ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
橋の上の邂逅。ほんのわずかに見覚えの在る少女は、こうして会うのは二度目だ、と言った。
その無邪気さに、背筋が寒くなる。彼女はあまりに背後の異形と不釣合いで、まるで悪い夢だ。いや、本当はそんな生易しいもんじゃない。バケモノ。視線さえ合わないのに、そこにあるだけで身動きがとれない――――。
「――――驚いた。単純な能力だけならセイバー以上じゃない、アレ」
睨む遠坂凛にも、衛宮士郎同様の絶望。しかして、そこには確かな気迫が感じられた。
「アレは力押しでなんとかなる相手じゃない。アーチャーは――って、え!?」
呟く声に対する指示に、しかしアーチャーは聞かなかった。
突如姿を現したかと思えば、薙刀のような――――いや、違う。あれは、弓だ。黒い、しかしどこかボロボロの弓を手に、わずかばかり離れながら、矢を番える。アーチャー、というからには持っていてもおかしくないだろうが、しかし見ていて違和感があった。
一目見て、その矢のいびつさに気付く。赤い持ち手のその剣は、しかしその用途からして投擲武器であるらしい。放った後の軌道に寸分の乱れも無いことから、それが窺える。
「っ――――――!」
「うそ、効いてない――――!?」
だが、その程度の狙撃はいかに正確であろうと用を成さない。バーサーカーの肌を貫通する事は無い。
狙いが時折、マスターたるイリヤにそれるも、それを庇うバーサーカー。無意味であろうに、しかし弓矢での狙撃を繰り返し続ける。
しかし、徐々に橋から離れる動きを見て、遠坂凛はその思惑に気付いた。バーサーカーの視線が、徐々にアーチャーに合わさる。
「……なるほど、確かにこう狭い橋の上じゃ、セイバーも戦い辛いでしょうね」
しかし、これに対して少女は怒りを抱いた様子はない。どこか愛しげに自分を守る巨腕をなでて、くすりと笑った。
「しつけがなっていないのね、リン。
……はじめまして。イリヤよ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「アインツベルン――――」
「――――――じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」
息を呑む遠坂の反応に満足してから、少女、イリヤは歌うように、背後の異形に命令した。
巨体が飛ぶ。
狂戦士と呼ばれていたモノが、アーチャー目掛けて飛びかかる――――彼女のマスター目掛けて優先的に攻撃していたせいだろうか。
「……なるほど、そういうことね。
衛宮くん、逃げるか戦うかは貴方の自由よ。でも出来るんなら、このまま逃げなさい」
「えっ――――」
「今、アーチャーはバーサーカーを橋から釣り出している」
叫ぶ巨体は止まらない。遠坂のサーヴァント目掛けて追走する。アーチャーは嗤うように、とんとんと躱し、離れながら狙撃しているが、無駄だ。あんなもの、長時間持つはずはない。
「曰く『下方が川であるような場所での戦闘は、白兵戦には不向きだ』とか言ってるけど、なるほどって感じよね。……アイツ、足場を壊されて私たちが一網打尽になるかもしれないの気にしてるのよ。
まぁ、あれ相手にどうこうできる気もしないけど。ともかく、被害は押さえるわ。貴方たちが逃げても、それくらいは何とかするから」
言いながら、遠坂は宝石をいくつか握り、足を強化。俺の静止を聞かず、バーサーカーたちを追う。
気付けば、イリヤの姿もない。
「――――マスター、指示を」
「――――――」
俺が行ってどうなる物ではないと判ってる。
それでも――――。
「ああもう、そんなの決まってるじゃないか……っ!!
追うぞ、セイバー!」
それでも、バーサーカーを相手にしたら、遠坂たちは殺される。それが判っているから、震える背中を抑え付けて、俺も彼女の後を追う。
「シロウ、先に行きます」
頼む、と言うこちらに、セイバーは首肯して併走を止めた。やっぱり、彼女は風か光だ。一陣の嵐となって、遠坂の横すら過ぎ去る。
だが、追いかけた先の光景は酷いものだった。
「ぐっ……!?」
アーチャーの武器は、いつのまにかあの両刃薙刀モドキに変わっていた。バカか、なんでバーサーカー相手に近接戦なんかを。
いや、違う。例えばセイバーがバーサーカーを相手取っているのなら、また事情は変わるだろう。でもアイツ一人で引きつけるとなると、どうしても、一度追いつかれた距離を離すことが出来ないんだ。だってそうすれば、遠坂一人が的になってしまうから――――。
「セイバー!」
多く言葉を交わさずとも、セイバーは俺の意思を酌んでくれた。不可視の剣を構え、アーチャーの援護に回る。
が、既に遅い。
払われ、転がったアーチャーに対し、巨人は止まらない。振るわれる大剣を、ボロボロのナギナタで受け止め――――。
「う、そ」
遠坂の、呆然とした声が聞こえる。
そんな彼女の言葉にも、何の意味もない。バーサーカーの追撃を受け止めたアーチャーは、そのままボールのように弾き飛ばされ――――川に投げ出され、姿が見えなくなった。
「うそ、そんな……!
