怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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今回は少し見る人を選ぶかもしれません。

今回は先週言ったようなくくりで言うところの②です。

ではよろしくお願いします。


怠惰な飴(?)とミツボシ☆☆★

「あぁーー!!」

 

 事務所の給湯室の奥で大きな声が響き渡る。私はその声に驚いて持っていたスプーンを落としてしまった。この事務所にいる以上、声で誰なのかは判断できるがこの声の主の肉声を聞くのは久しぶりだった。私は落としたスプーンを湯気が立っているコーヒーの中に落として、コーヒーをかき混ぜながら給湯室の奥へ進んだ。ずいぶん前にアイドルの誰かが掛けていた暖簾を潜り、その大声の主に話しかけた。

 

「どうしたんですか、本田さん」

 

「私の大事に取って置いたケーキがなくなっている!!」

 

 私はちらと壁に掛けてある時計を見た。時刻は夜の9時。・・・お腹がすくのも無理はないか。それにこっちも事務仕事を終えたばかりだ。いつもなら軽くあしらって終わりにするが今日は付き合ってあげることにしよう。

 

 それにしてもケーキ、ケーキねぇ・・・。昨日まではあったはずなのだが。

 

「ケーキですか・・・。昨日までありませんでした?」

 

 私がそう言うと、本田さんは顔を冷蔵庫からこちらに向けてぷりぷりと怒る。

 

「そうなんだよチミィ!あーちゃんがせっかく買って来てくれたやつなのに!」

 

 そう、ケーキは高森さんが買って来てくれたものだった。アイドルを引退してしまった高森さんだが、今でも年に数回は事務所に遊びにきてうちのアイドル達と親交を深めているようだ。そして昨日来た時に余ったケーキを何個か冷蔵庫の中に置いて行ってくれたのだが・・・。

 

「しかも、そのケーキに一応名前書いて張っておいたんだよぅ」

 

 ふむ、しかも名前付きだったのか。それに気づかずに間違えて食べてしまうとは、間違えたものはよほどのバカなのだろう。しかし犯人探しも出来ないので私はここで退散するとしよう。私が本田さんに背を向けたそのとき。

 

「もー、私のチョコケーキがぁ・・・」

 

 その言葉に私の動きが一瞬止まった。チョコケーキだと?

 

 私はてっきりモンブランが本田さんが残していたケーキだと思っていたが、チョコケーキかぁ・・・。どうやら間抜けな犯人は見つかったようで、この私だった。それに何を隠そうチョコケーキを食べたのはさっきだった。そして甘くなった口の中が気持ち悪かったのでコーヒーを飲んで中和しようとしていたのだ。

 

 うーむ、ここは正直に言うしかないだろうなぁ・・・。

 

「あー、そのー、なんていいましょうか。・・・チョコケーキ食べたのは私です、申し訳ありません」

 

 正直どんな罰も受ける覚悟だった。しかし本田さんは私の胸にぽすん、と正拳を喰らわせてニカっと笑った。

 

「仕方ないなーチミはぁ。コンビニのケーキと冷蔵庫の中のモンブランで許してあげるよ」

 

 ・・・何事にも確認作業は大事だな。たとえそれがケーキに付いている名前であっても。

 

 

 

 アイドルたるもの変装はとても大事だ。ストーカー、パパラッチなどを防ぐことにも繋がるし、何より変装をした方が有名人らしい、というのが本田さんの意見らしい。まぁ概ね同意なのだが中にはその変装自体を楽しむ者もいるようで宮本さんなどが最たる例だろう。というあの人は普通の変装をしても目立ちすぎる。

 

 さて、では実際に有名人である本田さんの変装はというと。

 

「さて、準備終わったよ!」

 

 私がホワイトボードに明日の予定を書き終わると同時に本田さんも着替え終わったようだ。その姿は上下ジャージに眼鏡を掛けただけの申し訳程度の変装だった。というかこの姿はどっかの誰かさんと姿が被る。

 

「・・・うーん。アイドルバレよりも女子力を気にしてほしいですね・・・」

 

 私の一言に本田さんが笑った。

 

「それ、どっかで聞いたことあるセリフだね」

 

 思わず私も噴き出して笑う。

 

「そうですね。では行きましょうか」

 

 

 

『おーねがいシーンデレラー 夢はゆーめでおーわれーなーい』

 

 コンビニに入ったときに中では『お願いシンデレラ』が流れていた。超有名なコンビニでも流されるほどになったと思うと少し涙腺が緩んでくる。このコンビニで流れているのを歌っているのはNGのようだ。さて、これを歌っている本人である本田さんはどういう気持ちなのだろうか。まぁ本田さんのことだし喜んでいることだろ・・・う・・・?

