①
・高校3年生
・今年で18歳
・アイドル二年目
というパターンと
②
・大学4年生
・今年で24歳
・アイドル六年目or???
みたいなイメージをもってください。
今回の話は①です
「島村卯月。頑張ります!」
卯月ちゃんは胸の前でダブルピースをして、満面の笑顔を咲かせる。
「いや、卯月ちゃん、これは頑張らなくていいよ?」
この娘は本当にいい子すぎて心配になるなぁ・・・。いつも卯月Pが心配しているのも頷けるな。
「流石は卯月だなぁ・・・」
「お前は10%でも卯月ちゃんの姿勢を見習え」
私の言葉に卯月ちゃんは少し顔を赤くしはにかんで、えへへ、と照れる。杏は私と卯月ちゃんを尻目に、私の膝を枕に横になって新作のゲームをしている。その表情はゲーム機に隠れて見えない。まったくこいつを見ていると卯月ちゃんの芸能人としての素晴らしさと姿勢に感動させられる。真夏の暑い日によく人の膝を枕で平然としていられるな。
「いやいや、プロデューサー。この仕事は受ける方が間違ってると思うよ」
杏がゲームをスリープさせる。ゲーム越しに杏と目が合う。
「まぁ・・・それはそうなんだが」
杏は私の膝から頭を上げて私の横に座り直す。近くに寄るから結構暑い。そんな私と杏、そして卯月ちゃんは目の前のテーブルに置かれている企画書を見て各々考えるのであった。
そもそもの原因は幸子ちゃんPにある。あいつは普段は真面目なのだがどこか抜けているところがあり、書類の誤字脱字はしょっちゅうであり、ひどいときは先輩であり、後輩にとても厳しいことで有名な未央ちゃんのプロデューサーにタメ口を使ってしまい、揉めたこともあった。ただし有能な点として何か国語かを喋れるらしいので海外での仕事を取ってくるのが誰よりも上手なのだ。
それでは今回は何もしたかというと、プロデューサーとしては致命的なミスであるダブルブッキングをしてしまったのだ。もちろん私たちプロデューサー陣は呆れる、社長は苦笑いをする、おn・・・仏のちひろさんも陰のある笑顔で幸子ちゃんPを呼び出していた。我々プロデューサー陣は怒らせるとヤバい人ランキングのTOP3に入っているちひろさんは怒らせないようにしようと決めているのだ。だからこそ呼び出されて泣きそうな目でこちらを見るあいつにも皆が静かに合掌をして、静かに各々の仕事に戻る。哀れ。
しかし、取ってきた仕事というのは当たり前だが、そう簡単になしにしてくださいとは出来ないのである。ではこういう場合どうするのか。簡単な話であるが代役を立てるのである。もちろん他のアイドルたちも仕事やレッスンなどの外せない予定があるので、代役を頼まれるのはオフの日になっているアイドルたちだ。だが仮にも仕事やレッスンでで疲れていて、偶の休日を満喫しようとしているアイドルたちだ。普通に頼んだところで、承諾してくれる人はいないだろう。
その上、今回は幸子ちゃんの代役だ。最近ではよくバラエティの過酷なロケに駆り出されることが多いあの幸子ちゃんの代役となれば頼みを聞く者もさらに減ってくることだろう。誰もがオフの日を削ってまで、しかも先の話とはいえ夏のクソ暑い日にバラエティに出たくはないだろう。そこをうんと言わせるのはプロデューサー側の手腕にかかっている。
しかしそんな中、白羽の矢が立ったのがうちの杏と卯月ちゃんだった。卯月ちゃんは普通にオフの日で、丁度ダブルブッキングが発覚したときに事務所にいたからだ。では杏はというともちろんオフの日であった。しかも二日オフの週だったので予定をぶち込めるかもしれないと考えたわけだ。もちろん杏には出来るだけ無理はしてほしくはないが、プロデューサーの観点から見るとこれはチャンスなのだ。
