ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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詠唱は公式で出たら変更します


プロローグだZe! その3

 

 

 

 

 

 アーチャーは何事かを呟く。眼前のランサーへと警戒しながら、まるでそれが、古い慣習を持つ民族が戦闘前に捧げる祈りであるかのように、ぽつぽつと、沈めて言う。

 

 渦巻く神風――先に仕掛けたのはランサーだった。

 黒と、白の銃剣を手に、アーチャーは見下すようにニヤリとする。

 

「ハッ――!」

 

 獣の扱う槍は、まさしくそれ一つで嵐のごとき暴威。

 奔る刃、流す一撃。繰り出される槍の突きを、アーチャーは銃剣が刃にて逸らす。

 

「ッ――――!」

 

 アーチャーは、白の側の引き金を引く。見た目の軽さに反し、重い音が連続で鳴り響く。

 しかし、槍の間合い二メートルという距離感をものともしないはずのそれは、そのことごとくを槍で潰される。当然、と言えば当然か。そも、それはかのランサーの領域である。その要塞は、踏み入るものを討ち落とすに足るだけの武勇があるからこそ実現するものだろう。

 加えて、ランサー本人が距離を詰め、アーチャーに前進を許さないことを遠坂凛は、おぼろげながら見切っていた。

 

 白の側が、アーチャーの手から弾かれる。

 

「なるほど、アンタは『そういう』英霊か」

「はッ、今頃だ弓兵――――!」

 

 何を察したのか理解できていないものの。しかし銃撃を途端に止め、アーチャーは接近戦に転じた。

 

 銃という後方に徹したアドバンテージを捨てる。その上、長柄の得物にとって、間合いを詰める事は自殺行為だ。わざわざ同じような領域から、わざわざ踏み込むだけの理由を感じ取れない。

 

「――――う、そ」

 

 けれど、そんな定石はどうやら人間の範疇でしかないらしい。五体いずれもを自在に狙う矛先を、無感情に、無骨に往なし、時に己の刃をぶつけるアーチャー。残像さえ霞む高速のやりとり。火花が散る、というのが冗談でもなんでもないことを、私はこの目で見ていた。

 

 一撃それ自体が必殺の威力を持つだろうランサー。しかし物言いが決して尊大でなかったことを証明するかのように。

 

「――――!」

 

 眉間に迫る穂先を既に弾き、ランサーの槍もかくやという速度で踏み込むアーチャー。

 槍の特出した、「払い」による防御――それをまさか、邪道としか形容できない得物でされるとは思わなかったのだろう。

 

 にやり、とランサーの表情が変わる。それを機に繰り出される連撃は、先ほどの比にあらず。軌道を逸らしにかかるアーチャー。その黒い側の銃剣の刃が、砕かれる。

 

「間抜けが――!」

「――――!」

 

 既にその槍は、人を超えし彼らの領域にあっても、必殺の速度となっていた――。

 

「っ――――」

 

 甘く見たのは私たちだ。あの槍に、定石など通用しない。あれは、ただ速いというにあらず。巧いと言うべきだ。徐々に後退を迫られるアーチャー。

 

 援護を――――アーチャーの援護をしなくてはいけないというに、声が、出ない。

 自分の欠点として、狙いの甘さを自覚しているからこそだが、しかし。

 

 

 しかし、正直に言えば私は見惚れていた。

 

 

「これが、サーヴァントの戦い……!」

 

 ただの魔術師――常命の人類(わたしたち)では手の届かない領域の使い魔。

 これが、サーヴァントの戦い。これが、英霊を使役する聖杯戦争。

 

 それ以外が魔術の上にあるからこそ、(クラス)などという縛りをもってしなければ、接触の糸口さえない存在。惑星、人類とに分けられるうちの、後者の守護者たる彼ら。ヒトの思念こそが生み出した幻想(ファンタズム)――――。

 

 刹那。

 一瞬のうちに放たれるランサーの一撃は、まさに閃光だった。肉眼視さえ敵わない、その三連を。

 

 白と黒の、持ち手が赤く錆びた薙刀のようなものが払う。

 

「――――!?」

「この距離なら、矢避けは関係ないな?」

 

