続編ではなく、途中から分岐した完全に別のシナリオです。14話、別離の直後からの分岐になります。
例によって途中までしか出来てないので、もやっとするのが嫌な人は読まぬが吉。
ところでこのシリーズは、ルート毎にサブタイを統一というか法則性を持たせるつもりでいます。メディアルートは漢字2文字でした。
こちらはpixivでは「○○と○○」という形にしてたんですが、やはり英語にしたいと思いまして。
いや、元々は英語で行こうと思ってたんですけど、自分が英語全然ダメなもので諦めたんですよ。そこで読者の皆様にも考えていただけたらなぁと。いや勿論自分でも考えますが。
良ければメッセージやコメントでご意見くださいませ。
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あれは一体なんだったのだろう。
すでに日も落ち暗くなった道を1人歩く。
いつもならこんなに遅くなることはないのだが、今日は少し事情がある。事情と言っても人に説明できるようなことでもないが。
スカートのポケットに手をやる。布地越しに硬い感触。
自分が何故か持っていたICレコーダー。それに残された声。
それは知らない少年のものだった。なのにどうしてか、ひどく心がざわめいた。由比ヶ浜さんも同じだったらしく、二人で子供のように泣いてしまった。遅くなった理由はそれだ。
「比企谷……くん」
なんとなく一人ごちる。
ICレコーダーの中で、私は彼をそう呼んでいた。
彼との会話は、一言で言えば別れ話だ。とは言っても恋人同士におけるそれとは別のものだが。
彼には何かしなければならない事があって、そのために私たちの元から離れなければならない。それを告げに来た。そんな感じだ。
そして私たちは、そんな彼に「行ってほしくない」と取りすがるのだ。まるで捨てられる恋人のように。
「恋人……」
馬鹿馬鹿しい。
一瞬浮かびかけた妄念を、頭をふって追い払う。
これではまるで、私が彼に懸想しているようではないか。顔すら知らない相手に一体何をどう思えというのだ。
そんな益体もないことを考えながら家路を急ぐ。まだそこまで遅い時間ではないとはいえ、最近は少し物騒だ。用心に越したことはない。
そう言えばと、ふと思い出す。
以前にもこのくらいの時間に帰った事があった。その時誰かに送ろうかと言われた覚えがある。
私は確かそれを断ったのだ。本当は嬉しかったくせに。心にも無いことを言って。
あれは一体、誰だっただろうか。
扉を閉めると、廊下から射し込んでいた光も無くなり真っ暗になる。
私はその状態のまま目が慣れるのを待った。その間、一人暮らしを始めてからただいまを言わなくなったな、などとどうでもいいことを考える。
意味の無いことをしている。その自覚はあった。
理由は分からないがどうにも空虚な気分が拭えない。
いや、原因は判っている。あのICレコーダーだ。しかしそれがどうしてここまで自分の心を掻き乱すのかが解らない。
溜め息を吐く。
考えて分かることであるならば、自分なら既に答えにたどり着いているだろう。つまりこれは考えてどうにかなることではない。
私は諦めて靴を脱ぐと、リビングへと入って照明のリモコンに手を伸ばしーー
「随分と遅い帰りだったな」
唐突に聞こえたその声に思わず飛び退く。
それはすぐ隣から聞こえてきた。落ち着いた、男の声。
その男はただ立っていた。
部屋の隅で、壁に身を預けるでもなく、闇に沈み込むようにして。
彼の纏う漆黒の法衣の胸元で、小さなロザリオがキラリと揺れる。
「な……」
「若者は古い考えと思うかもしれんが、やはり学生が夜遊びというのは感心できんな。……いや、余計な世話だったかな?たまたま用事があっただけならすまない。老人のたわごとと聞き流してくれたまえ」
驚きのあまり絶句している私に、男はなんでもない事のようにそう語った。その長めのセリフの間にいくらか冷静さを取り戻し、私は声を張り上げる。
「誰!?」
そう言いながらも、私はこの男に見覚えがあった。古い記憶からどうにか該当するものを探り当てる。確か幼い頃に母に連れられて行った教会の神父だ。
「失礼、少々確認せねばならん事があってな。悪いとは思ったが勝手にお邪魔させていただいた」
神父はまったく悪びれることなく言ってのける。そして私の方へ無造作に足を踏み出した。
「近寄らないで!警察を呼ぶわよ!」
「……これは私の思い過ごしかもしれんな。まあ良い。念のために軽く記憶を探らせてもらおう」
「この……!」
神父は私の言葉を聞いてないのか、訳の分からないことを言いながらその手を伸ばしてきた。私はその腕を取ってーーうつ伏せに組伏せられていた。
「!?!?」
何が起きたのか分からない。肘を極めようと思ったらいつの間にか倒されていた。
投げられたのか足を払われたのか、その判断もつかない。攻撃の意思や気配も感じさせず、それどころかこうして倒されてからも痛みすら無い。次元が違い過ぎる!
