もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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聖戦‐英国少女の狂乱‐

 突如としてアインが放ったBTエネルギーハンドガンのエネルギー弾から姉妹を救ったアメリカの代表候補生。ダリル・ケイシーがアインを睨み付ける。

 彼女が纏うIS、ヘル・ハウンドver2.5がアインを威嚇するかのように、その犬の頭を模った肩から火を吹きだす。

 地獄の猟犬が、まるで飼い主を護らんと言わんばかりにそこに立ち塞がっていた。

 

(ありゃあ、大将の……)

 

 そんな彼女の姿を見て、真っ先に脳裏に思い浮かんだのは自分の現雇い主である、亡国機業の実働部隊のリーダー、スコール・ミューゼルであった。

 自分から姉妹を護るかのように立ちふさがる褐色の少女は、そのスコールという女性がこの学園に送り込んだスパイであるのだが、何故かその雇い主側である筈のその少女がアインに敵対行為をしてきたのだ。

 

「おい、これは一体どういうこった?」

 

 左腕のBTエネルギーハンドガン『流星』の銃口をダリルに向けたまま、アインは悪態を付く。

 

「気に入らねえ……」

 

「あァ?」

 

「気に入らねえんだよ。テメエのそのやり方、何で自分で引き金を引かねえ? 何で自分の手でやろうとしねえ!? 人を掌で踊らせるのがテメエら傭兵の仕事なのかよ、あァ!?」

 

 歯をむき出しにした狂犬のような表情でダリルは感情のままにアインに吠える。

 彼女はもう我慢の限界だった。

 この男が気に入らない、心底気に食わない。

 ダリルとて決して善人という訳ではない、むしろ自分から進んで人を殺していく残忍な人格の持ち主であるが、そんな彼女にも最低限の矜持というものはある。

 

 ――だが、この男は何だ?

 何も知らない無垢な女子までも洗脳し、手を汚させ、自分は高みの見物をして大笑いしているこの男は何だろうか。

 ダリル・ケイシーが人でなしであるのだとしたら、この男は一体何と形容していいのやら、ダリルは最早思い付かなかった。

 

「調子に乗ってんじゃねえ! テメエは傭兵なんだよ、金で雇われなきゃ何もできない野郎が、そんな高みから戦場を動かしてんじゃねえよ! ソレはウチラの役目だろうが!! 出しゃばってんじゃねえ。そんなに戦いてえならテメエもそんな姑息な手使わないで自分から戦場にでたらどうなんだよ!?」

 

 今までため込んでた感情全てを吐き出し、ダリルはアインにそう吐き捨てる。

 

「フォルテまで……フォルテまで巻き込みやがって!!」

 

 最後の、その一言こそが全てだった。

 スパイとして潜り込んでいたとはいえ、彼女とてこの学園に思う所がない訳ではない。知らずの内に彼女も感化されてしまっていた。

 だが、何より、その中でも何より大切なモノになってしまった後輩すら巻き込んだのが、ダリルの中の導火線に火を付けた。

 

 そっちが本音じゃねえのかよ、とアインは心の中で愚痴る。

 

「チッ、犬ッコロが……」

 

「犬ッコロじゃねえ、猟犬(ハウンド)だ!」

 

 そう言い返したダリルは火球を生成してそれをアインに向ける。

 アインもまたBTエネルギーハンドガンのコンデンサクリスタルにエネルギーを装填し、いつでもエネルギー弾を撃てるようにする。

 

「いきなり何ですの貴女ッ!? アインさんの邪魔をして只で済むと思って!?」

 

「テメエに用はねえよ道化女。俺はコイツに用があって来たんだよ……!」

 

 道化女と言われたセシリアは思わずカッとなってBTエネルギーライフルの銃口を向ける。

 

 

(糞ったれが、興が冷めちまったぜ)

 