 そう言い、はらった流れのままに刃の砕けた黒の銃剣を、ランサーの肩にゼロ距離で当て、狙撃。迸る赤い閃光は、先ほどのもの以上に「重みが違う」。ランサーもそれは同様だったらしく、ここに来て初めて苦悶の声を上げた。

 

 しかし、鋭く視線を戻すランサーは、やはり獣の類だ。つられる様に槍の速度は上がる。薙刀で払いながら都度、狙撃を折り混ぜるアーチャー。しかしそれは、ことここに来て違和感を覚えるほどに「当たらない」。せいぜいが目くらまし程度だが、それさえものともせず速度を上げるランサーの突き。

 

 かまいたちというのが、自然現象だと言われていつ以来か。ともかく、二人の刃はまさにその類だ。近づくだけで、魔術師だろうが何だろうが、巻き添えで八つ裂きにされることだろう。

 

 わずかに一瞬。

 しかし見ている私にとってみれば、息が詰まるほどの時間。

 

 瞬間瞬間で、攻めと受けが切り替わる二人。どういう訳か、アーチャーの武器は時折、腐ったかのように錆びつき、もろく砕け散る。だがそれも一瞬。次の瞬間にはその手には薙刀があり、ランサーはその一瞬に毎度、理解が出来ない。出来ないからこそのわずかなタイミングを、アーチャーに押される。

 

 ことここに至り、かの騎士は己の油断を認めた。

 眼前の得体の知れない兵を、侮るだけの余裕がないことを理解したのだ。

 

 

 金属の音が遠くなる。

 仕切り直しをするためか、ランサーは大きく間合いを離した。……その体運びの速度一つ取っても、速い。アーチャーのそれが、まだ人間が到達しうるだろうそれであるならば、ランサーのそれは、イキモノとしての根本が違うと言わんばかりの速さとしなやかさ。例えるならば、豹だ。

 

「……あれだけ砕けてもまだ有るか」

 

 困惑しているだろうランサーに、私も気持ちの上では同じだった。

 あの似非神父の話じゃ、英霊が持つ切り札はただ一つ。それぞれが絶大な力を帯びたその武器は、おいそれと、次から次へと取り出せるものではない。眼前のランサーで言えば、間違いなくあの槍こそが宝具(ノウブルファンタズム)だろう。それは決して使い捨てに出来るものではない。真名――その英霊が何であるかということと、その逸話(ノウブルファンタズム)とは、切り離せるものではない。

 

 だとするならば、やはり。彼が取り出した武具は、確かに名の有るものなのかもしれないが。その身がアーチャーであるならば、弓矢ないし、別な何かであるべきなのだ。

 

「……」

 

 アーチャーは特に面白くもなさそうに、ランサーの方を見ている。

 

「いいぜ、聞いてやるよ。テメェ何処の英雄だ。

 鉄砲、二刀、薙刀。全部併せ持つなんて邪道、聞いた事がねぇ」

 

 と、ここでアーチャーは例の、嫌な嗤いを浮かべた。

 

「……知らん。

 しかし、『矢避けのルーン』か。とすれば槍使いとしての実力から逆算すれば、該当者は絞り込める。――さっきの弾丸は中々に利くだろ? なぁ光の御子」

「――――ほぉ。よく言ったなアーチャー」

 

 瞬間、背筋が凍った。

 ランサーの体が動く。今までとは違う構え。うがつように下がり、ただその眼光が、獲物をとらえた獣がごとき獰猛さを孕む。

 

「――――ならば喰らうか? 我が必殺の一撃を」

「必殺か。……間抜けめ、もう既に勝負はついている」

 

 何? と怪訝な表情を浮かべるランサーを前に。アーチャーはまた、言葉を紡ぐ。

 

「――――Steel is my body(血潮は鉄で), and fire is my blood(心は硝子)

 

 紡がれる言葉の意味は解することが出来ないまでも、明らかにそれは、最初の一言に連なるそれだ。

 

「――――I have created over a thousand blades(幾たびの戦場を越えて不敗)

 

 クッ、とランサーの体が沈む。同時に茨のような悪寒が、この一帯を蹂躙した。

 周囲に満ちていたマナが凍りついたように動きを止める。

 

「――――Unknown for perdition(ただ一度の敗走もなく、)