アーチャー! ――――――――っ、サーヴァントが気絶するほどの一撃ですって!? どんな腕力してんのよ!」
「――――――――――!」
ぎろり、と向ける視線を遠坂に変えるバーサーカー。
手に宝石を構え、何か呪文を唱える遠坂。だが駄目だ、そんな程度じゃバーサーカーには傷一つつけられない。
あれはそういう英霊だ。技術や技能がどれほど優れていても、武器の質が劣るならその防御には届かない――――何故かそう悟り、俺は遠坂に叫んだ。
空気が震える。
岩塊そのものと言えるバーサーカーの大剣を、しかし遠坂が受ける事はなかった。
「っ――――」
「ちょ、え、衛宮くん!?」
敵の一撃に、口元を歪めるセイバー。そこへ旋風じみたバーサーカーの大剣が一閃する――――!
轟音。
大気を裂きかねない鋼と鋼のぶつかり合いは、それさえ、セイバーの大敗で終わった。
やはりというべきか、受け止めたものの、セイバーはそれごと押し戻される。
標的が遠坂をそれたのはまだしも、だ。姿勢が崩れたセイバーに、追撃する鉛色のサーヴァント。灰色の異形は、それしか知らぬとばかりに武器を叩き付ける。
避ける間もなく剣で受けるセイバー。……武器が見えようと見えまいと関係ない。全身全霊で受け止めなければ、そこには死しかない。故に優れた剣士といえど、セイバーは受けに回らざるを得ない。
ひたすらに耐えるのは、相手の隙を窺っているからだろう。
だが、その狂戦士にそんなものがあればの話。
黒い岩盤は、それこそ嵐のようだ。あれほどの異形をもってして、その全てがことごとくセイバーを上回る。技術があろうと何だろうと関係ない。圧倒的な力そのもので、技の介入すら許容しない。技巧とは欠点を補うために見出すもの。そんな弱点――――あの巨獣には存在しなかった。
「――――逃げろ」
嗚呼、バカだ。彼女を差し向けておいて、俺は今更そんなことを呟く。
あれには勝てない。このままでは、あの少女が殺される。
だから逃げてくれ、と言うに。
体はともかく、頭だけは麻痺していないらしく。繰り返される死の嵐に後退する彼女は、今度こそ、防ぎきれぬ、終わりの一撃が――――。
セイバーの体が浮く。致命傷を避けるために自ら受けたにも関わらず、もはや力を押し殺す余裕さえなく。
肩を押さえながら着地するも、すでに肩には赤い血が。
「――――――あれ、は」
俺は大事な事を失念していた。いかに優れていようと、セイバーは連続三戦目だ。加えてランサーに穿たれた傷がまだ――――――。
腕を庇うセイバーに、バーサーカーは暴風のように斬りかかり――――。
「――――!」
遠坂の呪文と共に、バーサーカーの背中が弾ける。迸る魔力量から、直撃したそれは散弾銃に近いそれだろう。
だっていうのに、それさえ無意味。セイバーのように魔力を無効化してるんじゃない。アーチャーと同じで、純粋に効いてないのだ。
「なんてデタラメな体してんのよ、こいつ!」
「……っ」
それでも苦しげに戦おうとするセイバー。
それを見て、体を縛っていたものが経ち切れた。逃げろ、と叫ぶも。しかし彼女はそれを聞いて、一瞬俺の方を見て――――退かず、敵うはずのない敵へと立ち向かった。
終わりのない嵐。
彼女の体は沈み。
勝ち目のない戦いを続ける姿に何を感じたのか、異形は吼え――――――。
防ぎようがないほどの一撃。完全に防ぎに入ったセイバーさえも、なぎ払った一撃は今度こそ完全に吹き飛ばしていた。
鮮血が散っていく。もはや防ぎようも無いそんな体で。
「っ、あ……」
彼女は意識のないまま立ち上がり。
「え、アーチャー?」
――――――――――
不意に、そんな声が聞こえたような気がした。
意識がないまま立ち上がる彼女。
そうしなければ残された俺が殺されると言う様に。
