ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
「なに? じゃあ貴方、素人?」
居間にたどり着いた俺たち。まず最初に遠坂が、部屋が半壊していることに文句を言い、あっという間に窓硝子を直した。
そのことに純粋に驚いていると、少しだけ剣呑な顔をしながら色々と聞かれ、その結果言われた言葉がこれだ。
一応、強化の魔術くらいは使えると自己申告すると、遠坂はやれやれとため息をついた。
「――――はぁ。まったくなんだってこんなヤツにセイバーが呼び出されるのよ」
「……む?」
「ま、いいわ。もう決まったことに不平をこぼしても始まらないわね。
……じゃあ話始めるけど、衛宮くん、自分がどんな立場にあるか判ってないでしょ?」
そして、遠坂は話し始めた。
聖杯戦争――――万能の願望機、聖杯をめぐる、七人の魔術師と七人の
いきなりで、全く理解が及ばない。及ばないまでも、でも既にそれを認識するだけの事実を知っている。……というより。
何十年かに一度、聖杯がこの冬木に現れる。それにより七人の魔術師が選ばれ、サーヴァントが与えられる。
人類が担保しうる、最上位の
「とにかく、マスターになった人間は自分のサーヴァントを使って、他のマスターを倒さないといけない。そのあたり理解できた?」
誰がそんな悪趣味なことを始めたのか。そんな詳細については、監督役から聞けと言われた。
ある程度、彼女が話す範囲を終えた後。視線をセイバーにふる遠坂。
「さて、衛宮くんから話を聞いた限りじゃ、貴女は不完全な状態みたいね、セイバー。魔術師見習いのマスターに呼び出されたのだから、当たり前って言えば当たり前でしょうけど」
「……貴女の言う通り、私は万全ではありません。
シロウには私を実体化させる魔力もない為、霊体に戻ることも、魔力の回復も難しいでしょう」
「……驚いた。そこまで酷かったこともだけど、正直に話してくれるなんて。どうやって弱味を聞きだそうかなって程度だったのに」
「貴女の目は欺けそうにない。なにより、こちらの手札を無理に隠すよりは、シロウにより深く、現状を理解して貰った方が良い」
「客観的な視点ってヤツね。おまけに風格充分と。……あぁもう、ますます惜しいっ! わたしがセイバーのマスターだったら、こんな戦い勝ったも同然だったのに!」
む、と思わず声を上げる。何だよそれ、俺がふさわしくないって事か?
「当然でしょへっぽこ」
心ある人間なら言いにくい事を平然と言ったぞ、今。
しかも自覚はなさそうと来てる。学校での優等生然としたイメージが、音を立てて崩れて行く。……さすが一成、確かにコイツは、鬼のように容赦がない。
「さて、話がまとまったところで行きましょっか」
「? 行くってどこへ?」
「聖杯戦争をよく知ってるヤツのところに。
衛宮くん、聖杯戦争の理由について知りたいんでしょ?」
「それは当然だけど……、けれど、何処だよ。もうこんな時間なんだし、あんまり遅いと生活習慣が乱れるだろ」
「なんか、どこかで聞いたようなことを言うわね、貴方……。
大丈夫、新都の方だし、急げば夜明け前には帰って来れるわ。それに明日は日曜なんだから、夜更かししてもいいじゃない」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
今日、既に色々あって疲れているから、少し休んで落ち着いて情報を整理したいだけなのだが……。
「なに、行かないの? 衛宮くんはそう言ってるけど、セイバーは?」
「ちょ、ちょっと待て、セイバー関係ないだろ。あんまり無理強いするなっ」
「ん? あ……、へぇ、なんだ。もうマスターとしての自覚あるんだ。
わたしがセイバーと話すのはイヤ?」
「そ、そんなことあるか!」
俺が言いたかったのは、過去の人間が現代に呼び出されたって右も左もわからないだろうに、ということで。いきなりそんな話を強行するのはどうなのかと。
だけれど、それはセイバー本人の口から否定された。人間の世の中であるならば、サーヴァントはあらゆる時代に適応できる。だからこの時代のことも知っていると。
「シロウ。私は彼女に賛成です。
