ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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メリィ「・・・あっちの私が迷惑をかけた傍から、なんでまた巻き込んでしまったんでしょう・・・。相性でも悪いんでしょうか(涙目)」


Don't 振り返る若さ! その3

 

 

  

 

 

 遠坂が何か言ってるかもしれないが、わからない。

 生憎と、体は波かなにかに攫われたような、そんな感覚。だがそれにしては熱を感じる。水にありえないこの泥、さしずめ連想するのはコールタール。生命を育む海ではありえまい、この重圧感。

 

 だが、中に入って確信した。

 

 これは――――聖杯の泥と、同じものだ。

 

 この気持ちの悪さも、倦怠感も、何か言葉が出てこなくなるような薄気味の悪さも、何もかも嗤い飛ばしてしまいたくなるような、この不快感も。

 

 

 だが……不思議と、前よりも楽に思う。

 

 

 その証拠に、気が付けばこの意識は、自分の肉体へと早く帰って行った。

 

 

「  郎、士郎……!」

 

 慌てたような声で、意識がはっきりしてくる。

 熱を持った体は何か覚えがある。頭もぐらぐらとし、吐き気があり、流石に立つのは難しい。

 

「目、覚めた? 大丈夫、わたしがわかる……!?」

「……平手打ちは止めてくれ、遠坂。大丈夫だから。

 あの、クラゲみたいなのはどうなった?」

「クラゲって……、まぁ確かにそんな感じだけど。

 消えたわ。士郎があの子を庇って倒れたと思ったら」

 

 身体を起こしてもらって、腕を確認。足元に転がる投影の感じからして、あの影は物理的な侵食はしないとみえる。

 とすれば……。

 

「遠坂。俺、どれくらい倒れてた?」

「十秒くらいかしら。どうしたの?」

「いや……」

 

 十秒、十秒か……。言峰と戦ったときほどでないにせよ、それでも俺の体感は明らかに十秒を超えている。かなり長く絡められたあの感覚は……、アーチャーの固有結界が侵食していたときの感覚にも近いかもしれない。

 そんな風に一人確認をしていると――――背後から、

 

「良かった……! 本体に障らなかったとはいえ、ちゃんと意識があるなんて……!」

 

 そんな言葉を重ねる少女に、遠坂は指を向けて、表情を険しい物にする。

 

「待って。あなた、何? さっきの黒いやつに追われていたみたいだけれど……、って、え?」

「おい、遠坂?」

「いや、だって……、う、うそでしょ!?」

 

 警戒を重ねていた遠坂だったが。だが、言葉を重ねることもせず、何かを理解したように困惑しはじめた。

 

 

 

 

 

 そして俺は、とっさに遠坂を庇った。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 身体が動いたのは、一体何に由来する直感か。さほど幸運という訳でもないので、これはきっと、アーチャーの経験――。

 いや、違う。この指し穿つような殺気。どんなに息を潜めていたところで、瞬間的に肌が感じるこの怖気は、一度はこの身を殺したことがあるそれだからだろうか。ともあれ、なんにしても俺の直感も多分に含まれるこれは――――。

 

 二刀を再び手に取り、遠坂を背後に庇いながら。眼前、「赤い槍」を放ったそいつを見る。

 塀の上から飛び降りて、槍を引き抜く。白いフードを被った、黒い服の男。所々に彩られた青が、もとの男の姿を連想させる。

 

 全身に走る、赤黒い呪い(ルーン)――――。

 

「はっ、流石にかわすか。坊主」

 

 聞き覚えのある飄々とした声。こちらを見て獰猛に笑う――――目は、濁った金色。

 

 俺も遠坂も、その男には見覚えがあった。すなわち――――クー・フーリン。第五次聖杯戦争、槍兵(ランサー)のサーヴァント。

   

 

「ランサー……、よもや、貴方までとは――――!」

「おいコラ聞き捨てならねぇぞ? お前がそんなんだから、俺までまた起こされて『こんな』にされちまうんだ。

 お陰で全然、戦士らしい愉しみがないんだぞオイ」

 

 半眼、嫌そうな声を出しながら、少女に吐き捨てるランサー。

 遠坂はそんなランサーに、やはり言葉がない。

 

「なんで、ランサー……? だって貴方は――――」

「おう嬢ちゃん、あん時は悪かったな。意外とあの王様強くってよ。

 ただアンタのことは気にいってんのは本当だから――――――ちょっと退いちゃくれねぇか? みすみす『勝ちを急ぐ』必要のない勝負をしたくないんでね」

 

 ランサーは、やはりあの影に追われていた少女を見据えたまま。

 

 状況が読めない。だけれど――――このままランサーに、少女を渡すわけにはいかないと。俺の中の、いや、もっと根幹的な何かがそう叫ぶ。正義の味方としての考えよりも、より原始的な。そう、強いていえば、あの影だ。

 あの影に今、この少女を手渡したら。何かが致命的に終わってしまう。

 

 そしてその直感は、目の前のランサーを見てますます深まっている。――このランサーからは、あの影と同じものを感じるのだから。

 