神父は後ろから私の頭を掴み顔を引き起こす。
ずぷりっ
そんな音が聞こえた気がした。
「ふむ……?」
「ヒッ……!?」
今度こそ、何が起きているのか解らずに、ヒクつく肺から空気が漏れた。
神父は掌を私の頭頂部に置き、指を額に掛けている。その指が額に『沈み込んで』いる。
「ロックが掛かっているな。外れかとも思ったが、やはり何か関わりがあったか?」
『沈み込む』とは言葉通りの意味で、神父の指が私の額に第二関節のあたりまで突き刺さっているのだ。
どう見ても頭蓋骨に穴が空いているのだが、痛みの類いはまったく無い。代わりに脳の表面を蟲が這いずるようなおぞましい感触が襲う。
「恐ろしく精巧だが、強度の方は大したこともない。この程度なら私でも……」
状況も神父の言っていることも、何一つ理解出来ない。
恐怖にガチガチと歯が鳴り涙が滲む。
怖い。なんなのこれは?
誰か、助けて、誰か、誰か……
「む……!?」
『比企谷くん』……!
「ほう……」
ぜいぜいと荒い息を吐く私を見下ろし、神父は感心したような声を漏らした。
「簡素な代物とは言え、キャスターの封印を自力で破ったか。さすがは雪ノ下の血と言ったところか?大したものだ」
「どういう意味……!?」
私は強引に息を整えると神父を睨み付けた。
私は全てを思い出していた。
比企谷くんの事、メディアさんの事、聖杯戦争の事、全てをだ。
しかしそれでも神父の言っていることには理解出来ないことがある。何故ここで雪ノ下の名前が出る?
「君の家は魔術師の家系なのだよ、雪ノ下雪乃くん」
「嘘よ!そんな話聞いた事も……!」
「当然だ。君のお母上は君に魔術の事を知らせる気は無いとおっしゃっていたからな。ああ、その事についてご家族を恨みに思うのはやめておきたまえ。魔術を継承するのは長子のみ。それ以外の子供には魔術の存在すら知らせぬのは普通の事だ。それにだ、黙っていたのは君のためを想えばこそだぞ。人としての幸せを望むのであれば、魔術になど関わらずにいた方が良いに決まっているのだから」
淡々とした神父の声に、以前メディアさんから聞いた話を思い出す。確かに彼女もそのような事を言っていた。だとすれば姉さんが……?
