ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫―   作:アヴ=ローラ

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聖者の右腕 玖

 古城と雪菜、那月の登場に、唯一神(ヤハウェ)は特に驚きもせず見回し、

 

「やはり来たか、貴様ら」

 

「当たり前だ!勝手に那月ちゃん(ひと様)のメイドを、あんたは連れ去ったんだからな。取り返しに来るに決まってんだろ!」

 

 唯一神(ヤハウェ)を睨みつけて吼える古城。一方、那月は姫乃の姿を確認すると、ふん、と鼻を鳴らして唯一神(ヤハウェ)を睨んだ。

 

「姫乃の恰好がメイドではないのは、唯一神、貴様の仕業か?」

 

「如何にも。ふむ?あのメイド服は貴様の趣味だったか魔女」

 

「………だったらなんだ?」

 

「いやなに―――超グッジョブだ!」

 

「は?」

 

 親指を立ててニヤリと笑う唯一神(ヤハウェ)。那月は、なんだこいつ、と不可解そうに眉を顰める。

 唯一神(ヤハウェ)は、くく、と笑いながら姫乃に振り向き、

 

「レヴィアタンよ。ヤツらが取り返しに来たというが………どうする?」

 

「………?どうするもなにも、ワタシのパパはヤハウェ、ママはアスタルテ。アイツらは、知らない」

 

「なっ、」

 

 姫乃の言葉に絶句する古城たち。彼女の表情を見るからに、冗談で言っているようには思えない。

 言葉を失う古城たちを、唯一神(ヤハウェ)は面白そうに嘲笑いながら、姫乃の肩を抱き寄せた。

 

「ま、そういうことだ。レヴィアタンは貴様らのものではない。(オレ)のものだ。分かったら、さっさと失せろ」

 

「……………ッ!!」

 

 殺気を滲ませながら言い放つ唯一神(ヤハウェ)。古城と雪菜が身構えるなか、那月は一歩前に歩み出て、姫乃に視線を向けた。

 

「姫乃。おまえは本当に私や暁古城、姫柊雪菜のことを忘れたのか?」

 

「しつこい。ワタシはオマエらのことは知らないし、知ろうとも思わない。けど、パパやママに手を出すなら―――皆殺しにする」

 

 不機嫌そうな表情と共に莫大な魔力を放出させる姫乃。まるで威嚇しているかのような魔力の放ち方だ。

 那月は、そうか、と深い溜め息を吐いたのち、スッと瞳を細めて、

 

「仕方がない。姫乃がその気なら―――無理矢理にでも連れ帰らせてもらうぞ」

 

 そう告げた那月は、虚空より銀鎖―――〝戒めの鎖(レージング)〟を撃ち出して姫乃を搦め捕りにかかった。

 

「無駄」

 

 姫乃は、水の魔力を放出することで那月の銀鎖を撃ち落とす。

 

「魔女風情じゃ、ワタシは倒せない」

 

 姫乃は、右手を那月に向けて突き出すと、水色の魔法陣が浮かび上がって、そこから水の魔力砲が撃ち出された。

 那月を撃ち抜かんと高速で迫る魔力砲を、

 

「―――はあっ!」

 

 雪菜が銀の槍―――七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)〝雪霞狼〟で切り裂いた。

 魔力を無効化し、あらゆる結界を切り裂く〝神格振動波駆動術式(DOE)〟。この能力なら、〝唯一神(ヤハウェ)〟の被造物であるレヴィアタンの魔力砲といえども打ち消せるようだ。

 雪菜は、そのままの勢いで飛び出して、姫乃に銀の槍を突き立てんとした。もし彼女が操られているのなら、その術式をこの槍で切り裂けるかもしれないと思ったのだ。

 

「やらせませんよ」

 

「―――ッ!?」

 

 その雪菜の進行を遮ったのは、黄金の戦斧。ロタリンギア殱教師、ルードルフ・オイスタッハの一閃だ。

 雪菜は、オイスタッハの戦斧を銀槍で受け止めるが、

 

「………ッ!!?」

 

 余りにも重すぎる一撃に、雪菜は受け止め切れずに吹き飛ばされてしまった。

 