「貴方には悪いことをしたと思ってるわ。ランサー。私が巻き込んだ結果、貴方はみすみす勝てた勝負を捨てさせてしまったかもしれない。

 だけれど――――、それ以前に、なんで貴方は今ここにいるの!? 聖杯戦争は終わったはずでしょ!」

「…………悪ぃ。そりゃ話せないことになってる」

 

 

 とっさに動き、言いながら放たれたランサーの一撃を、ぎりぎりで受け流す。黒い刀身がきしみ、わずかに欠ける。それを無視して払い、ランサーに投げつける。

 少しだけ驚いたようにランサーは笑い、数歩下がった。

 

「お前、今、遠坂を殺すつもりだったろ」

 

 ランサーの槍は、それそのものが強力な呪いを帯びている。セイバーの鞘の加護でもない人間が、おいそれと受けていいようなものじゃない。

 俺の言葉に、ランサーはけらけらと腹を抱えて笑った。

 

「そうカリカリすんな坊主。ちょっと急いじまっただけだ。

 なんせまだ俺も時間制限があるんでな。早い所勝たないと面倒なんだわ」

 

 言いながら再度、槍を構えるそれは。いつかのセイバーと対峙していたランサーを思わせる。

 

 取り出した赤い聖骸布。腕に巻くくらいは、相手も待ってくれるらしい。状況が状況だからか、遠坂も止めはしない。

 立ち上がり、肩のあたりで布を縛る。莫耶を構え、前方を睨む。

 

 

「お気をつけください。かの光の御子は、極光さえ覆いし闇の手にあります」

「それって、うそ、まさか反転してるの!?」

 

 

 少女の告げる言葉に、遠坂は大声を出す。

 反転……、遠坂に聞いた限りだと、あのアーチャーのようなものか。本来の在り方と別な側面が呼ばれている。とするならば、その眼光が睨むのは戦いにおける冷静さよりも、勝つために自身の振るまいさえ道具に使う冷徹さか。

 

「もっとアンタは、気持ちが良い戦い方を選ぶ奴だと思ったけどな」

「気持ちが良い戦いなんてねぇよ。戦って、勝つか、負けるかだけだ。

 だーからこういう喚ばれ方は嫌なんだよなぁ……」

 

 ただ、そうであっても「嫌だ」と、今の自分に判断を下しているのは何故か? ……いや、明白だ。このランサーは、あの聖杯戦争の記憶を持っている。つまりは「完全に新しく召還された存在ではない」ということだ。

 それが何を意味するのかは分からない。でも、その考えに至った時、なんとなく、考えたくない予感がした。

 

「――――獲物を持って考え事とは、ちょっと舐めすぎだぞ、小僧?」

「――――士郎!」

 

 だが、襲いかかってくるランサーのそれに、呪い(ガンド)を放った遠坂のおかげで、正気に戻る。

 

 楽しげな視線が、ちらりと俺の背後にも向けられる。いいぜ一緒にかかって来いよ、と全身が訴えているような有様だった。

 

「アンタも余裕だな」

「アん? ――――おぉ!」

 

 そして、背後から「戻ってきた」干将を、辛うじてかわす。フードの一部が切れたあたり、防御力までは以前と変わらないのだろう。

 しかし――この状況、明らかに不利だ。

 

 遠坂は聖杯戦争の時点で、あれらの高い魔力を秘めた宝石を使い尽くしている。俺も俺でアーチャーの弾丸が一つ残っているが、肝心の使い方、その記憶が抜け落ちている。

 

 笑いながら槍をこちらに放つランサー。干将を再度投影し、亀裂を修復しながらそれを受ける。

 

 

 

 ――――交差する凶器。時折放たれる呪いさえ、気にせず戦う獣のような男。

 

 防戦に回って、やっと。それも遠坂が隙間をカバーするようにして始めて拮抗状態が成り立っている。

 いや、均衡じゃない。徐々にこちらが押されている。投影も長くは続かない。嗚呼、はっきり言って相性最悪だ。あのアーチャーなら弾丸を使って距離を調整したり、ないしは固有結界を打ち込むなりして対応できるのかもしれないが、こちらは両手の武器を維持するだけで手一杯。

 英霊相手に打ち合えるほどに、この身は未だ完成されていない。

 

「ぃぐ――――っ!」

「ほらほら、どうしたどうしたどうした!?」

 

 辛うじて目で追えていたのが何かの間違いであるかのごとく、その槍はもはや人体で対応できるそれではない。

 赤い点――――いや光の一閃か。相手の全身含めて、もはや既に不可視の領域に加速しつつある。

 

 このままではいずれ押し切られる。だったら、今もてる最大の力で――――。

 

投影(トレース)――――」

 

 いや、ダメだ。

 今、セイバーの剣を投影すれば、間違いなく負ける。ただ強い武具を投影すれば良いということじゃない。その武器を最大限使いこなして、はじめて追いつける相手なのだ。

 

 意図的に隙をつくって、そちらに誘導してやっと防げるといったぐらいなのだから、これはもう、エミヤシロウが頑張ってどうこうできる次元の腕前じゃない。

 

 ただ、それでも防ぐことだけはしなければならない。

 

