もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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絶望は甘い罠

 翌日、朝のSHR(ショート・ホーム・ルーム)が始まるより少し前の時間帯、セシリア・オルコットはIS学園の屋上にいた。

 普通、高校の屋上といえば生徒立ち入り禁止であるが、ここIS学園でそんな事は一切ない。うつくしく配置された花壇には季節の花々が咲き誇り、欧州を思わせる石畳が落ち着いていた。

 そんな光景に囲まれて佇む彼女は、その美しい容姿と見事なプロポーションも相まって普段よりも余程その美しさが際立っていた。

 周りの小さな花に囲まれてこそ、中心の大きな花は美しく咲きほこれるというが、まさしくそれが当て嵌まるに相応しいだろう。

 

「―――――」

 

 しかし、そんな光景とは裏腹に、彼女の心はそれ以上に荒み、泣き叫んでいた。

 彼女の頬にはもはや数えきれない程の本数の涙跡が迸り、重なり合っており、彼女はここで幾度と、何時間と泣き続けたのかすら、彼女自身も分からない程に泣き続けていたのだ。

 こうして涙が枯れて尚、彼女の心は絶望と悲しみに染まっていた。

 

(昨日の、試合――――)

 

 昨日のクラス代表決定戦を思い出し、セシリアはまた暗いどん底の闇に落とされるような感覚に陥った。

 完敗だった。完膚なきまでの敗北だった。

 手も足も出なかった。

 いや、手と足を出した所で全てが無駄だった。

 

(わたくし、は……)

 

 昨日、彼と戦って、思い知った。

 自分がどれだけ無謀な勝負に挑んでいたのかを。

 自分が挑もうとしていたのが、どれだけ鬼畜な外道で、そして強い人間だったのかを。

 普段の彼の温和な態度に騙されて、女に媚びへつらうだけの弱い男と侮って、蓋を開けてみればこの様だ。

 

「わたくし、は……」

 

 敗北して、頭が冷えて、周囲が自分をどのように見ていたか、ふと周りを見渡してみた――――皆、自分の事を冷たい目で見ていた。

 考えてみれば当たり前だと、セシリアは今になって痛感する。

 この一週間、彼にあれだけの大口を叩き続けておきながら、実際はセシリアの敗北という形の完全試合。

 

「あ、あぁ……わたくし、は……なんて、こと、を……」

 

 彼に叩きつけた大口は何も彼への罵倒だけでは飽き足らず、果てにはIS発祥の地である筈のこの国さえも馬鹿にする始末。

 本来(原作)なら、あそこで彼女の発言を止めていた主人公(ヒーロー)がいたにも関わらず、ここの世界線では彼女の発言を止めるどころか彼女にカマ掛けをして差別発言を一週間煽り続けた主人公(戦争屋)しかいなかった、それが彼女の分岐点に他ならなかった。

 

「あの男……アイン……ゾマイール、あの男は、()()は――――」

 

 敗北して冷たい視線に晒される自分とは裏腹に、勝利を経て他の女子たちから歓声を浴びる彼を見て、咄嗟に手を伸ばして叫びたくなった。

 騙されるな、あれは虚構だ、あれは貴女たちが思うような理想の男ではない――――アレはケダモノと形容するにもしきれないナニカであると、頭の切れるバケモノだと、叫びたかった。

 ……だが、そんな事を叫べるような立場になど、彼女は既になかった。

 それもその筈だ、セシリアが見た彼の本性はあくまでISの個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を通してのモノ、傍から見れば真面目な試合にしか見えないのだから。

 だから、自分が彼の本性を知っていた所で、それを周りの女子生徒達に伝えても、今まで大口を叩いた上で敗北した自分の言葉など彼女達には届きもしないだろう。

 

「う……ぅ、ぁ……」

 

