ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫―   作:アヴ=ローラ

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また一巻完結出来ませんでした、すみません………

姫乃は登場しません、古城達の活躍回です。


聖者の右腕 拾壱

 時を少し遡り、那月の黒鎖〝飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟がオイスタッハ達の魔力を感知し、先を行く(ソレ)を古城達が追いかけて数十分。行き着いた場所は、キーストーンゲートと呼ばれる、絃神島の中央に位置する巨大複合建造物だった。

 何故こんな場所に彼らが向かったのか、古城達には理解出来ない。

 何せこの巨大建造物には重要な役割がある。

 それは十二階建ての地上部の方ではなく、海面下四十階にも及ぶ方の、人工島(ギガフロート)集中管理施設だった。

 直径僅か二キロメートルに満たないこの建物は、絃神島を構成する四基の人工島の連結部をも兼ねているのだ。

 海流や波風などの影響で発生する人工島間の歪みや振動は、このキーストーンゲートによって吸収される。その働きがなければ絃神島の四つの地区はたちまち激突、或いは分解して、洋上を漂うことになるだろう。

 そんな要石(キーストーン)の名に相応しい重要な施設に、オイスタッハ達は一体どんな目的があって来たというのか。

 ………まさか、絃神島を崩壊させるのが彼らの狙いではないか。

 不吉な予感がした古城は急いでキーストーンゲートの中へ突入しようとし、

 

「待て、暁」

 

 那月に制された。

 古城は那月を睨んで、

 

「何だよ那月ちゃん!」

 

「………入り口に罠のようなものが仕掛けられている」

 

「は?罠?」

 

 古城が聞き返すと、那月は首肯した。

 

「この中に入った瞬間、別の空間に跳ばされる仕掛けになっているようだな」

 

「え?そんなことが分かるのか那月ちゃん!」

 

「ああ。空間制御は私の専門分野だからな。そして魔女以外でこんな芸当が出来る奴は、殱教師でも人工生命体(ホムンクルス)でもない」

 

「………!あの金髪ローブ野郎の仕業か!」

 

 そう。今回の出来事に関わっている〝空隙の魔女〟の異名を持つ那月以外で空間に干渉出来る相手は二人だけ。

 味方であるメイドラゴンの姫乃を除けば、唯一神ぐらいしか有り得ないのだ。

 古城は思わぬ妨害に歯を鳴らす。

 

「畜生!あと少しでオッサンたちのところに行けたっていうのに、ここで足止めを食らうのかよ………!」

 

「いや待て。まだ罠と決まったわけでは―――」

 

 ない、と言う前に那月の言葉を、少女の声が遮った。

 

「―――つまり、その術式を破壊すればいいんですね」

 

「え?」

 

 古城は声がする、眼下に目を向けた。

 するとそこには、頬を赤らめて見つめ返してきた雪菜の姿があった。

 

「………姫柊?」

 

「はい、なんですか?」

 

「もう起きて平気なのか?」

 

「はい、問題ありません。ですが、その………降ろしてほしいです」

 

 恥ずかしそうにそう言ってくる雪菜に、古城は、降ろす?と一瞬疑問に思ったが、雪菜をお姫様抱っこしていることを思い出し、

 

「わ、悪い」

 

「いえ。わたしは大丈夫です」

 

 古城は慌てて雪菜を降ろす。雪菜は顔を赤く染めたまま服を正す。

 雪菜は、古城が背負っているギターケースを受け取ると、そこから銀の槍〝雪霞狼〟を引き抜き展開する。

 銀槍を手にした雪菜は、那月に振り返って訊いた。

 

「南宮先生。仕掛けられている空間制御の術式は、あの入り口であってるんですね?」

 

「ああ。だが転校生のその槍〝七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)〟とはいえ唯一神の力を無効に出来るとは思えん」

 

「そうですね。ですが通じるかどうかなんて、やってみなきゃ分かりません!」

 

 そう言って雪菜は、入り口付近に仕掛けられた術式を破壊するために槍を一閃させた。

 

「〝雪霞狼〟!」

 

 しかし雪菜の槍は、唯一神の力を切り裂くことは敵わず、バチン!と弾かれてしまった。

 

