怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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久しぶりの長編です。今回も前・中・後で考えております。



急に暑くなったり雨が降ったりで・・・。九州の方は気をつけてください。






怠惰な飴の合計一日オフ 前編

 アイドルとは日本語に直すと『偶像』だ。アイドルは日々過酷なレッスンをして、ファンのためにLIVEを行ったり、笑顔で握手会をしたり、サイン会をしたり、様々なメディアに出ている。しかしアイドルは、『偶像』の言葉通り宗教のようなものだ。アイドルという信仰対象に向かってファンという信者がお布施という課金をしてくれる。課金というか、様々な形でお金を取っているだけだが。信者であるファンは経典のように様々なメディアからアイドルの情報を手に入れる。

 

 しかしそれはあくまでファンが知れる範囲での情報だ。

 

 こういうことを言うのはあれだが、とんでもないプロデューサーになると、超有名なメディア記者と知り合いになっていて、いい様にメディアを使い、ファンへの印象を本来とは違う形に操っている方もいる。もちろん忘れてほしくはないが、うちのプロダクションではアイドルには出来るだけ素で居られようなプロデュースをしているし、アイドルにも出来るだけ素でいても何か光るものがある者をアイドルに受かるようにしている。

 

 まぁ、結局は何が言いたいのかと言うと、ファンが知っている偶像としてのアイドルなんぞ、人間としてアイドルに比べると、本人の十分の一にも満たないということだ。

 

 悲しいことに私にも言えるのだが。私もファンの一部だからだ。

 

 

 

 私はコンビニの駐車場に停めている車の中から、店の中でアイドルの雑誌を手に盛り上がっている高校生男子らしき二人組をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていた。彼らはアイドルの何を知っているのだろうか。雑誌を読み、テレビを見て、握手会などでアイドルと会い、Liveを楽しむ。これで得られる知識は私とそこまで変わらないだろう。

 

 雑誌を見ていた男子たちはあるページで捲るのを止めてさらに盛り上がっている。あの雑誌の今月号は確か袋とじがあったはずだ。私は車の助手席に置いてある雑誌を取り、中を見てみると、やはり袋とじがあった。夏の暑さにみな耐えかねて涼しさを求める。他に漏れず、車の中はクーラーが効いている。おそらくコンビニの中もクーラーが効いているのだろう。しかし彼らと私の間には雑誌を見ている熱量の差が違うのは何故なのだろうか。

 

 一口お茶を飲むと、冷えていたはずのお茶はフロントガラスからの太陽光でぬるめになっていた。先ほどの男子たちはどうやら購入を決めたようだ。ありがとう。

 

 彼らは話しながら私が乗っている車の横を通りすぎる。そのとき彼らの話し声が聞こえた。

 

「双葉のやつ、アイドルのときでもあんな感じなんだな。なんかキャラ作ってんのかと思ってたわ」

 

「そうだな。今日久々に最後までいたの見たわ。あれなのかな、受験休みでアイドル活動自粛ってホントなのか」

 

「いやー、あいつのことだし。サボってるだけかもよ」

 

 それ以上は聞き取れなかったが、おおよそのことは分かった。まず彼らは杏と同じ学校の生徒だ。よくみたら彼らの制服は杏の学校のだ。杏は北海道出身だが、ある事情により東京の高校に通い、一人暮らしをしている。か弱い女の子、しかも華のjkが一人暮らしなのに関しては、アイドルになり、しばらくしたときに女子寮に入れるから、そちらに入らないか、と私は勧めたこともあったが、杏には断られた。理由は、今のアパートはコンビニの位置と駅の位置がそこそこ近いから、らしい。そんなこと気にする人間だったか・・・?

