もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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ドイツ少女の分岐点

「ただいまっと……ん?」

 

 定食を乗せたお盆を片手で持ちながら部屋に入ってくるアイン。

 その途端、彼の眼に入ったのは、未だベッドの上で気持ち悪そうに俯きながら座っているシャルル、否、シャルロット・デュノアの姿があった。

 

「おいおいどうしたぁ? 今更になって契約が不服になったかい?」

 

「……それは、僕に選択の余地がない事を分かった上で言ってるのかな?」

 

「ックク、分かってんなら僥倖。まあこれでも食え」

 

 意気消沈しながら、畏怖の感情が混ざった目でアインを睨み付けるシャルロットを鼻で笑いつつ、シャルロットのベッドの隣にある鏡台の上にトレイを置く。

 選りすぐりのエリート達が集まるIS学園の食堂のコックたちが手掛けたそれは正に絶品の味を誇る代物であった。

 

「……」

 

 しかし、そんな代物を前にしてもシャルロットは顔色を一切変えず、むしろ青筋を立てたまま目を逸らす。

 

「おい、せめて食事くらい取れよ。でねえと戦争の一つも出来やしないぜ?」

 

 腹が減っては戦もできぬって言うしな、と言いながらドカン、と自分のベッドの上に座り込むアイン。脱ぎ捨てた上着の下からは、右肩の紺色の刺青が顕になる。ついさっきまで優等生に振舞っていた面影は微塵もなく、その様はまるでヤクザのような雰囲気を醸し出していた。

 

「僕は、戦争がしたい訳じゃない……! 君と一緒にするなぁ……!」

 

「わーってるよ。ったく、融通の利かない雇い主(クライアント)なこって……」

 

「……ッ」

 

 我慢できずに立ち上がり激昂しながら反論するシャルロットであるが、まるでどうでもいいと言わんばかりに手を横に振りながらそう答えるアインに対し、やりきれない気持ちになりながら再びベッドに座り込む。

 この男にはどんな事を言っても無駄だと分かっているから、それ以上は言えなかった。

 この男とは、決して()()()()()()()()()()()だろうから。

 

「大体、食おうが食いまいが僕の勝手だし、君には関係ないだろ? どうしてこんなものを――――」

 

「何、大事なクライアントだ。健康体でいられなきゃこっちが困るってもんよ。それに、テメエをその専用機付きで連れてスポンサーの元へ馳せ参じれば報酬金もたんまりと貰えるだろうしなァ」

 

「二重契約かい? 傭兵の隅にも置けないね」

 

「こちとらボーナスがかかってんだよ。それに、つい最近スポンサー様が大勢取り込んだ裏のIS技術者共にはISコアとそのテストパイロットが絶賛不足中だ。テメエのIS操縦技術とその専用機は向こうさんにとってみりゃあ喉から手が出る程欲しいだろうぜぇ? オメエにとっても悪い話じゃねえと思うがな」

 

「……ッ」

 

 そう、これだ。

 この男の厭らしいところは、ただ単にこちらを脅迫するだけではなく、ちゃんとしたメリットを提供してくる所だと、シャルロットは心の中で毒づく。

 彼女の専用機は他の代表候補生のような第三世代型、つまり一点特化型の機体ではなく、汎用性の高いリヴァイヴを更に磨き上げたカスタム機体である。

 そしてそのスペックを十全に引き出せるシャルロットの操縦技能と、デュノア社でのテストパイロットとしての経験を考慮すれば、シャルロットの有用性に疑いの余地はない。

 アインの伝手を探って大勢の裏のIS技術者を取り込んだ彼のスポンサーからしてみれば、彼女のような人材は喉から手が出る程欲しいだろうし、同時にシャルロット自身の生命も保障される事となる。

 そしてアインは彼女を連れて来た報酬としてボーナスが貰える。

 あくまでお互いにウィンウィンな契約関係なのである。

 ……そのスポンサーが大規模なテロ組織であるという点を除けばだが。

 

「という訳だ。冷めねえ内にとっとと食いな。せっかくフランスの田舎料理のメニューを探して持ってきたんだ。精々故郷の味でも楽しむんだな」

 

「――――ッ! 君ってやつはどこまで……!」

 

 まるでもう二度と味わえないだろうから有難く思って食え、と言わんばかりのアインの言い草に激昂しかけるシャルロット。故郷の実母を亡くした彼女からしてみれば遠回しに精神を抉るような言葉である。