「本来マスターに選ばれるのは君の姉だと踏んでいたのだがね。いや、人生とは何が起こるか判らんな。まさか魔術師ですらない少年がサーヴァントの召喚を成すとは」
私の記憶から比企谷くんの情報を抜き取ったらしい。神父は声には出さず、しかし愉快そうに笑っていた。
どこか不吉なその笑いに不快さを覚え、自然と視線が鋭くなる。
「比企谷くんに何をするつもり?」
「何も。初めに言っただろう、確認せねばならない事があると。それが済んだ以上、関わるつもりは無い」
「だったらどうして確認が必要なの?」
「サーヴァントの召喚に成功した者はその旨を私に届け出ることになっている。私は聖杯戦争の監督役を任されているのでな」
「監督役?」
「ああ。主な役割はマスター同士の戦いによる、無関係な人間への二次被害と神秘の漏洩の防止。それと戦う力を喪ったマスターの保護だな」
聖杯戦争はある程度システム化されている。メディアさんから説明を受けた時に私が思ったことでもある。だが……
「マスターの保護?」
「無論、戦いを放棄した者に限るがな。我々としても無意味な犠牲は望むところではない」
「保護と言ってもどうやって?他のマスターが強襲をかけてきたら護り切れるの?」
「無理だな。少なくとも私にはサーヴァントを止める権利も力も無い。そこは参加者の良識に期待する他あるまい。が、そう心配は要らんだろう。戦いを放棄したマスターに仕えるサーヴァントなど居ないだろうし、そんなマスターを狙ったところで何の意味も無い。ただ敵に居場所を知られるだけだ」
「それでも令呪が残っているなら念を押すマスターだって居るのでは?」
「だからこその監督役だ。私は戦いを放棄したマスターから令呪を摘出する術を持っている」
神父はそう言って左の袖をまくった。私はその下にあったものを見て息を飲む。神父の左腕には、びっしりと無数の令呪が輝いていた。
「私の家は代々聖杯戦争の監督を務めていてね。これらは過去の戦いで、結局消費されることのなかった令呪だ。私はそれを受け継いでいる。もっともサーヴァントを持たぬ身では宝の持ち腐れだがね」
神父は袖を戻すと私に向かって小さく頭を下げた。
「結構な時間邪魔してしまったな、申し訳ない。重ねてすまないのだが、君には今の会話の事を忘れてもらいたい」
「待って」
私に向かって踏み出そうとした神父を声で押し留める。
「……何か?」
「ここに来たのは、私がマスターかどうか確認する為よね」
「正しくは戦う意志の確認だな。もし不本意に巻き込まれているのであれば辞退を勧めるつもりでいた」
まあ見当違いだったのだが、と付け加える。
「ならば比企谷くんを保護してあげて。彼が聖杯戦争に巻き込まれているのは純粋に事故よ」
「残念だがそれは難しいな」
「どうして!?」
「居場所が判らん。これでは保護も何もない。それにだ、よしんば話ができたとしても、彼が説得に応じるとは思えん」
説得に、応じない?
「どうしてそう思うの?」
「先ほど君の記憶を覗いたと言ったな。それで彼の人となりもある程度は把握した。ずいぶんと頭が良く、また心優しい少年のようだ」
……それがどうしたというのだ。というか私の記憶を読んで何故そんな評価になるのか。
「彼であれば、安全にリタイアする方法は既に思い着いているのでは、と思うのだがな」
「……そんな方法があるの?」
「彼の令呪は残り一つなのだろう?ならば簡単だ。最後の令呪を用いてサーヴァントを自決させれば良い」
「な……!?」
「それをしないということは、彼は自分の意志で戦いに参加しているのではないかね?聖杯で叶えたい願いがあるのか、それともサーヴァントに同情しただけかは分からんが」
サーヴァントに同情。
ああ、それはありそうだ。ものすごくすんなり納得できる。というより比企谷くんの場合、それ以外の理由が考えつかない。
「……彼を、救いたいのかね?」
その言葉は、私の心の防壁をあっさりとすり抜けてきた。
救う。
私が。
比企谷くんを。
「本来であれば、私は君の聖杯戦争に関する記憶を封じなければならない。神秘は隠匿せねばならん」
神父の落ち着いた声が、私の心を優しく溶かす。
「しかしそれ以外にも道はある。君に魔術と関わって生きる覚悟があるのならば」
「それは、どういう……」
「つまり、君自身が聖杯戦争に参加すれば良い。君が戦って他のマスターを倒してしまえば、彼を傷つける敵は居なくなる」
「……だけど、私には令呪もサーヴァントも」
「令呪は私のものを使えば良い。それに、実は今、マスターの居ないサーヴァントを一体預かっていてね」
希望が見えた。見えて、しまった。
「教会としても、聖杯は非道な人間の手に落ちるべきではないと考えている。私個人は、君になら任せてみても良いと考えているのだが、どうするかね?」