もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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わけあってクラス別トーナメント戦は飛ばしました。あんま重要じゃないし、サーシェス成分もそんなに表れないので。


妄信の病

 クラス代表決定戦の一回戦目に中国の鳳 鈴音と当たり、拳銃一体型近接ブレード『雪片弐型』と大型ブレード『双牙天月』が切り結んでいる最中に突如、アリーナの天井を突き破って異形の無人機ISが襲い掛かって来た事件から一か月以上が経ち、六月の頭、月曜日に迫った頃、アインはIS学園の外の町の商店街を散歩しながら考えに耽っていた。

 如何に世界初の男性操縦者といえど、アインの出身地は元よりこの日本にほかならず、そしてアイン自身も純粋な日本人であるため、人並みにうまく紛れ込んで目立つことなく歩くことができた。

 

(この間の無人IS……明らかに俺を狙ってやがったな。それにしちゃあ――――明らかに俺が攻略できる範囲での強さに設定されていたようにも見受けられる。誰の差し金だ、一体……)

 

 この間のクラス別トーナメントで突如として乱入してきた無人機を思い出し、アインは考える。勿論、返り討ちにしてやり、女子生徒達からの株を結果的に上げる事ができたのは幸いであったが、どうも他人の手で踊らされている感覚が拭えなかった。

 

(無人IS……俺が考え付く限りじゃああんなケッタイなもん作れる奴なんざ一人しかいねえ。おそらく千冬姉も大体辺りを付けちゃいるだろうが……)

 

 ――――だとしたら、自分がこの学園に入学させられた大本の原因も、おそらくは……。

 そこまで考えて、アインは内心で溜息を吐く。

 一体あの兎女は何がしたいのであろうか、しかもよりによって姉が教職として働いているIS学園にまで入学させて、一体に自分に何をさせたいのだろうか。

 生憎と金にならない戦争はしない主義であるアインにとって、今回、自分をIS学園に入れた元凶が己の予想通りの人物であるのなら、この学園から抜け出すハードルは高くなる。

 この学園に入学してから二か月近く――――既に学園から抜け出す算段をほとんど完成させていたアインであったが、やはり傭兵一人ごときがやるには不安があった。

 

(せめて、バックに何か付いてくれりゃあな。戦場も、クライアントも、スポンサーも何もかもが在りやがらねえ……これだから金にならねえ面倒事は嫌いなんだ)

 

 早く戦場に戻りたい、とアインは空を見上げて思う。

 硝煙が舞う空、飛び散る血、飛び交う弾丸、犯される女の悲鳴、どれもこれもがこの国では無縁だった。

 IS発祥の地という事だけあって、女尊男卑といった、戦争の火種になり得る要素は十分にそろっている筈なのに、腐ってもこの国に根付いた平和主義がそれをさせていないみたいだ。

 ――――嗚呼、戦争が恋しい。

 三年前までは欧州のとあるPMC(民間軍事会社)の少年傭兵として、ついこの間までは東欧の反政府組織に所属していた頃が酷く懐かしく思えてくるくらいに、この国には紛争という要素が足りてなかった。

 こんな国が自分の出身地だったという事を考えると、この国から自分のような『戦争屋』が生まれるのは極めて特殊なケースだったのだと思わざるを得なかった。

 

 そんなこんなでこんな平和な空気を毛嫌いしていた、その時だった。

 

「ちょっといいですか?」

 

「ん?」

 

 自動販売機の前に立って何のドリンクを買おうか考えていたら、ふと声を掛けられた。

 

「失礼しました。私、こういう者です」

 

 振り向いたその先にはロングヘアーが似合うスーツ姿の女性だった。

 

「IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙礼子さん……ですか?」

 

(妙だな。IS装備開発企業に『みつるぎ』なんていう会社なんざ聞いた事がねえ……それにこの女、明らかに()()()()がしやがる……)

 

 名刺を渡してきた女性――――巻紙礼子を見やり、アインは表情に出さずに訝しむ。とりあえず渡された名刺をよく見ると……下の部分に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その暗号を見たアインは、少しばかり目を見開き、再び女性の顔を見た。

 

「はい。ゾマイールさんにぜひ我が社の装備を使っていただけないかなと思いまして」

 

