もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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AC4シリーズに二段QBってあるじゃろ?

だったら二段瞬時加速があってもいいと思うんだ(錯乱)


世界が歪むまで
IS学園


「全員揃ってますねー。それじゃSHR(ショートホームルーム)始めますよ!」

 

 黒板の前でにっこりとほほ笑む女性副担任、山田真耶は元気そうにそう言う。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますねー」

 

 

「……………」

 

 しかし、誰も返事を返さずに沈黙が場を支配する。

 真ん中かつ最前席に座る男子生徒はそんな副担任を真顔でみつめ、他はただ緊張感のあまり沈黙するだけだ。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 

 うろたえる副担任が哀れに思えるが、このIS学園であろうと普通の学校であろうと入学当初のクラスではこれが普通の光景である。

 

(それにしても……)

 

 男子生徒は周りにばれないようにして周囲を一瞥する。

 三時の方向、四時の方向、八時の方向、九時の方向……どこを見渡せどそれは自分と違う性別のものばかりだった。

 

(雌共ばっかじゃねえか……たくっ、これじゃあ刑務所の中の方がまだマシだったかぁ?)

 

 心の中でそう愚痴りながら、自分の名前が呼ばれるのを待つ……いや、あいうえお順から考えるに自分はかなり最初に呼ばれるに違いない。

 

「アイン・ゾマイールくん!」

 

「はい」

 

 さっそくか、と席を立ちあがる。

 というより、何故出席番号が二番目なのに真ん中&最前列なのだろうか?

 事前予習が出来てない事を考慮して教員たちが態々前列に席を指定してくれたのだろうか……だとしたら有難迷惑だ、と男子生徒は心の中で溜息をついた。

 

「アイン・ゾマイールです。よろしくお願いします」

 

 猫を被りながら儀礼的な挨拶をする。

 自然な感じに作り笑いをしながら、自分の自己紹介を始めた。

 

「こう見えてもここに入る前は傭兵をやってまして。趣味は銃器弄り、特技は射撃です。急遽入学が決まったものでISに関する知識は皆さんと違ってまったくありませんが、銃火器については皆さんよりも詳しいと自負しております」

 

 周りがざわつく。

 

『え、傭兵って……?』

『お金貰って人殺してるの?』

『特技が射撃って、もしかして?』

 

 二番目というかなり最初の自己紹介であるにも関わらず、傭兵だの銃火器だの射撃だの発言が為されたアインの自己紹介は周りの生徒達をドン引き、または警戒心を抱かせる。

 ……だが、最初はこれでいい。ここからが本番である。

 

「ハハっ……とまあ、物騒な事言ってしまいましたが、こんだけ可愛いお嬢ちゃんたちに囲まれていますので、自分も一生徒として皆さんと共に学業に励みたいと思います。

 これから一年間、よろしくお願いします」

 

 暫しの沈黙、女子生徒たちは呆然としてアインを見つめていた。真面目な音色から一転して優しそうな声で語り掛けられ、そのギャップに戸惑っていた。

 やがて、パチパチパチ、と拍手が響き渡る。

 

『か、可愛いって!?』

『お、お嬢ちゃんって、そんな~!?』

『こいつ……出来る!』

 

 先ほどの警戒するような様子から一転して、女子たちは顔を赤らめながらそんな事を呟いていた。

 これこそがアインの狙い。

 最初に此方に警戒心を抱かせるような言葉から、向こうの心を掴むような冗談を言う事で打ち解けさせる。所謂、『下げて上げる』と言った方法である。

 傭兵として世渡りするうえでアインが身に着けたコミュニケーション技術はこんな意外な所でも役に立ってくれた。

 

 

     ◇

 

 

 ――――東欧 ■■■■共和国

 

 EU(ヨーロッパ連合)に加盟せずに独立国として体裁を整えてきたこの国は今、戦場の地と化していた。大臣が率いる政府軍と、反政府組織が雇った傭兵部隊による泥沼の戦場がそこにあった。

 あちこちで銃声が鳴り響き、各地で硝煙の煙が舞い上がる。

 戦況はほぼ反政府組織側に傾いており、政府軍は次々と傭兵部隊の銃撃の餌食となっていた。

 多くの場所を占拠され、政府軍の本拠地たる大臣邸だけが最後の砦として機能し、各所に設置された砲台も既に反政府組織側が乗っ取っていた。

 

 そこの戦場のとある建物に政府軍の兵士たちが避難していた。

 追い詰められて切羽つまった様子だった。

 

「ハァ、ハァ……状況はどうなっている!?」

「駄目だ……東側ではぐれた部隊と連絡が取れない」

「くそっ!」

 

 一人の男が拳を床に叩きつける。

 全ての始まりは、大臣による不正の発覚だった。本来ならば国を纏める立場である筈の大統領を、裏で操っていたという大臣。

 既に捨て駒だった大統領は殺され、今は大臣が直々に政府軍の指揮を取っていた。

 

「とりあえず、ここにいれば一先ず安全だろう。敵もそんなに近くはない」

「ああ、今の内に体勢を――――」

 