「―――くっ!」

 

 弾かれた反動で雪菜は吹き飛ばされるが、受け身をとって何事もなく起き上がった。

 が、雪菜の槍が通用しなかったということは、これより先に進むことが出来ないことを意味していた。

 古城が、くそ、と悔しそうな顔で地面を殴りつける。このままでは本当に姫乃が殺されてしまう。

 雪菜は諦めずもう一度槍で術式を切り裂こうとするが、また弾かれる。

 弾かれては切りかかり、また弾かれてはまた切りかかる。無謀だと分かっていても止めようとしない雪菜。

 一方の那月は、唯一神の仕掛けた転移先を割り出し絶句した。

 

「………転移先が、島の外だと!?」

 

 そう。もしあのままキーストーンゲート内に侵入していたら、絃神島から弾き出されていたのだ。

 それを聞いて古城もぎょっと目を剥いて驚愕する。

 

「島の外って、マジかよ!?」

 

「ああ、本当だ。しかも最悪なことに入り口だけでなく、この建物全体に仕掛けられている。私の魔術で転移したところで、結果は同じだ」

 

「そんな………それじゃあ空無さんを助けることが出来ないじゃないですか!」

 

 雪菜が悲痛の叫び声を上げる。古城は拳を固く握り締め、那月は静かに目を閉じる。

 唯一神が何の準備もなく姫乃を斃しに来るわけがなかったのだ。オイスタッハ達の身の安全を確保してからに決まっている。

 完全に詰んでしまった古城達は、侵入の隙がないキーストーンゲートを睨みつける。

 そんな古城達の背後に、突如人の気配がしてハッと振り返る。

 するとそこにいたのは、黒いフードを深く被った小柄な子供だった。

 場違いな登場人物に古城は、は?と目を瞬かせる。

 

「………おいあんた、子供がこんなところで何してるんだ?」

 

「……………」

 

 しかし古城の質問に黒フードの子供は応えない。

 代わりに黒フードの子供は口を開いて、

 

「助けたい?」

 

「え?」

 

「あの子………〝エータ〟を」

 

「は?〝エータ〟って、誰のことだ?」

 

「オマエたちが〝空無姫乃〟と呼んでいるNo.8のウロボロスのこと」

 

「………なっ」

 

 黒フードの子供の衝撃的な発言に、古城達は唖然とした。

エータ(η)〟?No.8のウロボロス?それが姫乃だというのか。

 そんなことを言う黒フードの、声を聞くからに少女か。那月は彼女の胸倉を掴み睨む。

 

「貴様、何をデタラメなことを言うんだ。姫乃が偽者だとでも―――」

 

 言う気か、と言葉が続かなかった。激しく揺さぶった時に少女の黒フードが頭から外れてしまったからだ。

 そして露になった少女の、姫乃と全く同じ顔の、黒髪紅眼の童顔を見たことによって。

 

「嘘、だろ………?」

 

「空無さんと………同じ顔!?」

 

 古城と雪菜も驚きの光景を目にして言葉を失う。

 目の前の姫乃とそっくりの少女は、素顔を知られても特に動揺せず自己紹介をした。

 

「ワタシの名は〝イプシロン〟。No.5のウロボロス」

 

「〝イプシロン〟………No.5のウロボロスだと!?」

 

イプシロン(ε)〟と名乗った少女の正体に驚きを隠せない那月。

〝イプシロン〟はそんな彼らを無感動な瞳で見つめ言う。

 

「ワタシたちは本体のウロボロス、即ち〝ミデン(0)〟に生み出された分身体。故に死んだところで〝ミデン〟が消滅することはない」

 

「……………」

 

「〝イプシロン〟であるワタシが死のうとも、オマエたちが〝空無姫乃〟と呼んでいる〝エータ〟が死のうとも。〝ミデン〟は平気」

 

 淡々と言葉を紡ぐ〝イプシロン〟。そんな彼女は古城達を見回して再度問う。

 

「〝エータ〟は、〝空無姫乃〟は本体の、〝ミデン〟の分身体でしかない存在。それでもオマエたちは、あの子を助けたい?」

 

