怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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今回は駄作です


怠惰な飴にストーカー

 いつも通りの昼、この昼休みの時間は私にとって重要なものだった。パソコンに向かい合うことはなく、流れていく文字から目をそらすことが出来る。この事務作業はもちろん大事なものだ。上司に提出する書類をまとめたりする。出来ることなら全部事務員に投げ出したいが、全てのプロデューサーがそう思ってるのだ。一人が行ったら全員が行ってしまい、今度は事務員がパンクしてしまう。我々プロデューサーはアイドルの身を預かっているのでそう簡単に辞められないが、事務員は代えが効く。

 まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。今はお昼に私の目の前にあるサンドイッチとおにぎりのどちらを食べるかが問題なのだ。どちらを選ぶかによって買う飲み物を変えなければいけないので、ここまで悩んでいるのである。

 うむ、コーヒーが飲みたくなってきた。よって今日のお昼はサンドイッチにしよう。

 

 サンドイッチを食べる前にコーヒーを買いに行こうとして気づいたが、誰もいなくなっていた。さっきまでちひろさんがいたはずなんだが・・・、まぁいいや。とりあえずコーヒーを買いに行ってお昼としゃれこもう。

 

 

 

 ふぅ、今日は微糖だー。これは最高のお昼になる予感がする。これで今日の午後からの業務も頑張れる。

 

「・・・デューサー・・・ないよね?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

 廊下に出たときにどの部屋からか、声がした。おそらくちひろさんと誰かだろう。本当は聞き耳を立ててやりたいが、今はコーヒーを買うのが先決だ。うむ、コーヒーをどっちにしよう。微糖か無糖か・・・。

 

「杏ちゃん、さっきの話本当なんですか!」

 

「ちひろさん、しー!プロデューサーに聞こえる!」

 

 その言葉を聞き。ぴた、と私の動きが止まる。そして数歩後ろに下がり声が聞こえた部屋に耳を傾ける。まさか話し合っているのがちひろさんと杏とは。しかもなにやら私には内緒の話のようだ。これはとても気になる。いやはや珍しい。私に相談もなにもしてくれないとは。いや、もしかしたら普段からこうやって杏はちひろさんに相談事をしていたのかもしれない。

 

「・・・もしもプロデューサーが覗いてたらやばいから見てくれない?」

 

「わかりました」

 

 杏のやつ!勘が働くじゃないか!くそ、どうしようか。おそらく扉を開けるまで数秒だろう。ちひろさんに昔嘘をついたら女の勘とやらで看破されたからな・・・。

 

 ガチャ、ドアが開き目の前にちひろさんが現れる。ちひろさんは少し驚いた顔をしたがすぐにこちらに聞いてきた。

 

「聞いてました?」

 

「へ?なんのことですか?俺今コーヒー買ってきた帰りんですけど・・・」

 

 よし、これでどうだ。ここぞとばかりにポケットからさっき買ったコーヒーを取り出してちひろさんに見せる。ちひろさんは少し怪しんだが信じたようだ。そして私がその場から去ろうとしたとき、部屋の中から杏の言葉が飛んできた。

 

「はい、ダウトー」

 

「いや、ほんとだって」

 

「聞いてないは噓でしょ?」

 

 なんでバレたのだろうかそんなに私の嘘はわかりやすいのか?沈黙は金、といったように杏の言葉に黙っていた私を見てちひろさんも疑ったようで、冷たい目をむけてくる。

 杏は何か納得したのか、頷いてから言った。

 

「仕方ないか、プロデューサーにも聞いてもらおう」

 

「杏ちゃん!でも!」

 

 え、そんなに私は信用がないのだろうか。プロデューサーとして悲しいことである。

 

「いや、言いたくないならいいぞ」

 

「あ、やっぱり聞いてたんだね」

 

 しまった。罠だったのか、ちくせう。杏もなかなかやるじゃないか。

 

