ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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氷「まぁどうせだからな。ほら、ここの募集英雄についてだが――――」
沙「うんうん、中々悪くないんじゃないかな。特に森に棲んでるところは好感が持てるし」
氷「字が違わないか、汝。棲むでは魔物か何かだろう」
沙「そもそも逸話として奉られてる時点で人間扱いはされていないって説もある気がする」
氷「それは、まあ否定は出来んか。日本で言えば織田信長の――――」
 
 
士「……居場所がないっ」


Night Hunt で捕まえて! その2

 

 

 

 

 そう時間はかからない。というより、桜の様子を見に行くことも多かったので、道筋自体にさほど違和感がないっていったらいいか。

 間桐邸……。考えてみれば、協力者として土地を譲ったにもかかわらず、遠坂とこの家は交友を結んではいなかった。無闇に関わらないって盟約を結ぶくらいには、お互い警戒していたってことなのかもしれない。

 

「……でも、それがどうしたっていうのよ。そんなの、桜の時に破って来てるじゃない」

 

 透明になったキャスターから困惑の感情が伝わってくるけど、気にせず扉の向こうに足を進めた。ストップをかけられない以上は、私が感知している以上の何かは今、ここにはないのだろう。

 

 呼び鈴を鳴らさず、扉を小細工して開ける。

 今の私は、客ではない。この土地の管理者として、外敵になりうる者を調査しに来ているのだ。

 

 だけれど……。

 

「父さんの言いつけを破ったのって、これが初めてだっけ」

 

 200年続く、聖杯戦争のための盟約。そんなことよりも、父の教えを破ったことの方が、自分としては意識に上ってくることのようだった。

 ただ、それとてどうということはないのだけれど。

 

 ただ、悔いることがあるとすれば……。

 

「マスター、気付いてますか?」

「……ええ。でも別に構わないわ。どっちにしたって、ここで話すような内容でもないわ。監視されてるとしたら、それこそあっちが可哀想だし」

 

 一帯を見て回って、違和感を感じるところを思い描く。こういう時に士郎がいたら、きっと屋敷を一回りしただけで構造を把握して、指摘してくることだろう。

 そんな図をありありと想像して思わず苦笑い。キャスターには悪いけれど、今の状態はやっぱりイレギュラー以外の何物でもないのだろう。

 

「ここかしらね。音の響き方が変だし、中が空洞っぽいわね」

「風は、二階から吹いてるようです」

「なら上ね。ナビゲートお願いできる?」

 

 入り口自体は二階にあった。壁の継ぎ目にアゾット剣を刺し、小細工をして開く。この程度なら造作もない。造作もないが……。

 

 地下へのその通路から漂う湿気と、臭い。

 肉の腐ったような、あるいは爛れたような、嗅覚を焼くそれに少し顔をしかめる。

 

 下りる途中、キャスターが音もなく光を前方に灯してくれた。お陰で、よく見える。薄暗い、緑のその場所が、くっきりと。

 

 空間は共同墓地のようなそれ。無数に開いた穴は死者を埋葬するためのもののはず。棺に収められた残骸は、既に風化してるものも多い。

 

 ただ、決定的に墓地と違うものがある――――肉は土へと還るのではなく、無数に蠢く蟲の餌でしかない。

 

「なんでこんな……、こんなのだったら、どうして今まで――――」

 

 少し嘔吐し、呼吸を整える。胸の内で暴れた不快感は、嫌悪や怖気よりも、後悔と怒り。

 こんな、こんな場所で何を学べというのか。

 

 ここは、ただの飼育場だ。

 

 蟲を飼育し、跡継ぎを蟲に捧げ、共に飼育する――――。

 

「――――――っ」

「これは……、効率が、とびきり悪いですね」

 

 そんな問題じゃない。もとより後継者としての苦労を比べるのは筋が違うし、困難さで言えば私の方が苦労を重ねている自負はある。それだからこそ、魔術教会とて特待生として迎え入れようとする今の立場なのだ。

 

 だけど――――ある意味でいえば、この愚鈍で、非効率な学習方法。

 術者を蟲の慰み者にするとなれば、口をつぐんでしまう。

 

 そこにあるのは、統率するための学習ではなく、飼育するための拷問でしかない。

 

 頭脳より肉体に仕込むそれが、あの老魔術師の嗜好であるならば。後継者に選ばれるということは、その苦しみに終わりがないということ――――。

 