「ところがぎっちょん!」

 

 政府軍の舞台が体勢を整えようとしたその時、何処から声が聞こえたと同時。

 ピストルが四回、発砲音とともにその火を吹いた。

 四発の弾丸は全て政府軍の兵士の額に命中し、彼らはそのまま倒れた。

 

「ジェイク!? くそ、どこだッ!?」

 

「こっちだよぉ!」

 

 突如、屋根裏から人影が降りて来た。

 出てきたのは、まだ十五才かそこらの青年だった。

 その年では不釣合いな程に、この戦場を楽しんでいるような表情で出てきた青年は獣のような眼で兵士たちを獲物として定めた。

 即座にマチェットナイフで政府軍の兵士の頭を串刺しにする。

 突然の事で反応できなかった兵士はそのまま絶命し、倒れた。

 

「トーマス!? くそ、撃て、撃て撃てぇ!」

 

 一人の男の指示の元、政府軍の男たちは青年に向けて一斉にアサルトライフルを掃射する。しかし、それ如きで止まる青年ではなかった。

 青年は端にいた男にナイフを投げつける。

 投げつけられたナイフは男の手に刺さり、アサルトライフルが手放される。

 

「隙ありぃ!」

 

 スライディングで一気に距離を詰めた青年は床に落ちる直前だったアサルトライフルを拾い上げると同時、回収したナイフで兵士の喉元を掻っ切る。

 そして奪い取った、アサルトライフルを他の兵士に向け、発砲した。

 

『うわあああああああぁぁぁ!』

 

 悲鳴を上げる兵士たち。

 本来ならば連射力にもの言わせて弾を撃つアサルトライフル。その一つ一つの弾が兵士たちの急所に的確に命中していた。

 機銃の連射力を維持しながら精密射撃をやってのける青年はこの戦場においても異常だった。

 

「情けねえなぁ。手前らそれでも大臣直属の部隊か!? えぇおい!?」

 

 楽しそうな声を上げながら機銃を撃ち尽くす。

 兵士たちの息の根が止まっている事を確認した青年は、アサルトライフルを床に投げ捨てて、ナイフに付いた返り血を振り払った。

 

「ひー、ふー、みー……へっ、こんだけ撃ち殺せば十分なギャラも貰えんだろ」

 

 弾も節約できたしな、と青年は嗤いながら付け加える。

 と、その時、青年に腰にあった無線機のランプがピピピ、と点滅する。

 せっかく酔いの名残に浸っていたのにと思いつつも、青年は無線機のレバーを上げて耳に当てた。

 

「何だよ! 分け前の話なら後にしやがれ!」

 

「……なに、ポイントCが突破されそうだと!? 何やってやがる、橋の上にはT₋42(ソ連の旧式重戦車)を待機させていた筈だろ!?」

 

「IS、だと? 女にしか乗れねえあれか!? どういうこった、ISの兵器運用は条約で禁止されてるし、そもそも何故こんな辺境の国がそんなモン隠し持ってやがる!?」

 

「……まあいい。大臣の奴もそれだけ追い詰められてるって事か。ポイントC付近に設置した砲台の数と種類を言え。そっちに関しては俺が指示してやる。今すぐポイントCの野郎共の無線と繋げ!」

 

 仲間全員との無線が繋がるのを待ちながら、青年は愚痴る。

 

 

「ちっ、まさかISを隠し持ってやがるとはな……大臣め、もはや自分の所業を隠匿する気すらなしかよ……」

 

 IS……女性にしか使えないと言われている究極のパワードスーツ兵器。

 現在、世界で実戦配備されているISは467機……開発者である篠ノ之束がISコアの製造を止めてしまったため、その価値は絶大なものだ。

 

「確か、何年か前のニュースでどこかの研究所からISが三機盗まれたっつーのを見た事があるが……まさかな」

 

 最悪の事態の想定も頭の隅に置いておく。下手すればもう二機出張ってくる可能性もあるかもしれないのだ。

 ……まあ、とにかく今はポイントCの指揮に集中しなければならない。

 幸い、あの地点には自分のお零れを求めて集まった部下たちがたくさんいる。分け前をくれてやるのは少々癪だが、使える奴等ではあるので同行を許していた。

 

 そして、全員との無線が繋がった。

 

「おうおう繋がったか! いいか聞けお前ら! これはピンチじゃねえ、チャンスだ! ISの価値はお前らも知ってるよなぁ!? 蜂の巣にして裏の技術者共に売り飛ばすぞ! 今の戦況を報告しやがれぇ!」

 

 青年の指示の下、無線を通じて仲間の士気が上がるのを青年は感じた。

 ――そうだ、これを待ってたんだ!

 ――それでこそ戦争のし甲斐がある!