 そして、同時に箸がうまく使えない事を考慮して態々故郷の料理を探してくるという気遣いを見せるこの男に対して、何とも言えないような気持をシャルは抱いてしまう。

 この五日間の思い出補正もあるのだろう。

 

「……ッ」

 

 何処までも、やりきれない気持ちだった。

 もう後戻りはできない。

 後戻りができる選択肢など、とうに父親によって奪われている。

 

 先ほど見た映像のせいでいまいち食欲のわかなかったシャルロットであったが、もうヤケになってアインが持ってきた食堂のフランス料理に手を付ける。

 フォークを突き刺し、口の中に入れ、咀嚼する。

 

「……ッ!!」

 

 瞬間、シャルロットの脳裏に、かつて母親と暮らした故郷の思い出が鮮明に思い浮かんできた。

 生い茂った緑に包み込まれた美しい家が建ち並ぶ田舎町。

 自分に名をくれた母親との思い出、地域の人々との暖かい繋がり。

 とうに忘れかけていたあの日の思い出が、まるで走馬燈のようによみがえってきた。

 

「……ッ、グス……」

 

 ――――ムシャ、ムシャ。

 

 更にがっつく。

 先ほどの食欲のなさなど嘘のように、シャルはこの懐かしき味を味わわんと、次々とお盆に並べられた故郷の料理を口に入れては何度も噛み、それを繰り返す。

 その度に涙が流れ、それを食欲で誤魔化そうとしてもそれは逆効果で、辛さと嬉しさが混ざった感情を胸にシャルロットはそれを食べ続けた。

 

(どう、して……)

 

 シャルロットは思う。

 自分はルームメイトの男に嵌められ、こうして余儀ない選択を強いられ、こうして日陰者への道を歩もうとしているのに、何故……。

 

「ムシャ、ムシャ……グズッ……どう、じで……!」

 

 今この場に一緒にいること男に対して、畏怖している彼に対して、この最低最悪の人間というべきこの男に対して、頼もしさと有難さを感じてしまっているのか。

 それが何よりシャルロットにとって悔しくて、やりきれなかった。

 

 そんなシャルロットの心情を察していたアインは、ベッドに寝転がり、天井を見上げながらニヤリとほくそ笑んだ。

 

 

     ◇

 

 

「……お嬢様」

 

「ええ、してやられたわね、これは……!」

 

 IS学園の生徒会室で、ザザー、と鳴るノイズを耳に入れた楯無は、苦渋の表情を浮かべながら、悔しそうに無線機を机の上に置いた。

 

 ――やられた……!

 

 不覚、と書かれたセンスで口元を隠しながら、届けられた資料に映っている写真を悔しそうに眺める。

 アイン・ゾマイール、フランス少年部隊に属していた頃はカミーユ・バルザック少尉と呼ばれており、非公式の少年部隊の所属でありながら唯一階級を貰った人物でもある。

 そして、本名は――――

 

「織斑、一夏……」

 

 更識の情報網をフル活用し、ようやくたどり着いた真実。

 しかもその事実は酷いもので、彼があのような“戦争屋”になってしまった経緯も楯無は知ってしまった。

 要は、この国の大人たちがその、最初の火種を作り上げたのだ。

 この国の闇こそが、彼という戦争屋を生み出しまったのだという事実に、楯無は頭を抱えざるを得なかった。

 

「家族という居場所を断たれて、戦場にしか己の居場所を見いだせなくなり、戦いだけを求めるようになった……いつしか戦いを己の居場所としてではなく、生き甲斐として見るようになった……最悪のパターンね。通りで今まで彼の戦う理由が見えなかった訳だわ……!」

 

「最初はただ居場所を求めてやっていた、今では生き甲斐になっている。戦い以外にも生かせる能力をたくさん持っているのに、それを戦いでしか生かさない、戦いの中でしか生きられない。いるんですね、本当にそんな人間が……」

 

 彼女の従者であった布仏虚もまた、幾分か影を落としたような表情でアイン・ゾマイールに関する資料を眺める。

 戦いの中に必死に己の居場所を求め、戦い以外でも多くの所で生かせる能力を身に付け、戦い以外の居場所を作れるようになったというのに、戦いの中で磨かれたその戦い以外で生かせる能力を身に付けた頃には、彼の中にはもう戦いしか既になくなっていた。

