もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら 作:ナスの森
「……知らない、天井だな」
思わず、そんな言葉が漏れた。
別に知らない訳ではない。
知識としては知っているし、単に自分がこういう場所にお世話になった経験がないだけの話であった。
……薬品の慣れない匂いが鼻に触る。
病院という空間に慣れていない彼女にとっては、それはまさしく未知の経験であった。
「まったく……」
ハァ、とため息を吐く。
今まで如何に自分が報いを受けてこなかったかを、慣れない病室の雰囲気で千冬は実感させられる。
いや、病院に運ばれたというのであれば、それは報いとは言わないのでないか。 そんな思考が過るが、それでは自分を病院に入れてくれた者に対してあまりにも失礼だと思いなおす。
「誰だろうな、こんな私を今更助けようなんてお人好しは……」
体中に撒かれた包帯やらを目にして千冬は呟く。
今までは、あまりそういうのを感じてはいなかった。
白騎士事件を友人と共に共謀し、世界を変え、自分は白騎士から姿を変えブリュンヒルデというIS乗りとして世に君臨した。
変わりゆく世界に切り捨てられる者達を目にくれずに、ただ一人の家族を守るために栄光に縋りつき、そのただ一人の家族すらもその栄光故に手放してしまった。
どうしてだ、と千冬は今になって思う。
あれほど家族を守るにはいい後ろ盾だと思っていたブリュンヒルデの名も、今では完全に忌むべき名でしかない。
己のせいで歪んでしまった世界を友人と共に眺めておきながら、その闇から目を背け、己が手にしたものばかりに目がいくあまり、己が抱いてしかるべき
それ故に、あの事件を招いた。
各国の上層部から半ば押し付けられる形で、IS学園へと入学させられた男子生徒、アイン・ゾマイール。
「いや、押し付けられた、というのは言い訳か」
先程の己の思考を省みて思い直す千冬。
手を刎ね除けてでも、彼をIS学園へ入学させろという要請を断るべきだったのだ。
なのに、千冬はむしろ進んでそれを承諾してしまった。
彼がかつて自分が手放してしまった唯一人の家族なのかもしれない。……そんな誘惑に千冬は負けてしまった。
自分勝手に世界を変えておきながら、それが原因で手放してしまった家族をまた取り戻せるかもしれないと、それで周りに与える被害を考慮せず、またもや自分勝手の都合で人々を巻き込んでしまった。
「私は、何も変わっていない。変わろうともしなかった……」
自分が変えた世界にあろうことか満足してしまい、それで周りにどう影響を与えるのか、その影響でどれだけの人々が陥れられたのか。それを見ようとも、知ろうとも思わなかった。
周りを信用せず、己の力で何とかするかしないと自惚れ、その力がまかり通る、己にとって都合のいい世界に変えようとして、この様だった。
そんな、自分勝手な子供が、己のエゴを押し通したままズルズルと駄目な大人のまま成長した。
その成れの果てが自分なのだと、千冬は思い知った。
そういった無意識の悪意が、人を傷つける結果になるという事も、今更になって痛感した。
気付いた時には、もう遅かった。
「私は、どうするべきだったのだろうな……」
どうするべきだったか……そんなものはとっくに分かっていた。
昔、友人の馬鹿げた行いに付き合わず、止めていればよかったのだと千冬は思い返す。そして千冬は自分の力だけで何とかしようとせず、きちんと周りを頼るべきだったのだ。
箒や束の両親を頼るなり、己の手で一夏を育てようとせず、一夏を縛り上げようとせずに、ちゃんと周りの大人を頼ればよかったのだ。
そうすれば、少なくともこういう事にはなっていなかったかもしれない。
「失礼します……あ、目が覚めましたか、織斑先生!」
ガチャ、とドアが開き、山田先生――――もとい山田真耶が入って来た。
「山田先生、私は――――」
「織斑先生はあの後、バーから出ようとした時に急に倒れたんですよ? 体中に何重にも重なった打撲と、アルコールの摂取のし過ぎで、それで……」
「そう……か……、福音は今どうしている? それにクラリッサは?」