 士気が上がってゆく仲間たちと同様に、青年の「戦争屋」としての本能もまた疼き始めた。

 

 

 

 

 結果として、ISを撃破する事に成功した。

 

「へっ、どうだい。101.6トンのT‐42重戦車の下敷きになる気分は……って、聞こえちゃいねえか」

 

 元々、ポイントCの守りは固かった。

 元々政府軍が隠していた資金を大量に用いられて設置されていた砲台たちはこちら側が乗っ取っており、しかも砲台の種類は対空砲や高射砲、ガトリング砲、榴弾砲など様々だった。

 空中に逃げれば高射砲や対空砲が襲い掛かり、近づけばガトリングの集中砲火を浴び、地上に着地すれば多数の榴弾が襲い掛かる。

 無論、それだけでは戦闘機以上の機動力を持つISには敵わない。上述の戦力を用いようとも、時間さえ要すれば此方が容易に敗北する状況だった。

 

 だからこそ、青年の指示によって戦い方を変えた。

 

 弾を当てなくてもよい、()()()()に誘い込んで、潰せばいいのだ。

 ポイントCの中心にはある高架橋があり、そこにはISによって大破に追い込まれたT‐42重戦車があった。

 後は簡単である、砲台の攻撃で高架橋の下までうまく誘導した後、高架橋に仕掛けた大量の爆弾をうまい順番に起爆させ、瓦礫で動きを封じ、煙で視界を封じ、最後に落下させた重戦車で押しつぶした。

 いくら操縦者の身体に絶対防御やエネルギーシールド、強力なG耐性を施すISでも、操縦者の頭に101.6トンものの重さを持つ物体を叩きつけられれば、一瞬でお陀仏となってしまうだろう。

 絶対防御やエネルギーシールドで直接的なダメージはなくとも、G耐性を超える程の衝撃を与えてしまえば操縦者の命は奪えなくとも致命的なダメージを与える事はできる。……正直、操縦者の腕がそんなによくない事が幸いだったが。

 そして、急遽青年が立てたその作戦が成功し、青年は道中邪魔な兵士たちを片づけながらここまで駈けつけてきたのだ。

 

「さすが隊長。前線だけじゃなくて、まさかあんな作戦立ててしかも的確に指示してくるなんて……俺もう!」

 

「んなうまい事言って分け前を増やしてもらう、なんて考えは捨てろよ?」

 

「ハハハっ。ま、まさかそんな事は……」

 

 現地で生き残った部下とそんなたわい無い会話をしながら瓦礫をどける。

 やがて、重戦車の一部が見えた。さらに瓦礫をどけ続ける。

 そして、それはあった。

 

「これが、IS」

 

「ボロボロだが、まだ機能を停止しちゃあいねえらしいな。操縦者もこの通り健在……って訳じゃねえか」

 

「うげぇ……」

 

 部下の力を借り、ISを引っ張り出す。

 ISは既にボロボロだった。装甲は所々が焼け落ち、潰れていた。

 それでも操縦者の身体を護らんとかろうじて絶対防御が働いている状態は機械ながら健気なものだった。

 だが……

 

「どうやら限界みてえだな」

 

 主の両肩に浮遊するようについてたアーマーが重力を得たかのように崩れ落ちる。続いて血まみれのぐちゃぐちゃになった操縦者の身体が崩れ落ちる。

 

 ぱんっ、と銃声が響く。

 

 ISの絶対防御機能により命こそ取り留めていたものの、戦車を落とされた衝撃で脳みそはとうにいかれているみたいだった。

 そんな女性に対して、青年は容赦なくその頭にピストルの弾丸を撃ちこみ、トドメをさした。

 

「よ、容赦ねえ……」

 

 部下がドン引きしながら青年の方を見る。

 青年のお零れを貰う自分達傭兵組は皆青年よりも一回り年上の者ばかりである。自分達傭兵部隊を率いる青年はそれこそまだ十代半ばなのだ。

 にも関わらず、こうして女子供すらも平然と撃ち殺すこの青年に軽く恐怖を覚えていた。

 そんな部下の事を後目に、青年は顎に手を当ててこのISについて考えていた。

 

「多量の砲台に加えて骨董品の戦車まで使いつぶしちまったのが勿体なかったが……それを補って余りあるお釣りがここにある。さて何処のどいつに売ろうかねえ……」

 

 ボロボロになったISの()()()()()()()()()()()、青年は考える。売るといっても、並大抵の技術者共では話にならない。

 公共のIS研究機関はまず論外……十中八九お金を貰えないだろう。

 

「あの、隊長……」

 

「となるとやはり……なんだ?」

 

 何処の技術者に売ろうか悩んでいる最中、部下が声をかけてくる。

 

「その……ISが、反応して――――」

 

「あぁ? 何を世迷言を……何、だと……」

 

 瞬間、青年の意識に『情報』が流れ込んできた。

 

 

『た、隊長がISを!?』

『おい、大変だお前ら!?』

『隊長がISを起動させたぞ!?』

 

「静かにしやがれお前ら!」

 

 騒いでいる部下を落ち着かせる。

 まだ戦争は終わった訳ではないのだ。

 そんな風に戦争から帰ってこれた時の祝いみたいに騒がれても困るだけであった。

 

「俺がISを起動させたくらいで戦況は変わらねえ……そもそもこれボロボロじゃねえか。適合者にはかろうじて反応してくれる……くらいものだ」

 

