次第に頬を赤めて、癒されるなと口にしていた。幼女好き(ロリコン)への扉が開いた瞬間だった。

 ただ一人、那月だけは、馬鹿ばっかりだなと呆れたような顔をして男達を眺めていた。

 馬鹿共は放っておいて、と那月は槙村の机に散らばっていた数枚の写真に目を向ける。何処かの古代遺跡から出土した石板を写したものらしい。

 石板の表面に刻まれているのは、研究室のモニタに映し出されている者と同じ、解読不能な文字の羅列。だが、その文字列を見ただけで、其処に書かれている内容は恐ろしく危険な力を秘めた代物だと、直感的に理解出来た。

 

「黒死皇派が、西域からわざわざ運び込んできた密輸品というのはこいつか………ただの骨董品ではなさそうだが………現物(オリジナル)はどこにある?」

 

「―――現物は既にない。一足遅かったみたい、御主人様」

 

 姫乃は、デウスに〝ナデナデタイム〟をしながら那月の呟きに答える。

 姫乃が指差したのは、部屋の隅に残された金属製の輸送用ケース。呪的な封印処理が幾重にも施された特殊な代物だが、その封印は既に破られており、中身はない。其処に収められていた石板は何者かが持ち去ってしまったのだろう。

 

「出遅れた、というわけか」

 

 不機嫌な声で自問しながら、那月はいまだに〝ナデナデタイム〟中の姫乃達に呆れながらも、モニタに映し出された映像を見上げた。

 槙村はどうやら自分の会社の研究設備を使って石板の解読作業を行っていたらしい。だが解読はいまだ不完全であり、解読出来ているのはごく限られた一部の単語だけ。その中に、〝ナラクヴェーラ〟の文字を見つけて那月が険しい表情を浮かべる。

 

「馬鹿な………何を考えている、クリストフ・ガルドシュ………」

 

 那月達の会話を聞いていた槙村が、床に倒れたまま甲高く笑い出す。

 すると、姫乃は〝ナデナデタイム〟をやめてデウスを解放した。デウスが物足りなさそうな表情をしているが、それよりもと姫乃は、那月の傍に歩み寄るとモニタの映像を見上げて薄く笑った。

 

「ふうん。黒死皇派の目的は、天部の古代兵器(オモチャ)を起動させることなんだ」

 

「は?」

 

 姫乃の言葉に素っ頓狂な声を上げる那月達四人。デウスも石板の内容が解るのだが、今は唯一神ではなくシスターを偽ってこの世界に留まっているため、関わらないようにした。

 那月は姫乃をじっと見つめて訊いた。

 

「………姫乃。まさかあの文字が読めるのか?」

 

「うん。そもそも、天部が創った〝ナラクヴェーラ〟の性能をテストする際、ワタシがその実験台をやらされたくらいだからよく知ってる」

 

「なっ………!」

 

 実験台。それはつまり、姫乃は遥か昔に〝ナラクヴェーラ〟と戦ったことがあるということを意味していた。まあ、那月は知らないが、天部の世界を担当していた姫乃だからこそ〝ナラクヴェーラ〟を知らないわけがないのだ。

 それを知った槙村は、ははっ、と笑い姫乃に言った。

 

「アレを解読出来るなら話が早い!是非、今ここでアレが何と書いてあるか読んで―――」

 

「やだ」

 

「………は?」

 

「オマエのような雑魚に、教えてやる義理はない」

 

「な、に………!?」

 

 また雑魚扱いされた槙村は、憤怒の炎を瞳に燃やして姫乃を睨みつける。しかし姫乃が彼を見る瞳は冷えきっていて、興味の欠片もなくどうでもいい存在に対して向けるものだった。

 那月は、扇子で口元を隠しながら、クックッと愉快そうに笑って槙村を見下ろす。

 

「残念だったな。私のメイドラゴンは、貴様のような仔犬には興味がないらしい」

 

「く、くそっ………!」

 

 悔しそうに床を殴る槙村。もし此処で石板の解読が完了出来れば、ガルドシュに褒められ信頼を勝ち取ることが出来たのにと。

 そんな彼を既に視界から外していた姫乃は、デウスと那月を見回して言った。

 

「もう此処に用はないから、早く帰ろう?あーちゃんが一人で寂しがってると思うから」

 

「そうだな。よし………その仔犬はお前達に任せる。私達は寂しがり屋な可愛いメイドの相手をしてやらんといけないんでな」

 

「ハッ!お気をつけて、南宮教官」

 

 黒服男達は那月に敬礼する。那月は頷き、姫乃とデウスを連れて帰宅した。那月達が帰ってくるや否や、アスタルテが泣き笑いで出迎えてくれたのは、また別の話である。

 

 だが、最悪な出来事が刻一刻と迫っているということに、この時は誰も知らなかった。那月のメイドラゴンが―――黒死皇派(テロリスト)と手を組み、絃神島に災厄を齎すという事件が起きるということを………




リメイク前と違って、オリ主は味方も敵も両方演じます。

大抵姫乃が古城達の敵になるのは、某青年貴族のせいだったりしますが。

一応、今後の予定では、奇数巻は異界の神々襲来篇、偶数巻は姫乃敵サイド篇にしようかと思ってます。話の内容次第では逆の時もあるかもしれませんが………

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。