「当たり前だ!」

 

〝イプシロン〟の問いに古城が即答する。

〝イプシロン〟は驚いたように瞳を見開く。

 

「………どうして?」

 

「どうしても何も、空無が俺達と出会ったウロボロスだからだよ。あいつが偽者だろうが何だろうが関係ねえ!俺はあいつを助けたい………ただそれだけだ」

 

 古城がそう答えると、〝イプシロン〟は驚きを隠せない。

 本体ではない分身体に拘るのは何故なのか、彼女には理解出来ないようだ。

〝イプシロン〟は雪菜と那月に目を向けて、

 

「オマエたちも、〝エータ〟を救いたい………?」

 

「はい。空無さんはワガママですが、命令に忠実な方なので、教育していい子にするのが私の目標ですから」

 

「………え?」

 

 雪菜のずれた回答に困惑の表情を浮かべる〝イプシロン〟。

 そんな彼女に、今度は那月が答えた。

 

「無論だな。姫乃は近い未来、正式に私のメイドラゴンにするからな。こんなところでくたばってもらっては困る」

 

「………そう」

 

 那月の発言にきょとんとする〝イプシロン〟。幾ら分身体だからといって魔女風情の彼女の実力を〝エータ〟が認めるとは思えない。

 しかし古城も、雪菜も、那月も〝エータ〟を救いたいと願うのならば、協力するのは吝かではない。

〝イプシロン〟は古城達の想いを受け止め、コクリと頷いた。

 

「分かった。そこまでして〝エータ〟を救いたいのなら、ワタシが目的地に連れていく」

 

「え?それは本当か!」

 

「うん。〝エータ〟はウロボロスNo.8だから、No.5のワタシにとっては妹のような存在。故にオマエたちに(エータ)の命を任せる」

 

「おう、任された」

 

 力強く頷く古城。雪菜と那月も、これで姫乃を助けられる、と安堵した―――瞬間、

 

「………行ってらっしゃい」

 

〝イプシロン〟はパチンと指を鳴らして古城達をキーストーンゲート最下層へ跳ばした。

 そして今に至る。

 

 

 

 

 

 キーストーンゲート最下層。

〝イプシロン〟の協力を得て無事にオイスタッハ達の下へ辿り着いた古城達。

 強制転移させられないのは、唯一神の力を無効化出来るだけの力が〝イプシロン〟にはあるようだ。

 オイスタッハは、ふむ、と那月を険しい顔で眺め、

 

「あの時は我らの主から与えられたこの力を試したくて周りに目を向けていませんでしたが………よもや魔女の正体は貴女でしたか―――〝空隙の魔女〟」

 

「ふん。だったら何だ?怖くなったから大人しく捕まる気にでもなったか?」

 

 那月がフッと笑いながら訊くと、オイスタッハは首を横に振った。

 

「まさか。如何に魔族殺しの魔女とはいえ、悪魔と契約した我らの主の敵であるに違いありません。そんな貴女に、私が大人しく捕まるとでも?」

 

 黄金の戦斧を掲げて嘲笑うオイスタッハ。

 チッ、と舌打ちした那月は黒鎖を消して古城と雪菜に振り向いた。

 

「殱教師の相手は私がやろう。暁と転校生は人工生命体(ホムンクルス)を押さえろ」

 

「な、那月ちゃん?けど相手は神の力を与えられてるから相性は悪いんじゃ」

 

「何だ暁。私があの殱教師に負けるとでも言いたいのか?」

 

「い、いや、別にそうは言ってないが………」

 

「ふん。相手は魔族との戦闘経験が豊富な祓魔師だぞ。おまえたちには荷が重いと思うがな」

 

 それを言われたら確かにと思う。実際に雪菜が苦戦するほどの強敵だ。ここは魔女である那月が適任なのかもしれない。

 古城は頷いて那月に言った。

 

「分かった。オッサンの相手は任せるぜ那月ちゃん!俺と姫柊で眷獣憑きを倒す」

 

「ああ」

 

 役割を決めた古城達は頷き合い、それぞれの倒すべき相手の前に立ちはだかる。

 しかしオイスタッハは、古城を憐れみの眼差しで見つめ、

 