「姫柊!?」

 

 古城は思わず叫ぶが、雪菜は床に身体を打ち付ける寸前に受け身を取って体勢を立て直した。

 

「大丈夫です」

 

 古城に返しつつ、戦斧を片手に近づいてくるオイスタッハを警戒する雪菜。

 オイスタッハは、フフフ、と不気味な笑みを浮かべながら戦斧を構えた。

 

「我らの主が与えてくださったこの力、是非貴女で試させていただきますよ、剣巫」

 

「………!?唯一神に与えてもらった!?」

 

「ええ。故に、前回の私とは一味も二味も違います。我らが主の御力、その身をもって味わいなさい」

 

 オイスタッハの黄金の戦斧が煌めき、雪菜を真っ二つに斬り裂かんと襲いかかる。

 雪菜は、それを受け止めるのではなく、横に跳ぶことで回避した。が、先程まで雪菜が立っていた床は、まるで薪割りのように深々と斬り裂かれていた。

 オイスタッハのデタラメな破壊力を目の当たりにして、雪菜は戦慄する。これが〝神〟の力を与えられた人間が成せる御技なのかと。

 雪菜とオイスタッハが刃を交え始めるなか、古城と那月は、姫乃とアスタルテの二人と睨み合っていた。

 

「………那月ちゃん。空無の相手を、俺にやらせてくれねえか?」

 

「教師をちゃん付けで呼ぶな。………ほう?なにか策でもあるのか暁」

 

「策ってわけじゃないけど………空無を傷つけられる武器なら、持ってる」

 

 古城は、他ならぬ姫乃から渡されていた、彼女を斃せる〝闇の魔剣(ダークネス・ソード)〟のことを那月に伝える。

 その話を聞いて、何故か那月は不機嫌そうな表情で古城を睨み、

 

「それが、本契約者にのみ姫乃から託される魔剣か。本契約者にのみ」

 

「なんで二回言ったんだ!?」

 

「………ふん。いいだろう。おまえが姫乃を止めてこい。悔しいが私では姫乃を止める力は無さそうだからな。人工生命体(ホムンクルス)のお守りで我慢してやる」

 

 那月は、古城が一日だけとはいえど、姫乃と本契約を結べていることが気に入らないようだ。

 が、那月は、フッと真剣な表情に変えて古城を見つめ、

 

「やるからには失敗は許さん。心してかかれ。いいな?」

 

「ああ。はなからそのつもりだ」

 

 古城は頷くと、バッグから魔剣を取り出し、姫乃に向かって走り出す。

 

「させません。執行せよ(エクスキュート)、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 古城に立ちはだかったのは、人工生命体(ホムンクルス)の少女アスタルテ。その彼女が己の身に宿す眷獣―――〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟を顕現させた。

 体長は四メートルほどか。虹色に輝く半透明の巨人は、宿主であるアスタルテを身体の中に取り込んでいる。

 全身を分厚い肉の鎧で覆った、顔のないゴーレムは、巨大な腕を振りかぶり、古城に殴りかかった。

 古城が迎撃しようと拳を握り締めた瞬間、眷獣の腕を銀鎖が搦め捕り、動きを封じ込めた。この鎖は、那月が虚空から撃ち出したものだ。

 

「貴様の相手は私だ、人形娘」

 

「……………」

 

 ふわりと豪奢なドレスを翻らせて宙を舞う那月。人型の眷獣の中で無表情に見上げるアスタルテ。

 古城は、その隙に姫乃の下へ辿り着く。すぐ傍には唯一神(ヤハウェ)もいるが、優先すべきは姫乃の奪還だ。

 

「空無!今すぐに、金髪ローブ野郎から解放してやるからな」

 

「………オマエが何を言ってるのか、ワタシには分からない。でも、パパを悪く言うなら、殺す」

 

 殺意の籠った瞳で古城を睨む姫乃。それとほぼ同時に、彼女の周囲に六つの魔法陣が浮かび上がり、魔力砲が一斉に放たれた。

 それらを古城は、ほとんど勘だけで躱し切る。

 姫乃はムッと眉を寄せて、左手に水の魔力を纏わせると、古城の首を斬り落とすかのように横へ一閃した。

 

