ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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セラ「お嬢様――――!」
イリヤ「いいのよ、セラ。ごめんね、貴女を理由にしちゃって」
セラ「いえ、私のことなど別に問題はありません!(衛宮様のところに行くのは問題ありありですが……)」
イリヤ「もう少ししたら落ち着くと思うから。そしたらまだしばらく、士郎には気付かないでもらえるだろうしね」
セラ「お嬢様……、そこまでして、衛宮様と一緒にいたいと?」
イリヤ「だって、もう士郎には私しかいないんだもの。せめてリンたちに任せられるって確信するまでは、私も無理しなくちゃね」


混迷Lyric! その3

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 もう一つの聖杯。キャスターは確かにそう言った。

 聖杯たるイリヤから発生したそれは、俺とセイバーで打ち砕いた。つまり――――今、あれがもう一度出来かけているということか?

 

「待って。言ってる意味がよくわからないわ」

 

 キャスターの言葉に、遠坂が待ったをかける。

 

「聖杯がもう一つある。いいわ、そのことは後回しにして考えてあげる。だけど、『聖杯が聖杯たることを望まなかったから』っていうのが、よく判らないわ。仮にそれが一つの人格を持つ誰かであったとしても、聖杯として完成していけば、人間の機能は自ずと外されていくはず。

 だっていうのに、本人が望まなかったからってそんなこと、おいそれと可能だなんて思えないわ」

「……そこは、私にはよくわからないのです。

 でも少なくとも、私はこう聞きました」

 

 

 ――――「聖杯でない」という状態を維持できるのなら。もう一度、無理やり入れ直せば良い。

 

 

「それゆえ、英霊たちは多くが反転させられました。『聖杯の完成を望む』ナニカが傀儡とすべく、

 アーチャーはもともと反転していたこともあり放置で、私はそもそも反転するまでもなく、負の要素が強かったので……」

「英雄王、ギルガメッシュはどうなったんだ?」

 

 俺の言葉に、キャスターは苦笑いを浮かべた。

 

「彼は唯一、その『呪い』をほとんど受けない存在でした。それゆえ唯一、私達の中であれに勝ちうる存在でした。だからこそ唯一、強引に『解かされました』。ただその際――――私に若返りの薬を投げ、『外』にはじき出しました」

 

 ――――色が異なれば、この黒き杯より逃れることも容易かろう!

 

「結果として私はルーラーを頼りながら、現世をさまよう事になりました」

「……よく判らないけど、要するに、ギルガメッシュだけは反転してないってことね。

 そして、貴女が出てきたのっていつから?」

「外にはじき出されたのは2月前でした。そこからは……長かったです。

 ひたすら寺で、かつて私が作っていた陣の残りを食みながら、ルーラーが気付くのを待っていました。……場所を動くわけにもいかなかったので、その。動いてしまうと、魔力の供給先がなくなってしまうので」

 

 かつてキャスターが集めていた魔力を食べながら、2月。

 

「まぁ、肝心のルーラーには、助けてくださいと言っても拒否されたんですけどね」

「……そうだ、それも聞かなきゃ。ルーラーもサーヴァントよね。だったら聖杯戦争が終わった時点で消えてると思ったんだけれど、どういうことなの?」

「そこは、なんとも。ただ裁定者であるせいなんでしょうか……。きちんと聖杯戦争が終わってなかったということなのか、未だに、この街に残存しています」

「そう。会う事はできない?」

「…………召喚形式が特殊なのか、おそらく、貴女たちでは」

「そう。

 でも、貴女を拒否したっていうのは……」

「…………召還されたルーラーにとって、今回の聖杯戦争はイレギュラーであっても、聖杯戦争が『異常をきたして終わる』という状態では未だにないようでした。私が一度、やりすぎたことも指摘されました。

 以上の観点から、預託令呪を1つ頂き、街まで下って来ました」

 

 そして、あの影に襲われたと。

 外に出されて山に居たということは、イリヤの聖杯が出現したのが柳洞寺だったことに関係してるのだろうか……。いや、何か違和感を覚える。忘れてはいけないようなことが、何か一つ。

