Fate/betrayal   作:まーぼう

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奇手

「それじゃあ、狩りを始めさせてもらうわね?」

 

 ついに来たか……。とりあえず最初の賭けには勝ったらしいが。

 霧から溶け出るようにして現れたイリヤスフィール、そして彼女に付き従うバーサーカーへと視線を向ける。

 近くで俺達の様子を伺っていたのだろう、後ろからは衛宮達が飛び出してきた。

 ……セイバーは武装していて、顔色も良い。無事に回復できたようだ。そのセイバーが口を開く。

 

「ハチマン!下がってください!」

 

 セイバー、ナイスアシスト。意識してやったわけじゃないだろうけど。

 

「いや、いい。メディア、お前も下がってろ」

 

 俺の代わりに前に出ようとするセイバーを制し、メディアにも衛宮達と合流するように指示する。

 彼女らはわずかに迷いを見せながらもそれに従う。が、そんな俺に不快そうな視線を向ける者もいた。イリヤスフィールだ。

 

「……なんのつもり?」

 

 メディア達が固唾を飲んで見守る中、出来るだけ大仰な仕種と共に答える。

 

「見ての通りだ。まずは俺が相手してやるよ」

 

 相手して『やる』。

 その言葉に、イリヤスフィールのこめかみがピクリと動くのが見えた。予想通りだな。

 

「正気?魔術師ですらないただの人間に、バーサーカーの相手が務まると思ってるの?」

「ま、普通は無理だろうけどな。だが幸い、今なら一つだけ秘策がある。どうだ?お前さえよけりゃ試させてほしいんだが」

「バカじゃないの?わざわざ敵に好きにさせる理由なんて無いじゃない」

 

 理由が無いなら作ればいい。それも今回は相手の方が積極的に作ってくれる。

 

「いや、無理にとは言わんさ。ダメならこのまま普通にやり合うだけだ」

「待ちなさい」

 

 あっさりと退く俺に、イリヤスフィールは考える素振りを見せる。

 やっぱりな。

 

(魔術師の弱点その一。魔術師以外を警戒しない)

 

 この手の駆け引きはバランスが難しいのだが、俺が相手である場合に限り、この程度で問題ないだろう。

 囚われていた間、俺は一度も名前を聞かれなかった。つまりイリヤスフィールにとっての俺は、名前の設定すらないモブキャラだということだ。

 また、イリヤスフィールの精神は見た目以上に幼い。知識や能力は外見からは考えられないほどに高いが、精神性そのものはそれに相反するように幼稚だ。

 頭が悪くて頭がおかしい蛇神様ではないが、彼女を騙すのは難しくない。もっとも頭の回転自体は早いので、騙し続けるとなると至難だろうが。

 

「……良いわよ?やってごらんなさい」

 

 そら、乗ってきた。

 

(魔術師の弱点その二。演出にこだわる)

 

 普段秘匿してる反動なのかは知らんが、いざ魔術を使う段になるとやたらと見栄えを気にする。それもおそらくは無意識にだ。

 例えばイリヤスフィールの場合、俺達を城から逃がしたくなかったのなら、その辺の通路とかで待ち構えるべきだったのだ。

 それをロビーで、しかもわざわざ俺達が扉に手をかけるのを待ってから仕掛けたりするからムザムザ逃がす羽目になった。

 今にしてもそうだ。

 ただ俺達を倒すのが目的ならば、前口上などせずにいきなり斬りかかるべきだった。そうなっていたら、俺は悲鳴すら上げられずに絶命していただろう。

 最初の賭けとはまさにその事で、不意打ちが無かった時点で時間稼ぎまではほぼ成功したと思っていい。

 イリヤスフィールにとって俺はただの端役だ。

 今の状況は、本来モブである筈の俺が、出番でもないのに舞台の真ん中に陣取っている状態だ。それも主演の一人であるセイバーに下がれとまで抜かしている。演出家からすれば、これほど不快な状況もそうそう無いだろう。

 俺を無理矢理引きずり降ろすのは簡単だろう。しかしそんなことをすれば舞台が白けてしまう。ならばどうするか。

 モブに役を与えてやればいい。それに合わせて、大筋に影響を与えないよう、ほんの少しだけ脚本を変更する。

 ではどんな役を与えるべきかだが、モブキャラに相応しく、いつ退場させても構わないものが望ましい。

 そんな役割はごく限られるだろうが、この場合は丁度良いものがある。すなわち、噛ませ役だ。

 噛ませ役を使ってバーサーカーの強さを誇示するにはどうするのが効果的か。これはシンプルな方がいいだろう。

 今回イリヤスフィールが狙っているのは、敵のとっておきの攻撃を無効化し、反す刀で即殺する、という演出だ。

 つまり一手。一手だけ、俺の自由が約束されたことになる。そして一手あれば、俺の時間稼ぎは完成する。

 

「んじゃま、遠慮無く」

 

 俺はゆっくりと、令呪を見せ付けるようにして左手を掲げた。イリヤスフィールはそれを見て、嘲るような笑みを浮かべる。

 