 

 今この場、呼吸を許されるものはヒトならざるものだけ。

 槍を構えるランサーと、何かを準備でもしているようなアーチャー。

 

「――――nor philosophy collapsed(ただ一度の後悔さえない)

 

 ランサーの持つ槍は、紛れもなく魔槍の類だ。それが、今か今かと迸る瞬間を待っている。

 

「――――Forgetfulness without pain to create many weapons(溶けた人形は独り、),Rotten scars set anything bad fate (剣の丘で錆を拾うのみ)

 

 まずい、やられる。

 あれがどんな宝具なのかは知らないけど。アーチャーはやられる。これほどの直感なんて、初めてで信じられない程だけれど――。 

 

 アーチャーの敗北が。必殺の一撃が無表情な彼を射抜く姿が思い浮かぶ。

 なのに――そこまで予見できているというのに、私は彼を助ける事さえできない。私がわずかでも動くことが、この均衡を崩すことに繋がるからだ。

  

 だからこの戦い、アーチャーの敗北を止めることが出来るとしたらそれは――――。

 

 

「――――誰だ…………っ!!!!」

 

 

 ことここに至って、「決定的なうっかり」とやらで見逃していた、偶然の第三者に他ならなかった。

 

 きっと今、間抜けな声を上げたことだろう。

 ランサーから放たれていた殺気が消え。急ぎ去り行く足音。わずかに見える、男子生徒の学生服。

 

 生徒? まだ学校に残っていたっていうの……!?

 

「そのようだな」

 

 やっぱりというべきか、無感情にアーチャーはこちらを見る。

 失敗した、と愚痴る私にさえ、安定して反応を示さない。

 

「失敗した……。あっちに気を取られて、周りの気配に気付かなかった。

 ……ってアーチャー、アンタ何してんの」

「見て判らないか? マスターの指示を待ってる」

「……んな訳ないでしょ、ランサーどうしたのよ」

「合理的なことに、消しに行ったよ。目撃者を残しておく謂れもないだろうからな」

 

 一瞬、あらゆる思考が停止した。

 

 追ってと言えば、やはりというべきか特に何ら感情を浮かべる事も無く、私の指示を受けるアーチャー。間抜けな自分に悪態を吐く前に、私も走る。

 目撃者を消すのは、現代、オカルティズムを基調とする魔術師の基本と言い換えても良い。だからいままでずっと、そんなこと起こらないようにしてきたっていうのに、なんだって今日に限って……!

 

 月明かりからも見放された校舎の中。アーチャーは無言で、生徒を見つめている。充満する、鼻に付く匂い。生ぬるい「何か」を感じて、思わず首筋に嫌な汗が垂れる。それが血の、死の匂いなのだと思い知らされた。

 

 アーチャーにランサーの後を追わせて、私は彼を抱き起こす。

 幼い時分に覚悟した、死と隣り合わせの世界。この道に善悪は意味を成さない。あるのはただ、他人と己の血のみ。

 あの槍で心臓を一突き。破裂した心臓。とても助かると思えない彼を見て――しかしそれでも未だ死んでいない彼を、せめて私くらいは看取るために。

 

 震える手のまま。何度もあったことなのに、何故か震える手のまま彼に手をやり。

 うつぶせだった顔が、こちらを向き――。

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

 後頭部を、ハンマーで殴られたような。

 

「……止めてよね、なんだってアンタが――――」

 

 私は、頭に来ている。なんだってコイツが。よりにもよってコイツが。サーヴァントらしく鮮やかに仕留めたランサー。そんな被害者であるコイツが――――どうして、今日、こんな日、こんな時間に学校に残っていたのかと。憎たらしくって仕方なく……!

