もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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今回は猫かぶり回なのであまりサーシェス成分はありません。


英国貴族の分岐点

 二時間目と三時間目の間の休み時間、周りから突き刺さる視線を無視しながらアインは考え事に耽っていた。女子との人脈を築く事も信頼を得るという上では大切であるが、それ以上に彼にとって後悔すべき事があった。

 

(ったく、勿体ない事しちまったぜ)

 

 というのも、あの東欧の紛争地帯で撃墜させた二機のISを裏の技術者たちに売るという算段が頓挫になってしまったのだ。ISの価値はコアだけでも、否、コアこそが世界中の兵器の価値を足し合わせても足りぬ程の価値があるのだ。損傷の度合いなどは問題ではない。コアさえあれば高値で売れる筈なのだ。

 それなのに、自分が落とした筈の二機のISは元の研究所へと収容され、自分が強奪した打鉄も同じ所へ戻されてしまった。

 

(やれやれ、スコールの大将あたりにでも売っときゃ、高値で買ってくれただろうによぉ……)

 

 かつての雇い主の顔を思い浮かべ、アインは内心で溜息を吐く。まあ、彼女が所属している組織は神出鬼没な上にそもそも組織名さえも自分には知らされてなかった。組織名を教えない代わりとして報酬を上乗せするという形で手を打ってもらったのであまり気にしてはいない。だが、彼女ならISを高値で買ってくれるだろうという確信がアインにはあったのだ。

 ……とはいえ、終わった事を悔いていても仕方がない。とりあえず、今やるべき事はこの学園から抜け出せる準備をいつでも整えておく事だ。もちろん、すぐに抜け出す訳ではない。ここの学園のノウハウをある程度吸収してから出て行っても損ではない事は確かだ。

 ISの操縦は大体“感覚で”掴めたものの、完全ではない。多少は理論も学ばなければならないだろう。

 実際使ってみて分かった――――IS(アレ)はとんでもない兵器だ。あれを戦場に持ち出せればどれだけ戦争のし甲斐がある事か……想像しただけで自然と笑みが零れてしまう。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

「……ん?」

 

 ……そんな事を考えていたら、いきなり声をかけられた。

 話しかけてきた相手は地毛が金髪の鮮やかな女子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳がやや釣り上がった形でアインの事を見下すように見ていた。

 ()()この手合いか、とアインは内心で溜息を吐きながら、身体を動かして金髪の少女の方に向き直った。

 

「何か御用でしょうか? イギリス代表候補生、セシリア・オルコットさん?」

 

「あら、貴方の前で名乗った覚えはなくてよ?」

 

「おっと、こいつは失敬。入試主席の名前欄に貴女の名前があったので、自己紹介ですぐに覚える事ができましたよ。英国貴族、オルコット家の名声は世界を転々としていた私にも届いていました。こうしてオルコット家の者とお話できるのは、私にとっても光栄ですよ」

 

「まあ! 金でしか言う事を聞かない犬の分際かと思いましたが、中々に礼儀を弁えているようで安心しましたわ。そう、この私こそイギリスの国家代表IS操縦者、その候補生、エリートなのですわ!」

 

 営業スマイルのような顔を浮かべながら、アインは社交的な挨拶と同時に彼女の家を盛大に褒めたたえる。……あくまで彼女自身の事は褒めてないのだが。

 この手の輩……とくに女尊男卑の思想に染まっている女性の相手を何回も相手にしてきたアインにとって今更この程度の罵倒は気にも留めなかった。……いや、むしろそれで戦争を煽ってくれるのであれば是非とも公の場で大声で叫んでほしいとさえ思っている。

 雇い主が女尊男卑主義者であろうとそうでなかろうと、傭兵が雇い主から信頼を得る手段はただ一つ……『手柄』なのだ。それなりに戦果を上げさえすれば信頼は得られる。

 そして傭兵は信頼が命であるが故、こうして自分が男である事をいい事に罵倒してくる輩が相手でも意に介さずに会話を進めるコミュニケーション能力をアインは身に着けたのだ。

