ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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シリアスさを消し飛ばす勢いのサブタイトゥルに偽りなく、後半、ついにアレが登場します。


Olley! 参上! その1

 

 

 

 

 

 左腕の赤布を解きながら、自室に向かう。

 結局、遠坂の秘密兵器とやらは諦めたらしく。今日も目立った収穫はなかったといえる。

 

 いや、厳密にいえば一つだけ収穫がなくはなかったが、現状それを実行するだけの能力が自分にないという事実がわかっただけでも大きな進展かもしれない。

 

 おそらく聖杯戦争時に気づいていたら、もしかしたらあの時なら実現できたかもしれない設計。

 イリヤの言葉からヒントをもらって、今の自分にできる「完成系」を目指した途中。

 

「とはいったって、結局実際は固有結界を展開するのに近い話な訳で……」

 

 どうしたって今の俺では、展開を維持することが出来ないことがわかった。実行する前に判断がついて、倒れる前に自室に引き上げようという判断ができるようになったのは、成長といっていいのかどうか。

 

 と。

 

「桜?」

 

 そんなちょうどのタイミングで。俺の部屋の戸の前で、桜が何か逡巡するように立っていた。

 こちらの姿を見とめると、はっとしたように顔を上げて、またうつむく。

 

「……ひょっとして、またか?」

「ごめんなさい、先輩。わたし――――、」

「場所、変えるか?」

「へ?」

 

 俺の言葉が意外だったのか。はっと見上げるような桜に、思わず苦笑いが浮かぶ。

 

 学校も臨時休校、いよいよもって部活動さえ禁止されはじめているこの状況。それだけ、いよいよもって事態が大ごとになり始めているのだ。そんな中で桜からすれば不本意なんだろうけれど、それでもこうして魔力を与えることに、なぜか安心感を抱きつつある俺だ。

 いや、むしろ。桜が魔術師だとわかってから日常の光景の一つであるからだろうか。

 

 でもだからこそ。違うんですと言葉を続けた桜に、俺は頭をかしげた。

 

「桜?」

「先輩……、先輩だって、本当は気づいてるんじゃないですか? 私が、おかしいって」

 

 そして桜本人の口からそれが語られたからこそ。

 

 嗚呼、俺はそれに確信を得てしまう。

 

 

「――イリヤさんからも言われました。私は、聖杯。既に聖杯として完成した存在。完成『しているはずの存在』」

 

 待て。聖杯? 桜が聖杯?

 

「それってどういうことだ? おい、桜、お前一体…………!」

「目的は、たぶん一つです。自分の望みを叶えるため――――最も効率が良い方法で、聖杯を手に入れようとしていた」

 

 効率。効率が良いか。以前、どこかで交わした誰かの自分との会話を思い出す。

 

「お爺さまは自分の願いのため、私に、聖杯としての機能を与えました」

「機能を、与えた……?」

「詳しくは知りません。でも、先輩のお父さんが、聖杯を壊したんでしたら――――たぶん、その破片を拾ったのだろうと」

 

 だが、とうてい受け入れられる話じゃない。おまけに、なぜか俺は、いや『今の俺ではない記憶』が、イリヤと桜との決定的な違いを認識していた。

 聖杯として完成するべく設計されたイリヤと、間桐に順応するよう調整されていた桜とでは、そもそもの成り立ちが違う。

 

「でも、それだっておかしいじゃないか。桜とイリヤとじゃ状況が違いすぎる。だっていうのに――――――いや」

 

 脳裏で、何かが警鐘を鳴らす。俺の中の、俺ではない経験則が。魔女のように、あるいは悪女のように。あるいは聖女のような微笑みが脳裏を駆け巡る。

 嗚呼、いったいいつから。いつからすべての情報が正解であると過信したのだろうか。

 疑えと。お前はすでにその情報を持っていると。

 

「――――まさか、桜の身体は……、」

「――――はじめは確かに間桐のものとして調整されていたんだと思います。いいえ、今でも根幹は変わってないと思います。でも、だから」

 

 吸収という特性。他人から奪うとことしかできないと形容していた桜だったからこそ。

 しかしだからこそ、外付けて調整されていたからこそ、「聖杯さえ」徐々に受容できるよう変化させられてしまったのだと。

 

 頬が引きつる。まったくもって笑えない。嗤えて来る。哂うしかない。

 

「”出来損ないにしても、そこまで妄執を重ねてるとは思わなかった”って、イリヤさんあきれてました。だって、ほとんどお爺さまオリジナルで。それでも目的の要件を達成できるように作られているって」