 彼の中には戦う理由も、そして神もいない。

 ただ戦争をしたいという欲求に従って戦う、ただの「戦争中毒」になり果てた。

 それが今の彼、織斑千冬の弟という、その末なのだ。

 

「……ねえ、虚」

 

「何でしょう?」

 

「もしも、もしもよ? もし私がもっと有能で、あのブリュンヒルデのような、世界から名声を受けるような人間だったら、簪ちゃんは、かんちゃんは……この男のようになっていたかしら?」

 

「お嬢様?」

 

 急に弱気になった楯無の声に、虚はふと楯無の目を見やる。

 そこにはいつもの、更識楯無としての彼女ではなく一人の姉、「更識刀奈」としての彼女がそこにあった。

 完璧な姉と、出来損ないの弟という背景は、刀奈にとっても他人事ではなかったのだろう。

 それを見た虚はハァ、とため息を吐き、彼女の質問に答えた。

 

「おそらくはないでしょう。そもそも、簪様がお嬢様を疎む理由は優秀な姉と比較される事を嫌ったから。彼の場合はそもそも比較されてもそれを気にせず姉と一緒にいる事を望み続け、その姉と一緒にいられない事に絶望してああなったのですから、簪さまとはそもそもが正反対です」

 

「そう、よね……けど……」

 

 それでも、その「姉」と「弟」を比較し続けた人間が原因でああなったのなら、いつか簪も同じようになるのではないかという不安を、刀奈は拭いきれなかった。

 

「付け加えるのなら、彼がああなったのは、ドイツでテロ組織に誘拐されて少年兵として駆り出された経験がそもそもの一旦ですから、間違っても比較されるだけではああはなりません。お嬢様は心配される事は一切……」

 

「それでも、不安なのよ。あの時、かんちゃんを突き放した事が、本当に正しかったのか……」

 

 そんな刀奈を見た虚は内心で、これはよくない傾向だ、と思い始める。

 一刻も早く彼女を“刀奈”から“楯無”に戻さねば、ゴホンとわざとらしく咳を吐いて彼女に助言を送った。

 

「ならば、一度話し合ってみてはどうですか?」

 

「話し合う……?」

 

「簪様とです」

 

「けど、それは……」

 

「少なくとも、お嬢様が簪様を彼のようにしたくないと思うのであれば、行動すべきだと私は思います」

 

 念を押すように、アインの事を引き合いに出し、虚は言う。

 簪が彼のようになる可能性は万が一にもないだろうと虚は思っているが、それが刀奈の不安要素であるというでのあれば、遠慮なくそこを突かせてもらうと虚はそれを言った。

 

「……そうよね、話しあわなきゃ、何も分からないもの……」

 

 さすがにそれが効いたのか刀奈は決心したような目で顔を上げる。

 やっとか、と小さく息を吐いた虚は“楯無”に再び机の資料に向き合うよう促す。

 

「ではお嬢様。まずは彼の対策に取り掛かりましょう。残念な事に、私達は彼に一本取られてしまいました。一刻も早く対策せねば……」

 

「分かってるわ。まさか此方が仕掛けた盗聴器を逆手に取られるなんて……少々見縊り過ぎたわね」

 

「これでシャルロット・デュノアの安否を確かめに行こうものならそれこそ向こうの思う壺です。いっその事、彼を雇ってしまうのはどうでしょうか?」

 

「駄目よ。私達には彼に提供できる戦場なんて用意できないし、そもそもこの間の様子からして、彼に接触してきた組織もあるみたい。彼が既にスポンサーを得ている可能性も考慮しなきゃならないわ」

 

「亡国機業、でしょうか?」

 

「その可能性が高いわね。彼のIS稼働データを目的に研究所から打鉄を盗んだのもおそらくは彼らの仕業。接触が見られた時も、両者ともに更識の監視員を巻いている。契約を結んだタイミングとしてはその後の可能性が高いわね」

 

 資料や情報をもとにアインについての現状を整理していく二人。

 亡国機業、アイン・ゾマイール……両方とも相手にするには厄介な存在である。特にこのアイン・ゾマイール――もとい織斑一夏に関しては何を仕出かす分かったものではない。

 信条も、信念もなく戦う輩というのはこれ以上にない厄介な存在なのである。

 戦う理由がないという事は、それだけで行動の特定がしづらいのだから。

 

「もし彼が行動を起こす時期があるとすれば、月末に行われる学年別トーナメント」

 

「各国の幹部までも視察に来るこのイベント、火種を起こすには、十分すぎますね」

 