「第四真祖でありながら、一体も眷獣を扱えない貴方が、我らの主によって新たに齎された強大な眷獣を有するアスタルテに勝つおつもりですか?」

 

「そうだな。あの時の俺だったら、勝ち目がなかっただろうな」

 

 何?と不可解な発言をした古城を、怪訝な瞳で見るオイスタッハ。

 古城は獰猛に笑って右腕を掲げる。するとその腕からは稲妻が迸り、強大な魔力が放出した。

 

「今の俺には()()()の力がある。だから神に与えられた眷獣だろうが何だろうが負けてやる気はねえよ」

 

「………ぬ、」

 

「神と戦闘中のあいつを救うために、〝禁書(それ)〟は破壊させてもらう!行くぜオッサン―――ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ」

 

 雷光を纏った右腕を掲げたまま吼える古城。

 その隣で寄り添うように銀槍を構えて、雪菜が悪戯っぽく微笑んだ。

 

「いいえ、先輩。わたしたちの戦争(ケンカ)、です―――!」

 

 そんな二人に、ふん、と鼻を鳴らして那月が並び立つ。

 

「姫乃は私のメイドラゴンだぞ。これは私の戦争(ケンカ)だ」

 

 

 

 

 

 最初に動いたのは那月だ。虚空から無数の銀鎖〝戒めの鎖(レージング)〟を撃ち放ち、オイスタッハを搦め捕ろうとする。

 が、オイスタッハは、那月の銀鎖を躱そうとはせず、ただ己が持つ金斧を一閃した。

 たったそれだけで天部の遺産たる魔具は呆気なく粉々に砕け散った。

 驚愕の表情を見せる那月に、オイスタッハは豪快に笑う。

 

「無駄です、〝空隙の魔女〟。そんなものでは今の私を捕らえることは出来ませんよ!」

 

「チッ、この鎖はまがりなりにも神々が鍛えたものなんだが………神の力が相手では通じないか」

 

 オイスタッハの金斧の一撃を避けながら舌打ちする那月。

 唯一神が与えた力は伊達じゃないらしい。恐らく黄金の錨鎖〝呪いの縛鎖(ドローミ)〟を以てしても、あの金斧に打ち勝つのは無理だろう。

 そう。金斧()()。那月は、オイスタッハ本人の力が強化されているわけではないことを見抜くと―――彼目掛けて一直線に駆け出した。

 オイスタッハは、そんな憐れな魔女を真っ二つに斬りさかんと金斧を縦に一閃する。が、

 

「………む!」

 

 那月は一歩左に動いただけで躱してみせた。

 そしてそのままオイスタッハの懐に飛び込み、

 

「フッ―――!」

 

「ぐっ!?」

 

 掌底………ではなく、それはハッタリ。本命は至近距離からの不可視の衝撃波。

 至近距離から不可視の衝撃波をオイスタッハの腹部に叩き込んだ。

 防御も間に合わずまともに喰らったオイスタッハの巨体は吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 しかし防御以前に装甲強化服に護られているため、ダメージは少ないようだ。

 起き上がるオイスタッハを見つめ、チッと那月は舌打ちする。

 

「流石に防具は壊れないか。戦斧には神の力があるから鎖じゃどうにもならん。さあ、どう攻略するべきか」

 

「………ふふ、先程のは防具がなかったら危なかったですが、その程度の攻撃では、我が聖別装甲の防護結界を破ることは敵いませんよ」

 

 那月を嘲笑するオイスタッハ。

 そんな彼を、那月はニヤリと笑って返す。

 

「ああ、そうだな。そういうことなら―――こいつはどうだ?」

 

 そう言って那月は、虚空から一本の金鎖〝呪いの縛鎖〟を撃ち出す。

 砲弾の如き勢いで迫る金鎖を、オイスタッハは鼻で笑い、

 

「無駄だというのが、分からないのですか?」

 

 金斧を振るって〝呪いの縛鎖〟に叩きつけて斬り裂き跡形もなく粉砕する。

 オイスタッハは笑いながら那月を見るが、彼女の表情は笑みを浮かべたままだ。

 オイスタッハがそれを不可解に思った瞬間、

 