 いや、そもそもその事を懸念している余裕など、セシリアにはない。

 セシリアにとっての一番の恐怖――――それは昨日の試合映像を本国へと見せられる事だった。

 ただ普通に敗北するだけならまだなんとかなったかもしれない。

 セシリアはあくまでBT兵器搭載ISの試験パイロット的な意味合いでこの学園に入学させられてきた為、あくまで優先すべきは勝敗の有無ではなくBT兵器のデータ収集である。

 しかし、今回の場合に限っては違う……相手は、自分のBT兵器を奪って、しかもそのBT兵器を用いた上で自分を上回って来た。

 例え反応速度やIS操縦技術が負けていたとしても、BT兵器の扱いだけは誰の追随も許してなるものかと……そう、思っていたのに、相手は自分からBT兵器を奪ったその瞬間から、自分よりも高度なBT兵器制御をやってのけたのだ。

 BT兵器制御と同時に立ち止まって射撃するだけならまだ分かる。セシリアはそういう芸当ができる訳ではないが、百歩譲ってまだ許容できる。

 だが、手にしたばかりのBT兵器を、しかもISの初心者がそれを操りながら、白兵戦を何の遜色もない動きで仕掛けるなど、もはや化け物としかいいようがない。

 そんな試合映像をイギリス政府が見れば、どんな結果が待っているかは想像に難くなかった。

 

「ぁ……ぃ、やッ……!」

 

 故に、セシリアはその結果を恐怖しながら待ち続ける。

 こんな時間が続くくらいならば、いっそのこと早く自分に決裁を下して楽にしてくれと思うくらい、セシリアにとってそれは恐怖と絶望の時間だった。

 一応、彼は専用機こそ日本のIS企業が製造したものであるものの、彼は厳密には何処の国にも所属していない上、無国籍だ。しかも世界で唯一の男性操縦者、彼を欲しがる国はたくさんいる。

 そんな彼が……BT兵器適正がAと一番高い自分よりも、BT兵器を上手く使ったと本国が知れば、今までよりも余計に彼を欲するようになるだろう。

 

(そうなれば、わたしくは……もう……)

 

 既に用済みだ、とセシリアの思考は悪循環に陥っていた。

 実際、彼は何処の国に所属するかまだ決まっていないので、望みはまだあるのだが、彼女はそんな正常な思考すらできない程の状態にあった。

 

「どう……し……てッ……!」

 

 彼の顔を思い出し、セシリアは悔しそうな声を出して叫ぶ。

 

「どうして……あなたはいつもそうやってッ……!!!」

 

 わたくしの居場所を奪っていくのですか、と口にして、セシリアはハッとなった。

 この一週間……いつもそうだった。

 最初のクラス代表の候補で、周りから他薦されていた彼と、他薦されなかった自分。

 代表候補生であるにも関わらず、クラスメイトから話しかけられない自分と、ただ男性操縦者というだけで人の和を広げていく彼。

 そんな彼に抱いていた感情は果たして……侮蔑、だけだっただろうか?

 

「わたくしは……彼に、嫉妬していた、とでもいうのですか?」

 

 考えてみれば、当然の事だった。

 両親を失い、手元に残った莫大な資産を守るためありとあらゆる勉強をし、その一環でIS適正テストでA+をたたき出した。政府から国籍保持のために様々な好条件を出され、両親の遺産を守るため、即断した。そしてありとあらゆる努力の末、第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次運用試験者に選抜されたのである。

 三年前に鉄道事故で両親を亡くしてから今に至るまで、彼女はそれらの過程や死にもの狂いの努力を経てここにいるのだ。

 ……なのに、ただ世界初の男性操縦者という理由だけで、IS学園に入学でき、そして自分が死にもの狂いの努力を経て手に入れた専用機を、彼はただそれだけの理由で手に入れていた。

 それだけじゃない、自分とは違い、彼はその巧みなコミュニケーション能力を活かして瞬く間に女子たちとの和を広げていっていた。

 

 ああ、なんで気付かなかったのだろう。

 

 男に、嫉妬などという醜い感情を抱いていた自分に。

 

「あ……うぁ……ッ」

 