 

 余談だが、杏の家から私の家は割と近いのだ。

 

 

 

 私はスマホの電源を入れる。予定の時間は15分は過ぎている。

 

 最近、杏はとても働き者だ。いや、だった。杏は知っての通り怠け者だ。アリとキリギリスで言うところのキリギリスだ。最近の絵本だとキリギリス楽器を演奏していて冬に向けて何も貯えずにいたから、冬に死ぬ思いをした、という話だった。しかし杏は怠けるために働くという思想の下で働いているから、サボるところと働くところの分別は分けている。

 

 それは杏のレッスン着を見ていれば分かる。杏のレッスン着にドラクエのコマンドのようなものがプリントされたTシャツがある。「ねる」「にげる」「だらける」「がんばる」の四つのコマンドだ。実はこのTシャツ、きちんと4種類あり、最近だとよく「だらける」のTシャツをよく着ていた気がする。それは杏の仕事へ対するモチベーションを表していて、分かりづらいが上のコマンドに行くほどモチベーションとしては最悪だ。

 

 私がこの仕様に気が付いたのは最近で、私が宣伝のための写真を探していたところ、レッスン中の杏の写真が何枚か出て来て、その中のTシャツがすこーしだけ変わっていることに気が付いたのだ。Little POPSのときとあんきらでCDを出したときのやる気、つまりは自分で言い出したかどうかだが、杏のモチベーションに関わることなので、一応頭の中にいれておこう、と思った。

 

 あと、どうでもいいが杏のフェス後のインタビューは酷かった・・・。

 

 だからといって杏がLittle POPSのときにサボったかというとそうではない。むしろ楽しんでやっていたと思う。杏はなんやかんやで年下の子たちには優しいし、頼まれれば断れない質なのだろう。Littele POPSのときもだが、杏がサボらない理由は信頼感だ。杏の中で『こいつならだらけてもいいか』という線引きがされていて、杏が本当にすべてを任せてだらける人間なんて本当に一握りだろう。――――私もその中にいると信じたいが。

 

 だからこそ最近の杏はとても働き者だった。いや、まだ全国ツアー公演が残っているので、サボってもらっても困るのだが、本当に、先ほどの男子たちが言っていたように受験期の中、よく働いてくれたので、金曜、土曜二日オフ、といっても土曜の午後は仕事だが、オフを入れてやったのだ。偶のオフくらい自由にさせてやろうとしていた。

 

 さて、話を戻して車の中。私は炎天下の中、スーツを着て歩いているサラリーマンの方々に同情の念を送りつつ、外を見る。すでに約束の時間を過ぎたのに来ないのは予想通りなので別にいいのだが、杏は大丈夫だろうか。背が低い子供は、アスファルトで反射する熱を大人より受けるので、少し心配なのだ。杏の身長だとすぐに茹りそうだ。そんなことを考えていると、杏からメールが送られてくる。どうやら暑いから迎えに来てほしいそうだ。仕方ない、行くか。そのために車にはエンジンをかけっぱなしだったんだしな。

 

 

 

 杏の通っている高校は、共学の制服校だ。その話を杏から聞いたとき私はホッとした。何故なら、あの杏のことだ。ダルダルのTシャツで登校をしてきそうだからだ。恐ろしや。

 

 杏の学校に近づくにつれて制服を着た学生がちらほら歩道を歩いているのが目に入った。こんなときでも仕事を感じられるのがこの仕事のいいところだろう。制服姿の女子高生を見てもアイドルとしてだったらどうなるか、としか考えられなくなってきていた。軽いワーカホリックだ。おかげで欲情などはしなくなったが。

 

 杏の高校にたどり着くと、駐車場に車を停める。私は駐車場から見える範囲の校庭を先ほどと同じようにボーっと見ている。照り付ける太陽の中、黒く焼けた四肢を振り回し走る者や、黒くなった顔から大声をあげる者もいる。私もあのような時代があったものだ。しかし見ていて思うがやはり褐色の肌というものは素晴らしい。どことなくエロさが出るのは何故なのだろうか。もちろん男女問わずだが。

 

 10分ほど眺めて、私は炎天下の中で外を歩きたくないので杏にこっちにくるように連絡する。今回のコールは久々に長く、7コールくらいでつながる。

 

「おい、杏何してるんだ。はやくしろ」

 

 私の声に電話の奥の声が戸惑う。あれ、これ杏じゃないな。

 

『え、えっと。私、杏の・・・じゃなくて双葉さんの友達なんですけど・・・」

 

「あぁ、申し訳ありません。双葉のお友達の方でしたか。すいませんが、双葉杏はどこに行ったかわかるでしょうか?」

 

 私の疑問の言葉に電話の向こうの女の子の声が少し遠ざかる。これは杏に何かあったのか?ただ、申し訳ないが杏のスマホはよく周りの音を拾うので会話が聞こえるんだなこれが。

 

(どうしよう、杏が呼び出されたこととか言った方がいいのかな?)

