怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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デレマスで新しい小説書くかもしれません。


怠惰な飴の心配

 私は今仕事が出来る喜びを噛み締めていた。このような言い方をすると誤解が生まれるかもしれないが、決して仕事をしたくてたまらないわけでない。むしろ出来ることならば仕事をせずに宝くじでも当たってしまえば楽なのにと普段から思っているし、今パソコンに向かって噛り付くように作業をしているこの状況をどうにか抜け出したいとは思っている。

 しかし、今私が作成しているこの企画は上手くいってしまえば、うちの担当アイドル、双葉杏の人気をさらに上げて、尚且つ知名度も上げること間違いなしだろう。いや、これは成功させなければならない、一人のプロデューサーチャンスを逃せば、そいつはプロデューサー失格と言えるほどの大チャンスだからだ。

 

「おはよー」

 

「おはようございます、杏ちゃん」

 

 どうやら杏が来たようだ。杏の出勤にコーヒーを片手に給湯室から戻ってきた、ちひろさんが挨拶をする。しかし私は杏に対応している暇すら惜しいので少し目線をそちらにやった後、すぐ、にパソコンに目線を戻す。

 

「ちひろさん、プロデューサーは?」

 

「あれ?そこにいませんでした?」

 

 杏の問いにちひろさんが立って答える。ちひろさんはデスクでパソコンとにらめっこしている私を指差した。私は短く「おう」と挨拶すると杏は不満そうに近づいてきた。

 

「プロデューサーいたんだ、返事がないからいなのかと思ったよ」

 

 どうやら杏は自分の挨拶に私の返事がなかったのでいないものだと思ったらしい。挨拶がなかった程度で、と思ったが、そういえば毎日杏が顔を見せに来る時でも、私がいるときは杏に対して挨拶を返していたかもしれない。そう思ったが今はこの企画を練るのが優先なので、パソコンから顔を離さずに杏に対応する。

 

「悪いな、今は忙しいんだ」

 

 杏は、ふーん、と半分納得、半分不満、みたいな声を出して私のパソコンを覗こうとする。私たちプロデューサーの仕事は多岐に渡り、アイドルに見せてから行うこと業務もあるが、企画段階のものは見せてはいけないというものがあった。それはその企画を見て上がったモチベーションが企画の廃案により下がるのを防ぐためであり、今回の企画は成功させるために私の全力を注ぐが、失敗もありえるのであまり見せたくないのだ。

 だから私は画面を見ようとした杏を手で止めた。

 

「だめだ、これは見せられない」

 

 杏は察しが良いのですぐに自分がやる仕事というに感づいたようだ。

 

「はっ、それはまさか杏の仕事!?」

 

「当たり前だろ」

 

 隣から、いやだー、とか、働きたくなーい、とかが聞こえてくるが私は無視を決行した。

 

 

 

 結果から言うとこの企画は大成功を収めた。まず、企画はラジオ局に持ち込んだので反響はデカいと見込んでいたが、まさにその通りになった。ネットでの評価も上々、さらに私の渾身の企画はラジオ局のプロデューサーに相当受けたようで、さらに放送枠を増やして、他のアイドルを含めたラジオになりそうだった。

 

「なかなか、反響が良かったぞ、杏」

 

「喋り通すのってやっぱ疲れるんだけど・・・」

 

 杏としてはとても疲れる仕事のようだ。ラジオでの仕事をやるのは杏のキャラを押すのが目的なのと、双葉杏という強烈なキャラを印象付けさせるのが目的なのであまり力を入れるつもりはない。むしろここからが問題だった、テレビ局に売り込みに行き、今度は双葉杏のビジュアルの良さ、さらに杏のシングル曲をと杏のキャラをイメージ付けさせ、記憶に残すのが目的だ。

 

「はぁー、今日は焼肉ー、奢ってよねー」

 

「悪い、今から帰って企画をまた練り直さなきゃならないんだよ」

 

 私は杏との食事を断った。そういえば杏との仕事終わりの食事会、というか私の奢りをなのだが。断ったのはこれが初だったかもしれない。そう思ったが、その考えをすぐに頭の片隅に追いやり次の企画を固めることにする。

 

「ほら、杏。送ってくから行くぞ」

 

「・・・ふん!」

 

 いてぇ、杏のやつ脛を蹴りやがった。何を怒ってるかはわからないがおそらく仕事をこれ以上増やされるのが嫌なのだろう。私も仕事をしたくないと思っているしお互い様なのだ。だけど杏よ、ここを乗り切れば夢の印税生活をエンジョイするまでの近道と思って、諦めて仕事をしてくれ。

 

 私たちは帰りの車の中、一言も話さなかった。

 

 

 

 それから一週間ほど経ったある夜、私は最後まで事務所に残るためにちひろさんと話をしていた。なんとかテレビ局に持ち込む企画が形になりそうなのでここで勢いを止めたくなかったのだ。事務所の鍵の管理をしているのはちひろさんなのでちひろさんに許可を貰う必要があった。

 と、言っても鍵自体はすぐに貸してもらえたので今は給湯室で今の企画の進捗などを話している程度だが。

 

「・・・ってわけで、結構うまくいきそうなんですよ」

 

「最近頑張っていましたからね。努力が形になってよかったじゃないですか」

 

 ちひろさんが微笑む。この人は金にがめついところがなければアイドルとして活躍できると思うのだが。癒される笑顔もあるし。ただ、プロデュースしたいとは思わないが。

 