 ようやく、彼に抱いていた感情を自覚したセシリアは再び涙を流し始めた。

 英国の気高き貴族ともあろうものが、ただ一人の男に嫉妬していた、そんな醜い自分を自覚してしまったセシリアの精神はとうとう耐えきれなくなった。

 

「あ……ぁ、あああぁぁぁああぁッ……!!」

 

 所詮は男性操縦者というだけでチヤホヤされているだけの人間。

 そんな奴に現実を見せつけて思い知らせてやろうとした。

 なのに、それすらも打ち砕かれてしまった。

 残ったのは、そんな惨めな己を自覚した自分自身だった。

 

「ぐすっ、え……ぁ……ああああぁッ……!!」

 

 これからの未来に、そしてなにより醜い己自身に絶望して、泣き続けたその時だった。

 

「何してんだい?」

 

「―――――え?」

 

 突如、聞き覚えのある声に振り向く。

 

「よっ」

 

 気さくに手を上げてそんな挨拶をする彼はまさしく、昨日漆黒のISを纏ってセシリアを打ち負かした男、アイン・ゾマイールその人だった。

 普段、周りの女子に見せている穏やかな紳士のような態度ではなく、何方かと言えば昨日、セシリアの試合で見せた態度に近かった。

 

「あ、貴方は――――……ッ!?」

 

 言いとどまり、ハッとなるセシリア。

 

 ――――もしや、見られていた?

 

 ――――よりにもよって、この男に……!?

 

「昨日ぶりだなあ、嬢ちゃん。元気にしてたかい?」

 

「い……」

 

「ん?」

 

「何時からそこにいましたのっ!?」

 

「何時って、今だよ。屋上に来てみたら、嬢ちゃんがなんか項垂れてたから、気になって声をかけたって所だ……っていうのは、まあ建前に過ぎねえがな」

 

「え?」

 

 アインの思いもがけない発言に、呆然となるセシリア。

 今さきほど言った経緯が建前に過ぎない……という事は、このアインという男は今まで自分を探してここにやってきたという事になる。

 それが何故なのか、セシリアには分からなかった。

 

「……私を、笑いに来たのですか?」

 

「いや、そういう訳じゃあ……」

 

「ではなんだと言うのですか! 滑稽だと言えばいいでしょう!! あれだけ人を馬鹿にしておいて、大口を叩いて、蓋を開けてみればその相手に手も足も出ない。きっと学園中でも今頃私はあなたのかませ犬として噂が持ちきりでしょうよ、決闘なんて挑んで、私は、わた、くし、は……っ!!」

 

 こんな、一番自分の底を明かしたくないような相手にすら、簡単に底をぶちまけてしまうようになってしまった自分自身に、セシリアは情けなく感じてしまった。

 自分は今や負け犬だ。

 敗者がどんなに吠えた所で、目の前の男がそれを目に留める筈もないだろうと、そう思っていた。

 

「違ぇよ、セシリア・オルコット。俺は謝罪をしに……っていうのは柄じゃあねえか、話をしにきたんだよ」

 

「……え?」

 

 彼のそんな発言に、セシリアはまたもや呆然として彼の顔を見つめる。

 何処となくバツが悪そうな顔で、少なくとも自分に対して後ろめたい思いを抱いている事は分かった(正確にはそう見せているだけだが)。

 

「悪かったな、その、テメエの誇りを好き勝手扱っちまって……あん時はどうかしていたとはいえ、やりすぎちまった」

 

「……何故ですか?」

 

「あん?」

 

「何故貴方が謝るのですか!? 今まで一週間の行動や言動を省みても、貴方に非など何処にもないじゃないですか!! 周りの生徒の視線を見れば分るでしょう!? 悪者は十中八九わたくしですよ!!」

 

 はぁ、はぁっと息を上がらせながらセシリアは叫び出す。

 この男は何処まで自分を馬鹿にしてくれるのだと、そんな風に叫びそうな所をぐっと堪えて、それでも耐えきれない部分を吐き出すように叫んだ。

 それを、アインは否定しない。

 