「―――くっ!?」

 

 古城は、屈むことで間一髪難を逃れたが、スパン、と白のパーカーのフードが綺麗に切り裂かれて落ちた。

 

「マジかよ、おい!?」

 

 水の刃と呼ぶに相応しい一撃を見た古城は、目を剥いて驚愕する。

 姫乃の攻撃は止まらない。古城の足下に魔法陣を浮かび上がらせると、右腕を振り上げた。

 

「………うおっ!?」

 

 すると、古城の足下から噴水のように水が噴き出し、彼を上に吹き飛ばした。

 空中に飛ばされた古城に、姫乃が目を向けると、彼女の背後から巨大な影が出現した。

 現れたのは、怪物の巨大な顎。怪物はギラギラと光る瞳で古城を見ると、口を開いて灼熱の気焔(ブレス)を撃ち放った。

 

「―――しまっ」

 

 空中にいる古城に、怪物の気焔(ブレス)は躱せない。やられる、そう思った古城の左腕に銀鎖が巻きつき、彼の身体は乱暴に左へ大きく引っ張られ気焔(ブレス)の軌道から逃れた。

 標的を失った怪物の気焔(ブレス)は、天井を易々と熔解させて撃ち抜き、空の彼方へと消えていく。

 古城は、助かった、と安堵するも、床に背中を強打して、痛て、と呻く。那月が乱暴に銀鎖で、古城を引き寄せたのが原因だろう。

 

「あれが龍の気焔(ドラゴン・ブレス)か。凄まじい威力だな」

 

「なに呑気なこと言ってるんだよ那月ちゃん!感心してる場合か!」

 

「ふん。助けてやったのに礼もなしとは、不出来な教え子だな」

 

 やれやれ、と呆れたように溜め息を吐き、古城の腕に巻きついていた銀鎖を解く那月。

 古城は、あ、と感謝の言葉を言い忘れていたことに気がつき、

 

「悪い那月ちゃん。助かった」

 

「ちゃんではない………が、まあいいだろう」

 

 フッと笑みを浮かべる那月。古城は、那月の機嫌が良くなったのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「ところで那月ちゃんの方は、」

 

「ん?ああ。あの人形娘なら、すでに捕獲済みだ」

 

 え、と古城は、那月が指差す方に目を向けると、銀鎖で全身を搦め捕られていたアスタルテの姿が映った。

 オイスタッハが、アスタルテに刻印した術式はまだ未完成なのか、あっさりと那月の銀鎖に捕らわれてしまっているようだ。

 本来なら、オイスタッハが手に入れた雪菜の〝雪霞狼〟のデータをもとに完成しているはずだったのだが、どこぞの〝(ロリコン)〟がアスタルテを着せ替え人形よろしくしていたせいで完成に至っていなかったのである。

 それ故に、天部の遺産である〝戒めの鎖(レージング)〟がアスタルテの眷獣の魔力を封じ込め、結果、実体化を保てなくなった〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟は消滅し、今に至る。

 マジか、と古城が驚いていると、姫乃の表情が怒りに歪んでいた。彼女の背後に控えていた怪物の顎は鎌首をもたげて、アスタルテを拘束していた銀鎖を喰い千切った。

 

「なに!?」

 

 容易く銀鎖を破壊されて驚愕する那月。姫乃ならともかく、彼女の背後にいる怪物に壊されるとは思いもしなかったのだろう。

 姫乃は、怪物の顎を引き戻すと、アスタルテの下へ一瞬で移動して、

 

「ママ、大丈夫?」

 

「はい。私は平気です。ありがとうございます、レヴィアタン」

 

「よかった」

 

 無事と聞いて笑みを浮かべる姫乃。だがしかし、その笑みはすぐに怒りへと歪み、姫乃は那月を憤怒の瞳で睨みつけた。

 

「ママを傷つけた。魔女、オマエは許さない」

 

「―――っ!?」

 