倒れてしまった自分を情けなく思いつつも、現状を整理しようと千冬は真耶に問う。福音が暴走してから既に相当な時間が経っている。
新しい被害情報はないか、またかつての自分の部下が今どこにいるのかも気になった。
「福音は……現在は太平洋の真ん中で浮遊したまま活動を停止しているようです。ドイツ軍が保有する衛星カメラにより監視されているようですが、いつ活動を再開してもおかしくは……」
「ドイツが……だと? アメリカ政府は何をしている? 仮にも自国が暴走させてしまった兵器なのだから、それくらい――――」
「福音の監視は、ドイツが自ら買って出たそうです。おそらく狙いは信頼回復にあるのだとマスメディアは推測しているそうですが、本当の狙いは……」
「……あわよくば、福音を手に入れようとしている状況、という事か?」
「おそらく、ドイツだけではないでしょう。福音の座標位置が太平洋の真ん中となれば、各国も手が出し辛いでしょうし、何よりこの情勢では各国で連携が取れるかも難しいでしょう。福音に対する対応は当分先送りになるかと思われます」
「よしんば各国が手を組んで合同作戦に出た所で、どこかしらの国が福音を横取りしようと企むかもしれない、か。太平洋にいるという事は、おそらく欧州やアジアを横断した訳ではない、其方に被害が行かなかったのが不幸中の幸いか……」
「ですが、先の福音暴走事件をきっかけに、アメリカの各州でデモが起こっているそうです。何千人もの犠牲者が出たというのに、それ何十人と言った風に情報操作するのは無理があります。デモ隊には女尊男卑の被害を受けた男性を中心に、この間のIS学園でのテロ事件の影響を受けて女尊男卑の思想から目を覚ました一部の女性たちも加わっています」
次々と真耶の口から語られる情報に千冬は頭を痛める。
「クラリッサさんは……暴走した福音に備える為に本国に帰還しました。けれど、その、せっかく情報を求めて織斑先生の所までやってきたのに、織斑先生が倒れてしまったものだから……その……私が持ちうる限りのあのテロ事件の詳細と情報データを彼女に……」
若干、千冬から目を逸らして気まずそうに真耶はそう語った。
せっかく情報を求めて副隊長一人の身で国の目を盗んでこの国にやってきたのに、その貴重な情報源が倒れてしまい、何の情報も得られぬまま本国へ帰還しなければならない羽目になるのはあまりにも哀れだったので、真耶はクラリッサにあのテロ事件の詳細データを渡したのだと言う。
「……そうか、世話をかけるな。すまない」
「あれで、よかったのでしょうか? 彼女は、いえ彼女達はドイツという国に不信感を抱いていたのに、それを促すような情報を与えて、それに、ボーデヴィッヒさんの仇の名もその中に……」
「…………アインを入学させるように学園に促してきたのは各国の上層部共だ。アインが犯人である事を公開するとは即ち、自分達の尻尾を掴ませる事にも繋がる可能性が出てきてしまう。本来ならば、一教師の一存で流していい情報ではないな」
「……そう、ですよね……、クラリッサさんも同じような事を言いたげでした……すごく頭を下げられましたけれども」
「私個人としては、何も言えないな、ソレは……」
大本の原因が自分である事を明かせない自分を情けなく思いつつ、千冬は真耶の独断行動についての是非を決められなかった。
黒兎隊が仇の名を知った所で、仇という存在はアイン・ゾマイールに限らないのが彼女達にとっては辛い所だ。
大本としてラウラのレーゲンにVTシステムを搭載したのはアイン以外の第三者である事に違いない。VTシステムインストール履歴には、彼女が代表候補生としてIS学園に転校する前からVTシステムは搭載されていたとの事。
そして、学年別トーナメントと同じ時期にVTシステムの更新履歴が確認された事から、あの時点でドイツ以外の者の手によってVTシステムが改良されていた形跡があった。時期からして犯行が可能であった者はレーゲンの整備を担当していた整備課の生徒達。
その整備課の生徒達も洗脳されていた事から、誰の手によるものかは一目瞭然である。
つまり、彼女達にとって隊長であるラウラの仇とは、ドイツであり、アインであり、そして彼のスポンサーでもある。
「クラリッサ……」
拳を握り、かつての教え子の名を呟く。