貴方と契約したサーヴァントとして、今の何も知らないような状態は、看過できない」
「……わかった。行けばいいんだろ、行けば」
彼女の言葉とその視線に、衛宮士郎の身を案じる穏やかさがあったから。否定した手前、素直に言えなかったが、それでも行く事には決めた。
……それと、場所を聞いた時の遠坂の顔が悪い顔をしていた。
こいつの性格、絶対どこかに問題があるぞ。
※
教会の入り口にて、雨合羽を頭から羽織っている彼女。鎧姿の風体が目立つ、ということでかぶせられたものだったが、彼女のマスターの体格に合わせられているためか、案外とすっぽり綺麗に収まっている。
この場所で、セイバーが衛宮士郎を見送って幾ばくか。あの少年は話を聞き、果たしてどのような決断を下すか。
素人だから、というような理由でなく、彼が悪人の類でないことくらいは理解できた。……女性であるというだけの理由で、己よりも格上の相手であろうと守るという意識が働くあたり、平和ボケがすぎるところもあるが。
だからこそ、あえて語らなかった。……常なるサーヴァントのルールから外れることも理由ではあったが。前回の聖杯戦争について。その折、エミヤ、という名前に心当たりがないわけではない。
他人の空似だろう、とタカをくくることは出来るが、しかし同時に、自身の直感が「それはない」と告げていた。
あのキリツグに、彼のような子供が居たのだろうか。……ありていに言って、前回のマスターとの相性は最悪に近かった。アイリはまだしも、キリツグの立場からすれば自分のような存在を認めることが出来なかったということもあったのだろうが。
しかし、最後のあれだけは、決して許すことはできない。
「……何用か、アーチャー」
そして、そんなことを考えていると、じっとこちらを見つめる視線を感じる。おそらく遠坂凛の、あのサーヴァントだろう。
問われ、肩をすくめながら、無表情にあの男が現れた。
相変わらず異様な風体。そして、腰の裏には……あれは、ライフルだったか。キリツグが使っていたものよりも、長距離の射撃を想定していることが窺える。
「……」
姿を現してからも、彼はじっとセイバーを見つめる。質問の答えを待ちながらも、微妙な居心地の悪さを感じるセイバー。彼女のかつて戦った
しばらくすると、アーチャーは口を開いた。
「どうやら、ここの神父に俺の事を開示したくないらしい。この場で『待て』と言われてしまったので、やることがないんだよ」
「周囲の警戒をしないのか、貴方は」
「いや、屋敷の時とは都合が違うからな。ここは非戦闘地帯と言えるし、お前も居るんだから、そこまで肩肘をはる必要ないだろ。
常に最大パフォーマンスを追えば、その分どこかで、ほころびが出るものだ。サーヴァントだろうと人体の再現に他ならない以上、無茶をする必要はないな」
淡々と語るアーチャー。
ならば何故、私を見ていたのか。そう問いただせば、彼は目を閉じ、口をゆがめ、嫌な風に嗤った。
「なぁに、眩しいな、と感じていたまでだよ」
「……髪の色のことでしょうか?」
「なんでさ。
いや、それ、素か?」
呆れられたような言葉に、彼女は少しむっとする。
いや、実際のところカマをかけていた――確かに彼女自身の宝具は、「生命の奔流」と言って差し支えがない光を放つ。それゆえ眩しいと形容するのは正しいのだが、このサーヴァントがそれを知っているのかと、相手の様子を窺っていた。
が、どうやらアテが外れたらしい。何とも言えない、微妙なそれは、間違いなく彼女を馬鹿にしている。
もっとも、そんな言葉も表情も、すぐさま無表情に戻った。
「――――――わからん。だが、感じてしまったものは仕方ないだろう」
「…………敵と馴れ合うつもりはない」
「あー、別に世辞を言っている訳ではない。正直、人体、とりわけ女体の美醜はもうよくわからないからな。
ただそうでもないと、涙が流れた理由に説明が付かないからなぁ」
「?」
そんな言い訳をするアーチャー。口ぶりからして、セイバーに説明するつもりのあるような言い回しではない。
ただ、淡々と彼は続けた。
「それに、だ。馴れ合う馴れ合わないというのは、俺たちが決める事ではないだろ」
