もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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そして『白』は『黒』へと染まる

 クラス代表の立候補から一週間が立った月曜日、アインは第三アリーナAピットへと足を運んでいた。

 アインにとっては正に千載一遇の好機とも取れる、今回のセシリアとの決闘の日だった。

 

「ゾ、ゾマイールさんゾマイールさん!」

 

 アインのクラスの担当教員であった山田真耶がアインのセカンドネームを二回呼びながら、駆け足でアインの所へやってくる。

 最初はアインの事をくん付けで呼んでいた彼女であったが、彼のずば抜けた猫かぶりによるコミュニケーション能力によって、背丈の関係もあってか、無意識の内に年下と認識できなくなり、いつのまにかさん付けで呼ぶようになっていた。

 

「何でしょうか、山田先生?」

 

「来ましたよ、ゾマイールさんの専用機っ!」

 

「……ッ、ようやくですか」

 

 待ってました、と言わんばかりの表情を作って山田教員にその表情を見せる。

 それが嬉しかったのか、慌てたような表情からパッと一転して太陽のような笑顔を見せる山田教員。

 

「はい、まもなく到着します!」

 

 彼女がそう言うと同時、ごごんっ、という鈍い音と共にピット搬入口が開く。

 重い稼働音を響かせながら、ソレは現れた。

 

「こ、こいつが……」

 

「はい! ゾマイールさんの専用IS『白式』です!」

 

 

 

 

「ところでゾマイール、お前のISだが準備まで時間がかかる」

 

「準備……それはもしかして自分に専用機が用意される、という事ですか?」

 

「……察しがいいな」

 

 表向きは厳格な教師を装っているものの、その眼の奥は複雑に渦巻いている己の姉を席から見上げるアイン。……いや、彼女を姉と呼ぶにはアイン・ゾマイールという存在は織斑一夏からあまりにもかけ離れ過ぎた。

 故に、姉と呼称すべきではすでにないかもしれない。

 

「本来ならIS専用機は国家あるいは企業に所属している人間にしか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意にされる事となった。尚、専用機の製造自体は日本のIS企業である倉持技研が担当する」

 

「日本のIS企業……しかし、大丈夫なのでしょうか? 自分が言うのも何ですが、世界初男性操縦者である自分を欲しがる国は沢山ある。自分も傭兵故に無国籍なのが余計にそれに拍車にかけるでしょうし、それなのに一国のIS企業に専用機を作らせても……」

 

「己の立場を理解しているようで何よりだ。一応、各国の上層部の間ではお前が最初に強奪(うごか)したISが倉持技研製であった事から、今回の専用機の製造も倉持技研が担当する事に一応は落ち着いたそうだ。……とはいえ、大分揉めたようだがな。おかげで遅くなって今日まで伝えられずにいた。そこは教師として謝罪しておこう」

 

 うごかした、という所を地味に強調しながら言う織斑千冬。

 アインはそんな彼女の目を見据える。

 余計な真似はするな、そんな事を物語っているような気がしたアインは、内心で舌打ちをした。

 

(ちっ、さすがに千冬姉あたりにはあの映像も見せられているか……当たりめえっちゃあ当たりめえだが……)

 

「織斑先生が謝る事はありませんよ。自分の立場は、自分が一番理解しているつもりです。それに、こうして実験体にされたり解剖されそうになった自分を、()()()()()()()()()()()()()()()()には感謝していますよ」

 

 ピクリと、彼女の眉が曇った気がした。

 その僅かな変化を、弟であるアインが見逃す筈もなかった。

 

「とにかく、予備機がないから専用機が来るのを待て。今、倉持技研の方々がお前がクラス代表決定戦に出場すると聞いて急ピッチでお前の専用機を組み立てている筈だ」

 

「分かりました。倉持技研の方々には、後で感謝の言を述べなければなりませんね」

 

「それは学園側から言っておく。お前は目の前の戦いに集中するといい」

 

「お気遣い、感謝致します」

 

 目と目が合う。

 一見、教師と生徒が一対一で対面しているだけの状況に見えるが、それは違う。いうなれば、それは腹の探り合い。

 アインは何事もないかのように、しかし真っ直ぐと千冬の目を見据え、千冬もまた訝しと混乱を潜めながら鋭い目付きでアインを見る。

 

「……話はこれで終わりだな。授業を始めるぞ。山田先生、号令!」

 

「は、はい!」

 

