ランク戦10本勝負。現在、3-6のスコアでこの時点では既に負け越しが確定しているが、最終戦で俺と和音はとある賭けをすることになり、この勝負は俺自身、負けるとしても容易に負けるのは心情的に嫌だった。
(俺のトップスピードは和音は慣れているけど、まだ勝つ為の手は隠してある)
思考をしている最中の俺に時間がやって来て、転送の光に包まれて最終決戦の地に転送された。高低差のある街並みが特徴のフィールドで高台に狙撃手が取れば狙撃手が有利なフィールドである。俺と和音のどちらにも地の利にそれほど差はないけれども。
転送されて、俺はすぐにレーダーに映らないオプショントリガー、バックワームを装着した。
そして、和音の位置をレーダーで確かめて疾走し始めた。
*** *** ***
一方、和音の方も転送が終わってすぐに自分の位置を確かめた。和音は中央から見て北西方向に立っており、確認した後にレーダーシステムを使って和葵の現在地を確認した。けれど、和葵は和音のレーダーに映らなかった。和音は不審に思い、レーダーの精度よりもレンジを広げたが、それでも、和葵の位置を掴めない。
(えっ、まさか…)
和音は嫌な予感をよぎり、警戒度が一気に跳ね上がり、対応が出来るように孤月に手を掛けたが、時は既に遅く和葵の手中に嵌っていた。
「うっ」
和葵は和音の頭上から飛んで銃を構えて、雨のような銃撃を撃ち込んだ。反応がほんの一コンマほど遅れたものの致命傷を負わずに済んだが、身体中の所々にトリオンが漏れて、ダメージを負っていることが目で分かるほど明確だった。
「マジかよ。隙を突いたつもりだったのに」
俺は今の一撃を決められなかったことに悔やみ声を上げつつ、思考を切り替えてグラスホッパーを使って後退しつつ、次の策を練り上げていた。
「スラスター・オン」
俺がグラスホッパーで後退している最中に和音は焦った様子はなく、孤月からレイガストに武器を変換しており、レイガストの刃を加速させるオプショントリガーを【スラスター】を起動した。瞬く間に後退した俺の間合いまで詰められていた。
けれど、その攻撃は俺にとって予測の範囲内である。向かってくる和音に虎視眈々とサブトリガーのハンドガンを構えて、撃ち始めた。
「甘い!…よ」
「それはどうかな?」
俺は薄っすらな笑みを浮かべ、和音のレイガストに特殊の弾丸を撃ち込んだ。和音のレイガストはヒビが入り、和音は顔をしかめた。
「ここでまさかの合成弾銃かぁ」
和音は表情は悔しそうにしていても声色は楽しいそうに呟き、尚、俺は撃ち続け、三発目でレイガストが完全に割れて、和音の肩を貫いた。
「痛いなぁ! もう」
「テレポーター」
俺は体がよろめくように崩れた和音に追い打ちを畳み掛けるように和音の背後に回り、ハンドガンで撃とうとしたが、経験上での和音からの恐怖を感じ取った。
和音はボーダーで攻撃手トリガーの孤月、スコーピオン、レイガストの三種、全てマスタークラスに達している実力者だ。和音程の実力者にもなるとお互いが正面に向き合った状態でよほどの隙を突かれなければタダでやられるなどの展開はそうそうない。
俺の気の迷いともいえる僅かな逡巡している間を縫って、和音はスコーピオンを右脚から蛇のように繰り出し、俺のハンドガンを持つ手が切り飛ばされた。
「くそぉ!」
俺はこの戸惑いに悔しい声を上げ後悔しつつも、和音のスコーピオンの猛追をグラスホッパーを使って振り切り、上空へ逃げた。
そしてお互い、攻めることをせず、体勢を整えて目と目で向き合った。少し間があったものの和音から軽口が開かれた。
「最後のスコーピオンの攻撃よく防いだね〜」
先ほどまで一進一退の攻防をこなしていた雰囲気から一転、和音のいつものおどけたような声で褒めてきた。和音の褒め言葉に俺はムッとした気分になり少し嫌味な意味を含んで返した。
「和音が崩れた時にスコーピオンで刺すパターンは隣で何回も見てるから知ってるよ。相変わらず嫌らしい攻撃だ」
俺は両手で、やれやれみたいな仕草をしつつ、和音は笑った。
「あっはははははは!
