ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫―   作:アヴ=ローラ

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思ったより文字数が多くなってしまったので一巻終了は次回に持ち越しです、すみません。


聖者の右腕 拾

 絃神島北地区(アイランド・ノース)の研究所街―――スヘルデ製薬の研究所。

 姫乃と唯一神(ヤハウェ)が衝突している頃、古城たちは、姫乃の言っていた〝禁書〟を破壊するべく、オイスタッハたちの隠れ家であるスヘルデ製薬の研究所に来ていた。

 古城たちが姫乃を取り戻してから経過した時間は半刻も満たないため、まだオイスタッハたちはここにいると踏んだのだ。が、

 

「―――いない!?」

 

 予想とは反して、オイスタッハたちの姿はなかった。

 

「どこ行ったんだよ、あのオッサンたちは!」

 

 クソ、と乱暴に頭を掻き毟る古城。早く〝禁書〟を破壊しないと、姫乃がやられてしまう。

 苛立つ古城の手に、雪菜が自分の手を重ねて宥めた。

 

「落ち着いてください先輩。きっとこの部屋のどこかに、彼らの行き先を示す手がかりがあるはずです」

 

「どこかにって、どこにだよ?そんなの、呑気に探してる暇なんてあるわけねえだろ!」

 

 手がかりを探すなどと呑気なことを言う雪菜に、冷静さを失っていた古城は、思わず怒鳴ってしまった。

 ハッと我に返って雪菜の顔を窺う古城。彼女の表情は、無表情ではなく、焦燥の色が浮かんでいた。

 早くしたいのは雪菜も同じだった。だが、焦れば焦るほど要点を見逃しやすい。故に冷静にならなければいけないのだ。

 那月は、やれやれ、と打つ手なし状態の古城たちを見つめ、

 

「あの殱教師共を見つける方法ならあるぞ」

 

「「え?」」

 

 那月の言葉に、古城と雪菜が同時に振り向く。なんですと、という感じに。

 

「本当か、那月ちゃん!」

 

「教師をちゃん付けで呼ぶな。………ふん。姫乃を捜索したときと同じ方法を使えば、簡単に辿り着ける」

 

「………南宮先生が空無さんにもらった、魔力追跡能力をもつ〝飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟ですか?」

 

 雪菜が聞き返すと、那月は首肯した。

飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟。それは、姫乃(ウロボロス)が最初に産み落とした九体の子のうちの一体―――元は北欧神話の蛇ないし龍であった怪物ニーズヘッグ。その能力が与えられた特殊な黒鎖のことだ。

 その能力は二種類。

 一つ目は、捕らえた、もしくは囲った相手の魔力を奪い取る吸収型。

 二つ目は、使用者の魔力を喰らうことで、相手をどこまでも追いかける追尾型。

 姫乃の捜索時にこの鎖を利用したのは、彼女の莫大な魔力の気配を頼りに、黒鎖が魔力の波動を遡ることで、発信源を特定できるのではないかと推測したからだ。

 結果は見事成功し、姫乃をすぐに発見できた。

 

「けど那月ちゃん。空無とオッサンたちの魔力量では、天と地の差ほどあると思うんだが………見つけられるのか?」

 

「その点なら問題ない。姫乃がくれた鎖だからな、万能でなくてはむしろ困る」

 

「なんだその安心要素の欠片もない理由は!?」

 

「なにを言う暁。姫乃は私の優秀なメイドラゴンだ。家事全般を完璧にこなす、全能のメイドだぞ」

 

「いや、家事云々は今の話と関係ないよな!?」

 

 姫乃の家事技術(スキル)はたしかに気になるけど、とツッコミを入れながら付け足す古城。

 那月は、くく、と笑って古城を見つめ返し、

 

「―――だが、試してみる価値はあるだろう?なんの策もないまま路頭に迷うよりはな」

 

「それは………そうだけど」

 

 那月の提案に、古城は賛否を決められず迷う。

 たしかに那月の言い分は一理ある。だが、宛が外れたら姫乃を助けられなくなる。その可能性もあるが故に、〝(YES)〟とは言い難いのだ。

 けど、手がかりを探している時間も惜しい。それに探したところでオイスタッハたちのことだ、足がつかないように手がかりになりそうなものは何一つと残していない可能性が高い。

 ならば答えは決まっているじゃないか。古城は、グッと拳を握り締めると、真剣な表情で那月を見つめて、

 

