「……どうだ?」
俺の問いかけに、メディアは首を横に振った。 手がかりらしいものは見つけられなかったらしい。
「わずかに魔力の残滓がありますので、魔術師が関わっているとは思うのですが……」
「そうだろうな」
最新の電子セキュリティも魔術の前には形無しだ。それはついさっきメディアが証明してみせた。
もっともこれは初めから予想していたことなので、結局は何も分からないのと同じだ。くそ。
「これからどうなさいますか?」
「…………分からん」
他に答えようがなかった。
俺は今、雪ノ下のマンションにいる。
学校に罠を張り巡らし、誘いをかけたマスター達を迎え撃つ準備を済ませた後、ノートPCを開いてメディアに作戦に必要な操作を教えていた時のことだ。
動作チェックのついでに各監視カメラの映像を確認していたところ、雪ノ下が何者かに襲われているのを発見した。
それで学校を放棄してここに急行したのだが、やはり間に合わずもぬけの空だったというわけだ。
学校には戻れない。今からでは俺達を襲撃しに来たマスター達と鉢合わせる可能性がある。
しかし他に何かが出来るかというと、何も出来ないというのが正直なところだったりする。
なにしろメディアが半月以上もかけて溜め込んだ魔力は、学校を要塞化するのにほぼ全て使ってしまったのだ。ぶっちゃけ途方に暮れるしかない。
「……なあ、これやっぱ聖杯戦争が絡んでると思うか?」
「断定は出来ません。ですが可能性は高いでしょう」
だよな。
「ならそこから当たるしかねえか」
手がかりが何も無い以上、手当たり次第に動く他ない。
「……どうなさるおつもりですか?」
俺の呟きに疑問符を浮かべるメディアに、大したことじゃねぇよと答える。
「何か知ってそうな奴に話を聞くしかねえだろ。……とりあえずは関係者だな」
「あぁ~、もう!最悪!」
朝の9時。
シャワーを浴び、濡れた髪を拭いたバスタオルを、洗濯機に八つ当たり気味に叩き込む。
『ずいぶん荒れてるな、リン』
「当たり前でしょ!?」
霊体化したまま語りかけてきたアーチャーに乱暴に答える。
昨夜、キャスターが潜伏していると思われる学校に強襲をかけた。しかし学校はもぬけの空。だというのに罠だけは大量に設置されていて酷い目に遇わされた。
つーかなんなのよあの底意地悪いトラップの数々は!?どういう性格してたらあんな仕掛けを思い付くわけ!?
どれもこれも殺傷力は無いくせに魔術による防御の隙を突くようなものばかり。特にあの秩序の沼はセイバーすら無力化してしまう厄介さだった。……くっそ、下着までグショグショになったわ。
不意討ちのつもりが誘い込まれたと知り、警戒しながら時間をかけてキャスターを探索した。それが結局スカだとわかった時の悔しさといったら……!
て言うかなんで奴らが仕掛けた罠の後始末を私らがしなきゃなんないのよ!?無視するわけにもいかなくて朝までかかっちゃったじゃない!
『しかし考えようによっては幸運とも言えるぞ。あそこで直接仕掛けられていた場合、勝てた保証は無い』
「……まあね」
アーチャーの冷静な分析に、多少なりともクールダウンする。
学校に仕掛けられていた罠は、命に関わる類いのものは無かった。一見おちょくっているのかと思うような代物も少なくなかった。
しかし同時に、こちらにまったく効果の無いものも一つも無かったのだ。つまり敵は、こちらの戦力をかなり正確に把握していたことになる。
それが誘いをかけてきたということは、勝つ自信があったということだろう。実際あの無数の罠の中で戦えば、相当な苦戦は免れなかった筈だ。
しかしそうなると疑問が出てくる。
「……なんで、あの学校を放棄したんだと思う?」
『……おそらく、敵にとって想定外の何かが起こったのだろうな。それであそこを手放さざるを得なかった。そうでなければ説明が着かん』
「やっぱりそうよね……」
あれらのトラップを用意するには結構な魔力が必要になる。少なくとも、ただの囮の為に消費して良いような量ではない筈だ。
トラップだけで仕留められると考えていた、という可能性は無い。致死性のトラップだけは一つも無かったのだから。
敵の戦略は、罠で動きを封じておいて自分の手で止めを刺す。あるいは交渉を有利に進めるといった具合だった筈。そして本命は後者だと踏んでいる。
だけど敵はあの場に現れなかった。
これでは大量の魔力を無駄遣いしたのみならず、私達に警戒心を与え、さらに隠れて様子を伺っていた他のマスターに存在を晒しただけだ。自分の利に働く部分が一つも無い。