「彼の正体を考慮すれば、織斑先生にも頼れない可能性がある。もっと人員を増やさなければ……」

 

「亡国機業が絡んでくる可能性も十分に考えられます。アイン・ゾマイールとシャルロット・デュノアだけでなく、外部にも気を配らなければなりませんね」

 

 彼女達は考える。

 彼らを止める方法を、この学園の生徒達を護る策を、生徒会の名にかけて、更識の名にかけて考える。

 

 彼女達は知らなかった。

 敵は、アイン・ゾマイールや、亡国機業だけではないということを。

 

 事はもう既に手遅れになっているという事を、彼女達は知らない。

 

 

     ◇

 

 

「まったく、あの兎女のせいで……!」

 

 学園内で男子が使えるトイレが三か所しかない現状、授業終了のチャイムと同時に早歩きでトイレに行かなければならない事に、自分をこの学園にぶち込んだ要因を作ったであろう人物に恨み言を吐くアイン。

 

「何故こんな所で教師など……!」

 

「やれやれ……」

 

 急いで教室へ戻ろうと早歩きで廊下を歩いていると、ちょうど曲がり角の先から声が聞こえる。

 アインは速度を落とさず、かつ彼らの会話を聞き取った。

 会話の主は自分の姉とあのもう一人の転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒであった。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!?」

 

 どうやらラウラ・ボーデヴィッヒは織斑千冬の現在の仕事についての不満や思いの丈をぶつけているらしい。口ぶりからしてかつての彼女が教官を務めた部下の一人であるらしいが、アインにその詳細は伝わっていない。

 彼の傭兵としての活動範囲は主に欧州が中心であったが、ドイツで雇われた事は少なかったため、ドイツでの情報にはいまいち疎かった。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」

 

「ほう」

 

「大体、この学園の生徒など教官が教えるにたる人間ではありません」

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている」

 

 ――だからこそ、扱いやすく、洗脳しやすいんだがな。

 アインは内心でラウラの言い分に賛同しつつ、そう付け加えた。

 

「そのような程度の低いものたちに教官が時間を割かれるなど――」

 

「――そこまでにしておけよ、小娘」

 

「っ……」

 

 凄みのある千冬の声に、ラウラは思わず押し黙る。

 かつて教えを受けた事もあり、やはり彼女には敵わないのだろう。

 その声に含まれる覇気に竦んでしまい、続きの言葉が出ない様子だった。

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

 

「わ、私は……」

 

 その声は震えていた。

 まるで神に見捨てられることを恐れる信奉者の如く、その目は恐怖と、そして尊敬の目が入り混じっていた。

 

(クククッ……)

 

 それらの一部始終を聞きながら通りすぎたアインは内心で、二人の事を考えておかしそうに嗤った。

 まるで悪戯事を思い付いたかのような笑いで、アインは先ほどの二人のやりとりを思い出す。

 

(ハハハ、やっぱり“テメエら”は最高の火種だなぁ、千冬姉ぇ……!)

 

 まさかドイツの地で作った信奉者すらもここに連れて来るとは、いやはやブリュンヒルデの名には恐れ入る。

 ――――そして、この火種を使わない手など、ないに決まっている。

 

 そんな事を考えながら、アインは教室へと急いだ。

 

 

     ◇

 

 

「……アイン。今日も特訓するの?」

 

 シャルロットが気弱な雰囲気を醸し出しながらアインにそう聞く。

 

「ええ、勿論。今日は使用人数が少ない第三アリーナを使いましょう。今日は使用人数が少ないと聞いているので、空間が空いているのであれば模擬戦もできるでしょう」

 

 ――よくまあこんなに猫を被れるものだよ、まったく……。

 シャルは内心でアインの猫かぶりの上手さに呆れる。

 今までこんな凶暴な人間が生きてこれたのもこういう狡猾さがあるが故のおかげなのだろう。

 

“それで、今度の学年別トーナメントでのタッグを組んだのはいいけれど、結局僕は何をすればいいの……?”

 

“何もしなくていい。待っていればその内楽しいパーティがやってくる。とりあえず俺とテメエは学年別トーナメントに向けてチームプレイの特訓をしてりゃあいい”

 

“対戦相手の情報とか集めなくていいのかい?”

