もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら 作:ナスの森
・R15
・残酷な描写
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六月の最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色へと変わる。ISを学びにやってきている生徒達にとってはこのうえなく重要なイベントの一つであり、その慌ただしさは尋常なものではない。現に、今こうして第一回戦が始まる直前まで、全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っていた。
それからやっと解放された生徒達は急いで各アリーナの更衣室へと走る。
そんな中で男子更衣室で二人締めをしている二人の生徒がいた。
「おうおう、皆さんご苦労なこって」
モニター室から観客席を舌を舐めずりまわしながら様子を見るアイン。
そこには各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、中には外交官までもがそこに居座っており、更には
「ックク、やはり今日にして正解だったな。これでたっぷり借りを返す事ができる。そうは思わないか、クライアントさんよ?」
「……」
隣にいたもう一人の男子生徒、いや、男子生徒として入学したスパイ、シャルロット・デュノアにアインは問いかけるが、シャルロットは依然としてアインに目を合わせないまま、映像に映っているとある人物を見つめていた。
そこの人物のスーツに付いていた名札をシャルロットはずっと凝視している。
「デュノア社の関係者、か。見知った顔かい?」
「知っているも何も、あれは……!」
そう聞いて来るアインに対し、シャルロットはその男性から目を離さぬまま、拳に力を込める。もしそこにいたのがデュノア社の関係者どころか、自分の父親であったのなら、シャルロットは我慢できずにその映像を叩き割っていただろう。
関係者にすぎないから、まだ彼女は理性的にいれた。
「あれは、あの人は、デュノア社のエージェントだよ。僕が本当は女性である事を知っている。おそらく、父さんに言われて僕の男装がバレてないか見張りにきたんだ……!」
「フッ……」
憎々しそうにそのデュノア社のエージェントを睨むシャルロット。そんなシャルロットを見たアインは面白可笑しそうに笑みを浮かべ、シャルロットにこう言う。
「なら丁度いいじゃねえか。雇い主の鬱憤を晴らすのもまた傭兵の役目。あのエージェントさんも
「……勝手にしなよ。どっちみち、僕が頼まなくたってやるつもりなんでしょ?」
「まあな」
ここまできて半ば思考を破棄するシャルロット。
もうどうなろうが、自分にはどうする事もできない。
彼の言う“パーティー”というものがどういうものか想像できないし、したくもないが、それが碌でもない事で、それにあの観客席にいる来賓たちを巻き込もうとしているのだけは分かった。
その来賓にデュノア社のエージェントが含まれている事に、僅かな昂揚を覚えている、そんな己の心にシャルロットは気付こうとしないまま、チラリとアインを一瞥する。
「さあて、間もなく神が降臨せし聖戦の幕開けだぁ……!」
まるで遊園地を楽しみにするかのような、それでいてどす黒く悪意に満ちたその言葉に、どのような思惑が渦巻いているのか、シャルロットには分からなかった。
◇
――気に入らない男だ……!
