もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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聖戦‐次々と切られる火種‐

 アリーナのピットに残された残り半数の訓練機。

 そこには大慌てで訓練機のコックピットに搭乗する教員たちの姿があった。

 少なくとも、全員並の代表候補生以上の実力はあり、そこいらの操縦者では手も足も出ない腕の持ち主である。

 

「教員部隊、急いで出撃しろ!!」

 

 一人の教員の指示の下に大勢の教員たちがコックピットに付く。

 

「くそっ、リヴァイヴは全部持っていかれてる!! 残った打鉄で何とかするかしかない!!」

 

「良い!! むしろ好都合だ!! 打鉄の防御力を生かして生徒達を護るんだ!!」

 

「だがそれではリヴァイヴに乗った候補生たちを止められない!」

 

「生徒達を護りながらでは無理だ!」

 

「無理でもやるしかないだろう!! 我々は教員だ! 教え子を護らずしてどうする!?」

 

 現在学園にある訓練機は全部で三十機ほど。

 そしてラファール・リヴァイヴ全機含むその半数が代表候補生たちによって奪われており、生徒達を虐殺している。

 それにとどまらずその他諸々大勢の無名の生徒が火器などで武装し、虐殺に参加している始末だった。

 

「何て事よ……ウチのクラスの代表候補生が!?」

 

「こっちも同じよ! 何で、どうしてあの子があんなことを!?」

 

 そして、教員たちも出撃直前であるにも関わらず冷静にはなれなかった。

 当たり前である。

 彼女達でさえこんな事態は初めてなのだ。

 自分の生徒達がこのようなテロ行為を起こす事、そして何よりこの学園が戦場になる事自体が、彼女達にとっては未知の出来事なのだ。

 

「何かの間違いだ!」

 

「こんなの悪夢よ……!」

 

 そう言いながら、訓練機に搭乗した教員部隊は出撃する。

 二機は『処刑』が行われているアリーナへ、残る全機はアリーナ外の学園の敷地で暴れまわる生徒達を止めに、出撃した。

 

 出撃した教員たちがその地獄を目にした瞬間、途端に吹かしていたスラスターが止まる。

 それは彼女らにとって、あまりにも非日常的な光景だった。

 

「な、なによ……これ」

 

「あ、あぁ……こんなのって……!!」

 

 そこにはあったのは、ただひたすら惨い死体が転がる血獄の地。

 学園の生徒達も、学園に招かれていた来賓達も、揃ってここで虐殺され、無惨な死骸が散らばっていた。

 虐殺は未だ続いているにも関わらず、その光景だけで彼女らの心はへし折れそうになった。

 

「何をぐずぐずしている! さっさと行くぞ」

 

 そんな中で先頭にいた教員が彼女達に発破をかける。

 その教員も目に見えて動揺を隠せない顔であったが、それでも後続の教員たちよりは己の役目を忘れてはいなかった。

 その教員の掛け声に続き、呆然としていた教員たちもハッ、となって訓練機のスラスターを吹かして生徒の救援活動へ赴いた。

 

「キャアアッ、ガッ、ハぁッ!?」

 

「ギィ、あっ……」

 

「だれか、たすけ……!!」

 

 銃弾の嵐の前に成す術もなく倒れていく生徒達、

 爆発に巻き込まれ、瓦礫の下敷きとなり、必死に助けを求める来賓たち。

 その他有象無象の悲鳴や喚き声が教員たちにメンタルショックとして襲い掛かってくる。

 彼女達とてその地獄は未知の光景、今まで外部から幾度となく生徒達を護った事はあれど、こんな戦場で生徒達を護る経験は彼女達にもない。

 故に、そこでの対応は普段のように上手くはいかない。

 

『い、いや、助け!?』

 

『だ、誰かぁ!』

 

 リヴァイヴの銃口を向けられ、怯える生徒達。

 その間に、訓練機を駆った一人の教員が割って入る。

 

「そこの生徒! 今すぐ訓練機から降りなさい! 今なら、今ならまだ間に合う!」

 

「……」

 