 桜の状態に対する認識が、私も、士郎も甘かったのかもしれない。

 

 統率するために身体を使ってるのではない。そもそもその主従が逆だからこそ、あの子は、暴走なんてしかけているのだ。判ってはいたはずなのに、それでも、耐えてきた年数に、想いを馳せることはなかったのだから。

 間が良いのか悪いのか。臓硯は今、ここに居なかった。いや、ひょっとしたら蟲か何かで覗いているのかもしれないけど――――。手がかりがない以上、長居は無用。

  

「辿れる?」

「ええ。一匹ほどお仕留め下さい」

 

 言われるままに、一つの頭を砕いてガラス瓶に入れる。溶液に浮かぶそれを一瞥して仕舞い、私は地上に戻った。

 

「慎二。そこにいるんでしょ、隠れなくていいわよ」

 

 洋風な居間の奥、もう一つの隠し通路に潜んでるのは、流石にわかった。

 

「っ――――遠坂、おまえ」

「……ふん。無視するつもりだったけど、ちょっと気が変わったわ。表まで少し付き合いなさい、間桐くん」

「――――――――ぅっ」

 

 表情には、聖杯戦争の頃みたいな尊大さはない。ないというより、発することが出来ないでいる。サーヴァントがないというのが心の支えを失わせているのもあるだろうけど、私の剣幕を前に調子こいていられるほど、鈍感でもないらしい。

 

 門を出た時点で、慎二の方から口を開いた。

 

「な、何を話すっていうんだよお前。だいたいそれは別にして、なに勝手にやってきてるんだよ、おまえは。お互いの家には口出ししないって決まりなんじゃないのか?」

「あら。同じ学校の生徒なんだし、遊びに来てもおかしくないと思うけど? とくに桜とは特別仲が良いし」

「ハ、笑わせるな。鍵壊して入ってきて、家荒らしといて正気かい? 呼び鈴くらい鳴らせば、僕だって普通に応対するに決まってるだろ。何、土地でも見てるわけ? いつから泥田坊の真似事なんて始めたんだい遠坂の人間は」

「アンタまで泥田坊いうな! でもむしろ、強盗って気分かしら。あれよね? 見つかったら暴れるから強盗って言うわけだし」

 

 あくまで冗談のつもりだ。気分的に全く笑えなかったものの。

 

「……ッ」

「反論とかはしないのね。当然、知ってたとは思うけど。でも、それでも貴方はマスターになった」

「…………嗚呼そうだよ」

 

 慎二は苦い顔のまま、それでもはっきりと、自分で言った。

 

「僕は単に……、魔術師になりたかっただけだ。それこそ聖杯の力でもなんでもいいから、魔術師として振舞えるなら、それだけで良かった」

 

 その言葉を出すのに、相当、葛藤はあったのだろう。

 間桐の家に生まれながら、魔術回路を持てなかった慎二。もともと間桐の血が薄れている時点で、探求者としての彼らの責務は薄れていったといえる。にもかかわらず、それに慎二は固執した。

 

「ないもの強請(ねだ)りだったなんて、わかってるんだよ。だけど、他になかったんだよ僕には――――! だって、じゃないと誰も僕を認めてくれなかったじゃないか、だから……」

 

 でも、それ以上の言葉を続けることはない。

 

「自分で分かってるってことは、分かるだけの何かがあったって解釈していいかしら?」

「……桜がさ」

 

 許すんだよ、と。慎二は、きっと私には判らないだろう葛藤を口にする。

 

「でも、許されるようなことじゃないだろ。特に桜は。だって、僕は加害者なんだぞ? 今更、どうしろって言うんだよ。そんな風に認められて――――僕は、どうしようもないじゃないか」

「…………それが、桜を避けてる本当の理由ね」

 

 しでかしたことの責任は慎二にあるのだから、私は同情もしないし、共感もしないけど。

 人畜無害な――――影日向にわざわざ来ないでも良いコイツが追い詰められるのだから、ある意味では報いと言えなくもないのかもしれない。

 そもそも慎二が余計なことさえしなければ、桜は、安穏と――――本当の意味で安穏といかずとも、それでも望むようには在れたのだから。

 

「でも少しだけフォローしてあげるわ。ほかならぬ桜のために。――――――あの子、助けてって言わないでしょ」

 