「わかった。頼む那月ちゃん。オッサンたちを、空無のときと同じ方法で捜してくれ」

 

「いいだろう。だがな、暁」

 

「ん?―――ぐおっ!?」

 

 不意に、古城の額に激痛が走り、彼は仰向けに転倒した。頭蓋骨が陥没しかねない一撃を、那月からもらったからだ。

 那月は、ふん、と不機嫌な表情で鼻を鳴らし、

 

「おまえは今日一日どれだけ私をちゃん付けすれば気が済むんだ!?私をちゃん付けで呼ぶな!」

 

 痛む額を押さえた古城は、天井を見上げて弱々しく呟く。

 

「くそ………体罰反対………だぜ」

 

 ぶつぶつ何かを言う古城を、那月は冷ややかに見下ろしたのち、雪菜の方に目を向ける。

 

「―――そういうことだから、転校生も構わないな?」

 

「え?あ、はい。よろしくお願いします、南宮先生。………ですが、その前に一つ、いいですか?」

 

「なんだ?」

 

 那月が聞き返すと、雪菜は古城の下へ歩み寄り、

 

「先輩」

 

「ん、姫柊?どうし―――」

 

 古城が、雪菜の方へ振り向くと、雪菜がいつの間にかギターケースから取り出していた銀の槍の、その刃を自分の首筋に押し当ていた。

 それから雪菜は、スッと音もなく槍を引いて、自分の首筋を薄く切り裂いた。

 

「は?なにやってんだ姫柊?」

 

「先輩。わたしの血を………吸ってください」

 

「え?なんで!?」

 

 唐突な雪菜の申し出に、戸惑う古城。正直、雪菜の意図が古城には解らなかった。

 雪菜は、溜め息混じりに古城を見返して、

 

「まさか先輩、眷獣なしで彼らに挑むつもりだったんですか?」

 

「うっ………けど仕方ないだろ!第四真祖のことを知ったところで、俺には従える眷獣は一体もいねえんだから」

 

 子供のように拗ねる古城。約束通り姫乃から第四真祖の情報を聞くことができたが、眷獣(彼女)たちが古城を認めることはなかった。

 傀儡されている振りをしていた姫乃と、古城は一戦交えたことで、〝 番目〟が彼女の魔力に警戒して覚醒の兆しを見せようとしていた。が、魔力による攻撃を古城は受けなかったからか、暴走も、〝 〟の魔力を放出させることすらできていない。

 古城にとっても、〝 番目〟にとっても、中途半端なもどかしい状況にある。〝 番目〟は、数ヵ月ぶりに天敵たる姫乃(ドラゴン)の魔力を感じ取って、暴れてやりたい衝動に駆られた。けど、吸血童貞の古城に力を貸すのは癪だと思い、暴れたい気持ちを抑え、今も大人しくしている。

 古城もまた、せっかく眷獣(彼女)たちのことを知れたというのに、使役してやれない自分の不甲斐なさに苛立ちを感じていた。

 勿論、どうすれば眷獣(彼女)たちを使役できるか、その方法は姫乃から聞いている。しかし、その方法は―――

 

「ですから、わたしの血を吸ってください。空無さんは、第四真祖の眷獣を覚醒させるには、強力な霊媒が必要だと言ってました」

 

「ああ。だけど、姫柊はいいのか?姫柊は、俺を監視し、危険と判断したら抹殺するようにと、獅子王機関(アイツら)が派遣した仮採用(見習い)の攻魔師なんだろ」

 

「はい。ですが今回の場合(ケース)は仕方がないと思います。相手は〝聖書の神〟から強大な力を与えられていますし、さらにはその〝神〟は、獅子王機関(我々)がどうすることもできなかった〝混沌の龍姫〟を斃し得る状況まで追い詰めていますから」

 

 そうだな、と雪菜の意見に賛同する古城。今回の件は穏やかではない。何せ異界に棲まう〝神〟が関わっている。姫乃を殺す(滅ぼす)ために。

 その姫乃を助けるためには、眷獣が、強大な力が必要だ。直接〝神〟に挑むわけではないが、その〝神〟の加護を受けている彼らを倒すのは容易ではない。

 彼らを倒し〝禁書〟を破壊するには、雪菜や那月の力だけでは厳しい。古城の、第四真祖の眷獣が必要なのだ。

 