 トントン、とISの装甲を叩きながら青年が言うと同時、部下の傭兵たちもまた興奮状態から落ち着きを取り戻す。

 そうだ、いくら通常兵器でISを撃ち落としたという偉業を成したとはいえ、ポイントCはもはや潰れたも同然の状態である。

 戦況的に言えば結局はISに覆されたと言ってもいい状況だ。

 

「た、隊長、大変です!?」

 

 そんなとき、もう一人の部下の傭兵が慌てて青年の所に報告に来た。

 嫌な予感を感じながら、青年は部下の報告を聞く。

 

「何だ、こんな時に」

 

「そ、それが……ISが更に二機出現……ポイントDとポイントFが落とされ、ただいま二機ともポイントAへと……!」

 

(やっぱりか……)

 

 己の予期していた事態が的中し、舌打ちする青年。

 となれば、やはりあの研究所からISを盗み出した者は大臣の息がかかった者なのだろう。

 傭兵という立場からしてみればテロが起こる理由など二の次なのだが、こうしてみると大臣の悪事を見かねた者達がテロを起こすのも納得だった。

 

「ポイントA……大臣邸から一番近い位置じゃねえか……待てよ?」

 

 その時、青年の頭にある事が浮かんだ。

 

 青年はニヤリと嗤い、部下たちに声をかける。

 

「お前ら、とりあえずその二機のISは後回しだ。先に大臣邸に攻め込むぞ」

 

「え、隊長……ですがそれは……」

 

「奴さんに余裕なんて既にねえよ。条約を破ってまでしてISまで駆り出してくるのがいい証拠だ。

 それに、少しいい事を思い付いた」

 

 ニヤリと笑い、青年は部下の傭兵達を率いて大臣邸へと攻め入った。

 

 

 

 

 ポイントAを制圧した二機のISの操縦者たちは大臣邸から火の手が上がっている事に気付き、急遽大臣邸へ急行する事となった。

 二人の少女にとって、大臣は正に恩人だった。

 女の力の象徴たるISの操縦者にしてくれた。

 身寄りもない自分達()()()を拾ってくれて、こんな力を与えてくれた。故に、如何に条約違反であろうと、二人にとっては恩を返すべき人間なのだ。

 

「ミーア! 急いで」

 

「分かってるわ、ニーア!」

 

 そして、大臣邸を囲む森林に近付いたその時。

 

 ――――二人のハイパーセンサーが何かに反応した。

 

「これは……救難信号?」

 

「下だ」

 

 言って、二人は下の方向を見る。

 

 木の下に、此方側(政府軍)の兵士が此方に向けて必死に手を振っていた。

 ハイパーセンサーで拡大して見てみれば、兵士が虫の息である事はすぐにわかり、そこに降りた。

 

「大丈夫!?」

 

「大臣は無事なの!?」

 

 ISを纏ったまま二人は男へと詰め寄る。

 男はせき込みながらもなんとか二人の質問に答えた。

 

「え、えぇ大臣は……何とか……それより二人とも、早くISから降りてください。早く!」

 

「え……ISを解けって?」

 

「どうして……?」

 

 男の突然の発言に2人は呆然となった。

 

「高架橋の所でニーナさんがやられました!」

 

「っ⁉ ニーナがッ!?」

 

「うそ……そんな……」

 

 二人にとってその発言は信じれない事だった。

 ミーナとこの二人は三姉妹の関係であり、共に大臣の命令でISの訓練を共にしてきた仲だったのだ。とうてい受け入れられる事ではない。

 しかし男が言っている事は()()()()()()()()()。実際、()()()()()()()

 

「どうやら敵方はISに有効な兵器を所有しているようでして、その兵器でニーナさんの位置が筒抜けだったそうです! 早く!」

 

「っ! 分かったわ。ミーアも……」

 

「ええ、そうするわ」

 

 だから、純粋な二人はこういう事もすぐに信用してしまった。

 ISをしゃがませ、コックピットから降りる二人。

 そのまましばらく三人は木陰で身を潜める。

 二人は男に大丈夫かと心配そうに声をかける。

 男は大丈夫、と息を上げながらさも()()()()()()()()()()()()見せつけていた。

 

「所で、大臣は……?」

 

「ごほッ、ええ、大臣は無事逃げおおせましたよ。少々、無茶をし過ぎましたが……!」

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「……ッ、大丈夫です。貴女方に救難信号を出したのは、貴女方にこの事を伝える為です。無線機だと盗聴される恐れがあるので……」

 

 またもやゴホっ、赤い液体を吐き出す男。

 そこで二人は悟った。

 ――この男は、もう長くはないのだと。

 であれば、せめてこの男が無茶をしてでも逃がした大臣を助けようではないか。

 

「大臣は……大臣はどこにいるの?」

 

 まだ助けるべき大臣の居場所を聞いていなかったニーアは聞いた。

 

「ええ、大臣は――――」

 

 

 パァン、と銃声がなった。

 

 

「俺が殺した」

 

 突如、男の懐から取り出された拳銃。

 銃口からは硝煙が吹きあがっていた。

 

「な……ぁっ……!?」

 

 突如、ミーアが後ろ向きに倒れる。

 見開かれた眼の瞳孔は既に消え失せ、ISを展開していなかった彼女はあっけなくその命を落とした。

 

「ミ、ミーア……!?」

 

「御臨終だ」

 

 驚いたニーアがミーアの名を呼ぶが、ミーアは返事をしない。どれだけ呼びかけようと、彼女は既に還らぬ人となっていた。

 怒りの形相で、ニーアは男を睨む。

 

(こいつ、怪我をしてるんじゃない……血まみれの、ウチの兵士の服を着ているだけだ……!)