 

“無論、それもやってるさ。俺がテメエとタッグを組んだ理由は、奴さんらの監視の目線を俺らに集中させるためさ。つまり、囮って訳よ”

 

“僕達が脱出するために僕達が囮になるなんて、変な話……”

 

 ひそひそと周りに聞こえないように会話する二人。

 シャルロットは彼の言う“パーティ”が何の事なのかは分からなかった。しかし、もう後戻りはできない以上、彼に従うしかなかった。

 戦場で生きて来た彼の戦術指揮官としての手腕に疑いの余地はないのだし、シャルロットはそんな彼を頼るしかなかったのだ。

 

 やがて第三アリーナへと入った二人。

 二人は同時にISを展開し、武器を呼び出し(コール)して、訓練開始の合図を待つ。

 

「では――」

 

 ――その瞬間、いきなり声を遮って超音速の砲弾が飛来する。

 

「「!?」」

 

 アインとシャルは咄嗟に緊急回避を取る。

 砲弾はアリーナの壁に激突し、その轟音をアリーナ中に響き渡らせる。

 緊急回避の後、アインとシャルは揃って砲弾が飛んできた方向を見る。

 

 そこには、漆黒のISが佇んでいた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

 警戒するような表情でシャルがその名を呟く。

 対してはアインは何事もなかったかのように、冷静に突然の乱入者を見つめていた。

 

「いきなり撃ってくるなんて、ドイツの人は随分と血の気が多いんだね」

 

「ふん……」

 

 シャルロットの挑発に対し、ラウラは鼻で笑う。

 

「フランスの第二世代(アンティーク)ごときと模擬戦とはな。随分と情けない専用機持ちな事だ。なあ、アイン・ゾマイール」

 

 まるでシャルロットの事は眼中にないみたいに、ラウラはアインの方を見つめる。この様子からして、彼女は最初からアインに用があってここに来たようだった。

 

「何か御用かな?」

 

 そんな喧嘩腰のラウラに対して、アインは表情を変えず、あくまで平然としてラウラに問う。それが余計に気が障ったのか、ラウラはその眉をわずかに潜ませる。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

「生憎と、貴女と戦う理由は此方にはありません。何せ、私は今フランスの第二世代(アンティーク)の相手で手一杯ですから」

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

 ラウラは聞く耳を持たないのか、右肩のレールカノンの砲身をアインへ向ける。

 そこには明確な殺意があり、まるでアインを親の仇と見るかのような目で睨む。

 

「理解に苦しむ。何故貴様のような輩が、よりにもよってあの人と同じ力を使っているのか。何の、何の接点もない貴様が……!」

 

 ――なるほど。

 彼女が自分達を襲ってきた理由にようやく得心がいったアイン。

 ようするに、自分があのブリュンヒルデと同じ“零落白夜”を使っているのが気に食わないのだろう。

 

「世界初の男性操縦者が、第一回モンド・グロッソの大会で優勝したブリュンヒルデの力を使う。世論に対するいいプロパガンダになると思いますがねえ」

 

「貴様、教官の力をそのように……!」

 

 彼女の千冬への信仰心を推し量るためにあえて彼女を挑発するように言ったアインに対し、ラウラはそれが許せなかったのか、アインに向けたレールカノンの砲身を――――咄嗟にシャルの方へ向け、放った。

 

「……ッ⁉」

 

 咄嗟の事に驚きつつ、シャルロットは物理シールドを二枚重ね呼び出し、防ごうとするが、その前に。

 

 アインが、飛来してきたレールカノンの砲弾を、真っ二つに切り裂いた。

 

「なに……!?」

 

 咄嗟のアインの神業に驚愕するラウラ。

 しかも切るだけにとどまらず、破片がシャルロットの方へ飛ばないように、完全に切るのではなく、あくまで切り込む形で砲弾を停止させたのである。

 

「やれやれ、シャルルさんの言う通り、血の気の多い方だ」

 

 先ほどのような穏やかな雰囲気とは一変、アインは警戒するような眼つきでラウラを睨む。

 ――ボーナスが台無しになったらどうしてくれる、まったく……。

 そんな悪態を込めつつラウラを睨んだ後、アインは可笑しそうに笑いをかみ殺した。

 

「ク、フフフ……」

 

「……何が可笑しい?」

 

 まるで此方を小ばかにしたような笑いにラウラは静かに怒りつつ、再びレールカノンの照準をアインに合わせる。

 

「羨ましいですか?」

 

「何だと?」

 

 アインの質問に、訝しげに眉を潜めるラウラ。

 

「貴女が憧れたブリュンヒルデの力。それを一介の生徒が、それも男子風情が使っている事に……」

 

