「あーっもう!なんであんたが来ちゃうわけ!?せっかくシロウのこと連れてこようと思ってたのに!」
そう言ってぷりぷり怒る白髪の幼女。バーサーカーのマスター、イリヤスフィールだ。
それを見ながらボソリと呟く。
「……お前がちゃんと命令しなかったからだろ」
「なんか言った!?」
「なんでもありません、マム!」
こわっ!聞こえたらしく、すっげえ睨まれた。
ここは彼女の城の、その一室だった。……いや、マジで城。なんかゲームとかに出てくるような西洋風の。
だだっ広い部屋に天涯付きのベッドが鎮座し、俺はその脇で豪奢な椅子に座らされロープで縛り付けられている。
あまりの現実感の無さにもしかして国外かと不安になったが、どうやら城の方を日本に持ってきて使っているらしい。うん、そっちのが無茶ですね。城を持ってくるって何よ。
イリヤスフィールの先ほどのセリフだが、彼女はバーサーカーに衛宮を捕まえろと命令したつもりだったらしい。しかし主語が無かったため、バーサーカーは俺と衛宮の両方を捕らえようとし、結果的に俺だけが捕まることになった。
要するに間違って連れてこられたわけだ。何それマジ迷惑。みんな、会話する時はちゃんと主語をつけよう!お兄さんとの約束だ!
「イリヤ、元気出す。また頑張ればいい」
「うぅ~、そうだけど、やっぱムカつく!」
「イリヤ、そういうこと言うとセラに怒られる」
いや、元気なら有り余ってるよね?
イリヤスフィールは地団駄を踏みながらメイドさんになだめられていた。……メイド、だよな?
なんで疑問形なのかというと、その服装が、その何と言うか、日本人が『メイド』と聞いて連想する、フリフリのエプロンドレスとは大分趣が異なるからだ。
具体的にどんななのかは言葉で説明するのは難しい。どうしても気になるならpixiv辺りでイラストを探してくれ。
「……」
いつのまにかイリヤスフィールは動きを止め、手に持った何かをじっと見つめている。あれは、俺から取り上げた催涙スプレー?
……嫌な予感しかしないんですが。
イリヤスフィールは無表情のまま、おもむろに俺へとスプレーを向けた。
「ちょ待っげほ!げほ!げほ!?」
なんだコレ!?
玉ねぎとレモンの汁をブレンドして百倍に濃縮したモノをぶっかけられたような、って目ン球と喉と鼻の奥がひたすら痛い痛い痛い!?
縛られているため手でこすることさえできず、ただひたすら苦しみにのたうちまわる。
少しすると効果が切れたのか、何かの冗談のように痛みが消えていった。おお、すげえ。
俺はイリヤスフィールに恨みがましい目を向けて文句を言う。
「……お前な、いきなり何しやがげふんげふんげふん!?」
最後まで言わせてもらえませんでした。
またひとしきり暴れてぜぇぜぇと息を切らす。
そっとイリヤスフィールの様子を伺うとやはり無表情……なのだが、それは抑え切れない何かに無理矢理蓋をしているようにも見えた。というかちょっと頬が紅い。
これは……ヤバい。
イリヤスフィールはまたしてもスプレーを俺に向ける。
「まて!自分がやられて嫌なことは人にがはげへごほげへがは!」
「……プッ」
涙とヨダレと鼻水で顔面をグシャグシャにする俺を見て、ついにイリヤスフィールから『それ』が吹き出した。
「あはははは!何コレ面白い!あはははは!」
ああ、やっぱり。このガキ絶対Sだと思ったよ。
イリヤスフィールはやめてやめてお願いしますと懇願する俺に容赦なくスプレーを吹き付け笑い転げる。なお、メイドさんはそれをぼーっと見てるだけだった。いや、拍手とかしてんじゃねえよ。
何回目かのスプレーの後、コンコンとノックが響いた。
「失礼します。お食事をお持ちしまし……お嬢様、はしたないですよ」
もっと言ってやってください。
入ってくるなりお嬢様に注意したのはメイドさんその二。その一と比べてややキツそうな顔をしている他、身体の一部分が非常に慎まsげふんげふん。
一方お嬢様はメイドさんの注意もなんのその。後から現れたメイドさんに向けた瞳をキランと輝かせていた。あ、これヤバい。