「―――ガッ!?」

 

 彼の視界が、ぐらりと揺れた。苦痛も衝撃もないが、酩酊したように平衡感覚が失われる。

 オイスタッハは即座に、空間制御の魔術によって脳を直接揺さぶられたのだと直感した。

〝呪いの縛鎖〟による攻撃は囮。本命は脳を揺らして意識を刈り取ることだったのだ。

 完全に油断した。装甲で護られていない頭など、格好の標的だということを。

〝空隙の魔女〟には、相手の体の内部に魔術を仕掛けることが可能だということを。

 

「油断したな、殱教師。貴様の戦斧(オノ)相手に鎖が通じないことは織り込み済みだ。囮の攻撃に引っかかったのと、神の力に頼りすぎた貴様の敗けだ」

 

 那月は、ほくそ笑むとオイスタッハに向けて虚空から無数の銀鎖を撃ち出す。

 それらをオイスタッハは、遠のきかけた意識を気合いでつなぎ止めると、今出せる全力で後方に跳び間一髪で回避した。

 最後の悪足掻きをしたオイスタッハを、感心したように那月が見つめる。

 

「ほう、よく躱した。だが、これで終わりだな」

 

「………ッ!」

 

 那月は、オイスタッハの周囲の虚空から無数の銀鎖を撃ち出す。

 流石の彼も、これらは躱せないと踏み、だがしかし、捕まるものかと、やぶれかぶれに金斧を振り回した。

 その滅茶苦茶な金斧の攻撃は、約半数の銀鎖を断ち斬り、粉々に砕いたが、残り半数の銀鎖がオイスタッハの全身を搦め捕り、決着がついた。

 戦闘を始めて僅か一分弱で、那月とオイスタッハの戦いは、那月に軍配が上がった。

 が、オイスタッハが敗北しようとも、アスタルテの動きが止まるわけではない。

 アスタルテの主は、オイスタッハと唯一神の二人なのだから。

 那月は、苦戦を強いられている古城と雪菜を眺め、ぼそりと呟くのだった。

 

「………そっちは任せたぞ、暁、転校生」

 

 

 

 

 

 少し遡り、戦闘開始と同時に動きを見せた那月。その彼女に続くように飛び出したのは、雪菜だった。

 銀の槍〝雪霞狼〟を片手に先制攻撃を仕掛けた雪菜は、アスタルテが大事そうに抱えている〝禁書〟に銀槍を突き立てようとする。

 その突きをアスタルテは無感動な瞳で見据えると、口を開いて眷獣を召喚した。

 

執行せよ(エクスキュート)、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 その瞬間、アスタルテを護るように二本の虹色の巨大な腕が()()より出現して、雪菜の銀槍を受け止めた。

 そう。本来は眷獣で防ぐことさえ出来ない一撃なのだが、それを〝薔薇の指先〟の巨腕が受け止めたのだ。

 

「〝雪霞狼〟が………止められた!?」

 

 あらゆる結界を切り裂く〝神格振動波駆動術式(DOE)〟。それは如何なる魔力、眷獣であっても防げるはずがないのに。

 防げるはずがないのに、アスタルテの〝薔薇の指先〟は受け止めている。防いでいる。

 これは一体どういうことか。雪菜はその理由を解明すべく一旦距離を取り、アスタルテの眷獣〝薔薇の指先〟の巨腕を凝視し、ハッと異変に気がついた。

 よく見たら〝薔薇の指先〟の巨腕は、青白い輝きを纏っているではないか。

 

「ま、まさか………〝雪霞狼〟と同じ能力!?」

 

「肯定」

 

 那月と戦闘中のオイスタッハに代わり、アスタルテが応える。

 そんな………と雪菜が項垂れる。自分のせいで敵を強くしてしまったと後悔する。

 古城は、雪菜の肩を叩いて励ます。

 

「そんなこと気にするなって。どのみちオッサンたちには神がついてるんだ、姫柊の力を模倣されんのだって時間の問題だよ」

 

「先輩………はい、ありがとうございます。そう言っていただけて、心が救われました」

 

「そっか。それはよかった」

 