「そうだな。これに関しちゃあテメエの自業自得だ。言い訳のしようもねえ。だが、俺がお前自身にしちまった事についちゃあ別だ。そうだろう?」

 

「別に……何も、思いませんわ。わたくしは敗者、貴方は勝者。過程はどうあれ、その結果は変わりません。だから、わたくしが貴方に恨み言を言う資格も、貴方がわたくしに謝る道理もあるわけ……」

 

「んな顔で言われても説得力ねえよ、ったく……」

 

「……ッ!」

 

 頭をガシガシと掻きながら呆れたようにそう言うアインに対し、セシリアは益々苛立つ視線をアインにぶつける。

 もう自分に構うな。敗者は敗者らしく大人しく隅っこで消える。勝者は勝者らしく中心で堂々としていればいいのに、とそんな持論を頭の中で繰り返しながらセシリアはアインを睨み付けた。

 

「考えてもみろよ。そもそもの話、何故俺があんな戦い方をしたのか、いいやできたのかお前にゃあ分からないだろう?」

 

「……何の話ですの?」

 

「いいから聞けよ。仮にも代表候補生と戦おうってんだ。傭兵として戦場で生きてきたこの俺が何の策もないままテメエに挑む訳ねえだろう。例えば、一週間前にお前にカマ掛けして専用機の名前を聞き出したりなぁ?」

 

「――――ッ、あの時……!?」

 

 言われて、ハッとなるセシリア。

 一週間前、彼に専用機が届くと聞いて彼に話しかけた時、確かに勢い余って自分の専用機の名前を言ってしまった記憶があるが、まさかにこの男に誘導されてのものだと気付かなかったセシリアは内心で自分を殺したい気分になった。

 

「お前の専用機の特性を調べる序で、俺はお前自身の事も調べたさ。生憎、傭兵として世界を飛び回っていたおかげでその手の伝手は沢山いたんでな。おかげで、お前の専用機の弱点も、()()()()()()もすぐに知る事ができた」

 

「――――ッ!? だから……予め、わたくしがブルー・ティアーズを制御している間は他の行動ができないと知っていなければできないような戦法を取って……いえ、それよりもわたくし自身の事って……まさか……」

 

「ああ、全て……とは断言できねえが、知ったよ。お前の両親の事もな……その上で俺は、あのようなお前の誇りを穢すような行為を犯しちまった。普通に戦って、普通にテメエを叩きのめせば、それでよかったのによぉ……」

 

「……」

 

 確かに、とセシリアは思った。

 その身に実感したからこそ分かる――――彼はあのような姑息な手を用いずとも自分などいとも簡単にねじ伏せる事くらい造作もなかった筈だ。

 なのに、態々セシリアのビットを奪い、それを彼女以上に扱う事で彼女の心を折るような真似をしてきた。

 それについてセシリアは恨み言を言うつもりはない。

 いや、すごく言いたいが、敗者である自分は何も言えないのだから……そう思っていたら、男は意外な話をし始めた。

 

「俺はよぉ、国籍も本名も今はありゃあしねえが、生まれは日本(ここ)なんだ。正真正銘、れっきとした日本人ってわけよ」

 

「――――ッ!? じゃあ、貴方は、わたくしが自分の出身国である日本を馬鹿にしたから……あのような事を、でしたら……」

 

 謝るのは、むしろ自分の方ではないのだろうか、とセシリアは考えてしまった。

 だったら、態々自分をすぐに叩かないであんな自分の心をへし折るような戦いをしてくるのだって当然ではなかろうか。

 しかし、目の前の男はそれを否定した。

 

「いいや、生憎だが俺はお前みたいな愛国心なんていう大層なもん持ち合わせちゃあいねえよ。むしろ、この国が女尊男卑の風潮に染まっちまったおかげで、俺と姉さんは生き別れちまった。だから俺はこの国が正直嫌いだ」

 