 しかし、そんな教員に対して、リヴァイヴに乗った候補生は物怖じした様子を見せず、尚も銃口を下ろさず、教員とその後ろにいる生徒達をハイライトのない目で見つめる。

 

「何をしている!? さっさと――」

 

「……下さなければ」

 

「何?」

 

「神よ、この不信仰者共に鉄槌を下す許可を!! この聖戦に参加し、どうか私達を御認めにぃ!!」

 

「何を言って……ッ!?」

 

 その時、教員はハイパーセンサーで目撃し、それに思わず絶句してしまった。

 後方にいる、怯える生徒達。

 その中に――――大きな小包を抱えている生徒が一人いる事に、教員は気付いてしまった。

 それが何なのかを、教員が理解できない筈もなかった。

 

「やめッ!?」

 

 思わず、後方に機体を向けて、その生徒に呼びかけるが、時は既に遅かった。

 

 瞬間、その小包を抱えた女子生徒を中心に、爆発が起こった。

 無数の破片を肉片と共にまき散らし、生徒達は悲鳴を上げる暇もなくその爆発に巻き込まれた。

 

 煙が晴れていく。

 晴れていくと同時、見えてたのは世にも凄惨な光景だった。

 

「……う、そだ………?」

 

 その光景を、惨景を、地獄を、受け入れられる訳がなかった。

 

「うそだあああああああああああああぁぁッ!!!」

 

 その現実を、受け入れる事ができなかった教員は、目の前で未だに銃口を向ける候補生に踊りかかる。

 一番冷静であるべき大人が、いまこの場で一番に冷静さを失った。

 故に、目の前にいるリヴァイヴの生徒もまた、己が守るべき生徒である事も失念してしまった、

 

「返せぇッ、あの子たちをぉッ!!」

 

 アサルトライフル『焔備』と近接ブレード『葵』を両手にそれぞれ拡張領域から呼び出し、慟哭の涙を流しながら教員はそのリヴァイヴに乗る代表候補生に踊りかかる。

 リヴァイヴを駆る代表候補生もまたアサルトライフルを構えて迎撃するが、教員はそれを軽々と避けていく。

 如何に代表候補生といえど、教員から見ればまだヒヨッコも同然。

 この勝負の結果は、誰がみても明らかであった。

 

「返せッ、あの子たちの未来をぉ! あの子たちの夢をぉッ……!」

 

 瞬時加速で一気にリヴァイヴの元へ接近した教員は、感情のままに近接ブレードを振るう。

 その太刀筋に対応できない代表候補生は次々とその装甲とシールドエネルギーを削られていく。

 それでも、その代表候補生の顔が苦悶に満ちる事はなかった。

 彼女の耳には、己のISが伝える警告音も、その教員の慟哭すらも聞こえていなかった。

 

『この戦いは、神の御前に捧げられる、聖戦である』

 

 聞こえるとすれば、秘匿通信を通じて復唱される、己の全てともいえる存在が語り掛ける声のみ。

 

「神の御前に、捧げられる、聖戦……」

 

「ハァアアアアアアアアアアァッ!!!」

 

 装甲がまた切られる。

 反撃する暇もなく、反撃しようにもその動きを読まれ、手も足も出ない。

 それでも、その声は聞こえていた。

 

『伝統を軽んじ、神を冒涜せし、不信仰者共に――――』

 

 ギロリ。

 

「……ッ」

 

 おぞましい視線が、教員を貫く。

 それは狂信、妄信の目。

 己以外、いや、己の生命すらも映さず、ただひたすらに存在しないナニカを見つめる目。

 そのおぞましい目は、教員の手を止めさせるには十分な代物だった。

 

『神の代行者である我々が鉄槌を下すのだ!』

 

 教員が手を止めたその隙。

 代表候補生はその教員を乗っているISごと掴む。

 そして――――そのリヴァイヴごと、爆ぜた。

 

「が、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!!!!!」

 

 自爆。

 コアを暴走させ、容量以上のエネルギー量供給をコアから受けたリヴァイヴは、オーバーフローさせたエネルギーを外部に暴発させ、その爆発に教員の打鉄を巻き込んだ。

 

