もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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水着オルトリアが来てくれなかったので、
半ば八つ当たりで執筆して勢いで二話目投稿。
前話を見ていない読者はそちらから先に見てください。


地獄を見た者の慟哭

「織斑、せ……ん……」

 

 呆然とした表情で、真耶は落ちぶれたその存在を見つめる。

 

「何だ……山田()()か。丁度いい、お前も飲んでいくか? 久々の……ヒック、酒は、うまいぞォ……」

 

 見るにも無残な姿だった。

 お忍びでどこかに行っていたのか、いつも見ている教師服とは違い、私服の状態の彼女であるが、その私服から所々がボロボロであり、破けている所まである。

 どこぞのチンピラが見たら襲いかねない――返り討ちにされるだろうが――程の危ない恰好である。

 そんなマスターもさすがにマズイと思ったのか、店の扉の前には「貸し切り」の看板を立てており、幸いにもこんな千冬の惨めな姿を見ているのは、この店のマスターと真耶だけであった。

 

「織斑、先生……!」

 

「如何したァ、山田先生ェ? そんな辛気臭い顔をして……何か、生徒の事で……ヒック、悩みごとでも、あるのかァ……?」

 

 酔いながら、まるでかつての時間に戻ろうとしているかのようなその言葉は、真耶には痛々しく聞こえてしまい、胸を締め付けられるばかりだった。

 

「またラウラが問題を起こしたのかァ? まったく、相も変わらず私がいなければ何を仕出かすか……」

 

「織斑先生……」

 

「それとも鈴がまた上級生と喧嘩でもしたのか? ハハハ、アイツは自信過剰だからなあ、その癖頑固なのだから困ったものだよ」

 

「聞いているんですか、織斑先生!!」

 

 いつまでも夢を見ているのか、と真耶はそう叫ぶ。

 今までどこに行っていたのだ、こんな大変な時に何処で何をしていのかと色々問い詰めたい気持ちでたくさんになる。

 だが、そんな衝動を抑えて今は目の前の千冬(酔っ払い)を正気に戻すのが先決だと真耶は声をかける。

 

「IS学園はもうないんです! もう閉鎖されて今では立ち入り禁止区域になっているんです! 織斑先生だって見たで――」

 

「何を言っているんだ山田先生。冗談にも程があるぞ、私をまだ織斑“先生”と呼んでくれるのであれば……ヒック、……そう、まだ……なんだろう……?」

 

「ッ」

 

 酔いながらも、図星を突くような言葉に真耶は一瞬だけ押し黙った。

 過去を見ているのはお前だけではないだろう、だから自分も酔わせろ――暗に千冬はそう言ってきたのだ。

 無意識に千冬の事を織斑先生と呼んでいる真耶自身も間違いなく、今の千冬と同じようにあの日に戻りたがっている……そんな真耶の心を千冬は見破っていた。

 酔っ払っても尚その読心術は健在である事に、真耶は歯噛みしつつも、千冬を正気に戻すように語り掛ける。

 

「織斑先生、そんな酒に逃げたって……何も変わりません、もっと現実を……」

 

「しつこいぞ山田先生。私は酔ってなどいない。それとも、何か私が受け持つ補講授業でも――――」

 

 

 

「目を、覚ましてくださいっ!!」

 

 

 

 パシィン、とバー内に打撃音が響き渡る。

 遠くから様子を見守っていたマスターも、驚いた顔でその様子を見る。

 あの優しい性格である真耶が、あろうことか、あの世界最強に対して平手打ちをしたのだ。こんな光景など滅多に見れない事だろう。

 

「……」

 

 真耶が辛うじて保っていた冷静さのおかげか、平手打ちの衝撃で千冬の手にあった酒のグラスまでもが吹き飛ぶことはなかった。

 

 コト。千冬はそっとグラスをテーブルの上に置き、赤く腫れあがった自分の頬をそっと撫でる。

 そんな千冬の力無い様に、真耶は容赦なく話しかけた。

 

