もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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戦痕、広がる戦火
束の間の静けさ


 

「ですから、詳細な説明を求めます。お嬢様は一体――――」

 

 イギリスのとある豪邸の屋敷にて、一人のメイドが政府の関係者と電話を取っていた。

 赤みがかった茶髪で肩前まで伸びた揉み上げが印象的な少女だった。

 

「ふざけているのですか? 亡くなられたというのであれば何故遺体がこちらに届かないのです。身体がまるごと無くなった訳ではないのでしょう?」

 

 メイド、チェルシー・ブランケットは多少口を荒げながら質問をする。

 さっきから何度もこの質問をしては、その度に見当違いの回答をしてはぐらかしてくる政府関係者に彼女も我慢の限界だった。

 

「――――その一点張りですか。では質問を変えます。貴方方はお嬢様に何をさせたのですか?」

 

 ドスの入った声で、チェルシーは電話の向こう側の相手に問う。

 その口調に向こうは多少怖気づいたのか、それとも単に焦っているのか、口調に落ち着きがないのがチェルシーには丸分かりだった。

 

「IS学園に代表候補生として送っただけ? ふざけないでください。巷では我が祖国はこんな噂がされているんですよ。『今回、IS学園で起こったテロ事件には、イギリスが密接に関わっているのではないか?』と」

 

 瞬間、電話の向こうの相手がムキになったのか、チェルシーに怒鳴り返す。

 しかし、追い詰められているのはチェルシーではなく電話の向こうの相手であるという事は明白だった。

 

「ドイツやアメリカやフランスも同じような噂が流れてる? ですが、何故か第一候補に挙がっているのはドイツと私達イギリスでしょう? それに、サイレント・ゼフィルスの目撃情報までもが上がっているのはどういう事です?」

 

 サイレント・ゼフィルスが盗品である事はチェルシーも予め裏の伝手で調べさせて分かっている事だが、それをあえて伏せて、電話の相手にカマをかける。

 

「それを何処で知ったか? 少し調べればわかる事ですよ。しかもこの事件の主犯と思われる人物と、そのサイレント・ゼフィルス、フランスのラファール・リヴァイヴカスタムⅡが共に逃亡したという目撃情報も入手しました」

 

 少し日本の暗部の邪魔が入りましたけどね、という言葉を省き、チェルシーは情報を入手した経緯を説明する。ここまで踏み込むといよいよ危ないが、イギリス政府とて余裕はない。

 もう少し、グレーゾーンまで踏み込んでみようとチェルシーは試みる。

 

「ところで、一番最後にお嬢様と連絡を取った時、お嬢様はある人物についてよく話していました。世界で初の男性操縦者、アイン・ゾマイール。彼とは酷く親しい様子でした。勿論、貴方方もそれはご存知の筈ですよね?」

 

 電話の向こうからイエスの答えが返ってくる。

 どうやら向こうも自分の主の交友関係は、少なくとも此方側と同じ位には把握しているようであった。

 ならば問題はこの先である。

 

「まあ、そのような事はどうでもいいのです。単刀直入に聞きます。貴方方はお嬢様に何をさせようとしたのか? それに対してお嬢様はどのような行動を取られたのですか? それはお嬢様の遺体が此方に帰ってこないのと何か関係があるのでしょうか? 私が聞きたいのはこの三つです。どうかご回答願います」

 

「しつこいですって? ご冗談を。貴方方が私の質問に対してはぐらかしてばかりいるからでしょう? オルコット家に仕える者として、亡くなった主に変わり、それを知る義務が我々にはあるのです。もう一度質問いたします、お嬢様は――――」

 

 ツー、ツー、ツー。

 

 チェルシーが言い終わる前に、その電話は途切れる。

 結局、政府側はチェルシーの質問に答えないまま、一方的に電話を切ってしまった。

 

「……どうでしたか?」

 

 チェルシーの後ろから電話の様子を見守っていた老人の執事が問う。

 

「駄目ですね。此方の質問に対してはぐらかしてばかり。ですが、明らかにイギリス政府は黒ですね。IS学園でのテロにどう関わりがあるのか分かりませんが、綺麗にお嬢様に関する質問だけは答えようとしませんでした」

 

「では、お嬢様の遺体については……」

 

「確証はありませんが、おそらくは()()のでしょうね。テロによる爆破をモロに受けたか、それとも……」

 

 ガチャ、と電話を取っ手に戻すチェルシー。

 表面上は平静を保っているが、その目は明らかに不機嫌である。

 

「まったく、電話の相手がひどく女尊男卑思考の人間でしたから、貴女に電話を替わってもらったのですが、結果は同じでしたか」

 

「向こうにとっては男性も、IS適正が低い女性もさして変わらないのでしょう。IS適正が低い私の事も下に見ていたようですし」

 

「……やれやれ、貴女が実はお嬢様よりもIS適正が高いという事実を知ったらどんな顔をする事やら……」

 