(魔術師の弱点その三。魔術を信頼しすぎる)

 

 場合にもよるが、魔術の頭に『自分の』と付くことも少なくない。

 なんにしてもだ。その一もその二もそれ以外も、魔術師の弱点――魔術の、ではない。あくまでもそれを扱う者の弱点だ――というのは、結局これに集約される。

 魔術は強大だ。生身の人間が振るう力としては、間違いなく最強だろう。それ故に、魔術師は魔術を、ひいてはそれを扱う自分を過信する。

 たとえ令呪のブーストがあっても、キャスターではバーサーカーを傷付けることは出来ない。イリヤスフィールはそう考えているだろう。その認識はおそらく正しい。イリヤスフィールの慢心は、きわめて順当なものでもある。

 単独でバーサーカーを打倒出来るサーヴァントは、多分存在しない。メディアの力では、バーサーカーにダメージを与える事すら出来ないだろう。イリヤスフィールはそれを正しく理解している。

 だからこそ、この場における俺の勝利は揺るがない。

 

「最後の令呪をもって命ずる」

 

 俺はイリヤスフィールの望む演出に合わせて、勿体ぶるように言葉を紡ぐ。

 スパロボみたいなマップクリア式の戦略シミュレーションを遊んだ事のある奴ならば分かると思うが、勝利条件というものは、必ずしも敵を倒すことだとは限らない。

 例えば特定のポイントに辿り着くことだったり、規定の時間を生き延びることだったりすることもある。

 

「キャスター」

 

 今の俺達で言えば、勝利条件は時間を稼ぐこと。もっと言えば、衛宮達にバーサーカーを倒す為の準備を整えさせることだ。

 そしてその中に、俺自身の無事は含まれない。

 

「衛宮達を連れて逃げろ」

 

 衛宮達の表情が驚愕に染まり、同時に掻き消える。その間際、メディアが何事かを叫ぼうとするのが見えた気がした。

 

「お~、消えた消えた。今の空間転移ってやつだよな?ラノベだと地味に思えるけど、実際に見るとインパクトすげーなこれ」

 

 俺はメディアが何を言おうとしたのかを考えないようにしながら、はしゃぐような声を上げる。

 

「…………なんのつもり?」

 

 凍り付くようなその声は、イリヤスフィールのものだ。彼女は全ての表情を殺し、ただ虚ろな瞳でこちらを見詰めている。おお怖え。

 俺は肩を竦め、あくまでも軽い調子で答える。

 

「見ての通りだ。俺の役目は時間稼ぎなんでな、あいつらを逃がさせてもらった」

「へえ、そうだったんだ?でもなんで自分だけ残ったの?一人で前に出たりしないで一塊になってれば、あなたも一緒に逃げられたんじゃない?」

「それだとお前が警戒するだろ?そうしてたら、令呪を使う前に潰そうとしたんじゃないか?」

「……言われてみれば、それもそうね」

 

 例え令呪のブーストがあっても、複数の人間を抱えて逃げるとなれば並のことではない。一人だけ群から離れた者を回収するとなると、成功率はさらに大きく低減する。

 バーサーカーを相手にそれは、文字通りの命取りとなる。それはあまりにも無謀だし、何より意味が無い。だからこそ、イリヤスフィールは今回、逃げの可能性を除外した。そこを突かせてもらったわけだ。

 

 仮に全員で集まっていたとしよう。

 令呪を逃走用に使うのは、既に一度見せてしまっている。当然イリヤスフィールは警戒している。令呪を使う素振りを見せれば、即座にバーサーカーをけしかけてきただろう。

 イリヤスフィールは既に令呪を二つ使っている。バーサーカーはセイバーが抑えてくれるだろう。だからそれで殺されるということは無かった筈だ。

 しかしそうなった場合、俺達はセイバーを残して逃げることになってしまう。それでは何の意味も無い。

 また、時間を稼ぐだけなら令呪が二つ残っていて、尚且つ不死身の衛宮の方が適任ではある。しかし衛宮は、セイバーと並んで今回の作戦の鍵だ。使うことはできない。

 遠坂は令呪があってもサーヴァントがいない。それに適性の差を考えれば、遠坂をここで使い潰してしまうのは惜しい。

 結局、俺を囮に使うのが一番確実だったのだ。問題があるとすれば……

 

「それで?ここからどうするつもり?わたしには、あなたが生き延びられる可能性があるようには思えないんだけど」

 

 そうなんだよな。

 白状してしまうと今の俺は、アーチャーに中二心を刺激されてるだけ。こんな真似をしでかしたのは、ぶっちゃけただのノリに近い。だからきっとすぐに後悔するだろう。というかもうしてる。

 ただ正味な話、これは俺が選べる選択肢の中では、生き延びる可能性がもっとも高いと思われるものなのも事実だったりする。

 メディアは、イリヤスフィールは衛宮を手に入れれば満足すると言っていた。それはおそらく正しいだろう。

 しかし城で連中の会話を漏れ聞いた限りだと、イリヤスフィールが聖杯戦争に参加しているのは、アインツベルン家の意向らしい。となれば、衛宮を手に入れただけでは止まらない筈だ。