「………本当にいいのか?姫柊は俺なんかの為に血をくれて。後悔しないか?」

 

「はい。私は平気です。それに先輩は、あのとき私を助けてくれましたから。そのお礼と思ってください」

 

 雪菜はそう言って微笑む。たしかにあの時、古城が駆けつけなかったら、今の雪菜は存在しなかっただろう。

 だが、その救った者の血を吸うのはどうか。それに万が一、血を吸って彼女を〝血の従者〟にしてしまったら元も子も無い。

 古城のそんな葛藤を別の意味で捉えた雪菜は、あっ、と思い出したように呟き、

 

「このままじゃ先輩の吸血衝動は引き出せませんでしたね」

 

「は?」

 

 雪菜の発言に古城が間の抜けた声を洩らす。雪菜は気にせず唐突にボタンを外して胸元をはだける。

 白い肌と細い鎖骨。そしてほっそりとした首筋が露になる。

 それを見た古城はぎょっと目を剥いて驚愕した。

 

「ちょっと待て姫柊!いきなり何やってるんだよ!?」

 

「何やってるって、それは先輩が血を吸いやすいようにしているだけです」

 

「はあ!?俺はまだ血を吸うとは一言も」

 

「早くしてください!先輩は空無さんが死んでもいいんですか!?彼女は今は先輩の従者なんですよ!助けないつもりですか!?」

 

 ぐっ、と言葉が詰まる古城。雪菜の血を吸いたくはないが、姫乃は助けたい。何故なら姫乃は古城の一日従者中なのだ。

 勿論理由はそれだけではなく、ちゃんと更正してくればいい子になってくれる気がするし、友達にだってなれる。

 それに雪菜のあられもない姿を目の当たりにしている古城は………限界だった。

 古城は唐突に雪菜を抱き寄せて、

 

「本当にいいんだな、姫柊」

 

「………はい。私は平気です。覚悟は決めていますから」

 

 雪菜は口でそう言うものの、いざ吸血鬼に吸われるとなると恐怖で体が震えてしまう。

 古城は、無理しやがって、と苦笑する。だが雪菜の覚悟を無下にするわけにはいかないし、既に発症している吸血衝動は抑えられない。

 古城は口を開けて牙を、雪菜の首筋に突き立てた。

 

「あ、痛………先ぱ………い………」

 

 雪菜はきつく目を閉じてその痛みに耐える。雪菜の唇から弱々しい吐息が洩れる。

 やがて古城の腕に抱かれた雪菜の身体から力が抜けていく。

 暫くして吸血を終えた古城は牙を抜き取り、ぐったりとした雪菜の体を支える。

 相手が神の加護を受けているからということで血を吸いすぎてしまった古城は、気を失っている雪菜を申し訳なさそうに見つめる。

 そんな古城の背を、那月が不機嫌な顔で睨み、

 

「教師の面前で吸血行為とはいい度胸だな暁」

 

「は?し、仕方ねえだろ!必要な事だったんだからさ!」

 

 雪菜を抱きかかえたまま那月に振り返り叫ぶ古城。

 那月は、ふん、と鼻を鳴らすと、虚空から黒鎖〝飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟を出現させた。

 

「まあいい。取り敢えず転校生の乱れた服を直せ暁。それからすぐにやつらの下へ向かうぞ」

 

「あ、ああ―――って俺が直すのかよ!?直してる途中に姫柊が起きたら完全に変態扱いされるんだが!?」

 

「いいから早くしろアホツキ。もたもたしている間に姫乃がやられたなんてことがあったら、私は貴様を許さんからな」

 

「アカツキだ!畜生………やればいいんだろ!」

 

 古城はなくなく雪菜の乱れた服を直した。運よく雪菜は目を覚ますことはなかったが。

 それから古城は、雪菜をお姫様抱っこしたまま、那月と共にオイスタッハ達の下へ急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 場所は変わり、太平洋のど真ん中。

 姫乃は海上にいた。彼女の着ている漆黒の姫ドレスは所々切り裂かれており、肩やら腹、太腿などが露になっている。

 唯一神(ヤハウェ)は上空にいた。姫乃と違って無傷で、右手には光り輝く剣が握られている。

 その唯一神は、海上にいる姫乃を見下ろしてニヤリと笑い、

 

「いい恰好だなレヴィアタンよ。見えそうで見えないその姿は中々そそるな」

 