「ブリュンヒルデともあろうものが、随分な様ですね、織斑先生。私程度の平手打ち、貴女なら余裕で反応できる筈です。どうしてそこまで、貴女は……ッ!!?」

 

 貴女はおちぶれたのですか、と聞こうとしたその瞬間、千冬の無造作に伸ばされた手が真耶の胸倉を掴む。

 

「どうして、落ちぶれた、だと? 知ったような口を聞くなよ」

 

「――――ッ!?」

 

「落ちぶれた? そんなの最初からに決まっているだろうッ!!!」

 

 一瞬だけ掴み上げた襟を、千冬はとてつもない力で真耶ごと床に放り投げる。酔っていても理性は働いているのか、叩きつけられる程の痛みはなかった。

 

「あの時……あの時からッ!! 一夏がテロ組織に攫われて、少年兵に仕立て上げられて、せっかく再会したと思ったらまた手元から離れて……その時から私はとうに落ちぶれているッ!!! 私を“そんな名前”で呼ぶんじゃないッ!! 山田先生、貴女までその名を呼んで私を縛り付ける気かッ!?」

 

「――――ッ、呼び名だとかそれ以前に、私達は教師でしょうッ!! 生徒達を立派なIS乗りに育てて、あの子たちを守ってやるのが義務でしょうッ!!? そんな呼び名程度に縛られる貴女であるのなら、IS学園の教員だって務まらなかった筈でしょうッ!?」

 

「育てる? 守る? 私達にそれが出来たか!? 生徒達が洗脳されてる事にすら気付かず、こうしてあの男の蛮行を許してしまった私達が教師であるとよく言えたものだなッ!! それとも何だ、貴女のようにそうして生徒を気にかけてるような風をしていればそれだけで教師と呼べるような存在になるのか!?」

 

「ッ、そこまで分かっていてどうして逃げるのですッ!? 元はといえば、今回の事件はブリュンヒルデの名を利用されて起きたものでしょうッ!? ならばそのブリュンヒルデたる貴女が動かなければ話に――――」

 

「そのブリュンヒルデの名を使って紛争を止めようとした結果がこの様だ!! 確かにそれであの小娘共の行為は止まった。けどそれだけだ! 加害者側(洗脳された方)も被害者側も一生治らないような傷を負った。そして止まっても戦火は広がろうとしている、何かもが遅かった、あの時から……既に……!!」

 

「……」

 

「ラウラもその他大勢の生徒達も死んだ!! 私の目の前で大勢死んだ!! 白騎士事件の時とは話が違う!? ブリュンヒルデだとか白騎士だとかそんな力で解決するような問題じゃない! いくら力を持とうが、生徒を護る者としての、私が教師としてそもそも失格だったのだッ!!」

 

「それでも、教師としてでなくても、あの地獄を見てしまった者として、大人として、何かできる事をすべきなのではないのですかッ!? 逃げたくなる気持ちも分かります、それでもソレを引き起こすのを許してしまった私達は少しでも――――!!」

 

「少しでも!? そんなのとっくにやったさ、この一か月以上もの間、貴女がしていたのと同じようになッ!」

 

「ッ!?」

 

 突如、千冬の口から発せられた言葉に真耶は呆然とする。

 真耶はこの一か月以上もの間、日本中の生徒の家を家庭訪問しては、一人ずつケアをしてきた。

 うまくいかないのがほとんどであり、それでも真耶が出来る限りの事をしてきた。

 

 しかし、千冬の口から語られてきたのは、真耶が味わってきたのとは比べ物にならないほどの一か月間だった。

 

「日本の生徒だけじゃない!! 世界を飛びまわって、被害者側の生徒達、そして洗脳された生徒達の親元を一件ずつ回った。私にできるのはソレしかなかったッ!!」

 

「どんな罵倒も暴力も覚悟してたッ!! そしてその覚悟の通りにソレを一心に受けてきた!! 当然の報いだ、私はそれだけの事をしてきたのだから!!」

 

