もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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IS11巻買いました。
クラリッサさんのツヴァイクのデザインが個人的にドストライクでした。


亡国機業

 喫茶店の入り口を潜り抜け、「いらっしゃいませ」と挨拶する店員の声を横に流し、アインは喫茶店の店内を見渡す。

 友人同士で楽しく会話している客、会社の交渉で来ているサラリーマン、仲睦まじく砂糖をまき散らすカップルなどを一瞥しては目を逸らし、そして奥の目立たない席の所にその女性はいた。

 長い金髪の美しい女性が、そこにいた。

 その女性が目に入ったアインはそこへ足を運ぶ。

 女性もまた得意そうな笑みを浮かべながら、歩み寄ってくるアインを見る。

 

「ご相席いいかい、()()?」

 

「ええ、構わないわ。その為に呼んだんだもの」

 

「クク、そうかい」

 

 既に顔見知りであった二人。アインは金髪の女性の向かい側の席に腰掛ける。

 金髪の女性はすぐにウェイターを呼んで二人分の珈琲を注文し、やがてテーブルの上に二カップのブラックコーヒーが運ばれて来た。

 金髪の女性は珈琲カップを手に取り、一口飲んでテーブルの上にまた置き、話しを切り出した。

 

「久しぶりね、アイン。ウチの暗号を覚えてくれていて嬉しいわ」

 

「ハッ、如何にも俺ら戦争屋(ようへい)を使い捨てるような任務で俺だけ生かされたとあっちゃあ嫌でも覚える」

 

「やっぱり気付いていたのね。そうよ、あの時私達――いえ、私は貴方たちを切り捨てるつもりだった。そして切り捨てたつもりだった……なのに、その中で貴方だけが残った。最初はそこらにいる少年傭兵と思って高を括っていたのだけれど、あんな状況の中で貴方は楽しそうに笑いながら銃を握って大量の屍の上に立っていた。その時よ……私が貴方を生かそうと決めたのは」

 

 最初は使い捨てにするつもりで集めた傭兵達……その中でただ一人生き残って、虐殺し、強奪し、強姦し、戦争で出来る限りの悦を貪りし尽くしたあの少年兵の姿は、金髪の女性、スコール・ミューゼルに深く焼き付いていた。

 集めた傭兵達の中で一番大人しそうで、いかにも戦場に向いていなそうな子供が、戦場に放たれた途端その狂気をむき出しにして暴れまわった姿をスコールは決して忘れなかった。

 気が付けば、最初から払うつもりなど毛頭なかった筈の報酬を渡していた、組織の名前を教えない代わりに報酬を上乗せまでしておいた。本来ならば此方側の暗号を知っていた時点で切り捨て決定である筈なのに、スコールは敢えて彼を見逃した。

 そして期待通り――彼はその暗号を覚えていた。

 しかもそんな彼が今では世界で唯一の男性のIS乗りになったと知った時、スコールはもう彼をもう一度雇いたいという衝動に駆られ、気が付けばこの地に来て彼をここに誘い出していた。

 

「ソッチの望み通りにこの三十分の間に俺に付いていた鼠は撒いといてやったぜ。もう一人の方は……まあ、それはあの姉ちゃん次第と言った所か」

 

「オータムの事なら心配ないわ。彼女、逃げ足に関しては私よりも優秀だから」

 

「そうかい。ま、あん時俺を使い捨てしようとしやがった件に関しちゃあもう水に流してる。報酬もたんまり受け取った事だしな。それよりも――――」

 

 アインの目付きが変わる。

 まるで獲物を今か今かと待ちわびる狼のように、その視線はスコールという人間を射抜く。

 

「戦争、させてくれるんだろう?」

 

「あら、何故そう思うのかしら?」

 

「勘だよ。『戦争屋』としての勘が叫ぶのさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

「俺を使い捨てにしようとした事を態々話してきたんだ、今度は真っ当に戦争をさせてくれるんだろうな?」

 

「ふふふ……」

 