「………変態」

 

 唯一神(ロリコン)を無感動に見上げて返す姫乃。見えそうで見えないというけど、着せ替え時にバッチリ見られているはずだが。

 が、彼女の表情に余裕はない。何せこちらの攻撃はまるで歯が立たないからだ。

 逆に唯一神の攻撃をまともに喰らえば致命的なのは確実なのだが、

 

「………どういうつもりヤハウェ(やー君)。嬲り殺すんじゃなかった?」

 

 姫乃は服を切られているものの、致命傷は負っていない。軽い切り傷程度しか負っていないのだ。

 それを不可解に思った姫乃が唯一神に問うと、唯一神はクックッと笑い、

 

「安心しろ。貴様の事はちゃんと嬲り殺してやる。今はまだ皮のみで押さえてるだけだ」

 

「………?じわじわと殺る派?」

 

「うむ!ただし相手は幼女(ロリ)限定だがな!他は無論瞬殺してやるぞ!」

 

「………そう」

 

 姫乃は唯一神を冷たい眼差しで見つめる。

 だがそれを聞いて安心した。彼がすぐに自分を殺すつもりがないなら、時間を稼いで古城達が〝禁書〟を破壊してくれるのを待てばいい。

 そうすれば力は戻り、形勢は逆転。力を取り戻した自分に、唯一神は勝てないのだから。

 そんな姫乃の考えを読み取った神は凶悪な笑みを浮かべた。

 

「そうかそうか。(オレ)が貴様をすぐに殺さないから安堵しているんだな」

 

「………ッ!」

 

「だが安堵するのはまだ早いぞ?次、(オレ)が斬るのは」

 

 そう言って唯一神の姿が一瞬で消える。

 姫乃は警戒して周囲に意識を集中―――ザシュ。

 

「………ッ!!?」

 

 しかし集中したところで今の彼女では唯一神の動きを捉えることは出来なかった。

 左の脇腹を斬り裂かれた姫乃は、激痛の余りその場で片膝を突く。

 その彼女の背後には、彼女の血で濡れた光剣を握る唯一神の姿があった。

 唯一神は光剣の切っ先を姫乃に向けて告げた。

 

「―――貴様の肉だからな」

 

「……………!」

 

 皮の次は肉。ならば次は骨を断ちにくるだろう。そして最期は―――心臓か。

 姫乃は冷や汗を掻きながら唯一神から距離を取る。留まっては危険だと予感したからだ。

 その予感は的中する。姫乃のいた所に唯一神の光剣が奔り―――海面を深々と抉り取った。

 もしあそこに留まっていたら、致命傷は確実だっただろう。

 

「―――ハッ!!」

 

 姫乃は嫌な汗を掻きながらも、反撃に出る。海面に着地したと同時に両手を上げた。

 

「………む?」

 

 するといつの間に仕掛けていたのか、唯一神の周りに無数の水色の魔法陣が展開し、海水が彼を覆い隠し巨大な水球の中に閉じ込めた。

 唯一神は、ほう、と感心するなか、突如眼前に現れた巨大な怪物の顎に目を細める。

 

「レヴィアタン、最大出力ッ!!」

 

 怪物の顎もといレヴィアタンは巨大な口を開くと、唯一神に向かって特大の気焔(ブレス)を撃ち放った。

 この一撃はスヘルデ研究所の時に見せたものとは比べ物にならない高熱量で、周りの大気も海水も抉りながら突き進む。

 が、唯一神は姫乃の全力を見据えると、光剣を斜めに振り抜いた。

 そして、レヴィアタンの最大出力である気焔(ブレス)を袈裟斬りにして、

 

「………うっ!?」

 

 レヴィアタンの顎ごと姫乃の右肩を深々と斬り裂いた。レヴィアタンにはあらゆる武器を跳ね返す能力があるが、光の斬撃にたいしては意味がない。

 ………いや、レヴィアタンの創造主たる唯一神の一撃故に防げなかったと見るべきだろう。

 姫乃は斬られた右肩を押さえながら唯一神を睨む。まさかここまで実力差があるとは思いもしなかった。

 唯一神はクックッと笑いながら悠然と姫乃に近づいてくる。

 

「いい加減に理解しろ。今の貴様では(オレ)に傷一つつけられんことをな」

 

「……………」

 

「大人しく(オレ)に捕まれ。そしたら楽に死なせてやるぞ」

 