 研ぎ澄ませ――想像しろ。常に最強の自分を。あらゆる過程を凌駕することを。

 

 

 

「――――見直した。ちょっと前とは大違いじゃねぇか」

 

 

 セイバーからも、うまくいけば一本とれると言われたレベル。だが、あくまでそれは単なる正攻法で勝てないと言われてるに等しい。

 槍をいつか見たように構えるランサー。距離をとられても、こちらから近寄るコトはできない。そも、防戦に回った際にには槍の方が有利。この伝説的な力を前に、自ら攻め入る愚を冒すことはできない。

 

 遠坂も俺も、いい加減、息が上がっている。

 

「だが悪いな。ちぃとばかし、遊びすぎた。――――先にあばよと言っておく」

 

 

 

 そして、民家の屋根の上に飛び乗った瞬間。全身の震えが、完全に止まる。生理的なそれから、何からなにまで。まるで五感が氷ついたかのように。

 

 恐怖? 畏怖? いや、そんなことは関係ない。重要なのは、それを、ランサーが後退したことで感じたというその事実。

 

 何が、来る――――?

 

「さっきの褒美だ。教えておいてやる。

 ”刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”っていうのは俺のオリジナルでな。ヒト対ヒト用にアレンジ(ヽヽヽヽ)したものだ。言ってる意味はわかるな?」

「――――――――」

 

 

 瞬間、両手の剣を取り落とす。背後で「士郎?」と疑問符を浮かべる遠坂に意識を向ける余裕すらない。

 逸話をこそなぞるのなら、あの宝具の使い方は本来、「あれ」が正しいはずだ。てっきりセイバーの性別のごとく、脚色が入ったものなのかと思っていたが、そういうわけじゃないらしい。

 

 遠坂も少ししてから気付いたようだが、少し遅かった。

 

 

「手向けだ。

 ―――――――――突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)―――――――!!!」

 

 

 伝説に曰く、その槍は敵に放てば無数の鏃をまき散らしたという。

 ならば、それはもとより投擲するための武具。暴威のように蹴散らす威力を兼ねた、心臓を狙う――――敵を決して「生かさない」ための槍。

 

 故に、必殺。

 

 元来、逃れる術はない。

 

 

 だが、何故だろう。俺は、これを防げるものを知っている。

 

 

 

「――――体は剣で出来ていた(I am the bone of my sword.)

 

 

 脳裏に過ぎる映像は重なった花弁の障壁。しかし、それでは形を成す事が出来ない。

 時間はない。ならば、とにもかくにもその創製を辿れ。あの銃から、干将莫耶の形を呼び戻せたのだ。

 

 出来ないはずはない。

 

 出来ないとは、言わせない――――。

 

 

「――――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 

 花が開いた。巨大な障壁。城壁の概念を内包する巨大な花。

 花弁は四つ。それを見て聞こえる、息を呑む声。

 

「ちょ、士郎!? 貴方、そんなの投影したら――――!?」

 

 足りない。絶望的なまでに足りない。

 留まった槍。その回転さえ、このまま押し留めて置くことは不可能に近い。絶望的に、俺の魔力で成せる壁の数が少なすぎる。

 

 残り、二枚。

 

 

「ぬ――――ぬあああああああああああああああ…………!!!!」

 

 

 ただ、それでも気合を入れて踏みとどまる。

 全魔力を、ありったけを込めて――――視界に亀裂が入るのも。腕が消し飛びそうになるのも無視して。

 

 

 

 

 

「――――何故邪魔をした。貴様」

 

 

 弾け飛んだ腕。

 痛みを感じることさえない程に、傷は酷い。

 

 それでもあの少女や遠坂に傷がいっていないのを確認して、少しだけ安心する。流石に暴風までは防げなかったせいで、二人とも飛ばされて転がってはいるが。少なくとも呪いを受けた様子はない。

 

 

 そんなことよりも。

 今、ランサーは何といった?

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 眼前に立つ何者か。

 こちらに向きなおった姿は、いつかの月下のそれのようで。

 

 顔面には、仮面。死体のように白い肌と、色がぼやけた金髪。

 

 鎧は黒く汚染されており――放つ雰囲気は、堕ちた極光というべきか。

 

 

 

 予想はしていた。ランサーの様子を見た時点で。

 でも、だからこそ信じたくなかった。

 

 

 

「……っ、」

 

 

 

 少しだけ息を呑み、彼女はこちらから視線を逸らす。

 

「時間だ。今はまだ、これ以上の召喚は『持たない』だろう」

「へっ、そりゃそうかい。でも、だったらとっとと殺せば良いだろうに」

「戯れるな。私が本気で戦った場合、負担は貴様の比ではないのだ」

「おぅ、怖ぇ怖ぇ。それじゃ『そういうことに』しておいてやるよ」

 

 嗤いながら、何処かへと文字通り消えて行くランサー。

 

 そして、彼女はもう一度だけ俺を見下ろして。

 

 

「セイバー ……」

「……すまない、シロウ」

 

 

 それだけを聞いて、背後で遠坂が声を荒げたのを聞いて。そこで一度、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 




オルタニキ(ランサー)は、気持ちメガテン風味な格好を意識しています

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