 姫乃は、標的を古城ではなく、那月に変更すると、背後の怪物が咆哮して那月に襲いかかった。

 那月は、チッと舌打ちして虚空から銀鎖を撃ち出すが、怪物の鋭い牙を備えた顎が、その悉くを喰い千切っていく。

 那月が新たに別の鎖を撃ち出そうとして、

 

「待ってください」

 

 アスタルテが姫乃に向かって待ったをかけた。

 キョトンとした表情で姫乃は振り向く。

 

「………ママ?」

 

「魔女の相手は私がします。レヴィアタンは、第四真祖の相手をお願いします」

 

「………わかった。ママ、気をつけて」

 

「はい」

 

 姫乃は、心配そうにアスタルテを見つめるも、気持ちを入れ換えて古城の方へ向き直った。

 那月は、ふん、と鼻を鳴らしてアスタルテを見つる。

 

「貴様の眷獣では、私の相手は務まらんぞ」

 

「そうですね。ですが、(あるじ)様が与えてくださった、もう一体の眷獣はどうでしょう」

 

「なに?もう一体だと?」

 

 那月が眉を顰める。ただでさえ人工生命体(ホムンクルス)が眷獣を宿しているということ自体不思議でならないのに、それがもう一体いると聞けば不可解に思うのは無理もない。

 アスタルテは、まるで神に祈りを捧げるように両手を組み、

 

「お願いします―――〝ベヒモス〟」

 

〝ベヒモス〟。アスタルテがその名を口にした瞬間、彼女の背後から巨大な影が顕現した。

 体長は〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟の倍近くはあろうかという巨躯な怪獣。

 その姿はカバとサイを融合したような異形なもので、杉の枝のようにしなやかな尾と、青銅と鋼鉄の骨格に、巨大な腹を持っていた。

 

「なんだこいつは!?」

 

 古城は巨大な獣の眷獣を目の当たりにして、瞳をいっぱいに見開き動きを止める。

 彼だけでなく、雪菜やオイスタッハも戦闘を中止して、〝ベヒモス〟を見上げていた。

 唯一神(ヤハウェ)だけは満足げに、アスタルテに与えた〝ベヒモス〟を眺める。

 聖書に記された神話の怪物とは程遠い大きさだが、この場を圧倒するには十分過ぎるサイズといえよう。

 

「………それが貴様の、もう一体の眷獣か」

 

「肯定。〝ベヒモス〟は、(あるじ)様が与えてくださった眷獣です」

 

〝ベヒモス〟が放つ圧倒的な魔力に、流石の那月も表情から余裕が消える。

 だが、那月は怯まずに虚空から銀鎖を撃ち出して、巨獣の眷獣を搦め捕ろうとした。

 

「………〝ベヒモス〟」

 

 アスタルテが人工的な声音で告げると、巨獣の眷獣は大きく口を開き―――バグン、と那月の銀鎖を喰らった。

 

「〝戒めの鎖(レージング)〟を喰っただと!?」

 

 驚愕の声を上げる那月。魔力を封じ込める天部の遺産である銀鎖を、逆にその鎖を喰らう眷獣が存在するのかと。

〝ベヒモス〟は、耳を劈くような咆哮を上げると、那月もろとも古城を突き飛ばさんと、猛突進してきた。

 那月は、咄嗟に古城の首根っこを掴んで空間転移の魔術で回避する。そして、眷獣を攻撃に使用して無防備になったアスタルテへと銀鎖を撃ち放つ。

 

「させない」

 

 アスタルテを搦め捕ろうとした銀鎖は、姫乃の小さな拳によって全て撃ち落とされた。

 那月は、チッと舌打ちして着地する。古城は、盛大に尻を床に打ち付けて、痛て、と呻いているが、気にしていられるほど今の那月に余裕はない。

 前方には、姫乃と怪物の顎。後方には、アスタルテの眷獣〝ベヒモス〟。

 前に龍、後ろに獣と、いつの間にか那月と古城は思い詰められていた。

 雪菜の〝雪霞狼〟ならば、唯一神(ヤハウェ)の被造物である〝ベヒモス〟といえど、眷獣として顕現しているのなら無力化できるだろう。が、肝心の彼女は、オイスタッハの相手で手一杯で応援は望めそうにない。

 那月は、暫し黙考して、

 

「………暁」

 

「なんだ、那月ちゃん?」

 

「今から私がおまえを姫乃の目の前に転移させる。だからその魔剣で、姫乃を刺せ」

 

「は?」

 

 古城は一瞬、那月が何を言ってるのか理解できなかった。姫乃を刺せ。それはつまり、殺せということか!?