セイバーを切り伏せたバーサーカーは動きを止めている。俺や遠坂さえ目もくれず、いつの間にか背後に居た、命令を待つ。
「あは、勝てるわけないじゃない。わたしのバーサーカーは、ギリシャ最大の英雄なんだから」
「!? まさか、」
「そう、そこに居るのは『
あなたたち程度が使役している英雄とは格が違う、最強の怪物なんだから」
少女は愉しげに目を細める。それは、トドメをさそうとしている愉悦の顔だ。
だが――――俺はそんなことさえ、気にしている余裕がなかった。
周囲を見渡し、気付いた。先ほどの橋の上。アーチの上方。
背後、数百メートルは離れた場所。屋根の上でライフルを構える黒い兵士の姿を見た。
「――――――」
嗚呼、今更になって気付く。奴が距離を離した真の目的はコレだ。高所から、狙撃を構えることだ。さっきの「死んだフリ」だって、究極的にはこれを狙ったものだろう。イリヤの意識が及んで居ないことから、その作戦が明確な意図を持って組み立てられたものだと理解できた。
吐き気か、悪寒。ヤツが構えているのは銃だ。それこそ、最初に見たそれと違いはそこまでない。火を持って鉄を話す小型の大砲。直撃したところで狂戦士に傷一つ負わせられないだろう。
――――悪寒が止まない。その内部に込められたものは、単なる弾丸でなく、もっと別な何かであり。その殺気は、バーサーカーだけに向けられたものではない。
遠坂は困惑している。俺と彼女以外、きっと誰も気付いていない。
足が動く。
俺は――――倒れる誰かを、見捨てる事は出来ない。
衛宮士郎はそういう生き方を選んで来た。なにより――――自分を守るために戦ってくれている少女を、あんな姿にしておけない。
「いいわよ、バーサーカー。再生するみたいだから、一撃で仕留めて」
「――――――」
「こ――のぉおお…………!!」
全力で駆け出し。
あの怪物をどうにかできずはずもない。ただ、今こちらに向けられている絶対的なソレから、ただ彼女を庇うために。
「――――な、シロウ!?」
セイバーを庇うように、横薙ぎに倒れて、組み伏せ。そのまま覆いかぶさって。
バーサーカーの刃が、俺の背を割いて。
「――――――”
わずかに頭上を走る、針のように長い弾丸。
「が――――はっ」
瞬間、あらゆる音が失われた。
背後に感じる熱と、光と。
セイバーの、目を見開いたそれと。
驚く声が聞こえた。でも、聞こえただけだ。
歯を食いしばることさえ出来ない。致命傷を受けた体に、この圧は堪える。
意識が途絶える。今度ばかりは取り返しが付かないと、理解していた。
ランサーに殺された時から数えて、仏の顔も三度までだ。
俺には、遠坂のような武器はない。張れるのはこの体一つのみ。だから、庇うってなれば、こうなるしかないんだろうけど――――。
位置からしても、角度からしても、決して見えるはずはないというのに。
淡々と、アーチャーの顔はただただ、無表情だった。
※
「ふぅん、見直したわ、リン。やるじゃない、貴方のアーチャー。
いいわ、戻りなさいバーサーカー。つまらない事は初めに――――へ?」
どこからか聞こえるイリヤスフィールの声は、いきなり余裕を失った。
でも、そんなの遠坂凛だって似たようなものだ。
「……あ、あんた何考えてるのよ! わかってるの、もう助けるなんて出来ないっていうのに……!」
もう聞こえていないだろう、空ろな目。半眼に光はともっておらず、切り裂かれ、焼かれた背中はとても見ていられない。私でさえ、ために溜めた
退け、とアーチャーの声が聞こえた。さっきまで川に投げ出されてから途絶えていた声が、突然頭に響いた。
困惑するまでも無く、衛宮士郎は走り出し、セイバーを庇った。……今思えば、何かを感じたのかもしれない。弓道部でもよく見かけていたのだから、そういう「狙撃」する側の何かとか、見抜けるのかもしれないけど、そんな適当なことは後回し。