 既にスコールがアインを戦争屋として雇うという事を前提に話をすすめようとするアインに、スコールは思わず笑ってしまった。

 この四年間で、彼の戦争屋ぶりにより磨きがかかっている。しかもスコールが何のためにここに彼を呼んだのかさえ見抜いている。

 スコールが欲してくれるのは使える駒、アインが欲しているのは己を好きなだけ戦わせてくれるクライアント……この時点で両者の利害は一致していた。

 

「貴方がISを動かしたと聞いた時、耳を疑ったわ。男が、それもよりによって一番ISに乗ってはいけないであろう貴方が動かしたと聞いた時はね。戦争屋の貴方が一国家の代表候補生になるなんてのは在り得ないでしょうし、そんな貴方がIS学園に入ったとなれば……戦争屋である貴方が戦場に、そしてクライアントに飢えているであろうことは想像が付いたわ。だから私はここに来た。貴方が言った通り、貴方を戦争させるためにね」

 

「……」

 

「それに、一部の上層部にとはいえ、貴方がアラスカ条約に反してISで人を殺害した事は既に広まっている。貴方が傭兵として信頼を回復するには時間がかかるでしょうし、この状況の中では、男性のIS操縦者である貴方にとってISを持つ私達は最高のクライアントになるはずよ?」

 

「大将の組織ってのは?」

 

「あの時は教えなかったけれど、今明かすわ。私達は亡国機業(ファントム・タスク)――――今の貴方にとってはクライアントとしても、隠れ蓑としても最高よ」

 

「……ファントム・タスク、ねぇ。んで、そのファントム何たらさんは俺にどんな依頼を寄越すつもりだ?」

 

 スコールの言った通りだとしたら、確かに今のアインにとってその亡国機業という組織は、最高のクライアントにしてスポンサーと言えよう。アイン自身、傭兵としての信頼が地に墜ちているこの状況で彼女から依頼が来た事はまたとない幸運である。

 だが、それでも一度は自分を使い捨てようとした組織である事も確か、ここで依頼の詳細を聞いておかなければならない。

 

「まず貴方には私が率いる亡国機業の実働部隊に加わってもらうわ。直接の依頼主である私の私兵として、だけど。それと――――」

 

 スコールは一瞬だけ間を置き、ギラつくような眼でアインを見る。

 ここから本題である、とスコールの目が語っているようにアインは見えた。

 

「貴方の白式を、私達亡国機業に譲渡してもらうわ」

 

 一瞬、アインは少しだけ眉を曇らせた

 しかしすぐに呆れたような、余裕の笑みを浮かばせて見せた。

 

「フッ……! 言うに事欠いて……」

 

「……思ったより動揺が少なさそうね。もっと取り乱すのだと思ったのだけれど」

 

「戦争屋の質ってやつでな、報酬の話が終わるまで引きやしねえよ」

 

 まだスコールは依頼の内容の一部しか話していない、その段階で交渉を決裂させてしまうのは些か早計である。

 果たしてこの亡国機業という組織が自分にとってふさわしい職場であるか否かは、依頼の内容と報酬の話を最後まで聞いてからだとアインは思っていた。

 

「そう、じゃあ次ね。貴方の白式を貰い受ける代わりに、貴方に新しい専用機を譲渡するわ」

 

「何?」

 

 一瞬、目を疑うような眼でアインはスコールを見る。

 戦争屋にしてIS乗りである自分の所に態々出向いて来る事からして、このスコール・ミューゼルという女性もまたIS乗りであるという予想をアインは立てていた。

 先ほども亡国機業の実働部隊を率いているという発言から彼女自身の組織内の立場も相当なものである事は確かだ。

 彼女の発言からしてISも何体か保有している事は確かで、彼女自身も凄腕のIS乗りである事は想像が付く。

 しかし、ISのコアが限られている中で、規模はともあれ一テロ組織がISの製造技術まで持てるかどうかは甚だ疑問であった。

 そんなアインの疑問を見越していたスコールは、アインが口を出すまでもなくその答えを言った。

 