 

「・・・本田さん、何が食べたいんですか?」

 

「あ・・・。えーーっとね!まずはまるごとバナナかな!」

 

 本田さんが逃げるように歩き出す。さて、本田さんはスイーツ系を物色するようなので私は他のものでも覗くとするか。なんとなくだが、今日は酒が必要になるような気がする。私は酒を何本かカゴに入れて、おつまみとして適当なものも入れて本田さんのところに行く。どうやら本田さんはまだ悩んでいるようで、うんうん唸っているので、本田さんを呼び、酒類が入ったカゴと万札を一枚、渡しておいて私は雑誌コーナーへ向かった。

 

 雑誌コーナーに並んでいる顔の中には私が事務所で見かける顔もちらほら見受けられた。ファッション誌やゴシップ誌など多岐に渡るが、中でも私の目を引いたのは、雑誌類の手前にちょこんとかわいらしく置いてある絵本だった。そこには可愛らしいリスが森でクマと遊んでいる絵と、作者の名前がひらがなで書いてあった。どうやらあの娘も大きくなったようだ。いやもうあの娘なんて呼べないが。

 

 その中から『月間シンデレラ』を一部取り中をぺらぺらと流し読みする。今年ブレイクする新人アイドルたちの情報や、先月のオリコン情報などが載っていた。そして私はあるページで流し読みをストップし、少し顔を近づけて書いてある文字を読んだ。

 

「「来年のシンデレラガールは誰だ」」

 

 後ろから声が重なり驚いて振り向く。そこには本田さんがいろんなものを入れた大きめのビニール袋を持って立っていた。私は申し訳なさそうに顔を逸らす。すると本田さんはいつもの笑顔で冗談を飛ばしてきた。

 

「ほら!こんなにキュートな女の子が重い荷物を持ってるんだから代わるくらいしてくれよぉ」

 

「・・・本田さんはキュートでなくパッションでは?」

 

「あちゃー、これは一本取られたね。それじゃ私を論破した報酬としてこの重ーいビニール袋をあげよう」

 

「どうも。あ、お釣りは返してくださいよ」

 

 私たちは軽い冗談を言い合いながら店を後にする。

 

 あの雑誌、『月間シンデレラ』は私たちのプロダクションの系列で販売している。だからあそこに書いてある予想は全部私たちのプロダクションの主観的なものにどうしてもなってしまう。そう、だからこそあの雑誌の次のシンデレラガールの予想が本田さんであろうとも最後に決まるのは来年のことだ。

 

「ていうか酒買いすぎ」

 

 ・・・これは確かに反省かもしれない。

 

 

 

「それじゃ!私、本田未央が音頭を取らせていただきます!カンパーイ!!」

 

「かんぱーい。本田さん、音量を下げてください。結構うるさいですよ」

 

 乾杯をして一口ビールを口に含む。事務作業で疲れてバキバキになった体にビールが染みわたる。すでにスイーツ類をあらかた食べ終えていた本田さんも10分ほどまでは、カロリーとレッスン、としか言わないポンコツ本田ロイドになっていたが、酒でも飲むかと持ち掛けたら一瞬迷った後に小さく飲むといった。今まで本田さんとサシで飲んだことがなかったからわからなかったが、どうやら本田さんは酒に弱いようで、小さく乾杯して飲んだと思ったらすぐに大きな乾杯をしてきた。

 

「本田さんは明日も仕事があるので飲みすぎないでくださいよ」

 

「大丈夫!なんたってスーパースター未央ちゃんだからね!」

 

 そうやって飲み進めること一時間、私も中々出来上がってきてしまいついつい口を滑らせてしまった。

 

「そういえば、なんでさっきコンビニに入ったときに複雑そうな表情をしていたんですか?」

 