呆然としているセイバー。こっちだって似たような状態なんだから、全く。それでも駆けつけて、抱き起こすくらいの余裕はあった。
でも。
「――――あの爆発で、耐え切るって言うの?」
アーチャーの最後の狙撃。それは、小規模ながら太陽に等しかった。ただそれを受けてさえ、体を焼きながらも、徐々に、徐々に再生するその様は、もはや形容することさえ馬鹿馬鹿しい。
「……もういい。こんなの、つまんない」
ぼんやりと聞こえるイリヤスフィールの言葉は、果たして何に向けて言ったものか。
私に、次会ったら殺すとか言いながら立ち去っていく彼女。
焼ける、橋の岸。
呆然としながらも身を起こすセイバーに、私は叫んだ。
「衛宮くん、そっちに寝かせて! ……ああもう、絶対足りないけどないよりマシでしょ!」
「! え、ええ」
驚きながら、セイバーはやけにすんなり私の言う事に従った。そんなの構いはしない。なりふり構わず、ありったけの
頭のどこかで冷静に、何をしたって無駄だっていう認識はある。あるのだけれど、でもどうしてか手は彼を助けようとするのを止めない。……心の贅肉よ。きっと。でも、明らかにここまで意識してるのは、なんでだろうかと――。
「――――マスター、退け」
そして、そんなことを言いながら――――アーチャーは両手に銃を構え、私の背後に現れた。
「アーチャー……、アンタねぇ」
だが、怒ろうとした私にも、いつも通りの無表情。そしてそのまま、拳銃の先を衛宮士郎に向ける。嗚呼、それだけで彼が何をしようとしているのか、察してしまう自分の人生が呪わしい。
「ちょ、待ちなさいアンタ!」
「ぐ……、何をしている、アーチャー……!」
「知れた事。効率良く敵を
無理やり立ち上がろうとして、でも力が足りずに動けないセイバー。体の回復に魔力を回しているせいか、別な事情かは知らないけど、でも、間違いなく今の彼女に、アーチャーの弾丸を、マスターへ向けられたそれを防ぐ手立てはない。
セイバーはちらりと私を一瞥した上で、再びアーチャーの方を見る。
「あれは、嘘か」
それを見て、アーチャーは嗤った。
「
嗚呼、マスターが目の前で死ぬのは忍びないか。なら、お前が動くな。……何、俺のマスターを手にかけるよりも早く、こちらの弾丸はお前のマスターを蹴散らすさ。
――――
黒い、左手の側を構えながら呟くアーチャー。……私は知っている。あれは、ランサー相手にアーチャーが張った罠。本人の自己申告が正しければ、それだけでサーヴァントの生命を握れるだけのナニカ。
そして、それをセイバーの眉間に向け、引き金を――――。
「待てって言ってるのが、聞こえないのかアンタは――――――!」
嗚呼、やっちゃった。
思わず全力で叫び、それに強い意思が篭っていたから。その言葉に、令呪が乗った。
アーチャーは無表情のまま、静止する。
セイバーが驚いたような顔をしているが、こっちだってそんな余裕はない。
特に気にした様子もなく、アーチャーは両手を下ろす。当たり前だ、令呪で衛宮くんを殺そうとするのを縛ったとはいえ、今のセイバー相手に警戒する必要はないとばかりの様子だ。
落ち着け、私。深呼吸をしてから、アーチャーに聞く。
「念のため聞くけど、アンタ何しようとしてるの」
「駆除だ」
「……そう。でも何のために? 今、衛宮くん、ひいてはセイバーを失うっていうのは、貴方の言葉に合わせるなら効率的じゃないと思うけれど」
そう、そうだ。あのバーサーカー相手に、アーチャー一人で立ち回るのには限界があることをさっきのことで知った。知ったならば、接近戦最大戦力のセイバーをみすみす手放す必要が何処にあると言うのだろうか。
でも、アーチャーはそれを鼻で嗤った。
「最優の英霊? そんな愚図に召還され、本来の性能の一割さえも発揮できない不良品が?