普段はやらない仕事をしたおかげで、新たなジャンルの仕事が舞い込んでくるようになった、などという話はよく聞く。私はそれを狙ってのことだったのだ。まぁ杏がうんというわけないので、ここも私というプロデューサーの手腕の見せ所だが。
すでに話し合いは30分が経過しようとしていた。卯月ちゃんは緊張による水の飲みすぎでお花を摘みに行ってしまっていた。何故この場に卯月ちゃんPがいないのかというと、彼はこのプロダクションの中でもかなりのポストにいるので、重大な会議に出ることができ、今はそれに出ているため私にこの場を任せているのだ。彼は卯月ちゃんにすべて任せていても大丈夫という自信があるのだろう。私は杏をそこまで信用することができない。
だが私には杏を制御する必要することが出来る。それを見せてやらねば。
「杏ぅ・・・、お前に幸子ちゃんに借りがあるよなぁ・・・?」
横でいつの間にかゲームを再開していた杏の方がビクッと震える。
「な、何の話かなぁ~」
杏が顔を逸らしてへったくそな口笛を吹く。まぁわざとだと思うが。白を切るなら仕方ない。
「俺が付いて行っていないロケで、ほとんどの仕事を幸子ちゃんに任せてたらしいなぁ・・・?」
「い、いやあれは幸子が自分から・・・」
「はい、ダウト。あと昨日、卯月ちゃんに教えてもらった国語を復習しとけよ」
「マジで現国と古典は鬼門なんだって・・・」
頭を抱えて受験勉強に悩む杏を放って置いて、私はテーブルで裏向きになっている企画書を手に取り、表紙に書いてある企画のタイトルを読み上げる。
「『白坂小梅と行く! 心霊スポット5連発!!』ねぇ・・・」
何度見ても頭がおかしいとしか思えない。この企画を採用したTV側もおかしいが、この企画を幸子ちゃんに平然とやらせようとしていた方もどうかと思う。ちなみにこの企画を小梅ちゃんに提案したところ、目を輝かせてマップを開いてオススメを語りだしたそうだ。不安だ・・・。
「お話は進みましたかねー?」
卯月ちゃんが戻ってきた。
「おう、おかえり。さて話を再開させようか。ほら杏もそろそろ真面目に参加しろ」
「くそー、納涼だか何だかしらないけど、杏はそんなことじゃビビらないから良い画が撮れないよ」
杏の言葉に卯月ちゃんがあれー?と首を傾げる。
「でも杏ちゃん、前に『家に幽霊がでた!』って言ってきらりちゃんに電話かけてませんでした?」
卯月ちゃんの天然なツッコミに杏は焦る。もちろん私はそこを見逃さない。
「ちょっと卯月!それは秘密って話だったじゃん!」
「そ、そうでしたー・・・。あ、あはは・・・」
「ほほーう、杏め。また嘘を吐きおったな。罰として今回の仕事はお前がやれ」
「お、横暴だぁーー!!」
杏はソファに倒れこみ、悔しがるふりをする。ふりというのは、まぁ言葉の綾というか、悔しがっているのは本当なのだが、何分このままだと杏は再びゲームを始めるから、結局は悔しがる瞬間は十秒もないのだ。そして卯月ちゃんは申し訳なさそうにしている。
「えへへ、ごめんなさい杏ちゃん。心霊スポット巡り頑張ってくださいね!」
「卯月めー、やってくれたね・・・。まぁ今回は卯月に免じて仕事をするかぁー」
二人の間でも話はまとまったようだ。これならいいだろう。
「うんうん、じゃあ杏は今からレッスンだよ。さっさと行け」
杏はぶつぶつ文句を言う。今日は粘るなぁ。私は仕方ないとばかりに寝ている杏のお腹の上にカバンからそっと飴を取り出して置く。杏はそれを見ると急に黙り、無言で飴を受け取り、立ち上がって荷物を取りに行った。私はそれを見て満足して頷く。
卯月ちゃんはまるで感心したかのような声を上げる。私がその声に卯月ちゃんの方向を見るとあわわ、と慌てだす。というか今の一連の動きに感心するようなところがあったんだろうか。
「どうかしたの?もしかして飴ちゃんほしかった?」
