ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
士郎が、花弁の盾を投影した。
それはアーチャーが以前投影したものを彷彿とさせ、でも明らかに様子が異なる。あちらが直列に重なった障壁だとするならば、こちらは広がった、文字通り花開いたようなものだった。
ただ一つだけわかることがある。こんな宝具クラスのものを投影して――――しかも、剣の範疇から逸脱したものを投影して、士郎がまともでいられるはずなんかない。ランサーの投擲を抑えられるだけの魔力を回せるはずなどないのだから、そこで無茶をすれば、当たり前のように限界を超えるだろう。
セイバーの鞘を返却した以上、それに対する回復も見込めない。だっていうのに、当たり前のように士郎は盾を使う。
ただし――――それは絶対的に持たない。花弁が一枚に欠けた瞬間、少女と私は跳ね飛ばされる。
でもぎりぎり踏ん張れたのは、それでもなお士郎が盾としてその場で腕をかざし続けていたことと。
「――――
聞き覚えのある、そんな彼女の厳かな声だった。
士郎のアイアス、その最後の花弁が消し飛びかけたその瞬間、猛烈な暴風がランサーのゲイボルクを弾く。彼の手元に戻ったそれを見上げ、黒い鎧の、セイバーは剣を片手に。
「時間だ。今はまだ、これ以上の召喚は『持たない』だろう」
「へっ、そりゃそうかい。でも、だったらとっとと殺せば良いだろうに」
「戯れるな。私が本気で戦った場合、負担は貴様の比ではないのだ」
負担……。それは、一体、何に対しての?
「おぅ、怖ぇ怖ぇ。それじゃ『そういうことに』しておいてやるよ」
飄々と去るランサーと、士郎に振り返るセイバー。
「まさか、セイバーまで……って、何を!?」
セイバーが士郎に歩み寄りながら、片手をかかげる。そのままシロウの頭を掴むように手を下ろすのを見て、私はガンドを撃った。
当然、セイバーにそんなものが効くとは思っていない。あのランサーの様子と似たような有様で、なおかつ士郎と契約していたときよりも、格が違う。供給されている魔力が高く、全体的な能力も底上げされていると考えるべきだろう。
それでも士郎から注意をそらせられれば、他にやりようはある。
――――ただ、そのガンドは彼女に当たらなかった。
いいえ、そんな生易しいものじゃない。薄い、金色の霧のようなものが彼女たちを包んだかと思うと。ガンドがそのまま幻影でも相手にしているように、蜃気楼のごとく彼女の肉体を通過して、背後の塀に刺さった。ちらりと一瞥し、セイバーは嗤う。
「凛も相変わらずだ。行動と感情の結びつきが強すぎる」
「ッ……、ホントにセイバーなのね。そんな露骨な言い方はしなかったと思うけれど」
あのランサーと同じ。こんなところまで。
ただ、それでも顔についた仮面ははがれない――――背後から黒い魔力を散らしながら。黄金の境界より、こちらを見据える。
「だったらなおのこと理解できないのよ。セイバー、あなた、士郎を殺すつもりだったわよね? それはどうして?」
「――――今の私は、シロウの剣ではない。他に理由は必要か」
「ええ、必要ですとも。マスターが士郎じゃなくて、サーヴァントが貴女じゃなければ、私もこんなことを言ったりしないわ」
だって、士郎にとってセイバーは特別で。それはセイバーだって同じなのだ。
だったらこそセイバーが士郎を殺しにかかる理由がわからない。あの黄金の境界が何なのかさえ意味がわからない。わかっていることは、少なくとも私がどうあがいてもセイバーを傷つけることが出来ないということ。
「つまり……、士郎は貴女を、送り出せなかったってことになるわね――――」
挑発。軽いジャブ程度のさぐりに対して、セイバーは殺気を放つ。思わず息が止まる。首に剣をつきつけられているようなこのプレッシャー。
「――――いくら貴女といえど、次はない。凛」
なるほど。やっぱり士郎は特別なのね。
どうあっても隠しようのない程に、私の言葉に対する苛立ちを浴びせてくるセイバー。このセイバーは、やっぱり反転しているのかもしれない。以前のセイバーなら、もっと自省的な反応をしたのでしょうから。
ふと、セイバーは自分の周囲の黒い魔力を見て、驚いたような表情。黄金の境界が瞬間的に消し飛ぶ。一体どうしたのかしら。
「………裏目に出ましたね、騎士王。色々言ってますけど、彼には甘いのですね。その様子だと、そもそも――――」
「黙れ『キャスター』」
キャスター?