……やれやれ、我がマスターも殊の外、頭の中は甘味で出来ているらしい」
落ち着け、私。怒鳴る前に聞くことがある。
「例え衛宮くんから魔力が通ってなかったとしても、正面からバーサーカーを相手に出来る戦力なんてそうは居ないわ。それをみすみす手放す必要性がないと思うけれど。
それに……、こういってはアレだけど、衛宮士郎は人間として信用できるわ」
彼は知らないことだが、少なくとも私はそう考える。やはりそれにも、セイバーは口を出さずに目を大きくした。
アーチャーは、それにも嗤う。……段々とそれに呆れが混じってきている気がしないでもない。
「言う必要があるか? 心当たりがないとは言わせないぞ。
マスターの言葉に合わせるなら、心の贅肉だ」
「――――――」
「これ以上は情が移る? 馬鹿が。とっくに手遅れだろうにそんなもの。
お前はお人よしが過ぎる。魔術師としては、という接頭語が付くが」
嗚呼、なるほどね。言わんとしていることが見えてきた。
「いざ必要がなくなったとしても、君は簡単にその男を切り捨てる事は出来ないだろうさ。嗚呼、仮に倒したとしても『殺す』までは出来ないだろう」
「……そんな訳、ないじゃない」
「いや、それが出来る人間ではないさ。三つ子の魂、いくつまでもだ。
腐っても英霊だ、と主張したのだろうか、このボブ。
……いや、サーヴァントとして考えれば確かに、筋は通ってるのかもしれない。おまけに効率的だ。コイツはつまり、現時点においての戦力より、将来的な弱点の排除を優先したということだろう。
確かに合理的だ。……もし仮にこの場で殺さなかったとしても、セイバーに爆弾を仕込んでおくのは、将来的にもプラスかもしれない。
でも、何故か私はそんな考えに、腹が立った。
「……確かに、その言葉に合理性は認めるわ。でも、私の意見に取り合わないってどういうことかしら。彼らを生かすことと殺すこと。メリットとデメリットは天秤でつりあうと思うけれど?」
震える声で一応訊いてみる。
「嗚呼、カタチの上だけはな。だが、それで気を抜けば生前、俺はあと何年かは早死にしたことだろう」
「経験則って言いたいわけね……。記憶が曖昧だ、みたいなこと言うくせに」
「言ったか? ……いや、言ったかもしれないが、どうだったか」
その様子が何より問題なんじゃない、アンタ。自分の言葉、一字一句全てを覚えておけとは言わないけど、その様子はやはり、明らかに異常だ。
普通、この流れでセイバーたちを追撃しようとはならないだろう。そんなのフェアじゃないし、何より――――。
「どうせ君は、そこまで効率的にはなれまい。人間ってのは、それが良いんだ。
「――――あ、」
コイツ、マスターなんて言いながら、欠片も私のことを主人だと認めちゃいない。
「目の前で殺されるのが忍びない、と言うのならば、弾丸だけで留めておこう。……嗚呼、いっそのこと、」
「あったまきたぁ――――――!
いいわ、そんなに反抗的なら、首輪付けてやろうじゃない!」
もう容赦なんてなしだ。こんな捻くれモノ相手にかけてやる情けなんてあるものかっ……!
「は――――な、なんでさ……!? まさか、」
「そのまさかよこの礼儀知らず!」
全く、傭兵を気取るなら傭兵らしく、クライアントの意向はきっちり反映しろっての……!
呆然としているセイバーを横目に、私は腕を振り上げ、唱え。
「ば……、待て、正気かマスター!? こんな無駄なことで、令呪を使うヤツが……!」
なんでかその慌てようは、今目の前で倒れている誰かにちょっとだけ似ている気がして。
でも、そんなこと構いやしない。
「うるさーい! いい、アンタは私のサーヴァント! ならわたしの言い分には絶対服従ってもんでしょ――――!?」
右手に刻まれた刻印の、二つ目が、うずく。
「か、考えなしか
ふん、怒鳴られたって後の祭りよ。
大体、私だってこんなに一気に令呪二つも消費することになるなんて、考えてもみなかったっていうのに。……おまけにその理由が、結果的にコイツが言わんとしている問題に直結しているし。
もう、コイツなんてボブでいいわ、ボブで。絶対今後、散々それでいじってやるんだから。
刻印が消費され、魔力が飛び散り。
「…………」
アーチャーもセイバーも、呆然と私を見ていて。
思わず羞恥とばつの悪さで、顔が赤くなった。
セイバー「リンは、その、信頼に足る人物かと思います」
アーチャー「・・・なんでさ、なんでさ」