それが、クラス代表決定戦の映像を見て、ラウラがアインに抱いた第一印象だ。
零落白夜――それは彼女が敬愛する教官、織斑千冬が使ったIS、暮桜に搭載されていた彼女の
自身のシールドエネルギーを犠牲に、相手のエネルギーシールドを無効化して大ダメージを与える能力――一見、軍人からしてみれば実戦では使い物にならないようなその能力、だからこそ彼女が敬愛する織斑千冬がだけが扱える能力であり、彼女しか使えない唯一無二の暴力なのである。
それを、どこの馬とも知れない第三者が、使いこなしている。
その事実が、ラウラ・ボーデヴィッヒにとってこれ以上のない憤怒と憎悪を抱かせる。
あれは彼女の敬愛する教官だけが使っていい力だ、教官だけが持つ力の筈なのだ。
それを持て余して使いこなせてないならいざ知らず、それを完璧に使いこなしている様は、彼女の中にある教官の価値を貶められているようにしかラウラの瞳に映らず、ラウラにとってそれはまさしく「神を冒涜する行為」なのだ。
故に、我慢しきれなくなったラウラは、その教官の力を使っている男、アイン・ゾマイールとフランスの代表候補生、シャルル・デュノアの模擬戦に乱入した。
己の怒りの言をぶつけ、それに対して何の思う風もなく、ただ涼しげに言われたその言葉を、ラウラは忘れなかった。
『世界初の男性操縦者が、第一回モンド・グロッソで優勝したブリュンヒルデの力を使う――――世論に対するいいプロパガンダになると思いますがねぇ』
清々しく言い切ったその時の顔を忘れない。
まるでラウラが尊敬しているものを、ラウラの全てを嘲笑うかのようなその顔を、ラウラは一秒たりとも忘れなかった。
この男にとって、彼女が尊敬する教官の力は、その程度のものでしかないという事だった。
たったその程度の認識で、織斑千冬の力を使っていたのだ。
正直に言えば、織斑千冬の力を使っているという点を除けば、ラウラのアインに対する評価はそんなに悪くはなかった。
――奴は、戦いを、力というものを知っている。
ラウラはあくまでドイツの正規軍であり、アインは何処にも属さない傭兵だ。
お互いそういった違いこそあるものの、自分と同じ、『戦う事しかできない者の気配』をアインから感じ取っていたラウラは、少なくともこの学園の女子生徒達よりはましだと、アインを評価していた。
ISは戦うための兵器だ。いかに宇宙開発用のパワードスーツとして開発され、その趣旨から外れてスポーツとして用いられていようと、その点は覆らない。
よしんばそれで宇宙開発が進もうとも、宇宙での戦争が勃発するだけだとラウラは考えている。
それ故に意識に疎く、ISをファッションかなにかだと考えているこの学園の生徒達よりかはましだとアインの事をそう評していた。
使えるものは使い、使えないものは捨てる。
兵器とはそういうものであり、執着を持って身に付けるものでもなければ、ファッションとして扱うものでもない。
人を殺すための道具、それが兵器だ。
彼、アイン・ゾマイールはそれをよく知っているのを、ラウラは感じ取っていた。
戦いに使えるものは何でも使う。
それは戦いに生きて来たものなら誰しもが身に付ける考え方であるし、ラウラにとっての「シュヴァルツェア・レーゲン」もまたその程度の認識でしかなかった。
問題は、彼が「その戦いの中で使える物」の中に、あろうことか彼女の敬愛する織斑 千冬の力までもが入っているという事だった。
――それだけは、決して許されるものではないっ!!
どんなに使える力であっても、“その力”は別なのだ。
あれはその程度の認識で使っていい物ではない、あれは如何な有象無象であっても使う事を許されるものではない。
あれは教官、彼女が敬愛する織斑千冬だけが持つ力であり、まさしく彼女の象徴であるべき力の筈なのだ。
その乱造品を、後継機を、その力に誇りも持っていない者が使っているという事実に、ラウラは一点たりとも許容できなかった。
(アイン・ゾマイール――。教官の力を使い、その存在を貶める張本人……)
あの男の存在を認めはしない。
(叩きのめしてやる、どんな手を使ってでも。己が如何な冒涜を犯しているか、如何にお前に過ぎたものであるか、その身で思い知らせてやる……!!)
その力を使っていいのは――――
教官と――――
《Valkyrie Trace System》………stand by……
――――ワタシダケ……!