千冬は改めて、クラリッサが身の危険を冒してまでこの極東の地まで情報を求めてやってきた訳を実感した。
最早、彼女達は何を信じて戦えばいいのか分からない。
そして、その彼女が頼りにしていた自分ですら、この世界を歪めた元凶である始末だ。
彼女達には信じられるものが、そして明確な味方が何処にもいない。
こんな状況の中で祖国に素直に尽くせるわけなどないのだ。
(……どうすればいいのだろうな、私は……)
今になって、次々と千冬の胸の内から、罪悪感の泥が沸き上がってくる。
そもそも、ラウラの『
黒兎隊が今のような状況に陥る事もなかった。
考えれば、考える程。
辿れば辿る程、その元凶が自分に行き着いてしまう。
この世界の歪みの、何もかもが、その元凶が自分とその親友だった。
アイン・ゾマイールという怪物も、結局はその歪みから生じた一端でしかない。
「山田先生、少し、話を聞いてくれるか?」
「話……?」
「ああ。己のエゴで世界を歪めた、バカな女の話だ」
そして、千冬は話した。
己の家族の事。
そして、白騎士事件の真相を。
彼女との仲も崩れる事も承知して、己の罪を話した。
◇
アメリカ。
軍の厳重な閉鎖体制によって本来ならば簡単に入れるような場所ではないのだが、閉鎖体勢を敷く軍に大量に押し寄せるデモ隊を何とかカモフラージュに利用し、少女、エムはこの地区を調査していた。
「スコールからの情報によれば、この地点の上空から拡散レーザー砲が放たれたそうだが……」
高所に赴いては、ISのハイパーセンサーに搭載されたカメラ機能で、ゴスペルが残した傷跡をカメラに取っては、それを本部に転送する。
いずれ強奪予定の銀の福音のスペック調査――――それがエムに与えられた任務である。
肝心のゴスペル本体は太平洋の真ん中で静止状態のまま動かないのが現状である。従って、そのゴスペルが残した傷跡からでしかゴスペルの性能を測る方法はない。
サイレント・ゼフィルスのバイザー型ハイパーセンサーを部分展開しながら、エムは都市の中を歩く。
ハイパーセンサーの映像から次々と解析結果が映し出され、それが本部へと転送されていく。建物の損傷具合や瓦礫の数、地形の変化、人の死体の数、散らばる肉片など、それらの要素を元にゴスペルの予測スペックデータは少しずつ完成していく。……それでもあくまで予測なので結局未知数であるのが心許ない所であるが、それでもないよりはましだった。
「あの地形の荒れ具合、そして残留エネルギー反応、今までよりもスペック予測地点には最適か……」
今までのどの地点よりも荒れた地形であり、同時にそこから血の臭いを感じたエムはそこへ向かった。
向かった先は、遠目で見るよりも更に無残な光景が広がっていた。
「戦争特化のISを作ろうと急いた結果がこれとはな……スコールの奴が米軍を抜け出したのも頷ける」
「……誰か来るな」
ハイパーセンサーに映った生態反応。
それを目にしたエムは、即座に物陰に隠れる。
「ここで間違いないようですね。この荒れた地形、この残留エネルギー反応。ゴスペルの性能予測に役立ちそうです」
「そうか、ナタルがここで……」
物陰に隠れたエムの耳に、男と女の会話が聞こえてくる。
エムはこっそりと覗いてみる。
(あの軍服は、米軍か? 奴等もここの捜索を……)
米軍がここに調査に来る事自体は疑問に思わなかったが、自分と同じようにゴスペルの性能調査が目的である事に関してはその限りではなかった。
(何故態々自国のISの性能調査をここに来てまでする? データベースを調べるなりなんなりすればいいものを……)
そんな疑問をエムは抱く。
既に米軍自体が一枚岩ではない可能性も否定できないので、もしそうであるのなら多少なりと納得が行ったのだが――――。
(あの女、確かナタルと言ったな。会話から察するにあの銀の福音に搭乗しているパイロットはアメリカのISテストパイロット、ナターシャ・ファイルスか……)
しかも彼女の事を「ナタル」と愛称で呼んでいた事から、その代表とやらとある程度親しい仲にあると見えた。
何か情報が得られるかもしれないと、エムは物陰に息を潜めながら彼らの様子を窺った。