 え、と。ぽかんと口を開ける慎二。

 

「それこそ、桜がその言葉を言うには、遅すぎたのよ。何もかも。

 私も、言われたわ。あの子を助けるなら、それこそ十一年前の時点でどうにかしなきゃいけなかったって。今更、そのことを嘆いてもどうにもならない。

 私達は生きてるんだから。考えるべきは、どうすれば良かったかだけじゃない。これからどうするべきかってこともじゃないの?」

「……なんでおまえ、そんな……」

「でも正直、これに関しては私も衛宮くんに勝てる気はしないわ」

「なんで衛宮?」

 

 ここで喚き散らさなくなっただけ、成長したってことかしら。

 

「ある意味でそれは、魔術師としての素質そのものよ。たぶんそれがあったからこそ、桜にも届いたんだと思う。……結局、私もアンタも、及んでいないところがあるのよ」

 

 ――――自分以外の為に先を目指すもの。

 

 ――――自己より他者を顧みるもの。

 

 ――――なにより、誰より自分を嫌いなもの。

 

「こればっかりは、壊れてないと持てない矛盾だから。

 士郎は壊れたまま、ある意味一度『生まれなおして』るのよ。十年前の大火災の時にね」

「――――」

「とはいっても、あんまり気に入らないところでもあるんだけど」

 

 言いながら、今度は別な理由からむっとしてしまう。

 結局何を言った所で、あいつは自分のことを勘定に入れようとしないのだ。だから、周りがそのことを判った上でどうにかしないといけない。それこそ、骨でも埋める覚悟をもってしないと

 

 ……まぁ、そんなでも士郎だから、一緒にいようという気にはなるんだけど。

 

「士郎も、私も、貴方の人格や交友関係とは別として、貴方の事は許しはしないわ。士郎が例え貴方と友達になったところで、責任は何らかの形でとらせるわよ。

 だから慎二? ――――それでも桜が貴方を許したってこと、少しは考えなさい」

 

 これ以上は野暮か、と。私は肩をすくめながらその場を去る。

 慎二は、頭を抑えるように抱え込んだ。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「食べた食べた。意外と食べられたのが衝撃だった」

「そりゃどうも。……結局、割り勘だったな」

「そりゃ、流石にね。遠坂さんに悪いし」

 

 また泥田坊されても困るし、とよくわからないことを言い出す沙条。氷室を交え、ガールズトーク……にしては妙に山菜とか植物の話題とか、歴史上の人物の話題とかが多かった気がするが……、の洗礼を経て。店を出た俺達は、商店街に向かってる。

 

「氷室たちとは仲良いのか?」

「んー? まぁ、けっこう。みんなで美綴さんいじったりしてる」

「あいつ、いじられる側なのか……」

「ちなみに美綴さん、第五次のライダーに襲われていて、そこに一応介入して助けたのは私。ちなみに救急車呼んだのは氷室さん」

「それは初耳だ」

 

 一度襲われて、軽症で済んでいたとはなっているけど。まさか裏側がそんな事情だとは考え付いてはいなかった。いや、逆にこれは沙条のファインプレーと言えるのかもしれない。

 

 でも色々あったけど皆進級できてよかったよね、と、話題をぶった切ることに躊躇がない子だ。いや、その話は確かに追求すべきは慎二なのだと言えば、それまでなのだが。

 

「進級か……。まぁ確かに、一時期休んでいたくらいだし。前の三年生たちは、大丈夫なのかな」

「流石にそこまでは、私が面倒をみる領分ではないからね。私にできたのは、せいぜい倒れた生徒達にこの栄養満点の特性青汁を気付代わりに飲ませて回るくらいなものよ」

「なんでさ。いや、素なのかそのキャラは?」

 

 大概この沙条も人物が読めない。この異様に飄々とした感じは、遠坂でいうところの優等生の外面と同じで、フェイク、だとは思うのだが……。

 