◇
「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」
今か今かと待ちわびた様子で、ラウラは目の前に現れた怨敵を睨む。
その隣にいるシャルルには目もくれず、ただ己が打倒すべき相手を好戦的な笑みで睨んでいた。
「此方としても、貴女と戦うのを楽しみにしていましたよ。それと箒さん、今日はよろしくお願いします」
「あ、ああ」
自分のパートナーと違い、ちゃんともう一人の相手に対しても礼儀を忘れないアインに少し戸惑いつつも、箒はそれに相槌を打つ。
試合開始まで五秒前
――一人は黒い思惑を。
――一人はただその時を。
――一人はその疑念を。
――一人はその怒りを胸に――――
四、三、二、一――――開始。
「叩きのめす」
「お手柔らかにね」
そんな言葉の応酬と共に、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンの右肩のレールカノンをアインに向け、撃つ。
ドォン、という轟音と衝撃とともに放たれた強力無比の砲弾は、真っ直ぐにアインへと肉薄し、アインはそれを紙一重で避けた。
「弾け飛べ!」
そんな言葉と共に、ラウラはレールカノンのリボルバーマガジンを回してレールカノンを連射するがアインは紙一重で避ける。
体を後ろ向けに仰け反り返らせ、ラウラからみて己が見えにくい体勢を維持しながら、激しく動くことなく静の動作で砲弾を紙一重で躱していった。
だが、忘れてはいけない。
これは一対一の勝負にあらず、チーム戦である。
「私を忘れてもらっては困る」
レールカノンを避け続けるアインに、横から打鉄を駆る箒が近接ブレードを構えながら突っ込んできた。
ここにいてはラウラの砲撃の邪魔にしかならないというのに、それでもお構いなく箒は突っ込んできた。どうやら彼女はのっけからアインとかち合う事が目的のようである
キィン、と金属と金属が触れる音が鳴り響く。
「……っ!?」
コンマ一秒も罹らずに拡張領域から拳銃一体型近接ブレード『雪片弐型』を取り出していたアインは、取り出すと同時に箒の斬撃を受け流し、隙を見せた箒に対して一閃を加える。
ガギィン、と金属同士が触れ合うのと似たような音で彼女の打鉄のエネルギーシールドがガードする音が聞こえたが、どうやらアインが振るった斬撃はそれを突破したらしく、その際に打鉄の右側のスカートアーマーが宙を舞った。
(防御型である打鉄のスカートアーマーの接合部だけを正確に切り裂くだと!? 何という技量をしてるのだ!?)
零落白夜を使っていないにも関わらずここまでの斬撃を見せるアインに対して驚愕しつつも、箒はアインに向き直る。
その眼にはただ一筋の闘志と、疑惑が宿っていた。
この試合の直前に、箒はパートナーであるラウラとのやりとりを思い出す。
『アイン・ゾマイールと一騎打ちをさせろ、だと?』
『そうだ』
『聞けない相談だな。私にも奴に用がある』
『なら少しの間だけでもいい。奴と一度手合せをさせてほしい!』
『……私には奴と戦わねければならない理由がある』
『……理由?』
『貴様がそこまでして奴に挑む理由はなんだ?』
『……確かめたい事がある』
『……何だと?』
『一つ、確かめたい事があるんだ! どうしても確かめたいことが、だから少しでいい……! 少しでいいからアイツと……!』
『……いいだろう。それ以外で私の邪魔はするなよ?』
「ハァっ!」
再度、アインの駆る漆黒のISに近接ブレード『葵』を構えて踊りかかる。
こう見えても箒は剣道の全国大会の優勝者である。
並大抵の剣の使い手では彼女に敵う事など決してないだろう。
ガキィン、と装甲がまた切り裂かれる。
「ぐぅっ……!」
――それが並大抵の使い手であれば、の話だが。
「――――っ、まだだっ!」
(私は、確かめなきゃいけないんだ! こいつが……この男が……)
最初は、クラス代表決定戦で雪片弐型を振るう彼の太刀筋を見て、少し違和感を抱いた程度だった。
昔、共に道場で切磋琢磨し、自分よりも強かった男の子がいた。
ただ、その男の子の太刀筋と、今の目の前にいるこの男の太刀筋が重なっただけだった。
「そこだぁっ!」
またもや箒が振るった一閃はものの見事に受け流され、カウンターにと左側のスカートアーマーも接合部と共に切り捨てられる。
切り飛ばされたスカートアーマーは宙に舞い、そのままアリーナの床へと突き刺さった。
それに構わず箒は迷いのない、達人の如き太刀でアインに剣を振るうが、まるで
この間、アインは一度もスラスターを吹かずに箒の太刀筋を捌いていた。
(――――っ!? 今……)
その動きに違和感を感じた箒は、再度アインに攻撃を仕掛ける。
しかし、避けられる、受け流される、その繰り返しだった。
そこには性能の差という概念は存在せず、まるで箒が次に何をしてくるのかを分かっているかのように避けられる。
(動きが、読まれている? それにこの太刀筋――――)
ガキィン!