「ったく、上もケチな奴等だ。今更隠したっておせえんだし、とっとと福音の性能データを公開しろってんだ……!!」
「同感です。しかし、詳細を知る技術者や研究員は全員自分達が作った福音にやられ、福音のスペックを大衆に教えられる者はもうほとんどいない。だとすればデータベースしかない訳ですが、国家代表である貴女にすら閲覧許可を与えないとは……」
「正直な話、ナタルが乗っている福音は従来の構想から外れて急な武装化を施されたらしいしな、データベースに乗っている奴とは似ても似つかねえかもしれねえ。だからと言って実際の福音の詳細を知る無能共もいねえとなりゃあ、こんな面倒な事をするしかないってか。くそ、こうしている間にもナタルは……!!」
国家代表らしき女性の軍人が悔しそうに拳を握りしめる。
その様子からしてひしひしと米軍の上層部に対して不信感が感じられる。
(友の為か、下らんな……。それにしても、この様子では国家同士の戦争が始まる前に内乱が各国で勃発するか……どちらにしてもあの男が喜びそうなことだ)
自分が殺したいと思っている内の一人の顔をエムは思い浮かべる。いずれ彼も殺すつもりだが、それまで精々織斑千冬を苦しめる餌になってもらう腹積もりだった。……下手すればエムの方が逆に餌にされかねない程の要注意人物なのだが。
「んで、イスラエル側の見解はどうなんだ? 現場にいたほとんどの技術者はアメリカ側だ。あっち側なら多少なりと残ってんだろ?」
「『暴走の原因は未だハッキリしないが、おそらくは急な武装化を施し、その武装を十分に馴染ませる事が出来ずに、コアのエラーが発生して暴走したのではないか』。何か言い訳じみた物を感じますね」
「暴走したのではないか、じゃねえよ。こっちは暴走の原因じゃなくて性能データが欲しいんだ。そんな苦しい言い訳なんざ聞きたくねえっての!」
「福音の横取りを企てる国家もいるでしょう。その対策の為に公開したくないのは分かりますが、さすがに憤りを感じますね」
「まったくだ」
イスラエル――――かの国もアメリカと合同で福音の開発に携わっている。アメリカと違い自国民に被害を出さなかっただけマシといえるが、今後も他国からの責任追及は間違いなくされるだろう。
「まあ、軍属の我々がどうこう言っても仕方ないでしょう。とりあえず、この任務を……どうかしましたか?」
「……誰かいるな」
突如、男に制止の手をかけて台詞を遮る国家代表の女性。
何者かの気配を感じ取る。
その視線の方向は、エムが隠れている物陰へと向けられていた。
「出てこい、いるんだろ?」
(……気付かれたか)
「何処の差し金だ? ドイツか? イギリスか? それともイスラエルか? 何処のどいつかは知らねえが、大方、私らと同じようにゴスペルの性能調査でもしに来たんだろう?」
どうやらエムの隠形は、この国家代表の女性にはお見通しのようだ。
さすがは国家代表といったところである。
「ああちなみに、私がどうしてお前に気付いたか知りたくねえか? ――――こういう事だよぉッ!!」
「!」
瞬間、国家代表の女性の身体を、量子化の光が纏っていく。
そして、エムの隠れていた物陰、地面ごと粉砕した。
出来上がった巨大なクレーターの中心には、IS専用装備・単分子結晶ナックルが突き立てられている。
その咄嗟の攻撃に反応したエムは既に、サイレント・ゼフィルスの装甲を全身に呼び出し、纏ったままその女性のISを見下ろしていた。
「アメリカの第三世代型IS『ファング・クエイク』か」
「おう。そして国家代表イーリス・コーリングだ。何処の差し金かと思えばソレ、イギリスの第三世代型IS『サイレント・ゼフィルス』じゃねえか。知ってるぜ、テメエ、IS学園のテロ事件ん時にいただろ? 英国はまるっきり黒みたいだしな、ドイツ然り」
「……」
名乗りを上げ、全身で闘争心を表す国家代表の女性、イーリス・コーリングはゼフィルスを纏うエムを見上げる。
その沈黙を、イーリスは肯定と受け取った。
「なら下手に手は出せねえな。安心しろ、殺しはしねえ。身体に聞く事もあんだからよォ!」
「……勘違いも甚だしいとはこの事か」
呆れたように、イーリスに聞こえないようにエムはそう呟く。