流石は和葵。和葵こそ今回の合成弾銃が超近距離の
「あの絶好のタイミングなら和音に勘付かれずに撃ち込めると思ったけど逆に嵌められたな」
俺は小さいため息を吐きながら言い、
「焦ったよ〜
てっきり、和葵は
「今朝、ラボで変えてきたからね」
二人の話に終わりが見えると和音は両手に短剣状のスコーピオンを構えて、構えた。
「あっはははははは!
さあ、この戦いを終わらせようか!」
和音は笑いながら言い、両手のスコーピオンを繋げて、先制攻撃を掛けてきた。
この技はB級二位の隊長である影浦が使っている、メイントリガーとサブトリガーのスコーピオンを繋げる荒技【マンティス】であった。本家のマンティスよりも拙く、技の質は本家には遠く及ばないがそれでも、この時点での意外性と先制攻撃を仕掛けるのには充分であり、俺自身もまんまと隙を奪われた。
「……!」
足に力を入れて後ろへ思い切り踏み込んで回避しようとしたが、マンティスの射程範囲から逃れられず、腹部を抉られるように切りつけられた。
「くそぉ」
「よし!」
和音は自身の思惑にハマったことに対して喜びの声を浮かべつつもスコーピオンから孤月に武器を持ち替えて、攻撃手の間合いまで接近していた。
「ふっ」
俺は和音が孤月を振り下ろす前の瞬間を狙って、ハンドガンで撃ったが、和音は胸部に六角系のシールドが貼られていた。
「ちっ、集中シールドか…」
「貰った!」
和音は孤月を斬りおろしたが俺はテレポーターで空中に瞬間移動し窮地を脱した。それでも、和音は俺の次の動きを読んでおり、孤月からスコーピオンに持ち替えて、ナイフ型のスコーピオンを投げつけた。
「ちっ」
和音の怒涛の猛攻に俺は苦渋な表情をしつつ舌打ちをしてしまい、向かってくるスコーピオンを薄青い板を足元に出現させて飛んで回避した。
空中でグラスホッパーを連続に展開して高速迂回して、和音にはない機動力で猛攻から逃れた。だけど、逃げただけではなく、これで次の攻撃を仕掛けることが出来る。
(結構、追い込まれたなぁ…
だけど、まだとっておきの策はある)
俺は自身のトリオン量の残りを確認し、頭を回して、和音を倒す既に算段を付けていた。和音はまるで俺が向かってくるのを待っているかのように来るべき瞬間を孤月を携えて待っていた。
「テレポーター!」
俺にしては力強い声でサブトリガーを起動させて、和音の
「……!!」
基本的にテレポーターの使い方は相手の背後に回って奇襲や集中放火と窮地に陥った場合に脱出するのが、テレポーターの主な使い方だ。俺が試合前に思い付いた策として、テレポーターを多く使って背後に仕掛けるのではなく、相手の手前にテレポーターを使うというやり方だった。
「これで終わりだ」
ある程度の隙は和音は切り返すことが得意だが、今回は完全に隙を付けられた和音は対応など出来る訳なく、俺は冷たくそう告げてハンドガンで胸を撃ち抜いた。
「まだ終わらないよ」
貫いた銃弾により、トリオンは漏れ出ているのに関わらず、和音は尚、諦めておらず、残ったトリオンで短剣状のスコーピオンを展開させて、スコーピオンを持つわけではなく、
俺はその動きになんの意味をもたらすのかわからなかったが、この時点で察することが出来なかったということは命取りであった。
和音は自身の足に落としたスコーピオンを俺に向けて蹴った。
「相変わらず、凄いな…」
俺は正直に感服して、その蹴ったスコーピオンは俺に致命傷を与える訳ではなかったがそれでも、俺の肩を貫いており、胸を撃たれた和音の方が先にベイルアウトした。
俺は最後に一本取り、結果は4-6で負けたが賭けには勝った。
*** *** ***
「あああああ!!