 

 ―――― ここは、『悪性腫瘍』が出来かけている。

 

 アーチャーの言葉が脳裏を過ぎるが、ダメだ、つながらない。以前なら何かに気付けたという確信があるが、聖杯戦争が終わってから、段々とあのアーチャーの記憶が抜け落ちつつあるせいか。

 

「というか、預託令呪?」

「あ、士郎は知らなかったっけ。本来は聖杯戦争の監督役が持つ……というか、預かってるものよ。

 未使用の令呪が残ったり、なんらかの理由で残存したりした場合、監督役に令呪が託されるの」

「監督役……、言峰?」

「そのはずよ。でも、なんでルーラーがそんなもの……」

「すみません。私にはよく判らないのです」

 

 困ったように頭を下げるキャスターに、遠坂は半眼になる。

 

「……まぁ、それもいいわ。じゃあ、あの影についてだけど」

「私にはよく判らないのです」

「…………まぁ突然襲われた側だし、それもいいわ。じゃあ、2つ目の聖杯について――――」

「すみません。私にはよく判らないのです」

「……………………アンタねぇ」

 

 使えないわね、と遠坂が小さく愚痴る。びくり、とキャスターの方が震えて、俺に助けを求める目を向けてきた。うん、今にも泣き出しそうだ。

 

「遠坂、流石に理不尽だぞ? それ」

 

 おそらくセイバーが居ても俺と同意を得られたろうし、アーチャーなら鼻で嗤っていることだろう。

 悲しそうな表情で遠坂を見つめ、しかしそれ以上のリアクションがとれないキャスター。

 

「な、なによ、そりゃ言いたくもなるじゃない! こっちは手がかりどころか、そのとっかかりさえない状態なのよ?

 まぁ、その事情を把握できていないことは一概に貴女のせいってわけじゃないし、本来の貴女でも把握できていなかったことかもしれないから、使えないって言ったのは悪かったけど。ごめんなさい」

 

 段々と尻すぼみになる遠坂はともかく。

 

「……まぁいいわ。分かった情報がない訳でもないし。少なくとも、今起こっていることは第五次聖杯戦争の延長上の出来事。そのこと自体は間違いないようだし」

「だな。

 あと、聖杯についてならイリヤに聞くのがいいんじゃないか?」

「っていうけど士郎、ここ一週間イリヤ缶詰め状態じゃない。本当に話せるの?」

「…………後でリズに電話を入れてみるか」

 

 いや、そういえばこっちも違和感といえば違和感がある。

 

「じゃあ士郎はそっちを当たって。

 私達は犯人に直接中るから」

「犯人?」

「決まってるじゃない。臓硯よ」

 

 本格的にやる前にディーロさんにも連絡入れたほうがいいかしらね、とか。そんなことを呟きながら、遠坂は肩をすくめる。

 ちなみにディーロ爺さんっていうのは、本職の司教で、言峰不在の教会で現在、代理の監督役をしている。……とはいえど、あくまで代理というか、本当の意味での聖杯戦争の監督役をしているわけではないのだけれど。

 事後調査が主目的の相手なので、そういう意味では、これからあることに関しても話す必要はあるのかもしれない。

 

「って、なんでそんな」

「純粋な消去法よ。まず、遠坂の場合は聖杯に手を出せる技術も何もあったものではない。次にアインツベルンだけど、何かあればそれこそイリヤからこっちに情報が回ってくるか、さもなくばイリヤ自身がどうにかするでしょ。

 となると、唯一情報が出てこないのって、間桐だけじゃない」

「それは、中々暴論が過ぎるというか……」

「それに忘れたの? 聖杯戦争の途中、あの似非神父と臓硯は何か話し合いをしてるのよ? それが桜に関することだけだなんて、私は思わないわ」

「――――――――」

 

 そういわれれば、確かに怪しくはある。というか、他に犯人候補と呼べるものがないともいえるかもしれない。なにせ言峰こそが第五次において、聖杯を正しく理解し、俺達の前に最後に立ち塞がった敵なのだから。