 まるで底から憎悪するような目でそんな風に告げるアイン(勿論そう見せかけてるだけである)。

 それを見たセシリアは今度こそ唖然としてしまった。彼が自分が日本を罵倒した事に怒っていないと分かっていたにも関わらず、むしろ罪悪感は増すばかりだった。

 

「俺と姉さんはな、ごく平凡な家庭に生まれた姉弟だったんだが……ある事情で、両親が俺ら姉弟を捨ててどっかにいっちまってよぉ……そして姉さんは、俺を女一人で育ててくれた」

 

「――――ッ!?」

 

「そしてな、ISが世に台頭してからは、姉さんはIS関連の技術を学んでその職に就いて俺を養おうとしてな、勿論、幼かった俺もできる事はやったさ。料理、洗濯などの家事は俺が全部やった、少しでも姉さんの負担を減らそうとな……。だけど、姉さんが職に就いてからは、その有能さ故に段々と名が売れ始めてな、そしてこんな女尊男卑の世の中になりつつあった中で、俺が姉さんの足手まといと周囲から罵られ始め、そんな環境もあって俺と姉さんは生き別れる羽目になった」

 

「……そんな、事が……」

 

「んで、あろう事がさ、俺はそれでもいいって思っちまった。俺がいなくなる事で姉さんが苦しまなくなるならそれでもいいって……思ってたんだ……その時までは、な……」

 

 自己嫌悪するように、伏し目がちになりながらアインは言い続ける。

 セシリアはそれをただ呆然と聞く他ない。

 

「けどよぉ、別れる直前、俺はそれが間違いなんだって思い知らされちまった。別れちまう直前、姉さんは……泣いていたんだ」

 

「……泣い、て……?」

 

「ああそうさ、泣いていた。もう手に届かない距離にいる俺に必死に手を伸ばしながら何度も叫んでいた。行かないでくれ、置いてかないでくれってな」

 

「……ッ!」

 

「それを見て、やっと気付いたのさ。俺が姉さんに護られていたように、姉さんもまた俺を必要としていたんだって。気付いた時にはもう遅かった。もう手の届かない距離にいて、慌てて手を伸ばしても、世間は俺達姉弟を引きはがしちまった……!」

 

 悔しそうに、後悔するように、歯ぎしりしながらアインは項垂れた。

 セシリアもここ一週間、彼に言った事に余計罪悪感を抱きながら彼の言葉を聞く。あそこまで彼を罵ってしまった以上、聞かなければならないと必死に耳を傾き続けた。

 事実、彼は()()()()()()()()()()

 

「いや、世間が引きはがしたっていうのはちげえか……。俺は姉さんの事何一つ分かろうともしないまま、姉さんを置いていっちまった。俺一人の自己満足で、姉さんを独りにしちまった」

 

「……では、傭兵を始めたのは……世界を飛びまわって、貴方の姉を探すため……だったのですか?」

 

 そんなセシリアの問いにアインはハッ、と鼻で笑って自嘲しながらその問いに答えた。

 

「それだったらどんなに良かった事か。実際は己の不甲斐なさを戦場で誤魔化してただけさ。八つ当たりみてえなもんだった。殺して、犯して、屈服させて、そうする事で自分を誤魔化し続けてきた」

 

「……」

 

「けどよぉ、機会が巡って来たんだ。傭兵として自分から逃げてるだけの人生だったが、あるIS関連の企業に雇われて、そこにあったISを気紛れで触れて、ISを起動させちまった」

 

「そんな事が……だから、この学園に入学させられて……」

 

「勿論、己の身を護るためってのもあった。だが、それ以上にまたとないチャンスだったんだ……!! 傭兵として世界を渡り始めてから姉さんの名前はもう聞いてねえ、何処にいるかもわからねえ。けどよぉ、これ以上にないチャンスなんだ! 俺の本名はもう使えねえから、姉さんにその存在を知らしめる事ができねえってのは分かってる! だが、俺は男性操縦者、姉さんはIS関係者……だったら、俺の名を売りまくって、餌でおびき寄せてやってくる虫共の中から姉さんを見つけ出す事が出来れば……!!」