「?」
「使い魔は使い魔らしく、だ」
「…………なるほど。邪道な貴方だが、その意見は確かに真っ当だ」
アーチャーが言わんとしているのは、つまりマスターたちのことだろう。彼らが今後、どう動くかでサーヴァントたる自分たちの関係も左右されるということだ。
ただ、セイバーは意外に思って彼に問う。
「……アーチャー、貴方のマスターが、私のマスターと同盟を組む可能性があると、そう考えているのか?」
セイバーが彼を邪道と評するのは、何も風体や武装に限ったことではない。そも、その戦い方が邪道だからだ。
武器本来の使い方をせず、作り換え、壊し、あまつさえ狙撃武器で殴り、こちらの想定の裏を欠くようなそれ。いわゆる王道でないそれを、邪道と評したランサーはなるほど、確かに戦いに生きる英雄だ。
その戦法を誇るでもなく、
だからこそアーチャーが、そんな甘い予想を考えることが意外だった。
だが、これには彼も苦笑いを浮かべた。
「嗚呼。現状その方が効率的だろうし、どうやら俺のマスターは、そちらのマスターに
そうだな――――――そういう意味では、先ほどの言葉を世辞と受け取ってくれても構わない。多少なりとも、会話を円滑にすすめるためのな」
「根回しにしては、随分やる気がありませんね」
「そりゃ、そういう風に出来ていないからなぁ、俺は」
口ぶりにはかなりの確信が篭っているが、どうやら彼の方にも困惑があるらしい。お互い災難だったな、と言う彼に、しかしセイバーは答えなかった。
「……」
「機嫌、損ねたか? なら……そうだな。一つだけ、良いバッドニュースを教えておこう」
どっちですか、と少し調子が崩れるセイバーに、姿を消しながら、アーチャーは言う。
「――――――」
そして言われたそれに、彼女は目を見開き。
衛宮士郎たちがこの場に戻ってくるまで、セイバーは身動き一つ出来なかった。
※
「……今一度、誓いましょう。貴方の身に令呪がある限り、この身は貴方の剣だ。
貴方の敵を討ち滅ぼし、貴方の身を警護する」
「打ち滅ぼすっていうのは、ちょっと物騒だな。……まぁ、よくわかんないけど頼む」
言峰……、あの似非神父の話を聞き、決心は固まった。教会の前で待っていた彼女の元。戦う意思を伝え、ともに握手を交わす俺たち。
……冷静になってみると、色々おかしい。冷え切った手で、出会ったばかりの少女とこうして契約じみた言葉を交わしているのが。
「ふぅん……、仲良いじゃない。さっきまで話もしなかったのに、大した変わりようね。
サーヴァントのことは、完全に信頼したってワケ?」
唐突に声をかけられ、俺とセイバーはびくりと体を震わせた。
いや、まぁ確かにこれから一緒にやっていくんだから、そういうことになるのか……?
「そ。ならせいぜい、気を張りなさい? 貴方達がそうなったのなら、わたしたちも容赦しないから」
「あ――――――ん?
なんでさ、俺、遠坂とケンカするつもりはないぞ」
「ケンカってアンタ……」
全く、連れてきた意味がないじゃないと。遠坂凛は衛宮士郎に嘆く。
「まぁ良いわ。情が移ると面倒だし、ここからは別々に帰りましょう」
と、背後に控えていたアーチャーが言った。
「――――――マスター」
「何? わたしが良いっていうまで、口は出さない約束でしょ?」
「それもそうだが、街に戻るまでは一緒だろ」
「? そりゃあ、そうだけど。それが何?」
「重要な、長くなる話は、別れ際で充分だ。二度三度話すのも効率的ではない。
それに夜道でサーヴァントに襲われないとも限らない。ここはいっそ、二人そろって帰るのがいいんじゃないか?」
「いや、ないでしょそんな、いくらなんでも――――」
「ほぅ? つい先日の戦況を甘く見たミスを忘れるとは、やれやれうっかりも極まってるなぁ」
「あ、あれは―――――――って、うっかり言うの止めなさいよ、ちょっと!」
アーチャーの言葉に、何故か遠坂は怒鳴り返す。……嗚呼なるほど、家の前での時も、たぶんこんなやりとりがあったんだろう。
くつくつと嗤いながら、アーチャーは続ける。
「それに、君としてもそっちの方が都合が良いんじゃないか? そういう事情なのだから」
「? ……っ、っ!!!!!!!