 

「な、なに言ってんだよ那月ちゃん!空無を殺せるわけねえだろ!?」

 

「違う。そうじゃない。私がおまえに〝姫乃を刺せ〟と言ったのは、致命傷を負わせて弱らせろという意味だ」

 

 那月の言葉に、古城は安堵する。姫乃に致命傷を負わせろ、というのは気が乗らないが。

 

「………仮に空無を弱らせられたとして、それからどうするんだ?」

 

「決まっている。姫乃を捕獲してここから離脱する。唯一神とまともに殺り合える力は、私達にはないからな」

 

 悔しそうな表情で答える那月。今のところ、唯一神(ヤハウェ)は傍観に徹しているが、いつ動きを見せてもおかしくない。恐らく、姫乃かアスタルテを倒したら、唯一神(ヤハウェ)が激怒して那月たちを殺しに来るだろう。

 古城は、そうだな、と目を伏せて返し、

 

「わかった。跳ばしてくれ那月ちゃん!姫乃には悪いけど、魔剣(コイツ)で眠らせる」

 

「………すまんな暁。辛いことを押しつけてしまって。だが、姫乃を奪還するためには」

 

「ああ。必要なことなんだろ?だったら俺はやる。空無(アイツ)を取り戻せるなら、たとえこの手を血で汚そうがやってやるぜ」

 

 ギュッと魔剣を握り締めて言う古城。覚悟は決まった。あとは作戦を無事成功できるか否かだ。

 那月は、よく言った、と笑みを浮かべて、

 

「チャンスは一度きりだ。失敗は許されない。やってくれるな?」

 

「ああ」

 

 古城が首肯すると、那月は、よし、と頷き、彼の背中に手を添える。

 その光景を見ていた姫乃が、スッと瞳を細めて言った。

 

「………今生の別れは済んだ?」

 

 その姫乃の言葉に、那月は、ああ、と返してニヤリと笑い、

 

「今生に別れを告げるのは―――貴様だ」

 

 姫乃にそう告げた刹那、古城の姿が、彼女の視界から消える。

 

「………!?」

 

 だがそれはほんの一瞬だけ。すぐに古城の姿が、姫乃の視界に映る―――眼前に。

 

「―――ッ!?」

 

「うおおおおお!」

 

 姫乃がギョッと目を剥くなか、古城は、魔剣を握り締めて、彼女の胸を貫こうとする。

 それを阻もうと、姫乃の背後にいた怪物の顎が反応して、魔剣を喰い千切ろうと襲いかかる―――が、不意に怪物の顎が動きを止めた。

 

「え?」

 

 古城は、何故怪物の顎が動きを止めたのか、解らなかった。姫乃の満足げな表情を見るまでは。

 ドッ、と姫乃の右胸を魔剣が抉り、貫く。カフッ、と喀血した彼女は、ゆっくりと古城へと倒れ込む。怪物の顎も、彼女が致命傷を負ったことで消滅している。

 アスタルテが瞳をいっぱいに見開かせるなか、古城は気を失った姫乃の背に手を添えて、震えた声でボソリと呟く。

 

「空無、あんたはまさか、最初から………!」

 

 そんな古城を、気絶している姫乃ごと銀鎖で搦め捕る那月。オイスタッハと戦闘中だった雪菜も銀鎖で搦め捕ると、用意していた虚空に浮かぶ空間転移用の(ゲート)へと引き摺り込む那月。行き先は恐らく、那月のマンションだろう。

 

「逃がしませんよ!」

 

 オイスタッハは、離脱しようとする古城たちに戦斧で斬りかかろうとして、

 

「―――構わん。逃がしてやれ」

 

 唯一神(ヤハウェ)に止められた。オイスタッハは、何故、と不可解そうな表情を見せる。

 唯一神(ヤハウェ)は、(ゲート)の消滅を確認すると、ふん、と荒々しく息を吐き、

 