「でもプロデューサーさん、大丈夫ですか?」

 

「へ?何がですか?」

 

「・・・気づいてないんですか?それとも恍けてるんですか?」

 

 なんの話だろうか。もしかして失礼なkとを考えていたのが伝わったのだろうか。そう思ったがどうやら違うようだ、ちひろさんは自分の目の下のあたりを指差して言った。

 

「隈ですよ、隈。ひどいことになってますよ」

 

「え、本当ですか?」

 

 最近朝も忙しくて確認してなかったからわからなかったが、どうやらひどいことになっているようだ。ちひろさんが給湯室にある鏡をとって見せてくれた。これは・・・確かにすごいことになっている。

 

「うちはブラックではないんですから、残業代は出ますけど・・・。過労死だけはやめてくださいね?」

 

「・・・ウッス」

 

 ちひろさんの笑顔がすごい怖かった。

 

 

 

 ちひろさんが帰ってから数十分経った。事務所には私がキーボードを打つ音のみが響いていて、他にはなにも音を出すものがなかった。その証拠に、キーボードを打つ手を止めると無音になるからだ。そのときは意味もなく「あー」と声を出し、まだ起きていられることを確認する。

 

 そういえばこの一週間、杏とそこまで会話をしていないことに気が付いた。挨拶に始まり、明日も仕事に来いよ、というまでの流れがここ一週間で途切れてしまったような気がした。杏は今何をしているのだろうか。もしかしたら私にあきれてしまっているかもしれない。仕事が増えて怒りを覚えているかもしれない。

 

 ・・・やめよう、女々しい考えだ。

 

 少しのどが渇いたのでコーヒーを煎れに立ち上がる。給湯室の壁に寄りかかりコーヒーに何も入れずに啜ると、思考や意識がクリアになっていく感覚になった。一気にコーヒーを飲みほしてデスクに戻ろうとする。

 

 一歩目を踏み出したときに踏み出した方の足から崩れ落ちた。急に力が抜けたのでそのまま前のめりに転がってしまう。床に倒れこみ、意識がクリアになったことで鈍くなっていた感覚も戻ってきて疲れも認識してしまったんだなぁ、とどこか冷静に分析している自分がいる中、この状況を見つかったらやばい、と焦る自分もいた。力をいれて立とうとするが力は入らない。そのうちどんどん力が抜けていき意識を手放してしまった。

 

「プロデューサー!大丈夫!?」

 

 急に大きな声が頭の中に響き手放しかけた意識を再び掴んだ。抜けていた力も戻った。ゆっくりと立ち上がり声の主を確認するとそこには杏がいた。杏が少しオシャレな服装をしているところを見るとおそらく今まで遊んでいたのだろう。その杏が血相変えて近づいてきた。

 

「プロデューサー、指は何本に見える?」

 

「二本、その間からは杏が見えるよ」

 

「よし、冗談は言えるくらいにはなってるね」

 

 どうやら心配をかけさせてしまったようだ。それにしても杏は何故ここにいるのだろうか。確か記憶違いでなければ今日はオフにしてやったはずだが。そのことを杏に聞くと。

 

「さっきまで近くできらりと遊んでたんだけど、ちひろさんからメールが来てさ、『心配なので様子を見てあげて』だって。来て正解だったね」

 

 どうやらちひろさんには私が限界に近かったのがバレていたようだ。なんでそこを見極められたのかは怖くて聞けもしないが、これは次の呑みはおごり確定だろう。

 杏は私の意識がはっきりしているのを確認すると緊張の糸が切れたようにその場にへたり込んだ。そして安堵の表情を浮かべて呟いた。

 

「よかったぁ・・・」

 

 どうやら杏も心配してくれていたようだ。私は杏と目線を出来るだけ合わせようとしゃがんで言った。

 

「・・・すまん、杏にも心配かけたな」

 

 すると杏は急に目つきを変えて私に胸のあたりに頭突きをかましてきた。そのまま二人とも倒れこみ、また私は床に頭を打ったら意識を再度手放しそうだったので右手を頭の後ろに添えて倒れる。杏は私の胸に顔をうずめたまま嗚咽を漏らした。

 

「よが、った。ほんどによかったよぁ・・・。ずっと心配してたもん。こうなるんじゃないかって・・・」

 

 どうやら私は大馬鹿野郎のようだ。杏に心配をかけたのはこの時間だけだと思っていたが、どうやらずっと心配させていたようだ。

 私は左手で杏の頭を撫でながら謝り続けた。

 

「ごめん、ごめんな」

 

 

 

 結局あのあと、私は作業を途中で止めて杏を家まで送り届けた。しかしちひろさんに倒れたことはバレてしまっていたので、今後私のみで事務所に残ることは禁止された。

 そしれ、あの企画はしばらく間を開けてからやることにした。そしてそのあと気づいたが杏はまさか仕事を減らすために私の介抱をしたのかな?とも思ったがそこは考えないことにした。いや、考える意味もなかったのだ。あのときの杏はマジ泣きだったからだ。

 

「ほら、こっちも焼けたぞ」

 

「うーん、美味い!!」

 

 そして今は杏との約束であった焼肉を食べに行っている。結構お高い焼き肉屋だったが、あのときの杏の涙と、今の杏の笑顔を見れたとすればおつりがくるほどだろう。そう思った方が仕事を楽しめるからだ。

 


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