 

 先ほど吐き出した血も、飲んだばかりのトマトジュースか何かをわざと吐き出してうまく致命傷を負っているかのように見せかけていただけなのだ。

 

「貴様――――ガッ!?」

 

 即座に銃を抜いて応戦しようとするニーア。

 しかし遅かった。ISに乗った事しかない女と、戦場で戦い続けてきた男では生身の身体能力に差がありすぎた。

 男は超高速でスライディングし、ニーアの足下を蹴りつけ、転倒させる。

 転倒したニーアに向けて、男は銃口を向けた。

 

「アァッ!?」

 

 パァン、とまた銃口が火を吹く。

 ニーアの身体を踏みつけた男はそのままニーアの左肩にもう一発弾丸を打ち込んでいた。

 対ISスーツ用に改造された強装弾はニーアの左肩を貫通していた。

 

「ミ、ミーアッ……」

 

 撃たれた肩の痛みに耐えながら、彼女はもう一方の手を、隣で息絶えている相棒の方へ手を伸ばす。

 何の反応も示さない彼女の姿を目撃し、ニーアはようやく己の妹の死を認識した。

 差し伸ばされたニーアの手は悲しみで無意識に震えていた。

 

「やれやれ、戦場でむざむざと妹をコックピットから降ろすたぁ、美しい姉妹愛(きょうだいあい)だなぁ」

 

「ッ!」

 

 これ以上にない男の皮肉に、ニーアは涙目になりながら苦渋の表情で、自分の身体を踏みつける男をキッ、と睨んだ。

 それを見た男は余裕の笑みを崩さずに、ニーアから足をどけた。

 己を踏みつける足の感触がなくなったのを感じたニーアは一瞬茫然となった。

 

「ほら、早く機体に乗ったらどうだ? これじゃあ戦い甲斐がない」

 

「……ッ、舐めやがってッ……!」

 

 銃を突きつけ、ISのコックピットに乗るように促す男。

 ニーアは己の身体を怒りで奮い立たせ、撃たれた肩を手で押さえながらラファール・リヴァイヴへと搭乗した。

 

「いい子だ」

 

 まるで子犬を褒めるかのような口調で男は優しく呟く。

 そのからかい声が余計に癪に障ったのか、ニーアは最初から最高加速で空へと飛びあがった。

 その場で殺す事だってできる。

 だが、怒り心頭だったニーアは自分達を騙してミーアの命を奪ったこの男が楽に死ぬのが我慢ならなかった。

 

(すぐに殺してやるもんか! 十分に甚振って絶望させてから殺してやる!)

 

 そう意気込み、上空からハイパーセンサーで地上を見下ろす。

 そして、目を見開いた。

 

「う、そ……?」

 

 突如、ハイパーセンサーに映ったその反応に、彼女は絶句した。

 

 信じられないと思い、ハイパーセンサーで更にそこを数十倍に拡大して見る。

 この場にいるIS操縦者だったミーアは先ほど撃たれて殺された、ニーナも高架橋で殺されたとの事。

 

 ならば――――今、自分に向かって飛んできているISは一体?

 

「ハッハァ!」

 

 それは先ほど男の銃弾によって死んだミーアが使っていたIS――打鉄。

 日本刀状の近接ブレード『(あおい)』を振るい、ニーナのラファール・リヴァイヴへと接近してくる。

 咄嗟に物理シールドでガードし、ニーアはその打鉄の搭乗者の顔を見て呆然となった。

 

「そんな……ISは、女性にしか動かせない筈じゃ……、どうして、男が……!?」

 

「慣れねえとちと扱いづらいが、武装さえ分かれば後は何とかなるってなぁ!」

 

 背後のスラスターで一気に吹かして最高加速し、近接ブレードで物理シールドを押し返した打鉄の新たな搭乗者――先ほどミーアを撃ち殺した男は潜めていた殺意をニーアへと向けた。

 

「どうして……どうして男がISを……!?」

 

「さあな、才能じゃねえのか!?」

 

「ふざけないで、大臣はどうしたの!?」

 

「脅してやったらよぉ、お前らの事すぐ吐いてくれたぜぇ!」

 

 ニーアのアサルトライフルの銃撃を無駄のない動きでかわしながら、近接ブレードで切り付ける男。

 

「そんな、大臣が私達を見捨てる筈……!」

 