「………断る」

 

 姫乃は唯一神の提案を断る。苦も楽も死ぬのが確定なら断るのは当然な選択だろう。

 その返答に唯一神は、そうか、と姫乃を憐れみの目で見つめ、

 

「それは残念だ。ならば思う存分―――嬲るとしようか!」

 

 そう告げた唯一神は腕を振るう。姫乃は嫌な予感がしてその場から跳び退く。

 すると次の瞬間、姫乃がいた場所に雷霆が降り注いだ。もし跳び退かなかったら雷霆の餌食になっていただろう。

 しかし姫乃が跳び退く瞬間こそ、唯一神の狙いだった。

 

「フンッ!」

 

「―――――ッ!!」

 

 跳び退いた姫乃の眼前に一瞬で現れた唯一神は、彼女の胸倉を掴むと、後ろの壁に叩きつけた。

 その壁はただの壁ではなく―――十字架だった。

 何故こんな所に十字架があるのか。すぐにそれは唯一神の仕業だと理解する姫乃。

 けど、何故こんな所に十字架を出現させたのか、その理由までは理解出来なかった。

 姫乃はその理由を考えるよりも先に、どうやって唯一神の手から逃れるか考え始める。

 そうしているなか、唯一神は空いている方の手で指を鳴らした。

 

「………え!?」

 

 するとその刹那、姫乃の首・両手首・両足首に黄金の枷が出現して彼女につけられた。

 身動きを封じられて驚く姫乃は、すぐさま枷を力任せに破壊しようと試みるが、微動だにしない。

 その上、この枷はただ捕縛するためのものではないようで、

 

「………!?力が………入ら、ない………!?」

 

 そう。どういう原理かは兎も角、姫乃の身動きを封じるだけでなく力も封じ込めたようだ。

 力が入らず姫乃の両手両足がだらしなく垂れ下がる。そんな様子を唯一神は満足げに笑いながら眺めて、姫乃を離して少し距離を取った。

 それから唯一神は光剣を手の中から消すと、代わりに光の槍が手の中に出現する。

 その槍を姫乃に向けた唯一神は、獰猛な笑みを浮かべて言った。

 

「さて、ゲームといこうか。これから一分ごとにこの神の槍で貴様の体を順番に刺していく。我が神槍が貴様の心の臓を串刺しにするのが先か。我が〝禁書〟が破壊されるのが先か。どちらが先か、愉しい愉しいゲームをな」

 

「……………ッ!」

 

 姫乃はゾッと背筋に悪寒が走った。目の前の神は、本気で自分を嬲り殺すつもりなのだと。

 その神は、十字架に磔にされた姫乃に向かって、両手を広げて告げるのだった。

 

「さあ、串刺しの刑を執行しようか!」

 

 

 

 

 

 場所は変わり、海面下二百二十メートル―――キーストーンゲート最下層。

 そこには二つの影があった。

 一つは法衣を纏った金髪の大男、ロタリンギア殱教師ルードルフ・オイスタッハ。

 もう一つは藍色の長髪と薄水色の瞳の少女、人工生命体(ホムンクルス)アスタルテ。

 アスタルテが大事そうに抱きかかえているのは一冊の分厚い本―――即ち唯一神の〝禁書〟というものだ。

 彼らが誰とも接触することなくここに来れているのは、唯一神の力であり、この空間に跳んで来たからである。

 そして、彼らが、もといオイスタッハがここに来た理由は、とあるモノを奪還するためだった。

 それはロタリンギアの聖堂より簒奪された不朽体―――聖遺物と呼ばれるものだ。

 この聖遺物は、西欧教会の〝神〟、即ち唯一神に仕えた聖人の遺体。その遺体の一部の〝腕〟だ。

 これは神の聖性が現世に顕現するための依代であり、それ故に人々の信仰の対象となる。強い聖性を帯びたその遺体は決して腐ることがなく、様々な奇跡を引き起こすという。

 そう。奇跡を引き起こせる。だからこの聖遺物は奪われてしまったのだ。とある計画のために。

 それがこの都市、絃神島設計だった。

 四十年以上も前。レイライン―――東洋でいう龍脈が通る海洋上に、人工の浮き島を建設して新たな都市を築く。それは当時としては画期的な発想だった。

 龍脈が流し込む霊力は住民の活力へと繋がり、都市を繁栄へと導くだろうと誰もが考えたが、建設は難航した。海洋を流れる剥き出しの龍脈の力は、人々の予想を遥かに超えていたために。