 一方、内心ではアインの闘争意欲はとうに掻き消えてしまっていた。

 仕留め甲斐のある獲物を散々甚振った挙句、満足したのでトドメを刺してやろうと思ったら、あろう事が雇い主側の人間がその獲物を庇う始末である。

 興冷めにも程があり、むしろ戦いよりもこれからの事を考える必要まで出てきてしまった。

 

(クライアントの意に反する行動をした覚えはねえ。単純にこの女個人の癇癪っていう線が強ぇが、最悪の事態も考えなきゃいけねえか)

 

 アインは唯の戦闘狂ではない。

 彼は戦争屋である。

 戦争という理不尽を、自分が確実に生き残れる範囲での戦闘を楽しむ彼の思考は、ここが引き際かと念を押していた。

 

 そもそも、彼が白式を用いて楯無と戦闘を行ったのは、白式のエネルギーが切れた時に備えて、予め脱出用にツヴァイの待機状態を装着していたからである。

 自分が楽しめる戦闘を行い、それも満足した状態で止めを刺そうとしたら、本来味方である筈のIS乗りが自分に敵対してきた。

 目の前の少女と戦闘を行えば、その場では勝てても、クライアントとの関係性が悪くなり、最悪契約解除も在り得る。いや、下手したら既に解除されている可能性すらある。

 

(さて、どうしたもんか……)

 

 生成した火球を此方に向けて来るダリルに注意しつつも、アインは本館の方向を一瞥する。

 

(銃声や爆音もほとんど止んでやがる。千冬姉がどうやらこの聖戦のからくりに気付いたらしいな、となりゃあ長居は無用)

 

 今頃アリーナでは自分の元姉が絶叫を上げている頃だろうと思いつつ、この場から退く決心をしたその時、新しいIS反応が飛来してきた。

 

『ッ!』

 

 セシリアも、シャルロットも、ダリルも、そしてアインも、突如ハイパーセンサーに表示された新たなIS反応に警戒する。

 おそらくは雇い主側のIS乗りであろうが、この状況では敵か味方かは分からないので、アインは要注意の目線で飛んでくるISをハイパーセンサーで注視する。

 

「あれは……まさか!?」

 

 ハイパーセンサーの拡大カメラ映像に映った、その見覚えある蝶のようなシルエットを持つ機体にセシリアは思わず驚愕する。

 BT二号機『サイレント・ゼフィルス』。

 シールド・ビットを試験的に搭載した機体であり、その基礎データには一号機であるセシリアのブルー・ティアーズが使われている。

 

「あ……ああ、ついに!」

 

 最初こそ驚愕の表情であったセシリアであるが、途端にその表情は歓び変わる。

 

「ついに、ついに英国が私とアインさんを迎えに来たのですね!!」

 

 とうとうこの時が来た、と言わんばかりにセシリアは喜ぶ。

 これでずっと、祖国でアインと共にいられると、そんな勘違いを抱きながら、彼女は狂喜していた。……そんな自分を心底憐れむような目で見るシャルロットの視線に気づかず。

 

 高速で接近してくる蒼い蝶が、ブルー・ティアーズと同じBTエネルギーライフルを取り出す。

 その照準は、ダリルのヘル・ハウンドへ向けられていた。

 

 キュイィン! その銃口から飛び出したきたのは、赤色のビーム弾。

 そのビーム弾は、ダリルが形成していたヘル・ハウンドの火球を打ち消した。

 

「ちッ!」

 

 火球を打ち消されたダリルは舌打ちをすると共に、アイン達の横に並んだサイレント・ゼフィルスを睨み付ける。

 サイレント・ゼフィルスの搭乗者の顔は見えない。

 アインの打鉄改zweiと同じく、バイザー型のハイパーセンサーによってその素顔を隠れていた。

 

「どういう風の吹き回しだ、レイン」

 

 誰もが凍り付くような冷たい声で、サイレント・ゼフィルスの搭乗者がダリルに問う。

 その言葉を聞いたアインは、とりあえずスポンサーが自分との契約を破棄しようとしている訳ではない事が分かり、そのままダリルの方をみた。

 