 イリヤスフィールはバーサーカーに絶対の自信を持っている。ならば、個人的な目的を果たした後、『ついでに』聖杯を取りにくる可能性は決して低くないだろう。いや、むしろ高いと思われる。つまりバーサーカーを倒さない限り、どこかで必ず殺されることになる。

 バーサーカーを単独で倒すのは不可能だ。生き残りたいならセイバーと協力する以外にない。ただ……

 

(一番高い可能性で1%以下、ってのが泣けるところだな)

 

 別に計算したわけではないが多分そんなもんだろう。

 全員で戦っていれば、メディアが言っていたように誰かの隠れた力が目覚めて一発逆転、てな展開もあったかもしれない。実際、衛宮には本当に力が眠っているわけだし。

 しかしそんなのはただの奇跡だ。俺は奇跡など信じない。

 俺の選択は、勝率で言えばHP1でメタルキングとタイマン張るようなものだろう。

 攻撃しても当たらない。当たったところで倒すことはできない。ベギラマが飛んでくればそれで終わり。絶望的と言える。

 しかしそれでも完全な0ではない。会心さえ出れば倒せる。恐ろしく低いとは言え、生き延びる可能性は確かに存在するのだ。

 対して全員で戦う道は、そもそも倒せないように設定されてるイベントエネミーをバグ頼みで倒そうとするようなものだ。奇跡に賭けると言えば聞こえは良いが、そんなものを可能性と呼ぶわけにはいかない。

 ま、なんにしても今さらルート変更はできない。ならばわずかな可能性とやらにすがるしかない。

 一応、俺の生存パターンは4つほどある。

 

 一、イリヤスフィールが衛宮達の追撃を優先して俺を無視する。

 二、イリヤスフィールの気紛れで見逃される。

 

 一も二も大して変わらなかった。

 俺は左手をイリヤスフィールに見せながら言った。

 

「見ての通り、俺はもうマスターじゃない」

「そうね。それが?」

「見逃してもらえると助かるんだが」

「……そんな話が通るとでも思ってるの?」

 

 イリヤスフィールは氷のような瞳でそう答える。ですよねー。

 

「……なんなら靴を舐めてもいいが?」

 

 その言葉に、イリヤスフィールは俯いて肩を震わせる。髪で隠れて表情は見えない。が、超怖い。

 

「……フ、フフ、フ……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだわ」

 

 おおう、すげえ怒ってる。本気だったんだけどな。そんなもんで助かるならやるよ?普通に。

 二つの可能性があっさり潰えた。いやまあ期待してたわけでもないが。

 

「やっぱダメか……しゃあねえ。んじゃ、最後の手段だな」

 

 ため息と共に、右腕を振るう。袖から飛び出したナイフを掴み、左足を軽く引く。

 自然体とほとんど変わらない、しかし明らかに戦う為の構えをとった俺に、イリヤスフィールは顔を上げぬままで問いかける。

 

「なんのつもり?」

 

 こいつのこのセリフは何度目だろう。自覚があるかは分からないが、会う度に言われている気がする。

 ただ、今回のこれは、わずかではあるがこれまでとトーンが異なる気がした。

 

「見ての通りだよ。逃げるのは無理そうだしな、戦うしかねえだろ」

「戦う?バーサーカーと?そんな物でどうしようっていうの?」

「バーサーカーには効かなくても、マスターになら効くんじゃねえか?」

「そうね。魔術もかかっていないただのナイフでも、わたしにだったら刺さるかもしれないわね」

「だろ?バーサーカーをかわしてお前に近付けりゃ何とかなるかもな」

「かわす必要は無いわよ。バーサーカーに手出しはさせないから」

 

 言って、イリヤスフィールはようやく顔を上げた。その凄絶とも言える笑みを見て、麻痺させている筈の恐怖が首をもたげる。

 

「下がってなさい、バーサーカー。この男は、わたしが直々に叩き潰すわ」

 

 その言葉に内心で拳を握る。

 上手くいってくれた。挑発しまくった甲斐があった。これで三つ目の可能性の、最低限の条件はクリアできた。

 

 俺が生き延びる可能性その三。戦って勝つ。

 

 第四位を倒した、とある無能力者はこう言っていた。

 能力者は銃弾が効かないわけではない。能力を使って銃弾が当たらないようにイカサマしているだけだ。

 この言葉は、能力者を魔術師に置き換えてもそのまま通用するだろう。

 バーサーカーが相手では可能性など絶無だが、イリヤスフィールが相手ならば、少なくともゼロではない。

 ちなみに可能性その四は『奇跡が起きてなんか助かる』なので考える意味は無い。

 

「誇りなさい。わたしをこれだけ怒らせたのは、キリツグ以外じゃあなただけよ」

 

 イリヤスフィールは、その瞳を狂気で紅く輝かせて――おそらく錯覚ではないだろう――告げる。

 

「来なさい、虫けら。身の程というものを教えてあげるわ」


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