 見事に今まで自分に接触してきたIS装備開発企業の者とまったく同じ言葉を吐く女性に対し、アインは内心で溜息を吐く。

 演技としては上等なものであるが、生憎とアインにその手の類は通じない。

 ――――最も、向こうもそれを試してきている節もあるが。

 あのクラス代表決定戦以降、手に入れたばかりの武器を即座に使いこなす実力をアインが持っている事が広まった途端、こうして自分の会社の製品の広告にアインに自社が開発した装備を使ってもらおうという輩が増え始めていた。

 目の前の女性も態々、そんな輩に倣ってこうして自分に接触してきたのだろう。

 とりあえず()()()()()()()()()()()()猫を被りながら、アインは優しげな笑みを浮かべながら対応した。

 

「ハハハ、まさか貴女のような美人な方がIS装備会社に勤めていらっしゃるとは……。もう既にご存知でしょうが、男の身でありながらIS学園に通わせてもらっている、アイン・ゾマイールと申します。以後お見知りおきを」

 

「フフフ……煽てが()()()のですね」

 

「いえいえ、()()()()

 

 互いに意味深な部分を強調しながら、二人は口角を釣り上げるような笑みを浮かべる。懐からみればそれは、大人の女性と学生のただの会話にしか見えなかった。

 

「それで、其方のIS装備を使わせていただくという件ですが、残念ながら学園の許可がなければそういうのは禁止されているのです」

 

「いえ、そう言わずに!」

 

「ええ、分かっていますよ。自分としても、前々から貴女方のIS装備に少し興味がありまして。機会があればぜひ使ってみたいと思っていました」

 

「では我が社の装備を使って頂けると?」

 

「ええ。学園の許可さえ下りれば、それも可能になるでしょう。何なら後日、学園に連絡してみればどうでしょうか? 教員には予め、『自分はみつるぎ社の装備を使いたい』という趣旨を伝えておきますので」

 

「はい、分かりました!」

 

 さも嬉しそうな表情を浮かべながら、巻紙礼子という女性は返事をする。

 

「後それと、許可を貰う前にこう言うのも何ですが、出来たら貴女方が開発した装備を見せて頂けたら有難いのですが……」

 

「では、彼方の喫茶店で、我が社の製品を紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ。では、3()0()()()に彼方の喫茶店で落ち合いましょう」

 

「はい、分かりました」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()という約束を取り付け、アインは女性に一礼して去っていく。

 何故三十分後というのを態々付け加えたのか、答えは明確だった――――ここには()()()()()()()()()()からだ。

 

「……へっ、よくウチの暗号を覚えていたな、ガキ」

 

 そんなアインの背中を見つめるスーツ姿の女性、巻紙礼子――――否、亡国機業(ファントム・タスク)のオータムは不気味な笑みを浮かべる。

 彼に渡した名刺の下の部分に小さく書かれていた暗号、それは彼女が所属している組織が使っている暗号であった。

 

『アイン・ゾマイールへ。

貴方を再び雇いたい。三十分後に、喫茶店にて待つ。 By スコール』

 

 暗号の内容はそれだった。

 

 

     ◇

 

 

「――――という訳でありまして、アインさんのビットの扱いはそれは素晴らしいものです」

 

『そうですか。ますます我がイギリスに欲しい人材ですね。BT二号機が盗まれてしまった今、セシリア・オルコット、貴女をIS学園に送り込んで再び一号機のデータを取り直す手筈だったつもりが、とんだ掘り出し物を見つけたものです』

 

「はい。アインさんは、それはもう素晴らしい方ですわ」

 

『その調子です、セシリア・オルコット。貴女の役割は理解していますね」

 

「はい。アインさんをイギリスに取り込んで、あわよくばイギリスの代表候補生にする事ですよね?」

 

 妄信的な笑みを浮かべながら、金髪の少女、セシリア・オルコットは携帯電話をに本国のIS整備部門担当者に国際回線で、報告を入れていた。これは整備部門の担当者に対する報告だけではなく、本国のIS関連、ひいてはイギリス政府への報告も兼ねていた。

