あの後は土日に勉強合宿という形に収まり、まず基礎くらいは教えようと勉強会イブみたいになった。
ちなみに俺にも飛び火した。
高坂が解けないという問題で、突然園田が「それはあまりにも常識的すぎるので、比企谷くんに見本を見せてもらいましょう」などと少し失礼なことを言われて押し付けられた。
もちろん解けなかった。
無事に問題がある三人の仲間入りを果たした。
三時間ほど園田のマンツーマン特別数学学習を続けて、否、続けさせられていた。
「辺りも暗くなってきたので帰りましょう」と小泉のおかげで今日は一旦開放された。
いつもならすぐに昇降口に向かうのだか、今日は生徒会室に向かっていた。もう遅い時間なので会長が残っているかは分からないが、行くだけ行ってみようと俺は思い立ったのだ。
生徒会室に着き、廊下に漏れ出す光を確認する。
再度明かりを確認し、いつもの動作で戸を開け、生徒会室内に入る。
俺は入るとすぐに、室内を見渡すまでもなく、いつも絢瀬先輩が腰をかけている席に視線を送る。
目に入った目的の人は机に肘をついて、ぼーっと外を眺めていた。
クォータの上に金髪碧眼、おまけにスタイルも抜群。完璧美人としか言い表せないような彼女はそれだけで絵になった。
俺がゆっくり近づいていくと足音に気づいたのか、絢瀬先輩は視線をこちらに送った。刹那、透き通った碧眼目が合う。気まずい雰囲気が流れた。
絢瀬先輩はその空気を変えようと思ったのか、俺よりも先に口を開いた。
……ぼっち系男子はこういう女子のさり気ない優しさで好きになってしまうので気をつけてください。
「比企谷くん? どうかしたの?」
当たり障りのない言葉。
こんな完璧美人に気を使われていると考えると、今すぐ帰って壁に頭を打ちつけたいところだが、今日は報告することがあるのだ。というかアパートだから怒られるし……。
「はい。報告があります」
「報告?」
また絢瀬先輩は不思議そうな表情をした。心当たりがない、といったところだろうか。
「スクールアイドル活動ができるようになりました。まあまだ一つ条件はあるんですけど」
一つの条件、もちろん赤点を取らないという条件だ。馬鹿にされているようでついにやけてしまう。
「できるように? どういう事?」
明らかに認めたくない絢瀬先輩に俺は極めて業務的に伝える。
「アイドル研究部は矢澤にこを部長に、高坂、園田、南の三人と西木野真姫、小泉花陽、星空凛が加わって七人になりました」
絢瀬先輩は心底意外そうだった。
「そう、意外……ね。悪いけれど絶対にうまく行かないと思っていたわ」
「まあ俺もです。矢澤先輩が認めてくれるとは思いませんでしたから」
俺がそう返すと絢瀬先輩は安堵したようだった。
……やはりこの人はとても優しい人なんだな、俺はそう確信した。
「そろそろ帰ろうかしら」
脈略もなく呟くと、絢瀬先輩は先まで整理していた資料を片付けスクールバッグを肩にかける。
「そっすか。じゃあ俺もそろそろ」
「玄関までは一緒に行きましょ?」
「まあ別にいいっすけど……」
生徒会室を出ると俺も鞄を手に取る。部活動も終わってしまったのか、鬱屈とした静けさだけが周囲に滞っていた。
お互い特に話すこともなく昇降口に着き、玄関を出る。
時期相応でない風の冷たさに俺は軽く身震いした。すっかり夜闇に包まれた空は欠けた月が煌々と映し出されていた。
「まあその……敵みたいなものだけど……」
突然口を開いた絢瀬先輩はそこで一旦言葉を区切る。
「頑張ってね」
また一つ、先輩の優しさを知った。