「主を立てるのも従者の役目。それに、それは口にしないお約束だったのでは?」

 

「ホッホッホ、それは失礼致しましたなぁ、ブランケットメイド長」

 

 誤魔化しながら笑う初老の執事にチェルシーは溜息を吐いて呆れつつ、窓の外にある景色の彼方を見やる。

 夜空に美しい満月が昇っており、チェルシーはそこに手を伸ばすように窓に手を当てた。

 

「やはり、行かれるのですかな?」

 

「勿論、私の生い立ちを知っている貴方なら分かるでしょう。ここまでされたら、もう止まる訳には行きません」

 

 窓の向こう側の月を掴むように、拳をぎゅっと握りしめる。

 あまりに力を入れ過ぎたのか、掌から流れてきた血がガラスを伝ってツーっと流れ始めた。

 その血に込めらた彼女の怨些を感じ取った初老の執事は、もう彼女を止める気にもなれなかった。

 

「お嬢様、仇は必ず」

 

 あの月を掴むまで、彼女は止まれない。

 

 あの(エクスカリバー)を掴んだその瞬間から、少女の復讐は転機を迎える。

 

 

     ◇

 

 

 あの事件から既に一か月半、多くの学生が夏休みを迎える中、元IS学園の生徒である彼女達にその平和な夏休みが訪れる事はない。

 たとえその夏休み自体が平和でも、彼女達の心には一生癒える事のない傷が残ってしまった。

 彼女達の親は嘆き悲しみ、洗脳されてテロに参加した生徒達を恨む。

 洗脳された生徒達の親達もまた「ウチの子がそんな事をする筈がない」と現実から目をそむき、被害者の生徒達の親と対立する立場を頑なに取る。

 

 被害者たちの中に来賓も含まれていた故に起こる国同士のいがみ合いとは一方に、こんな形でも争いは勃発しようとしていた。

 ISの世界に対する影響力がどれほどのものであるのかを、元IS学園の教師である真耶は実感する。

 

 既に世界は大きく傾き始めている。

 各国で大小違えど、それはいずれ紛争という形に勃発しようとしている。

 それを止める手段は今の真耶には存在しない。

 もはやIS学園で起こったテロ事件ですらも、今となっては引き金に過ぎない。

 そんな問題を、一人で止める力など、真耶は持っていなかった。他の教師たちも同様である。

 

 しかし、だからと言って真耶は黙っている訳には行かなかった。

 大事な生徒達を放っておいたまま、真耶は何も行動せずにはいられなかった。

 事件後の色々な後処理を終えた後、真耶がすぐに行ったのは被害にあったの生徒達への家庭訪問であった。

 

 真耶の姿を見た生徒は三者三様の反応を見せた。

 ある者は彼女の授業を思い出して懐かしみながら泣きわめき、ある者は少しだけほっとしたような様子を見せ、ある者は学園の事すら思い出したくないのか真耶の姿を見た途端恐慌状態に陥る事もあった。

 精神に限った話ではない。中には片腕を欠損している生徒や、片目を失った生徒など、一生障害の残る傷を負った生徒がほとんどであり、よほど運よく逃げ切って無傷であった生徒は極々少数だった。

 

 戦争の傷跡を、自分が勤めていた学園の生徒達に見る事になった真耶は、心を疲弊させながらも、それを続けた。

 IS学園の生徒達は狭き門を潜って入学してきた者達といえど、やはり世界各国から集まっているだけあってその人数は普通の学校に比べれば圧倒的に多い。

 

 やがて、心が耐えきれなくなった真耶は、自分の同僚であり先輩である千冬に頼ろうとしたが、肝心の千冬は何処にもいなかった。

 唯一、千冬と以前から親しい仲にあった生徒、鳳 鈴音に行方を聞いてみたのだが、そんな彼女ですら千冬の行方が分からずに途方に暮れているようであった。

 

 この一か月間、真耶は千冬を探し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ついに真耶は千冬を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 駅から少し行った所の商店街の、その地下にあるバー。

 夕方四時から翌朝八時まで開いているこのお店の名『バー・クレッシェンド』。フランス製の調度品で統一した大人の社交場である。

 

 千冬の行きつけの場所であるソレを真耶は何度も訪れては、千冬が店に来たかを店主に聞いてきたが、店主の話だと千冬はこの店に来てないらしく、いよいよ当てを失った真耶は千冬の捜索を諦めようかと思っていたその時だった。

 

『千冬さんが店にやってきた』

 

 そんな連絡が店主から入り、真耶は同じく“千冬を探して日本にやってきたとある人物”と共にそのバーへ向かった。

 

 そして、そこに千冬がいた。

 

「マスター、もう一杯だ」

 

 そこには、酒に入り浸って酔っ払っている、ブリュンヒルデの姿があった。

 




ちっふーの不憫はまだまだ続くんじゃ

ちなみにちっふーはこの一か月半の間、真耶以上に壮絶な思いをしてきたのでそれをまた次回。

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