「貴方の伝手にある裏の技術者たちを集めて、近々貴方が亡国機業に所属する趣旨を伝えておいたのよ。貴方、傭兵の身でありながら様々な裏の技術者たち――――それもIS関連の技術者たちと繋がりがあったみたいじゃない。少し驚いたわ」

 

「ISの数ってのは至極限られてるからなあ。だからといって生身でISの武装を使える奴なんざそうはいねえ。その関係で俺は奴さんたちの依頼でよくISの武装の実験に付き合ったんもんさ。その関係の伝手は嫌でも増える」

 

 裏の技術者、その中でもIS関連の技術者たちは自分達でISの武装を作ることができても、コアを作ることは出来ない。そしてほとんどISコアは国の公共機関などに回されているため、自分が開発した武装を装備させるISはほとんど存在しない。そのため、裏の世界で生身でISの装備を使える人材は彼らにとってはまさしく神様ともいえる。

 アイン自身もそういった人材の一人であったため、そういった関係でのコネは嫌でも多く出来上がっていた。アイン自身が意図した結果では決してなかった。だが今回はそれがプラスに働いたらしい。

 

「ISの武装はISに量子変換(インストルール)されてなければ理論上は生身の人間でも扱える。それが男でも女でもね。貴方がISを動かしたと彼らに伝えた時、まるで水を得た魚の如く飛び付いてきたわ。だから、私は貴方を雇うと決めた。貴方を取り込む事ができれば、敵は多くなるけど、その分箔も付く。その内の一つが彼らよ」

 

「……」

 

 さすがのアインも、目を見開いた。

 このスコール・ミューゼルという女は、自分を依頼の交渉の場に誘い出す前から、裏で手を回して自分を雇い入れる準備を用意周到に備えていたのだ。

 そこにはどうしても貴方を雇いたい、貴方を雇い入れる準備はいつでも出来ている、というスコールの意志が感じられた。

 もしここで自分が依頼を蹴ろうものならそれこそ、彼女はその裏の技術者たちからバッシングを受けるであろう状況であるにも関わらず、だ。

 

「貴方に専用機として提供するISのコアは既に確保してあるわ。貴方が東欧の紛争地帯で強奪した打鉄……私の部隊が研究所から秘密裏に盗み出して、貴方の専用機として改修中よ」

 

「……」

 

「それに、貴方は今イギリスの代表候補生のBT兵器のデータ取りに協力しているそうじゃない、イギリスIS整備部門に私達のスパイを潜り込ませているから、そこから盗み出した貴方のBT兵器使用データを基にして、貴方の専用機のプランも既に完成させてあるわ。専用機のデータは後で渡しておくから、見たら消して頂戴ね」

 

 スコールから次々と告げられる言葉は正に驚愕の一言だった。根回ししただけでなく、既に自分の専用機のプランまでも完成させて、制作中であるという事実。

 まるでアイン・ゾマイールをいつでも雇い入れる事ができるように準備していると、言外に語られているようだった。

 実際、そうなのだろう。

 

「後は報酬の話ね。前払いで――――、後払い――――と同時に契約解除後も専用機は其方の所有物とする。更に個々の任務に応じて歩合制で追加報酬を支払う。

 ――――一生遊んで暮らせる額を用意してあるわ。どう?」

 

 ヒュ~、と口笛が聞こえた。

 

「そいつぁ、大いに魅力的だな…! 」

 

 こうして、最悪の犯罪組織と最悪の戦争屋は手を組んだ。

 

 

     ◇

 

 

 スコールと別れ、喫茶店を後にしてIS学園に戻るアイン。

 先ほどまでの退屈そうな様子とは違い、彼の心は多いに昂揚していた。

 先ほどまで遠くまでいってしまった戦場が、もう目の届くすぐ傍に迫っている事に興奮を覚えていた。

 

(面白くなってきやがった……!)