「邪魔すんじゃねえよエム。黒焦げになりたくなきゃあそこを退け! 私はコイツに用があるんだ!!」

 

「ふん」

 

 答えるダリルに対して、エムと呼ばれたゼフィルスの搭乗者は鼻で笑う。

 

「もっと骨のある奴かと思っていたのだがな。情に流されて牙を抜かれるとは、猟犬の名が聞いて呆れる」

 

「んだと!?」

 

 エムの挑発めいた言葉にダリルは眉を潜めて激昂する。

 彼女の中でも頭の整理が追い付かず、ただ己の感情に踊らされているように見えた。

 

「おい、コイツは一体どういうこった?」

 

「詳しい事はスコールにでも聞け」

 

 詳細の説明をエムに求めるアインであったが、エムは取りつく島もなくそうとだけ返す。

 そんな彼女を見てこれ以上聞いても無駄だと判断したアインは、後で雇い主であるスコールから根掘り葉掘り聞かせてもらうかと判断した。

 

「ったく、大将もちゃんと飼い犬に首輪付けとけよ……、おら、行くぞ」

 

「…………………うん」

 

 エムに続き、ボーナス対象であったシャルロットにそう呼びかけ、アインもまたこの地から離れようとする。

 火種はもう十分に撒いた、もうこの学園に用はない。

 後は戦火が広がっていくのを眺めさせて貰おうと、空に飛びあがろうとしたその時だった。

 

「待てよテメエ、降りてきやがれェ!」

 

 相手にされずに逃げられるのが堪らなかったのか、アインの後を追おうとダリルもまたスラスターを吹かして飛び上がり。

 その進行は、一機のISによって阻まれた。

 

「なッ、テメエ!」

 

「アインさんの邪魔は、させませんわ!」

 

 ダリルの行く先を阻んだのは、ブルー・ティアーズを駆るセシリアだった。

 

 余談であるが、少しブルー・ティアーズに関しての説明をしよう。

 現在、イギリスが開発した第三世代型のBT機は二基、そして現在開発中のBT機が一機存在している。

 開発済みの一号機は言わずもがな、セシリアの『ブルー・ティアーズ』。

 開発済みの二号機はエムの『サイレント・ゼフィルス』。

 そして、現在開発中のBT三号機『ダイブ・トゥ・ブルー』。

 例外としてここにもう一機、アインのツヴァイが存在するが、それはイギリスが開発したものではないので除外しておく。

 そもそもセシリアがこうしてブルー・ティアーズを渡されてこのIS学園に送られて来た経緯として、『盗まれたサイレント・ゼフィルスの仕切り直しの為のデータの取り直し』という意味合いもあった。

 その仕切り直しのデータをもとに今現在BT三号機の開発が進められている訳なのだが、そもそも国側としての自国の第三世代機が盗まれた時の事態を想定していない訳がない。

 サイレント・ゼフィルスが盗まれてしまったのも、要は力及ばなかっただけの話に他ならない。

 ならば、そのサイレント・ゼフィルスの中にブルー・ティアーズのデータが入っているとすれば、残るブルー・ティアーズの有用性はもはや試験的なものに限定されてくる。

 

 そして、もしソレを盗られた時、その技術を盗まれない為の対策を、イギリスが怠っている訳がなかった。

 

 つまり――――

 

「テメエ、まさか!?」

 

 ハイパー・センサーに映ったブルー・ティアーズからの異様なエネルギー反応を感知したダリルは、急いでセシリアから距離を取ろうとする。

 

「分かってんのか!? そんな事したらテメエは……!!」

 

 セシリアが何をしようとしているのかを悟ったダリル。

 この女正気か、とそんな疑問だけが頭の中を支配する。

 

「大丈夫です。だって、もしもの時は、アインさんが助けて下さりますもの」

 

 それは何の根拠も、確証すらない発言。

 しかし、彼女はそれでも信じていた、妄信していた。

 何故なら、アインだから――――セシリアにとっての絶対の存在()であるアインならどんな場所であろうが助けてくれると、彼女は信じ込まされていた。

 

「助けるもクソもねえだろ道化女が! テメエの自爆からどうやってテメエを助けるんだよ!?」

 

「アインさんなら、やりますわ!」

 

 ――駄目だこの道化女、もう完全にイカレテやがる!!