 ――貴女さえいなければ、ウチの娘が憧れてIS学園に入る事もなかった。

 ――貴女さえいなければ、ウチの娘がISに触れる事などなかった。

 ――貴女さえいなければ、ウチの娘がブリュンヒルデに憧れる事もなかった。

 

 『貴女さえいなければ』――――そのような言葉を甘んじて受けいれ、彼らの恨みをこの一か月以上もの間千冬は受け入れてきた。

 当然の報いだ、これが自分が彼女達に唯一してやれる事なのだと、そう思った。

 

「けれど、その償いをする事すら許されない所が……あった……」

 

「償いすら、許されない?」

 

 顔を俯かせてそう弱気にそう呟く千冬。

 一体どのような場所なのだと、気になって千冬の言葉を待つ真耶。

 その言葉は、これまで語って来た事すら赤子のように感じる程の、惨い真実だった。

 

「自衛隊の護送車に運ばれた、洗脳された生徒達が、収容されている所を訪れた……」

 

「そこって……」

 

 あの日、学友たちを虐殺し、ブリュンヒルデが降誕した事により勝利に酔いしれ、後に自衛隊の護送車に運ばれていった生徒達。

 その生徒達が収容されている場所を、IS学園の大半の教師にすら機密にされている場所を、千冬は訪れていたようだ。

 

「そこには……地獄しかなかった。大半の生徒達が洗脳から解けて、自分達が犯した罪を自覚して、皆狂っていた」

 

「―――――ッ!?」

 

「ある者は自殺して、ある者は自分の罪を認められずに他の小娘にいちゃもんを付けて、それで命を落としていく生徒達、自殺する事すらままならずに狂っていた子たち、廃人のような目になってボーっとしている子たち……たくさんいた。皆……みんなウチの生徒達だったッ……!!⁉」

 

「そ、そん……な……」

 

 あまりにも惨い事実に、真耶は最早呆然とするしかなかった。

 あの真耶ですら話を聞いただけでこの様だ、その現場を直に見た千冬が味わった思いがどれほどの物か、想像をする事すら易くはない。

 

「私だ……ワタシのせいだ……ワタシがこの事態を招いた。――――私が、この世界を()()()()()()()……ァ……」

 

 服が破れている箇所を覗き込んでみれば、千冬の肌には最早数えきれない程の痣が見受けられた。

 何度も打ち付けられ、それが何重にも重なった。先ほどが真耶から受けたビンタなど屁ではなかったのだろう。

 

「織斑、せん……せいッ……」

 

 最早、真耶は何も言えなくなってしまった。

 言える筈がなかった。

 この一か月以上もの間、千冬は自分以上の地獄を延々と味わい続けてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚きました。貴女のような方でも、そんな風になるのですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ! この声は……!」

 

 聞き覚えのある声に、千冬は咄嗟に顔を上げて声をした方を見やる。

 

「ハルフォーフさん、まだ入ってきては……!?」

 

「申し訳ない、山田教員。この調子では、いくら待っても同じ事でしょう」

 

 物陰から一人の女性が出て来る。

 そんな女性に制止をかける真耶であったが、向こうはいくら待っても同じだと言ってその姿を現す。

 

「何か飲み物でも如何が?」

 

 突然入って来た来客に、マスターは注文を聞く。

 

「いえ、突然お邪魔して申し訳ない。お忍びで来ているので、出来れば客扱いはしないでくれると助かる。……少しの間でいい、教官――――織斑さんと話をさせていただけないだろうか?」

 

 マスターに頭を下げながら、左目に眼帯を付けた女性はそうお願いする。

 

「……畏まりました。私は奥の部屋で待っていますので、どうか好きなだけお話を」

 

「その気遣いに感謝する、マスター」

 

 他の人には聞かれたくない話だと悟ったマスターは奥の調理室へと移動していく、そんな気遣いを見せるマスターに眼帯の女性は感謝しつつ、千冬の方へ向き直った。

 

