開幕
月が、大きく音をたてて割れた。
そんなニュースが、世界中を駆け巡った。
そして、月は、正確には、月があったはずの場所には、巨大な壺、もしくは杯に似た巨大な「物体」が我が物顔で鎮座している。
その物体からは、目が霞む程の眩い光が放たれ、ネット上ではたくさんの噂が流れ、「人類の滅びの予兆である」という説を頑なに信じ込む人々が急増した。
そして、日夜テレビでは月がなぜ消えたのか、という議論をするための番組が常に放送され、天文学者などは寝る間も惜しんで原因を解明しようと躍起になっている。
奇妙なことに、その物体は、太陽のように光っているのにも関わらず、地上は暗いままなのだ。
その物体の光は「視認しよう」と思わなければ見えない。
その物体を見上げない限り、光は視認されない。
平常時は、新月の夜のように真っ暗なのだ。
しかし、世の中はいつも通り回っていく。
いつものように、ただ猥雑に、そして、平穏に。
「月が割れた、だと?」
そう言って驚いたような声を上げた青年を、たしなめる様に黒尽くめの少女は手を男の肩に置いた。
「………始まったのよ、もう私たちが介入することはできない。………仕方ないの。ただ、これ以上の犠牲がでないように、後処理するしかできることしかできないわ。」
幼い風貌に似つかわしくない落ち着いた声の中に、僅かな焦りを感じた男は、これ以上何をしようが無駄だと理解した。
少女は胃薬を取り出し、男に勧める。
男は無言でそれを受け取り、水と共に流し込んだ。
「この年で胃薬を常備するとは中々だな、シャルロット殿。」
「………仕方ないわ。この聖杯戦争は『記録に残らない影の聖杯戦争』になるでしょうね。監督者がいない時点でおかしいもの。そして、恐らくこの聖杯戦争が終わる条件は……」
「これ以上、言ってはいけない。」
男は少女の口に手を当て、もう片方の手で羽虫を潰した。
「……きっと誰かの使い魔ね。私としたことが、やられてしまったわ。ありがとう、ジョシュア。」
少女は軽く舌打ちをして、ハンカチで唇についた、男―――ジョシュアの手についた膏を脱ぎ取った。
「礼はいい。早速誰かが動き出したようだ。行くぞ、アシュリー。」
「了解したわ。………行きましょう。」
二人は小さな懺悔室から出ていき、雑草の生い茂る狭い小道を走り出した。
黒の胴衣を着こんだ怪しげな影は、次第に遠くに消えていく。
その様子を密かに見ていた人間が一人。
「……邪魔された、かな。」
残念そうに唇を尖らせ、華奢な体に纏っているのはセーラー服。
そして、傍らに同じくらいの歳の少女が一人。
「マスター、殺しましょうか?」
「いいよ、面白そうだから放っておこう。」
「殺したりない、もっと血が見たいわ。」
「まだ、我慢して。」
「マスターが言うなら。」
彼女たちは、そう言って手をつなぎ、歩き出した。
――――此処に、6騎は集った。
―――そして、戦いの幕は上がる。
故国の為に剣を取った少女。
忠誠はなく、死後に混乱を招いた王。
反逆の火種を作った青年。
失墜と失態の悪王。
混沌と恐怖の創設者。
死を招き、恋と人間を見つめた小説家。
そして、影の聖人。
そして、8人の「マスター」達。
始めようか、
この、『聖杯戦争』を。
いえ~いめっちゃポエムです。
これからは時系列に沿って書こうか、それとも各陣営ごとにピックアップして書こうか迷っています。
東洋系サーヴァントも出したかったんだ……。まあ、次の機会に出せたら、いいなぁ・・・(遠い目)