ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
「あの、ね――――遠坂先輩、夕食はみんなでつつけるようなものにしようと思うんですが、苦手なものとかありますか?」
「特には。んー、じゃ私、麻婆豆腐でも作るから」
デート終わり、雨上がりに帰宅すると、当然のように夕食の準備に参加する遠坂。本日どうやら俺の出番もないようなので、久々に居間でテレビを眺めてる。
そんな光景を藤ねえもまた珍しそうに見て、そして俺に耳打ちした。
「士郎、あれ大丈夫なの? 桜ちゃん、緊張してるみたいじゃない。遠坂さんのこと。
主に外敵として」
なんでさ。
「外敵ってことはないだろ。少なくともあの二人、仲は良いほうだぞ?」
「その割りにはぴりぴりしてるじゃない。野生のカンを使うまでもなく」
いや、どっちかといえばピリピリしてるのは藤ねえの方というか。遠坂に口で勝てないとわかってから、ことあるごとにトゲを放つ辺り、新種の怪獣か何かだろうか。
「特におかしな流れもなかったしな。遠坂が、せっかくだし何か作ろうかといって、桜がそれは私の仕事だーって言って。だったら二人そろって作ってみたらって流れになったんだ」
「それ、提案者は士郎でしょ。そりゃ二人とも逃げられないか……。
っていうか遠坂さん。本格的に衛宮入り狙ってる?」
「知らないって。っていうか何さ、その、衛宮入りって」
「説明しよう! 衛宮入りとは!
主に今の桜ちゃんや私のような状態のことを指すのだ」
単なる居候ってことらしい。藤ねえの発言により、謎単語がマテリアルに追加されるかされないか、この俺には確認する術はない。
それはともかく。
「でも桜ちゃんやり辛いんじゃないの? 士郎だって、自分のなわばりに知らない獣が『がおー!』って陣取っていたら、決闘挑みたくならない?」
「ならない。なんでもかんでも、そうやって野生動物みたいに考えるの藤ねえくらいだぞ?
それに、桜は遠坂を姉のように慕ってるんだ。うまくいかないわけはない」
「んん~、どれどれ?」
俺の発言に思うところがあったのか、藤ねえは二人の様子を観察する。
「……あら本当。遠坂さん、ツンツンしてるけど桜ちゃんのこと、すごく気に掛けてるわね」
「で、桜は桜でそれが気になって、いつもはしないミスをしてる」
いつも以上にぶっきらぼうな振る舞いをする遠坂と、細かいミスをいちいち指摘され続ける桜。
「あ~、なんか、昔の士郎思いだすな~。いじめっ子の女の子に喧嘩挑んだときみたいな。あれも仲良くなりたかったけど、恥ずかしかったからああしてた感じだし。女の子の方が」
「すまん、記憶にない」
ただ、藤ねえの言ってることは大体間違ってない。つまるところ、二人そろって仲良くなりたいのだけど、そのきっかけがないというか、恥ずかしいのだ。
遠坂に好きになってもらいたい、嫌われたくない桜と。そんな桜に姉らしく振舞いたい遠坂。
「でも、そういうところは不器用なのね、遠坂さんって。
いや、年齢相応ってところかしら」
「でも会話が長く続かないな。……おーい桜! ちょっとこっち来てくれ!」
遠坂と話し合ってる最中、話題を継続できずちょっと寂しそうな桜に声をかける。丁度、炒め物の順番的に少し余裕がありそうというのを見計らってだったので、特に問題なく廊下に着いてきてくれる。
一方、藤ねえはといえば、いつもの動物的な悪巧みを思いついたような表情をしつつも、俺の好きなようにさせている。大方、俺の好きなようにさせて、遠坂の弱味? でも握れればとか考えているんだろう。
「先輩、外に何かあるんですか?」
「ちょっと内緒話な。遠坂には聞こえないことが重要」
「姉さんには言えないコト?」
「ああ。作戦を一つ与えよう、軍曹」
「ぐ……? は、りょ、了解であります、隊長!」
こうしてちゃんと小芝居に乗って来てくれるあたり、桜もまだまだ余裕のようだ。
与えた作戦は大したものじゃない。だが、反応からしてこっちが思っていた以上に恥ずかしがりやなリアクションだった、