ば、バカ言ってるんじゃないわよ、このぉ!」
少し間を置き、何かを察した遠坂はアーチャーに拳を振り上げる。でも相手の方が上手なのか、何とも言えない笑みを浮かべながら姿を消した。
「あったまきた、アンタ家に帰ったら覚えてなさいよね!
全く……」
「あー、遠坂。とりあえず帰らないか?」
きっ、とこっちの方を向く遠坂の表情。貴方もアーチャーと同じこと言うわけ? とでも言わんばかりのそれだ。いや、確かにあの皮肉げなヤツの言う事に賛同するのもどうかとは思うが……。
「教会を出るとき、言峰が言っていたろ? 夜道には気を付けろって。兄弟子なんだし、心配して言ったんじゃないのか?」
「いや、あれアンタに言ってたでしょ」
「でも俺たちに両方に当てはまるだろ」
「あーのーねぇ……。魔術師ならそんなもの警戒して当然だし、大体……。
いや、もう良いわ。疲れた」
街に戻るくらいまでなら面倒見てあげるわ、と。そんな嬉しい事を言ってくれる遠坂。
坂を下る途中、あの監督役の話題になった。
「そういえばアイツ、お前のサーヴァントのこと知ってるのか?」
「知らないと思うわ。教えてないもの。……あのね衛宮くん、自分のサーヴァントの正体については、誰にも教えちゃ駄目よ。たとえ信用できる相手だろうと、早々に消える事になるわ」
「……?」
「サーヴァントの来歴のことよ。どんなに強くったって、戦力を明かしたら寝首をかかれちゃうでしょ。
だから家に帰ったら……いや、いっそ衛宮くんは教えて貰わない方がいいかも」
「なんでさ」
「隠し事できないもの、貴方。なら知らない方が秘密に出来るじゃない」
「それくらいの駆け引きは……」
「はいはいはいはい、私の
いや、ボブて。
「貴方他に良いところあるんだから、駆け引きなんて止めなさい?」
「……」
なんでか知らないが、照れる。そんな俺を見て、遠坂は楽しげに笑った(ただ絶対悪いこと考えているぞ、あれ)。
ただ数秒後。丁度、橋の上あたりか。
突然顔を真っ赤にして、きっとこちらに向き、指を付きつけた。
「か、勘違いしないでよね! こんな期間限定サービス、今日一杯までなんだから」
「え? あ、ありがとう。……でいうより、あれ? そもそも何で遠坂は、俺の面倒見てくれたんだ?」
「…………何も知らない素人相手に勝って、増長する趣味もないわ。フェアじゃないし、バランスがとれないのよ、そんなの」
「……ああ、遠坂、いいヤツなんだな」
俺の言葉に、は? と頭を少し傾げる。一方、セイバーは何とも言えない生暖かい目で俺の方を見てくる。
「何、煽てたって手は抜かないわよ?」
「そんなこと判ってる」
ただ今までのやりとりとか、俺の受けた感じとかを総合するに。コイツ、自分が言ってる魔術師らしい要素と正反対の余分が多すぎだ。
「知ってるけど、でも、敵にはなりたくない。俺、お前みたいなヤツは好きだ」
「な――――――、と、とにかく! サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。
そうすれば命だけは助かるんだから」
だから、そういうところも含めてたぶん、遠坂凛は遠坂凛なんだろう。
気は引けるけど一応聞いておく、と返すと、またもや謎のため息。
「せいぜい気をつけなさい。いくらセイバーが優れているからって、マスターである貴方がやられちゃったら、それでお終いなんだから」
くるりと背を向けて歩き出す遠坂。
だが――――幽霊でも見たかのような唐突さで、彼女の足はピタリと止まった。
左手が、ずきりと痛む。
「――――――ねぇ、お話は終わり?」
幼い声が夜に響く。
歌うように、現れた少女。そしてその背後に伸びる影――――。
ほの暗く青ざめた、月光のキャンパスで描かれた世界に、いびつなナニカが立っていた。
「――――――バーサーカー」
俺の耳に聞こえたのは、遠坂のそんな呟きと。
「――――まさか、イリヤスフィール?」
押し殺すように呟かれた、セイバーのそんな声だった。
「はいはいはいはい、私のボブ(仮)見て何だコイツって顔浮かべてる時点で説得力ないから、それ」
『……おいマスター、その形容は著しく俺の尊厳を傷つけているぞ。
聞いているのかマスター!』←念話