 斬撃を避け、またアサルトライフルで牽制するニーアだが、オート操縦には戻っていない筈の討鉄を操りながら当然のごとく避けられる。男は武装をアサルトライフルに切り替え、ニーアのリヴァイヴの装甲の隙間を的確に狙っていく。一瞬でニーアの動きを把握した彼はニーアの動く先を読んではそこに弾丸を撃ち込み、的確に命中させる。

 弾丸を当てられないニーアと、ニーアの動きを呼んで連射式の弾丸を的確に命中させる男。この時点で、両者の間には大きな差があった。

 

「同情するぜぇ、可哀想になぁ!!」

 

「この、ぉッ……!!」

 

 間一髪で近接ブレードを物理シールドで防ぎ、弾き返すニーア。

 男はニーアから距離を取る。

 それを確認したニーアは即座に武装をアサルトライフルからスナイパーライフルに変換しようとする。

 が。

 

「ハッ、見えてんだよぉ!」

 

 その行動を呼んでいた男は一気に急旋回。

 見事な特殊無反動旋回(アブソリュード・リターン)を披露し、ニーアの武装変換の間の隙を突いた男は、一気に近接ブレードで斬りかかる。

 武装を変換した頃には既にスナイパーライフルの砲身の長さ以下の間合まで接近され、ニーアはあえなくその斬撃を受け入れてしまった。

 バリアーは貫通し、装甲は切り飛ばされ、シールドエネルギーが削られた。

 

(嘘ッ)

 

 信じられなかった。

 

(嘘よ、何よコイツッ!?)

 

 ISの技量はその稼働時間こそがものをいう。稼働時間で言えばニーアと男とではそれこそ天地の差がある筈だった。

 なのに、至近距離からのアサルトライフルの銃撃をとんでもない反応速度で回避、そして武装の量子変換のタイムラグを咄嗟に理解し、その隙をつく戦法。

 

 この男は間違いなく、ニーア以上にISを使いこなしているのだ。

 

(そういえば、なんでこいつは高架橋でニーナが死んだって知ってるんだろう?)

 

 大臣邸に攻め込んだ際にこちら側の誰かを脅して情報を得たりでもしたのだろうが、()()()()C()()、ではなく()()()()、と死んだ場所を具体的に言っていた。

 それは、つまり。

 

(まさか、こいつがニーナをッ……!?)

 

 そう考えれば、納得がいった。

 つまり、彼こそが、ニーナを殺した張本人。

 自分の姉妹を二人も奪ったのはこの男なのだ。

 

(よくも……よくもミーアとニーナをッ……)

 

「お前……お前がぁっ!!」

 

 激昂し、叫ぶ。

 呪詛のように叫び始めた。

 

「殺す……殺す殺す殺す殺すころすころすころすコロスコロス……!! お前のような男にっ!! たかが男でISを操縦できたぐらいでいい気になってるお前にっ!! ミーアとニーナはッッ……!!!」

 

 瞬間加速(イグニッション・ブースト)

 近接ブレードを展開して驚異的なスピードを出しながら直線距離で一気に肉薄する。

 しかし。

 

「御託はぁ!」

 

 こちらも近接ブレードを構えて瞬時加速。いや、言うなればそれは二段溜瞬時加速(セカンド・チャージ・イグニッション)――二段回の加速をするのではなく、二段回のエネルギーチャージを行ってから一度に放出する高等テクニック――と呼ぶべき代物だった。

 通常の瞬時加速すらも実践していない段階で、しかも相手の瞬時加速を一度見ただけで、そのプロセスを身体で理解した男は、更にその上を行く加速方法をその場で編み出し、実践してみせた。

 マルチスラスターを搭載したラファール・リヴァイヴの瞬時加速と、二段溜瞬時加速を行った打鉄の突進力が合わさり、お互いの得物の斬撃はより威力を増す。

 そして――――

 

「沢山なんだよぉ!!」

 

 リヴァイヴの近接ブレードを角度を変えて受け流し

 

 その斬撃は

 

 装甲を貫通し

 

 『絶対防御』すらも切り裂き

 

 ニーアの右腕を、リヴァイヴの装甲ごと()()()()()()

 

「――――え?」

 

 ハイパーセンサーが、ISの装甲が解除されたニーアの右腕が林の中へ落ちていくのを捉えた

 

(嘘、どうして……?)

 

 真っ白な頭のまま浮かんだ疑問に答えてくれる者はいなく、そしてその暇さえもなかった。

 

「逝っちまいなぁ!」

 

 切断面にアサルトライフル『焔備』の銃口が突きつけられる。

 

「――――ッ!?」

 

 それに気付いたニーアは顔を青ざめる。

 

 アサルトライフルの銃口が火を吹く。

 身体の切断面に向けて連射される弾丸は、次々とニーアの体内へと押し込まれていく。

 

「あ"……、あ”あ”あ”あああああアアアアアアァァアッ……!?」

 

 銃口を斜め上から切断面に刺し込み、心臓に直撃しない角度で、身体全体に流し込むようにして銃弾を連射していく。

 身体の中に鉛の異物を次々と押し込まれ、ニーアは苦しみに悲鳴を上げる。

 ISを纏っていない状態でなかったら、これほど苦しむ暇もなく逝くことができただろう。

 だが、ISには操縦者保護機能というものが搭載されており、その効力によって操縦者の身体を肉体を常に安定した状態に保つのだが、今回ばかりはそれがニーアを余計に苦しめる要因となっていた。