 そんなアイツが、わざわざ聖杯に強い執着を持つ臓硯と話したのだ。何かあったとしても、不思議ではないかもしれない。

 

「って、調べるっていったって、それこそどうするんだよ」

「直接、間桐邸に乗り込むわ。言ったでしょ? 遠坂と間桐は、聖杯戦争開始の折から縁がある」

「お前、それ敵の本拠地につっこむってコトだぞ!? いくらキャスターがいるからって、待ち伏せされてたらどうするんだ!」

 

 あちらにセイバーがいるかもしれない、という状況なのに、なんでこんな平然と言うのだ。

 

「なに驚いてるのよ。本人がいると決まってる訳でもないし、逃げるだけならキャスターでも対応可能だと踏んでるからこそよ。それにそもそも主目的は調査だし――――あっちには慎二がいるしね」

「それが一体……」

「少なくともキャスターは、あの老魔術師と面識はない。少なからずその『もう一つの聖杯』は臓硯の近しいところには存在しないでしょうし、マスターでもない人間が聖杯を御せるとも思えない。

 くわえて私は、聖杯戦争中に一度あれと対峙してる。その時点で力量は計れてるわ。はっきり言って、臓硯は敵じゃない。魔力のほとんどを肉体の維持にあてているから、攻撃手段がほとんどないのよ。

 そんなワケだから、待ち伏せされたところで高が知れてるし。むしろ事情を話せば、慎二だって協力的になってくれるかもしれないじゃない」

「後半のは、一理ある……」

 

 少なくとも聖杯戦争後。マスターでなくなったシンジは、多少なりとも以前のシンジに戻りつつある。

 邪険にあつかってるところもあるが、そもそも本当に桜がどうでもいいのなら、俺の家に桜を預けようと判断はしないはずだ。

 

「問題としては、士郎が動く範囲は桜に気付かれない範囲でないとってことなのよね……。既に妙なことが起こっているのを私達が認識した、という事実は、桜を介していくらでも知れるだろうし」

 

 と。そんな遠坂の言葉で気付いた。

 

「……なぁ遠坂。そういえば、桜に連絡って……」

「…………あ」

 

 表情がコロコロと変わるが、最終的に頭をかきながら笑う。満面の笑みだ。珍しい仕草だけれど、その挙動がすべてを物語っていた。

 

「遠坂、いくらなんでもそれはないだろ……」

「し、仕方ないじゃない! 士郎は倒れるわキャスターは契約直後でも倒れるわだったし! 一人で二人分運んで士郎介抱して、キャスターの服選んだりしてたら気が付いたら朝だったわよ! 悪い……?」

「まぁ、ありがとう。

 わかった。桜には俺が言いに行っとくよ。電話あるよな?」

 

 肩をすくめて立ち上がり、身体を伸ばす。

 

「やっぱり、相性は良いようですね」

 

 くすり、と。キャスターが俺達を見て微笑んだ。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「じゃあ先に行ってるから、士郎は鍵とかお願いね」

 

 とか軽い調子で家を出て行く遠坂。……いや、まぁ確かにそこら辺は一応教わってはいるのだけれど。問題はそういうことじゃなくてだな。まぁ、今更とはいえそこはツッコムべきなのだけれど、実際問題アイツがそこら辺を意識しだしたら、きっと今頃俺の体と心はボロボロなので、こと非常事態においてはスルーさせてもらう。

 

 とりあえず最優先で、まず自宅に電話。藤ねえはたぶん昼まで寝ているだろうと判断して、やはりその予想はビンゴだったと察する。

 

『はい、衛宮です』

「あー、桜? 俺だ。悪いな、朝早く」

『先輩ですか!?』

 

 やはりというべきか、慌てたような桜。謝りながら向こうの状況を聞くと、こっちとは別な意味で修羅場になっていたらしい。

 