「あ……ぁ、そ、ん、な……」

 

 ボロボロとなった打鉄の残骸から、虫の息となった教員が這い出てきた。

 体中に火傷を負い、大量の血を流しながら、その教員は這い出てきた。

 突然の自爆攻撃に絶対防御が間に合わず、本来ならば大幅に軽減されるはずだったダメージを、ISごしとはいえもろに受けてしまった。

 こうして辛うじて生きているのは、ISの搭乗者保護機能の恩恵故であろう。

 

「ま、だ、だ……!」

 

 それでも、教員はその意志を貫き通す。

 自分にはまだ役目がある。

 せめて、生き残っている生徒達だけでも避難させなければならない。

 その執念だけで、どうにか体を這いずろうとする。

 しかし。

 

「グエッ!?」

 

 その執念による進行すらも阻む影が一つ。

 

「……ぁ、ァ、の、……いは、神の、ごぜぇん、に……」

 

 先ほど、自爆した生徒が、教員と同じくリヴァイヴの残骸から這い出て、その教員の首根っこを掴んだ。

 教員の執念すらも押さえつける、神への妄信が彼女を突き動かしていた。

 

「神を、侮辱する輩に、鉄槌をぉ!!」

 

 隠し持っていた、リヴァイヴの装甲の破片を、教員の首に突き刺す。

 グサリと刺さった所から、もう多くはない血が飛び出した。

 その血を断末魔に教員はその命を絶った。

 

「あ……ぁ……これ、でぇ……」

 

 同時に満身創痍であった代表候補生も倒れる。

 

『我々は戦いで死すことによって、神の御許へ導かれるだろう』

 

「神の、御許へ――」

 

 それきり、その代表候補生も動かなくなった。

 

 この光景もまた、この聖戦のほんの一部でしかなかった。

 

 

     ◇

 

 

 モニターに、学園中の様子が映し出される。

 しかし、どの映像もさして()()()()()()()

 どの場所でも無惨な虐殺、戦争が起き、無惨な死体が積み上げられていく。

 そんな光景ばかりであった。

 

 そして特に、先ほどまで学年別トーナメントの一回戦が行われていたそのアリーナでの惨状は、千冬の精神をかつてない程までに抉るものであった。

 

「な……あっ、ぁ、んだ、これ、はっ……!!⁉⁉」

 

「あ、ぁ、、、、、、い、やぁっ……」

 

 真耶もまたその映像(げんじつ)を受け入れる事が出来ずに、ただ目を逸らして硬直するばかりであった。

 映っていたのは、己の姿を模したISが、次々とこの学園の生徒達を切っていく姿であった。

 信奉者たちがぞろぞろと、女子生徒達を、あたかも罪人を扱うかのように拘束し、それをシュヴァルツェア・レーゲン()()()黒い暮桜の前に突き出し、それを切らせる。

 まるで中世で行われていた罪人の処刑場を再現するかのごとく、アリーナでその惨劇は行われていた。

 

「教員は……残りの教員部隊はいないのか!? あそこに何機か派遣の要請を!!」

 

「駄目です!! 既にアリーナ外での戦闘で手一杯……いえ、二機の訓練機がVTシステムらしき敵と交戦を開始しました!!」

 

「たったの二機だと!? それではアレには……っ!?」

 

 己自身を模した存在だからこそ、千冬には分かる。

 アレは並大抵の操縦者には敵わないと、それ程の完成度をアレは誇っているのだと。

 それを見抜いていた千冬は狼狽えるが、モニターに新たなISが映り、千冬は呆然となった。

 

「……鈴?」

 

 

     ◇

 

 

「そこの生徒達!! 今すぐ学友たちと来賓達を解放しろ!!」

 

「今ならまだ間に合うわ!! 何を血迷ったのか分からないけれど、考え直してっ!!」

 

 アリーナの中心に積み重なっている女子生徒達の死骸に狼狽えながらも、生き残っている女子生徒達を助ける為に、アリーナに入り込んだ二人のIS乗りの教員が彼女達に呼びかける。