 もう彼女の血迷った行為を止める事できないと判断したダリルは即座にセシリアから距離を取ろうとする。

 せめて後ろの姉妹からだけでも離さんとしたその時だった。

 

「……ぇ、お……!」

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

 突如として、息を吹き返した人間がこの場に一人。

 体中から血を流し、割れたアクアクリスタルの破片が突き刺さっていても尚、その少女は必死に声を出す。

 

「目ぇ、を……!!」

 

「お姉ちゃん、動いちゃダメ!!」

 

 必死に妹が呼びかけるも、それでも楯無はそれを必死に口にする。

 やがて体中に走る激痛が迸り、その衝撃で一気に意識が覚醒した楯無は、彼女に残酷な真実を伝えた。

 

「目を、覚ましなさいぃ!! セシリア・オルコットォ!!」

 

 スパイとはいえ、自分達姉妹を助けてくれた彼女に報いる為に、楯無はそれを彼女に伝える。

 それが彼女にとってどんな残酷な真実でも、これしかなかった。

 

「三年前の、越境鉄道の横断事件――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その事件を起こすように指示して、貴女の両親を奪ったのは、この男よォ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、とてつもなく残酷で、受け入れがたい真実だった。

 

「―――――…………え?」

 

 一瞬、何を言われたのかセシリアには理解できなかった。

 ハイパー・センサーに表示された爆破までの残り時間すらもが見えず、ただその言葉だけで、彼女の世界は一時停止した。

 

(アイン、さんが、あの事件の……犯、人……?)

 

 何を言っているのか全然分からなかった。

 一字一句、それがどういう意味なのかすらセシリアには分からず、困惑してしまった。

 本当にどういう意味なのか分からなかった。

 

 分かるのに、分からなかった。

 

 発情のあまり熱を発していた身体が、一気に凍り付いていく。

 彼に汚され、全てを捧げたこの身体が、途端に動かなくなる。

 

(そんな……)

 

 告げられたその真実を、セシリアは受け入れられない。

 

(そんな、わけ……!!)

 

 今まで彼と過ごした思い出を振り返り、セシリアはその事実をこの短い時間で幾度と、数千回と、一秒に何万回もの速さで否定し続ける。

 そして、ふと、ある言葉を思い出した。

 

『わたくしも()()()()依頼で行ったことがありますが、確かにあそこはいい所だ。この学園に入学する前に回った日本の名所にも勝るとも劣らない――――』

 

 あの時、愚かしくも彼の存在を否定していた自分。

 その時の、まだ猫を被っていた時の彼の台詞。

 そう、三年前だ。『三年前』である。

 

「あ……ぁ、そ、ん、な……」

 

 否定する言葉とは裏腹に、セシリアの頭は段々と冴えて来る。

 元々エリートなだけあって、一つのキーワードを与えられてしまえばあっという間にその事実にたどり着く。

 

(あの事件……当時はイギリス政府と協力関係にあったPMC「ビリーヴ」の仕業かと疑われ、そのPMCは倒産した。だけど、結局最後まで証拠は出なかった……)

 

 頭の中で蘇ってくる情報を、次々と整理していく。

 当時のイギリスの情勢、組織、IS関連の情報。

 それら全てを持ち前の頭脳で整理していった。

 

(けれど、あのPMCはそれ以前から色々と嫌な噂がありましたわ、まだ年端も行かない子供を少年兵として雇って……少年、兵?)

