光の中を駆ける者   作:雨音カオル

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本格的に連載スタートです。既にラストまでの大筋は出来ているので、伏線を張りつつ完結目指して頑張ります。

今回はいよいよ物語が動き始めます。


4:突然の依頼

誰かに肩を掴まれて我に返る。

 

「驚いたぜ。まさか、お前がこんな可愛い子を手に入れてただなんてな。」

 

いつの間にか後ろに居たのはミハイルさんだった。

というか、手に入れるって何ですか?そもそもこの少女とは初対面なんですが。

 

「お前の彼女だろ?いやー本当に驚いた。」

 

彼女……だと?そんな馬鹿な話があってたまるか。

咄嗟に否定しようとするが、こうなったミハイルさんは止まらない。俺が「この子は……」とか「だから……」と説明しようとするたびに、デカい声で手をブンブン振りながら「いやいや、照れるなって。」と(さえぎ)ってくる。

というか、これ絶対にワザとやってるよな。客の前でまでふざけるのは止めてくれよ。

 

 

 

「2人ともお客さんの前でみっともないぞ。その子が困ってるじゃないか。」

 

そんな俺たちを見かねた親父に注意される。

 

「それで、今日はどういったご用件で?」

 

馬鹿なことをしている俺たちにも動じず、表情を一切変えないで突っ立ている少女に親父が声をかける。

 

「……リローディングキットをお借りできますか?」

 

リローディングキット……最近はあまり使わないが、実包を機械ではなく手作業で作る際に必須のものだ。

機械で大量生産された実包はどうしても精度が下がるため、精密な射撃が必要となる場合は手詰め(ハンドロード)の方が好ましい。それでも、現在は機械でも十分な精度のものを作れる。いまや手詰めの主な利点は、薬莢を繰り返し使うことによってコストを下げられることくらいだろう。

 

もちろん自分の銃や用途に合わせたものを作るために手詰めをする人もいるが、この少女がそうだとは思えない。

 

「リローディングキットか……。たしか、奥の部屋にあったはずだ。おい、ヤーシャ。あの部屋を管理してるのはお前だからな。悪いけど案内してやってくれ。」

 

これ以上ミハイルさんにからかわれるのも嫌だった俺は、案内役をありがたく引き受けることにした。

 

「えっと……こっちです。」

 

無言でこちらを見つめてくる少女に居心地の悪さを感じながら、奥の部屋に案内する。

 

 

 

「物が多いから散らかって見えるけど、掃除はきちんとしてるから安心して欲しい。」

 

そう声をかけると、少女は相変わらずの無表情で作業台の前に座る。

 

この様子ならかなりの経験があるようだが、一応道具の説明はしておいた方がいいかもしれない。普段自分が使っているのと違うものも多いだろうし。

 

そう思って口を開こうとしたら「説明は不要です。」とキッパリ言われてしまった。

 

……俺、嫌われてるのかな。だとしたら早すぎるぞ。ほんの少し話しただけだし。

 

このままここに居て少女の作業を見ていたい気はするが、後ろから覗かれると気になって集中できないかもしれない。ただでさえ嫌われている疑惑があるのに、これ以上悪い印象を持たれるのも避けたいところだ。

しかし、こんなに若い少女が手詰めとは……実に気になる。

 

そんな俺の迷いを感じ取ったのか、少女が言った。

 

「今からなるべく息をしないでください。」

 

息をするな?……窒息死しろってことか?この部屋だけでなくこの世からも消え去れというのか。どんだけ嫌われてるんだよ、俺。

 

いやいや、落ち着け。息を止めて自殺だなんてそんな馬鹿な話があるか。この部屋に居てもいいが、息を潜めてじっとしていろということだろう。多分。

 

少し迷ったが、ここでしばらく作業を見させてもらうことにした。いくら慣れているとしても危険物を扱う作業だからな。いざという時のために誰かがそばにいた方がいい。

 

そう自分に言い聞かせてしばらく様子を見る。

 

淡々と作業する少女の手際は実に良い。手詰めの場合は使用する薬莢(やっきょう)のサイズによって装置の調整が必要で、慣れないと結構な時間がかかる。だが、少女はものの数分で調整を終え、火薬やら弾頭やら雷管を持参していたケースから取り出した。

 

よく考えてみれば少女はこの店に来るまでに、片手に火薬と雷管、そして肩には狙撃銃をかけて街を歩いていた訳で、かなりの危険人物である。夜の街に繰り出せば通行人を震撼させること間違いなしだが……今は深く考えないようにしよう。

 

それよりも気になったのは、使用済みの薬莢を再利用しているわけではないことだ。つまり、手詰めなのは高精度の実包を作るためということになるのだが、わざわざそんな手間のかかることをする理由があるのだろうか。

 

俺がいろいろと考えを巡らせていると

 

「おいおい、女の子をこんな小さな部屋に連れ込んで何してんだよ。」

 

ミハイルさんだ。俺がなかなか戻ってこないからって、わざわざ様子を見に来たのかこの人は。

 