 

(やばいんじゃない?電話の相手、プロデューサーって書いてあったよね?杏、解雇とかあるのかな)

 

(とりあえず誤魔化しておこ!)

 

 なんか申し訳なくなってくるな。だが気になることを聞いた。

 

『杏は、今、そのぉー・・・』

 

「あぁ、聞こえてたんでいいですよ。どこに呼び出されていたかだけ教えてもらえますか?」

 

 電話の奥から、やばいやばい、とかいう声が聞こえてくる。まぁ、あちらも堪忍したようで、杏は校舎裏に呼び出されたと教えてくれた。今時珍しいな。・・・というかこれ私が悪いことしたみたいになってるな?

 

 はじめに言っておこう。私はかなり空気の読めない失礼な人間だし、性格が捻じ曲がった人間だ。そのことを留意してもらいたい。だからこそ今、こうやって杏が告白されているらしい現場へ向かうのだが。聞いた話によると、この学校の校舎裏は、あまり人が通らず、告白とか、その他諸々の良いスポットらしい。

 

 スーツで炎天下を歩く地獄があるとしたら、それは地獄も現代風にリニューアルしたということだろう。私は今、その地獄を味わっている。なんてことだ、現世は地獄だったのか。いつ間に地獄と現世が繋がったんだ、終末か。週末のラッパか。いや、宗派が違うが。これを毎日味わっているサラリーマンはおそらく地獄の獄卒にも勝てるだろう。毎年、私もこれからの季節にこれをよく味わうのだが。

 

 ようやくたどり着き、物陰から覗くと。丁度杏に告白をしていたタイミングだった。しかし中々の美形だ。あれで杏を好きなのだから、相当好者なのだろう。残念なイケメンというやつか。さて、杏の返事や如何に。

 

「うーん、ごめん。杏は好きじゃないや。ほんとごめんね?」

 

 そういうと杏は逃げようと後ろを向く。その背中に男子は声をかける。なんでか理由を聞いてきた。すごいなあの子、もしかして罰ゲームか?それにしては顔が必死すぎるな。仕方ない、杏も面倒くさそうな顔を一瞬だけみせたし、入ってやるか。

 

 私は物陰から顔を出す。杏を偶然見つけたかのように振る舞い、声をかける。

 

「お、杏。ここにいたのか。探したぞ。これから仕事だ」

 

 私の「仕事」というワードで感づいたのか。後ろを振り向き、男子に謝る。

 

「いやー、ごめんごめん。仕事だったのを忘れてたよ。それじゃ、また来週ね」

 

 杏は手を振り、男子を一人その場に残す。私たちはその場を後にする。

 

 

 

 杏は荷物を取りに行き、戻ってきて車に乗り込む。今日は実は杏の高校は午前授業だったので今はまだ13時ほどだ。それでも約束の時間から30分ほどが経っている。なんて日だ。私は車を走らせて事務所に向かう。理由は私の荷物を取りに行くのと、社用車であるこの車を置きに行くのだ。途中でパンを食べ終わった杏が声をかける。

 

「いやー、プロデューサーナイス!!あの男子には悪いんだけど面倒だったからさ」

 

「まぁ、俺も面白いものが見れたからな。あの子がなんて言ってたかは・・・聞かないでおいてあげるか」

 

「うんうん、そうしてあげてよ。いやー、同級生に告白されたのなんて初めてだけど、面倒だね」

 

「そうだなぁ、あの子も物好きなもんだなぁ」

 

 笑いながら、杏は私から顔を背けて窓の外を見る。見えはしないが、杏の顔はガラスにうっすら映り、これからの学校生活のことを考えて不安になっていることだろう。まぁしょうがないだろう。一応あれほど美形を、特に嫌われやすいアイドルが振った、となれば陰口を言われてもおかしくはない。もしかしたら何か問題が起きるかもしれない。けど、私は、個人的に、ファンの一人として、そんな杏を見たくはないのだ。

 

「杏、後のことよりこれからどこに連れて行ってくれるかは考えているのか?」

 

 杏はハッと顔をこちらに向けて、笑みを漏らす。やはり杏はこうではなくてはな。

 

「ふふん、期待しててよ。絶対楽しいからさ!」

 

 私は、楽しそうにしゃべる杏を横目に、今日の忙しさを思うと、ため息をついた。


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