「――――!!」
もう一方のスカートアーマーを切り飛ばされ、両肩の物理シールドを除いて丸裸となった彼女に迫って来た剣閃を、箒は間一髪で受け止める。
バチバチ、と刃同士の摩擦による火花が飛び散る。
「あ、あぁ……!」
雪片弐型の刃を葵で受け止めながら、箒はその疑念をアインにぶつけた。
「やっぱり、お前……は……!」
思えば、おかしかった。
何故織斑千冬と何の接点もない彼に、『零落白夜』を搭載された専用機が与えられたのか、その時点で疑うべきだった。
まじまじと見れば、確かにその面影もあった。
そして『アイン・ゾマイール』……ドイツ語には疎い箒でも、IS学園の入学に向けて勉強してきた彼女になら少しくらいは分かる。
アインは「一」、ゾマイールのゾマーは「夏」を意味する。
そして――――この太刀筋。
「いち……っ!?」
いちか、と叫ぼうとしたその瞬間。
箒の足下に何かが絡みつき、それは中断される。
一体なんだ、と頭の思考が疑問を口にした瞬間に。
箒のISは、宙を舞った。
その足には、シュヴァルツェア・レーゲンから射出されたワイヤー・ブレードが絡みついており、箒と入れ替わるようにラウラがアインに肉薄してきた。
「なっ、何をする!?」
「契約切れだ。もう十分だろう?」
床に叩きつけられた箒はラウラに向けて怒声を発するが、そんな箒に目もくれずにそう返した後、両腕のプラズマ手刀を展開し、アインに左右からの攻撃を仕掛けた。
斬撃と突撃を混ぜた正確無比な攻撃。
しかしそんな攻撃に対してもアインは焦る事無く、いやむしろドイツの代表候補生と白兵戦を興じられることに対する喜びを表すかのように、好戦的な笑みを浮かべながらラウラとの激しい攻防戦を開始した。
両腕のプラズマ手刀を的確に操るラウラ。
近距離での速射と斬撃を交えて銃剣を振るアイン。
そして、その白兵戦は次第にアインが押していった。
「ちぃっ!?」
少しでも距離を取れば射撃が、次には正確無比な速射が。
その猛攻にラウラはワイヤー・ブレードでシャルルを牽制する余裕もない。
AICで動きを止めようにも、AICは発動の瞬間にほんの少しだけ隙が生じてしまい、その僅かな隙がアインの前では一瞬でも命取りになってしまうのをラウラは理解していた。
零落白夜――――認めたくはないが、この男はそれを使いこなしている。
クラス代表決定戦の映像を見た時でも、彼が零落白夜を発動したタイミングはまさしく絶妙であり、本当にあのセシリア・オルコットの駆るブルー・ティアーズの装甲と雪片弐型の刃が接触したその瞬間に発動させていた。
つまり、この男は教官の力の使うタイミングを一切誤らない。
本当に警戒すべきは零落白夜にあらず、戦いの中で磨かれてきたこの男の戦闘技術に他ならないのだ。
「ぐぅっ!?」
ワイヤーブレードを受け流され、地面にしゃがみ込むような低い体勢になったアインによる回し蹴りを受けるラウラ。
その回し蹴りと同時に、胴体に斬撃を受けてしまった。
エネルギーシールドを突破され、ダメージを負ったラウラは、それでも自分が大してダメージを受けてない事に唖然となった。
(零落白夜を、発動させなかっただと……?)