「連れ込んだって……。あなただって話聞いてたでしょう。彼女は今作業中ですから、邪魔しない方がいいと思いますよ。」

 

「そんなこと言って、本当は今から何かやましいことでもしようとしてたんじゃないのか?」

 

「そんなことしませんって。俺だけじゃなくてあの子にも迷惑だからそういう話はやめてくださいよ。」

 

「だ・か・ら・照れるなよー。俺だって嬉しいんだよ。お前に彼女ができて。」

 

「あーもう、しつこいな!あの子とは初対面だよ!」

 

……しまった。つい大声を出してしまった。

 

「……息を控えるようにと言ったはずですが。」

 

低いトーンの声に震えつつ少女を見ると……なんの感情も込められていない視線を浴びた。それが逆に恐ろしく、本当にこの世から消えろと言われている気分になる。なぜ俺がこんな目に遭わねばならないのか。

 

これ以上ここに居ても迷惑をかけるだけなので、ミハイルさんを連れて泣く泣く退散することにした。

 

 

 

 

「親父はあの子について何か知ってるの?」

 

「いや、今日初めてウチの店に来たからな。てっきりお前の彼女なんじゃないかと―――」

 

「そのネタはもういいよ……」

 

親父ならあの少女について何か知っているのではないかと尋ねたのだが、無駄だったようだ。

 

「制服を着てたよな。あれも武偵高の生徒なのか?」

 

ようやく真面目な調子に戻ったミハイルさんが疑問を口にする。

 

「あの制服は確かに武偵高のものだったが、いくらなんでも若すぎるな。」

 

そう、見た目はまだ10代前半と言っても過言ではない。そんな少女が武偵高の制服を着ているのは不自然だし、肩にかけていたドラグノフも似つかわしくない。それに……

 

「今どきハンドロードなんて妙だと思わない?しかも、火薬や雷管は自分で持ち込んでたし、使用済みじゃなくて新品の薬莢を使ってたんだ。何か精密射撃が必要な競技でもやってるのかな。」

 

「……仮にそうだとしても、ドラグノフを使うことはないだろうな。」

 

確かに親父の言う通りだ。ドラグノフは実戦を想定して作られたものであって、競技向きではない。

 

だとしたら少女の正体は一体何なのか。

俺たち3人はいろいろと考えを出し合うが、どれも決定打に欠ける。

 

 

 

そうしてしばらくした頃

 

「……ありがとうございました。」

 

いつからそこにいたのか、少女が透き通るような声で礼を言う。

 

「ああ……こちらこそ。何か他に借りたいもの、買いたいものがあったら遠慮なく言ってくれ。」

 

そんな親父の言葉に、少女は予想外のことを口にする。

 

「……では、銃のカスタマイズをお願いできますか。」

 

「カスタマイズ……か。ある程度のことなら相談に乗れるが、どんなカスタマイズをお望みで?」

 

手詰めを楽々とやってのける人のことだ。並大抵のカスタマイズなら店に任せずとも自分で出来るはずだ。

こうして頼んでくるということは、かなり骨の折れる作業を伴うのかもしれない。

 

親父もミハイルさんも同じことを思ったのか、緊張の面持ちで少女の言葉を待つ。

 

 

しばしの間を置いて少女が発した言葉は、またしても俺たちを困惑させる。

 

 

「私の『絶対半径(キリングレンジ)』は1023mです。」

 

 

突然のカミングアウトみたいだが……絶対半径と言われてもピンと来ない。

恐らく有効射程の(たぐい)なのだろうが、ドラグノフならせいぜい600~800m程度のはずだ。1000mを超えるなど到底考えられない。

 

 

俺の理解が追いつく前に、少女はさらに続ける。

 

「これを最低でも1500mまで伸ばす必要があります。そのためには私の狙撃手としての能力だけでなく、銃の性能も引き上げなければなりません。」

 

1500mって……もとの2~3倍の射程じゃないか。そんな出来るはずのないカスタマイズに金をかけるより、もっと長距離狙撃に適した銃を買い直す方が良いに決まっている。

 

「決して売りつけるつもりではないんだが……それならカスタマイズするより、新しい銃を買った方が安く済む。ウチの店にもいくつか―――」

 

当然親父も同じ考えで、銃の新規購入を勧めるのだが、

 

「結構です。私の依頼はドラグノフのカスタマイズであって、別の銃を紹介してもらうことではありません。引き受けて頂けないのなら他の店に依頼しますので。」

 

そんなことを言っても、無理なものは無理である。そんなカスタマイズを引き受けてくれる店など、世界中のどこを探したって見つかる訳がない。

ここは大人しくお引き取り頂くしかないな、などと考えていた俺の耳を、信じられない言葉が通り過ぎていく。

 

 

「分かった。その依頼、ウチの店で引き受けよう。……ただし、作業はヤーシャに一任する。」

 

 

 




銃については素人なので不自然な点があったら申し訳ありません。

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