 

 決心したような、強い瞳でそう語るアインに、セシリアは罪悪感のあまり益々いたたまれなくなった。

 こんな……こんな強い男を、自分は金でしかモノを聞かない猿と罵り、果てには何の事情も知らないままこの男に嫉妬してしまっていた。

 自分が彼に誇りを穢されていた? 違う、彼の誇りを穢していたのは自分の方ではないかと、セシリアは自分の今までの行いを後悔していた。

 

「勿論、こんな人殺しに成り下がった男を、姉さんが今更弟として見てくれるかは分からねえ。だが、だからと言ってもう逃げ続ける訳にはいかねえのさ。俺自身が後悔しないためにも、必ず姉さんを見つけ出す! そして、婿さん貰って、無事に生活できてるなら、それでいいさ……」

 

 そんな時だったさ、とアインは続ける。

 

「テメエみたいに女尊男卑に染まった女なんざぁ、傭兵やってる俺からしちゃあその手の輩の相手は慣れてる。だから、テメエが何言ったって最初は何も思わなかった……思わなかった、だが――――」

 

「……?」

 

「ふと思っちまったんだ――――もしかしたら姉さんも、テメエみたいに女尊男卑の思想に染まっちまってるんじゃねえかって……テメエを見てたら何故かそう思っちまった。俺と姉さんを引きはがした、女尊男卑の思想にだっ!!」

 

 瞬間、憤怒の目で此方を見据えてくるアインに、セシリアはビクッと体を震え上がらせるも、それでも自分は彼にそれだけの事をしてしまったのだから、当然だと何とか受け入れた。

 

「そこからさ、テメエの悔しがる顔が見てえと、その高慢ちきな顔を歪ませてえと、その誇りをへし折ってやりてえと思ったのはさ……」

 

「……ぁ……」

 

「だが、今にして思えば、ただの八つ当たりだった。テメエにもテメエなりの事情があるって知っていたにも関わらずな。だから……()()()謝っといてやる。その……悪かったな」

 

 バツが悪そうに顔を背けながら、アインは小声でセシリアに謝った。

 そんな彼を見た、セシリアは。

 

(ああ、何だ……)

 

 そっと目を閉じて、このアインという男を理解(勘違い)した。

 

(彼も、同じだったのですね……)

 

 自分と同じように、醜い感情に流されて、結果として己の醜悪さを曝け出してしまった、一人の人間。

 

(いえ、違いますわ)

 

 そこまで考えて、セシリアは己の中の邪な考えを切り捨てた。

 

(彼の行いは、ただ一人の姉を思ってこそのもの、それに比べてわたくしは……)

 

 自分と彼を見比べ、ここ一週間の己の醜さをセシリアは痛感した。

 彼の行いは醜い行為ではあったものの、それは一人の姉を思ってのものから来ているのに対し、自分はどうだっただろうか? ただひたすら彼が己にないものばかりを持っていると勝手に勘違いし、勝手に嫉妬した。結果としてそれは彼の誇りを穢してしまった。自分よりもずっと強い、この男の誇りを。

 

「わたくしも……貴方に謝らなければならない事があります」

 

「ん?」

 

「わたくしこそ、IS操縦者として、IS関係者としてそれ相応の振舞いをしなければならなかったにも関わらず……貴方と貴方の誇り(家族)を穢すような真似をして、その……ごめんなさい」

 

 精一杯の誠意をもってセシリアはアインに頭を下げた。

 別にこれをした所で何が変わる訳でもない。

 これをしたところで、セシリアの未来が変わる事はけっしてないだろう。

 それでも、意味はある。

 両親が死んでから虚勢を張る事でしか己を保てなかったセシリア、そんな己を自覚してから益々と精神が崩れていく一方であったが、それでもそんな己と向き合わなければならないのだと、彼女の心は強い決意に固められた。