「目的って……?」

「聖杯といえど、初めから完成品を目指せるとはお爺さまも思ってないだろうって言ってました」

 

 イリヤの言葉が浮かぶ。俺に肩を預けながら、桜の呼吸がだんだんと落ち着いてくる。魔力がようやくめぐって安定したんだろう。

 

「でも、それじゃあ、桜もイリヤみたいに、体が持たないってことか?」

「そうならないよう、色々された、みたいです。……だから、ぎりぎりまでバランスが崩れなかったから、逆にややこしいことになっているみたいで。

 イリヤさんが今いないのも、その対応に追われているからみたいです」

「対応……」

「数日で帰ってこれるって言ってましたけど。でも……」

 

 ただ、イリヤが何かしているというその点については、まったくもって情報が上がってきていない。

 

「少しでも状態を安定させるために、魔力が必要なんです。それは私の体内のそれを落ち着けるためじゃなくって、神父さんが仕掛けたものを安定させるため」

 

 いつだったか、慎二が桜を暴走させた折。言峰が桜に仕掛けたもののことを思い出す。

 だが、嗚呼、桜が聖杯だというのなら。どうしてイリヤから解放された力が、その渦が、桜に影響を与えないと言い切れるだろう。

 そして、あのキャスターも言っていたではないか。私たちはもう一つの聖杯に回収されたと。

 

「だけど、それだっていつまで続くか分からない。そして私が生きてること自体が、きっとお爺さまの目論見の内。本当に、このままだったら、きっと取り返しがつかないことになる。いえ、『もう、たぶんなってる』。

 だったら――――」

 

 

「――――先輩になら、私、殺されてもいいんですよ?」

 

 

 だからこの場で殺してくださいと。

 こちらの手をとる桜。そのまま自分の首にやり目を閉じる。

 

 ――視界がおかしい。まるで悪夢か何かだ。眼前にいる桜の様子が、手で触れているにもかかわらずぼんやりとしている。嗚呼、それくらい、眩暈を覚えるくらいには俺自身、この状況を受け入れがたいらしい。嗚呼、おそらく桜は認識している。

 

 桜のせいじゃないのだとしても、ここで桜が死ねば、これ以上の大ごとになるまえに事態を止めることができる。

 そしてそれは、望まない罪を犯しているだろう桜に、これ以上罪を犯させないことにも――――。

 

「――――――」

 

 そして、それを成す方法を俺はいくらでも知っている。知っているような気がする。もとより俺自身が「そういう属性」であるのだから。剣を模して、心を忘れて、ただ暴力的にふるまうことがいかに簡単かは十分理解している。そうしなければ、本来ならそうするのが当たり前だということも。

 

 そうすることで、この、脳みそが金属にかき回されるような麻痺感覚から解放されるだろうことも。

 

 だが、それでも。

 『そう在ってはいけない』と過去に決断した俺は、そのまま、動くことができなかった。

 

「……先、輩?」

「…………ク」

 

 嗚呼、何故だろうか。何故こんなに「嗤えて」来るのか。

 声を震わせ、今にも泣きだしそうなそれを抑える桜。

 

 それに向かって、俺は――――『俺だった何か』が、俺を通して口を開いた。

 

「それじゃ何も変わらないんだ。桜。変わらなかったというべきだろうが」

「え?」

「まぁ、それは当事者たる個人の価値観ではあるまい。俺自身、俺がそれを語ったところで何になるって話だ」

 

 口調さえ何か、俺の知らない誰かさえを模倣するかのように。しかし言葉は、俺が考えるまでもなく口から紡がれる。

 

「大切な誰かを殺して」

「大切だった誰かを殺して」

「守りたかったものを殺して」

「それでもなお守ろうとして」

「いつしか失うことと、守ることが同義になってくんだ」

 

「先輩?」

 

「失わないためにはどうしたらいいか」

「より手早く効率的に排除するしかなかった」

「もっとも堪えられるほど俺も人間を辞めちゃいない」

「果ては伽藍洞だった」

「いや、伽藍洞になったつもりだったよ」

「自分でその伽藍洞の在り方さえ否定できなくなった時は」

「もうただひたすらに、自分を嘲笑うくらいしか出来ることがなかったさ」

「根底にあったのは違った」

「怒りだ」

「今の自分という存在に対する怒り」

「この自分がこう在ってはならなかったという怒り」

「もし叶うことなら、過去の過程さえすべて無かったことにして、亡き者にして」

「俺自身が辿ったすべてを葬り去ったとして」

「それさえ贖罪にさえならないというくらいの、果てのない怒りだ」

 