「セラ!セラ!」
「なんですか?お嬢さげひんげひんげひん!?」
「あはははは!あははははは!」
あーあ、やっちゃった。
なんつーかすんません。自分のせいでもないのについ謝りたくなってしまった。いや、あのスプレー俺のだし。
セラと呼ばれたメイドさんその二は、初めの上品な佇まいも見る影なく転げまわる。しかしイリヤお嬢様の暴走は止まらない。
「リズ!リズ!」
「何、イリヤ?……イリヤ、痛い」
「あはははは!顔変わんないのに泣いてる!あはははは!」
今度の被害者はメイドさんその一。催涙スプレーを吹き付けられて、表情を変えることのないままボロボロと涙を流し始める。うわぁ、大惨事。
「あははは……ふぇ?」
イリヤスフィールの笑い声が唐突に途絶える。いつの間にか復活したメイドその二がイリヤお嬢様の肩に手を置いている。
「あ、あれ……えっと、セラ?」
「……お嬢様、お話があります。こちらへ来ていただけますか?」
先ほどまでとはうって変わって怯えるイリヤスフィールに、にっこりと微笑みかけるセラ大明神。つーか超怖え。
「あ、あたしちょっと用事が!」
速攻で逃げ出すお嬢様。しかしセラさんはそれを、慣れた様子であっさりとふん捕まえる。
セラさんはお嬢様を小脇に抱えると、スタスタとドアへ向かう。そして成り行きをぼーっと見ていたもう一人のメイドさんに向き直る。
「リズ、その男に食事を与えておいてください。私はお嬢様にお説教をしなければなりませんので」
「りょーかーい」
「ちょっ、やだ、放して!ゴメンってば!」
「謝るくらいなら初めからしないでください。大体いつもいつも……」
「やー!ゴメンなさーい!」
セラさんの小言とイリヤスフィールの断末魔は、扉が閉まると同時に完全に聞こえなくなった。すげえな。音漏れとか全然しねえのな。
どうやらこの城における最高権力者はあのセラというメイドさんらしい。覚えておこう。
「はい、あーん」
えーと、何コレ?
状況を整理しよう。俺は敵にさらわれて椅子に拘束されメイドさんにあーんされている。うん、意味分からん。いや、この人はセラさんに言い付けられたことをこなしているだけなんだが。
俺に飯をやっとけと言っていたが、俺は縛られてて手が使えない。なら誰かが食わせてやるしかないのだが、この場にいるのはこの人だけだ。つまりこうなるのは必然と言えなくもないが……。
にしてもすごいなこの人。服の上からでも分かるが、おそらくは由比ヶ浜以上。お陰で目のやり場に困る。万乳引力に逆らうのも大変だ。
「お腹、空いてない?」
口を開けない俺に、コクンと小首を傾げるメイドさん(巨乳)。何コレ可愛いお持ち帰りしたい。いや、俺がお持ち帰りされた結果が今なんだが。
「あーその、なんか恥ずかしくて」
目を反らしながら答える。と、メイドさんはわざわざ回り込んで顔を覗き込んでくる。近い近い近い。
「恥ずかしい?なんで?」
「いや、んな心底不思議そうに聞かれても。普通に恥ずいでしょ、こんな美人さんにあーんされるとか」
「…………ぽ」
俺の言葉に無表情に呟くメイドさん。ぽってなんぞ?
「でも困った。食べてくれないとセラに怒られる」
「……ほどいてくれりゃ自分で食うけど」
「分かった」
言って後ろに回るメイドさん。え?ほどいちゃって良いの?素直すぎて罪悪感を覚えるレベル。
メイドさんは十秒ほど結び目と格闘すると、再び俺の正面へと戻ってきた。
「ゴメン。ほどけない」
いや諦めるの早いよ。もうちょい粘ろうよ。押して駄目なら諦めろって言うじゃない。あれ?諦めてるからいいのか。
どうやら細かい作業は苦手らしい。それメイドとしてどうなの?はぁ、しょうがねえな……。まあこの娘が怒られるのも可哀想だしな。
「よっ……と」
「あれ?」
八幡48の特技の一つ、縄抜け。ゴメン嘘。48も無い。と言うか別に特技でもない。
「すごい。どうやったの?」
「別に大したこっちゃねえよ」
言って運ばれてきた料理を口に入れる。美味!何コレ!?