 古城は、正気を取り戻した雪菜を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 それから古城は、雪菜を庇うように前に出てきて、

 

「悪いな。俺たちは一刻も早く〝禁書(それ)〟を破壊しなきゃならねえんだ。だから、死ぬなよ、眷獣憑き!」

 

「………ッ!?」

 

 アスタルテは、危険な予感がして咄嗟に身構える。

 古城は、アスタルテに向けて右腕を突き出す。その腕から、鮮血が噴いた。

 

「〝焔光の夜伯(カレイドブラッド)〟の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ―――!」

 

 その鮮血が、輝く雷光へと変わる。先程放出した稲妻以上が発生し、膨大な光と熱量、衝撃を生み出す。

 それはやがて凝縮し巨大な獣の姿をした。

 

()()()()、五番目の眷獣〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟―――!」

 

 出現したのは、雷光の獅子。戦車程もある巨体は、荒れ狂う雷の魔力の塊。

 その全身は目が眩むような輝きを放ち、その咆哮は雷鳴のように大気を震わせる。

 雪菜の血を、強力な霊媒の血を大量に飲んだからか、〝獅子の黄金〟がやる気満々のようだ。

 早く暴れさせろ、と〝獅子の黄金〟が古城に目で訴えかけてくる。

 古城は、ああ、と頷き、己の眷獣に命令を出す。

 

「頼む、五番目(ペンプトス)。〝禁書(あれ)〟を破壊してくれ!」

 

 古城の命令を聞いた五番目もとい〝獅子の黄金〟は、一本の巨大な雷と化して〝禁書〟をアスタルテごと貫こうとした。

 アスタルテは、古城の眷獣に匹敵する眷獣を召喚することで迎え撃った。

 

「お願いします―――〝ベヒモス〟」

 

 アスタルテの声に応えて〝獅子の黄金〟よりも巨大な眷獣が姿を現す。

 サイとカバを融合したようなもので、杉の枝のようにしなやかな尾、青銅と鋼鉄の骨格、巨大な腹を持つ獣だ。

 ベヒモス。それは『旧約聖書』に登場する陸の怪物ないし怪獣。一説には豊穣の象徴(シンボル)であり、また悪魔と見なされることもある。

『旧約聖書』の内容から転じて、〝暴飲暴食〟を司り、ひいては〝貪欲〟を象徴する。レヴィアタンが〝嫉妬〟を対応してるため、ベヒモスが〝暴食〟或いは〝強欲〟に対応しているかのように説明されることがあるがこれは誤りであり、七つの大罪とは関係がない。

 唯一神が天地創造の五日目に造り出した存在で、同じく唯一神に造られ海に棲むレヴィアタンと二頭一対を成すとされる。空に棲む〝  〟を合わせて三頭一対とされることもある。

 レヴィアタンが最強の生物と記されるのに対し、ベヒモスは唯一神の傑作と記され、完璧な獣とされる。

 その〝ベヒモス〟が真正面から〝獅子の黄金〟の雷撃を受け止めた。

 それを見た古城は、ぎょっと目を剥く。

 

「な、マジかよおい!?」

 

 古城の、第四真祖の眷獣の一撃を、アスタルテの眷獣〝ベヒモス〟が防いだ。それは即ち、この〝ベヒモス〟は真祖の眷獣に匹敵するということを意味していた。流石は唯一神の被造物といえよう。

 しかし古城の眷獣も負けてはいなかった。体格差があるのに、〝獅子の黄金〟は〝ベヒモス〟を少しずつ押し返している。世界最強の吸血鬼の眷獣は伊達じゃないらしい。

 いける!古城がそう思ったその刹那、

 

「………え?」

 

 ガクン、と古城の膝が折れてそのまま地面に片膝を突いた。

 古城の、まるで急に力が抜けたような倒れ方に雪菜は驚きの声を上げる。

 

「せ、先輩!?」

 

 古城の傍に駆け寄り心配そうに見つめる雪菜。

 古城は、大丈夫だ、と彼女を右手で制し、

 

「俺があのデカブツを押さえてるうちに、姫柊は〝禁書(あれ)〟を破壊してくれ!長くは持ちそうにねえからな………!」

 