 体内へと次々と押し込まれる弾丸、その度にそれが機能し、出血時の止血などといった応急処置が機能していた。

 操縦者の安全を考慮したその機能は、ニーアの苦しみを余計に助長していたのだ。

 

「いい声で泣くじゃねえかお嬢ちゃん! もっと聞かせろやぁっ!!」

 

 そんな少女の悲鳴すらも戦場の悦として捉える狂人(戦争屋)はその口角を一層釣り上げながら、笑う。

 

「イ"ヤ”ア”アアア”アァ”ァ”ア”ア”アアアアア”アアアアやめでええ”ええ”ええ”ええ”え”え”えぇぇええッッッッッ!!?!!?!!!!?」

 

 絶叫が響き渡る。

 流し込まれた無数の銃弾は、ニーアの体中のありとあらゆる内臓を破壊し、やがて銃弾が詰め込まれていくあまりに体は歪に膨張していった。

 

 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!

 ――助けて、ミーア、ニーナぁッ!!

 ――助けてよおおぉおおおおぉおお……!

 

 口、耳等、人体のあらゆる穴から弾丸による血が飛び出す。次々と体内に潜り込んでいく弾丸が内臓という内臓をズタズタにしていき、その度にあるゆる穴から血が飛び出していった

 

 そして、アサルトライフルのマガジンの弾が切れた。

 

「ア゛……アァ……」

 

 燃え尽きたように崩れ落ちるニーア。

 最早人とは呼べぬ程の肉塊に変貌した彼女。しかし、ISの搭乗者保護機能はそんな彼女が死ぬのを未だに許してはいなかった。

 

 そんな彼女に止めの一閃が迸った。

 

 再び武装を近接ブレードに切り替えていた男が、満身創痍となったニーアの身体をリヴァイヴの装甲ごと真っ二つに切り裂いた。

 バラバラ、バラバラっと切り裂かれた断面から体内に押し込まれたアサルトライフルの弾丸が袋詰めされた米が溢れ出るように一斉に飛び出す。

 ズタズタになった内臓器官と血液、そして弾丸を雨のように散らしながら、少女はISと共に地上の森林へと墜落していった。

 

「フハハハハハハァッ! こいつはすげぇ!! 凄すぎて戦争にならねえぜぇっ!!」

 

 そして残ったのは、銀の鎧を纏いし『戦争屋』だけだった。

 

 

 

 

 

 まさかあの瞬間をカメラに撮られていたとは思わなかったアインは内心で、そのカメラの撮影者を恨んだ。

 

(そもそも、ISのハイパーセンサーで視た限りじゃ周りにそんな奴なんていなかったぞ。……一体何処から撮ってやがったんだ?)

 

 あのあと、そのカメラの映像が誰の仕業かは分からないが世界中の一部のお偉いさんに流出してしまい、自分はISを兵器として使用した罪にかけられて国際刑務所に閉じ込められて刑を待つ、筈だった。

 

 たまに偉い技術者たちが『身体を調べさせてくれないか』と強請ってきては一睨みで追い返しながら(金を払ってくれるのであればまだ考えたが)の刑務所生活を送っていたある日、スーツを着た男たちが刑務所の看守に連れられて入ってきて、何故かIS学園の入学書類を投げ渡され、こう言い渡されたのだ。

 

 『ISを兵器として使った罪を免除してやるからIS学園に入れ』

 

 一瞬、耳を疑った。いくら男性で初めてISを動かしたからと言って、それだけでこの人殺しを真っ当な女子たちの学園に入れてなるものか。

 

(冗談じゃねえぞ、ったく……)

 

 命が助かったのはまあ儲けものと考えるとしよう。

 だが、何の報酬もなしに勝手に学園に入学させられたのは納得が行かなかった。これから三年間の学園生活を終えて傭兵生活に戻っていいというのであればまだ納得した。

 だが、それについて聞いたところ、向こうはまったく何も答えてくれなかった。

 それだけでアインは向こうの思惑が分かってしまったのだ。

 

 何処の国のお偉いさんも自分を欲しがっているのだ。

 

 もはや世界の中心と言っても過言ではない。ISを男性の身でありながら稼働させるなど、まったくなかった事例だ。

 

 おそらく、このまま卒業すれば自分は傭兵生活になど戻れなくなる。国のお抱えのIS操縦者になるなど何がなんでも御免だ。

 自分がしたいのは戦争である。それができなくなるなど真っ向から願い下げだ。今でさえまともな報酬を提示されないままこの学園に居座らされている。

 

(まあいい、隙を見て逃げさせてもらうとするさ。それに……存外、『火種』の臭いがするしな、ここは……)

 

 まあ、その『火種』の筆頭は世界初の男性操縦者たる自分なのだが、それはそれでいい。

 

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言う事はよく訊き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私のやる事は弱冠十五才を十六才まで鍛えぬく事だ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな」