では、それほどの損害と天秤にかけてでも無視出来ない事態とはなんなのか?という話になるが、これは正直さっぱりである。情報が無さすぎる。
仕方なく思考を中断し、着替えを済ませたちょうどその時だった。
ピンポーン
普段滅多に聞くことの無い電子音が鳴り響く。
なんということもない、普通のチャイムだ。しかし……
「こんな時間に……?」
私は一人暮らしで学生だ。近所の住民なら平日のこの時間に人が居るとは考えない。無論ウチの事情など知らない人間という可能性もあるが……
「アーチャー」
既に玄関の様子を見に行っていたアーチャーに呼び掛ける。
『……予想外な来客だ』
「? 誰よ?」
『キャスターだ』
「ハァ!?」
気配を殺しつつ玄関に向かい、覗き穴から扉の向こうを確認する。
「うわ、マジじゃない……」
そこには以前ゲーセンで見かけた少女と、彼女と帰り道を共にしていた目の腐った男。キャスターとマスターだと当たりを着けた相手だった。
『どうする?』
「どうするって言われても……」
無視する、という選択肢は無しだろう。キャスターのサーヴァントが相手であれば、結界越しに屋内の様子を探られていてもおかしくない。
必要とあらば戦うことになるだろうが、その可能性は高くないと思われる。わざわざチャイムを鳴らしてきたということは、戦うつもりは無いという意思表示の筈だ。
(とはいえ、相手が相手だし……)
予想が正しければ、キャスターの正体はかの裏切りの魔女だ。騙し討ちの類いを警戒しないわけにはいかない。いっそのこと、何かされる前に先制攻撃をかけて倒してしまうのも手だが……
「どちら様でしょうか?」
インターホン越しに、まずは相手の出方を見ることにする。当然アーチャーには警戒させておく。
『アーチャーのマスターだな?』
いきなり来た!?
「……おっしゃっている意味が分かりませんが」
『俺はキャスターのマスターだ。聖杯戦争関連で聞きたいことがある』
ス、ストレートね……!
屋上から狙いを着けている筈のアーチャーに念話で声をかける。
(どう思う?)
(……何か細工をしている様子は無い。昨夜の件もある。本当に切羽詰まっているのかもしれん)
……『聞きたいこと』って言ったわね。『頼みたいこと』じゃなくて。
交渉するなら最初に無茶な要求をふっかけて徐々にハードルを下げていくものだ。その逆は下策中の下策となる。
この男がその定石を知らない、という可能性は除外する。そんな無能ならば初めからキャスターに交渉を任せている筈だ。
つまり、これは本当に質問したいことがあって来たのだろう。
「……鍵を開けるわ。妙な真似はしないようにね」
「で、聞きたいことって?」
応接室のソファに腰掛け、相手を油断無く見詰める。
対面に座る比企谷と名乗った男はアンデッドかと思うような眼をしているが、血色も良いし不死者特有の波動も感じない。吸血種を疑ったが、単にそういう顔というだけらしい。
「昨夜、俺の知り合いが消息を絶った。一般人だ。状況から見て聖杯戦争に巻き込まれた可能性が高い。何か知らないか?」
比企谷は前降りすることもなく、端的に述べた。
……つじつまは合ってる。本当に一般人が巻き込まれているというのなら、冬木の管理者として無視するわけにもいかない。
とはいえ信じる義理も無い。これが何かの釣り針ではない保証などないのだから。もっともそれ以前の問題でもあるが。
「残念ながら何も知らないわ。他を当たってちょうだい」
私は冷たくあしらった。実際私はそのことについては何も知らないのだ。……後で綺礼に調べさせなきゃ。
比企谷は尚も食い下がった。
「何でもいい、何か心当たりは無いか?そいつに接触したと思われる魔術師は、わざわざそいつのマンションにまで踏み込んでるんだ。偶然魔力補充に使われたってわけじゃない」
「……悪いけど本当に何も知らないの。ごめんなさい」
「そうか……。一応聞くが協力してくれたりは……」
「無しよ。あなたのサーヴァントの正体には当たりがついてる。背中から刺される危険を犯す気はないわ。代わりと言ってはなんだけど、そちらから仕掛けてこない限りあなたに手は出さないと約束するわ。私の同盟相手にも伝えておく」
「ありがたいが、良かったのか?同盟のこと話しちまって」
「どうせ調べはついてたんでしょう?」
「まあな。メモとペン、借りていいか?」
「……どうぞ」
テーブルの上のメモ用紙をちぎる比企谷を見つつアーチャーに念話を送る。