『藤村先生が「むぁっさっかー、遠坂さん家にお泊まりかー!? 許セン、トゥ!」とか飛び出していきそうだったので、ちょっと大変でした』

「それは……、すまない」

『いえ。でも実際、昨日はどうしたんですか?』

「……あー、説明が難しいというか……。

 細かくはそのうち、遠坂から聞いてくれ。だけど……、すまん」

 

 俺が言葉を濁したのを聞いたせいか。桜がはっとしたように、声色を変えた。

 

『……すみません、先輩。わかりました。姉さんから聞きます』

「……」

 

 桜自身、おそらく自覚はしているはずだ。自分が一歩間違えれば、あの老人のスパイになりうることを。だからこそ俺が終始、言葉を濁したのを聞いて、それがあちらに聞かれたくない情報だと察したんだろう。

 こういうところを察してくれるのは、助かるのと同時に申し訳ない。

 

「桜――――」

『それはそうと先輩? 昨晩はどこに泊まったんですか?』

「……えっと」

『先輩、別に私、変なことは聞いてません、よ、ね?

 せ、ん、ぱ、い――――――?』

 

 時々、俺はこの世で桜が一番怖い。

 

 声は笑顔。しとやかな桜が脳裏に浮かぶものの、その姿は絶対的に、こちらの嘘を許さないそれで。そして何か、言い知れぬ威圧感を同時に放つそのイメージは……。

 

 と、ドアのベルが鳴る。

 

「あ、すまん。ちょっと待っててくれ」

『え? あの、先輩――――』

 

 急な来客に助けられた、ような気がする。すまん桜と心中で頭を下げながら受話器を置いて、玄関に回る。

 しかし廊下が長い……。間桐の家ほどじゃないにしろ、自分の家じゃないところで一人という状況も手伝ってか、中々に心中穏やかじゃないのも理由の一つだろう。

 

 ともあれ扉を開ける。

 

 門の向こうに一人。

 

「って、あれ?」

 

 なんだろう。見覚えがある気がする。水色のブラウス姿が遠坂と対象的なイメージで、メガネをくいっと上げて、俺を見てくる。

 そして背中には、何故か小形のリュックサック。なんだろう、短パンにストッキングという格好なのに、あのまま山でも登って居そうなイメージが沸くこのデジャビュは……、以前学校で……。

 

「あれ、へえ。衛宮くんが出るんだ。噂は噂だと思ったけど、案外真実、見てるヒトは見てるのかもしれない」

「? 俺のこと知ってるのか?」

「私は知ってる。そっちは知らないかもしれないけれどね。『セイバーのマスター』」

「――――――!?」

 

 瞬間、咄嗟に両手に干将莫耶を投影して構える。そんな俺を前にしても、閉ざされた門の向こうで彼女は態度を変えない。手をさっと出して、落ち着け、とジェスチャー。

 

「第一、一度は顔合わせくらいはしてるし。覚えられていないのは仕方ないにしても、もうちょっと友好的であって欲しい」

「顔合わせ?」

「間桐さんの家の前で」

「?」

「…………え、ちょっと、本気で覚えてないの?」

 

 言いながら、ちょっと態度に焦りが見え隠れ。この様子からして、冷静にみえたさっきまでのそれは猫被りか何かなのだろうか。

 何故かごそごそとリュックからビニール袋を取り出し、こっちを手招き。何故かそれを手渡してくる。

 

「なんだ、これ?」

「お近づきの印に。ふきのとう。初心者でも美味しくいただけます」

 

 何の初心者だ、何の。

 

「沙条綾香。名前くらいは、お見知りおきを」

 

 そう言いながら、彼女はふっと微笑む。そんな様子を見て、ようやく俺はこの相手が、以前遠坂から名前だけ聞いていた「学内にいる魔術師のうちの最後の一人」だと気付いた。

 

 

 

 

 




綾香「ところで、ワカメの頭について何か聞いているかな?」
士郎「ワカメって……、いや、たぶんシンジのことだろうけど。頭って何の話だ?」
綾香「知らないならいいよ。(ヘタレめ)」
士郎「?」

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