セイバーの言葉に、思わず背後の少女を振り返る。ショートカットの、ちょっと幸薄そうな愛らしい少女。一目見た瞬間にサーヴァントであるという懐かしい直感があったものの。いや、キャスター? 別な英霊が召喚されているのかと思ったけれど、セイバーとランサーのあの様子。加えて、さっき明確に士郎を「セイバーのマスター」と呼んでたことからして……。
このキャスターは、やはり第五次のキャスターと同一の存在。彼女もまた別な側面で呼ばれたとうことだろうか。でもそれにしては、こう……。
「毒に対して抵抗力がある程度の分際で、条理に逆らうのも甚だ悪し。
ヒトは殺されれば死ぬのだ。時が経てば老い、善が悪に染まればそれもまた同様」
「……ええ。私の責任でないとはいえ、条理に反している自覚はあります。だからこそセイバー。誰よりそのことをわかっているでしょう貴女が、そんな有様になっているのが、悲しいです」
くつくつと、セイバーが肩を震わせる。
「根がそれで、ああなるのか貴様は。いや、違うか? あれも、そして貴様もどちらも等しいものであると」
「――――”ανάπτυξη”――――」
その一言の詠唱とともに、キャスターの姿は変わる。短い髪のあどけない少女から、長い髪を後ろに纏め上げた少女。こころなし、気色が良くなり――――なにより、服が王女らしいものになった。
「ならば散るか?」
「ええ。ここが引き時でしょう。英雄王も、私にこんな役をふったのは無茶がすぎると思っています」
微笑みながら、一瞬だけちらりとこちらを見る幼いキャスター――――でも。わずかなその一瞬の視線に、見覚えがあるような鋭さを直感。身なりは幼く、精神は捻くれているように見えないけれど、それでもキャスターはキャスターなのだと認識させられる。
その口がわずかに動く――――任せて、と。
「確かに今、私が消えることは危険きわまりませんが。でも、貴女たちが呼び出されたことから、『警告』は残せたと思います」
「そうか?」
「ええ。だって、貴女はマスターと、彼女を殺しはしない。後ろのお嬢さんに、貴女は追撃するつもりはないでしょう?」
「……」
「どさくさに紛れてこのヒトを回復させようとして。でもそれに失敗した貴女は、私が倒された後、唯一この場でそれを果たせそうな彼女を殺せない。
この坊やさんに……、明らかに他のヒトに対する対応と異なりますよね、騎士王。
私に言わせれば、あのアーチャーとは違います。貴女はそんな有様でも、まだ正気です」
「何がいいたい?」
「恋っていいですよね♪」
セイバーが、無言でエクスカリバーを構える。
「止めてください冗談じゃないんですよ。だって、女の子はいつまでたっても王子様を待っていますから。自分を守るために身を挺してくれる殿方なんて、貴女からすればそれこそ初めての相手だったでしょう?」
「どの、口が、言うのか」
こればっかりはセイバーにごもっとも。実際、セイバーを奪ったのはキャスターだし、そのキャスターにセイバーのために自分の命を投げ出しかけたのも士郎だった訳だし。
「ですから、私が言いたいのは――――取引をいたしませんか?」
む、とセイバーの纏う気配が変わる。上段に構えたエクスカリバーを下段に下ろした。
「何を取引するというのだ?」
「ですから、彼女と、彼のことです。
私が今、彼を助けます。だから今日ばかりは、二人を見逃してはいただけませんか?」
人差し指を立て、姿形の変わったキャスターは提案する。
「貴様に一体、何の特がある」
「特はありません。でも損にはなりません。……これでも気にしてるんですよ? 大人の私が、あなた達にその、大変迷惑をかけたってことについては」
「…………」
無反応のセイバーと違って、ちょっと反応に困る私。だって、いや、そりゃいくら純真無垢みたいな少女らしい様子を見せられたところで、キャスターだし。でもあんなに含みを持たせて「任せて」とこっちにメッセージを送ってきたにもかかわらず、このある意味では正攻法の願い。こういうあたりは、少女らしいといえるのかもしれない。
ただそれでも、えーって思ってしまうのは私の心が汚れているからかしら。
「―――ー嗚呼、そこを読み違えているなキャスター」
「なんですか?」
「確かに、
だが、それらはあくまで私の判断だ。請われて行うものではない。
王とは、竜。吹き荒れる嵐だ。故に」
セイバーの、こちらに見える口元は、嗤っていた。
「何も起きぬうちにこの場で首を撥ねることの方が、シロウを想うなればこそ救いなのでないかとも、思っている」
「――――――」
「だが良いだろう。一度は救おうとしたのだ。その程度で目くじらは立てない。
それで心置きなく――――シロウを斬ってあげられる」
矛盾したようなことを当然のように言うセイバー。仮面越しのせいか、なんとなくだけどセイバーも自分が何をいってるのか、何をやりたいのかわからないんじゃないだろうか。
明らかにセイバーは、彼女よりも上位の存在からの命令を受けている。
