もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら 作:ナスの森
課題の休憩時間の合間にコツコツと書いてこれっぽちの量ですが、呼んでくれたら幸いです。
「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」
「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインがいいの!」
「私は性能的に見てミューレイの方がいいかなぁ。特にスムーズモデル」
「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」
月曜日の朝、クラス中の女子がワイワイと談笑をしていた。皆の者がカタログを手に持ち、あれやこれやと意見を交わしている。
そんな彼女達の輪に自然と入り込んでいる一人の男がいた。
「ねえ、アイン君はどう思う?」
「そうですねぇ、デザインだけを言うのであれば武骨なミューレイか、
凶悪な本性を隠し、そして巧みなコミュニケーション能力を以て、男という
多くの戦場を生き抜いてきた経験とは別に、生身でISの装備を扱える腕を持つ事から、多くの裏のIS技術者が作ったIS武装を扱ってきたアインはその方面の知識も豊富であり、その知識量はIS学園に入る前からISについて学んできた彼女達すらも凌駕していた。
故に、装備に関して困った事があれば彼女達は迷いなく彼に相談していた。
「しかし、傭兵の自分から言わせれば間違いなく性能のミューレイを取りますが、ISの試合は強さや性能を競う他にも、見栄えや
「ふむふむ……」
「なるほどねー、そういう見方もあるんだー」
「ですので、そこ等辺は皆さんの匙加減にかかってくるので、何とも言えませんね。同じ機種のISでも
丁寧、かつ柔らかめな口調で、女子が一番会話しやすい空気を作り出し、うまくこの学園の女子の心を掴んでいくアイン。
今生、誰とも分かり合う事がないであろう男が、このように誰とでも打ち解けるような能力を持っているのはこれ以上にない皮肉といえよう。
「うん、有難うアイン君!」
「参考になったよ!」
「いえ、皆さんのお役に立てたのであれば、それで」
謙遜しながらも彼女達からの礼の言葉を受け取る姿勢を示すアインを、山田真耶も微笑ましいものを見る顔で見ていた。やはり教師としては、生徒がちゃんと周りの皆と溶け込めているかは気がかりなものであり、そんな中でたった一人の異性であるアインが彼女達とうまく打ち解けられるか心配であったが、それも杞憂であった事を知った彼女は心の底から安心していた。
……無論、彼からしてみれば、戦争をするための布石でしかないのだが。
その後、真耶によるISスーツの説明がなされ、生徒達がそんな教師である筈の真耶をからかっては弄って遊んだりの時間が過ぎた後、教室の中に入ってくる千冬の姿がクラスの女子たちの目に止まった途端、彼らはシンと大人しくなった。
「諸君、おはよう」
『お、おはようございます!』
まるで軍隊整列をするかのような空気で、女子生徒達の皆が声を揃えて挨拶をする。
(おうおう、相変わらず厳格なこって……)
内心で茶化しながらも、アインもまた女子生徒達に合わせて挨拶をし、そのまま元姉に目を合わせる。
彼女もまたアインを一瞬だけ一瞥しては皆の方へ視線を戻す。
「今日からは本格的な実践訓練を開始する。訓練機ではあるが、ISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で授業を受けてもらう。ISスーツの恩恵なしでISを動かしてみるのもいい訓練にはなるだろう――――なあ、ゾマイール?」
ギロリと、その眼を見ればそれだけで射殺されるような千冬の視線がアインへと向けられる。実際、初搭乗でISスーツも着ずに代表候補生クラスのIS乗りを葬っている実績をアインは持っている。
そしてそんな彼が危険な思想の持ち主である事を知っている千冬は牽制の意味でアインを周りの女子生徒達に気付かれないように睨む。
「ハハハ。織斑先生ならISスーツはおろかISなしでもIS乗りを仕留められそうですけどね」
肩を竦めながら、そんなジョークで返すアイン(アインとしてはジョークのつもりでは決してない)。
牽制の意味を込めた睨みをジョークの一つで流された千冬は内心で舌打ちをしつつも、副担任の真耶に声をかける。
「では山田先生、ホームルームを」
「は、はい!」
連絡事項を終えた千冬からのバトンタッチを受けた真耶は、拭き終わった眼鏡を慌てて掛け直し、いつものような明るい笑顔をクラスの生徒達に向ける。
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」
『えええええっ!?』
いきなり転校生紹介にクラス中が一気にざわつく。
そんな中で、アインはただ一人眉を潜ませながら考えた。
(この間隣のクラスに転校してきた中国の代表候補生の事を考えりゃ、この時期になって普通の生徒が転校っつーのは有り得ねえ。となれば、特別な待遇を持つ奴か、代表候補生以外に有り得ねえ……しかも分散させずにこの組にまとめて来るって事は、狙いは俺か、白式か……)
だとするならば、近々行われる学年別トーナメントまでは何としてもこの白式を死守せねばならぬとアインは意気込む。新しい専用機を得る上で、白式は貴重な取引材料なのだ。
亡国機業は束自らが制作した白式を欲し、アインは篠ノ之束の掌にいるという不安要素を少しでも取り除くために白式を放棄して新しい専用機を得たい。
これらの利害の一致があるがためにアインと亡国機業は契約の関係が成立したのだ。スコールから渡された新しい専用機のデータを観覧したアインは、即座にその新しい専用機が白式よりもはるかに自分に合った機体だと確信していた。
自分の大好きな白兵戦向けの武装を備えている上に、BT兵装で中距離でも十分に戦える性能は、戦場を引っ掻き回すアインにはうってつけの専用機と言えた。しかも素体となったのが自分が強奪して最初に乗った打鉄であるというのであれば、愛着の一つも湧こうものであった。
(どちらにせよ、火種が増える事に代わりはねえ、か)