こう、遠坂は自分のことに関してはすごく鈍感だし、だからこそ桜の意思をめいいっぱい伝えてやらないと、まず自覚しない。だからこれは、そのための第一撃。
お互いがお互いを想いあっているということを理解させるために、必要なのだから。
居間に戻ってきた俺に「さって、お手並み拝見っかな~」と白々しいく小声で言いながら、わくわくとキッチンの方を観察する藤ねえ。どうせうまくいくに決まってる。
案の定。
「――――あの、やっぱりおかしいですか? 姉さん」
「お――――お、おかしいコトなんてないけど、そういう風に、呼ばれたことないから驚いただけよ」
顔を赤くして、にやつきを隠しきれないでいる様子が、背中を向けていてもありありと想像できる。ただ桜が「姉さん」と呼ぶようになっただけだが、これもまた効果的面で。
「青春してるわねー。しかし、遠坂さんそういう趣味があったとは……」
「違いますからね? 藤村先生」
そして、あかいあくまはどうやら当然のように地獄耳を装備していたらしい。
※
「じゃ、しろー! 遠坂さんちゃんと送っていくのよー!」
ことの他、タイガーは文句を言わずに俺が遠坂を見送るのに文句を言わなかった。聖杯戦争のときのような異常事態は起こっていないものの、されどまだ二ヶ月。ちゃんと用心に気を配るあたり、あの虎も虎でちゃんとした教師なのだ。……今、べろんべろんになって桜に介抱されている点は見なかったことにして。
ちなみに桜は桜で「昼間は無理を言っちゃいましたから……」と遠慮するような言い回しをしていた。そう揶揄されると、まるで本当に俺と遠坂とが付き合ってるみたいな風に聞こえるのだが……。まぁ、敵? を騙すにはまず味方からとも言うので、そこはノーコメント。
「で、どうだったんだ?」
主語、目的語を省略した俺の一言に、遠坂凛は目を細めた。
「――――確認したいことがあるんだけど、いい? 士郎」
「ん、何だ?」
「あなた、桜に魔力を供給してるでしょ」
確認、といいつつもその言葉には明らかな確信が満ち溢れていた。
言葉が出てこないでいると「ま、そうよね」とため息をつく遠坂。
「昼間はそうでもなかったんだけど、夜、っていうか夕方くらいからかしら。桜、明らかにぼうっとしている時が増えてたわよ」
「ぼうっと?」
「熱っぽいっていったらいいかしら。でもすぐ調子が安定してっていうのを何度も何度も繰り返してね。
映画館で士郎の腕に私共々抱き着いていたときだって、あれ、アンタに悟られまいと顔を下にずっと下げてたじゃない」
「いや、待て、あのタイミングでそんなこと、認識する余裕なんてないぞ!?」
映画館でのことは、とりあえずなかったことにしたい。ホラー映画なのに幽霊が平然と出てくるタイプの映画だというのもあってか、今までとはちょっと驚かし方の種類が違うせいか。桜は妙に怖がって俺の腕を引き、遠坂は明らかにからかうように俺の腕を引き。中心の俺は映画どころではなかったという、惨憺たる光景があそこには展開されていた。
「料理の時だって、後半、皿を割ったりしたときなんて完全に目が見えてなかったんじゃないかしら」
「それはいくらなんでも……」
「あの症状って、桜が学校で暴走する直前のそれと同じだったのよ。っていうことは、桜の魔力が足りてないってことに違いはないじゃない?
だったらどこかから、足りない分を補填する必要がある。そしたら消去法で、士郎以外いないじゃない」
「正解だけど、あー……」
「まぁいいわ。士郎的に、そこまで重大事に思えなかったってところかしら」
言われれば、確かにそうだと思う。一度バランスが崩れたせいで、桜の魔力が少し足りなくなるのを俺が助けてやってた、くらいの認識だった。
だが、遠坂の考えは違った。
「いい? いくらアイツが似非神父だっていったって、聖杯戦争の監督役としては間違いなく優秀な神父だったのよ。そのアイツが『持ち直す』って言った以上、今の持ち直していない状況はおかしいの。
ってことは、考えられることは二つ。
外部から魔力を奪われているか、内部に魔力を奪う何かがあるかってこと」
「内部に?」
「そ。これは士郎のことをふまえて思ったんだけどね?