 都市の設計者、絃神千羅という男は東西南北―――四つに分割した人工島(ギガフロート)を風水でいうところの四神に見立て、それらを有機的に結合することで龍脈を制御しようとした。が、それでも解決出来ない問題が一つだけ残った。

 それが要石の強度だ。千羅の設計では、島の中央に四神の長たる黄龍が―――連結部の要諦となる要石(キーストーン)が必要だった。が、当時の技術では、それに耐えうる強度の建材を作り出すことが出来なかった。

 故に千羅は許されざる忌まわしき邪法に手を染めた。供犠建材。人柱。建造物の強度を増すために、生きた人間を贄として捧げる邪法に。

 しかし龍脈とは自然界の気の流れであり、その荒々しい力は、人工島の連結部に過大な負担を及ぼす。それを受け止める要石の役目には、生半可な呪術では耐えられない。神の奇跡に匹敵するだけの力がなければ。

 その贄として千羅が選んだのが、オイスタッハ達の聖堂より簒奪した尊き聖人の遺体だった。

 そして何より、魔族達が跳梁する島の土台として、オイスタッハ達の信仰を踏みにじる所業。決して許せるものではない。

 そんな怒りと悲しみの声を聞いた唯一神は、オイスタッハ達に協力することにした。が、勿論ただで神が人間の願いを叶えたりはしない。

 唯一神は、オイスタッハ達の願いを叶える代わりにあるノルマを与えた。それは―――

 

 

(オレ)終末兵器(ウロボロス)を始末するまで、この〝禁書(ホン)〟を護りきれ』

 

 

 ―――というものだった。

 正直、唯一神が〝禁書〟を護りながら姫乃と戦い、彼女を始末する方が確実だと思う。そうせず、敢えてオイスタッハ達に〝禁書〟を託したのは、神として彼らを試しているのだろう。

 ならば、我らの主の試練、見事乗り越えてみせましょう!とオイスタッハは強気で返した。

 それを聞いた唯一神は満足したのち、妻もといアスタルテに〝禁書〟を託し今に至る。

 

「……………」

 

 オイスタッハは黄金の戦斧を片手にアスタルテを見守る。否、彼女の持つ〝禁書〟の方をだが。

 アスタルテもまた抱えている〝禁書〟をじっと見下ろしている。その彼女は、何時でも調整が完了した人工眷獣〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟を召喚出来るように身構えていた。

 唯一神が姫乃の始末を完了するまで、目の前にある聖遺物は取り返すことは出来ない。オイスタッハにとっては非常にもどかしい状況だが、神との誓約は破るわけにはいかないのだ。西欧教会の者として。

 一方のアスタルテは、別段教会の者ではないが、創造主(マスター)たるオイスタッハの言うことは絶対だ。それ故に彼女も動こうとはしない。

 暫しの間は静寂が続いていたが、途端に何かが駆けるような音が聞こえてきて、

 

「―――見つけたぜ、オッサンッ!!」

 

 現れたのはフードがなくなった白いパーカーを着た少年、〝第四真祖〟暁古城。

 それに続いて黒鎖〝飢餓の呪鎖(ニーズヘッグ)〟を動かしてオイスタッハ達の居場所を突き止めた豪華なドレスの少女、〝空隙の魔女〟南宮那月。

 そして最後に、どっかの誰かさんに沢山血を吸われてやや貧血気味ではあるが、戦える意思を見せる制服姿の少女、〝メトセラの末裔〟姫柊雪菜。

 そんな彼らの登場に眉を顰めるも、迎え撃つべく黄金の戦斧を振り上げ肩に担ぐオイスタッハ。

 そんな彼の背に護られているアスタルテは、破壊されまいと〝禁書〟を抱く力を強める。

 再び相見えた彼らだが、その戦いは、恐らく最終決戦となるだろう。

 しかし、古城達がオイスタッハ達の下に辿り着いた時には、もう既に姫乃の串刺しの刑が執行されているのだった。

 

 唯一神が姫乃殺害完了まで、残り十分を切っているのだから………




唯一神に捕まり串刺し刑が執行され絶体絶命の姫乃。
そんななか、古城達は〝禁書〟を破壊するために奮戦するが………
そして明かされる姫乃の正体とは………

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