 私の言葉に本田さんが力なく笑い、テーブルに酒の入ったグラスを置いた。

 

「うーん、まぁチミならわかってくれるかな」

 

 本田さんは静かに語り始めた。私はなんとなくだがスマホを弄り、ある男に連絡をしておく。

 

「私さぁ、これでもアイドルを6,7年間やってるんだ。最初のLIVEはすっごい楽しかったのを覚えてる!NGの三人で必死にレッスンして、トレーナーに怒られてながらも喰らいついてさ。LIVE当日は三人ともガチガチで、もうがむしゃら!って感じでさ。大きい会場でもないし、お客さんもすくなかったんだけど終わった後は三人とも泣いちゃってさ」

 

 その当時はまだ私がプロダクションに在籍していないころだった。ある悪魔曰く、そのころの事務所はとても静かだったが暖かい空間だったらしい。今も暖かいらしいが。

 

「それからいろんなことがあったなぁ・・・。ドームを使ってのLIVEとか全国公演とか、果てはアメリカでのLIVEもやったりさ。あのころのがむしゃらだったころの私に今の姿を見せたいよ」

 

 本田さんは楽しそうに思い出話をする。

 

「でもさ、やっぱり私はどこか違うな、って思ってた。だって私たち三人の目標はトップアイドルだから!確かにNGは有名になったけどさ、それってトップ。だから私たちNGは一か月前に解散したんだ」

 

 そう、NGは一か月前に解散した。今でも三人は仲が良いが、解散当時はかなりのニュースになったものだ。

 

「私の目標はトップアイドル!そのためにはまずシンデレラガールを目指してたんだけど・・・」

 

 そこまで言うと本田さんの目から雫が数滴テーブルに落ちた。それは止まる気配を見せなかった。

 

「ヒグッ、しまむーも、しぶりんもさ・・・。グスッ、しん、シンデレラになったのに、わたし、私だけ成れてなくてさ。それが悔しくて、NGに負い目を感じちゃって・・・」

 

「本田さん」

 

 私は本田さんの名前を呼び、本田さんの後ろを指差す。

 

「そのあとの話を聴くのは私ではないですよ」

 

 本田さんが振り向くとそこには、本田さんがよく見知った男と、さきほど話に上がっていた二人が立っていた。その三人の顔も涙でいっぱいになっていた。そこで耐えきれなかったのか、本田さんは立ち上がって三人にかけよった。私は自分の酒を煽り満足げに微笑んだ。

 

 

 

「いやー、ごめんね!愚痴に付き合わせてさ!」

 

「いや、これも私の仕事ですよ」

 

「じゃあ、これ。渡そうか迷ってたんだけどあげるよ」

 

 私の目の前に置かれたのは綺麗に包装された瓶だった。コンビニで包装を頼んだのだろうか。それだけ渡すと本田さんは私にいつものような笑顔を見せてくれた。

 

「ありがとう。しまむーとしぶりん、そして私のプロデューサーと話せたのもチミのおかげだよ。それはお礼・・・というか仕返しかな?じゃ、まあ明日ね、事務員さん」

 

 それだけ言うと、本田さんは入り口で待っていた三人と一緒に夜の街へと消えて行った。

 

 私は目の前にある瓶の包装を解き、中身を取り出した。そこに杏酒、と書かれた酒が入っていた。

 

 これは私が買ってカゴに入れたものではない。意図的に避けていたのだから。とするとおそらく本田さんの独断のものだろう。たく・・・。

 

「杏・・・どこで何してんだろうな」

 

 それだけボソッと呟くと私は杏酒をバックの中に入れて、タイムカードを切ろうとする。すでに23時を回っていたが気にしない。私はプロデューサー列のタイムカードに手を伸ばしかけて、引っ込める。そのあと事務員列のタイムカードから自分のものを取り帰路についた。

 

 アイドル双葉杏を失った私はまるで抜け殻だった。もちろん死んだわけではないが。プロデューサー業にも疲れ、気づいたら事務員として仕事をしていた。これから先、私はどうなるのだろうか。都会の空には星が見えない。その中でホシとしてきらめているあの子たちのためにも私は抜け殻の体を引きずって明日もここに来るのだろう。


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