 

 ぼんやりと。桜の顔が脳裏を過ぎり。

 いつかの遠い夕暮れが、私に覚悟を決めさせた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

   

 

 

 家に戻って、アーチャーの報告を聞く。少なくとも彼はランサーのマスターを特定するに至らなかった。よほどに用心深いマスターなのだろうとは、私たちの一致した見解。

 

「もっとも、それ以上にもはやアレの命は、俺の手中だ。……視界に入ればな」

「視界?」

 

 なんでまたそんな微妙な……。そういえば戦闘の後半、なにやら詠唱めいたことをしていたような気がする。本人いわく魔術をかじっていた、とのことだし、何か罠を張っていたのだろうか。

 

「まぁ、どうせそのうち話してくれるんでしょ? なら今はいいわ。

 とりあえず一息つきましょ? お茶淹れてくれるかしら」

「それは構わんが……。マスター。首飾りはどうしたんだ?」

「飾り? 嗚呼、ペンダントね。もう使っちゃったし、忘れちゃったみたい。

 まぁ、お父さんとの思い出が他にないって訳じゃないから、別にいいんだけど――」

「なんでさ。そうじゃないだろう。自分がそれについてどう考えているかなんて、何故気付かないのか……」

 

 くつくつと。またあの嗤いを浮かべて、アーチャーは、忘れてきた私のペンダントを取り出した。表面には、何かで削れたのか、少しだけ黄色みがかかった削れがあって、当然魔力も何も残っていないけれど、でも。

 

「多少(きず)が付いてしまっているものだが、首から下げる分には支障はないだろ」

「……ありがと」

「何を大切に思うかは個人それぞれだ。……間違っても、無くしてから気付くことがないようにな」

 

 何故だろう。その言葉だけ妙に、アーチャーらしくない声音だった気がする。無感情に、何事にも諦観しているかのような様子ではなく、もっとこう、頼りがいのあるような。

 でも、それはきっと錯覚だ。だってほら、もうまたいつもの無表情。

 

 改めてペンダントを見て。アイツを助けるために、父が私に残した力を、私が胸を張れる使い方をしたということを再認識して――気付いた。

 

 私、アイツの記憶をいじってない。つまり未だアイツは目撃者。

 加えてランサーは、私たちとの戦いより目撃者の排除を優先した。

 あの好戦的なサーヴァントがそういった行動をすると言うことは、つまり相手のマスターの方針がそれだということ。つまり――。

 

 あれから三時間。間に合う、間に合わないを検討するより先に、私は走り出す。アーチャーも、紅茶の準備を一旦中断して、すぐさま私の後を追ってきて――。

 

 幸い、アイツの家は知っていた。

 一度も遊びに行った事もないし、遊びにいくようなこともなかったけど、桜とかから聞いてはいた。

 

「……」

 

 アーチャーは何か言いたげにして、でも何も言わず。でも嗤っていることだけは、ひしひしと伝わってきた。態度が言っている。余計な苦労を何故自分から背負いに行くかと。

 

 それでも、私は辿り付く。

 午前零時。人気のない、広い日本家屋。隣接した家も少なく、有事の際でも察知が難しいだろう。

 

 シンと静まり返った空気。

 

 サーヴァントがいることが、アーチャーから感じる闘気からも察することが出来た。

 

「飛び越えて倒すしかない! その後のことは、その時に考える――――」

 

 アーチャーに指示を送ろうとしたその時――太陽が落ちたような光が、塀の向こうから迸り。

 

 

「――――くは、はは、ハハハハハハハハハッ! どうやらマスター、お前、相当面倒なことを引き起こしたみたいだぞ」

 

 

 一瞬、アーチャーが狂ったように笑い、そして私を嗤い飛ばした。

 

 

「うそ――――七人目!?」

「喜べマスター。ついに数が揃ったじゃないか、カハハハハハハハハハハ――――!」

 

 何がおかしいのか、アーチャーは狂ったような笑いを止めない。

 私もまた、理由は違えど正常な判断力を失っていた。

 

 だから、嗚呼、またしてもこんな抜けを披露する事になる。

 

 一陣の風が吹き、飛ばされそうになる。

 アーチャーが例の薙刀みたいなのを構えなければ、それこそ私が一瞬で消し飛ばされていただろう。

  

 踏み込んでくる剣風。

 現れたる少女騎士の、文字通りに見えない一撃。

 

 それを受け、アーチャーは狂ったように、嗤いを浮かべ。

 

 

「――――――――」

 

 

 どうしてか、その目からは涙が流れていた。

 

 

  

 

 

 




ノッブ「わっしの出番と聞いて!」
青ニート「それ前回、一瞬で終わってますから」
ノッブ「是非もなしぃ!?」

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