「レヴィアタンは………いや、〝終末兵器(ヤツ)〟は(オレ)たちを騙していた。(オレ)のものに成りすましてな!」

 

 怒りと殺意の籠った声音で、唯一神(ヤハウェ)は、消えた(ゲート)を睨みながら告げた。

 

 

 

 

 

 人工島西地区(アイランド・ウエスト)。那月家。姫乃の寝室。

 古城は、姫乃の右胸を貫いていた魔剣を抜き取り、彼女をベッドに寝かせる。

 古城と雪菜、那月が見守るなか、姫乃の刺し傷はみるみるうちに塞がっていき、致命傷が嘘のように回復した。

 それからすぐに、姫乃は閉じていた瞼を開き、死の淵から覚醒する。

 

「……………」

 

 ゆっくりと上体を起こした姫乃は、古城・雪菜・那月の順に見回す。古城と雪菜が警戒するなか、那月は、フッと笑い、

 

「悪い夢から覚めたか、姫乃?」

 

「………悪い夢?」

 

「ああ。唯一神に操られる悪い夢だ」

 

 瞬きする姫乃に、那月が説明する。それに姫乃は、頭を下げて、

 

「ごめん、御主人様。実はワタシ、ヤハウェ(やー君)に操られてない」

 

「なに?それは本当か?」

 

 那月が聞き返すと、コクリと首肯する姫乃。

 それを聞いて、古城と雪菜は、よかった、と安堵する。が、古城が、ん?と首を傾げて、

 

「じゃあなんで空無は、俺たちに敵対する素振りを見せてたんだ?」

 

「それは………自力で脱け出す力がなかったから」

 

「え?」

 

「あと、古城と雪菜の実力が見れるチャンスだったから」

 

「それが目的かよ!」

 

 前者はともかく、後者の理由を聞いて呆れる古城。結局古城たちは、姫乃のわがままに付き合わされたのだと落胆する。

 苦笑する雪菜は、前者の理由の意味が解らないため、姫乃に訊ねた。

 

「空無さん。自力で脱け出せないとはどういう意味ですか?」

 

「………今のワタシは〝ウロボロス〟じゃない。ヤハウェ(やー君)の被造物レヴィアタン」

 

「え?唯一神の被造物………?」

 

「うん。御主人様に向けて放った魔力砲。雪菜が槍で簡単に無効化できたのは、ワタシが弱体化してる証拠」

 

 あ、とその光景を思い出して雪菜は槍を仕舞っているギターケースに目を向ける。たしかにあの時、姫乃の一撃を〝雪霞狼〟で簡単に切り裂けた。

 本来の姫乃の魔力は、〝雪霞狼〟で無効化しても、無限であるため完全に消滅させることはできない。その彼女の魔力をあっさりと無力化できたからには、弱体化しているのは本当なのかもしれない。

 

「そういえば、唯一神は姫乃のことを〝レヴィアタン〟と呼んでいたな」

 

 那月は、唯一神(ヤハウェ)の言葉を思い出して呟く。

 レヴィアタン。それは旧約聖書に登場する海中の怪物ないし怪獣。悪魔と見られることもあり、キリスト教の七つの大罪では〝嫉妬〟を司る悪魔とされている。

 ちなみに〝嫉妬〟は、動物で表された場合は〝蛇〟となり、レヴィアタンは〝海蛇〟である。

 唯一神(ヤハウェ)が天地創造の五日目に造り出した存在で、レヴィアタンは海を意味し、最強の生物とされる。

 

「ちょっと待て。空無が無理なら、誰があの金髪ローブ野郎を相手するんだ?」

 

ヤハウェ(やー君)ならワタシが相手するから、古城は気にしなくていい」

 

「は?だって勝てないんじゃ………」

 

「うん。今のままじゃ、確実に敗北する。だから、古城たちには、ワタシが弱体化してる原因である―――〝禁書〟を破壊してほしい」

 

「〝禁書〟?なんだそれ?」

 

 古城たちは疑問符を頭に浮かべる。しかし姫乃は、ごめん、と謝罪して、

 

