許さない。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
ベッドで眠るマスターを見下ろしながら、心の中で繰り返し呪詛を唱える。
この男は私の内側に無断で踏み込んだ。
絶対に許すことはできない。あの二人の女もだ。
私が召喚されたその日、こいつは令呪の強制力をもって私の望みを強引に聞き出した。
『幸せになりたい』
そんな平凡で、月並みで、在り来たりで、誰もが当たり前に抱く願いを、よりにもよってこのメディアの口から吐き出させたのだ。
耐え難い屈辱だった。
この男も、あの女共も、生かしておくことはできない。
懐から一振りの短剣を取り出す。
刀身が奇妙に歪んだ奇怪な短剣。
その柄を両手で握り、仰向けに眠る比企谷八幡の心臓目掛けて振り下ろし――刃先が届く寸前で止まる。
自分の意志ではない。令呪によるリミッターが働いた結果だ。
特に驚くこともなく諦める。
分かっていたことだ。というか昨夜も同じことをしていた。
自分の持つ短剣に目をやる。
刃が大きく曲がりくねってS字にも見えなくない。いや、角度を考えるとむしろZか。
この実用性があるとは到底思えない短剣は、単にデザインが変わっているだけの物ではない。
『
英霊を英霊足らしめるアイテム、宝具。サーヴァントの切り札だ。
この『
これさえあれば令呪の縛りも意味を成さない。マスターである比企谷八幡に直接届くことはなくとも、自分の腕を軽く一刺しするだけで支配から脱することができる。
この男は、間抜けなことに宝具に関することを全く質問しなかったのだ。
もし質問されていたら答えざるを得なかった。令呪二つ分の強制力が働いている為、嘘をつくこともできない。
もっとも質問が出なかったのは宝具に関する情報を与えなかったからだし、万一質問された場合、その場で契約を解除して皆殺しにするつもりだった。
ただその場合、自分は新しいマスターを見つけることができずに朽ち果てていた可能性が高い。だからお互いに運が良かったと言えなくもない。
ともあれ契約の破棄はいつでもできるのだ。その後の見通しが立つまでは、この男のサーヴァントに甘んじるべきだろう。
それに、忌々しいがこの男の立てた戦略は正しい。
今の私では誰と戦っても敵わないだろう。そもそも正面対決など魔術師の領分ではない。敵を共倒れに誘い込むというのは、極めて魔術師らしいとさえ言える。
だがその方法では、最後に一人残ることになる。その時の為の準備は早い段階でしておくべきだろう。
ネックになるのは魔力量だ。このマスターにはこれが絶対的に不足している。
正直キャスターである自分にとっては、ほとんど致命的とも言える条件なのだが、こればかりは文句を言ったところでどうにもならない。努力で改善できるようなことでもないし。
足りない物があれば他所から持ってきて補うのが魔術師だ。質が悪いなら数で補えば良い。
他のマスターに気付かれるかもしれないからと、魔術は使うなと言われているが……なに、要は気付かれなければ良いだけの話だ。
弱体化しているとは言え、キャスターである自分以上に魔力の扱いに長けた者など居るものか。
窓枠に手をかけ、もう一度マスターの寝顔を振り返る。
殺すのはいつでもできる。ならばそれは、私を侮辱した罪を償わせる為に、後悔すら出来ぬ程の絶望を与えてからだ。
私は薄く笑い、夜の街へ繰り出した。
屈辱だ……。
翌朝、私はいつもとは異なる衣服に身を包み、多数の好奇の視線に晒されていた。
マスターによれば戦略の一環らしいが、全く意味がわからない。一体これに、どんな意味があるというのか。
小さな部屋に押し込められた、沢山の若い男女。まるで飼育小屋のようにも見える。
ならば私の隣に立つこの中年の男は、さしずめ飼育員といったところか。
「おらお前ら静かにしろ!……それじゃキミ、自己紹介して」
中年男に促され、私は事前にマスターから命じられていた通りに言葉を発した。いや、正確には腹いせも込めて少しだけ変えてあるが。
「初めまして。本日からお世話になります、比企谷メディアと言います。皆さん、よろしくお願いします」