馬鹿な、信じられないと、ラウラは疑問に思う。
この男が、この絶好のチャンスに零落白夜を使わない筈がない。
つまり――――。
「―――ッ、舐めているのかぁ!?」
咄嗟にAICを発動させる。
その瞬間、アインの白式はピタリとそのまま静止し、動かなくなる。
しかし、とうのアインの表情はまるで余裕。
まるでわざと捕まってやったといわんばかりのその表情に、ラウラはその感情に余計に火を注がれ、レールカノンをアインへと向ける。
レールカノンへ装填されたその砲弾が――――撃たれる事はなかった。
「隙だらけだよ!」
「――――ッ!?」
シャルルの援護射撃を受け、アインに発動したAICを解除せざるを得なかったラウラは、アインをその拘束から解いてしまう。
彼を仕留める、千載一遇のチャンスを、ラウラは失ってしまった。
◇
「邪魔をするな!」
己のパートナーにアインから引き離されて激昂した箒は怒りの形相のまま、立ちはだかるシャルロットへと肉薄する。
そんなに彼との勝負を邪魔されたのが気に食わなかったのか、それとも――――。
(まるで、想い人との時間を邪魔されたかのような怒り方――いや、今のぼくには『どうでもいい』)
ガギィン! 箒の刀を、シャルロットは瞬時に呼び出した近接ブレード『ブレッド・スライサー』で受け止める。
そしてそのまま左手の『レイン・オブ・サタディ』が火を吹いた。
「くっ……!?」
次々と己に当たる銃弾とその衝撃に、耐えられず箒はどんどんと後退していってしまう。
(まったく、彼女を仕留めずにわざわざスカートアーマーを削いで丸裸にするなんて、相変わらず趣味が悪い。そのおかげでやりやすいけどさ……)
打鉄のメイン防具の一つである強固なスカートアーマーがアインによって切り離された今、箒はそれを使って防ごうにも防げず、頼りになるのは両肩の物理シールドだけであるが、それすらもシャルロットが放つ銃弾の雨の前では、その防御範囲は些か狭すぎた。
シャルロットの『
このままでは箒は何の術もなく負けてしまう。
(かくなる上は……!)
箒は考える。
最早己の剣術だけでは目の前の『二人目』の男性操縦者を突破する事は不可能だろう。
IS操縦者としての技量も、何より向こうが専用機持ちである以上、しかも此方が得意とする分野は剣術のみ。
勝機は絶望的である。
しかし、それでも箒は諦めなかった。
ようやく核心に迫る事ができたのだ。こんな所で足止めを食うわけにはいかない。
(射撃武装は慣れないが……牽制程度にはなるだろう)
「ハアアアアアァァッ!」
体を横に向け、肩の物理シールドを前に向け、そのままスラスターを吹かして突っ込む。
同時に拡張領域からアサルトライフル《焔備》を呼び出し、物理シールドの狭い防御範囲をカバーするため、腰の位置からそれを連射する。
上部は物理シールドによる防御、下部はアサルトライフルによる牽制。
この状態を維持したまま、箒はもう一方の手に刀を握ってシャルロットへ突撃した。
「切り捨て、御免っ!」
ようやく己の刀の間合までシャルロットに接近した箒は、マガジンが切れたアサルトライフルをアリーナの床に投げ捨て、直前に体を横向きから前に変え、刀を両手で持ち、シャルロットへ振るった。
しかし、その渾身の一撃すら無意味だった。
「はい、お疲れ様」
箒の刀を振るう速度。
それよりも速く、武器をショットガンへと切り替えたシャルロットが、至近距離からその弾を炸裂させ、箒のシールドエネルギーをゼロにした。
「そん……な……」
「じゃあ、またね」
まるで眼中にないかのように、己を放ってアインの援護へ向かうシャルロットの背中を見た箒は、アリーナの隅で悔しそうに膝をついた。
(やっぱり、アインが調べた通りみたいだね)
援護射撃により、ラウラのAICに拘束されたアインを救ったシャルロットは、そのままアインの隣に並ぶ。
目の前には、ラウラ・ボーデヴィッヒの駆る「シュヴァルツェア・レーゲン」が立っていた。
「貴様……」
突如乱入してきたシャルロットを睨むラウラ。
「ようやくその目で僕を見てくれたね。今までアインしか眼中になかったみたいだし」
「ふん……教官を貶める不躾者と、フランスの
そう言うと同時、ラウラは六本のワイヤー・ブレードを射出し、四本をアインへ、残る二本をシャルロットへと向ける。
「ちっ……!」
複雑な軌道を描きながら四方から迫るワイヤー・ブレード全てを的確に撃ち落としてみせたアインの技量にラウラは舌打ちをする。
パートナーは元より期待していなかったとはいえ、あっさりやられる始末。
しかも目の前には代表候補生クラスの相手が二人。
如何なラウラといえど、同時に軍人でもある彼女には、どちらが有利でどちらが不利かぐらいの判別は付く。
――明らかに、ラウラが不利である。
特にアインに限っては、白兵戦では自分すら上回る。
白兵戦で勝つことはできず、更にはフランスの代表候補生による援護射撃が邪魔に入る。
「だが……」
ラウラは動く。
決めたのだ。
例え試合では負けようとも、
「私は、教官の教え子だぁ!」
それが、彼女の誇りだった。
残り二本のワイヤー・ブレードを射出し、シャルルを牽制すると同時、アインにむけてレールカノンを連射しながら、プラズマ手刀を展開して肉薄する。
己の持ちうる全ての武装を一度に使ってでも、ラウラはアインを葬る気でいた。
AICで動きを止めようとしても、それを察知したアインによって躱されていく。
しかし、動きを止められなくても、それで隙を作る事はできる。
やがて、絶えず連射されるレールカノンと、設置されるAICを避け続ける内にその隙を晒したアインに、ラウラは踊りかかる。
「そこだぁっ!」
咄嗟にシャルルへの牽制に使っていたワイヤー・ブレードを呼び戻し、全ての武装をアインへとぶつける。
――――それが、仇となった。
「がら空きだよっ!」
ワイヤー・ブレードによる猛攻から解放されたシャルルが、呼び出したロケットランチャーを構え、ラウラへと撃ち込む。
激しい噴射音を立て、放たれたロケット弾はラウラへと肉薄していく。
(この男ごと私をやる気か!?)