 そんな二人の空気を生徒が察せない中、山田先生だけは何かを感じ取り、無意識に二人の間に流れた空気に怯えていたようだったが、それでも彼女は気を持ち直して講義の説明にあった。

 山田先生の授業を聞きながら、アインは先ほどの姉とのやりとりを思い出し、考えに耽った。

 

(どの道、俺の本性は向こうに知られているのをいい事にカマを掛けてみたが……当たりみてえだな。直接的な決定権があったかどうかまでは分からねえが、俺がこの学園に入学させられた要因に千冬姉は間違いなく一枚噛んでやがる。となれば、この俺が直接動く事は益々避けなきゃならねえ)

 

 となると、やはり『洗脳』して駒を増やす事は必須だと改めて実感するアイン。

 幸い自分は男性操縦者……物珍しさに寄ってくる女子はたくさんいるのでそれを利用しようという結論に至ったアインは、とりあえずこの考えを頭の隅に置いといて山田先生の授業を聞き続けた。

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけれど」

 

 休み時間、早速自分の席へとやってきたセシリアに対し、アインは内心でほくそ笑んだ。

 

(やれやれ、ここまで分かりやすい女ってのもそういねえな)

 

 そんな事を考えながら、身体の向きを変えて彼女と向き合った。

 

「まあ? 一応勝負は見えていますけど? さすがにフェアではありませんものね」

 

「フェアではない……ですか。そういえばイギリスの代表候補生であるセシリアさんも専用機を持っていましたね、名前は確か――――」

 

「“ブルー・ティアーズ”ですわ。我が祖国イギリスが開発した第三世代IS……それを譲り受けたこのわたくし、セシリア・オルコットは、謂わばイギリスの看板を背負ったエリートなのですわ!」

 

 ――――ほら、こんな風にかまをかけるだけでべらべらと喋ってくれる。

 おそらくIS操縦者としての訓練を受けてはいても、こういった事への躾はされていないのだろう。

 本当に扱いやすい雌だ、とアインは心の中でそう評し、彼女の言葉に耳を傾き続けた。

 

「本来ならばお互い専用機同士になった時点でまったくのフェア……と言いたい所ですが、貴方はISに関してはまったくの素人ですし? このセシリア・オルコット、そんな相手に本気を出す程小さな器はしていませんわ。……何なら、其方にハンデを差し上げてもよろしくてよ?」

 

「ハンデ、ですか……。ではハンデと言っては何ですが、一つだけ……」

 

「何ですか? 何でも仰ってよくてよ?」

 

 フフンと、鼻を鳴らし、腰に手を当てるセシリア。

 何でもどんと来い、といういうな態度……しかし、次のアインの言葉でソレは崩れる事となった

 

「もし、わたくしが勝てればの話ですが、その時は―――――貴女の専用機のデータを、こちらに寄越して頂けないでしょうか?」

 

 声のトーンを低くし、眼つきを鋭い物に変えてそうアイン。

 一瞬、時が止まったかのような感覚を、セシリアは感じた。

 ――――この男は今、何と言った?

 ――――国の看板たる専用機のデータを寄越せですだと?

 

「……貴方、どういうつもりですの?」

 

 先ほどのような緩慢を思わせるような態度とは一変して、表情を険しい物へと変えるセシリア。そこには、ただ単純に代表候補生である事に誇りを持つ女の姿があった。

 

「どういうつもり、とは?」

 

「どうもこうもありませんわ! 専用機とは謂わば我々代表候補生の誇りそのもの! そのデータを寄越せなどと、気が狂っているとしか思えませんわ!!」

 

 バンッ、とアインの机を叩きながらそう言うセシリア。

 その目には代表候補生という立場を遠回しに馬鹿にされたという怒りがありありと見えていた。

 そんな彼女に対し、彼は臆する事もなく声のトーンを低くしながら弁明を述べた。

 

「ご存知の通り、自分はこう見えても傭兵の身でして……何等かの報酬がなければやる気が出ない質なんですよこれが。ほら、例え勝機が絶望的だとしても、出来れば全力で抗いたいでしょう?」

 

「ふん! 所詮は金でしかものを聞かない猿という事ですわね! ああ、本当に穢わらしい、何でこの私がこんな男と一緒のクラスなのでしょうか! 我が祖国の情けない男子だってもう少しは……」

 

「セシリアさんの祖国、といえばイギリスでしたね。わたくしも()()()()依頼で行ったことがありますが、確かにあそこはいい所だ。この学園に入学する前に回った日本の名所にも勝るとも劣らない――――」