私はカバンからもうひとつ飴を取り出して卯月ちゃんに差し出す。
「あ、ありがとうございます!」
卯月ちゃんが飴を口に含む。場に沈黙が流れる。助け舟を出してあげよう。
「それで、言いたいことがあったんじゃない?」
「は、はい!杏ちゃんのプロデューサーさんは杏ちゃんと仲良しなんですね!」
仲良し・・・?まぁ確かに仲は良いが他のアイドルとプロデューサーもこんな感じのような気がするが・・・。私は杏とオフの日に一緒に遊ぶことは少ないが、他のプロデューサーはオフの日に朝から夜まで遊んでいる者たちもいるらしい。そっちの方がすごいと思うが。
「そうかな。ありがとう。でも卯月ちゃんたちも仲良しに見えるよ?」
私がそう言うと、卯月ちゃんらしくない陰のある笑顔をする。
「ありがとうございます。でも私たちは多分そこまで仲良くないんだと思います」
「そうかな?結構仲良かったイメージがあったんだけどね、オフの日も遊んでなかった?」
「えへへ、昔は二人とも忙しくなかったのでオフの日に気晴らしにお洋服を見に行ったり、ご飯を食べにいったりしてたんですけど、最近は忙しくて顔を合わせることも少なくなってしまって・・・。もちろん忙しくってお仕事があるのは嬉しいことなんですけど・・・。どうしても寂しくなってしまって・・・」
「・・・それって」
私の言い淀んだ言葉に卯月ちゃんは顔を真っ赤にして腕をブンブン振る。
「あ!別に恋愛感情とかじゃないですよ!? ・・・ただ、私の目標というか、プロデューサーさんとの目的を目の前にするとどうしても・・・」
それだけ言うと卯月ちゃんは俯く。
なるほど、忙しくなった故の悩みか。二人の目的とはトップアイドルだろう。NGとしても忙しい上に最近はソロでの仕事も多くなっている卯月ちゃんは恐らくプロデューサーと一緒にいる時間が少なくなったことそのものよりも、がむしゃらに突っ走っていたころは遠くにしか見えていなかった『トップアイドル』が、近づいてきたことにより鮮明になった『トップアイドル』の険しさや複雑さの不安を打ち明ける、話し合う時間が欲しいということではないのではないだろうか。
「卯月はさー、難しく考えすぎなんだって」
いつの間に戻って来たのか。杏が口をはさんでくる。名前を呼ばれたことにより卯月ちゃんが顔を上げる。
「自分のプロデューサーと話すのに卯月は遠慮しすぎなんだって。自分のプロデューサーなんだから迷惑を少しくらいかけてもいいし、そのための時間くらい作ってくれるよ」
「・・・そう、なんでしょうか」
「卯月はみんなになんて呼ばれてるの?」
卯月ちゃんが困惑の顔をしている、杏の問いに答えられないのだろう。・・・また助け舟を出すか。
「『普通のアイドル』か・・・」
「そそ、ついでに卯月のプロデューサーも癖のない普通の人なんだから大丈夫だよ」
正直、何が大丈夫かわからないが、卯月ちゃんが納得しているようなので良しとしよう。
「でも、大丈夫です。私はアイドルなので。島村卯月、がんばります!えへへ」
そういっていつもの笑顔とダブルピースを見せる。
私と杏は顔を見合わせる。そうして同じことを思う。これにはまだ勝てないな、と。
「あ゛あ゛ぁぁ・・・疲れたぁ・・・」
「おう、お疲れ杏。ほらよ」
ありがとー、と言って私が手渡したドリンクを飲む。そうだ、この際先ほどのセリフをぶつけてみよう。
「杏も、俺に相談事があったら何でも話していいぞ」
「んー?杏はねー、プロデューサーに話す悩みはないよ」
「そうか、なら信頼されるために今度の休みにでも出かけるか?」
「ほんと!?ならお願いしようかなぁー」
もちろん卯月ちゃんに負けてはいられない。あの娘のプロデューサーにも。私たちはいまだトップアイドルは見えない。そのためにも私たちはまず、二人の目的を定めるところからだ。