 

 白式を向こうに譲渡してしまう、というのは些か惜しかったが、それは何も向こう側の利益だけを考えた結果ではなかった。

 

(あの無人機、俺の考えが正しければ……)

 

 クラス別トーナメント一回戦に中国の代表候補生との戦いで乱入してきたあの無人機、下手人はおそらく――――

 

(篠ノ之 束……)

 

 今回の、スコールとの交渉でアインは確信に変わった。

 ――――まるで自分という存在の株を上げるためだけに送られて来たかのような無人機。

 ――――この白式というISのピーキー具合

 ――――そして、自分がIS学園に入学させられるまでの一連の流れ。

 

 全て、自分の元姉の幼馴染にして、IS開発者である篠ノ之 束の仕業であると、アインは気付いた。

 まずは自分がIS学園に入学させられる過程で、そのきっかけとなったのが“ハイパーセンサーでも捉えられないカメラ”、そんな物を作れるのは彼女以外に在り得ない。

 それに加えてこの白式の性能……一応は倉持技研が開発したISだとアインに伝えられているが、一企業が作ったISにしてはやけに()()()()()()()()()()()()()。零落白夜にしても、自分が最初に白式に乗った時に発動したシステムトラップについてもそうだ。しかも倉持技研は白式とは別に元々は打鉄弐式という第三世代型のISの開発を進めていたにも関わらず、自分という男性操縦者の出現で突如として新しいISの開発に着手したという。

 

 この時点で、既におかしい。

 

 そのくらいであるのなら既に開発が進められていた打鉄弍式を完成させて、自分に譲渡した方がよほど効率的である。勿論、そうしたら元々その打鉄弐式を持つ筈である日本の代表候補生の件で問題なるだろうが、既に開発されているISであるのなら同じものをもう一機作ることくらい、少なくともまったく新しいISを開発するよりはずっと効率的な筈である。

 そもそも、日本の代表候補生が心待ちにしていた専用機の開発を一方的に打ち切る時点で企業としては終わっている。アインからしてみれば、そんな企業からの依頼があっても受ける気になどとてもじゃないが出来はしない。

 

 にも関わらず、政府は倉持技研からIS開発ライセンスを取り上げてはいない。

 ならばたどり着く結論は一つである。

 

 ――――篠ノ之束が、倉持技研に自分が開発した白式を譲渡し、その後の開発とデータ取りを収集するように脅している。

 

 結果として倉持技研は白式のデータ取りに専念をせざるを得なくなり、打鉄弐式の開発は断念された。

 つまる所、アインはずっと彼女の掌の上で踊っているのである。

 アイン自身も以前からそれに勘づいて、彼女の妹である篠ノ之箒を洗脳の対象から敢えて除外していた。

 

 ――――このまま、彼女が開発した白式を使い続けるのは、危険だ。

 

 そのくらいなら、性能が落ちるとはいえ自分の戦闘スタイルにあったISに搭乗した方がマシだと、アインはそう考えていた。

 戦争もできないままこの身が朽ちる事など、アインにとってはこのうえなく受け入れがたい結末である。

 学園から脱出するための(洗脳した生徒達)は取り揃え、その時期も間近に迫ってはいたものの、やはり彼女の掌の上で踊らされている感覚にあったアインは何処か不安を感じていた。

 

 だが、今は違う。

 アインにとって、とっておきの最高のスポンサーを得る事となった。

 

 後は機会を待つだけ。

 

 時期は今度行われる学年別トーナメント。

 そこには学園関係者だけではなく世界各国からのIS関係者のお偉い方が大勢訪れる――――正に火種を起こすのに絶好のチャンスであると同時、かつ混乱に乗じて学園を脱出し、クライアント側に馳せ参じる事もできる。そこにはクライアントのバックアップも付いている。

 

(人の商売を邪魔してくれたツケ、その命で払ってもらうぜ、お偉いさん方よぉ!!)

 

 運命の歯車はもう、誰にも止められない。

 




やっとツヴァイフラグが立ちました。

次回はシャルとラウラの登場です。

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