 しかし、その叫びすら、彼女達には意味を成さない。

 

『来たわ』

『うん、来たね』

『分も弁えないで、伝統(IS)穢す(扱う)不信仰者共』

『まさかブリュンヒルデ様の前に現れるなんて……!』

『神を貶めし不信仰者共め!!』

 

 まるで憎き敵を見るかのような目つきで教員たちを睨む、女子生徒達。

 そして、そんな教員たちの出現に多少の安堵を見せる女子生徒達と来賓達。

 そんな中、洗脳された彼女達は懐から火器を取り出し、教員に向けて発砲しだした。

 

『不信仰者共に神の鉄槌を!!』

 

『ブリュンヒルデ様、どうかあの者達に罰を!!』

 

『そして私達もその聖戦に参加する許可を!!』

 

 そんな彼女達の声と共に、黒い暮桜が動き出した。

 先ほどまで、突き出された生徒達や来賓達を切っていく、そんな作業だけを続けていた暮桜が、そのスラスターを吹かし、ついに動き始めた。

 狙いは教員が駆る二機の打鉄。

 自身に近い力を操る者達への鉄槌を、その剣に乗せて下さんと肉薄した。

 

「来るわよ!」

 

「ええ!」

 

 曲がりなりにもブリュンヒルデのコピー。

 そんなISに近接戦は不利だと悟った二人の教員は、拡張領域からアサルトライフルを取り出し、距離を取りながら応戦した。

 後退しながらの円形制御飛翔(サークル・ロンド)を二機で左右対称に描きながら、黒い暮桜を翻弄する。

 

 しかし、その行為はまったくの無意味。

 

 このシュヴァルツェア・レーゲンに組み込まれたVTシステムの精度は、とある人物と組織の手を施されてその精度を大幅にランクアップさせている。

 故に、その戦法は劣化もののブリュンヒルデだけではなかった。

 

「雑魚ガ、消エロ」

 

 吐き捨てるように、そんなおぞましい声を発した後、黒い暮桜はもう一方の手にもう一本の雪片を生成し、二本同時に投げつけた。

 そして続けざまにもう二本の雪片を生み出し、先ほどの二本とは違い、直線的ではなくまるでブーメランのような円形軌道を辿り、教員たちを翻弄する。

 

「嘘ッ」

 

「武装はあんな瞬時に、ガッ!?」

 

 直線で単調な軌道を描きながら飛ぶ二本の雪片を落とした教員であったが、側面から飛んでくる雪片に反応しきれず、そのまま打ち落される。

 

「くッ!?」

 

「こんな……ッ!?」

 

 それでも流石教員といったところか、すぐさま受け身を取り、体勢を立て直すが、その黒い暮桜にとっては遅すぎた。

 一方の教員の打鉄の前には既に、その黒い暮桜がその剣を構えていた。

 

「消エロ」

 

 居合のような構えからの一閃。

 己の死を覚悟した教員であったが、襲い掛かってきたのは、斬撃ではなく、デカイ何かがぶつかる衝撃だった。

 

「ぐっ、何が……あ、貴女は!?」

 

「くッ、姉さんの、模造品のくせに……!」

 

 間一髪、教員はその専用機持ちに助けられたようである。

 あの振るわれた雪片をその大型ブレードで受け止めた拍子に、教員ごと後方へ吹き飛ばされたようだった。

 

「有難う、助かったわ。立てる?」

 

「はい、何とかッ!!」

 

 自分に礼を言いながら手を伸ばす教員。

 中国の代表候補生、鳳 鈴音はその手を取り、三機はその黒い暮桜と再び向かい合った。

 

 

     ◇

 

 

 激しい爆音が学園中から聞こえる中、スポンサーとの合流地点を目指す二人、アイン・ゾマイールとシャルロット・デュノアはIS学園の廊下を走っていた。

 まだ比較的被害が及んでいない場所であり、そして人が集まらないその場所は、こっそり行動するにはうってつけのものだった。

 

「アイン! あれは一体何なの、説明して!!」

 

 息を上げながら、シャルロットはアインに問う。

 