「………!わかりました、やってみます」

 

 雪菜は頷くと、古城から離れて祝詞を紡ぎ始めた。

 

「―――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

 雪菜が祝詞を紡ぎ始めたと同時に、〝ベヒモス〟が〝獅子の黄金〟に喰らいついた。

 そして〝ベヒモス〟は〝獅子の黄金〟の右腕を肩口から喰い千切り、古城の魔力を喰らう。

 ぐおおおおお!?と眷獣が傷ついたことによる魔力の反動を受けた古城が苦痛に顔を歪め叫びを上げる。

 が、古城はこれしきと耐えた。痛い思いをしてるのは五番目(あいつ)も同じなんだ、と自分に言い聞かせる。

 雪菜は、苦しむ古城が気がかりだが、彼を信じて祝詞を紡ぎ続けた。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 祝詞を紡ぎ終えた雪菜。その彼女が持つ銀槍は青白い輝きを放っていた。その光の形は細く、鋭く、まるで光り輝く牙のようだった。

 雪菜はその青白く輝く槍を片手に駆け出した。狙うは、アスタルテの抱えている〝禁書〟。

 雪菜が銀槍を構えて一直線に駆けるなか、アスタルテは、ハッと雪菜に気がついて、

 

「―――〝薔薇の指先〟!」

 

 アスタルテは〝薔薇の指先〟の両腕をクロスさせて防御の体勢に入る。当然、青白い輝きを、神格振動波を纏っている状態で。

 雪菜は、それを承知の上で銀槍を〝薔薇の指先〟の腕に突き立てた。

 

「〝雪霞狼〟!」

 

 次の瞬間、雪菜の銀槍が、アスタルテの防御結界を突き破って、〝薔薇の指先〟の腕に深々と突き刺さり、貫通した。

 

「………っ!」

 

 眷獣のダメージが逆流してきて、苦痛の表情を浮かべるアスタルテ。

 肝心の〝禁書〟は………無事だった。あと数センチのところで青白く輝く刃が届くのに、止まってしまっている。

 あと少しなのに………!雪菜が悔しそうな顔をして諦めかけた、その時。

 

「どいてろ、姫柊!」

 

 古城が、雪菜の下へ駆けながら叫んだ。

 

「―――!はい!」

 

 雪菜は、古城の意図を察して銀槍から手を離し横に跳ぶ。

 それを確認した古城は拳を引き絞ると、そのまま銀槍の柄の先端を全力で殴りつけた。

 

「うおおおおお―――!!」

 

「………ッ!!?」

 

 古城の魔力を一切使用しない、全力の一撃。それは〝薔薇の指先〟の腕を串刺しにした状態で止まっていた銀槍を少し押し出し、青白く輝く刃の尖端が〝禁書〟に触れた。

 すると、まるで最初からそんな本は存在していなかったかのように、〝禁書〟は跡形もなく消滅していった。

 

「………ぁ……」

 

 アスタルテは、〝禁書〟の消滅を確認すると、力が抜けたのか、ぺたんとその場に座り込んでしまった。

 戦意喪失。アスタルテの召喚していた二体の眷獣〝薔薇の指先〟と〝ベヒモス〟が消滅する。

 それを見た古城と雪菜は、ハイタッチを交わした。これで姫乃は助かると喜びの笑みを浮かべながら。

 完全敗北したことを悟って、銀鎖で捕縛されたオイスタッハは悔しそうな顔でアスタルテを見る。

 一方の那月は、古城と雪菜の背を微笑ましく眺め呟いた。

 

「ふふ、上出来だ………暁、転校生」

 

 キーストーンゲート最下層での戦いは、古城達の勝利で幕を下ろす。

 それは、唯一神による姫乃殺害まで、あと一分を切っていた頃だった。




次回こそ一巻完結させます。

〝イプシロン〟は〝エータ〟もとい姫乃と同格。分身体同士の接触は禁止。破れば………両方とも強制消去される。

〝ミデン〟はウロボロスの本体故に正真正銘の最強。分身体達とは違い〝禁書〟の影響を一切受けない。とある空間から出られないため登場は滅多にない。

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