「あー、はいはい聞いてたよ。で悩みって何なんだ?」

 

 私がそう言うと、杏はため息をついて悲しそうな顔をした。これは何かあるな。そう思っていると杏が私とちひろさんを手招きする。

 

「その話は中でしよ。あまり聞かれたくないし」

 

 

 

「はぁ!?ストーカー被害にあってる!?」

 

「声が大きいですよ!」

 

 私が声を荒げると、杏のうしろに座っているちひろさんが口に人差し指を当てながら小さな声で言う。この私たちのやりとりを尻目に、杏は下を向いている。

 それにしてもストーカー被害とは。色々考えたがなかなか悪い方の予想が的中していた。まぁ良い見方をすればストーカーされるくらい杏も有名で魅力的になったということだが。

 

「ちなみになんで警察とかに連絡しなかったんだ?」

 

「だって事務所に迷惑がかかるかなぁ、と思ってさ」

 

 確かにその通りだ。これがアイドルたちに伝播すると、アイドルたちは私生活での気の使い方が尋常ではないことになる。プロデューサーとしてはアイドルにストレスを与えたくはないので黙ってストーカーがいなくなることを願いたい。まぁ無理だろうが。

 

「でも杏ちゃん、危険ですよ」

 

「そうだな、ほかのアイドルたちに気を遣う姿勢は素晴らしいがそれは危険だ」

 

「でも解決方法がないじゃん?」

 

 その通りだ。ごもっともである。事を広げたくないという考え方でいけば、どうしても自然消滅しかないのである。だが自然消滅は普通ありえないのだ。そもそもストーカーをするような人間がそう簡単に諦めるとは思えない。こうやって三人でうなっていると、ちひろさんが急に立ち上がった。

 

「いい考えがありますよ!」

 

「ほほう、そりゃなんですか?」

 

 聡明なちひろさんが考え出したものだ。きっと名案に違いない。

 

「プロデューサーさんが杏ちゃんの家に住めばいいんですよ」

 

 前言撤回、やはり追い詰められた人間はまともな思考ができない、という話は本当だったのか。それにしても一緒に住むなど、馬鹿がやることとしか思えない。と、言おうとすると杏が名案といった顔で顔を上げて笑顔になる。

 

「それいいね!そうしよプロデューサー!」

 

 こいつはなんで賛成してるんだ。どう考えても碌なことにならないのはわかっているだろうに。私はポケットにしまっていて、冷めたコーヒー缶を開けて一口啜る。

 

「いや、なに言ってるんですか。杏も乗るな」

 

 私ははぁ、とため息をつき、私は手を額に当てて考え出す。これはとてもまずいことだ、と。こいつは本当に自分がアイドルということをわかっているのだろうか。人気が上がることにはまったく問題はないが、悪いうわさが流れることは避けなければ。業界人とは風評被害や、ゴシップ記事などのマスコミに関わることにめっぽう弱い。ストーカー被害程度ならまだいいが、プロデューサーとアイドルの熱愛報道なんて、今時笑い話にもならない。いや、当事者以外には笑い話にはなるのか。

 

「とりあえずそのストーカーとやらの特徴はなんかあるか?」

 

 私がそう言うと、杏は少し顔をうつむいて考え込む。そしてちひろさんを手招きで呼ぶ。まぁあまり俺に言いたくない話題なのだろう。そう考えないとちょっと心が持たない。杏たちはそのまま部屋の外に出ていき、部屋の外で話している。

 戻ってきた杏はソファに座った。ちひろさんはススス、と私に近づいてきて杏に聞こえない声で話した。

 

「やっぱりどうにかした方がいいですよ、このままだと杏ちゃん襲われてしまいますよ?」

 

「いや、とりあえず特徴を聞かせてくださいよ・・・」

 

 私がそう言うと、ちひろさんは、そうですね、と言った。

 

「えーと、身長は175センチほど、現れるときはスーツで、時間帯は朝らしいです」

 