「VTシステム、こういえば分かるだろう?」

 

「っ! それって――」

 

 その言葉を聞いたシャルロットは昔、デュノア社でISについて学んでいた時の事を思い出す。

 VTシステム――――正式名称『Valkyrie(ヴァルキリー) Trace(トレース) System(システム)』。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステム。しかし、現在のIS条約ではどの国家・企業・組織においても研究・開発・使用すべてが禁止されている禁忌のシステム。

 禁止されたのは、過去の部門受賞者(ヴァルキリー)達を尊重する者達の声と、何より搭乗者の意志を蝕むなどのデメリットの存在があったからだ。

 それが、あのラウラ・ボーデヴィッヒのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』に積まれていた。

 という事は、とシャルロットはアインを睨む。

 

「アイン、君はまさか!?」

 

「いいや、生憎だがVTシステムをあの嬢ちゃんのISに組み込んだのは俺じゃない。勿論、スポンサー様の仕業でもない」

 

「え?」

 

 VTシステムを組み込んだ犯人をアインだと思ったシャルロットであったが、それは目の前の本人が否定した。

 そして、彼の言うスポンサーの仕業でもないという。

 

「俺も驚いた事だがな、あのVTシステムは()()()()()()()()()()()()()()()()()積まれていたのさ」

 

「なッ!?」

 

「ハハハッ、ドイツさんも中々粋な事するよなぁ。一から仕込むつもりが既に仕込まれてたとあっちゃあ流石に頭も上がらねえ」

 

 愉快そうに語るアインの言葉に、シャルロットは絶句する。

 IS学園において代表候補生とは、まさしく国の顔であり、そして国の一旦を背負う生徒の称号である。

 その生徒に、そんな禁忌のシステム、あろうことか母国がそれを積むという信じられない事実。

 

(どこまで……)

 

 シャルロットは思う。

 

(この男といい、この世界は何処まで)

 

 どこまで歪んでいるんだ、とシャルロットの中の絶望は余計に増す。

 そんな事をされるくらいなら、自分がされた所業などまだかわいいものではないかと、シャルロットは心の中で悪態を付いた。

 

「とはいえ、あんなお粗末品じゃとてもじゃないが神は名乗れねえだろうからな。スポンサー様に頼んで、俺の白式のデータ、および俺の戦闘データも組み込んでもらった。ついでに発動条件も少し変えてな」

 

 洗脳した整備課の雌を使ってな、という言葉を省き、アインはシャルロットにそう説明する。

 

「おかげで少しはもつだろう。この混乱に乗じてスポンサーと合流――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事、させると思って?」

 

 

 

 

 

 

「させてくれるとは思ってねえよ、水色のネーチャン?」

 

 廊下から外に出たその瞬間、上から聞こえた声に、アインは動揺もせずにそう返す。

 上を見上げたアインに釣られて、シャルロットもまた同じ方向を見上げる。

 そこには透明な水色のヴェールをマントのように纏った、一機のISがいた。

 

「あれは……ロシアの第三世代型IS『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』!?」

 

 シャルロットが驚愕の声でそのISの名を口にする。

 そのISがここにあるという事は、その搭乗者の名は間違いなくロシアの現代表、更識 楯無である。

 

「……」

 

 楯無は無言のままアインを睨み付ける。

 その視線はまさしく憎悪と憤怒。

 右手に握られている四連装ガトリング・ガン内臓ランス『蒼流施(そうりゅうせん)』は遠目で見ても分かる程に震えており、それが彼女の怒りがどれほどのものかを表していた。

 そんな彼女の怒りを察したアインは、そっとほくそ笑み、楯無に語り掛ける。

 

「いいのかい? 名高い生徒会長様が、こんな人二人ごときを相手にしていて」

 

「…………何の話かしら?」

 

 ピク、と楯無の眉が釣り上がる。

 アインの声を聞くだけで、彼女の中にある何かが切れそうだった。

 

「俺達よりも、今現在被害にあっている大事な生徒達を優先したらどうだって話さ。それくらいテメエでも分かるだろう」

 

「……ッ」

 