前回の聖杯戦争がどんなものだったかわからないけれど、英霊の宝具には、形を失ってさえその性能を維持できるものがあるっていうのなら。間桐の家の秘術でも、埋め込まれていたっておかしくないじゃない。
それにそもそも、慎二が言ったんでしょ? 臓硯が何かやってるから、桜を預かってくれって」
「そうだな。
だったら……、怪しいのはそれか」
「ええ。っていうより、十中八九間違いないわ。
そうなると、ちゃんと調査をして……。しばらく士郎も桜に気を付けなさい。事実上、あの娘は臓硯の操り人形で、一歩間違えれば全部筒抜けだし。何かあったら、私達で決着をつけないといけない」
――――――。
「なによその顔。言いたい事があるならはっきり言ったら?」
「ケンカ腰になるくらいなら、はじめから物騒なこと言うな。桜だって、好きであんな身体な訳じゃないんだ。お前だって分かってるだろ」
「わかってるわよ。でもだから、半端な態度はとれないんじゃない。それこそ付け込まれる隙になるし……、そもそも、私がどうこう言えた口じゃないのよ。
あの子があの家でどんなものを受けてきたのか――それを見たところで、遠坂の私はとやかくいうべきことじゃない」
「遠坂……」
「姉妹とか、先輩後輩とか。それ以前に私達は魔術師なのよ、士郎。
私が臓硯に対してこだわっているのも、あくまで
言いながらも、遠坂の語調は段々と強がってるように力んでいく。表情も険しく、こちらの言う事なんて聞きやしないだろう風に。
……瞬時にどうからかうか、という最適解が浮かぶのは、アーチャーの影響だろうか。
いや、考えないでおこう。
「まったく……。じゃあ、好きにしろよ。どっちにしたって、桜に気持ちは伝わってるだろうし」
「え――――」
「お前って特に、自分にとってどうでもいい相手は関心すら持たないだろ? なのに桜に対して厳しい態度をとるってことは、それだけ桜が大事だってことだろ。口にはしないけど。
だったらもっと仲良くなれよ。昼間みたいに桜が遠慮してるのはまだいいけど、夜みたいに、どっちもぎこちなくなるのは、なんか違う」
「……あのねぇ。状況的にぐだぐだになってるけど、本来、家同士はほとんど敵みたいなものなのよ。
それに、今更どうやって仲良くなれっていうのよ。アンタ」
「今のままでいいんじゃないか? 自信もてよ、藤ねえでさえ『あー、ホントにお姉ちゃんみたいね~』って言うくらいには、ちゃんとしてるし。
俺から見ても、いいお姉さんだぞ。遠坂」
捨ててきた過去。辛うじて覚えている家族構成の中。妹がいたような記憶がわずかにある俺の言葉なのだから、実際のところ多少は説得力はあってほしい。
実際のところ、遠坂は顔を赤くしてそむけ、何もいわずに早足になった。
それに追いつこうとこちらも足早になり――――。
「――――――え?」
覚えのある視線に、感覚に、足が止まった。
「――――?」
感じたのは俺だけではないらしい。遠坂も含めて。俺達二人はそろって、足を止める。
――――いつか上った坂の上に、闇が、ある。
生暖かだった空気が一気に凍りつく。初夏を忘れ体感は二月、聖杯戦争の頃のような張り詰めた感覚。
心臓は高鳴りながらも、しかし心拍はさがる――否。時間の感じ方が、遠い。
何かよくないものが近くにいる。
関わってはならないが、逃げても無駄だと逃走することが出来ない。
「――――きゃっ」
だが聞こえた少女の声に、俺も遠坂も、わずかに正気を取り戻し、視線がそちらに向く。
いつも登校するときに、俺と遠坂とで遭遇する交差点。坂を下り学校へ向かうその経路。ちょうどその一部で――――転んだ異国の少女を追うように、その”影”はいた。
少女は震えながら立ち上がり、走ろうとする。でも違和感がある。空間でも歪んでいるような、そんな錯覚を覚える。
黒いクラゲのような、帯の集まりのような。しかして影が直立しただけのような立体感のなさ。
だが、そこにあるだけで目を離せない威圧感。
この感覚は、どこかで――――。
懐かしい感覚。何故か「思い出せそうな」その感覚。であると同時に――ここ最近でも、見たような。
「――――アンリマユ」
自然とその言葉が出てきたのは、果たして。脳裏に言峰の姿も過ぎる。
俺の一言に、遠坂が唖然としたように”影”を二度見する。
異国の少女は、必死に逃げようとする。だが、進めない。――理由がはっきりした。その足元は、既に影が伸びている。巻きついたそれに捕らえられ、黒ずみ始めている足先。
「――――――ッ!」
「――――は? ちょっと、士郎!?」
うねり始めた”影”が、さらに己を伸ばそうとするのを。嗚呼、なんでか俺は「知っている」。「知っているような気がする」。
だから当たり前のように少女の前に立ち。手には剣を投影し、打ち払おうとして。
「 の スターさん……!?」
声が聞こえない。
剣を投げるよりも先に、得体の知れないそれに飲み込まれた。
剣「…………やはり、貴方は変わらぬか」