一種の欲望からきているように思う
ああもなりたい、こうもなりたい
こういうふうに出世したい
という欲望から迷いがでてくる
それを捨て去れば問題はなくなる
―松下幸之助―
「無理よ」
アイドル研究部長矢澤にこ。
弓道部の先輩から聞いたことがある。ツインテールで、いつも行動が痛い子がいる、だったはずだ。
その彼女に、穂乃果を含めた私達はアイドル研究部への入部を頼みにきた。
だが、何度言っても入部が認められることはなかった。
「どうしてですか!」
穂乃果は既に二十分近く同じ質問を繰り返している。いい加減やめないと逆効果だろう。
「だから何度も言っているでしょ! にこが一人で始めたこのアイドル研究部は、にこ一人で終えたいの!」
そう言って矢澤先輩は机をバンと叩く。だんだんイライラしてきているのが手に取るようにわかった。
このままでは絶対に無理だろう。
そう思った私は、この話を後に回すために一度穂乃果を止めることにした。
「穂乃果、迷惑ですよ。そろそろ行きましょう」
私が穂乃果の左腕を掴むとすぐに、ことりが右腕を掴み補助をする。お決まりの動作だ。
「行くよ穂乃果ちゃん」
やだ、と粘ろうとする穂乃果をことりが説得する。
しばらく見ているとことりが耳元で何かを呟いた。瞬間、穂乃果は黙り込み、とぼとぼと出口に向かった。今日は諦めるのが早いなと思っていると突然、下を向いていた穂乃果が顔をあげて叫んだ。
「矢澤先輩! 今日は諦めても明日は絶対諦めませんから!」
穂乃果はその勢いのまま、失礼しました、と言って部室を去った。ことりもその後に続いた。
一人残った私は矢澤先輩に向き直る。
「矢澤先輩、すみません。迷惑かけてしまって」
私はそのまま、頭を下げた。
「もう来ないで」
聞こえた言葉は本心なのか。
私は、失礼します、と言うと部室をあとにした。
× × ×
私は今日は諦めるという結論に至った穂乃果たちと別れ、東條先輩と話をするために生徒会室へ向かっていた。
戸を叩くと中から、「どうぞ」と声がした。私はそれを合図にして戸を開き中に入る。
「失礼します。園田海未です。東條先輩はいらっしゃいますか?」
言いながら生徒会室をぐるりと見渡したが、東條先輩の姿はなかった。
「希なら今日はもう帰ったわ」
私が東條先輩を探しているのを察したのか絢瀬先輩が呟く。
「わかりました。また明日お伺いします」
東條先輩がいないと知った私は、すぐに去ろうとしたが、絢瀬先輩に引き止められた。
「ちょっと待って、あなた」
「どうかしましたか?」
私が聞き返すと「どうだったの」と一言だけ返された。この短い言葉に色々な意味がこもっていることは誰にだって理解できるだろう。
恐らく矢澤先輩のことだ。
「絢瀬先輩の予想通りだと思いますよ」
私はあえて答えを言わずに返した。
「そう……」
私の返しに対して、絢瀬先輩は一言だけ呟いて黙り込んだ。何かを考えているというより何かを思い出している、それも良くない思い出なのか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ふと外を見るとかなり暗くなってきていた。そろそろ帰った方がいいかもしれない。
「それでは私はもう帰りますね」
「ごめんなさい、引き止めてしまって」
絢瀬先輩が申し訳なさそうに言う。
「いえ、気にしないでください、失礼しました」
生徒会室の戸を閉めると私は嘆息を漏らす。
恐らく、恐らくだが矢澤先輩はアイドル研究部を始めた頃か活動中に何かがあってそれを気にしている。更に絢瀬先輩の表情の暗さから察すると絢瀬先輩も何か関わっているか事情を知っているのだろう。
私がそれを全て理解し、矢澤先輩や絢瀬先輩を過去から切り離さなければ私たちがスクールアイドルとして活動することは出来ない。そう考えると少し面倒だが、私はいつも穂乃果についていってばかりなのだからたまには私から頑張るべきだ。