プラズマ手刀と雪片弐型が切り結ぶ最中、ハイパーセンサーで確認したラウラは、咄嗟にその場を離れようとして。
その手を、アインに掴まれた。
(まずっ!)
咄嗟にラウラはAICを発動させ、そのロケット弾を受け止める。
間一髪の差でロケット弾による直撃を避けたラウラであったが、彼女は失念していた。
AICを発動させれば、それに集中力を割かなければならない。
瞬間、ラウラは見た。
距離を取ったアインの白式が、雪片弐型の銃口を此方に、否、AICによって停止したそのロケット弾に向けている事を。
その雪片弐型の刀身が展開され、眩い光を放っていた。
「――――ッ!?」
それを見たラウラは、表情に青筋を立てるが、時は既に遅い。
《零落白夜》――発射。
エネルギー無効化攻撃、零落白夜のエネルギーを纏った弾丸は、ロケット弾を拘束していたAICを無効化し、爆ぜた。
「ぐ、アアアアァァッ!!」
至近距離でのロケット弾の爆発を直に受け、悲鳴を上げるラウラ。
通常よりも比べ物にならないダメージを受けるシュヴァルツェア・レーゲンであったが、まだまだ彼らの攻撃は終わりではない。
「この距離なら、外さない」
ロケット弾の爆風による煙幕が晴れたと同時、シャルルの駆るリヴァイヴカスタムⅡがラウラの眼前まで迫っていた。
アインからこっそり教わっていた
「『
焦りの表情を見せるラウラ。
先ほどの爆風のダメージでうまく動けず、しかもこの至近距離でそれを見せつけられれば、もはやどうしようもなかった。
ズガンッ!!
「ぐううっ、あぁッ!」
成す術もなく、ラウラはパイルバンカーの一撃を腹部に受け入れてしまう。
ISのエネルギーシールドが集中し、絶対防御を発動して防ぐものの、その衝撃までは殺し切れず、まるで内臓を抉られるかのような感覚を味わうラウラ。
表情が苦悶に揺らぐ。
しかし、シャルロットはそんな彼女に慈悲を見せる事無く、バンカーのリボルバーを回して次弾炸填し、続けざまに三発、彼女にその一撃を叩きこむ。
誰もがアインとシャルルのチームの勝利を確信したその時、異変は起こった。
◇
(こんな……こんな所で負けるのか、私は……!)
苦悶の表情の中で、認められないとラウラは内心で連呼した。
(私は負けられない! 負けるわけにはいかない……!)