イーリスとて、上層部から聞いた情報をこの状況で鵜呑みにする質でない事は先ほどの会話で分かっているので、実際のところはどうなのかは分からない。が、情報を手に入れる為にエムを捕縛しようという判断自体は間違いではなかった。
エムが逆手に構えたナイフで襲い掛かる。
「んなチマチマしたナイフに、この『ファング・クエイク』の拳が敗れるかよ!」
そう言うと同時、イーリスの拳が振るわれる。
派手な音と火花を立て、同時に金属の折れる音が響き渡る。
宙に舞ったのは、エムの折れたナイフの刀身だった。
が、エムは即座にBTエネルギーライフルを呼び出し、ライフルのAIMが、ナイフの破片、およびイーリスに重なった同時、発砲する。
「チィッ!」
脚部にビーム弾が命中する。
同時に、命中した部分に、先ほど自分が折ったエムのナイフの刀身が突き刺さっているのをイーリスは見た。
「邪魔くせえ、やってくれたな」
「……」
「言っておくが私はつえーぞ。イギリスの使いなのか何なのか知らねえが、今の内に降伏して大人しく尋問されとくのが吉だぜ? お前、どうにも手加減出来なさそうな輩だしなァ」
イーリスはエムの実力を見抜いていた。
先ほど、己のナイフを折られても冷静に射撃武器で対処してきたその技量は、間違いなくIS乗りとして優秀である事が伺えた。
『エム、聞こえるわね?』
ISのプライベートチャンネルのスコールの声が響く。
敵を前にしているエムは返事をしないが、スコールは問答無用で言葉を続ける。
『状況はモニターしているわ。データも十分取れたし。頃合いを見て下がりなさい。見つかってしまったけど、イギリスに罪を押し付ける事もできる』
そのためのゼフィルスなのだからね、と続けるスコール。
IS学園での代表候補生の差別発言、およびテロ事件加担の容疑を駆けられているイギリスは既に国連での発言権を失っている。
サイレント・ゼフィルスが盗品であると釈明した所で、彼らの言葉は信用されない。よしんば信用されたところで、自国のISをテロ組織に盗まれたとしてイギリスの信用は更に堕ちるだろう。
アインの専用機の件もあり、とにかく今のイギリスという国の存在は、亡国機業にとって都合がよかった。
「……了解」
自分が負けるとは思わないが、すぐに決着が付くとは思えない。
この閉鎖された都市部は、デモを抑え込む米軍で囲まれているので、いつ援軍が来てもおかしくはない。
最悪、ファング・クエイク以外のISが出張ってくる可能性もある。
そう判断したエムは、感情のない声で静かに返事をした。
「逃がすかよ!」
言うなり、
だが、襲撃対象に一撃を与えてからの離脱に特化したゼフィルスを駆るエムは、イーリスの突進をBTエネルギーライフルで牽制射撃を行いつつ、そのまま作戦領域から離脱した。
◇
亡国機業の基地。
そこの整備室にて、赤いISスーツを纏った青年がいた。
IS学園の時に着ていたダイバータイプのISスーツは既に破棄し、現在着用赤いISスーツは目の前に展開されている彼の専用機用のものだった。
そこにあるのは操縦者だけがすっぽり抜けた打鉄のシルエットそのもの。
装甲は緋色にコーティングされ、従来の打鉄よりも鋭角的なフォルムになっている。脚部の靴部分のパーツはハイヒールのような形状のモノとなっているため、機体の高さは従来の打鉄のモノよりも少し高い。
強固なスカートアーマーは、牙状のビットを収めたコンテナウィングに換装されている。何より特徴的なのが、右肩に携えた大型ブレード『天山』。
左腕には装着型の射撃兵装、BTエネルギーハンドガン『流星』を装備している。装着型なのは、そのままの状態でも大型ブレードを満足に扱えるようにするためだった。
(ブレードに内臓されたPIC展開機構の展開速度をもっと早くするように調整してもらうべきか、ファングの持続時間もブルー・ティアーズに比べて劣るのが気になるが、それは仕方ねえ)
右肩に携えた大型ブレード『天山』は刀身にPIC展開機構を内蔵されており、それにより大型ブレードの重量を軽くして振り回しやすくし、インパクトの瞬間にPICの重量軽減効果を切って運動能力を高めた粉砕攻撃をする事が可能であった。正にPICの機能をうまく武装に取り込んだ代物である。