悔しいぃぃぃ!!」
ランク戦が終わり、俺と和音はひとまずブースに出た。すると和音は今の感情を正直にぶちまけた。
「こっちはこっちでキツかったけどな」
感情が昂ぶっている和音とは対照的に俺はドライな感じで答えていた。
「最後のテレポーターとかやられたよ。今日は最初からテレポーター乱用してたからなんか可笑しいと思ったのになぁ」
「いやいや、和音こそ最後のスコーピオンを蹴るやつの方が恐ろしいわ」
「あー、あれはね。狙ったのに外れちゃったね〜」
「あれがもう少し上に当たってたら俺の負けだったよ」
「これでも、結構練習したんだよ」
「末恐ろしいわ」
俺はそう言い、一拍置いて、手を差し出した。
「まあ、何あれ賭けには勝ったからコーヒーは奢れよ」
俺は少しニヤッとした笑みを浮かべて和音の反応を伺い、和音はわかりやすく子供がごねるように顔が膨れていた。
「悔しいぃ!!
もう一回やろ?」
「今日はもう終わりだよ」
俺は小さいため息を吐いて、今日はこれ以上戦わない意思表示をした。
「じゃあ、この後、カゲくんと村上くんとランク戦を10戦だけしてくるから待ってて」
顔はムスッとしたままだが、和音は潔く俺との戦いを諦め、次なる戦いに行こうとしていた。和音は元気よく手を振って、ブースに入っていたのを見届けた。
(そういえば、あの人は俺と和音についてこんなことを話していたなぁ…)
俺は閲覧席のベンチに座り、1人の人物について思い出していた。
*** *** ***
「まるでロミオとジュリエットのようですね」
和音とは真逆と言ってもいい思考の持ち主で人を寄せ付けない雰囲気を纏った女性と俺は朝日奈隊の作戦室で喋っていた。
彼女はソファに座り、足を組みながら手を顎に添えて、考える人のようなポーズをしていた。俺は椅子の方に座りコーヒーを頂いていた。
「いやいや、俺はロミオじゃないし、和音はジュリエットって柄でもないだろ」
「本当にそうでしょうか?
貴方達は互いが互いを想いあっている。だから失われれば少なくとも荒れ狂うと思うのです」
その女性の例え話は冗談でも笑えず付いて行けなかったが、理解することは出来た。多分、俺も和音も居なくなったらどうなるか分かったものじゃない。俺はそれ程あいつのことが大事なのだ。
「俺はあいつを何があっても守る。そこだけは約束する」
女性は俺の目を見つめて、クスッと笑った。俺は自分の言ったことを思い出し頬に火照っているのも自分でも分かっていた。
「あっ違う。今のは忘れて」
俺は必死で今の言葉を取り消そうとしたが、女性は俺の声を途絶えるように続けた。
「いいのよ。もしも、あなた達が危なくなったら、私や誠を頼ってね」
アッシュグレーのロングヘアを靡かせながら彼女はそう言った。
「ああ、わかったよ。唄葉」
俺はその女性、唄葉という女性がそう返したところで俺の記憶は途切れていた。
*** *** ***
画面越しで和音が村上と影浦と楽しそうに斬り合っており、俺は唄葉のことを思い出し、あの日消えた彼女について少し考える。
(唄葉が何故
と俺は思いふけてモニターに再び目を向けた。
色々、謎が残りつつも序章を書き終えました〜
1章からは主人公やヒロイン以外のオリキャラを交えつつ、原作のキャラクターとも絡ませて上げたいなと思っています。