 ……それさえもがアインの思い通りだとは知らずに。

 

「ハンッ、別にテメエが謝る事じゃねえよ。俺の話を聞いて分かっただろう? 俺がISに乗る理由はテメエみてえな大層な誇りから来るもんじゃねえ、ただの手段に過ぎねえんだ。そんな理由でISに乗ってる俺なんざぁ、テメエから見りゃあ傍から馬鹿にしているようにしか見えねえだろうよ」

 

「そ、それでも……」

 

「それによ――――」

 

 気にするなと言った風のアインに対し、セシリアが反論しようと言い淀むも、それはまたアインによって遮られてしまった。

 

「テメエだって頑張って来たんだろう。どんなに辛かったかは分からねえ、どんなに苦しかったかも分からねえ。テメエの経歴を一瞥するだけでもどんな辛い思いをしてきたのか想像も付かねえ。そんなテメエに対して謝れ……なんて、口が滑っても言える訳ねえだろうが」

 

「……ぁ」

 

 その言葉に、セシリアはどれだけ救われた事だろうか。

 気が付けば頬は火照り、更なる甘い言葉が彼女を『甘い罠』へと誘う。

 

「何も知らねえ俺が言うのも何だが……その、よく頑張ったな、そしてお疲れ様」

 

「あ……あぁ……!」

 

 気が付けば、また涙が零れていた。

 悲しみと絶望からではない……そんな、当たり前の事を言ってくれた事に対する、嬉しさのあまりに涙がまた零れてしまった。

 

「泣けよ。俺はテメエの苦労も苦しみも理解できる訳じゃねえ、同情する事なんざできねえ。だから、分かち合ってやることだってできない。だが、一方的にぶちまける事くらいできるだろう? 今までのようにな」

 

 もう耐えられなかった。

 やっと……自分を認めてくれる人が現れてくれた。

 こんな、何気ない言葉をかけてくれる事が、自分をオルコットとしてではなく、セシリアとして見てくれた事が、堪らなく嬉しかった。

 そして彼女は、『甘い罠』へと飛び込んだ。

 

「グスッ……ぅ、ぁ、ああああぁぁッ、うわああああああああああぁんッ……!!」

 

 彼の胸の中に飛び込み、思いっきり泣いた。

 今までの全てを吐き出した。

 今まで支えてくれる人物はいたが、吐き出せる人物まではいなかった。

 だから、セシリアは今までの全てを、その涙で洗い流すように吐き出した。

 

 そして彼女は、『甘い罠』にかかった。

 

 

 

 

「さてと、取り合えずひと段落ついたって所か……」

 

 朝のSHRのチャイムが鳴る前に先に『洗脳』した彼女を教室へと行かせたアインも、ゆっくりと歩きながらこれからの事について考えていた。

 既に彼女の良き先輩のサラ・ウェルキンという二年生生徒も自分の手の中にある。これでとりあえずセシリア・オルコット関係についてのものは粗方こちらが掌握したと言ってもいい。

 それに白式の『強制使用許諾』で彼女から一時的に奪ったBT兵器『ブルー・ティアーズ』のデータも既に取ってある。

 

(ここから抜け出したら……まずはこいつのデータをどっかに売って生計を立て直さなきゃな。あの映像のおかげで薄れちまった傭兵としての『信頼』も取り戻さなきゃならねえ……)

 

 こうして考えると仮に学園から抜け出せた後もやる事は山積みだとアインは内心で頭を抱えた。無論、自分の思う通りに事は運んでいる。クラス代表になるという目的も、セシリア・オルコットを手中に収めるという目的も達成はされた。

 問題は、自分の行動に粗があったかどうかである。

 おそらくこの学園で己の本性を知っているのは少なくとも己の姉一人という事は絶対に在り得ない。

 必ずどこかで監視の目を光らせている筈だ。

 

 だが、逆に言えば監視の目が自分に行く分、他に対する警戒の目線が薄れるという事にも繋がる。それを考えれば、こうして自分が高度な『洗脳術』を身に付けていた事は大いに僥倖だったと言えよう。