 クラス代表決定戦でセシリアからBT兵装を奪い、そして彼女以上にBT兵器を使いこなして見せた男性操縦者――――アイン・ゾマイールとの試合内容を見たイギリス政府は、セシリアの学園での差別発言に対する懲罰を取り下げる代わりに、アイン・ゾマイールと親密な関係を持って彼をイギリスに引き入れろという命を下した。

 いくら彼女以上のBT兵装使いが現れたとしても、彼女とてBT適正がAの、優秀な人材である事に変わりはなく、イギリスもそんな彼女は簡単に手放したくはないだろう。なので、イギリスは彼女にそんな任務を与え、懲罰はなしとした。

 そこまでして、イギリスはアイン・ゾマイールという人材を欲していた。男性操縦者としても、優秀なBT兵器使いとしても、何としてでも欲していた。

 

『よろしい。本来ならばあの場での貴女の発言は、彼の貴女に対する、ひいては我々本国に対する印象を悪くするものであった。その責任は貴女にある。代表候補生として、責任は果たしなさい、セシリア・オルコット』

 

「はい、承知しておりますわ」

 

 本来ならば整備部門の担当者ならぬ高圧的な言い方にも、セシリアは眉一つ変えずに答える。その妄信的な目は、電話の向こうの相手など見えておらず、ただひたすらに己の拠り所になってくれた男のみを幻視していた。

 

『引き続き、定期的なデータ送信を頼みます。では――――』

 

 ツー、ツー、ツー

 

 電話の相手が切った事を確認したセシリアは片手で携帯を閉じ、ポケットにしまう。

 

「フフフ……」

 

 顔を伏せ、恍惚的な笑みを浮かべる。

 あの屋上での出来事以降、本国からそんな任務を言い渡されたセシリアは、放課後に定期的に彼にBT兵装を貸し渡しては、彼のBT兵器使用データを本国へと転送していた。

 彼もまた自分の価値を知らしめるチャンスだと言って快く承諾し(実際は自分が傭兵に戻った時のための信頼回復の一環としてだが)、セシリアから貸し渡されたBT兵装を放課後の訓練所で使用し、データ取りに協力していた。

 彼はBT兵装の制御と同時の射撃や白兵戦を軽々とこなしみた他、瞬く間に今まで誰もが為し得なかった高等テクニック――――偏光制御射撃(フレキシブル)すらもものにしてみせた。

 そんな彼の雄姿を見られる時間、彼と一緒にいられる時間こそが、この学園でセシリアが唯一楽しみにしている時間だった。

 

 普段の学校生活の中で、セシリアはもはや周りの女子生徒達から見向きもされていない。される事があるとすれば、それは「初日に大口で男性操縦者に対して決闘を挑んでおきながら、手も足も出ずに負けた無様な代表候補生」として侮蔑や嘲笑を送られる時だけだった。

 一方で、その彼女達はセシリアの依り所であるアイン・ゾマイールと楽しそうな会話をし、アインもまた紳士的な態度でそれに応じていた。

 しかし――――セシリアは知っていた、アインが彼女達に見せているのは、あくまで表向きの顔でしかないのだと。

 

 彼は、アイン・ゾマイールは、自分にだけはこの学園で唯一、素を見せてくれるのだと。彼が自分を曝け出せる人物は自分だけであると、普段から彼と楽しそうに会話している女子生徒達を見ては優越感に浸っていた。

 

 セシリア・オルコットは幸せだった。

 情けない父親を持っていたセシリアは、ようやく強い男を、意中の男性を見つける事ができたのだから。

 

 セシリア・オルコットは満たされていた。

 普段から仮面をかぶっている彼は、自分にだけは、素の口調で接してくれるのだから。

 

 セシリア・オルコットは未来への期待で一杯だった。

 もしこの任務を成功させれば、本国の自分へのお咎めは消され、更には意中の彼がイギリスへと来てくれる。IS学園を卒業してからもずっと一緒にいられるのだから。

 

 セシリア・オルコットはまだ知らなかった。

 この先に待っている―――――真実という名の“絶望”を。

 




スローネツヴァイを初めてみた時、何か既視感があると思ったら、なんとなくACPPの看板機体を彷彿とさせられたんだと気付きました。
腰のサイドアーマー、パイロット名も「ツヴァイト」、ACLRにもVRアリーナで参戦しましたね。

ちなみに作者はACは火星人から入りました。

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