 

「我が祖国をこんな未開な極東の地と比べないで下さらないかしら!? これだから男は――――」

 

 喋り続けるセシリアを見て、アインは内心で更にくつくつと嗤う。

 ――――ああ、本当に扱いやすい。

 本当に少しカマをかけるだけで女尊男卑の差別発言から、一気に国際問題発言へと持ち込ませることができる。おかげで戦争も煽る事ができる。

 今までこのような輩は何人も相手にしてきたアインであったが、ここまで分かりやすく、扱いやすい女というのもそういなかった。

 

「まあ、貴方がどのような専用機を使ってくるのかは知りませんが? どちらにしてもこのクラスで代表に相応しいのはこのわたくし、セシリア・オルコットである事をお忘れなく」

 

 ぱさっと髪を手できれいにはらい、去り際にそう言い残して彼女は自分の席へと戻っていた。

 ……己に向けられた陰口に気付かぬままに。

 

『何よあの女……』

『アイン君がどんな思いでこの学園にいるかも知らないで……』

『というか、落とした教科書位拾いなさいよ……』

『私達の国まで馬鹿にして……』

 

 陰口を発していたのは、昨日、アインの部屋に押しかけて来た四人の女子たちだった。

 アインは昨日、寮の部屋で彼女達とひと時を過ごした後、今朝の朝食を彼女らとともにすることで更に親しくなっていた。

 少なくとも彼女達の認識では既に「友達」という関係までにある彼女達からしてみれば、自分達の国を馬鹿にされた上に、友達であるアインの事も馬鹿にされた事をよく思う筈もなかった。

 他のクラスメイト達もまた、陰口とまでは行かずとも、セシリアの事を白い目で一瞥していた。

 

 ……そんな中、アインだけは内心で笑い続けていた。

 

 本来(原作)ならば、彼女の発言を止める立場にあった主人公が、戦争を煽れるからという理由で敢えて彼女の差別的発言を止めずに言い切らせ、そして今回もカマをかけて彼女の差別的発言を煽っていたのだ。

 そしてクラスメイト達が彼女達に白い目を向ける一方で、アイン自身はその巧みなコミュニケーション能力で着々と人脈を広めつつあった。

 

 彼女の味方が減っていく一方で、彼の人脈はそれに反比例するかのように広がっていく。

 

 儚き英国貴族の少女は、彼の手に堕ちるその前から、彼の掌の上で踊らされ続けていた。

 

 

 

 

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。できなければ負けるだけだ。分かったな」

 

 いつの間にかいた己の姉にせかされ、アインはその純白のISに触れる。

 ……触れて、妙な感覚を感じた。

 

(何だ、この気持ち悪ぃ感じは……?)

 

 初めてISを強奪した時や、試験の時に感じたすっと収まるような感覚ではない。

 まるで拒絶されるかのような電撃のような感覚だった。

 

「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。後はシステムが最適化をする」

 

 その言葉に従い、装甲を開いているIS――――白式に身を任せる。

 その瞬間――――とてつもない程の電撃が走った。

 

「……こ、れは……ぐぅッ……」

 

「ゾマイール、どうした!?」

 

 咄嗟に苦しみだすアイン。

 そんなアインに千冬は慌てて声をかけた。

 が、そんな声はアインには聞こえていない。……ただ、苦しむだけだった。

 

「が……ぁ、ぐぅ……!」

 

 先ほどの拒絶されるような電撃。

 白式のコックピットに乗った瞬間、それは確かなモノとなってアインに襲い掛かってきたのだ。

 何故、こうなっているか、その理屈はアインには分からなかった。

 しかし、『兵器の扱い』に関しては天性の才を持つアインには直感的に理解することができた。

 

 ――――白式が、自分を拒んでいるのだ。

 

 まるで、お前のような奴は使い手には相応しくないと言わんばかりに、アインという存在そのものを拒んでいるのだ。

 

「ぅ――――ぅあ……!」

 

「無事かゾマイール!? 返事をしろ!」

 

(……ッ、何がどうなってやがる!?)

 

 まともな声を出せぬほどの苦しみを受けながらも、彼の精神は健在であり、内心で悪態を付いていた。

 初めてIS強奪し、操縦したときはまるで馴染むかのように動かせたにも関わらず、この白式は自分の意思に答えてくれなかった。

 

(くそっ! 動けってんだよっ!)