縄抜けの方はマジで大したことではない。
縛られる時に腕を広げておくだけ。それで脇を閉じると縄が弛むから、それで抜け出すだけだ。
つうかそもそもこいつら捕虜の管理がめっちゃ杜撰だし。ズサンってGジェネでは結構使ってました。ビームよりミサイルのが好きなんだよね。
縄は元から弛かったし、ボディーチェックすらされてないからジャケットの下には装備一式が丸々残ってる。
これはイリヤスフィール達がそうしたことのいろはを知らないというよりは、単に俺のことを驚異として認識していないだけなんだろう。
それは魔術師らしい慢心であり怠慢でもあるが、同時にそのまま事実でもあるから困ったものだ。
きっと俺がどれだけ足掻いたところで抵抗らしい抵抗にはならないだろう。おそらくイリヤスフィールに一矢報いるにすら至らない筈だ。それを分かっているからこそ、遠慮なく放置できる。
イリヤスフィールは衛宮を捕らえようとしていた。逆に俺は相手にされていなかった。
その俺がこの状況で生かされているのは、単なるイリヤスフィールの気紛れだ。俺を餌にすれば衛宮を誘き寄せられるかも、という考えも無くはないだろうが、それについてはさほど期待はしてないだろう。
だがたとえ気紛れだとしても、いや、気紛れだからこそ、わざわざ生かした相手を改めて殺そうとは簡単には思わない筈だ。
だから拘束を解いた程度で始末されるようなことはないと思う。まぁさすがに逃げ出せば殺されるだろうから、自力で脱出なんて無謀なことは考えないが。
ただ、気紛れで生かされているということは、同じように気紛れで殺される可能性も低くないということだ。
つまり大人しくしてようがご機嫌取りしようが死ぬ時は死ぬ。だから黙って捕まっているのはあまり意味が無い。むしろ何もせずにいて興味を完全に失われる方が危険だろう。
そうなると、ウザがられない程度に動き回って情報を収集する方が有益だ。ところでウザがられないようにって、俺にとってはベリーハードどころじゃねえんだけど。
イリヤスフィールは、衛宮達が俺を救出に来る可能性は低いと考えているだろう。それはそうだ。危険を犯して俺を回収するメリットなどどこにも無い。
しかし有り難いことに、ただしチームとして見た場合には残念ながら、俺を助けに来る可能性はおそらく高いと思われる。
イリヤスフィールが衛宮に執心している事は衛宮自身も知っている。ならばお人好しの衛宮のことだ。きっと自分の身代わりに俺が捕まったとか考えて、俺の救出を主張するだろう。下手すると一人でも行くとか言い出しかねない。
セイバーは当然衛宮に随行しようとするし、遠坂も衛宮を見捨てることはできないだろう。
アーチャーとキャスターがどう考えるかは不明だが、チームの過半数が行くとなれば同道せざるを得ない。結果、全員がここに集まることになる。
当然それを見逃すイリヤスフィールでもないだろう。そしてここは敵陣の最奥だ。逃げるのは難しい筈。つまりバーサーカーとはここで決着を着ける事になる。
バーサーカーは強敵だ。正直勝てるかどうか分からない。少なくとも対策も無しにどうにかできる相手ではないだろう。ならば衛宮達が来るまでにそれを考えておかなければ。
できればバーサーカーの詳細な情報を知りたいところだが、さすがにポロッとこぼしたりはしないだろうしなぁ……。
自分側の手札と、ヘラクレスの伝説(うろ覚え)を比較してうんうん唸っていると横から視線を感じた。メイドさんだ。
メイドさんはロープを持ってじっとこっちを見てる。飯が終わったから縛り直そうというのだろうか。別に構わないが。なお、考え事してる間に終わってしまった為、味はまったく覚えてない。勿体ねえ。
「んじゃ、お願いします」
言って椅子ごと背中を向ける。が、しばらく待っても反応が無い。
不審に思って後ろを向くと、メイドさんからロープを手渡された。
「……えーと?」
「縛って」
「……はい?」
「うぅ……おしり痛い……って、え?」
「あ」
白髪の幼女が涙目で尻をさすりながら入室してきた時、俺はメイドさんと緊迫プレイにいそしんでいた。
俺の代わりに椅子に座るメイドさんと、それを後ろから縛り上げる俺を見て、イリヤスフィールが目をパチクリさせる。いや、そりゃ驚くよな。
「あ、あ、あんた!リズに何してるわけ!?」
「いや待て誤解だ話を聞け!」
「うるさい!待ってなさいリズ、すぐ助けるからね!」
「グェッ!?」
イリヤスフィールに睨まれた途端、いきなり重力が倍加したかのように身体が重くなり床に叩き付けられる。なんだコリャ!?声もあげられねぇ!