 ……裏社会でも狡猾に立ち回れるように。

 

「本来ならばわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくする事だけでも奇跡……幸運なのよ。その現実を少しは理解できているようで安心しましたわ」

 

「ええ、それはもう……」

 

「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ?」

 

 別に優しさなどいらない、自分がやりたいのは戦争だ。

 そんな本音を心の内で飲み込みながら、彼女の言葉に相槌を打つ。

 

「ISの事で分からない事があれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差しあげてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 唯一、というのはおそらく女子で、という事だろう。

 何せ……自分も教官を相手に圧倒して倒して見せたのだから、そうでなければ辻褄が合わない。が、どうやら本人はその点については気付いていなさそうなのでアインは向こうに合わせる事にした。

 

「そ、そいつぁまた……さすが代表候補生。教官すらも倒してみせたそのずば抜けた手腕、恐れ入ります」

 

 わざと目を見開き、いかにも感嘆しています、といった風な口調でアインは言う。

 その言葉に彼女、セシリア・オルコットはフフン、と得意げに腰に手を当てながら鼻をならした。

 

 そうしている内にキーンコーンカーンコーン、と三時間目開始のチャイムがなった。

 脱出する算段を考える時間を取られたな、とアインは内心で愚痴りつつも、営業スマイルを保ったままセシリアに席に座るように促す事にした。

 

「おっと……時間のようですし、早く席を座られては如何が?」

 

「ふふん、どうやら貴方とはうまくやっていけそうですわね。それでは」

 

 彼女は上機嫌そうに鼻を鳴らしながらアインに背を向け、自分の席へと戻っていく。優雅な仕草で戻っていくその様は如何にもいい所のお嬢様、という感じの風格を見せつけていた。

 

(クククク……それにしても、“オルコット”ねえ……)

 

 そんな彼女を見つめながら。

 アインはそっと口角を釣り上げてほくそ笑んだ。

 

 

     ◇

 

 

「それではこの時間は実践で使用する各種特殊武器について説明する……が、その前に再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなきゃいけないな」

 

 言って、織斑千冬は説明する。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るためのものだ。今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 

 随分とまあ面倒な事をするものだ、千冬の説明に対してアインは真顔でそんな感想を抱く。

 まあ、自分がそのクラス代表者とやらになる事はないだろう。いや、あってもしてやるものかとアインは思う。ただでさえ何の報酬を提示されないまま、この学園に居座らされているのだ。

 それにこの学校から脱出する準備をする時間も削れてしまう。それだけは何としても避けたい。

 

(いや、待てよ?)

 

 そこまで考えて、アインはそれを改めた。

 ただひたすら脱出する準備をすれば如何に自分といえど怪しまれるのは当然の事。何せ自分は世界で唯一の男性操縦者……否が応でも周りの視線を浴びてしまう。

 だったらいっその事その生徒会の開く会議や委員会への出席権を得て、先に学園の動向を探りながらの方が脱出する算段が付きやすいのではなかろうか。

 幸いここはIS学園……普通の学園とは文字通り訳が違う。

 

 何より戦争を起こしやすくなるかもしれない。

 

 ……そう考えれば、クラス代表者になるのも視野に収めておくべきだ。

 

「はい! アイン君を推薦します」

 

(来たか……!)