 

 そう念じてみるも、白式は答えてくれなかった。

 何故だ、なぜ『兵器』がここまで自分を拒むのだ。

 この自分が、アイン・ゾマイールがお前を兵器として最大限に使ってやるというのに、なぜ反応しないのだ。

 

(待て……”兵器”だと?)

 

 そこまで考えて、アインは苦しみに耐えながら別の思考を働かせた。

 ISというものはそもそも操縦者の操縦時間に比例してIS自身が操縦者の特性を理解し、操縦者がよりISの性能を引き出せるようになる性質を持っているらしい。

 ならば、このISを兵器としてしか考えないアインの情報を、この白式が現在進行形で理解し、拒絶しているという考えはあながち嘘ではなかろう。

 ならば、とアインは白式へ問いかけた。

 

『何故俺を拒む、白式』

 

【――――】

 

 返事はなかった。

 しかし、確かに反応はあった。

 

『ハッ、兵器の分際でよくまあそんなに偉そうにできるもんだぜ。お前もしや――――自分が特別だと勘違いしちゃあいねえだろうなあ?』

 

【――――】

 

『無視かよ。だがまあいいぜ、今のでお前が俺の何を知ったかはしらねえが……そんなに知りてえなら見せてやるよ――――俺の全てをなぁ!』

 

 白式にそう念じるや否や、アインは頭の中で今まで己が見てきたものを想起した。

 

【――――ッ】

 

 アインの頭の中に様々な映像が浮かび上がる。

 

 始まりは――――女尊男卑の風潮によって死んだ織斑一夏……彼という人間の中にただ一つ残った狂気、『戦争屋』という自分。

 様々なモノを見た。

 女尊男卑の風潮により、次々と続出する男の孤児。

 IS適正が高いという理由だけで裏の研究所にさらわれ、体を色々弄られては廃棄される女子供たち。

 男は弱きものとして虐められ、強き女は実験台として扱われる。

 その他いろいろ――――アインは自分が見てきた闇すべてを白式に見せつけた。

 

『どうだい、自分が変えた世界を見せつけられた気分はぁ?』

 

【――――ッ、……ッ――――、ッ……ッ】

 

 いつの間にか、己を拒絶するような電撃は感じなくなっていた。

 ISがアインを拒絶するのをやめた訳ではない。

 今度は白式の方が()()()()()()

 

『分かるだろうがよぉ、手前らは特別な存在でもなんでもねえ。見ろよ、世界は何処も変わっちゃいねえ。手前らはただ単に“歪み”を助長したに過ぎねえんだよぉ!』

 

【――――ッ……ッ――――ッ……ッ、――――ッ】

 

 一見、何の反応もないように思える白式。

 しかし、アインには手に取るように分かった――――白式は今、悲鳴を上げていた。

 目の前の光景が認められないと、自分はそのような存在ではないと、必死にアインが頭に思い出していた映像を否定していた。

 

『そして、手前らが生み出した“歪み”は『戦争』という最高の遊戯を誘発する』

 

【……ッ、――――ッ】

 

『人の手によって作られたIS(手前ら)が、人の世を変えるたぁとんだ笑い話だ。手前の“前の使い手”がどんな奴だったかは知らねえが、これが現実だ! これが世界だ! 手前は戦争のし甲斐のある兵器以上の何物でもありゃあしねえっ!!』

 

【……】

 

『理解しやがれぇ! テメエも俺もその為にあんだよォッ!!』

 

【――――フォーマットとフィッティングが完了しました。確認ボタンを押してください】

 

 そして、白式はついに()()()()

 もはやアインを拒絶するような電撃を発する事はなく、アインが見せた闇に押し負けた白式は文字通り、アインの闇に染まってしまった。

 

 

「うそ……一瞬でフォーマットとフィッティングをッ!?」

 

「……ッ!?」

 

 アインの様子を見ていた山田真耶は驚愕の表情を表しながら形状を変えた白式を見た。千冬も言葉には出さなかったが、その眼は大きく見開かれていた。

 

 

『さあ、始めようじゃねえかっ!』

 

 誰にも聞こえることはなく、しかし青年は大声で自分の扱う兵器に呼びかけた。

 

『IS同士による、とんでもねぇ戦争ってやつをよぉっ……!!』

 

 ()()()鎧を纏った『戦争屋』は、アリーナへと飛び出していった。

 




という訳で、一夏の思考に飲まれて黒化した白式ちゃんでした。

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