入ってくる相手が代表候補生であるのだとすれば、戦争を起こす火種がまた増えるという事になる。代表候補生とはいっても、専用機持ちかそうでないかで火種の大小は変わるであろうが、出来る事であるのなら扱いやすい女である事を祈るばかりだとアインは思った。
ガラッ、と教室のドアが開く音がアインの耳に入る。
「失礼します」
『……………』
クラスに入って来た二人の転校生を見て、ざわめきがピタリと止まった。
それもそうだった。
その内の一人は、少なくとも
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国には不慣れな事が多いかもしれませんが、皆さんよろしくお願いします」
転校生の一人であった金髪の少年、シャルルはにこやかそうな表情でそう告げて一礼する。
クラス全員があっけに取られる。アインもまた別の意味で呆気に取られていた。
人なつっこうそうな顔。礼儀の正しい立ち振る舞いと中性的に整った顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろに丁寧に束ねている。体はともすれば華奢みたいにスマートで、しゅっと伸びた脚は女子生徒達から見れば恰好よく見えるだろう。
「きゃ……」
「……」
「きゃあああああああ――――っ!」
クラスの起点を中心にし、女子たちの歓喜の叫びはソニックウェーブの如くあっという間に伝播していった。
「男子! 二人目の男子!」
「しかもウチのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「地球に生まれてよかった~~~~!」
後ろと横から一斉に聞こえる鬱陶しい叫びを横に聞き流しながら、アインはシャルル・デュノアと名乗った転校生を見つめる。
(あの体つき……どう考えても女じゃねえか)
男とは無縁の、もしくはアインのような美形男子としかまともに縁のなかった女子生徒達からしてみればこのシャルル・デュノアという転校生は男子に見えなくもないが、アインからしてみれば明らかに違和感しかなかった。
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
千冬が面倒くさそうにぼやく。
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」
転校生はもう一人いる。
シャルルの登場に歓声を上げるクラスメイト達を絶対零度の視線で見下す銀髪の少女。左目には黒い眼帯、腰のベルトにはナイフのホルスターを引っ提げ、その低身長の見た目からは想像の出来ない程の冷たさを感じさせる少女だった。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。だから腰にあるソレを外せ。ここは訓練所ではない」
「……了解しました」
ほんの少し、渋々といった様子を見せてラウラはナイフのホルスターを千冬に預け、クラスメイト達の方へ向き直った。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
『………………』
沈黙してクラスメイトの言葉を待つクラスメイト達であったが、ラウラと名乗った少女はそれっきり何も言わず、そしてラウラが放つ雰囲気が原因で、クラスメイトの女子たちからも先ほどのシャルルの時のように騒ぐことも、声をかける事すらままならなかった。
「あ、あの、以上……ですか?」
「以上だ」
できる限りの笑顔でラウラに問う山田真耶であったが、ラウラは取りつく島もなくそう返す。無慈悲な即答に真耶は内心で意気消沈しつつも、彼女を空いている席に座るように促す。
そんな真耶にラウラは一瞥もくれずに指定された席へ赴いた。そんな彼女の素っ気ない態度に真耶は心底で更に落ち込む事となった。
「あー……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同で訓練を行う。解散!」
ぱんぱんと千冬が手を叩き行動を促す。
そんなHRの解散の挨拶と共に、アインが座っている席に、転校生の一人であったシャルルが近づいてきた。
「君がゾマイール君? 初めまして、僕はシャルル・デュノア。君と同じ男性操縦者だよ」
「此方こそ、初めまして。自分の名はアイン・ゾマイール。ここに来るまではしがない傭兵をしていました」
言って、アインは握手をしようと、シャルルに手を伸ばす。
シャルルもまたにそれに応じて、手を伸ばし、アインと握手をする。
……そこには、僅かだが、男に不慣れな、女特有の落ち着きのなさがあったのを、アインは見逃さなかった。
「いやあ、それにしても、正直ほっとしましたよ。まさか私以外の男性操縦者が来てくれるとは、貴方が来てくれたおかげで、当分は気が楽になりそうです」
「……え? それってどういう――――」
「アイン君の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」
「しかも瞳はアメジスト!」
「きゃああっ! 見て見て! ふたり! 手! 繋いでる!」
「日本に生まれてよかった!」
女子たちが騒ぎ出す。
それを見越していたアインは、その上でもう一回シャルルの反応を見る。
「な、なに? 何で皆騒いでるの?」
状況が呑み込めずに、シャルルは困惑顔でアインを見る。
アインはにこやかな表情を崩さないまま、シャルルを気遣うような素振りを見せた後、周りで騒いでいる女子たちに声をかけた。
「皆さん。興奮する気持ちは分かりますが、シャルルさんも困っていますので、続きは授業が終わってからにしましょう。シャルルさんも、それでいいですね?」
「う、うん……」
未だに何故自分に向かって女子が騒いでいたのか理解できず、そして今でさえアインと握手をしている状況に落ち着きがない。
それを見たアインは、そっと口角を釣り上げた。
(この女、使える……!)
セシリア・オルコットに次ぐ、シャルルが抱えている火種の大きさを感じ取ったアインは、女子たちの視線に晒されながらシャルルと一緒に男子更衣室へと向かった。
・次回予告
「新しく来た転校生であり、世界で『二人目』の男性操縦者、シャルル・デュノアとルームメイトになったアイン。そして五日が立ち、シャルル・デュノアはアインの机の上に無造作に置かれていた待機状態の謎のISを発見してしまい――――」