少し長くなってしまいました。今月は祝日がないので話を書く時間と考える時間がなかなかとれなくて大変なんです、すいません・・・。
お気に入り登録が気づいたら100を超えていました。見てくださっている方がいるのは本当に励みになります。これからもよろしくお願い致します。
6/14 10:00 少し内容を変更しました。楓さんの誕生日ということに今更気づきました。誕生日には間に合ってるので、既にこの話を見てくださった方は許してください。
『今年もこの時期がやってきました!!』
唾を飲み込む音が聞こえる。
テレビ局のある一室。杏のために与えられた一室であり、私と杏の二人部屋となっていた。その部屋には微かな音も目立ってしまうほどの緊張が流れ、目の前にあるラジオから流れる音以外は、扉の向こうの廊下の方からたまに聞こえる足音くらいなものだった。それほどまでに静かでいて、緊張感の漂う状態は、例えるならば音楽会でのソロパートだろうか。
私はラジオに向かい手を組み、祈るようなポーズをとっていた。熱心なクリスチャンでも、怪しい宗教でもない。いや、ある意味では神に祈ってはいたが。
一方の杏はというと手を膝の上に乗せて体を前に乗り出していた。その拳は強く強く握られており、杏の少し伸びた爪が手のひらに食い込んでしまっていた。緊張している杏をなだめるように背中に手を置き、その小さな背中をさすってやると、落ち着いたようで、姿勢を通常に戻した。
『ここで速報です!!』
ラジオの中の声が荒げられる。私と杏はその声を聞くと、食い入るようにラジオに近づいた。かなり小さめのラジオなので杏と私の顔の距離が近くなるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
『今年のシンデレラガールは・・・高垣楓さんです!!』
あれから、今年のシンデレラガールが公表されてからおよそ一か月が経った。私は相も変わらず事務作業に追われていた。しかし今はその地獄のような事務作業から少し開放されて、休憩所で目を休めていた。生憎、今日は目薬を忘れてしまったので目を瞑って休ませる。しかし、今でも目を瞑ると思い出してしまう。
杏の順位は流れなかった。20位よりしたの順位は公表されないのだ。つまり、杏は20位圏外だったということだ。あの後、杏は泣いてしまっていた。いや、杏は私に頑なに涙を見せようとはしないので泣いてしまっていたかどうかは私の想像の域を出ないが、少なくとも悔しかったのは確かだろう。何故なら、あのラジオでの発表のあとに私が声をかけたとき、返ってきた声は震えていたからだ。
「どうしました?今日は朝食を抜いて、チョーショックですか?」
突如、後ろから声を掛けられ慌てて目を開けて振り向く。・・・なんてことには今回はならない。何故ならこの声の主は私が呼んでいた人だからだ。なので、ゆっくりと目を開けて振り向くと、深い緑のボブカットに、特徴的なオッドアイ、そしてニコニコとした笑顔を浮かべた今年の顔。
いや、今年のシンデレラ、高垣楓さんが立っていた。
「どうぞ、おかけください」
私は立ち上がり、高垣さんを私の席の正面の席を手で座るように促す。高垣さんは、一言礼を言い、一礼して座る。高垣さんと私は、実はそれほど会ったことがないのだが、飲みの席や、宴会の席で何度かお会いしたことがあるくらいだ。
初めて会ったときの印象では、モデル出身とは聞いていたのでとても綺麗な人だな。という印象だった。普段は可愛い系である杏をよく見ていて、しかも杏は食っては寝て、食っては寝てなのでスレンダーではあるが大人の魅力とは程遠い。だから高垣さんのような美人の大人にお酌をしてもうというのは新鮮だった。これで人と話すのが苦手だったというのだから恐ろしい。
「それで、何の御用ですか・・・?」
高垣さんが私に疑問を投げかけてくる。
「はい、実は高垣さんに聞きたいことがあって」
今日は高垣さんはオフだった。シンデレラガールはラジオに雑誌にテレビ等々、仕事に引っ張りだこなので、本来なら私と話す時間なんて惜しいほど忙しく、今日は久々のオフのはずだが、今日はわざわざ私のために予定を空けてくれた・・・わけではなく、今日は彼女のプロデューサーとふたりで飲むそうだ。まぁ、ふたりで飲むのなんて久々らしいので、上は黙認、私たちもマスコミに感づかれなさそで、雰囲気の良い店を探すのを手伝ったのだ。
今日は高垣さんの誕生日だった。彼女の機嫌が良いのも、二人飲みが楽しみだからなのだろう。楽しんでほしいものだ。
「はい、私に答えられることであれば、是非頼ってください」
この人はこういう人なのだろう。あの飲み会のあと高垣さんが口から、ポロッと駄洒落が飛び出したときは心底驚かされた。ああいうのをギャップというのだろうか。これも人気の秘密なのだと思うと、羨ましくもあるが。
「・・・杏になんて声をかければいいか、わからないんです」
「・・・それは、どういうことなのでしょうか?私の記憶が正しければ、あなたは杏ちゃんとは仲がよろしかったような気がするのですが。喧嘩でもしましたか?」
「えぇ、まぁそんなところです」
嘘をつくのが下手と言われる私だが、ここは嘘をつかねばならない。何故なら杏と話せなくなった理由は高垣さんにあるからだ。いや、そう言うのは責任転嫁かもしれないが、原因は高垣さんにあるのだ。高垣さんがシンデレラガールになったあの日から杏は無気力になってしまった。まるでアイドルになりたてのころの杏のようになり、レッスンはよくサボり、仕事には遅れてくる。挙句の果てには事務所に来ないことまである。