 

 さっそく自分への推薦が上がった事にアインは内心でガッツポーズをする。

 それに触発されてか、周りの女子たちが次々と手を上げて自分を推していく。やはり珍しい男性操縦者という事もあってか、その勢いは止まる事を知らなかった。

 

「では候補者はアイン・ゾマイール……他にはいないか、自薦他薦は問わないぞ?」

 

 千冬が心なしか複雑な面持ちながらも、アインの名前を紙にメモを取る。

 これはいい傾向だ、とアインは表情に出さないながらもほんの少し口を歪めていた、その時だった。

 

「待ってください! 納得が行きませんわ!」

 

 バンッと机を叩いて立ち上がったのは、先ほど二時間目が終わった後の休み時間でアインと話していた金髪の女子生徒、セシリア・オルコットだった。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

(ほぅ、こいつぁいい)

 

 若干、口角を釣り上げるアイン。

 いずれあの女に何気なく煽って差別的な発言をさせて戦争の火種にしてやろうかと思っていたが、態々自分が煽るまでもなくこうして喋ってくれるとは思わなかった。

 ……惜しむべきは、ここに男のお偉いさんがいない事であるのだが。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由でこんな金で動くような猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

(そうだ、もっとだ、もっと吐き出せ……)

 

「いいですか!? クラス代表はトップがなるべき、そしてそれはわたしくですわ!

 大体、文化としても後進的に国で暮らさなくてはいけない事自体、わたくしにとっては苦痛で――――」

 

(足りねえな、もっとだっ!)

 

 本来(原作)の彼であったのなら、ここで彼女の発言に激昂し、お返しにと英国を貶めるような発言をしていたが、彼は違った。

 彼は戦争を煽るためなら、例え自分をこのような『戦争屋』に変えた主たる要因である女尊男卑の主義主張発言なども簡単に容認した。

 この世から戦争がなくなる可能性などないのだ、であればその戦争を全力で楽しもうではないか……彼のそのような思考が彼女の差別的発言を容認しているのだ。

 

 ここに彼女の発言を止める主人公(ヒーロー)は存在しない。

 いるのは、原作とは違い更に差別的発言を加速させていく彼女を白い目で見る女子生徒達と、その光景をほくそ笑んで眺める主人公(戦争屋)だけだった。

 

「――――であるからして、わたくし、このセシリア・オルコットがこのような未開な極東の地に足を踏み入れる事自体を奇跡……光栄と思うべきでありましてよ!? よって、わたくしはそんな猿がクラス代表になる事は断じて認められません!!」

 

 もう一度、机をバンッ、と叩いて彼女は論破する。

 せり上がった熱が冷えてきたのか、ハァハァと息を上げながらも彼女は段々と落ち着いて、それでも未だに得意げに胸を張っていた。

 

(よく言った、お嬢ちゃん)

 

(これでまた戦争の種が増える……!)

 

 例え自分を貶めるような発言をされようが、それでも彼は火種が増えた事を嬉しく思っていた。そもそも、戦争とは拒み合い故に発生するもの、故に自分も全力で拒まなければ戦争にならない。

 今はまだ大事にはならないだろうが、それでも後々こういう発言は響いてくる。何せ、今の彼女の発言を聞いた生徒がこの場に29人もいる。

 ここはIS学園……彼女たちとて狭き門を潜りぬけてここまで辿り着いたのだ。その中の半分以上は日本人の女子生徒。彼女の発言をよく思う者がいる筈がない。

 

 彼女の発言を止める者がこの場にいなかった。

 それが、彼女の分岐点だった。

 

「候補者をもう一人追加……セシリア・オルコット。他は……いないみたいだな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。ゾマイールとオルコットはそれぞれ用意しておくように。それでは授業を始める」

 

 ぱんっと手を打ち、千冬は話を占めて授業を始めた。

 途中で、気付かれないようにアインを一瞥しながら、特殊武器についての説明をしていていった。

 

 

     ◇

 

 

(やっぱり、一夏じゃない)

 

 先ほどのやりとりを思い出し、千冬は心の中でそう言い聞かせる。

 

(弟だったら……一夏だったら……あそこで言い返していた筈だ!)

 

 だから、この前列中央に座っているこの青年は断じて一夏ではない。

 一夏ではないのだ。

 

(決して……一夏である筈が、ない……)

 

 

 

 




次回ネタバレ:セッシーはある意味ではロックオンポジです。

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