「……ッ」

 

 途端に、ラウラの表情が明確に険しい物へと変貌する。

 どうやら図星であるらしい。

 それを見たアインは更に口角を釣り上げ、彼女を挑発する。

 

「貴女が崇拝したその力を、貴女が()()()()()()()力を、私が使っている事が羨ましいですか?」

 

「……ま……れ」

 

「貴女が憧れた力、貴女が望んで止まない暴力(チカラ)、貴女が信じる神、その力を使っている私は、貴女からしてみればさぞ妬ましいでしょう」

 

「黙れと言っているッ!!」

 

 言って、ラウラはもう一発、アインに向けてレールカノンの砲弾を発射する。

 しかし、アインは先ほどと同じように砲弾を真っ二つに斬り、同時に――――

 

 無拍子で、棒立ちの状態から、瞬時加速(イグニッション・ブースト)をかけ、一気にラウラの元へと接近した。

 

「なッ……!?」

 

 その神業に反応しきれず、アインの接近を許してしまったラウラは信じられないような目で驚愕する。

 通常の瞬時加速(イグニッション・ブースト)であるのなら彼女にだって反応できたかもしれない。

 しかし、彼が行ったのは、東欧の紛争地帯で見せた瞬時加速の上を行く瞬時加速、二段溜瞬時加速(セカンド・チャージ・イグニッション)

 四基のウィングスラスターを用いた二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)とは違い、一つのスラスターを用いて、二段回のエネルギーチャージを経て発動する、アインが編み出した特技。

 しかもそれを白式のウィングスラスターを用いて行われたのだからその速さは言うに及ばず、しかも棒立ちからの無拍子でそれを行ったとなれば、さすがの遺伝子強化体(アドヴァンスド)たる彼女といえど反応できなかった。

 

「欲しいですか、“これ”?」

 

「なに、を……」

 

 接近した状態で、そっとラウラの耳元で、まるで誘うかのような甘い声音で語り掛けるアイン。

 差し出されたその手には、雪片弐型が握られていた。

 それを目にしたラウラは、突然の事に戸惑ってしまう。

 

「貴女が望んで止まなかった力。それが今目の前にあります。欲しいでしょう、これ?」

 

「あ、あぁ……!」

 

 差し出されたその雪片弐型を前にして、ラウラはまるで新しい玩具を前にするかのような子供の眼つきになる。

 本来ならば使用者の『使用許諾』がなければ使えないにも関わらず、ラウラは思わずそれに手を伸ばしそうになる。

 

「貴女が望むのであれば差し上げますよ、この力……」

 

「あ、あぁ、あぁ……!」

 

 アインの甘言に釣られるままに、ラウラはソレに手を伸ばそうとし――――

 

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 突如、アリーナにスピーカーからの声が響いた。

 騒ぎを聞きつけてやってきた担当の教師だろう。

 その声にハッとなったラウラは――――

 

「……ッ!!!」

 

 とっさに腕のプラズマ手刀を展開し、アインへ切り付ける。

 アインはそれを余裕の表情で後退して避ける。

 

「き、さ、ま……!」

 

 そして、今までに比較にならない程の殺気を出しながらアインを睨む。

 アインに弄ばれたのが我慢ならないようで、今か今かと必死にプラズマ手刀を構え――――思いとどまった。

 

「今日は、引いてやるッ! 覚えていろよ、貴様ッ!」

 

 ご機嫌斜めの様子でアリーナのピットへと入っていった彼女を見送ったアインは、悪趣味げにほくそ笑んだ。

 それを見たシャルロットは、嫌な予感を感じた。

 

(いいぜ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。テメエの願い、叶えてやるよ)

 

 こうして、ドイツの儚き遺伝子強化体の少女は、戦争屋に目を付けられる。

 

(テメエの信じる神とやらに、ならせてやろうじゃねえか)

 

 誰も、彼の手から逃れる事はできない。

 




ロックオンポジのチェルシーへの変更に伴い、ラウラの扱いが激変。
どうしてこうなった……

カミーユ・バルザックの由来

・カミーユ
言うまでもなくZの主人公。
フランス人名という事で彼の名を使わせていただきました。

・バルザック
AC2に搭乗する火星ランカー。主人公と共に唯一内部侵入に成功した後、”ここまで、か……!”とかいってすぐ落ちるあいつ。
フランスの姓名らしいので彼の名を使わせていただきました。

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