「詳しい話をしている暇はない。でも、〝禁書〟さえ破壊してくれれば、ワタシの力は元に戻る」

 

「わかった。俺たちで〝禁書〟とかいう本?を探して壊せばいいんだな?」

 

「うん。〝禁書〟を持ってるのはヤハウェ(やー君)じゃない。きっと―――」

 

 そこで姫乃の言葉が途切れる。彼女の胸元から生えた白い手の奇襲によって。

 

「か、空無!?」

 

「空無さん!?」

 

 堪らず悲鳴を上げる古城と雪菜。那月も声には出さなかったものの、その顔は蒼白に染まっていた。

 姫乃を背後から手刀で貫いた唯一神(ヤハウェ)は、手応えの無さにムッと眉を寄せる。すると、姫乃の形を創っていたそれは水に変わり、唯一神(ヤハウェ)の手を濡らす。

 本体の姫乃は、水の魔力を纏わせた拳で、唯一神(ヤハウェ)の背後を奇襲返し―――

 

「遅い」

 

「―――っ!?」

 

 ―――できなかった。姫乃の拳は空を切り、逆に背後を取った唯一神(ヤハウェ)が彼女を捕らえた。後ろから抱き寄せるような形で。

 

「………ふむ、この感触………紛れもなく本物だな」

 

「―――っ!」

 

 厭らしい手つきで触ってくる唯一神(ヤハウェ)。姫乃は、それに堪えながら那月たちに向けて叫んだ。

 

「早く行く!」

 

「空無!?でも、」

 

「………ワタシは平気。だからお願い、行って!」

 

「―――っ、那月ちゃん!」

 

 断腸の思いで姫乃に唯一神(ヤハウェ)を任せることにした古城は、那月に叫ぶ。那月は頷き、跳ぶ前に姫乃の方を向き、

 

「………死ぬなよ、姫乃」

 

「うん、わかった」

 

 主人(仮)の那月と、メイドラゴンの姫乃は短く言葉を交わすと、那月は、古城と雪菜を連れてどこかへ転移していった。

 姫乃は、任せた、と那月たちを見送り、

 

「………ヤハウェ(やー君)はいつまでワタシの身体を堪能するつもり?」

 

「ん?無論―――永遠にだ!」

 

「………変態」

 

「変態で結構!どのみち、我が〝禁書〟が壊されない限り、貴様は(オレ)に勝てんのだからな!」

 

「―――くっ、」

 

 唯一神(ヤハウェ)の言う通り、神々の生み出した〝禁書〟の効果は絶対だ。姫乃が自力で破ることはできない。

 勿論、唯一神(ヤハウェ)の被造物であるレヴィアタンに変えられてしまった姫乃は、彼に勝ち目はない。

 唯一神(ヤハウェ)は、くく、と笑って、

 

「さて、英気を養ったところだし―――お仕置きの時間にしようか」

 

「え?」

 

 唯一神(ヤハウェ)の謎の発言を聞くや否や、姫乃が跳ばされた先は―――辺り一面海の場所だった。

 キョトンとした表情で見下ろす姫乃。そんな彼女を解放した唯一神(ヤハウェ)は、

 

「ふん!」

 

「―――ッ!!?」

 

 姫乃を海に蹴落とした。ドバァン!という轟音とともに特大な水柱を上げる。

 その中から、半ば本気の涙を瞳に浮かべた姫乃が、恨めしげに唯一神(ヤハウェ)を睨め上げていた。

 しかし、唯一神(ヤハウェ)は、愉快そうに姫乃を見下ろしたのち、フッと笑みを消して告げた。

 

「………貴様に騙されて、(オレ)は酷く傷ついた。故に(オレ)は執行する!お仕置きという名の―――嬲り殺しをなッ!!」

 

 怒りに顔を歪めた唯一神(ヤハウェ)は、己を欺き騙した狡猾な邪龍(姫乃)に裁きの鉄槌を下した。




アスタルテの新たな眷獣〝ベヒモス〟
能力は、あらゆるものを飲み込む〝無限喰い(エンドレス・イーター)〟。

次回で一巻は完結の予定です。

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