「……さて、どうしてくれようかしら。人様のメイドに手を出すなんて」
「……から……誤か……」
「黙りなさい。アンデッドのクセに性欲を持て余しているなんてね。勝手に縄を解いたのはともかく、わたしの友達にちょっかいかけて無事に済むとは思ってないでしょうね?」
「イリヤ、イリヤ」
倒れ臥したまま身動きもとれない俺を見下ろすイリヤスフィールに、メイドさんがマイペースに声をかける。イリヤスフィールはそれに横目でチラリとだけ見て答えた。
「ちょっと待っててね、リズ。すぐほどいてあげるから」
「じゃーん」
「って、ええ!?」
自分でロープから抜け出したメイドさんに、お嬢様が驚きの声をあげる。
「な、何今の?どうやったの!?」
「えっへん。すごい?」
「すごいすごい!どうやるの?教えて!」
「どうしよっかなー?」
「イジワルしないでよー。教えてくれても良いじゃない」
メイドさんの縄抜けショーにお嬢様おおはしゃぎ。俺のことなどすっかり忘れてゆるゆりし始める。忘れたついでに魔術も解いてくれれば有り難かったんですけど。
「あのね、イリヤ。そこの人に教えてもらった」
「え?」
メイドさんが倒れたまま放置されてた俺を指してそう言うと、イリヤお嬢様がまたしても目を丸くする。同時に見えない力による拘束が少しだけ弛んだ。
イリヤスフィールは俺の頭の前でしゃがみ込んで言った。丈の長いスカートなので中は見えませんでした。
「……あれ、あんたがリズに教えたの?」
「おお。なんか教えてくれってねだられてな」
のんびりした喋りに見せて押しが強い強い。
最初は断って俺を縛るように言ってたんだが結局押し切られてしまった。
「ふーん……。だったら早くそう言いなさいよ。うっかり始末しちゃうところだったじゃない」
「いや、そもそも喋らせてもらえませんでしたよね?……いえ、何でもないです」
一睨みで引っ込む俺。押しが強かったって言うか単に俺が弱いだけだな、これ。
イリヤスフィールは目を反らし、どこかもじもじしながら口を開いた。
「……ねえ、他にも何か知ってたりする?」
これは……あれか。超能力じみたマジックと本物の超能力のどっちが凄いかってやつか。
超能力はもちろん凄い。しかし知恵と技術を凝らしたマジックだって同じくらいに凄い。
魔術と比べた場合も同様らしい。イリヤスフィールも興味を持ったようだ。
魔術師というのは基本的に魔術しか学ばない。それは魔術が優れているからというのはもちろんだが、そのために魔術しか学ばせてもらえないというのが大きいだろう。
予想外の展開ではあったが、警戒を持たせないまま気を引く事に成功したらしい。
俺はそれを表に出さないように答えた。
「あー、簡単な手品ならいくつか」
俺は再び拘束されることもなく、優雅にお茶などいただいていた。
イリヤスフィールはメイドさんと一緒に俺が教えてやった手品で遊んでいる。中学の修学旅行で友達に披露しようと練習し、結局一度も披露する機会の無かったものだがお気に召してくれたらしい。おや?目から塩水が……。
こうして見てると本当にただの少女だ。衛宮が気を許してしまうのも分からなくはない。実際魅力的な少女だと思う。いや、ロリコンじゃないぞ俺は。
イリヤスフィール。
優れた魔術師であり、バーサーカーのマスターであり、冷徹な殺戮者である。
同時にひどく幼く、純粋で、無知な少女でもある。
ラノベとかによく登場する、知識や能力に反して極端に幼いタイプのキャラなんだろう。メインヒロインに据えられることこそ少ないものの、俺は結構好きなタイプだ。
しかし、こうして生で見てみるとこうまで不気味なシロモノなのか。
「イリヤ、そう言えば大変だった」
ぼんやり二人を眺めていると、メイドさんの方が唐突に声を上げた。ちなみにメイドさんの名前はリーゼリット、略してリズらしい。横でお茶を入れてくれてるセラさんが教えてくれた。
それはそうと二人の会話は続く。
「どうしたの、リズ?」
「イリヤ、私、ナンパされた」
…………は?なに言うてはりますのん、この娘さん?
「ええ~!?凄い!何それ、どういうこと!?」
「美人って言われた」
「キャーッ!」
驚くお嬢様に端的に答えるリズさん。て言うか美人って…………もしかしてさっきのアレか?
「それで?それで?どうするの?」
「どうしよっかなー?」
「えー?いいじゃんいいじゃん、試しに付き合っちゃいなよ」
「んー、でもあんまりタイプの人じゃなかったんだよねー」
告った覚えも無いのにフラれました。俺の歴史にまた一ページ……
なんだかいたたまれなくなりました。ここに居たくない。
そういえばションベンしてえな。もうお茶も四杯目だし。今なら黙って出ていっても気にされないと思うが、一応声かけとくか。
「あー、セラさん?」
「……私もナンパするおつもりでしょうか?」
「いや、しないから。してないから」
ホント誤解だから。だからその誰かさんを思い起こすゴミムシを見るような目を止めて下さい。つうか何で一瞬で相手の特定とかできんの?あの時居なかったよね?
「いや、トイレ行きたいんだけど、場所どこ?」
「さようでしたか。ご案内いたします」
言ってしずしずと歩き出すセラさん。俺はそれにおとなしく着いていく。
セラさんが扉を開けると、外には胸板がそびえ立っていた。
「こちらです」
何度見てもナイスマッスルなバーサーカーをあんぐりと見上げる俺を無視して、セラさんはさっさと行ってしまう。
これ、俺が一人で出てきたら攻撃されてたんだろうな。うん、事前報告って大事だね!マジ断り入れといて良かった……