 

 少年兵、その単語にセシリアはハッとなった。

 アインは自分と同い年だ。

 アインの腕からして今の年以前から戦いの中で生きてきた事くらいは想像が付く。

 

 つまり、当時12から13歳であったアイン・ゾマイールが犯人でも、十分に筋は通るのである。

 

「あ、あ、ア、イ、………そ……んな!!」

 

 至ってしまった。

 その回答にたどり着いてしまった。

 わずかなその短い時間で、頭が冴えたセシリアはそこで犯人が誰なのかに至ってしまった。

 思えば、事前に調べていたにしても、彼は()()()()()()()()()()()()、両親が死んだ今他の誰よりもセシリアの事をよく知っていた。

 

 考えれば考える程、セシリアの脳裏で、アインが犯人像として挙がってくるのだった。

 

「ア、ア、インさん……」

 

 それでも認めたくなかった。

 認めたくなかったから、本人に聞くことにした。

 頼むから否定してくれと、必死に懇願するように聞いた。

 

「本当、なの、です、か……?」

 

 震える口を必死に動かし、セシリアは問う。

 

 ツインアイが赤く光り、セシリアを見下ろした。

 そして。

 

「……ククッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……―――ハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑いをかみ殺した後、もはや耐えきれんとばかりに、大声で笑い始めた。

 その表情こそマスクに隠れて見えないものの、その下は愉快そうな笑みがある事は誰しもが想像できるであろう。

 まるで今までかみ殺してきた笑いを一気に吐き出すように、セシリアとのこれまでの時間を嘲笑うかのような笑いが響いた。

 

 その笑いが、全てを表していた。

 

「あ……あ、ぁ……!」

 

 やっと気付いたのかと言わんばかりのその笑いに、セシリアの身体に段々と力が入っていく。

 騙されていた悲しみと、屈辱と、怒り。

 多くの負の感情がセシリアの理性を支配していく。

 

「クククッ、ハハ、ちょくちょくヒントを与えてやってたのにテメエという女はよォッ! ハハハハハハ、この後に及んでやっと気付きやがった!!」

 

「―――――――――」

 

 全て、嘘だった。

 全て、この男の掌の上だった。

 あの時、越境鉄道事件により両親が死に、セシリアの人生は大きく狂った。死に物狂いの努力をし、両親の遺産を守るために様々な勉強と努力をしてきた。

 そして、その功績を政府から認められて、こうして専用機を与えられて、このIS学園に入学してきた。

 入学して、挫折して、運命の男と出会い、幸せだった。

 けど、その運命の男は自分の人生を狂わせた越境鉄道事件の犯人だった

 

 

 セシリア・オルコットという少女の人生は、あの事件から今日これまでずっと、このアイン・ゾマイールという男に弄ばれて来たのだ。

 

 

「う……ぎぃッ!」

 

 人の音声すら発するのが難しくなった。

 今まで神のように、愛おしい運命の人のように思っていた心が、一気に崩れ落ち、霧散していく。

 この学園生活で彼と過ごしてきた幸せな思い出でさえ、それは黒いドロドロに変わっていく。

 

「あ……が、ぁッ!」

 

 全てが壊れていく。

 セシリア・オルコットという少女を構成していた全てが、まるで嘘であったかのように壊れていく。

 今までに手にしてきた栄光も誇りも、全てが土となって還っていく。

 

 そして、残ったのは憎しみだけだった。

 

 

「がああああああああああああああああアアアアアアァァァァぁぁァッッ!!?!!」

 

 

 人の音声を失う。

 理性を失う。

 憎しみに従う本能のみが、今のセシリアの全てだった。

 

「アッ、アッ、アァッ!!!」

 

 そんな野生じみた掛け声と共に、BTエネルギー・ライフル『スターライトmk-Ⅲ』を連射し、アインを撃ちぬかんとする。

 射撃、射撃、射撃、射撃。

 人としての理性を失ってもさすがは代表候補生と言った所だろうか、その射撃には寸分の狂いもない。

 しかし、相手が悪かった。

 

 クラス代表決定戦の時と同じように、アインはスレスレと舞うように躱していく。

 どう動けば最低限の動作で回避できるかを分かっていると言わんばかりに回避していく。

 