 まくし立てている訳ではない。だが、一言一言に、今の俺ではアクセスできない、自分自身の記憶の瑕がある。

 

 ある意味でそれは、俺自身に対する裏切りである。だが、贖うということを捨て去るつもりがなくなっているわけではない。だが――――この身がかつてたどり着けなかった場所に向かうことが、この今の俺自身が選んだことなのだから。

 

 俺は、そのまま桜の頬に手をやる。目じりを拭うと、涙が一筋。

 

「わかるか? 桜。どっちだって同じなんだ。

 ――――衛宮士郎として『生まれた』からには、俺はそこから本来、外れることが出来ない。

 だけどな? その中にはお前だって入ってるんだ。桜」

 

 そしてそのまま、桜を強引に抱き寄せる。

 首筋に桜の口元を当てると、息をのむ声が聞こえる。

 

「そんな、だって、結局それじゃ先輩にも負担をかけるばかりじゃないですか……!」

 

 遠坂や、セイバーには絶対怒られるだろう。イリヤだって、悲しい顔をするかもしれない。

 だが、それでもなお。

 

 

「諦めて飲んでくれ。――――頼む。こうでもしないと、俺は結局、俺を超えることは出来ないだろうから」

 

 

 ただ、それでもなお何かしらの形で乗り越えることが、この衛宮士郎にとっての贖罪でありうるのなら。

 首を這う桜の唇の感触と痛みと、時折遠のく意識とに、俺は抗い続けた。

 

 

 

 どれくらい時間が経ったか。桜は俺の肩に体を預けて、一緒にぼうっと空を見上げる。最近にしては珍しくきれいに月がその姿を見せていた。

 

「ねえ、先輩?」

「なんだ」

 

 目をとろんと閉じかけて、こする桜。

 

「ここで寝たら、ダメですか?」

「桜?」

「怖いんです。明日――――いつか、私が、わたしじゃなくなってしまうような」

 

 だって、こんなにも幸せなのに。心がふわふわしていて、波間を漂っているようで。

 

「いつかそれに流されて、私がどこかにいっちゃうんじゃないかって。だから、私が流されないように、手、握っててくれませんか?」

 

 いっそ懇願でもしているような、そんな桜を前に、俺は否ということはできなかった。

 眠るまでで良いんですと。そう言う彼女の横顔を見る。

 

「怖い、夢を見るんです。夢の中の私は、私が見てるそれは、私じゃない何かで。衝動的なそれに、私はただ流されて、いつか順応してしまいそうで――解けてしまいそうな気がするんです」

 

 四年前、慎二から紹介されたときの女の子の面影が残る。段々と日々続く中で、桜は綺麗になっていた。遠坂と姉妹というのは比喩でもなく伊達でない。品がよく気が利いて性格も穏やかだが。でも、なんでもかんでも我慢しがちな気がするのは、きっと俺の気のせいじゃない。

 

 次第に小さくなっていく声。それでも俺の腕を握ったまま、桜の身体は崩れる。位置を調整し、膝枕しながら。安心できるようにと、気休めにしかならなくとも、それでも俺は微笑んだ。

 

「夢はいつか終わるんだ。――――良い夢も、悪い夢も」

 

 だからこそ、その一時をしっかりと踏みしめるのだと。

 送り出せなかった黄金の、彼女との言葉を反芻し。俺は、いつかの親父のように、月夜を見上げた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「んー、これはアレよね、あれあれ。前回”門番”でも召喚されたかニャ?

 いくら私でも、ここから先の単独侵入を妨害されるとか予想していなかったー。……あれ、私のクラスって結構そういうの融通効く感じじゃなかったニャ? 教えてシスター! もしくはどっかの聖女様! こう、先輩的な感じで!」

 

 夜の校庭。寝静まり明かりがなく、わずかに警備用にライトが点灯こそしているが、

 穂村原学園のグラウンドの中心に立つ彼女は、ありていにいって正気のようには見えなかった。

 まず服は黒い和装である。加えてその上から蛇革のコートを羽織り、腰と背中には何やら獲物を装備しているようなシルエットをしていた。ときおりひょこひょこと、頭上で二つに尖った猫科の耳のようなシルエットが動く。

 