でもそれに対して、多少なりとも恣意的に反乱しようとしているように思うのは、私の気のせいだろうか。
反転してるが故に、アーチャーのような恐ろしさを漂わせてるって言うのに。だってほら。シロウって呼ぶ時だけ、少し声のトーンが高いのだから。
「……見るに耐えないですね」
少しだけ悲しそうな表情をした後、キャスターはいつの間にか手にしていた杖を振りかざし。
「――――
それはいつかアーチャーが使っているのを見た宝具。
そして、その効果はまさしくあのキャスターが最後の最後で葛木に使ったそれ。
その軌跡が光の尾を描き、士郎に注がれる。
ぐらりとキャスターの身体が傾く。
「……っ、あれ?」
「ほぅ。約束は守ったか。ならば逝ね」
シロウの声を聞いて、片手だけでエクスカリバーを振り被るセイバー。
キャスタは倒れて、息も絶え絶え。ことここに至ってようやく、キャスターは本気で私や士郎を逃がすためだけに「任せて」と言ったのだと悟った。
でも、悟ったところで手遅れ。ガンドのために構えをするより早く、エクスカリバーはキャスターの首を――――。
「――――っ」
振り下ろされるエクスカリバーが、途中で軌道をかえた。
空より注がれる剣の雨。……見覚えがあるような。アーチャーが最初、バーサーカー相手に弓を持ち出したときに使っていたそれ。綺礼もときおり、手に持っていた覚えがあるそれが雨霰のごとく落ちる。
うっとうしそうにそれを払いのけるセイバー。
ただ、最後だけは違った。
「はあぁッ!」
「――――!」
いつの間にかセイバーの懐に潜り込んでいた(本当に視認できなかった)、修道服の女性が。サマーソルトキックを、エクスカリバーを振り終えたセイバーに向ける。下手するとランサーとかを平然と超える速度の移動に、セイバーも驚愕を露にしていた。
「流石に重いですね……」
あえなく一撃を受け、強引に弾き飛ばされる。それでもたいして距離が開かないのは、突如現れたシスターの側の問題というより、あのセイバーの甲冑とかの重量の問題かしら。
今の一撃で仮面が割れる。――――その目はおおよその予想通り、金色に染まっていた。
そして、シスターの一言がカンに触ったのか、むっとした顔になった。
「……」
無言が怖い。
「あはは、あくまで対人ないし対軍レベルかと思って出て来ましたけど、ちょっと失敗でしたかね」
対するシスターも冷や汗を垂らしながら、眼前のセイバーを見据える。
セイバーは……剣を消した。
どろどろと、セイバーの足元の影が変質していた。
ちらりと私の方を見るセイバー。
「運が良いか、悪いか。定かではないが、この場では時間切れのようだ。凛。
――――恨むぞ。これで結局、シロウに『アレ』を見せることになってしまった」
「アレ?」
「呼ばれた時点で『あの星』にアーチャーは囚われた。……なれば、シロウを関わらせるべきではないのだ」
目を閉じて、そのままセイバーは影に呑まれ、消える。
周囲から完全に殺気が消えた時点で、ふぅ~、と大きく息を吐いて、シスターが壁に背を預けた。
「いや、危なかった。……防戦でぎりぎり負けるくらいですかね、アレだと」
「あ、貴女は……?」
「あー、いえいえ大したものではないですよー。ちょっとしたモンスターハンターということで一つ」
「は?」
「詳しいことは……(投げちゃいましょう)、沙条綾香からお聞きになられてください。冬木の
私は私で仕事がありますので……」
そう言いながら、ちらりと、彼女は倒れている士郎の方――――その左腕に巻かれた赤布を見て。
「……ひょっとしたらですけど、もっと広範囲の聖骸布の方が効果的かもしれませんね」
そんな意味深な言葉だけを残して、再び目の前から消えた。……いや、今度は辛うじて目で追えた。電柱の上に上ったかと思うと、民家の屋根と屋根を行き来して、どこかへと走っていく。
つまりさっきの、セイバーでさえ視認させなかった移動速度は、まぎれもなく単なる身体能力そのものだってこと……?
「どんなバケモノよ」
思わず口をついて出た言葉に苦笑いが浮かぶ。まぁいい。細かくはとりあえず、手っ取り早く沙条さんを問い詰めよう。ちょっとだけ聖杯戦争前、思惑に協力してあげたこともあるんだし。
それよりも。再び気絶したらしい士郎の隣に倒れるキャスター……、消えかかっているものの、まだ辛うじて原型を留めている彼女の傍に膝を下ろす。
「……アーチャーの、マスター」
「状況が全く読めないんだけど。読めないからこそ成立する取引もあると思うのよ。キャスター」
私の意図を察したのか――――キャスターはわずかに微笑んで、頷いた。
ナマモノ「ニャ、どうしたニャ仮主人」
虎(?)「いや、そういう風になったかなーと思ってねー」
ナマモノ「よくわからないニャ……。それにしても仮主人は、獣成分が減ってきてるニャ」
虎(?)「いや、そろそろ私も本腰入れないといけないかなーって気がしてきたような。今後の人間関係に影響しない程度に? お陰で弟子を召喚できないんだけど」