 ライフルでは当たらないと思い、痺れを切らしたセシリアはついに己の十八番を使った。

 

「お行きなさいいいぃッ!!! ビットォッ!!!!」

 

 憎しみの円舞曲(ワルツ)にその雫を乗せる。

 放たれたのは四つのレーザー・ビットと二つのミサイル・ビット。

 それらの銃口から一斉に弾幕が発射される。

 それだけではなく、なんとセシリア自身も機体を移動させながらエネルギーライフルを連射してきた。

 

 ただ踊らせるだけではなく、自身もビットと共に円舞曲(ワルツ)を踊る。

 皮肉にも、その理性さえも食らう強烈な憎しみは、セシリアに確かな成長と力を与えていた。

 

 しかし、戦場で生きてきたこの男にはまったく通じなかった。

 戦いという言葉が本能の奥底まで根付いているこの男には、一切通用しなかった。

 

 七つの砲口から放たれる弾幕、アインはそれを次々と躱していき、弾幕が僅かに緩んだその隙を突いて、セシリアから距離を取り、ソレを放つ。

 

 

 

「行けよ! ファングゥッ!!」

 

 

 

 腰のコンテナウィングから三つの“(ファング)”が飛び出した。

 左右から放たれた牙状のビットは一点に集まりながら、セシリアの機体へと飛来する。

 一点に集まったそのタイミングを狙ってセシリアはエネルギーライフルと四つのレーザー・ビットで一斉に射撃するが、その射撃を誘っていたかのように、ファング・ビットは少量ずつ分散してそれを回避。

 セシリアのビットとライフルの発射間隔の隙間を狙い、その全身翼を展開させ、真紅色のビームが放たれた。

 

 放たれた三つのビームはその弾道を曲げながら複雑な軌道を描いて、セシリアの方へと向かう。

 

「くッ!」

 

 曲がったビームを何とか避けようとするセシリアだが、その前にビームの方がセシリアを避け、また違う角度から遅い、セシリアを翻弄する。

 

「このぉッ!!」

 

 

 そして、セシリアは気付かなかった。

 

 

 彼女が、偏光射撃(フレキシブル)による曲げられるビームに翻弄されている間、そのビームを放った()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、セシリアに襲い掛かっているという事に。

 

「ギッ、グッ、アァッ!!!」

 

 曲がるビームはただの陽動、本命はエネルギー刃を形成して襲い掛かってくるビットそのもの。

 エネルギー刃を形成したビットは、それぞれブルー・ティアーズの両肩のコンテナ、および背部のスラスターにそれぞれ命中する。

 

「ガぁッ!?」

 

 スラスターを破壊され思うように動かなくなったブルー・ティアーズの周囲から、先ほどまでセシリアを翻弄していたビームがトドメと言わんばかりに命中する。

 

 そして、うまく動かくなったブルー・ティアーズは、そのままダリルと更識姉妹がいる方へと落下していった。

 

「後は好きにしなァ!!」

 

 放った三つのファング・ビットをウィングコンテナに戻したアインは、落下していくブルー・ティアーズを一瞥し、そう言い残す。

 そのまま彼は、エムやシャルロットと共に上空へと飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

『不味いッ!』

 

 落下予測地点にいた三人は同時にそう思っただろう。

 

 

 

 

 落下していくブルー・ティアーズ。

 既に自爆設定をオンにされているそれを戻すことは既にできない。

 

 

 ブルー・ティアーズの自爆時間まで、3、2、1……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その爆発音と共に、三人の眼前でブルー・ティアーズは弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今作のファングは偏光射撃ができる模様(ゲス顔)

ちなみに今回アインが取ったファングの使い方は、

⓵曲がるビームを陽動にセシリアを翻弄
  ↓
⓶翻弄させている間にファング本体で攻撃
  ↓
③陽動に使っていたビームでトドメ

これはえぐい(確信)

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