(アーチャー)
(分かっている)
妙な真似をすれば即座に攻撃に移る。
比企谷はメモ用紙にサラサラと数字の羅列を書き記した。
特に呪術の類いを用いた様子は無い。アーチャーからも、キャスターが何かしたという警告は無かった。警戒しすぎだろうか。
比企谷がそのメモ用紙を私のところまで滑らせた。私はそれを手に取る。
「……これは?」
「俺の携帯の番号だ」
「協力はしないと言った筈だけど?」
「気が向いたらで良い。何か分かったら連絡くれ」
比企谷はそう言って立ち上がった。出ていこうとする背中に声をかける。
「ねえ、なんで私を疑わなかったの?」
「お前らは昨日俺の罠に引っ掛かってただろ」
「……そうだったわね。お友達、何もないといいわね。監督役には私から連絡しておくわ」
それで会話を切るつもりだったのだが、比企谷はこちらを見て目を円くしていた。
「監督役?そんなのがいんのか?」
「何?知らなかったの?」
「知らねえよ。こちとら偶然巻き込まれただけのパンピーだぞ」
「そうなの?……教会は分かる?聖杯戦争から降りたくなったらそこを訪ねなさい。保護してもらえる筈よ」
「そんな手があったのかよ……。くそ、無駄に苦労しちまった」
比企谷はぶつくさ言いながら今度こそ出て行った。
二人が家から出たのを確認してからアーチャーに声をかける。
「……アーチャー、念の為に家をチェックして」
「あの二人に何かをさせる隙を与えたつもりは無いが。それにそういった作業なら君の方が上手ではないかね?」
「だから念の為よ。勿論私もチェックするわ」
「ずいぶんと警戒しているな。マスター、サーヴァント共に大した力を持っているようには思えなかったが」
「だからよ。あの比企谷って奴、どう見てもただの人間だったわ。にも関わらず主導権はあいつが握ってた。多分あの学校の罠を設計したのもあいつよ。つまりあいつの知略は、私達とセイバーとをまとめて倒しうるレベルってことじゃない。警戒しないわけにはいかないわ」
「同感だ。ただ強いだけの敵ならいくらでも倒しようがあるが、己の無力を認める謙虚とそれを覆す知略を併せ持つ敵となると、どれだけ差を着けたところで安心できん。しかしだなリン、マスターの性能というならこちらとて引けは取っておらんぞ」
「は……?な、何よいきなり?」
「なに、やはり私は当りを引いたようだと思っただけだ」
「ふ、ふん!誉めても何も出ないわよ!」
「まいったな……」
他を当たれと言われても、そもそも当てが無いから危険を承知で遠坂凛のところに行ったのだ。収穫がまるで無かったわけではないが、満足する結果には程遠い。
「これからどうなさいますか?」
「まずは雪ノ下を見つける。後はそれからだ」
メディアの問いかけに端的に答える。メディアは特に何も答えない。
俺は逆にメディアに質問した。
「お前の方はどうだ?何か心当たりは無いか?」
「……一応拠点になりそうな霊地はいくつか見繕ってあります。他のマスターがそこを押さえている可能性は低くないかと」
「そうか……ならそこに探りを入れてみるか」
「先ほど話に出た教会も霊地の一つですね。そちらには行かなくてよろしいのですか?」
「遠坂が連絡入れるってんなら後回しでいいだろ」
「……八幡様は保護を求めなくていいのですか、と聞いたのですが」
「あ?……そうだな。どっちにしろ雪ノ下を見つけるのが先だ。それから考える」
手がかりを求めてフラフラとさ迷っているうちに新都の方まで来てしまった。
今は昼前といったところで人通りも増えてきた。よく考えたら昨日の夕方から何も口に入れてない。少し早いが昼飯にしよう。
適当な店を探してキョロキョロしていると、不意に肩を叩かれた。
「すみません。この女の子を見かけませんでしたか?」
いきなりのことに振り返ると、1枚の写真を見せられた。
「昨夜から行方不明みたいなんです。捜索にご協力くだ……さ……?」
写真を持った男は、俺の顔を見て戸惑うような様子を見せた。
おいおい、勘弁してくれ……なんでお前がこんなところに居るんだよ……
「あれ……ちょ、頭が……なんだこれ……?」
その男は頭を押さえてうずくまってしまう。
俺はそいつが取り落とした写真を拾ってため息を吐いた。
写真に写っていたのは俺のよく知る少女。まさに今探していた、我が奉仕部の部長様。
そして俺に声をかけてきたこの男は……
「比企……谷……?」
総武校の誇るイケメンリア充、葉山隼人だった。