「お久しぶりです、教官」

 

「お前は……クラリッサ、か?」

 

「はい。貴女から教えを受けた黒兎隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)の副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」

 

 左手をビシっと掲げ、軍隊風の挨拶をする眼帯の女性、クラリッサ・ハルフォーフ。

 真耶が連れてきた、“千冬を探している人物”とは彼女の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか、これでも世界を回って来たつもりなのだがな、生徒達の家の訪問で精一杯だった」

 

 テーブルに座る真耶と千冬、そしてクラリッサの三人。

 真耶は千冬の行方を追う中、同じくドイツからお忍びで日本に入国し、同じく千冬の事を探しているクラリッサと出会い、互いの目的が同じであった事から共に千冬の行方を追うようになった。

 そしてこうして今、真耶とクラリッサは千冬をようやく見つけたという訳だった。

 

「今、世界はどこもかしこも緊迫しています。特に、今回IS学園で起こった事件で一番に容疑が問われている国は、イギリスと我が国ドイツです。私達黒兎隊にもいつ戦場に駆り出されるのか……想像をするだけで身震いがします。隊長もいない状態で……」

 

「……特に欧州連合は今危険な状態です。容疑にかけられた国であるドイツとイギリスの存在によって、この二国は欧州連合から疎まれています。事実、隊長のシュヴァルツェア・レーゲンにはVTシステムが詰まれていた……我が国は如何しようにも言い訳ができない状態で……、私は……!」

 

 唇を噛みちぎり、拳を震わせながらクラリッサは今ドイツ、および欧州の現状を説明した。

 

「結局、隊長のISにVTシステムを仕込んだのが一体何者なのか分からないまま……イギリスの方も今回の事件に加担したBT機、ブルー・ティアーズとサイレント・ゼフィルスの二機が目撃された事により、第三次イグニッション・プランでの立場も危うくなっている。このままでは欧州は確実に……!!」

 

 今まで欧州連合の第三次イグニッション・プランで優位な位置を保っていたイギリスが今回の事件で、その立場を一気に転落させてしまった。

 

「ドイツやイギリスだけではありません。ブルー・ティアーズのパイロットが日本の代表候補生を人質に取った事により、ロシア代表が痛手を負う事になり、更にサイレント・ゼフィルスとフランスのラファール・リヴァイヴカスタムⅡと不明のISが共に逃亡する姿が目撃された事により、ロシアはイギリスを敵視、フランスも、特にデュノア社が窮地に立たされている。間違いなく、戦争一歩手前です……!!」

 

「そ、そんな……戦火がどんどん広がって……!?」

 

「このままでは確実に戦争になります……! 隊長もVTシステムの負荷に耐えられず亡くなられて、そんな状態で私達黒兎隊はいつ戦場に駆り出されてもおかしくない状態にある」

 

 それだけではない、ISの開発着手に資金を使うあまり、国民に費やす資金を疎かにしてきた国などが、今回の事件でISの存在意義についての市民の疑念を募らせたとなれば、デモから一気にテロに発展しかねなかった。

 

「目の前で隊長の遺体が軍の上層部に持っていかれる様を、ただ見る事しか出来なくて、私達もどうしていいのか分かりませんでした。一番、年長である私ですらどうしていいのか……だから……」

 

「だから、私の所を訪れたという訳か……」

 

「はい、現場にいた教官なら、私達が軍から知らされていない事をご存知なのかと思いまして。今はとにかく情報が欲しい、事実が、情報が。もし隊長の専用機にVTシステムを仕掛けたのが本当にドイツであるのだとすれば……私達は一体何を信じて戦えば――――」

 

 

 

 

『ここで、緊急のニュースをお伝えいたします。ただいまより数時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。街中でエネルギー弾をばら撒き、市民に数千人の死者、および数万人の怪我人を出した後、監視空域により離脱。各国は至急対空警戒を怠らないようにしてください。繰り返します、ただいまより数時間前―――』

 

 そして、戦火は更に広がる。

 


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