敗北――それは彼女が最も忌み嫌う言葉であり、一度挫折したが故の、その言葉への途轍もない恐怖を彼女は抱えていた。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
それが彼女の名前であり、識別上の記号。
故に、その名前に意味はなかった。
――あの人に、会うまでは。
遺伝子強化体として生み出され、そこで優秀な成績を納め続け、常に最高の性能を記録し続けた。
しかし、ある事をきっかけに彼女の地位は地に墜ちる事となった。
『ヴォーダン・オージェ』――――脳への視覚信号の伝達の爆発的な速度上昇と、超高速戦闘下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン処置。
この処置によって彼女の左目は金色へと変質し、常に稼働状態のまま制御不能の状態へと陥ってしまった。
この『事故』により彼女は部隊の中でもIS訓練において遅れを取る事となり、同時にそれまで納めていた目覚ましい成績、そしてその性能も鳴りを潜める事となってしまった。
なまじ今まで最高の成績を納めていただけに、その悪意に慣れていなかった彼女の心は一気に崩壊寸前までに追い込まれた。
彼女が悪い訳ではない、彼女をこのようにした大人たちと、そんな彼女に慰めをかけずに嘲笑した部隊員こそに原因があるだろう。
そんな時、彼女の世界はまた一変した。
「ここ最近の成績が振るわないようだが、なに心配するな。一か月で部隊内最強の地位に戻れるだろう。なにせ、私が教えるのだからな」
なにをばかなと、突如やってきた彼女の言葉を嘲笑った。
しかし、その言葉に偽りはなかった。
彼女の課した訓練を忠実に実行する―――ただそれだけで彼女は再び最強の座へと輝くようになった。
そして――――あの人、織斑千冬に憧れた。
――ああ、こうなりたい。この人のようになりたい。
やがてその感情を抱くようになってからは、織斑千冬がドイツでの教官を解任され、日本に帰国するまで、ラウラのその憧れの感情は止まなかった。
あの人のようになりたい―――ただその感情を胸に、彼女がいなくなった後の虚無の時間を過ごし続け、やがて彼女を連れ戻すチャンスがやってきた。
ドイツの代表候補生として、IS学園に入学しろ。
その命令が渡された時、彼女は心底歓喜した。
――また、あのお方に会える。あのお方を連れ戻せる!
そんな感情を胸にIS学園に入学して、そしてそこで知ったのがある男の存在。
アイン・ゾマイール……織斑千冬と何の接点もないにも関わらず、織斑千冬の力を与えられ、そしてその力を使いこなして見せた不届き者。
彼女の価値を、存在を貶めるその男を、ラウラは許せなかった。
(敗北させると決めたのだ。あれを、あの男を、私の力で、完膚なきまで叩きのめすと!)
ならば、こんな所で負けるわけにはいかない。
いまだにあの男が教官の力を使って、教官の価値を貶め続けているのであれば、絶対に負ける事は許されない。
(力が、ほしい)
ドクン……と何かがうごめいた。
『――汝、神を信奉するか?』
(なに、を……)
『汝が信じる神、即ち汝が信奉する力、より強い力を、望むか?』
それはまるで、甘い甘言のようで――――
(神だと? そんなもの――――)
『汝の神は、ここにいる』
その時、ラウラの眼前に、ある人物の影が現れる。
忘れもしない、その光を。
その力を、ラウラは忘れられなかった。
(教官――――? 私にとって、教官は神なのか?)
『汝、望むか? この神を冒涜する存在を叩き潰す力を、この神に代わり、アレに鉄槌を下す力を欲するか?』
(ああ)
言われるべくもなかった。
(寄越せ、ソレを。あの男が使っているソレを、私にも……!)
彼女はそれを求める。
(その力を使って神を冒涜するなら、その力を使ってその存在を叩き潰して、神に認めてもらう!!)
《Valkyrie Trace System》………boot.