「一応、植物が専門なのは本当だよ。同行の志が増えて欲しいとは思ってるけど。

 衛宮くんは、なんか特別『悪いもの』に魅入られてるような気がするし、青汁効くと思うんだけどなー、なー」

「なんでさ、そのノリノリな感じ……。

 だったら決定的に宣伝の方法を間違えてるぞ、それ」

「? ふきのとうは美味しいでしょ?」

「それは認める。認めるけど、そういうのは脈絡なく押しても、身構えるのが普通だ。趣味は押し付けるものじゃない。共有するものだろ?」

「とすると、アドリブであの対応が出来る穂村原の女子は、猛者と。

 そりゃそっか、普通はあの勢いで闇クリスマスしないし」

「…………あー、沙条は普段、どんな学校生活を送ってるんだ?」

「聞きたい?」

「やっぱ止めとく」

 

 世の中、知らないほうがいいこともある。何をしたところであからさまに結論が決定されていそうな状況においては、唯一、観測しないということがそこから逃れる術なのだ。

 俗に言う薮蛇ってやつ。

 

「まぁ遠坂さんも一緒にやったんだけど。闇クリスマス」

 

 蛇どころかあくままで同伴していた模様。

 

「学校というと、アレだな。葛木がマスターだっていうのも知ってるだろ?」

「うん。まさか入院中って形に落ち着くとは思ってもいなかったけど」

 

  葛木 宗一郎。キャスターのマスターとして戦っていたあいつは、アーチャーの策に嵌り生死の境をさまよい、現在絶賛入院中だ。意識不明状態が続いている。

 キャスターがこの事実を知らないのは幸いなのかどうなのか……。少なくとも遠坂は、意図的にこのことを伏せているはずだ。

 

「あの先生に関しては、遠坂さんはノーマークだったんじゃないかな? 普通に見てこう、本職教師っていうのに違和感があるような立ち居振る舞いはしていたけど。修学旅行」

「してたな、修学旅行」

 

 今更ながらよく死人が出なかったものだ。……主に、どこぞの黒豹とか。

 何故ああいうのは脱走したがるのか。しかしそれを仕留める側に藤ねえがいることに「解せぬ!」と叫び声を上げたりしているあたりが、平和といえば平和だった。

 

「冬木の虎と一緒にね」

「沙条まで虎呼ばわりするのか……」

「そういうわけで、藤村先生は最近どう?」

「どうって何さ」

「何かおかしかったりしないかとか、まぁ、そんな感じ。ほら、先生も学校で、ライダーの結界の影響を受けてるし」

「特に大丈夫だったぞ? 医者から『藤村先生は元気ですから、むしろ献血してきますか?』ってすすめられて、翌日カンカンだった」

「ふぅん」

 

 何故か意味深げにメガネのつるを抑える沙条。

 

「……まぁ、絶対的に悪いものではないから、それは大丈夫か」

「どうした?」

「大した話じゃないよ。間桐君のあ……、いや、なんでもない」

「……いや、本当なんでさ? 本当にシンジに一体何があったっていうんだ?」

 

 というか、実行犯だろうかこの娘。

 

「それはともかく、衛宮くんが遭遇した、クラゲから出てきたサーヴァントは何?」

「話が一気に戻ったな……。ちょっと待って、頭を整理し直す」

 

 この緩急ありすぎる会話は計算なのか、それとも天然なのか……。どちらにしろ、遠坂とは別な意味で振り回されている感じがする。

 

「ランサーとセイバーだ。あと、キャスターを今遠坂が保護してる」

「保護? ……えっと、薬でも飲まされて、身体が縮んだりしたの?」

「いや、よくわかったなそれ」

「それはなんというか、テンプレというかお約束というか……、っていうか、あざとい」

 

 なんでさ。

 

「私達は、ライダーと遭遇した」

「ライダーと?」

「うん。……流石にゴルゴーンとかは予想していなかったっていうか。組んでいたのが代行者じゃなかったら、私も今頃砂粒になってたかも」

「穏やかじゃないが、まぁ、それは分かる」

 

 ライダーの正体とその能力からして沙条が言わんとしていることは嫌でもわかる。

 ただ、そんな俺の反応を無視するように、沙条の視線は山の方を向いた。

 

「どうしたんだ?」

「……その後、ちょっと視たのだけれど」

「みた?」

「若干、黒魔術(ウィッチクラフト)から系統は外れるんだけど、ある程度の等価交換で、未来予測とか過去調査は出来ないわけじゃないから。

 うん。その時のインスピレーションからわいたのが、あの、山」

 

 沙条は、感情がない声で言った。

 

 

 

「――――呪いは、あの下に埋まっている」

 

 

 

 

 




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