 

「それにしても、セシリア・“オルコット”……」

 

 くつくつと笑いをかみ殺しながら、アインは彼女の名を呟く。

 彼女の人生を大いに狂わせたきっかけである事件……越境鉄道での横転事故、その列車の中にいた彼女の両親はその事故に巻き込まれて命を落としたのだ。

 最初はオルコットの名を聞いてもしかして、と思って調べてみたら、思った通りだった。

 

 何を隠そう、あの事件の主犯はここにいるアイン・ゾマイールに他ならなかったのだから。

 

 そんな彼女が今、その事故をきっかけに人生を狂わされて、その過程でIS学園にやってきて、そしてその事件の主犯である自分の手に落ちたのだ。

 彼女の周りには既に味方などいない、味方はこの自分だけなのだと思わせて、その心の隙を突いて彼女を『洗脳』する事は造作もなかった。

 人生とは全く以てどうなるか分からないと、改めてアインは実感したのである。

 

「まったく、これだから戦争ってのはやめられねえ……!」

 

 そんな事を呟きながら、アインもチャイムが鳴る前に教室の中へと急いだ。

 

 

     ◇

 

 

「やっぱり、思った通りだわ。彼はただの戦争バカじゃない……傭兵という立場を最大限利用して、その時流に合わせて自分の立ち位置を変えている」

 

 IS学園の生徒会室で、机の上に並べられた資料に目を配りながら、一人の二年生の少女が深刻そうに呟く。

 その目付きは明らかにその年の少女がするようなものではなく、正に裏の世界で生きてきたその道のプロそのものの目付きであった。

 

「はい、お嬢様。裏から取った資料を見る限りでは、彼は様々な組織を渡り歩いては、その組織の人員以上の成果をたたき出し、かつ戦地での強奪や虐殺、そして強姦などを辞さない事から、彼の周りには絶えず甘い蜜を吸わんと彼のお零れを求める傭兵達が集まっていたそうです」

 

 そこにティーカップを持ってきた三年生の生徒が、入れた紅茶を彼女の机の上と置き、更に資料を追加にと置いてきた。

 

「まったく……たかが十歳半ばの少年傭兵に大人たちが寄って集って、しかもただの戦争屋じゃなくて狡猾でもあるなんて手に負えないじゃない……。ここ一週間の彼の行動を省みても、怪しい所は特にない。その手慣れた世渡り能力で周囲の女子生徒達の輪へと自然に入り込んでいる……何者なのよ一体……」

 

 歪んだ口を開いた扇子で隠し、ゾクリ、と思わせるような眼つきで資料を睨む。彼女の名は更識楯無……IS学園最強の称号である『生徒会長』の肩書の持ち主だった。

 

「後それと、もう一つ追加情報が」

 

「……何かしら」

 

「東欧の■■■■共和国の大臣が盗んだ三機のISの内の一機――紛争地帯で彼が強奪したIS、打鉄――が、元の研究所から()()盗まれたようです」

 

「彼が強奪したISが? なら目的はおそらく一瞬の内でも彼が動かしたISのデータを取るため、けどそんな情報を知っている者がいるとなればかなり裏の世界に通じている組織の仕業か……該当するものがありすぎるわね」

 

 男性操縦者、という彼の価値を考えればどこの組織が彼、もしくは彼のIS稼働データを狙ってもおかしくはない。

 更識の者達もできる限り情報工作に努めたが、突き止める側にもその道の情報家がいるのは当然の事、完全な秘匿などできはしない。

 

「やはり、“例の組織”か――――」

 

 




今回、口調だけは素だけど、今までに比べてもひでえ猫かぶりだと書いた自分は思います。こいつ、自分と姉の過去すら利用してやがる……。

実際、セッシーの境遇考えたら、男性操縦者というだけで周りから注目されたり、専用機貰ったする一夏に嫉妬しても十分おかしくはないんじゃないかと個人的には思っています。

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