 ランスを握る手に、更に力が入る。

 

「やれやれ、仕事よりも自分の怒り優先たぁ、天下の生徒会なんたらの名が泣くぜぇ?」

 

「――――ッ!!!」

 

 瞬間、とうとう耐えきれなったのか、楯無は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気にアインの元へ肉薄する。

 アインもまた白式を展開し、雪片で楯無の槍を防ぐ。

 

 ガキィン、という音と共に火花が散る。

 

 その火花を間に、両者の視線は交差する。

 楯無は憤怒の視線を。

 アインはただひたすらに猛獣のような笑みを浮かべる。

 

「……信じられないッ」

 

「あぁ?」

 

「信じられないわよアナタッ!! 自分が何をしたのか分かってるの? この学年別トーナメントで何をしてくるのかと思えばッ!!!!!」

 

 まるで、これまでの怒りを吐き出すかのごとく、楯無は吠え続ける。

 普段から飄々としていて、冷静な彼女でも、この男を前にして怒りを抑えられなかった。

 何より、そんな男の思惑を見破れなかった己自身に対して。

 

「何も知らない無垢な子達を洗脳してッ、神を信じ込ませてッ、人殺しをさせてッ!!! 貴方には自ら罪を犯す意識もないの!!? 一体どれだけの人達が死んだと思ってるのよ!!! 私の、わたしのこの学園をぉッ!!!!」

 

 許せなかった。

 楯無とて多くの汚れ仕事を請け負ってきた。

 日本一の暗部の長として、多くの罪を背負ってきた。

 しかし、全ては妹に更識の運命は背負わせないためにやってきた。

 しかし、この男にはそれすらなかった。

 自ら手にかけるのではなく、何の罪もない無垢な女子たちを洗脳して、彼女達に罪を押し付けるこの男の存在を、楯無は何としても許容できなかった。

 

「ハッ」

 

 そんな楯無の怒りの声すらも、アインは鼻で笑う。

 楯無の槍を受け流し、スラスターの加速を利用して、蹴りを放つ。

 

「だったら猶更向こうへ行ったらどうだぁ!? ええ、ミステリアス何たらさんよォ!」

 

「黙りなさいッ!!」

 

 ランスを形成していたアクアナノマシンを解き、内蔵した四連装ガトリングをアインに向けて放つ。

 スラスターを吹かして空中に飛び上がったアインは、それを身体を仰け反らすような姿勢で、最低限の動きで躱していく。

 ISのPICとハイパー・センサーを最大限に活用した最低限の回避行動。やがて、アインはその体勢を維持しながら、雪片弐型の銃口から弾丸を連射する。

 ガトリングの連射にはとうてい及ばないにせよ、その正確な偏差射撃は楯無の動きを確かに制限していた。

 その隙を見逃さないアインは、連射を止めず、そのままスラスターを吹かして楯無へと迫る。

 

 接近戦へと持ち込んだ両者。

 時には剣劇を、時には蹴りすらも交えて激しい攻防を繰り広げる。

 

「絶対に許さないッ! 貴方だけはぁッ!!」

 

「こちとらビジネスなんだよ! それになぁ!」

 

「――――ッ!?」

 

 突如、己のISのハイパーセンサーの反応に気付いた楯無は、即座にその方向を向く。

 そこには、一機のISが()()()()()()()()飛んでいた。

 

「―――――え?」

 

 そのISの名は『ブルー・ティアーズ』。

 その搭乗者であったイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットはショートブレード『インター・セプター』をその人質の首に突き付けていた。

 その人質は、楯無がよく見知っていた人物だった。

 

「お……お姉、ちゃん……」

 

「か、かんちゃん……ッ、ガッ!?」

 

 動揺していたその隙に、アインは楯無に蹴りを入れる。

 その蹴りを食らった楯無は地面に激突し、激しい土煙を巻き上げた。

 

「戦場じゃあな、女やガキはみんな『飯の種』になんだよォ!!」

 

 そう叫んで、アインは楯無に向けて弾丸を連射した。

 




ジカイ、ツヴァイ、トウジョウ

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