 

(だから精々、楽しませて貰うとするさ。なあ、千冬姉)

 

 最大の『火種』を目の当たりにし、アインはほくそ笑んだ。

 

 

     ◇

 

 

 悪夢のような映像を見せつけられた。

 

 映像に映っていたのは、とある紛争地帯で自分の弟に似た誰かが違法投入されたISを奪い、他の操縦者を殺している姿。

 

 初操縦であるにも関わらず、打鉄をいとも容易く乗りこなし、果てには瞬時加速やその上を行く高等テクニックすらもその場で編み出して見せた傭兵。

 戦場で投入された三機のISはまだまだ調整段階のまま研究所から強奪されたものであるため、『絶対防御』などの防御機能が不安定な場合があったそうだ。

 

 だからこそ、あのようにISがエネルギー切れの状態を起こさなくとも、操縦者の身体が生死が関わるような攻撃を受けても『絶対防御』はうまく機能せず、結果として相手のISは左腕を切り落とされていた。

 

 だが、それは彼が乗っている打鉄にしても同じ条件だった。

 更に言うのであれば、打鉄の機動力はラファール・リヴァイヴより低い。武装もラファールの方が豊富であるため、使いやすさでいえば明らかにこっちの方がいい。

 

 にも関わらず、彼は初操縦で打鉄のパイロットからISを奪い取ったのだ。

 しかもそれで、ある程度操縦訓練を受けているであろうラファール・リヴァイヴのパイロットを圧倒したのだ。

 武装の展開すらも一瞬のタイムラグすら確認できず、相手の武装変換のタイムラグすらも理解してその隙を突いたりなどしている。

 それだけではない、彼はISスーツを着てはいなかった。

 

 初操縦で、それも奪い取ったばかりのISで、ISスーツもなしにこれほどまでに乗りこなして見せるその技量は、さすが千冬でも目を見開いていた。

 

 彼の名はアイン・ゾマイール。本名は不明。

 アイン・ゾマイールとはおそらく傭兵としての名前なのだろう。

 

 そしてアインはドイツ語で「一」、ゾマイールの「ゾマー」は「夏」を示していた。 これが意味するのは一体なんなのだろうか……。

 

(そんな訳、ない)

 

 脳裏に浮かんだ考えを千冬は即座に破棄した。

 

(一夏が、あんな顔しながら人殺しをするわけないっ!)

 

 だから、これは何かの間違いなのだと。

 あれが弟である筈がない。

 だって、弟はいつだって自分を気遣ってくれて、優しい子だった筈だ。

 

 ようやく取り戻せたと思ったのに、目を離してしまった瞬間にまたどこか行ってしまった。

 必死に探した。

 あらゆる伝手を通じて探した。

 だけど見つからなかった。

 どれだけ探しても、一夏の痕跡を辿る事はできなかった。

 

 そして今、この映像がIS学園に送られてきた。

 

 送り主は篠ノ之束、千冬の幼馴染にして、現在絶賛逃亡中のISの開発者だった。

 

 全世界の一部の上層部に送られることになったこの映像は、一番最初に千冬がいるIS学園へと送られてきたのだ。

 

(何故束は、こんな映像を送って来たんだ?)

 

 また何かの遊びだろう、そうやってまたからかおうとしているのだろう。映像を見せられてからは何度もそう思った。

 

 だが、千冬は知っていた。

 

 そもそも篠ノ之束という人物は自分が身内と認めた人物にしかまともに会話せず、そして興味を抱かない人物であると。

 

 ――――そんな束がこんな映像を送って来たという事は、つまり……。

 

「……そんな訳、ない……」

 

 またもや同じ考えを抱いては、破棄する。

 心の中で何度もそう思った。

 もしあれが一夏であれば、ようやく見つかったと肩の荷が下りるのであろう……しかし認められない。

 認められるものか。

 

 あれは別人だ。戦争を楽しんでいた。いや、戦争そのものを楽しんでいたような顔だった。

 もしあれが一夏であるというのであれば、箒にどのような顔をさせて会わせればいいのだ。

 

(一夏……お前がいなくなってから、私の部屋は見る見る酷くなっていたぞ)

 

(あの日から、私の人生は全て灰色になってしまった。いや、灰色になりかけて、取り戻してようやく色が戻って来たと思ったら、突然また真っ白になってしまったんだ)

 

 頑張れたのは、お前がいたおかげなんだ。

 

 そんなお前が、あの映像の向こうにいる“あいつ”である訳がないんだ。

 

 だから、私は――――

 

「私、は……」

 

 そんな葛藤を抱えたまま、“ある決断”をする。

 

 結局の所、彼が昔生き別れた弟か、それとも別人かを確認するためには、懐に置いておくしか手段がないのだ。

 

 その決断が、あの『戦争屋』を『火種』の宝庫たる学園に入れる事が、どれだけ最悪の結果を招くのかと、この時の千冬は思いもしなかった。

 




IS学園には本当に短期間しか滞在しません。
白式も短い間しか使わせません。
というか早くアルケー(に似た性能の専用機)に乗せたい。

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