また、搭載されたBT兵装『ファング』も強力な兵装であり、その性能もブルー・ティアーズに比べれば格段に上昇しているのだが、一つだけ弱点がある。
それは、消費エネルギーが激しい故、本体から射出できる時間が、ブルー・ティアーズやサイレント・ゼフィルスに比べて短いという点である。単にビームを射出するだけなら従来のモノとあまり変わらないのだが、雪片弐型の展開装甲を流用したエネルギー刃を発生させた時のエネルギー消費量が著しく多かった。
元々小型であるため、それにクリスタル状に溜められるBTエネルギー量も少ない。
(まあ、元々BTをメインに戦うつもりもねえ。ファングはあくまで補助兵装として使えって事か……)
打鉄改zweiのBT兵装のファングは強力な武装でこそあるものの、ブルー・ティアーズやサイレント・ゼフィルスのようにBT兵装そのものをメインとして使うには向かない。
あくまで一気にケリを付ける時や、一瞬だけ射出して、敵の動きを妨害、もしくは接近するための布石にするという使い方が望ましい。
つまり、この機体は、操縦者がBT兵装の操縦と白兵戦を同時にこなす事を前提で組まれたものなのだ。
使いこなせるIS乗りは自然と限られて来る。
それが今までこの機体を使ってきた中で、アインが下した評価だ。
とはいえ、打鉄を素体にし、イギリスのBT技術、そしてあの篠ノ之 束が自ら手掛けた白式の雪片弐型に搭載された展開装甲の機構を流用したファングを搭載したこの機体は、傭兵の身分である自分にとってこれ以上にない程の贅沢品である事はアインも承知している。
基本スペックこそ白式に劣るが、その分武装の相性がよりアインに合うようになっているため、アイン自身としてはこれと言って不満はなかった。
(まあ、今後の調整も兼ねて、裏の技術者共に報告しておくか……)
そう思って、再びツヴァイを待機状態に戻したその時だった。
「アイン・ゾマイールはいるか?」
不意に、整備室のドアが開かれ、名前を呼ばれる。
「ここだ。何か用か?」
椅子から立ち上がり、入って来た女性と向き合う。
この女性もまた亡国機業の一員であり、スコールの部下である。
専用機こそ与えられてないが、スコールの部下なだけあって腕はそこそこ立つ。
「スコール隊長がお前に会わせたいと言っていた者達が今到着した」
「俺に……?」
「そうだ、付いて来い」
そう言って、隊員の女性は整備室から出て行き、アインもそれに続く。
延々と長い廊下を歩き、整備室から段々遠ざかっていく。
そうまでさせて一体自分に誰を会わせたいのだとアインは考えたが、着くまでまだ時間ありそうなので、この基地の廊下を見渡した。
(しかしまあ、よくこんなでけえ基地を持ってるもんだ)
独自のIS部隊を保有している事といい、この亡国機業という組織がそこかしこのテロ組織とは一線を画す物である事は承知していた。
聞いてみればこの組織、第二次世界大戦の時期から存在していたという事だが、そんな組織が何故ISコアを集めたがっているのかがアインには気になっていた。
亡国機業という組織の目的が設立当時から変わっていないのだとしたら、突如として世に散らばり出たISコアに自分達の目的を達成しうるナニカを見出したのか、それとも亡国機業の目的そのものが設立当時から大きく変わっているのか、どっちにしろ傭兵であるアインが知るところでないのは確かだ。
アイン自身も気にしてはいるが、それでも大きく踏み込むような真似はしない。
少なくとも、自分という存在は彼らにとって利用価値がある、それさえ分かっていれば十分だった。
「ここだ、入れ」
やがて部屋にたどり着け、女性に入るように促される。
言われたまま、そのドアを開けた瞬間、見覚えのある顔がずらりと並んでいた。
『隊長、やっと戻って来たァ!!』
アインの顔を見た瞬間、部屋にいた彼らはそんな歓びの声を上げる。
そこにいたのは、今までアインに付き従ってきた戦争屋仲間だった。
エタりそうになった時は、ニコ動でサーシェス対ロックオンを視聴してモチベーションを保つ日々。
何か小説版によると、あの時ダリルはスローネ狙いで介入してきたなんてコメントをちょくちょく見かけるんですが、これってマジ? いくらなんでも無理があるような……