もちろん、大事な仕事などもある。しかしそんなことはお構いなしにサボるのでこっちは始末書の山が出来上がってしまっていた。そんなことよりもなによりも私と会話をしてくれなくなったのが一番恐ろしいのだ。今まで会話をしないくらいにまでケンカしたことはあったが、仕事まで休むとは相当だ。
しかし、そんな私を見透かしたように、高垣さんは優しく微笑んで言った。
「ふふ、気を使ってくださってるんですか?お優しいんですね」
私はハッとした。やはり私に嘘は向かないらしい。
「大丈夫です。私は、私のプロデューサーとシンデレラガールに選ばれた日に約束しましたから。『たとえほかのアイドルたちに恨まれようとも・・・。シンデレラとして毅然とする』って」
「・・・お強いですね、流石です」
「ふふ、ありがとうございます。でも私一人ではここまで来れなかったんです。シンデレラには王子様か魔法使いさんが必要でしょう?」
私は本当に驚かされてばかりだ。高垣さんがこれほどまでに強い人だとは思いもしなかった。だからこそ少し反抗してみたい気持ちが沸いてきた。
「シンデレラには王子様か魔法使いが必要・・・ですか。あなたのプロデューサーはどちらなんですかね?」
私の問いは最低なものだ。本来ならばプロデューサーとアイドルの恋愛はご法度、あったとしても答えられるはずがないので、これは質問した側が相手の反応を楽しむだけの質問だ。しかし、高垣さんは微笑みを崩さなかった。
「そうですね・・・。魔法使いが王子様だった。なんて、素敵じゃないですか?」
「・・・はぁ、完敗です。無礼な質問をお許しください、シンデレラ」
「はい、許してあげます」
高垣さんはとても楽しそうだ。対して私はとても疲れた顔をしているのだろう。まぁ主にここ一か月の杏への心労のせいなのだが。
『楓さーん』
どこかから高垣さんを呼ぶ声がする。この声はおそらく高垣さんのプロデューサーだろう。そろそろ時間のようだ。
「申し訳ありません、私のために」
「いえいえ、実は杏ちゃんには以前、お世話になっていまして。何かしらの形でお返ししたかったんです」
「そうだったんですか?そう言っていただけると助かります」
杏は私の知らないところで相談に乗っていることが多い。私の前ではだらしのない人間だが、私以外の人間には頼りがいのある人間という評価のようだ。理解不能。
高垣さんはバックを肩にかけて、扉を開けて出ようとしてピタと止まり、振り向いて言った。
「それでは、今日は機嫌が良いので、私からアドバイスをひとつ」
これ以上に何かあるのだろうか。確かに仲直りする方法はまだ見つかってはいないが、十分すぎるほどアドバイスはもらったような気がするが・・・。
というか、機嫌が良いのを自分で気づいていたのか・・・。
「簡単です。変わるべきはあなたですよ」
「・・・へ?」
「それでは、私は飲みに行きますので」
それだけ言うと高垣さんは手を振りながら去っていった。
どういうことなのだろうか。変わるべきは私だというのは。もしかして私のプロデュース方針が間違っているということだろうか。しかしプロデュース方針を高垣さんが知っているとは思えないのでまた別なことだろう。
私は休憩室を出て、コーヒーを煎れて飲んだ。苦みが体に染みわたり思考が冴えてくる。
もう一度考えてみよう。何故私が変わらなければならないのか。いや、変わらなければならないのは確かだろう。このままだと杏は次のシンデレラにはなれないからだ。では杏は変わらなくていいのだろうか。
今の杏はアイドルとして終わっている。レッスンにも来ずに仕事もサボる。これでは仕事がなくなってしまう。私はスマホを取り出すと杏に連絡を取ろうとする。
待てよ?
今私は何を考えていた・・・?
『シンデレラになれない?』 『アイドルとして終わっている?』
私はすぐに杏に電話をする。何故なら気づいてしまったからだ。自分の愚かさを、杏の精一杯の抵抗を無視してしまっていたことに。杏は気づいていたのだろう。私が変わってしまったことを。
杏のプロデューサーとして私がすることは杏をトップアイドルにすることだ。しかし、それはシンデレラガールにすることとイコールではない。
トップアイドルにも色々あることを私は忘れてしまっていた。目先の大きな出来事に囚われて杏をアイドルとして輝かせることを忘れてしまっていた。杏の好きなことをさせて、楽しいアイドルになれると思ってスカウトしてきたのだ。思えばここ総選挙前から最近にかけての杏への仕事はメディア露出が多いものだった。杏はメディア露出があまり好きではない。それなのに私は人気取りのために杏のやりたくないことを押し付けてしまっていた。
『・・・はい、もしもし?』
杏に通話がつながる。私は何を言えばいいのだろうか。唇が乾燥する。のどが干上がる。口は空気を求める魚のようにパクパクと開き、先ほどまで冴えていた思考はぐちゃぐちゃになる。
『・・・もしもし?切るよ?』
そのとき、私はある文字が目に入った。私のデスクの端っこの方に貼ってあるメモだ。いつ書いたのかも思い出せないが、間違いなく私の字だった。それを読んだとき言いたい言葉が決定した。
「待て、言いたいことがある」
『・・・うん』
「・・・明日から三日間、完全オフにしてやろう」
『・・・へ?ちょっと!プロデューサー!?』
私は杏の疑問の声を無視して手元の手帳を開く、明日から三日間の予定のところにすべてバツ印をつけると通話を終了させる。
デスクの端っこのメモを手に取る。私はそこに書かれている文字を小さく口にする。誰にも聞こえないように、小さく、小さく。
『杏を幸せにする』と。