「まぁ、今更私に後輩属性をつけるのはいろいろ難しいと。おおむねそのあたりはパ、桜ちゃんが担ってるところでもあるしねー。

 あー、ちょっとそこそこ! もっと若かったころなら十分通用したとか、時の流れの残酷さを痛感したような顔していないかニャ? していないよニャ? そーかそーか、よーしよーし。

 ――――今宵、 私 の ア ス テ カ が 火 を 吹 く ニ ャ」

 

 いや、言動だけ見ればどうみても正気のそれではない。あらぬ方向に指さし、何事かを喚き散らすその女史に、頭を抱えながら、白い少女は歩き始めた。

 

「貴女、よくそんな状態で今までシロウたちに気づかれなかったわよね。いや、それを言ったらキャスターにもなんだけど」

 

 特に彼女に振り向く様子もなく、彼女はこつこつと地面を長物で叩く。

 

「んー、『外典』的な事情も含めれば、そこまで特殊という訳でもないニャ? まあ言いつつイリヤちゃん、そこはこの私というか、麗しの戦士が帯びた野生の宿命こそに感服するべきかなと思うけど!」

「その自慢げな顔止めて。あと、貴女と話してると本当、頭痛がするっていうか、ここが痛くなってくるっていうか……」

「まあまあそういたいけな顔を深遠でも覗いた哲学者みたいな感じで眉間に皺寄せるのは止めて止めて、弟子一号」

「いつから私、貴女の弟子になったの!?

 でもあれ、なんだろうこの感じ、知らないのに知ってるっていうか……、本当に貴女ってなんなの、調子が崩れるというか、頭おかしくなりそう!」

「ふっ、今のイリヤちゃんにはまだ早かったかニャ。

 いい? 密林を覗いているとき、密林もまたイリヤちゃんを覗いているニャ。気が付いたら吹き出しが真っ黄色になっているとか、花札してるとかは序の口序の口ぃ! 今にみてなさい、こー、どっかの遠坂さん家にあるマジカルアンバーとかに見初められて、全国の大きなお友達に愛と勇気とKEN☆ZEN振りまくのも時間の問題なのよ! 具体的な掲載時期を私たちの西暦に照らし合わせると、あと二、三年後くらいには」

 

 そしてそのうち首から下が筋肉達磨になったりするのよ、などと意味不明な供述を繰り返しており、やはり彼女の有様は普段以上に落ち着きがない。

 白い少女、イリヤスフィールは彼女とのまっとうなコミュニケーションを早々に諦めたのか、白い眼を向きながら膝を抱えてうずくまっている。本当、どうしてこうなったと言わんばかりの落ち込みっぷりだが、それでもなお奮起して立ち上がるのは強い意志のせいか、使命感のせいか。

 

「……桜に働いていた『置換』を正常な形に落ち着けてくれたことは感謝するけど、でもどうしても協力はしてくれないの?」

「そこはまぁ、当たり前というかニャ。桜ちゃんのそれは『置換されきったら』むしろ置換されてなかった時よりひどい状況になるのが。このジャガーアイをもってして目に見えてたし。むしろ私が召喚された範囲としては、それで十分役割を果たしたことにはなるというか、どっちかっていうと『ここの地下』の物の方がいろいろ危険度が高いっていうか……。

 ――――――って、おっと、ジャガーイヤーは獣耳! ということで当然回避ィ!」

「へ? ――――――きゃっ」

 

 イリヤスフィールを小脇に抱え、腰に差していた獲物を抜き放つ。かん、かん、と金属同士が激突するような音を立てて、身に迫る「弾丸」を撃ち落とした彼女。

 

「あ、やばいこれちょっとマジなやつじゃない?」

 

 銃撃の方向。月光を覆うような暗い闇に伴われ、地面より這い出た男に、彼女は冷や汗を流す。

 異様な風体は相変わらず。顔に赤い罅のようなものが走り、さらに全身を覆うようなそれに拘束されているかのごとき男。金色の目が、ただただ凡庸と眼前をにらんでいる。

 

「…………名前は、もう捨てちゃったのね、色黒のアーチャーくん」

「え?」

 

 彼の顔を見て、その「何か」を看破した上で、どこか寂しそうな声を出す彼女。今までの様子から考えられない反応に、思わずイリヤスフィールが顔を上げると。

 

「どっしようか。ちょっと、主義曲げたくなってきたゾ?」

 

 

 やはり寂し気な微笑みを浮かべながら、彼女は獲物を一度構えなおした。

 

 

 

 

 

 




ボブ「─────(眼前、名状しがたき有様のかの女性を前に、曖昧な表情で沈黙している)」

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