◇
「アアアアアアァァァァッ!!!!」
突如、ラウラは身を裂かんばかりの絶叫を発する。
それと同時、シュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、シャルロットの体が吹き飛ばされた。
「ぐっ。一体何が……。――!?」
「来たか……!」
戸惑うシャルロットとは対照的にまるで、ようやくかと言わんばかりに笑みを浮かべるアイン。
そんなアインを見たシャルロットは、アインは何か知っていると思い、彼に問いかけた。
「アイン、アレは一体!?」
「見てなぁ! 間もなく我らが神の誕生だぁ!」
ハイテンションでそう語る彼。
シャルロットは視線をラウラの方へ戻し、それを見る。
「なっ!?」
そこには変形していくラウラのISがあった。
装甲は泥のように溶け、黒いぐにゃぐにゃになったそれはラウラの全身を包み込んでいく。
あたかも、
そして、
「ックク、さあ、いよいよだ! 戦争だ、戦争!」
狂ったような喜びの声を上げるアイン。
周りが何か騒いでいるが、今更遅い。
賽は既に投げられた。
後は、号令するだけだ。
『みんな、よく聞いてくれ――――』
洗脳した駒たちに、秘匿通信を使って、彼は笑いながら、しかし口調だけは猫を被ってその聖戦の火種を切った。
◇
「山田先生、レベルDの警戒体制を」
変質していくラウラを映像ごしにみた千冬は真耶にそう指示をする。
かつての教え子に起こった異変に今すぐにでもここから飛び出したい衝動を抑えつつ、それでも彼女は冷静だった。
「はい……ッ!? そんな、セキュリティーが作動しない!?」
「なにっ!?」
しかし、その冷静さもあっという間に崩れ去る。
そして、次のトラブルが発生する。
「――――っ!? 織斑先生、緊急事態です! アリーナのピットに待機させていた訓練機の複数が無許可で使用されています!! 操縦者は……嘘、全員代表候補生……!?」
「なっ、どういう事だ!?」
『きゃあああああああああああああああああアアァァァっ!?』
身を乗り出して真耶に聞く千冬であったが、またトラブルは続けざまに起こる。
観客席から聞こえた悲鳴を耳にした二人は、急いで映像を観客席へと変えた。
そこに映っていたのは――――
「な……んだ、これは……」
「え……あ………これは……」
その光景に、二人は呆然とした。
何故なら
来賓の観客席には、来賓たちが学園の生徒達に銃を突き付けられたまま、拘束され。あるものはどこかへ連れていかれていく。
生徒達の観客席には複数の爆弾跡が見受けらており、その周囲には大勢の生徒の死体がある。
そして、その映像に唖然としている暇はなく、学園中から、爆音が響いてきた。
◇
「きゃあああああああっ!?」
「助けて、助けてお母さんっ!!」
「何、何が起こってるの!?」
アリーナの観客席以外の場所、学園中でその地獄はあった。
各学年、各クラスの代表候補生の生徒が訓練機を駆り、虐殺していく、
血が飛び交う、硝煙が舞う、悲鳴が飛び交う、爆音がそこかしこに響く。
「あ、あなた……代表候補生の、サラ・ウェルキンさん? どうして……ギャアアアアアアアアアアアアアアァッ!!⁉?!!⁉」
手足を潰され、そのまま拉致される用務員。
他の生徒達も学園の半数の訓練機に蹂躙され、殺され、ある者は神の元へと拉致されていく。
ISに乗っている代表候補生以外の生徒の中にも、異質な行動を取る者がいた。
何か大きな包みを抱え、やがて人込みの多い所にたどり着いては――――その包みが炸裂し、大勢の死者を出す。
それらの地獄のようなやりとりが、あろうことか学園内の生徒達によって行われていた。
彼女達には何も聞こえない。
今まで共に過ごしてきた学友たちの悲鳴も、何もかもが聞こえていなかった。
『みんな、よく聞いてくれ』
聞こえる声があるとすれば、それは一つだけ。
『ラウラ・ボーデヴィッヒは自らの身を贄にし、我らが神、ブリュンヒルデをこの地に呼び出した』
よく聞き慣れた声。
その声はまさに、彼女達の全てであり、彼女達が生きる意味。
『彼女は神の為に生き、神の為にその身を捨てた。これで彼女の魂は、神の御許へと
故に、彼が信じる神は、彼女達が信じるも同然。
『しかし神はまだ本当の姿を取り戻してはいない。神を完全にこの地に降ろすには、更なる贄が必要だ。故に――――』
その宣告は、彼女達にとっては絶対のもの。
『この戦いは、神の御前に捧げられる聖戦である!』
『伝統を軽んじ、神を冒涜せし不信仰者共に!』
伝統とは、それ即ち『IS』
ISを何と心得ず、ただファッションとして乗りこなすその行為はまさしく、
『我らが神と共に鉄槌を下すのだ!』
最後の最後に、その声の主は、『己の姉』という最大の火種すらも切っていた。
最後に自分の姉という最大の火種を切るキチガイ。