 ・・・なるほどなるほどそういうことですか。つまり君はそんな奴だったんだな。そっちがそうくるならこっちにも考えがありますよ。

 

「杏・・・わかった。しかたない。俺がお前んちに泊まって守ってやろう」

 

「え゛っ」

 

「いいんですかプロデューサーさん!?」

 

「まぁ、泊まるふりですよ。すぐに帰りますよ」

 

 あっはっは、この焦りよう、間違いなく杏の言ってたストーカーは私のことだろう。ついにサボりたいから私をストーカーにしたてあげるとは良い度胸だ。

 

「今日からいいですか?杏を安心させてやりたいので」

 

「ぷ、プロデューサー・・・」

 

「・・・それではお願いします。いろいろ気を付けてくださいね」

 

 

 

 夜になり、今日は少し業務が残っていたがちひろさんが肩代わりしてくれた。ドッキリのためとは言えまさか仕事まで肩代わりしてくれるとは・・・。

 

「ほら、杏!行くぞ!」

 

「うん、ありがとうプロデューサー」

 

 こいつ演技派だな。今のは本気で不安がっている人の顔だったな。今は・・・8時か、まぁ定時上りは久々すぎて若干テンションが上がっているな。

 

 杏のマンションに着き、車を降りると。杏がしがみついてきた。いや、マスコミに見られると不味いんですけど。いや、これは彼氏のふりとかか?よくわからんな。杏はおびえたようにあたりを見回し、手は震えている。

 

「杏、大丈夫か?まぁ、そのままでいいけどよ」

 

「うん、ありがとうプロデューサー・・・」

 

 数日が経ち、仕事もはやく終わらすことが出来、定時上りができるこの生活を結構気に入っていた。まぁ杏の家で泊まっているふりは大変だが。

 そんなある日の帰り道でいつもはしがみついて車から出てくる杏が、私の胸倉をつかみながら叫んできた。

 

「プロデューサー!おかげでストーカーいなくなったよ!」

 

「お、もういいのか。ドッキリ終了か?」

 

 私がそう言うと杏は心底不思議そうな顔をし、そのあと顔を青ざめた。・・・嫌な予感がする。まさか本当にストーカーはいたのか?そう思い後ろを振り向くと、そこには確かにちひろさんが言っていた通りの男がいた。

 うお、しかも近づいてきた。どんどん近づいてきて・・・あれ?

 

「あんた!双葉ちゃんのプロデューサーか!」

 

「あ、ああ」

 

「よかったー、いやこのマンションに住んでいる者なんですけどもね。あんな小さい子を一人にしちゃだめですよ!たまに寂しそうに帰ってきているので心配になってみてたんですよ」

 

 なんて良い人なんだ。だが一応言うことは言ってやらなければ。

 

「ありがとうございます。しかし失礼ながら申しますが、双葉はあなたをストーカーと勘違いいたしてましてね。私も疑いたくはないですが一応ご同行願えますか」

 

「えぇ、大丈夫ですよ」

 

 その後、本当に身の安全が確認され、この人も本当にマンションの住人であり、これからは不用意な行動をしないことと杏の個人情報を漏らさないことを約束してくれた。ただのいい人だった。

 明日からは普段通りの生活になるが、杏の身の安全が確保されてよかったよかった。

 

「で、明日からは行かなくていいよな、杏」

 

「うん、ごめんね。色々心配かけて」

 

「逆だ。もっと心配かけさせろ。俺はお前のプロデューサーだぞ」

 

「プロデューサーとはいったい・・・うごご・・・」

 

 うむ、杏も元通りになったし一件落着!

 

「てかさ、ドッキリってなんのこと?」

 

「さー、仕事いくかー」

 

 私はそう言って仕事に戻ろうとすると、杏が後ろから追いかけてくる。・・・これがバレたらサボるどころじゃないな・・・。

 しかし、本当に何もなくてよかった・・・


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